2006年01月31日

06.01.31 on 林裕也くん

林裕也くんのための賞

北海道在住、2号です。ローカルニュースをお伝えします。
ふるさとの誇り、林裕也くんは京極町出身だそうで、このたび京極町は、彼のためにわざわざ新しい賞を創設したんだそうです。もちろん、初甲子園でのサイクルヒットの活躍に対してと、翌年(=去年)の夏の2連覇チームを率いた主将ということで。
京極町のスポーツ関係の賞は、最高でも全道規模でのもので、しかも6位以上とかいうゆるさ。全国での優勝など想定外だったということで、もっと上の賞をつくらねばと、まさに彼のために「町スポーツ栄誉賞」を新設。2月4日に記念の盾を贈るそうです。
盾、ねぇ。(2号)

※将来、この賞は「林裕也記念」とかいう名前がついた賞に変わるだろうと想像されます。


2006年01月30日

06.01.30 on 名セリフ

暮らしの中の名セリフ

映画大好き2号です。
以前、映画の中のセリフで心に残ってるのを書いたあと、第二弾もやろうとひそかに思ってたのだけど、いろいろ記憶をたぐっていると、どうしてもぐぃぐぃと前に出て来てしまう、映画じゃなくて個人的な日常の中で引っ掛かったセリフたち。
あまりにしつこく甦ってきてうるさいので、先に、これらを片づけることにしました。

というわけで、私の好きな超個人的名セリフ集。5題。


■みんな過去形で訊くけど、私は、まだ、あきらめてないのよね。

このトシになると、みんな私の顔見れば「どうして結婚しなかったの?」って過去形で訊くんだけど、私はしなかったんじゃなくて、これからだって、しようと思ってるの!と、飲んでる時に唐突にキレた会社の大先輩。
思い出すだに、私はこのセリフが好き。私だって、まだいろいろなことを諦めてない。未来も希望もあるんだわと、可能性を信じる気持ちになれるセリフ。


■自分には今まで本当の悩みなんてなかったんじゃないかと思うの。

友人、ある日ポツリと真顔で。
そんなこと言われれば、これまでの悩み全部併せたよりも深刻な悩みができたのか?と心配になるもの。
いったいぜんたい、どうしたの?と訊くと、
「あたしってさぁ、何か悩んでても、今晩○○のテレビがあるって思えば、悩みが吹っ飛んじゃうの」とのたまった。
内心「へっ?」と思いつつ、「それって、テレビを見たら、あまりにもおもしろくて…とか、そういうこと?」
「うぅん、違うの。そのテレビが今夜あるって思った瞬間に、なの」
悩みが大したことないのか、切り替えが上手いのか、彼女の愛するテレビの力がスゴいってことなのか…
いずれにしても、幸せってことで、別にいいんじゃないの?と思った私であった。


■オレは、支配されたいんだ!

昔の彼氏のセリフ。
幼少時から、好きなようにおやり、ただし、自由には責任があるのよ、みたいに、自立志向で育てられたらしくて。
支配されることに憧れ、望んでいた彼は、のちに、5つだか6つだか年上のおネエ様と結婚しました。
大変よくできました。すばらしい。


■眠くなれば寝てしまう。それが人間なんです。

「はぁ〜」と、思わず大きくうなずいてしまった、このふってわいたようなセリフは、 コンタクトの着脱指導の時に、指導のおじさんが発した一言。
確か、レンズをはめたまま寝るとどうなるかとか、そういう話をしてる時だったと思う。コンタクトは、眠くなる時間になる前に、ハズしましょう。


■オレたちは始まらないの?

同級生と飲みに行った時。
男女の親密な関係は、一般的にどういうきっかけで始まるかとか、そういう話をしてたら、突然そのようにヤツは言った。
残念ながら、始まらなかった。
でも、この一言は、すごく印象的だった。


スンバラしい名言を残したみんな。元気かなぁ。(2号)

2006年01月25日

06.01.25 on おすすめレシピ〜酢

おすと私

オスとわたくし2号の偏愛の記録。

「おす」と入力すると、まず「オス」が。
でも、男遍歴を書くのじゃあ、ありません。
おすは、まんず、「お酢」とは変換されませんね。かなり下の候補です。
でも、そんなお酢が私は好き。

料理の味付けはもちろん、去年の春ころからは、ドリンクとしても。
おすすめは、
黒酢大さじ1+オレンジママレード大さじ1+お湯200ccくらい。
お好みで適当に加減。
疲れた時などにもベリベリgood。

そして、そして。
最近の大発見。
こうやって、人類は食べ方とか飲み方などを偶然発見してきたのだなぁと、非常に感慨深く思ったのがこちら↓

いつものホットケーキに、何の魔がさしたのかまったく不明ですが、福引きで当てたブルーベリー酢をジョボジョボと唐突に加えてみたのでした。もちろん、牛乳も卵も入れたあとに。
で、それから粉を入れたら、当たり前だけど、ちょっと水分多いなぁ…なんで、こんなことしちゃったのかなぁと、失敗の予感。

しかししかし。
焼き上がったそれは、今まで見たことのないくらいキメが細かくてフカフカで、ちょっと紫っぽいのもおもしろく、味もほんのりブルーベリー味。す、すごい。おいしい…。
もしかして、何かの間違いかとも思って、その後3回作ってみましたが、何度やっても、ちゃんとそのようになりました。
これは、もしかして、世紀の大発見ではないか!?
っていうか、お試しあれ。
いつも通りの作り方に、ブルーベリー酢を加えるだけでOK。お好みで、牛乳の量と調整してください。でも、私はいつもかなり適当でも大丈夫です。

ああ、お酢ったら、なんてすてき。(2号)

2006年01月20日

06.01.20 on 北の国から

北の国からコンニチワ

北海道在住 2号です。
「北の国から」は、リアルタイムでは見てなくて、特別編がつくられ出して、さらにしばらく経ってから見始めました。その後、再放送などを利用してさかのぼり、だいたい全部見たと思います。完全に終わると聞いた時にはけっこう残念に感じたので、遅まきながらでもファンになっていたということでしょう。

あれだけ長く続いたものだから、名シーン、名セリフを挙げればキリがないと思うけど、最近、というか、冬場になると例外なく毎日毎日思い出されるシーンがあります。
それは、確か「巣立ち」(違ったらすみません)。五郎さんの遭難(?)シーンです。
前後のいきさつはそれほど詳しく覚えてないのだけど、材木か何かの下敷きになって抜け出せなくなったところに、吹雪ガンガン、日も暮れて…と、死にそうになって、亡き妻(いしだあゆみ)の幻覚まで見るという、あのシーン。
五郎さんは、凍えてほとんど感覚もなく動かせもしない手で、生き延びるためにいろんな工夫をします(実際、田中邦衛さんは凍傷になったとか)。でも、北海道で言うところの「かじかんだ」手は言うことをきかず。なかなかうまくいかない。

あの、手が冷たくて言うことをきかないっていう状態を、私も冬になると毎日毎日体験してて、そのたびに五郎さんのあのシーンが必ずよみがえり、そして、そのたびに「私だったらゼッタイに死んでる」とゾッとするのでした。

ナゼに毎日そんなことを? って、もちろん、毎日、遭難してるわけじゃありません。北海道の冬でも、札幌の普通の市民生活では、そこまで壮絶じゃないです。
うちのマンションには屋内の駐輪場がなく、自転車カバーをかけて屋外の駐輪場に愛チャリを置かざるを得ないのだけど、帰ってくると、たいていそのカバーの上に雪が積もってて、その重みでカバーがたわんだりしてるのです。で、それを見ると、ついつい雪払いをしたくなり、手袋をしたままやると、手袋に雪がついてガビガビに凍るので、素手でやってしまうのです。すると、手がすぐに凍えてしまって、そのあと正面玄関のロックをカギで開けようとする時に、手が言うこときかない状態に。五郎さんみたいに、手に「ハァ」っと息を吹きかけてもみるのだけど、そんなんじゃ回復しません。だから、父さん(五郎)だって大変だったわけで…(←純くん風でお願いします)。
そして、自宅の玄関の中に入るころは、「黒板五郎って、ホントにスゴい人だわ」と、毎日尊敬の念とともに確認してるのでした。毎日毎日そうなので、たまに雪払いが不要な日があっても、玄関開けるタイミングには条件反射的に黒板五郎が頭をよぎってしまいます。
たぶん、その条件反射がいつの間にか消えていたら、北海道も春になったっていうことなんだと思います。(2号)

・  ・  ・

明日よりは若い今日の私。
今の年齢は今日で終わり、明日は一つトシを取ります。
10年単位の変わり目を迎える時は、誕生日の数週間前から秒読み(って、百万秒以上も?)体制に入ってしまい、ムンクの叫び状態で日一日とかなりなブルーになっていったものだけど、大台を超えるんじゃなければ、今さら感動もない代わりにジタバタもしないものですね。
そんな私の誕生日でも、ちゃんと覚えていて、何か贈ってくれたりお祝いを述べたりしてくれる人たちが少なからずいることを、本当にありがたく思います。
思いがけないところから、ひょっこりメールが入ったりすると、その人の記憶の隅に自分が一個でも足跡を付けていることの奇跡を思うことも。
今後とも、皆様、よろしくお願いします、という気持ち。

2006年01月19日

06.01.19 on 買い物

大人買い?

真冬日が続く札幌から、2号です。
前からやってみたい(というか、言ってみたい?)こと。
それは、「これ、全部ちょーだい」っていう買い方です。

それが、このたび叶いました。
最近、お弁当をサボってて、今日もお昼は中華まんじゅうにしようと思いたち、コンビニの中で中華まんじゅうが一番おいしいところに行ったら、ケースの中に3つしかありませんでした。
でも、うまい具合に3つとも違う種類だったから問題ないし、またとないチャンス。ほかのお客に取られる前にと「これ、全部くださ〜い!」。
たとえ、合計300円だとしても、このセリフって気持ちいいのね〜。
ちなみに、3ついっぺんには食べてません。1つはおやつに回しました。(念のため)。(2号)
posted by 2号 at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お買い物・お店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

06.01.17 on あいのりヒデ

がんばれ! ヒデ

「あいのり」をそれとなく見てる2号です。
ヒデが帰国する時の特番は、号泣しました。あいのり視聴史上、一番泣きました。
隼人が帰国したあともそうだったけど、ヒデが帰国してから、見るのも今ひとつ力が入りません。

そんなおり、昨日、帰国後のヒデが登場。アフリカに携わっていきたいと抱負を語っていたとおり、アフリカのアクセサリーを扱ったネットショップを準備中の様子。
若いのに、目標を持ってサクサクと行動する姿に、おネエさんは感心しました。「恋する日本代表」から、「ひとりアフリカ振興協会」みたいな人になるのね。

っていうか、すでに「あいのり ヒデ ネットショップ」みたいな検索がドッと。みんなヒデのことを応援してるんだわ。がんばれ ヒデ!
っていうか、ヒデのおばあちゃん、最高です。(2号)

2006年01月16日

06.01.16 on 年賀状

開運金箔だより

〜出戻りのわけ

開運金箔ドットコムの店員を勤める2号です。
皆さん、お年玉付き年賀状の抽選結果はいかがだったでしょうか。

さて、年賀状の中には、宛先不明などで戻ってくる年賀状もあるわけで、今年も開運金箔ドットコムには何枚かの出戻りがありました。
その中に、見た目がとってもヘンな年賀状が1枚。
宛名はパソコンを使って印字してるんだけど、宛名面の向かって右に住所が簡潔に1行あり、中心には大きな空白。その空白の上下、つまり、郵便番号欄のすぐ下に漢字が一文字、お年玉抽選番号欄のすぐ上に、漢字一文字と「様」。
横にするとこんな感じ↓
「○            ○様」

店長ったら、店長ったら…。
こんな賀状が無事に届くと思ったのかしら…???
住所に枝番もついてなくて、さらにはビル名も会社名もなくて、宛名も、日本の代表的な苗字の10位以内に入りそうな2文字の苗字だけ。
いくら何でも、これじゃあ、届けようがありませんって…。10人の村じゃないんだし。

それにしても、あんなマヌケな印字のしかた…。 パソコンも、2文字の漢字をあそこまで律義に分けてプリントしなくてもよさそうなものを。いくら賢くても、苗字しか入力されてないとは見抜けないのだわ。

結論。
そんな年賀状は、届かなくてむしろよかったのかも。(2号)
posted by 2号 at 15:48| Comment(2) | TrackBack(0) | ヘンな(?)習性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

06.01.10 on オーケストラ

踊るワレリーおじさま

昔、どうせならピアノでなくバイオリンを習わせてほしかったと親に詰め寄っていた2号です。
ピンで立つより、その他大勢に混じっておいしい思いができれば…というズルい願望ゆえ、音楽で食べるならオーケストラに入るのが一番だなどと(歌手になるなら米米クラブのバックの女性メンバーとか)。で、管楽器はソロがあって目立つ確率が高いから、弦楽器の3、4列目くらいに混じれれば、そこそこいいかな、と。
しかし。幼少時から、バイオリンにはまったく縁がなかったのでした。周りを見ても、習い事と言えばピアノかバレエか習字かそろばんという時代のこと。

そのような歪んだ願望はさておき、純粋に聴衆としてオーケストラを楽しませていただくのもまた、うれしいことではあります。
札幌にも、音楽専用ホール「札幌コンサートホールKitara」という施設ができてから、けっこうよい海外オケがたくさん来るようになりました。道産材を使ったワインヤード型のホールは、世界でも屈指の響きのよさ。外国の著名な音楽家の方々の評判も呼び、仲間うちで「一度、あそこでやってみそ」って感じで、いい演奏家が来てくれる動機にもなってるとか。他地域の新しい施設建設の際に、関係者が視察に来るという例も多いみたいです。かのサー・サイモン・ラトルさんなども、キタラのファンらしい。

さて、そのキタラに、この週末、ロシアのVゲルギエフ氏が、自分の(?)オケ「マリンスキー歌劇場管弦楽団」を連れてやって来ました。ほとんど空席なしでした。
この指揮者のことは大好きで、ひそかにワレリーおじさまと呼んでたりするのだけど、今回も、その愛すべきカッパスタイルの髪型(?)とクマ系の風ぼうとともに、心をわしづかみにされました。

熊川哲也Kバレエカンパニーの公演からフィギュアの浅田真央ちゃんに至るまで、年末の「くるみ割り人形」フィーバーもまだ記憶に新しいというタイミングで、前半はバレエ音楽「くるみ割り人形」の抜粋。
この選曲がまた、ツボにハマりました。たとえば、花のワルツなんか、やらない。それだけで、「おぉ」と思ってしまう。私は一番好きなんだけど、意外に取り上げられないイントラーダをしっかり入れて盛り上げつつ、グランドフィナーレに持っていく、一つの正統派交響曲みたいな組み立てに大満足。
ゲルギエフさんは、以前ほかのオケと来た時も、アンコールにイントラーダをやったことがあるので、きっとイントラーダが好きなんだわ。と思うと、ますますうれしいのでした。
演奏は、この人たち、くるみ割りなんて、目つぶっててもやれるんだろうなぁ。って感じ。

後半はマーラー5番で、一般受け大サービスのプログラム。
ちなみに、オーケストラは聴くだけじゃなくて、観る楽しみもあるわけで、マーラー5番の場合は、アダージェットのところで、ヒマな管楽器・打楽器奏者の方々の時間のつぶし方を観察するのがおすすめです。今回、寝てる人はいなかったけど、ずっと放心状態な顔してたトランペットの人が気になりました。
こういうこと言うと、熱心で真面目なファンに怒られたりするのだけど、演奏はちゃんと聴いてますってば。耳と目、両方フル稼働だから、忙しいの。

さらにちなみに、私が毎回必ずしっかり観るのは、オーボエとシンバルの人です。
オーボエは管楽器の中で音色が一番好きっていうのと、私の中では、コンマスの次にカナメだと、何となく思い込んでるから。チューニングの音を出すということ以上に。(オーボエが上手いと、全体がしまる気がする)。
そして、シンバル。あれほどタイミングの妙を要求される楽器がほかにあるでしょーか? まさに、一発芸的、職人芸的なその技に、尊敬の念を禁じえません。
あの、グワシャ〜ンという派手な音。二つのお皿(?)を打ちつけて開いた時、その間から音のオーラがぼゎ〜んと膨らんで出て来て、広がっていくのが見えるみたいです。
加えて、動きも一番派手です。演奏することによって、ヒジ近くまで袖がまくれて、白いシャツがあらわになる楽器がほかにあるでしょーか?
シンバルの人が出番準備すると、注目せずにはいられません。そして、打ち鳴らす時は、心の中で「腹筋!背筋!上腕二頭筋!」と掛け声かけずにはいられない。喝采の意味で。
ビジュアル的にもとっても楽しく、しかもスポーツ的。それが、シンバルなのでした。
マリンスキーの今回のシンバル担当の人は、世の中のすべてに怒ってるようなシリアスな表情を、演奏中も待機中もいっときも崩さず、眉間のシワもずっと同じまま。哲学者のようなたたずまいなのに、淡々と一番派手な音を出す。これぞ職人魂(←?)だわ…と、すっかり気に入ってしまいました。

オケとかバレエとか、そういう芸術分野でのロシアの力量を見せつけられると、トルストイなどが描いていた欧州コンプレックスを乗り越えて、ここまでの自信とプライドを持つほどになったロシア人のすごさに、感服します。
特徴としては、なんだろう? フランスなどのヨーロッパが繊細、洗練だとすると、ベタなくらいの豪華さと剛健さ? しかも、好感が持てる範囲の。キライじゃない。大好きです。

指揮台なし、棒なしで、奔放に指揮するワレリーおじさま。まるで、踊ってるみたいで引き込まれます。特に、第一バイオリン陣の方向に大きく踏み込むことが多く、おじさまのおシリを一番見たのは、観客の次にビオラの方々だったのではないか?
どこをとっても、すてきでおもしろい演奏会でした。(2号)
posted by 2号 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(1) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

06.01.06 on 巫女さん

新年早々、巫女さん直撃

妹に乞い願われ、正月もまだ三が日だっていう、まさに3日の日、北海道神宮について行かされた2号です。このような日本人らしい正しい行いは、いったい何年ぶりだろう。
そして、やっぱりやってしまいました。

ちゃんと名入りのお札がもらえる祈祷を申し込んで、いざ本殿(?)に参る時、当然、そのあたりには巫女さんという方々がおられるのです。
確か、前に来た時もそうだった。私はこの巫女さんという方々に異常に興味を持ってしまうのでした。
すっかり気を取られた私は、ご祈祷を受けながら、訊かずにはおられないのです。ねぇねぇ、バイトなの? こんなお正月から? こたつにみかんでのんびりしたくないの? すごく、バイト料もらえるって聞いたけど、どれくらいなの?
それとも、家系が神道関係なの?
バイトの場合、面接はやっぱり顔も重視なの?(そろいもそろって巫女さんらしい顔つき)
もしや、その髪はエクステンションとかつけてる?(そろいもそろって髪が長い)
その踊りは、どれくらい練習させられたの? ちょっと恥ずかしくな〜い?
やっぱり最初は間違えたり、裾踏んでコケたりした?
リハーサルとかどれくらいするの? 毎朝、拝んだりするの?
もしバイトだった場合、あなたの鈴払いでもちゃんとご利益あるの?

次から次へと浮かぶ疑問質問。昔だったら絶対条件だろうと思われる、ここには書けない質問も。
結局、ご祈祷の間ずっと、心の中で巫女さんたちに直撃インタビュー。
直接訊けないのが残念です。

そして、妹は妹で、確か、前来た時も言っていたセリフ。「あのバイトしてみたかったんだよね〜」。
絶対、やめなさい。ものすごい注目の的なんだから。

というわけで、今年はいいことたくさんありそうな予感。(2号)

2006年01月04日

06.01.04 on 映画の迷セリフ

もっと映画が観たい

明けましておめでとうございます。2号です。
年の暮れは怒濤のうちに過ぎ去り、なだれ込むように新年に突入した格好です。

というわけで、どういうわけでもないのだけど、本日、正月休みの最終日(もうかぃっ!!って感じ)、新春特別企画をお送りします。

これまで観た映画の中から、心に留まったセリフ5題

数えきれないほど観た映画の中に、ふっと考えさせられたり、よくぞ言ってくださいましたと喝采したり、なるヘソ!とヒザを打ったり、それってヘンじゃないかと思ったりするセリフがあります。
今日はその中から5つ。

1.風と共に去りぬ〜「明日は明日の風が吹く」
2.28日後〜「もう、新しい小説は読めないのがさびしい」「新しい音楽も」
3.東京物語〜「私、ずるいんです」
4.タイタニック〜「君はベッドの上で死ぬんだ」
5.恋人達の予感〜「一日の終わりにおしゃべりしたいのは君なんだ」

1.風と共に去りぬ〜「明日は明日の風が吹く」
原語では、確か、Tomorrow is another day. (細かいところが違うかもしれません。すみません)と言ってるような…。
これに対する、この、字幕の日本語がピンと来なかったという意味で、私の中ではずいぶん揉んだセリフです。
スカーレットは、超が10個くらい付くほどの前向きで能動的なキャラクター。この字幕訳が引っ掛かったのは、平たく言えば、待てば海路の日和あり的にも聞こえる「明日の風」っていう人任せ、自然任せ的なイメージが、スカーレットのキャラ的にものすごく違和感があったから。
むしろ、直訳の方がピンと来たのでは?
明日は、また別の日。新しい、まっさらな日。つまり、今自分が泣いてる今日という日や、それ以前の過去は過去として、明日から新たなスタートを切るのよっ!!っていう、能動的な決意やエネルギーが、原語の方がズバリと言い切れてると思いませんか?
自然な日本語を意識するあまり、意訳しすぎて、的をハズしてる字幕って、時々ある。

2.28日後〜「もう新しい小説が読めないのがさびしい」「新しい音楽も」
映画タイトルがあってるかどうか、あやしい。しかも、セリフもちょっとうろ覚え。だけど、内容的にはあってると思うので、とりあえず。
これは、ものすごく「わかる!」と思ったセリフです。
確か、内容的には、何かの感染症が蔓延してほとんどの人が死んだ(と思われてる)地球の話で、わずかに生き残った主人公たちが、自分たちはこうして生き残ったけど、もうこの世に新しい小説や音楽が生まれないので、それを味わうことができないってことを嘆いて、ぽつりと言ったセリフです。
これを観た当時、私も、状況はぜんぜん違うけど、今後の残りの人生で、自分が読みたい本や映画を全部制覇することはできないだろうというさびしい事実に気づいてがく然とした気分をずっと持っていた時期だったので、こういうことに言及した主人公たちの気持ちがすごくわかるなぁと、かなり響いたのでした。

3.東京物語〜「私、ずるいんです」
有名な小津作品から。
亡くなった夫の父(義父)に、もう息子のことを忘れて、これからの自分の人生の幸せを考えてほしいと言われ、私はそんないい人じゃない、亡くなった夫のことだって、忘れてる時間がだんだん増えてきていて、そんなあたたかいことを言われる資格は自分にはないという思いから言った一言。
このセリフも、「わかる!」系。
大したことをしたり思ったりしてるわけじゃないことは自分が一番よくわかってる時に、誰かに褒められたりすると、私も心の中で「私、ずるいんです」的なこと(腹黒い?)を叫ぶことがあります。

4.タイタニック〜「君はベッドの上で死ぬんだ」
言わずもがな、Jキャメロン版タイタニックから。
このセリフも、ちょっと違うかもしれないけど。要するに、タイタニック号が沈み果てて、冷たい海に投げ出されたローズにジャックが、こんなところで死んではいけない、君はここから助かって、ずっと生き続けて、幸せな人生の後に幸せな最期を迎えるべきだというようなことを語りかけるシーン。自分は氷の海に浸かりながら(泣・泣)。
それまで私は、自分の最期の理想は愛する人の腕の中で、と、思ってました。そうじゃなきゃ、せめて畳の上で、と。
その一方、NHK大河ドラマの「利家とまつ」を見てた時、竹野内豊(役名は忘れました)の最期が戦の場で、倒れた土の上で、目の前の一輪の小さな花を見ながらという場面を見て、万一、最期が屋外だった場合は、目を閉じる前に名もない花を見られたら、せめてもの救いになるだろうと思ったこともありました。
しかしやはり。
このセリフを思い出すたび、幸せな最期が迎えられるような人生を、と、強く願い直すのでありました。

5.恋人達の予感〜「一日の終わりにおしゃべりしたいのは君なんだ」
誰かと一緒になるとか、結婚するとか、そういう気持ちを表すのに、これ以上に言い当ててるセリフは、私の中では、ほかにありません。
幼なじみとかいうフランス映画にも、似たようなのがありました。芸術家を目指す男の子が、普段は創作のことで頭が一杯で、時にはどこで何をしてるかわからないくらい没頭するだろうけど、一日の終わりには必ず君のところに帰ってくるとか何とか言ってたみたいです。
結局、一緒になるってことはそういうこと。かも。

というわけで、皆様、本年もよろしくお願い申し上げます。(2号)
posted by 2号 at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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