2012年05月25日

on 新ブログ

しょうこりもなく、作った。。。

気持ちのよい夕暮れを満喫中、2号です。しかし、相変わらず愛は足りない。。。

そんなこんなの今日このごろ、数年前からずっと考えてはいた新ブログを、ついに、というか、今ごろ、作ってみました。
その名も。。。

日本全国四十七都道府県制覇の野望

どうして、そんな大げさな言い方になったのか。たぶん、単なる、気分。。。

今まで、旅の記録らしきものは、ほかの下らない駄文同様、ここに混ぜて書いていたのだけど、seesaaさんの1ブログあたりの容量に限りがあるので、一番写真アップ率の高いここにすべてを集約していくと、ほどなく容量がいっぱいになるのではないかと、ずっと気になってました。そのせいで、なるべく写真付きで記録しておきたい旅行ネタを書くことを躊躇していた次第(←本当は、面倒なだけだが)。

しかし、それ以上に面倒なのが、新ブログを作成することだ。。。
それが、なぜ、今、突然にやったかというと、一昨年の龍馬巡り旅あたりから、写真を見せろ、話を聞かせろという要望が増えて…それって、でも…なんとなくムリだよね?
だって、大きなモニターやスクリーンで映写しながら説明とかできないし。。。デジカメや携帯の小さい画面じゃ伝わらないし、CDに焼いてあげるって言ったこともあるけど、結局面倒でやってなくて、おそらく、焼いて渡したとしても、ただ一人で見てもらっても伝わらないだろうし。

そして、大問題。旅関係で、ここに少しは記録してある分もあるけど、そういうリアルなお友だちたちや知り合いたちのほとんどが、このブログを知らない。というか、私の個人的オキテとして、絶対に知らせない!という厳重な管理のもとで運営(?)してるので、「ここを見て」とは口が避けても言えない。

というわけで、人畜無害な旅関係ブログを作るのが一番いいか…と、何となく思って来たわけです、ここまでズルズルと。そして、このたび、人生初四国に乗り込んだのを機に、一念発起した、という流れになっております。

つきましては、今までここに書いてた旅関係分も気長に転載しつつ、本当に更新するのか、いつまで続くか、という疑いが拭えないまま、とにかく進水させてしまいました。

こちらや、姉妹ブログの「〜と言ったぁ」からはあちらへ行けますが、あちらからは決して、こちらの面が割れないようになっております。(のはず)

今後、あちらを更新した場合は、こちらにお知らせを載せます(あるいは、併載)。

以上、本人以外はどうでもいい話ですが、心の片隅にでも留め置きいただければ。。。(2号)

※一応、去年の福岡・長崎旅についても、かねてより書きかけていた新記事をとりあえずまとめ、あちらに1つだけアップしました。(これまた、今さらだが。。。)
http://mihatabi.seesaa.net/article/271615548.html

posted by 2号 at 18:24| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行・乗り物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

on 縁談。

青天の霹靂の棚からぼたもち?

なんという晴天でしょう*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。..。.:*・゜゚・*2号です。
奇跡的に、今年のゴールデンウィークの北海道は、晴れの日が続くらしいですね。
注)今のところの予報では。

というわけで、昨日は月に一度の税理士打ち合わせでした。

なにせ、このオジィちゃん、話がやたらと長い。全部終わるのに、下手すると2時間半くらいかかる。そして、最近はちょっと直った(?)のだが、以前は、約束の時間よりかなり早く来ちゃったりするのが、本当に難点だった。いくら年寄りは早起きだって言ったって。。。
ひどい時は、11時半の約束を10時半に変更したいと言われて、それはムリと言ったら11時になったのだが、結局10時40分ころ来ちゃったり、9時半が8時半に来ちゃって、こっちはまだパジャマ着てたとか、枚挙にいとまがないほどだった。時間が空いたら自分で時間をつぶしてください。こっちに前倒して来ないでください!!

って感じのオジィちゃんなわけです。

お、そういえば、オジィちゃんだと思っていたら、私の見立てより10歳くらい若いことが判明していたのだった。しかし、見た目はどうやってもオジィちゃん。

そのオジィちゃん税理士、昨日、コーヒーを出して私が腰を落ち着けたとたん、第一声がこうだった。
「○○さん(←わたくしのこと)は、おいくつになられたんでしたか?」

はイ?¿(・∀・)?

トシを訊いてるようにも思うけど、何か、経理上の数字のことかもしれぬ。

目をパチクリして、真意をただそうとしてるわたくしに、「いや、おいくつくらいなのかなと思って…」と、オジィちゃん。
いや、ビックリしたわ。まさか、このオジィちゃんにトシを訊かれるとは、わたくしにいったい何のご興味を持たれたのでしょうか。しかも、知り合って、かれこれ2年以上が経つという、このタイミングで。。。

そこで、めまぐるしく頭を働かせたわたくしは、オジィちゃんが私をいくつと見てるのか、そして、それを訊く目的は何か、という順番でいくことにしました。

「あらっ、そんなことお訊きになるなんて!では、いくつに見えますか〜?(*^o^*)」

オジィちゃんは、ン〜む、と考えて、なんとなんと!わたくしの実年齢より10歳、いや、正確には、11〜2歳も若く答えたんざんすのよ〜(ノ*゚▽゚)ノ(いいですか、つまり、わたくしのことを、10代と間違えているってことですのよ!)

「んまぁ〜センセ、お上手ですのね。わたくし、それより軽く10歳は上ですのよ、オホホ」って感じでしたわよ、まったく。

しかも、「いやぁ、それはそれは。お若く見えますな〜」ですと!
んもぅ、センセったら、そんなに言われましても、コーヒーをもう1杯お出しするくらいしかできませんわよ〜!ひゃっほ〜ぃo(≧▽≦)oみたいになるね、必然的に。

まあ、この時、私の辞書には一瞬「お世辞」という文字はなかったのだが、オジィちゃんの辞書にはあるかもしれない。そして、世間的には、女性にそう質問されたら、思ってるよりも5歳くらい引いて言うのがワザとらしくならないコツとされてるようだ、ということも思い出した。(それにしても、オジィちゃんはわたくしを20代になったばかりくらいと思ってるってことだわ)

そこで、ちょっと冷静になって、オジィちゃんの次の出方を待っていると、オジィちゃんったら、それっきり元帳に目を落として、何も言わないじゃあ、ありませんか。
朝っぱらから、意味もなくムダにわたくしをコーフンさせたというの?オジィちゃん!?( ̄。 ̄ノ)ノ

しかたないので、「センセ、(こんなわたくしに)いい人いたら紹介してくださいませょ〜」と、テツを熱いうちに打ってみたところ、オジィちゃんは驚いて元帳から目を上げて、「ほぅ、そんなふうに思ってらっしゃるんですか〜!?」と言うじゃあ、ありませんか。
それって、いったいどういう意味ですの?

よもや、このわたくしが、オトコなんて超越して孤高の人生を歩む決意でもしてるように見えてたんざましょか!?

しかし、わたくしのこの申し出で、オジィちゃんはガゼン、キゲンよく饒舌になり、結婚生活を長続きさせるコツまで延々としゃべってましたわ。。。(いつもこうやって、話が長くなって行く。。。)

ちょっと待ってちょっと待って。ってことは、さっき話を打ち切ろうとしたのは、やっぱり、私の実年齢を聞いて「この人はもうあっちは捨てた人」と判断したっていうことなのかちらっ!?
とかとか思いながらも、ありがたく結婚生活の訓示を拝聴したお行儀のよいわたくしに、「じゃあ、わかりましたよ、(紹介の件は)しっかり心に留めておきますから」と、オジィちゃんは言いました。

なヌっ!?ここまで引っ張って、心に留めるだけ〜!?ヽ( ̄д ̄;)ノ

もう、具体的な誰それと、いついつくらいにお引き合わせ、ってな展開を期待していただけに、拍子抜けしたのは否めませんわ。

私の30分を返してほしい。。。

いやいや、でも、どこに縁が転がっているかわかったもんじゃありませんもの。わたくし2号、種まきは惜しみませんわ!(2号)

posted by 2号 at 13:42| 北海道 雨| Comment(4) | TrackBack(1) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

on アンチの効用。

野球における、精神の安定のさせ方手順。

私の野球人生も、第6期に入りました、2号です。
これが、どういう期になるのか、まだよくわかりません。単なる過渡期かもしれないし。

そんな昨日、その期を分つきっかけとなったダルビッシュくんがMLB初登板。いや、それについては語るまい。。。次までは。

というわけで、今日は、ひいきチーム(わたくしの場合は主に日ハム)が負けた時、日常生活に支障が出ないように、自分がいつもどうやって気を鎮めてるのか、その方法に最近気づいたのでメモっておきます。

日ハムが負けて、モヤモヤしたり、ご立腹となった時は…

1.自分以上に悔やんでいるほかの日ハムファンを見つけて、悔やむのはその人にお任せする
2.お任せできない場合は、「悔やんでるのは私だけではない」と安心するようにする
3.それでもダメな場合は、同リーグで負けてほしいチームの試合結果を見て、そっちも負けていたらよしとする
4.そのチームが勝っていたら、セ・リーグで応援している横浜DeNAベイスターズが勝っていたらよしとする
5.ベイが負けていたら、巨人も負けていればよしとする
6.巨人が勝っていたら、巨人の順位がその時低ければよしとする
7.巨人の順位が高めだったら、1位じゃなければよしとする
8.巨人が1位だったら、それがぶっちぎりじゃなければよしとする
9.巨人がぶっちぎりで1位だったら、もうどうしようもなくハラワタ煮え返りまくって精神は安定しようもないので、怒りやモヤモヤのすべてを巨人にぶつける

このようにして、日ハムが負けたことを忘れるようにする。

以上です。。。(2号)

2012年04月05日

on ゴールデン…

語学でやっちゃった話。

暴風雪のあともパッとしない天気で萎えてる2号です。

数日前、外国人と日本人が電車の中でたどたどしく英語で話してるのを見て、ふと、昔やっちゃった話を思い出しました。
アレは本当に、今思い出しても、いったい何の魔がさしたんだろう!?と自分でもいぶかるばかり。穴があったら、今からでも入りたい。。。

苦節何年ではなく、挫折何年、という状態に今あるのだが(まだ完全にあきらめたわけじゃないので)、わたくし、ロシア語を習っていた時期がありました。
教わるだけの時もあったのだけど、お金もかかるので、エクスチェンジレッスンという方法を知ってからは、あちらがロシア語を教える、こちらが日本語を教えるという形でずっと無料でやってました。
帰国してしまう時には、その人の友だちや知り合いを紹介してもらって、つごう4人くらいとやりました。

元来、言葉にとても興味があるので、外国人がどうやって日本語を勉強するのかとか、テキストはどうなってるのかとか、そういうのも知ることができておもしろかったのだが。
そのヘンな出来事は、相手がどこかのボランティア団体がやってるような日本語講座で使ってるテキストをベースに勉強していた時に起きた。

漢字の読み方の特例、みたいな単元。
「一」は「いち」。「一日」は日数を数える時は「いちにち」だけど、日付の時は「ついたち」とか、そういうの。
で、問題の部分がやって来た。
「金」は「かね」「きん」と読むのが普通だけど、「黄」がつくと「おうごん」となる。
「黄金」を「オウゴン〜?」と、自信なさげにいかにも外人っぽく読む彼女。
意味はあまり変わらなくて、ただ、「金(きん)」をもったいぶって言う言い方とか、文学的表現とか、そんな説明もあった気がする。

はい、次。
と、スンナリ行くはずが、突然、彼女が質問して来た。
「○○(←私のファーストネーム。外人なので呼び捨て)、『オウゴン』はどんな時、使いますか〜?」
確かに、文学的とか言われたら、実例がほしいところだろう。その気持ちはわかる。

ところが。
このわたくし、ふいをつかれて、とっさに用例が思いつかなかった。だって、日常使わないもんね。(だから、文学的表現なんだけど)
ん〜む。と考えて、やっとの思いで浮かんで来てしまったのが、その時の直近の飲み会で話した下ネタだった。
今も若いが、もっと若かったわたくしは、無邪気に下ネタに乗れるタチだったので大いに盛り上がっていた、その時のネタは、男子が言った「黄金の右手」。
いったん浮かんでしまったら、もうそれ以外は浮かばない。
大きな青い目で、待ちきれない、どうしたの?というように私を見据えて、答えを催促してくるロシア人の彼女。
そこで私はやぶれかぶれで、テクニシャンがどーのこーのと、多少言いづらそうに、外人っぽく肩の一つもすくめながら語ってしまったもんだった。英語で「ゴールデンハンド」とかも、言ったかもしれない。

あぁ、文学的表現としての「黄金」よ、いずこへ。。。

もちろん、黄金の右手だか右腕だか知らないが、そんなような言い方で、何かの芸術的な才能が優れた人のワザのすごさを表現することがあることは、今はわかっている。たぶん、その時だってちょっと考えれば…。
しかし、あの飲み会のせいで。。。

とにもかくにも、レッスンを続けることに気を取られていたので、もっとよい説明があったのではないかと多少思ったものの、そのまま次へ進んだ。
あとから、あんなできすぎた展開になるとはつゆ知らず。

その日のロシア語の方のレッスンは接頭辞関係で、一つの単語を根幹にして、前に何がくっつくかでその単語がどういうニュアンスに変わるかみたいなことだった。
「終わる」→「やめる」「果てる」「終える」「終わらせる」とか。
彼女は、ロシア語でひとつひとつ説明してくれた(彼女が日本語を理解するよりは、私が(流暢にしゃべれなくとも)ロシア語を理解する方がまだマシだったので、ベースはロシア語で話していた)。
そして、ある単語のところで、今度は彼女が、ん〜む。となった。
「これは…そうねぇ…。あんまり使わないわねぇ。使うとしたら…(多少言いづらそうに眉をしかめて外人ぽく首を横に振り振りしながら)、アノ時の最後に、男の人が尽き果てる、ってことだわ」と、彼女はロシア語で言った。股間から前方へ手をはけるように動かしながら。。。

そして、「あ、あ〜。なるほどね。わかったわ」と、私もロシア語で言って、二人でフフフと肩をすくめ合ったのであった。

あちらの説明は本当にそうなんだろうし、これはこれで、あたかも日露のプチ女子会で恋バナでもしたような、通じ合ったような雰囲気になったということで、非常に丸く収まったと言えなくもない。

でも、今も思い出すと、こちらのした説明は本当に恥ずかしい。
そして、今同じ事態になったとしたら、やっぱりその他のうまい用例が思いつかないことに気づいた。黄金バットくらいしか。

悔しいので、これを書く間ツラツラと考えて来て、やっと出たのが「黄金の都エルドラド」です。。。ただし、この場合の意味は、結局「金」なんだろうから、黄金の右手ほど意味深い例ではないのだが。。。(2号)

※あまりハッキリ思い出せないけど「こがね」は書いてなかった気がする。それだったら、コガネムシとかコガネイロとかあったのに。。。(結局、「きん」のことなんだけどさ)

posted by 2号 at 18:25| 北海道 雨| Comment(4) | TrackBack(0) | 言葉・日本語・言語・語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月03日

on タイミング。

間の悪い女。

この天気の悪さも春のうちなのかちら、2号です。気分が落ち着かず、仕事する気になれません。

けっこう前の話だけど、「そりゃ、キミは『間が悪い人』ってことだよ」って言われました。
そういう言い方で意識したことはあまりなかった気がするけど、「タイミングのよい人間になりたい」というのを目標の一つに掲げた時期があって、風水では玄関に時計を置くとそうなれると聞いた時からずーーっと、もらい物で余っていた時計を玄関に置いてます。
もちろん、今のところ、効果は感じられず。。。

「間が悪い」って言われた時は、男子2人と飲んでて、先輩格の方が後輩のことを「オレさ、ふだん駅とか行くと、たいていちょうどよく電車が来るんだけど、コイツといると、なかなか来ないんだよ」って言ったことから始まった。「あ、自分、そうなんすよ」と、そのかわいい後輩がこたえたので、「あ、私も。。。」と、私も言った。でも、それはマーフィーの法則的に誰でもそういうものだって思っていたので、上記のように私が「間が悪い人」なんだって言われてすぐにはナットクできなかったのだが。
よく考えてみたら、確かにそうなのかも。
というのも、前に、タクシーが拾えない話をどこかで書いたのだけど、何台も行き過ぎるタクシーを見て、おぉ、ここならすぐに拾えそうと思い、いざ車道に向かって拾わんとすると、その時点から1台も通らなくなるなどは、まさにそういうことだったのか…とか、電車が来ないって話もまったくその通りで、「タッチの差で電車に乗れなかった」「目の前で扉が閉まった」って言う人がいたら、それは私の感覚では「十分、間に合ってるじゃん!?」と思ってしまうくらいなのだ。
私の場合の、いつも電車にちょうどよく乗れない=タイミングがズレてるってのは、「前の電車が行ったばっかりの無人のホームに悠然と一番乗りする」っていう感じの乗れなさなのであって、あとちょっとで乗れそうだったというくらいのズレは誤差のうち。間に合ってる部類に入る。
このビミョーなニュアンスの違い、わかっていただけますか?

このことに気づかされて、だったら、電車の時間を調べて、それに合わせて駅に向かえばいいじゃんと思い、そうしてみた。
でも、それでさらにわかったのだが、電車の時刻表を見た時点で「今、駅に向かったらちょうどいい」と思うような電車がいつもない。駅までの所要時間とでかねあわせると、ドンピシャで、既に間に合わない電車と次に来る電車の時間の谷間の時間帯のど真ん中に時刻表を見てる=駅に向かおうとしているわけで、そうやって調べたところで、結局は駅のホームで時間をつぶすか、少し時間をつぶしてから駅に向かうかで、待つ場所が変わるだけのことだった。
で、だったら早めに時間を調べて、もっと前の行動からそれに合わせて調整すればいいとか言う人がいるだろうけど、それだと「時間に追われるみたいでイヤだ」と思ってしまう。そこで「時間に追われる」と感じてしまうってことがすでに、私と時間の関係性を象徴してるのであり、こういう人は必然的に間が悪くなる確率が高いのかもしれない。

と考え始めると、人生全般、本当に間が悪い気がして来た。
さっきまであった、さっきまでいた、とか、列を自分の直前で切られたなんて日常茶飯事。
サッカーの試合では、まずゴールを見ることができない(私が目を離した時でないと点が入らないから)。
抽選で日ハムの選手と撮影会とか当たると、私のグループが今はなき金村くんや今はなき建山くんとの撮影で、私のあとのグループがダルビッシュくんとだったりする(これはくじ運の悪さも同時に作用?)。
何かの大事な期限が、切れた翌日に思い出す(だったら、一生忘れていたい)。
昔は、私がしゃべろうとすると相手が0.1秒早くしゃべって、話の流れも変わって言えずに終わった。年とともにずぅずぅしくなった今は、私がしゃべろうとすると相手もしゃべろうとして、あっマズいと思ったとたんに相手の方がしゃべるのをやめる&気がそがれた様子になるので、いたたまれなくなる。
ばりばりフリーの男も、私が好意を持ったとたんに横から別の女性が出て来て目の前でかっさらわれる。
大学では、資格を取るのに必要な講義をたった1回しか休まなかったのに、ふだんのみんなの出席率があまりに悪かったために、そのちょうど私が休んだ日に出席してた人たちだけに単位が授与されることになって、私はその資格が取れなくなったという事件もあった。
そんなあれこれで間が悪いだけで済まずに、大金を払うハメになったことだってある。

そもそも、私の両親からして、東京オリンピックの時に札幌にいて、札幌オリンピックの時に東京にいた。この話を聞いた時は、その見事なズレ方に子供ながらに絶句した記憶がある。

しかし、だ。
同時にラッキーなこともないわけではない。
っていうか、必要なことが必要な時にピッタリはまらないことが多いと、どうしてもタイミングが悪いとか間が悪いとか思いがちだけど、もしかすると、その中には「必要じゃない」からそうならなかったという、神様の計らいである場合も含まれてるのかもしれない。

機が熟す。とか、満を持して…とか、遅咲きの…とかいう言葉もある。
日常の些末なことは間が悪くてもいいから、大局的に人生を見た時に、一番大事な事柄たちを最もよいタイミングで整えられたら、それでよいではないか!?

というわけで、人生これからのわたくしは、最後に笑いたいと思います。。。(2号)

posted by 2号 at 17:55| 北海道 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記・雑記・雑感・よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月28日

on 日食。

これは、奇跡かも。。。

今、日が暮れました、2号です。明らかに、昼の方が長いのを実感する。。。

さて、例年、わたくし2号が「全国球場巡り&坂の旅」シリーズを決行するのは、本州以南の暑っついのが鎮まって来て、なおかつ、行楽シーズンが終わって各交通手段の運賃が値下がって来たころ、つまり、秋、それも終わりの方と相場が決まっておりました。

しかし、去年気づいたのだが、それだと日が暮れるのが早い。
一昨年の京都も、龍馬のお墓に着いたころは真っ暗で肝試し状態だったし、奈良でも、某高校を見学した時は真っ暗闇で、月がやたらときれいな時分だった。去年も、長崎での某F山雅○邸訪問は夕闇迫り来るころ…と、まあ、こんな感じで。

そこで、夏至の前後だと、めいっぱい時間を使えるのではないかと思いついた。暑くなく暖かいし、GWの高くて混んでる時期をハズして梅雨に入る前というのはどうか?

調べてみたら、交通運賃は若干お高いものの、まあまあギリギリ許容範囲かな、と。
いや、やっぱりお高いのだけど、そういう時期の旅というのを試してみたいと思ってしまい、決行することに決めました。

GWから2週くらい遅らせて、梅雨だの台風だの大丈夫そうな5月19、20あたりの週末。

ここでフトコロ具合とともに痛すぎるのが、GWという祝日週間が終わっているため、そこはすでに祝日がなくて、連休にできないので仕事が心配だっちゅうことだ。

いや、でも決めてしまったのでやるしかない。21日は、仕事しません!!

というわけで、宿以外の手配を済ませてしまった。

それから突然、そういえば、今年は金環日食がウンタラカンタラ言っていたんではなかったか!?ということを思い出した。
私はこういう天体ショー(?)が大好きで、できれば見たいタチなので、ふだんから位置的にとか天候的に、条件に恵まれない感のある北海道を呪っていたのだが、確か、今回も北海道は金環にはならず、東京とかアチャラの方しか該当しないとか言ってて、またしても、チッと思った記憶もある。

もしかして、このへんをきちんと調べて、行く価値があるようだったら、時期、場所ともそっち方面への旅行を企画した方がよかったかもしれないなぁ。だって、場所によって何十年とか何百年単位でしか見られないって言うじゃないですか。(※1)
なので、早まったことをちょっと後悔しながら、調べてみたら。。。

な、なんと、日食の日は5月21日じゃあ、ありませんか。
しかも、高知あたりが金環になるエリアにギリギリ入っておるっっ!(※2)
しかも、朝!!
いるいる、ちょうどこの時、わたくしは高知にいるゾ!!

もうこれは、奇跡としか言いようがない。。。(T ^ T)(2号)

(※1)なんと、調査(単なる検索だが)の結果、次回、日本で見られるのは18年後の北海道とのこと。間の悪い女であるわたくしは、こういう時に限ってすでに北海道にいない可能性が高い。。。

(※2)若干、輪がズレるようだが、北海道の部分日食に比べれば、んなもんナンボのモンでもない!!

posted by 2号 at 18:08| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域・地図・地理・習慣・名物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

on SNSの罠。

リアルの恋となんちゃらブック。

ヒマなわけじゃありません、2号です。
ただ、このところ、一時期の超多忙が抜けて、来週締め切りの仕事がミョーに余裕があるように感じられてしまって…つまり、やっぱり逃避してます。なので、来週また多忙になるでしょう。。。

さて。
友だちにカレシができてはや1年。(あれっ??2年かなぁ…どっちでもいいけど)。

この友だち、パソコンとかネットとかまったく興味なくて(私の女友だちは圧倒的にみんなそうだけど)、ケータイメールしかしない(このブログも、私が広めたくないから公言してないせいもあるけど、もちろん知らない)。なので、mixiの時もまったくムシで、今もFBとかTwitterとか、どこ吹く風って感じだった(私のFBのお友だちが男ばっかなのはそのせいなので、誤解なきようお願いします)。

それが、一昨日。
FBについて教えてほしい、ということになった。これは大事件である。家パソなんか、化石化してるはずの彼女なんだから。
教えるって言っても、FBと検索して、登録するようなページに行けばよいと言っただけでは済まないような、「検索」ってことすらおぼつかないような人です。

いや、こんな話は前置きなので、どうでもよかった。
なんとか登録できたけど、私たちはお友だちにならない。というのも、リアルで十分お友だちで、必要な連絡はリアルタイムで(とはいえ、互いに若干遅れ気味ではあるが)ピンポイントでメールで取り合ってる。仕事など忙しくて頻繁に会えないにしても、積もる話は、直接会ってしている。
これのどこに、FBとか必要なんだろうか!?

まあ、そういうのに登録しても、あまりお互いマメに更新しないだろうし、常に人のところを開いてチェックするようなタイプじゃないから、お友だちになったところで、今までの付き合いにプラスα何かがつくわけでもないってのも大きな理由かもしれないけど、何よりも、これから書く話にいたく共感する者同士なので。。。

「これから書く話」の前に、最初に戻るけど、友だちは現在カレシ持ちです。
それも、バリバリ遠距離です。県内レベルの話じゃなくて、気候区分レベルでも遠く離れている。

彼女がいつも私にグチってくるのは「○○(←カレシのあだ名)からメールの返事来ない」「もう●週間音沙汰ない」「もしかしたら、死んでるのかも(一人暮らしで身寄りもないから)」などなど。つまり、連絡の間隔が異常に長いということ。せっかく、今はメールという便利なツールがあるのに、いや、あるゆえに気になるのだろうけど、メールしても返事が2週間とか来ないことがザラみたいだ。

最初にこういう話をされた時、私には思い当たることがあった。昔つきあっていた中に、そのころメールはなかったけど、まさにこういうタイプの男子がいたので、置かれてる状況が手に取るように(?)わかったのだ。
だから、「きっとXXなんだよ」「それは△△だからじゃない?」とか、そのころの経験から想像して、励まし慰めして、「大丈夫」と自信を持たせて、僭越ながら二人が交際をうまく続けられるように協力(?)してきたつもりだ。

で、その現状解釈において、私が最大に強調して来たのが、「男の人って、トシ取ってる人ほど、メールとかめんどくさいってタイプが多いから、彼もそういう人で、しかも、照れ屋っていうか、好きだからこそマメにするのが照れくさいんじゃない?(←若干意味不明だが、男というのはそういう不可解な生き物でしょ?)。慣れてないんだよ、そういうつきあい方に」ってのと、それにたたみかけて「仕事が忙しい人だから、なかなかメールとかそういうことができないだけだよ」ってのだ。

ところが、なんとやっかいなことに!!
いつものように彼女が「もっと連絡して。生きてるのかどうかも心配になる」「やきもきしてこっちが病気になりそう」って感じの催促というか脅迫というか、そういうメールをしたら(今までもし続けていたのだが)、なぜか一昨日というタイミングでいきなり(思い出したように?)「なかなかメールできないけど、FBではよく近況を書いてるから」というだけの返信が2日遅れくらいで来たんだそうだ。
FBがどういうモノか「なんとなく聞いたことはある」程度の彼女は、最初、その思いがけない返信に、どういう意味だろうと思って、いつものようにとりあえず私にそのまま相談して来た。
「見てくれってことでしょう?お友だちになってそっちでやり取りしたいんじゃないの?」と、私も最初は深く考えずに、そう言った。で、「じゃあ、教えて」となったわけだ。突然、彼女が友だち申請とかして来たら、彼もうれしいビックリなんじゃないか!?と無邪気に考えもした。

そして、彼女は登録後、お友だち申請する前に彼のページを見た。私も私で見せてもらった。
なんとまぁ、1年も前から書いてる書いてる。。。若干は手間も要る写真アップもバンバンしてる。。。お友だちは100人に迫っている。
案の定、「なにこれ。。。」火山噴火、地雷爆発の彼女。
私も、思った。
メールがメンドーな男って誰だっけ?マメじゃない?仕事が忙しくてメール打つヒマもない??
そんな男はどこにも存在してなかったのだ。。。

私も、彼女がつきあい出す前に彼とは帰省の折りとかに何度も会ったことがあるのだが(っていうか、最初、彼女が彼と私をくっつけようとしていた!)、FBの彼はまるで別人、別キャラで大活躍で、驚くばかり。
あの年代にありがちな、不器用そうな、人付き合いに疎そうな(人見知り?)雰囲気とは大違い。2チャン由来の記述(これについては、私ももともとモノ申したいのだが)も手慣れたもので。それを読む限り、同じ人物とは思えない。

私からしてそうなのだから、彼女のショックは相当だった。そもそもネット自体しないので、2チャン的な言い回しでやり取りする人々にも慣れてない。誰これ!?状態みたいだ。

それから1日経って少し冷静になった彼女は、怒りというよりも、深刻に悩み落ち込んでしまっているのだけど、彼女の感じ方はよくわかるし、その言い分にもなかなか反論しにくくて困ってます。

曰く:
毎日のようにFBを更新してるようだけど、もし私に2、3行のメールをくれるヒマがないって言うんだとしたら、私との付き合いは、FBすることやそのネットワークの人たちとやり取りすることよりも優先順位が低いってことだよね?
ひいては、その人たちよりも、私の方が大事じゃないってことだよね?
つきあってすぐにFBのことを言ってくれなかったのは、なぜ?
(注:彼女は、常々、彼が友だちや同僚に自分を紹介してくれないどころか、つきあってる人がいることすら今だに内緒にされてることに不満を持っていた)
それが、今になって言うのは、メール催促されるのがメンドーになって、こっちでいっしょに済ませちゃえってことなの?その他大勢のお友だちの中の一人にされたの?
でも彼は、私がここにほかの人みたいにコメント書いたりしない人間だってわかってるはずだから、ただ、メールの代わりに読めってことだよね?結局、私に対する手抜きじゃないの?
不特定多数に向けて発信してるものを読めで済まされるようになったら、もう、つきあってる意味ないよね?

って感じだ、まとめると。

まあ、後半の言い分については、そんな深い意味はなくて、FBで「生きてるよ」ってことの確認(!?)をしてもらえれば…って程度の話なんじゃないの?とか言ってみたりするものの、過去の恋愛では私も、たとえば、私との付き合いより友だちとの付き合いばかりを優先されたとかいう時にいろいろ感じたので、彼女の気持ちは全体としてよくわかる。
いつも、連絡がなくてさびしい思いをしているので、FBの中でほかの人たちと毎日楽しそうにやり取りしてる彼を見てしまって、疎外感を感じてるのだと思う。

彼女は昨日現在で、FBを読んだとか登録したとかまだ言ってないどころか、くだんのメールへの返信もしてないらしい。
「私が必要じゃないんじゃないか」「たまに会って、えっちして終わりなだけの関係なんじゃないか」と、彼女は言う。
私は彼じゃないので、わからない。でも、現状を見ると、確かに、そうと言えなくもない。
いや、本当に私も返答に困っておるところ。そして、私が過去その同タイプとつきあっていたころのあれこれが思い出されて、こっちまでなんだかイヤな気分になっている。
ソヤツは、一度別れて、そのあと2回復縁を迫って来たヤツだ。そのたびプロポーズされて、最後は挙式時期まで決めたけど、この話のような経緯とは別の問題で、実際の結婚には至らなかった。それさえなければ、していただろう。
彼女は、私に自分のカレシのことを言う時、当時私がソヤツにつけていたあだ名●●に2号とつけて「●●2号」と呼んでいるのだけど、これは、私がソヤツとカレシは同じタイプだねって言ったからだ。
なので、もし、それにあやかって同じ経過を辿るとすれば、いつかカレシは彼女の大切さ、特別さに気づいて、ちゃんと結婚とか言って来る可能性があるよって、私は言ってる。だから、今は、もし本当に「私が必要じゃないんじゃないか」「たまに会って、えっちして終わりなだけの関係なんじゃないか」ということなんだとしても、それをわざわざ口にして、彼にそうと気づかせちゃいけない。たぶん、彼はそうは思ってないけど、言われたら、「あれ、そうかも?」って気づいてしまって、下手すると、じゃあさようなら、ってなっちゃうかもしれない。遠距離なだけに。(そもそも、私がソヤツと1回目に別れた時がそうだった。私も多少若かったので早まってしまったのであった)

ここは、なんとか上手に耐え忍んで、乗り越えていただきたい。いつか、本当に大切さに気づいて、一生そばにいてほしいってなるかもしれないから。

とか、言いつつ。カレシ殿のFB見てると、若い女の子と思われる(同僚か??)相手とデレデレコメントし合ってたりするんだな、これが。耐え忍んでと言っても、遠距離だし、つらいかもなぁ。見れば、生きてることはわかるけど、別の意味でやきもきして、心がザワザワしっ放しかもしれない。

こういう時、やっぱり、FBってナニ!?って思うわたくしなのでありました。。。(2号)

※結婚してしまえば、妻と夫という公認の立場でお互いのFBに登場して、何の違和感(?)も問題もないってのをよく見かけるけど、つきあってるだけの段階って、こういうビミョーなことがあるよね。。。(だから、最初からいっしょに始めれば、まだしもいいのだろうか!?)

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2012年03月21日

on 落書き。

そんな時代もあった。。。

北海道もやっと氷点下を昨日で卒業、と、ニュースで言ってました、2号です。私も卒業だ!!

昔のノートを見ていたら、こんな落書きがあったのだが、いったいナンだ!?
自分で考えたとも思えず、何かの歌だろうかちら。。。

PB180726.JPG

と思ってググってみたら、「愛國戰隊 大日本 主題歌」って出て来た。なんでそんなものを突然書きなぐったのか、まったく意味不明。

っていうか、ロシアも変わったよね。ぷーちんだもの。。。(2号)

posted by 2号 at 17:06| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月16日

on 昔の絵。

いいかげんな記憶。。。

穏やかな日和、ほっこりしてる2号です。やっと、税理士打ち合わせが終わった。。。

3年くらい前だったか、いろいろ処分した時に、学校で描いた絵も捨てたのだけど、写真に撮ったような気がしていたので、ちょっと見てみたら、ありました。

koma.jpg

例の、雪祭りの狛犬の絵。
なんだかミョーにほめられた記憶が鮮明で、自分でも子供のころは部屋にずっと貼っていたので、もうちょっとうまいのかと思ったら、こんなんでした。普通にヘタクソやん。。。(まあ、これは輪郭がすばらしいということでしかなかったのだが)


と、思ったので、ついでに「贋作」の方も探してみたら、すぐ見つかって、これもこの程度でした。3や4の美術が5になるほどか!?

bara.jpg

しょせん、こんなもんだ。。。(2号)

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2012年03月15日

on ダルくん。

ダルビッシュくん退団の(個人的)余波。

今、久しぶりに郵便局と戦い終えた2号です。回り道もいいとこだった(だから、最初から上の人を出せっちゅうねん。。。)。

まったく関係ない話は、さておき。
こうなってみると(=退団)、どうしてどうして、結局みんなダルビッシュくんが大好きで大ファンだったってことじゃないんですか!?
なのに、ふだんは、やれ「マック金子のファンです」とか「スレッジ大好き」とか「一番は栄ちゃん(小谷野)」とか「中田がイチオシ」「稲葉さん♡」とか言ってたよね?
とにかく、私の周りではただ一人、このわたくし2号だけが素直に「ダルくん命」とずっと表明していたわけだ。

この方々が、いざ、ダルビッシュくんがいなくなるとなったら、やれ「年末の特番(ローカル番組の)をダビングしてくれ」とか「ダルくんユニを買うのをつきあってくれ」とか「ダルくんのDVDを予約するには、どこが一番おトクか?」とか大挙してきて大騒ぎしてるのである。
このわたくしでさえ、札ドのお見送り会見でBGMの「セイリング」(by ROD STEWART)をバックに去って行く姿に号泣して以来、静かに静かにダルくんを見守っているというのに。

アメリカ人の知人に頼まれて、日ハムのダルくんユニの一番大きいサイズを入手しなければならないという友だちがいて、これには苦労した。だって、もう売ってないし。

そして、極めつけが、ダルくんの特番のダビング。
これまた別の友だちなのだけど、いきなり「メカに詳しい」とかいうダンナ様までが出て来て、なぜかDVDディスクにコピーしてって言うから、言われるままにしてあげようと、手持ちの古いDVDでやろうとしたら古過ぎてデジタルに対応してなくてディスクをダメにしてしまって、わざわざ街まで新しいDVDディスク買いに行って、店員に説明してもらって、3時間の番組をリアルタイムでダビングして渡したら、画像が悪いからBDでもダビングしてほしいって。それさぁ、最初から(手持ちの)BDでやってって言ってくれれば、失敗することもなく、画像もきれいで、しかも高速でチャチャッとやってすぐ済む話だったよね?って思ったゾ。ダメにしたり、買いに行ったり、3時間かけてわざわざ孫コピーで汚い映像ダビングしたりって、ただでさえ忙しかったので、何週間もかかったんだゾ。
ちゅうか、メカに詳しいダンナって、いったいナニ?

というわけで、そんなにみんな、やっぱりダルくん好きだったんじゃん。だったら、在籍中から、もっと一緒に盛り上がってほしかったよ。人のことミーハー呼ばわりしたり、「いつもと(好きになる)タイプ違うよね」とか冷静に言ったりしないでさぁ〜(○`ε´○)!

まあ、それはどうでもいいとして、自分に当てはめて考えてみると、たとえば、かつての横浜ベイスターズで、一番好きだった駒田とかローズ以外の主力選手(たとえば、石井琢ちゃんとか)が退団することになったとしたら、その選手個人のDVDが発売されても買わないだろうし、ユニももちろんだし、TVの録画もしないかも。
とすると、ダルビッシュくんって、やっぱりタダ者じゃないのだなと思う。一番のファンじゃなくて、他選手ファンを標榜していた人たちまでもが、いなくなる時にはこんなに騒いで惜しむのだから。

かくいう私は、今年の日ハムカレンダーの2月のビジュアルがダルくんだったために、今もまだカレンダーが2月のまま、時が止まっています。。。(2号)

2012年03月14日

on 占い2。

雨後の占い師。

花粉お見舞い申し上げます、2号です。
花粉症じゃない人も、季節の変わり目、特に春は、体調を崩しやすいのでご自愛ください。

それで、前回の続きなのだが…

最近、私の周りに、ミョーに占い師が生えて来て、すごいことになっている。

もともと、何年か越しでたまに会ってる占いの人はいるにはいたのだが、去年の秋くらいに、ン年(←二ケタ)ぶりに会った古い知り合いが、いきなり「いい人を紹介してやる」と言い、それが「男」ではなく、「占い師」だった、というところからニョキニョキが始まった。
その人は、まったくその手の話を受け付けない体質だったはずなのに、自分の身内が亡くなってからかなり不思議な体験をして、とある人から、霊感のあるその占い師を紹介されたらしい。ここには書かないけど、その体験というのは、私が友だちなどに話すとみんな「うわぁ、鳥肌立った」と必ず言われるような内容の話で、私も、聞いた時はアゴが床くらいまで落ちた。
てなわけで、その人は、そういう世界に、今や私以上に興味を持つようになったようだ。

で、しばらくしてその占い師に会うことになったのだけど、相性はよかった。
その日、私はたまたま白いものは一つも身につけていなかったのだけど、ラッキーカラーは白だと言われ、どうりで、放っておくと白っぽい服ばかり買ってしまうという自分の性向に納得し、これまた2番目によい色と言われたグレーも同様で、好きな色は違うのに、なぜかこれらを買ってしまうワケがわかったりした。
具体的な案件がなかったので、適当に世間話や身の上話などして、その中から思いがけない収穫もあって、さっそく友だちにその話をすると、「私も予知できる」とか言い出し、もちろん冗談で片付けていたのだけど、それがあとから当たったりしたので、それからその友だちも「第3の占い師」を自称するようになった。

そして、先月。
これまたン年ぶり(←二ケタ)に会った古い友だちが、宴の席でいきなり、「じゃあ、見てあげるよ」と言った。また自称(第4の)占い師登場か!?と内心思いながらスルーしようとしたら、「オレのバアちゃんはな、恐山のイタコだったんだ」と真顔で言い出し、自分はそこまでのものは受け継いでないけど、人よりは「わかる」んだそうで、年内くらいのことなら「見える」とか言う。
で、私に関して「見えてる」ことと「見えない(=起こらない)」ことを言って、「自分は未熟なので、それ以上の具体的なことは道具の力を借りなくちゃならないから、あとで見てあげる」とのたまうのであった。水晶玉でも持ってんのかと思ったら、そうではないらしい。「今まで、ハズしたことないんだからな」と豪語もしておった。
っていうか、そんな能力のこと、昔は言ってなかったよね!?と思ったのだが、会ってなかった間の半生の波瀾万丈ぶりからしてもけっこう不思議なヤツなので、経験から能力を磨いたのかもしれない。おそるべし。
ちなみに彼は、去年の震災の3日前から頭の中がスパークしていた。んだそうだ。。。

というわけで、今、私の周りに4人の占い師がいる。
一番古い辛口の人と、もしかすると一番能力がすごいかもしれないけど、それゆえにお高過ぎて&いつも予約がいっぱいでなかなかお会いできない方を加えると6人になるのだが。
これはこれでよいとして、一番困るのはみんながバラバラのことを言い出す、ってことなので、うまく使い分けなくてはならない。バランスとって。これも人間関係なので、こちらも大変なのだ。。。

そんな、占い師を引き寄せる体質(?)のわたくし自身はといえば、朝のテレビの占いコーナーで、その日の1位の星座を見れば、自分の「水がめ座」が6位以内のGOODか7位以下のBADかがわかる。という能力だけはある。この何年もの間、ハズしたことは3回しかないのだが、自称占い師になれますか?(2号)

※本当は、この占いの話は、最後の「自身はと言えば」の部分を姉妹ブログの方で軽くモノして終わりのはずだったのだが、中島知子騒動が起こったために、このように長い話になってしまいました。
ちなみに、朝の占いコーナーのソレは、長年1回しかハズしてなかったのだけど、最近立て続けに2回ハズしたのはどういうわけなのだろうかちら。。。

posted by 2号 at 17:18| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 人物列伝・友だち・家族・人づきあい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

on 占い。

当たらなくても2度美味しい。

一時期あまりテレビを見てなかったのだけど、この1〜2年、ドラマを見るというのが復活しました、2号です。
一番見ないのは、バラエティか?とにかく、見るものはだいたい決まってます。

ワイドショーもそうで、ほとんどが決まったのをチラチラとしか見てないので、ほかのワイドショーがどうだったのかわからないけど、このところウンザリしていたのが、オセロの中島知子と占い師のアレ。私の見てる朝の番組では、毎日やってた。
どうでもいいとは言わないけど、あれほどコト細かに連日やるようなことなんだろうか??
(そして、後半出て来るようになった内田裕也のコメントが、ミョーに軽くアタマに来たことを、付記しておく。。。)

だいたい、占いなんていうものは、私もけっこうキライじゃなくて、たまにいろいろな方法で利用したりもするけど、それは、あくまでも「利用」で、こっちが支配されるべきものじゃないのだ。

占い。
それが、統計学などであったり、霊感であったり、一応何らかの根拠に基づいてるものだとすると、こんなに興味深いものはない。
特に、霊感、あるいは「人一倍鋭い勘」と言ってもいいのかもしれないけど、これが私にとってはカッコウの好奇心の対象となる。
まず、私は、生き物の(不思議な?)能力を信じている。ある種の生物たちが遠くのものを感知したり、遠くの仲間と交信したりする能力は科学的に解明されてるようだけど、古来、虫の知らせとか以心伝心とか、人間同士もなんらかの伝わり合う能力っていうのがある気がするし、犬は人が死ぬとわかるとか実際あるようだし。こういうのを、科学的に解明してくれてもいいけど、科学で解明できない場合に、「ない」と短絡的に否定する姿勢にはやっぱり違和感がある。
パワースポットとか大昔に神社仏閣が建てられてるような霊験あらたかな場所とかいうのも、やはり昔、土地のよい性質を判別できる人がいたってことだと思ってるのだけど、同じ場所で同じ現象を見たり感じたりした時に、そういう判断につなげられる人とそうじゃない人がいる限り、それはある種の「能力」と言ってもいいのじゃないかと考える。まったく何も感じない人もいることを思うと、なおさらだ。

詐欺や確信犯的な悪徳(自称)霊能力者はアカンが、やっぱり、「何かを感じる」ことができる人たちというのが、この世にいるのだと思う。それを役立てたいとか、何かを伝えたいって言うのならやればいいし、私みたいなスタンスでそれを利用する人がいるのも、別にいいと思う。娯楽的文化として楽しむもよし、何か大事な決断の時の判断材料の一つとするのだって、納得して自己責任の上で利用するなら、その人の自由だろう。
ただし、絶対に当たるとか思っちゃいけないし、ハズレたからって殴り込みに行っちゃいけない。

私について言えば、まず、そういう人自体に興味がある。
占いというものが人間が行うものである限り、相性というものもあり、そういう人間くささが絡んでくるところもオモシロい。鑑定(?)にも、互いの人間関係が微妙に反映されて来たりするところも。
で、私と相性が悪い場合、続けても互いにいいことないので、1回限りとする。
いい場合は、同じ人と何度か会ったりする。毎週通う人もいるみたいだけど、私はせいぜい年1回とか、よっぽど何か確認したい具体的なことがあった場合に2回とか。コトによって、人を使い分けることもある。

ハズレたらハズレたで、これがまた興味深い。
私は、どうしてハズレたのか、というか、結局は当たらなかった見立てをした時の、相手のことを考える。霊感なりなんなり、相手は何らかの自分なりのよりどころはあるわけなので(ということを前提にすると)、それがどう働いたのだろう?とか、私が言った内容を思い出して、それとどう響き合ったのだろう?とか、相手の精神状態はどうだったか、どういう気持ちでいたか、はたまた、私がその「予言」を狂わせるような突拍子もない何かをあとからしたのか、とか、どっかから予期せぬ邪魔が入ったのか、とか。
まあ、小説かなんかを楽しむみたいにあれこれ思い巡らせるわけで、これがまた一興なのでした。

一人、とても「よい人」がいて、この人は、私のことをいろいろ言い当てるので、何かは感じたり見えたりしてるらしいと思って、何度か会ったことがあるのだけど、ある時、「あぁ、この人には、私が望んでることが言わなくても伝わっているんだな」と気づいた。だから、話していて気持ちがよくて(まるで以心伝心そのものみたいだから)、その人も私の夢が叶うことを心から応援してくれるスタンスだから、こういう気持ちのよい鑑定結果になるのだな、と、思った。
もちろん、夢のすべてが叶うほど世の中甘くなく、ハズレたこともある。でも、私が自分の心の中で夢が叶った時の映像をイメージすると、おそらく、それがその人にも見えるのだと思われ、それをその人は未来の予言みたいに言っていたのかもしれないなぁ、なんて想像する。

いーのである。それで。
当たってもハズレても私は楽しいし、いいことを言ってもらってる瞬間は、友だちと話してる時とはまたちょっと違った感覚で前向きな気持ちになり、がんばろう!と元気をみなぎらせることができる。これこそが、効用なのだと思っております。

もう慣れたもので、ちょっと辛口の人も用意してある。凹んでも何でもいいから現実を見る必要がある!みたいな時は、気持ちのいい人じゃなくて、わざと辛口の人のところへ行ったり、みたいに。


というわけで、占いは支配されるものではなく、利用するもの。と思っているわたくしにとって、今回の連日の報道は、多少気を引き締めようとは思わされはしたものの、信じられない話でした。
万一本当に当たってること言われて、それが耳に痛いことだったりした場合、私だったら切る。自分と相性が合う人からは、同じイヤなことを言われても、そこに愛情みたいなものが感じられるのだ。ただ痛いだけのことを言われたら、たとえ当たっていても、自分に合わないと思ってそれっきりにする。

それに、ナニ!?神が肉を食べろと言ってる??
んな、バナな。。。その時点でアウトですな。
神は、どっちか言うとベジタリアンやろ。そういう神じゃないと、私と相性合わんと思うし。(私はお肉も大好きだが、そういう問題ではない)。
ってなスタンスじゃないと、占いなんて利用できまへん。

心底弱ってる時も、そこにツケ入ろうとする人なのか、本当に親身に助けようとしてくれる人なのか、その違いを見分けるだけの理性とか余裕は持ち合わせていたい。
とかいう私は、まだ本当の地獄を見たことがないだけなのだろうか。いや、そこまでの地獄は見ない方がいいけど。。。(2号)

posted by 2号 at 15:13| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月08日

on 手筋。

デカい女。

1月は行き、2月は逃げ、3月も1週間が去りました、2号です。。。
相変わらず超忙しいのだが、今、待ち時間がてら逃避します。

わたくし2号、ライターです。デザイナーではありません。
と、何度も何度も皆さんに言ってるのですが、よく、「デザイナーに頼むほどのことじゃないから、○○さん(←私の名前)でいいからさ。ちょちょいとやって」と、カンタンなデザインを頼まれます。
このわたくし『で』いいから、とは。。。(失敬な。。。)
つまり、たいしたレベルを求めてないから、誰でもいい、○○さん程度でも。ということだ。
なるほど、そういうレベルなんだったら、まあ、わたくしなぞがやってもいいのかと、できる範囲で謙虚にやる。
しかし、そんなわたくしに『ちょちょい』っていうのもおかしな話で、ちょちょいとできるのは、手慣れたベテランの人だよね??私がやると、プロの人よりは時間もかかるし、持てるワザも見よう見まねの範囲で多くないし、ちょちょいというわけにはいかない。ちょっとは苦労する。でも、もらえる報酬は少ない。
考えてみると、皆さんはカンタンに頼んでくるけど、逆にこっちは汗水たらして少ないお小遣いを稼ぐって感じだ。なんか腑に落ちない気もするけど、お小遣い程度でもあった方がいいし、そうやって要望にこたえていると、次に大きな仕事につながる可能性もかすかにあると信じて、わたくしもがんばっておるのだ。

以上が長い前置きだったのだが、そんな、もぐりのニセデザイナーのわたくしのデザインに対して、「おぉ、豪快だね」的な反応が多いことに、最近気づいた。女性的なデザインというのは、上品に、かわいく、こぢんまり、みたいなことらしいのだけど(そりゃまあわかるし、私だってそういうのは好きだし、できないことはないのだが)、デザインの対象自体が(=頼まれる案件のジャンルが)必ずしも女性的なものではないのが多いせいか、「豪快」なものになってしまってるのかも。とか、思いながら、改めて自分のやったデザインを眺めていたら、ふと、子供のころの記憶がよみがえって来た。それが、今日のタイトルなわけで。。。

私は、美術系の科目は特にいいというわけではなく、唯一、5段階評価で「5」を取った時もあったのだが、それがズバリ「模写」という単元があった時であり、なんだよ…要はパクリだけは得意ってことじゃんか。。。と、自分で嘲笑したものだったのだが、それよりずっと前の小学生の図工の時間、クラス中で私のもう一つの才能がもてはやされた瞬間があった。
それは、絵を描く時に、最初にアウトラインというか、輪郭を描く。ということだった。
その時は、「雪祭りの絵を描きましょう」というテーマで、見に行った人は記憶で描いてもいいし、そうじゃない人は絵はがきなどを見て描くということになっていた。
そこで、私は巨大な狛犬の雪像の絵はがきを見て、画用紙からはみ出すくらいの豪胆な大きさで、画面いっぱい狛犬の輪郭を取った。そして、先生が通りかかり、その「のびのびさ」を褒めちぎったのだった。
たったそれだけのことだったのだが、輪郭を取るだけのことにえらく苦心していた近くの席のクラスメートが、「お願いだから、輪郭だけ描いてくれない?」とこっそり頼んで来た。こんなことでよければ、と、私は快く引き受けて、サラサラとデッかく、その子の雪像の輪郭を描いてあげた。すると、周りの数人が、我も我もと言い出したのだ。たぶん、4、5人のを描いてあげたと思う。
まさか、輪郭を描く、というだけの「才能」が、この世に存在しようとは。。。

きっと、絵を全部完成させろとなったら、誰も私に頼まないと思う。(しかし、その狛犬は、のちのちまで自室の壁に貼っていたくらいの、なかなかのできばえだった)。頼んでいいのは、輪郭描きとパクリだけです。

そんなわけで、元気のいい自分のデザインを眺めてる時、ふと、狛犬の記憶がよみがえったのでした。

すると、また、別の記憶もよみがえってきたので、ここにまとめて記しておこうとなったのだが…
それは、忘れもしない、母校の高校での教育実習の時のこと。
実習の監督(?)としてついてくれた担当の先生の計らいで、授業を受け持ったいくつかのクラスで、実習生の授業を受けての感想などを入れた手紙を最後に書いてくれることになっていた。
これがすごくおもしろくて、ずっととってあったので、古い日記の整理とともに読み返したりもしてたのだが、それによると、私は初日に教壇から落っこちたことになっている。そうだ、思い出した。。。それで親近感が湧いたと書いてくれた男子生徒がいた。もちろんワザとではないけど、結果、つかみはOKだったようだ。
いや、それは余談で、圧倒的多数が書いていた共通の感想、第1位は「字がデカい」ということだった。
初めて黒板に字を書いた時、「あっっっデカい!!」というヒソヒソ声やクスクス笑う声があちこちから聞こえてはいたけど、こんなに多くの子が最後の手紙に書くほどインパクトがあることだったの??。。。と驚いた。なにしろ、「字の『バカ』デカい教生」というウワサが学年中に轟いていたようなのだ。先生は、それで有名でした。と書いてる子がいた。確かに、監督の先生は達筆で細かい字でびっしり板書するタイプだったので、デカデカと最小限の箇条書きしかしない私は、かなりのギャップを生んでいたとは思われるが。。。
字がデカいのは、目の悪い一部の生徒には好評だったようだけど、字はもっと練習した方がいい。とか、大丈夫、だんだんうまくなりますよ、最後の方はよくなってました。とか、暖かくも厳しい言葉も、多くの生徒が書いてくれた。なんて、いい子たちなのぉ〜!!

ちなみに、ここでも、視覚に訴えるのが一番いいのよ!とばかりに、美術が3とか4ばかりだったありもしない才能を駆使して、アルパカやリャマという動物の絵を黒板に描いて披露していた(南米の古代文明の単元だったため)。アルパカとリャマは一生忘れないと書いてくれた生徒もいた。余談だけど。

で、つまり、私って「デカい」女なのかちら?というまとめになるのだが、それが、何か人生の役に立ってるかと言われると、むしろ、住所氏名を書く時に枠に収まりきらないではみ出す、とか、デメリットの方が多い気がして、すこぶる残念です。。。(2号)

posted by 2号 at 13:33| 北海道 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

on 日記の整理4。

昭和の純真。。。

相変わらず事件テンコ盛りの、2号です。いろんなことに片を付けたり、新たに踏み出したり、淡々と継続したりしてる毎日です。

そんな中、相変わらず、ふと古い日記を手に取ることがあるのだが、最近読んだのは高2の時のものだった。

自分では、同時に3人のクラスメートが気になってたことは覚えているのだけど、高2と言えば、修学旅行などもあり、この手の話題にクラス中で盛り上がる時期だ。

よく読むと、3人どころじゃなくて、いいと思う男子はほかにもチラホラいて、それが時々加わったりはずれたりと入れ替わりながら、常時、複数人を気にしていたようだ。で、修学旅行での恋バナなどもあり、私がちょっと興味があると言ったばっかりに周りからおもしろ半分にけしかけられることとなったある男子(仮にNくんとする)のことが今でもすごく印象に残っていたにもかかわらず、実際は、ソヤツへの盛り上がりは一時的なもので、結局はその前からずっと好きだった別の男子(仮にPくんとする)への気持ちの比重が最後にはまさったことが刻々と記録されている。

その、自分の本当の気持ちに気づき始めていたある時、家庭科実習があった。メニューの中にクッキーを焼くというのがあって、今でもはっきり顔を思い出せるクラスメートの女子Cちゃんが、これを気になる男子に渡そうと言った。私はためらったのだけど、Cちゃんは自分の分と私の分をサッサと教室に持って行って、私の分は誰からとは言わなかったそうだが、勝手にNくんに渡るようにしてしまった。それが、よりによって、Pくんの手を介する形で。
舞い上がったNくんは、放課後の部活でも「オレはクッキーをもらった」と触れ回り、たいしたご満悦だったと、あとから別の女子が教えてくれた。その日、つるんで歩いていたPくん&Nくんと廊下ですれ違った時の様子から、私は、贈り主が私であると二人が気づいてるのではないかと日記の中で危惧している。

そして、それから数日に渡って、このことへの後悔が日記に綴られる。自分は、みんなにそそのかされてNくんを意識するようになってただけで、本当はやっぱりPくんの方が好きな気がするのに、Nくんにぬか喜びをさせてしまったと。そして、PとNの間で、ものすごく心が揺れている。

状況説明はこれくらいにして、何が純真かって言うと。。。
今は知らないけど、昔は、修学旅行で業者が撮った写真を生徒たちが購入するってのがあって、記録によると、クラスの女子がなぜか多数協力を申し出て来て、私のためにNくんの写真を分担して全部買って、私にくれた(もちろんお金は払った)みたいなんだけど(要するに、Nくんがまったくモテキャラじゃないために、おもしろ半分でみなが盛り上がっていたと思われる)、その中に「恥ずかしくて見られない写真」(その分担購入者の名前も書いてある)があるということを日記に書いていて、これは、のちに大人になって写真を整理していて大量にNくんの写真が出て来た時に見た「アレだな」って思い当たるのがあるのだけど、単にトランクス一丁で写ってるだけの、今おネエさんとなったわたくしが見ると屁でもない写真なのだ。
これを、高2のわたくしは、顔を真っ赤にして、一目見たきり机の引き出しにしまい込んで、数日後の日記でも、今日も引き出しの同じところに入ったままだとか、引き出し自体をあれから開けられないとか、恥ずかしくて見られないなどなど、ったく、あんなモン、ナンボのもんじゃい!って程度の写真に心底困っているのだ。そして、○○ちゃんが「これ買ってあげるね」と言った時に、よく確かめもしないで返事をしたことを後悔している。アタシったら、かわい過ぎる。。。

この純真さは、昭和特有のものではなかったか。。。

かと思えば、修学旅行の前は、高2のわたくしは恋心とイタズラ心が高じて、トンでもないことをしておる。

Pくんの、教室に置いてある体育着を、時々コッソリきれいにたたんで戻しておくってことをしていたのだ!!そうだ、思い出した〜。
時には、「吐きそうなくらい臭かった」とか書いてある。前にたたんであげた時から、一度も洗っていないに違いない、と。
そして、なんと大胆なことに、ある時、破れているところを発見して、たたむ前に(臭いのをガマンしながら)それを縫っている!!
記述によると、誰の仕業かバレない自信があったようで、「ビックリしたかな」とか「誰だと思ってるかな」とか「そもそも、たたんであることに気づいてるかな」とか、「誰かにこのミステリーを言ったかな」とか、イタズラを楽しんでる様子なのだけど、今思えば、あれは一種のストーカーまがいの行為ではないか!?
もちろん、こんなことを一人でする勇気はなくて、友だちと遅くまでダラダラと学校に居残っていて、ほかに誰もいないってな状況になった時にふと思いついたことで、必ず友だち立ち合いのもとではあったのだが。。。

あと、テストの時には、彼の座る机に、前日に「がんばれ」って書いたりしてる。気づかれたい気持ちと、気づかれたくない気持ちが交錯していたのか。
少なくとも、何かし(てあげ)たい、応援したい、触れるだけで幸せ、見るだけで幸せ、目が合うだけで、話すだけで、彼について何か知るだけで幸せ、みたいな、そのレベルにとどまっていたようだ。

この恋の顛末がどうなったかは、まだ日記が終わってないのでわからないけど、読んだところまででは、友だちがPくんに、Pくんのことを好きな女子がいるよってことを勝手に伝えたということがあったらしい。で、友だちによると、それが誰なのか彼はすごく気にしていたとのこと。でも、元来自分に自信がなかった私は、その後告白した覚えもないし、たぶん、心の中でずっと気にしつつもクラス替えとともに、この恋をどうにかしようっていう踏み込んだレベルに達することなく終わったのだと思う。

すごく短足だったことを覚えている。
小太り一歩手前のがっしり体型だったけど、背はそれほど高くなく、ほっぺたが赤くて、親戚のオバちゃんみたいな愛嬌のある笑い顔が好きだったような気がする。のんびりしたような朴訥としたような大らかな感じのキャラのわりに、学祭の余興では、いつも一番人気のバンドでキーボードを弾いていた。これは、好きになってからわかったこと。でも、そのせいで、ほかのクラスにいた私の友だちなども彼のファンになり、私は一時期Nくんにウツツを抜かした手前、彼女のために永遠にPくんから撤退するべきかと悩んでいる記述も見られた。まったく、純真過ぎる。。。

そんなわたくしは、今。。。(ToT)(2号)

posted by 2号 at 14:37| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

on お知らせ。

わたくしにやさしく。

なんだかめまいがする…2号です。
山が動いている気がするって新年早々(?)書いたのだけど、本当に富士山のあたりがあやしくなって来てビックリ。なにせ、このわたくし2号が入院すると必ず火山が噴火するので、笑い事じゃないです。

去年の後半あたりから(厳密には震災前くらいから始まっていたと思われるのだが)、私には悲しいことがたくさん起こって、この前もめくるめく巡りあわせで恩師が亡くなっていたことを知って、それ以来またずっと悲しいなど、そろそろいっぱいいっぱいになって来ました。
実は今、親がこれまた新年早々から骨折して、その身の回りのことをあれやこれややっているので、体力的にもかなりキツいです。仕事やらないでいるわけにもイカンし。

そんなこんなのストレスか、なんだか最近めまいがするゾ、ってわけだ。

皆様、のちのち、このわたくし2号にもっとやさしくしておけばよかったと後悔しないためにも、今、うんとやさしくしておいた方が。。。

そういえば、私はアクセサリーなど身につける物を落としたりなくしたりしても、だいたい出てくる(というか、大事な物は執念で出て来させることも?)。
それでも、たま〜に、どうやっても出て来ないことはある。それが、いつもちょうど自分にとって何かが区切りを迎える時期だったりするので、私のもとを去っていったなくし物は、その象徴として捧げたんだ、そして、それと交換されて、何か新しいものがやって来るんだと思うようにしてます。
で、この前、お気に入りのピンクのアクセサリーがなくなった。通った道を探したりしたけどなかった。それでその後、いつものように警察とか駅事務とかに問い合わせることはしなかった。まさにいかにも今が区切りの時期だと思うこともあって、神妙に受け止めたから。
ダルビッシュくんのローテにあわせて私の生活もローテを組んで回っていたのだけど、そのダルくんが旅立ったことも区切りの一つだし、ほかにもいろいろ思い当たることがある。

ところがどっこい。
それから数日すると、自室の玄関のたたきの上に、そのアクセサリーがポツネンとあるじゃあ、ありませんか。

出戻ってきた。。。

と、私はボー然とした。いったい、これはどこから入って来たのか!?
ちゅうか、そんなわかりやすいところにいるものが、なぜそれまでまったく目に入らなかったのかと、自分のボンヤリさに驚いた。

これって、ダルくんが戻ってくるってことなのかちら??
この激動の日々に、一条の光がさしたっていう解釈でいいの!?

とにかく、どうでもいいので、わたくしにはやさしくしてください。。。(2号)

posted by 2号 at 15:36| 北海道 雨| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記・雑記・雑感・よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

on 恩師。

いなくなっていた先生。

寒さにもすっかり慣れた今日このごろ、風邪など引いてません、2号です!!

しかし、私の胸の中はすぅ〜すぅ〜すすぃ〜っと冷たいすきま風。今でも思うと時々泣けてしまう。
ダルビッシュくんの旅立ちを見送ったことは、本当はここに書かなければならない最重要案件なのだが、まだ気持ちの整理ができないのでダメだ。

そんなこんなで、最高に涙腺がユルい毎日となっているのだけど、ちょうど今朝、ある人と「大学の先生」について話していて、私が一番お世話になった先生は厳しい人だったと、私は語った。
そのあと、ふと気になって、すっかり白髪になってもしかしたら腰も少し曲がったりして足元もおぼつかなくなってるかもしれない先生の姿を想像しながら、検索してみたのでした。

すると、なんと。。。

先生は何年も前に、けっこう若くして亡くなっていました。。。

それから、また胸のすぅすぅが一段と激しくなって、何かあったらきっとすぐ泣いちゃいます。だから、今日は私にはやさしくしてくだされ。。。

先生を追悼した文章を見つけて読んでみたら、功績のところに書いてあったあることに、もしかしたら自分がかかわってるのではないかと思ってドキリとした。
私が学生だった時、大学に、ある資格を取りたいということで食い下がって掛け合って、結局認められないと言われたことに憤慨して、その足で文学部の建物の階段を4階まで一気に駆け上がり(その時の階段の風景を今でもはっきりと思い出せる)、息をはぁはぁさせながら先生の部屋のドアをノックした。そして、先生にことの一部始終を話すと、先生は「あなたは学士として卒業証書という形あるものをもらえるだけでは満足しないのですか?」というような質問をした。もっと自分なりのものがほしいとこたえると、先生、一言「よござんす」と言った。
先生は、私の専攻科の先生ではなかった。私は、若気の至りで専攻を間違ったので、自分の好きな勉強に該当する方の専攻科のその先生などの講義に、ちょろちょろと顔を出していたのだった。
それから、話が早かった。おそらく先生は大学に掛け合って認めさせ、私のわがままのために新たな講座をいくつか開設して自ら担当し、私が資格を取れるようにしてくれた。その講座は正規に認められたので、そっちの専攻の学生も何人か履修して来た。

その時開設された講座の名前の一つが、功績のところに書いてあったのだ。そういう教育に尽力したという感じで。

講座は実践的なのが多かったので、ただ聞くという感じではなく、だから、先生の厳しさの洗礼も受けることになったのだが、やさしさとかあたたかさとか、ほんの小娘の一世一代の熱意(わがまま?)を認めてくれた人間としての大きさ、懐の深さみたいなイメージがより強く残っている。あの行動力とその速さ、そして、大学にウンと言わせた先生の力(?)などを思うと感謝でいっぱいで、私は卒業するまで先生にホレボレしていた。もちろんオッさんだったけど、カッコいいと思った(実際、今思うと、いつも黒っぽいタートルを着ていた姿はなかなかよかったかも)。

というわけで、がんばらざるを得なくて、卒業する時には売るほどたくさんの単位をもって(自分の専攻科とそっちの分とあと一つで取れるはずだった学芸員資格のせいで)、晴れて念願の資格も手にしたのだった。
確かに有名無実の資格だったかもしれない。
それは、私も先生もわかっていた。だからこそ、大学は最初認めなかったのだし。
でも、私だけでなく、おそらく先生もある種の達成感を感じてくれたのではないかと、確信してます。のちに就職した会社の社長がたまたまその先生と古い知り合いで、先生と社長が私のことを話題にした時の会話をあとから社長が教えてくれて、先生が満足してくれてることがわかったから。

そんなにお世話になって、大好きだったのに、亡くなったことを知らなかったなんて。っていうか、90過ぎても生きていそうなイメージがあったから、相変わらずな感じで活躍されてるんだろうなって信じて疑ってませんでした。

先生、天国はどんなですか?あまりにたくさんのことに精力的に取り組んだので、神様に早く呼ばれちゃったんじゃないですか?
先生に限っては、ご冥福を祈って、のんびりお休みになっていただくというのもなんだか似合わない感じがしますね。近々、先生のお墓を調べてお参りに行きたいと思います。相変わらずなので、特に新しくご報告することも今はないのですが、思い出話だけはたっぷりできますから。(2号)

posted by 2号 at 17:41| 北海道 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

on 落とし前。

仁義なきナンタラ。。。

寒い日々、皆様、しもやけできてませんか?2号です。

このところ、寒さと乾燥のせいで鼻の奥がヒリヒリするので、マスクをして外出してます。
これが、自分でアレほどまでにヒヤリとする事態になろうとは。。。

わたくし、年末はある特別な料理をするために、いつもの切れなくなってる包丁(研ごう研ごうと思って3年くらい経過)では心もとないと思っていたところ、ひょんなことから、ある人によく切れる包丁を借りられることになり、借りてました。
それを、今日、返すべく、バッグに入れてました。

その包丁はその人にとっては使ってないスペアらしく、お店に売ってた時のままのパッケージに入っていたので、私も、元通りパッケージに戻して持ち運んでいたのだけど、それは透明なプラスチックのケースで刃の部分だけを覆う形になっていて、つまり、柄の部分はナマのまま露出してました。全体のサイズは、普通の家庭用のもの。
パッケージし直して、横着にも、そのままバッグに入れたのだけど、確かに、バッグの幅ギリギリな長さだったかも。

電車の中でも、何かヘンだ、とは思った。

そして、今日の私の最初の行き先は、銀行だった。

銀行近くで、銀行のエントランスで、列に並んでる時などなども、なぜか、人の意味ありげな視線を感じる。

え?なに?ナニ!?
マスクしてるのがおかしい??
いや、このお気に入りのピンクのマスクは時々するけど、こんなにも人に見られたことはない。

そして、私の番が来て、脇に挟むような形で肩にかけていたバッグを手前に下ろして、ギョギョッと目ん玉飛び出しました。。。

つまり、私の脇の下から背中の方へと携えられていたそのバッグのオープンな口から、ニョッキリと、誰が見ても包丁とわかる柄の部分だけが突き出してるじゃあ、あ〜りませんか!!

いや〜ん。
ちゃんと中に押し込んだつもりが、持ち歩いてるうちにズリズリとせり出して来たのだわ。

それで、あのマスク姿……そりゃあね、見るね。。。

なんか、マジで自分でも背筋が凍ったゾ。
警備員とかこっちに向かって来てないよね!?と、とっさに銀行の窓口の方を見ちゃったし、慌ててバッグに押し戻す時も、恥ずかしさのあまり動揺していた。このようなミョーチキリンな事態に対しては特に平静を装うべきところ、まったく修業が足りてなかった。。。

っていうか、ずっとその状態で歩いて来た、道々を思う。
あやしすぎる。。。
警官とすれ違わなくてよかった〜(-。-;)

反面、こんな教訓を得ることは、誰の人生にでもあることじゃない、とも思う。貴重な体験かも。
包丁を持ち歩く時は、ちゃんと全体を包みましょう!!(2号)

posted by 2号 at 18:39| 北海道 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 実録・事件簿または頭に来た! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

on 昔の私。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。2号です。
あまり遅くならないうちに、これを言っておかねば。

それにしても、12月はわたくし2号、師じゃなくても走り回るような忙しさで、倒れないように毎日ビタミン剤を気休めに飲んでおりました。
そんなこんなで、いろいろ事件やら事故やらもテンコ盛りで、どうなることかと。そのことについては、追々書くか、書かないでスルーするかわかりませんが、とにかく、なんだか山が動いてる気分=激動の日々です。

というわけで、今日この場は、たぶん逃避行動だろうと思います。やらねばならない案件を何日も延ばして、今日こそ朝からやってとっくにこの時間は片付いてるはずだったのだけど、まったく手を付けずに、今も、こうして言い訳しながら逃避してます。。。

ずっと古い日記を読んだりしてたのだけど、そういうところもまったく自分は変わってないんだなぁと。多少、世間の荒波にもまれて、変わらない自分を何とかごまかして、綱渡り状態でも渡って行けるスベは身につけたのかもしれないけど、本質は呆れるほど変わってません。
たとえば、高三の受験の時も、毎日毎日「明日こそやる」「今日もやらなかったけど、明日はやる」とか書き続けてる。年明けのいいだけ追い込みの時期になっても、まだ、判で押したように毎日同じや。。。今、おネエさんとなった私は、読んでて恥ずかしかったゾ。あれで現役合格していたら、間違いなく人生ナメてただろ。

しかし、浪人の憂き目にあって、ダメなものはどうやってもダメと必要以上の諦観は身につけたかもしれないけど、ナマケ癖は相変わらず。っていうか、ますます、追い込まれてからやって、何とか帳尻合わせる体質に磨きがかかってると思われる。。。

日記は年代をランダムに読んでるのだけど、今ちょうど、浪人時期の日記を読んでて、これが意外に忙しかったと判明。バイトと図書館通いと予備校潜り込みと模試の日々。そして、すごく孤独だった。予備校に正規で入ってる友だちにいろいろ助けてもらったりしてて、そこは本当に感謝なのだけど、本質的にはかわいそうなくらい孤独。毎日、自分で、その日は何をしてどこに行ってを決めるということに、自由の底知れぬ恐ろしさも感じていたようだ。

それと、その時期、昼間に一人で街をブラついてることもあったせいで、モルモン教(「正式には『末日聖徒イエス・ キリスト教会』らしい」と書いてある)の伝道師と知り合い、前からキリスト教について疑問に思っていたこととかを聞こうとしていた。要は興味があったのだろうけど、それはあくまでカトリックだった気がする。似たようなもんだと思って、モルモン教の人で代用していたのかも。でも、借りた聖書(?)が、やっぱりどうも違うと思った記憶はある。洗礼を受けることを強く勧められて、それはしたくないけど話はこれからも聞きたい、でも洗礼を断り続けたらもう会えないかも、どうしよう、と、迷ってるところまで今読んでる。とにかく、救いを求めていたとか心の拠り所とか、そういう意識は微塵もなく、以前からの興味と疑問を解決したいというだけの気持ちだった。相手があまりにいい人なので、戸惑ってもいる。結果、洗礼はもちろん受けてないけど、そのあとどうしたんだっけなぁ。それほどは長くつきあわなかったように記憶してるけど。

また、この時してたバイトの一つで、スーパーの棚卸しがあった。ある時、園芸コーナーで、威張り腐った男子と組まされて、その時のやり取り(←アタマに来ている)が書いてあったのだが、あっちはこっちが年下だと思ってるのかちら、でも、私もあっちを年下だと思ってナマイキなタイドに怒っている、となっているのだけど、あとで、スーパーの社員の息子だとわかった、と。そんなプチ思い出が掘り起こされておもしろい。

浪人時代は、飼っていたネコが前年に死んで、懇意にしていたペットショップから別のネコを譲り受けた年でもあった。その時のことも書いてある。最初は慣れてくれなくて、誰にも見つからないところにネコが隠れてしまうので、難儀していた。その後、バカみたいになついたのがウソみたいだ。そのネコも、もちろん、もういない。そして、私のネコアレルギーも悪化してしまった。。。

かと思えば、はたまた94年の日記には、なぜか、毎週月曜日に必ず「今日も乗り切った」と書いてある。これまた、判で押したように毎週必ず。ブルーマンデーがよっぽどつらかったに違いない。。。
昔から私を食事やお酒やカラオケに誘ってくれたりしてかわいがってくれていた先輩がいたのだけど、この年は、会うたびに「オレのこと好き?」と訊かれていたようだ。今読むと、不思議だ。でも、私がなんと答えていたのかが書いてない。たぶん、何かごまかしてはっきり答えていなかったのかも。その質問は、先輩の結婚後も続いていて、どういう意味だろう??と日記で疑問を呈している私であった。そんなウブだったんか!?(んな、バナな)

こうしてプレイバックしていると、旧知の各方面から連絡が来たりするようになって、シンクロニシティかと驚くばかりなのだけど、旧交を温めるだけでなく、今この時点に必然的に意味があるような再会もあったりする。
干支が何回りかすると、自分も古いものを掘り起こしたくなるし、お互いに巡り巡るのだろうかちら。還暦はまだまだ先だけど。。。

という、忙しくもおもしろい今日このごろ。2012年は、こんな感じのまま始まっています。今のところ。
今年もよろしくお願いします(^o^)/(2号)

posted by 2号 at 22:18| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想・思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

on 乙女の検診。

(男子禁制)
年に一度のマンモちゃんの日。

昨日、やっと、暴風雪らしきものを見た2号です。なんか、予報のわりに、ずっと天気よかった印象で、まだ雪がつらいという気分にはなってません。

さて、今日は、年に一度のマンモ(グラフィー)ちゃんの日であった。

ゆうべ、シャワーを浴びながら、私の頭の中では、おっぱいにまつわる、とあるテーマについて思い巡らされていた。
いつだったか見たテレビに女医が出ていて、スタジオのお笑い芸人を中心とする男子陣(コメンテーター??)に対してものすごいドヤ顔で、「私の長年の診療経験から言って、女性の○○%は、乳毛が生えてることを気にしていません」と言った。男子陣は、女性の理想像のイメージが崩れたとばかりに、「え”〜〜っ」とお約束の叫び声を上げ、ウソや〜!とか、なんで〜?とか、もう非難ゴウゴウ状態になった。
そこで、わたくし2号、テレビの女医に向かって、お前はなんぞや、と、ツッコミを入れたのであった。上記、○○%の具体的な数字はもう忘れたけど、男子陣にしてみるとかなりの高率な数字だったと記憶しているのだけど、この女医が実地に見て来たというその実態は、ショックを受けていた男子陣が思ってるようなケースとまったく別物だということに、この女医は気づくべきである。
というのも、たとえば、検査=病院=マジメな場という認識だったとして、しかも、相手が女医となると、毛が生えてても「ま、いっか」となる確率は高い。脇毛(触診の時バンザイするので見える)もまたしかり。相手は医者なんだから気にしないでしょ、と。
ましてや、そんなことのために毛を処理して、次のもっと肝心な勝負の時に、生えかけの、一番処理しづらい状態になっちゃったりした日にゃ、目もあてられない。。。だから、病院などのためにムダ毛を処理するのはムダと考える(人がいても、何らおかしくない)。

しかも。
このわたくし2号の場合、過去、つきあってる男子に向かっても、「これはワザとだからね、抜かないでよ」と言い放っていたのである。「これ抜くと、金運下がるから!」と。
まさに、そうなのだ。わたくしはこれを、タカラ毛として大切にしておる(特に、下に生えるヤツ)。
(まあ、つきあいはじめや勝負の時は、「御免!」と抜いたりもするのだが、その時、お財布からお金が飛んで行く図が必ず頭に浮かぶ)
そういう人は、ほかにもきっといる。

ふふん。めったなことで、抜いてなるものか。


さて。
で、今日は、年に一度のマンモちゃんの日であった。

過去2年にわたり、検査技師は百戦錬磨のオッさんだった(別々の)。

な、な、なのに。なぜに、今日に限って、技師になりたて、汚れを知らない、みたいな、いたいけな男の子なんだ〜〜〜!?
こんないたいけな男子に、サンドイッチをつかむみたいな事務的な手つきでおっぱいをつかむ、そんな間違ったクセをつけさせていいのか!これから、いくらでも明るい未来が待っている。いや、まさに現役の男子であるのだぞ。遠い目のオッさんたちとは違うのだぞ。

と、おネエさんは、心の中で激しく葛藤した。

しかし。
私は検査を受けねばならない。そして、いたいけ男子は、これから技師として熟達していかねばならない。いつか、百戦錬磨のオッさんたちのようになるために。

わかったわ。よくってよ。あなたが熟練の域に達するために、このわたくしの胸を借りたいというのなら、わたくしは喜んでこの胸を貸してあげてよ。(←お蝶夫人風でお願いします)

と、胸を、否、腹を決めたわたくしは、「上半身ハダカになってください」という彼の指示に従うことにしたのだった。
ちなみに、鏡でチラッと見たところ、今日は、ピチピチのレギンス風の白いパンツをブーツインしていたので、まるで、乗馬服の上だけ脱いだ人、みたいなミョーな格好で、何のコスプレじゃ!?と。本当に乗馬中でムチを持っていたら、SMの女王と言ってもよい状態になっておった。

「お支度できたら、こちらに出て来てください」と彼。よろしくってよ、と、このわたくしもミョーなコスプレで颯爽と登場したまではよかったのだが。
機械の前に正しい立ち位置で立たせるために、彼は、わたくしの背中に手を回し、あちら側の肩に手を置き、やさしく引き寄せるように私を誘導…
あぁ、ダメ、ごめんなさい!私ったら、背中がこんなに汗ばんでるわ!!(暖房が暑かったから)

と、こんなところで、急におネエさんモードからすっかりいたいけな乙女に戻ってしまったわたくし2号は、久方ぶりに「はじらい」というものを感じたのであった。ほんの一瞬であったが。

そして、正しい位置に立つと、彼は、「では、つかませていただきます」と、礼儀正しくわたくしのおっぱいをサンドイッチをつかむような手つきでつかんで機械にはさみながら、さらに、「脇、失礼します」と、そこらへんの脂肪を集めてくる。あぁ、いたいけな若者よ。。。

むむ。しかし、オッさんたちに比べて、寄せ集め方が足りないのではないか?

あぁ、そんなことより、このわたくしのタカラ毛が。。。

ー想念の嵐ー(中略)

そんなこんなで、左右とも、上下つぶしと左右つぶしの2パターンずつ撮ると、彼は「チェックするので、ハダカのままで待っていてください」などと言う。王子のように誠実な声で。
そういえば、一昨年、人より乳腺が上の方まであるとかなんとかで、撮り直したっけ。そして、それを、去年のオッさんにはあらかじめ言って、一発で決まった。今日は、いたいけな若者だったために、ほかのことに頭が行ってしまって、言うのを忘れていた。

案の定、「ごめんなさい、右だけ撮り直させてください」と、来た。
よくってよ、よくってよ。いくらでも、このわたくしを踏み台にするがいいわ。
一生懸命に脂肪を集めて機械に押し込む彼の額には、かすかに汗がにじむ。あぁ、いたいけな若者よ、若者よ。。。
おネエさんは、それから2回も、撮り直しをさせてあげた。あなたの修業のためなら、少しよけいに被曝するくらい、なんだって言うのか。

しかし、おっぱいの周りには機械のあとがくっきりと残り、ますますSMの女王風になっていたのだよ。余談だが。

現像したフィルムをうやうやしく手渡して、「何度もすみませんでした。これを外科の〜」と案内するいたいけな若者の言葉を聞きながら、おネエさんは、いつか、もっと大きくなったあなたの姿を見る日を楽しみにしているわ、と心の中でつぶやき、颯爽と去って来たのである。

それにしても、今日に限っては、タカラ毛を奉納してから参上するべきだったか。。。(何の勝負だ。。。)

それから、いつも、ガレッジセールかっ!とひそかにツッコミを入れているゴリ田先生の華麗な指ワザ、否、触診を受け、経過観察中の塊も、栄枯盛衰の法則に則り、小さくなりこそすれ大きくはなっていないとのことで、めでたくまた1年後、となりました。

去年か一昨年か、このマンモちゃん報告の時に、上下方向からつぶす時はドナルドダックの口、左右方向からつぶす時はムンクの「叫び」の超激しい版をイメージしていただくとよいと書いた気がするのだが、今日は、カルツォーネ(http://ja.wikipedia.org/wiki/カルツォーネ)が無性に食べたくなったので、帰りに買った次第。。。(2号)

posted by 2号 at 18:24| 北海道 雨| Comment(6) | TrackBack(0) | 健康・からだ・ケガ・人間生態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

on 菅野某。

菅野くん、浪人選択。。。

まったく腑に落ちない、2号です。

今度の件で一番ハラが立ち、本当に心底キライになったのは原辰徳だ。

今までは、単に、巨人の監督である=イケ好かないというのが大きかったけど、人間的にどうこういうことは、それほどなかった。(現役最後の方は、早く引退すればいいのに往生際の悪い男だとかは思ったが)

でも、今回の件では、辰徳伯父さんこそが一番、人生の先輩として、プロの先輩として、「日ハムに行け」と言うべき立場なのではないか?
ましてや、いつまでも「憧れの球団」の監督の座にいられる自分ではないのだ。

それとも、言ったけど、本人がナットクしなかったとでも?
それならしかたないけど、大好きな辰徳伯父さんがそう言ってもダメだったのなら、「伯父さんと一緒にやるために」という報道も、ちょっとおかしい。そのせいで、私の中では、「器の小さい原監督」というイメージになっちゃってる。

そもそも、身内びいきなことをしあうというのは、世間的にまったく印象がよろしくない。
たとえば、ものすごいダメ息子だった場合に、親が責任持って、自分のもとで他人以上にビシビシ鍛えますみたいな、世間に対して申し訳を立てるような意味合いならイザ知らず。出来のいい子だったら、むしろ、かわいい子には旅をさせろで、世間の荒波(もちろん日ハムは荒波どころかよい環境と思うが)にモマれて来いと突き放すのが、本当の(かっこいい)身内の愛じゃないのか!?
身内の傘の下でメンコチョンコしてどうする、んなもの!

それとも、「伯父と一緒に」というのは体のいい口実で、やはり単に「元巨人」という肩書きが生涯の安泰をもたらすと思っての、「人生の選択」なのか。

最近、ますます、今後はもうそういう時代ではなくなって行くだろうって気がするのだが。

みんなが(おバカな巨●ファン以外)、数年後にそらみたことかと言いたいとばかりに、意地悪な目でキミのことを見ていくだろう。
そんな空気を吹き飛ばすくらい大成する自信があるのなら、やってみろ。
そしたら、認めてやる。人間的に好きになることは一生ないと思うけど。(2号)

※しかし、3月まで交渉するって、日ハムも…もしかして、初対面以来、何もしてなかったの?11月を10日も残して、公に会見まで開くなんてナマイキな手を取られて、この先、どうやって交渉続けるっちゅうのか。。。