2007年02月28日

07.02.28 on 07野球シーズン

オープン戦in札幌ドームを前に

現在のところ、我が愛するベイスターズとおらが日ハムのファンをつとめる2号です。
かつて、テレビ画面の中に、偶然、駒田くんを発見してしまい、巨人ファンとして生きていた時期がありました。
かの、糸井重里さんは「巨人ファンというのは、男子一生の仕事」みたいなことを言ってましたが、私にとっては、巨人ファンというのは、女子一生の汚点となっています。(合掌)

大好きだった駒田くんは、読売ジャイアンツから冷たくされたので、日本のプロ野球界におけるFA元年に、FA宣言して横浜ベイスターズに移籍したのでした。
当時、ジャイアンツにいた石毛くんなども大好きだった私としては、駒田くんが移籍したので、自分はジャイアンツとベイスターズと両方を応援するだろうと想像していました。
しかーし。
フタを開けてみたら(つまり、開幕したら)、私の中からジャイアンツはきれいサッパリ消えていて、全身を横浜ベイスターズの血が流れてるじゃあ、ありまへんか。知らないうちに、駒田ファンとして、自分も横浜へ移籍していたのでした。ああ、びっくりした。自分のことながら。
そして、徐々に、巨人ファンだった私って、なんてバカだったんだろう?と、人生の汚点にさえ思うようになりました。(外から見ると、しょーもないチームにしか思えないんだわ、これが)

さてさて。
明日、3月1日は札幌ドームで今季初オープン戦。これが、何の因果か対巨人戦なわけで。
ここから、わたくし2号にとってのシーズンも、始まるのだけど…
巨人に飛び込んだ(ガッツ)小笠原くんを見て、いったい私は何を思うのか。前例から言って、私自身にもわかりません。
先日も、日ハムグッズ売り場で友だちが、「○○ちゃん(←私のこと)はいいなぁ。3つも応援するチームがあるもんね」と意味不明な発言。
3つ?日ハムとベイで、2つじゃん。
って、そう言うあなたは、まさか、巨人を応援するつもり!?
そうだ、友だちはガッツ小笠原くんの大大ファンなのだった。
「私の前で巨人を応援したら、絶交」
と、言っときました。

が、しかーし。
こういうのは、本当にフタを開けてみないとわからないってことは、経験上よくわかってるので…
でも、巨人選手として報道されてるガッツくんを見ると、まったく気持ちよくないので、巨人を応援することはないと断言できるのだが…、問題は別のところにあって、それは楽天の田中将大くん!!
田中くんはゼッタイ応援する。と、ドラフト後から思ってるからいいんだけど、問題は、楽天ゴールデンイーグルスというチーム自体に対して、私はどぅなってしまうのか。監督は、キライなノム爺だというのに、日ハムと同じパシフィックのチームだというのに、楽天自体を応援してしまったらどうしよう。ってことは、違う意味で3チームを応援?
まあ、札幌ドームでの対楽天戦で田中くんが登板した時、明らかになるでしょう。

それにしても、田中将大くんは、想像してた以上によいゎ。もう少し、苦労するかもとか思ってたけど。
公式戦じゃないにしろ、プロのマウンドでも炎が出てました。
駒大苫小牧高校時代、田中くんは香田監督から、「みんな、お前の背中を見て守ってるんだ。お前が気持ちを出して投げないでどうする」みたいなことを言われたそうで、将大に任せれば大丈夫と仲間に安心してもらえるように、気持ちを出すようにしたとか語っていたけど、プロでも信頼されるエースとなってほしいものです。

あぁ、背中と言えば…ダルビッシュくん登板時に、センターからダルビッシュくんの背中を見守っていたSHINJOくんの笑顔を思い出すゎ。いい球が行くと、グラブで拍手してたよなー。あれは、いいシーンだった。いいアニキだったわー。しんみり。

と、シーズンへ向かって、期待と愛惜が入り交じる今日この頃。
まずは、明日だ。頑張れ、ダルビッシュくん!(2号)


2007年02月26日

07.02.26 on ノルディック札幌大会

ノルディック世界選手権 札幌大会

ナマでなんて、一生、見ないに違いない。。。

一生見なくても、困りはしない。

でも、こんなチャンスも、一生ないだろうし…

というわけで、地元開催、ノルディック世界選手権 札幌大会のスキージャンプ団体戦、行ってきました! 2号です。

初体験だったので、どーゆーカッコすれば凍え死なないのかがよくわからず…
ヒザまでの下着2枚、タイツ2枚、靴下2枚、クロップドパンツ1枚、ウールのミニスカート1枚…最後に一番上に履く予定のロングスカートが履けないんじゃないか!?
そこをなんとか…すべてをロングスカートの下にムリヤリ押し込んで(?)。
仕上げは、ロングブーツ、底にはカイロ。この中に、靴下2枚の足も押し込む。

上には、長Tシャツ、厚いセーター、フリースのジャケット、ダウンジャケットにマフラー、ニット帽(すべて各1)。

これで、防寒は万全だったらしく、体はまったく寒くなかったのだけど。
途中で、ブーツの中のカイロが、雪の地面からの冷気に負けました。足がジンジンと感覚がなくなってきて、痛くなってきました。

が、見れば、何でも楽しいもので。よい体験ができました。
夜の大倉山ジャンプ台はとってもきれいで、そびえ立つ感じも迫力があって、古代の大遺跡みたいな風情すら…(これってカッパドキア?みたいな)。
そっから、選手が次々にひゅいーんっと落ちて来るわけなのでした。

さておき。
やりました。ニッポン・ジャンプ陣。堂々の銅!
1回目は、どんどん順位が下がって、6番までしか表示されない電光掲示板からも落っこっちゃったんだけど、2人目、3人目とジリジリ順位を上げて、アンカー葛西さんでなんと3位!!
頑張っても、4位止まりだろうと思っていたので、まあ、2回目に進めただけでも…と、暖房の効いた休憩所で充電。

上位8カ国が進んだ2回目は、1人目のトッチー栃本くんがあまり飛べなかったので、また順位が落っこちちゃって、あぁ、やっぱりねー状態。私の大好きな2人目岡部さんも、今ひとつ(期待してただけに)な感じで、う〜む…ビミョー状態。
しかし、前日の個人戦で「明日の団体戦に出る国で、個人戦決勝に4人とも進んだのは日本だけ」と解説の人が言っていたのを心の支えにして、総合力で何とかしてくれ〜と、声の限りに応援。
3人目伊藤大貴くんには、Jリーグにも負けない横断幕やのぼり(?)がたくさん持ち込まれてたんだけど、これが期待にこたえて大ジャンプ。
前日の個人戦中継の解説の人の予言どおり、他国が全員粒のそろった飛距離を出せない中、かなり善戦のニッポン。
最後、葛西さんがまとめて、どぅよ!の銅です。
アホネンとか、ビッグネームにビビりはしたものの、そこで4人揃えるってのは、けっこう大変なことなんだなー。スイスだって、アマンくんが頑張っても…だし、ポーランドのマリシュしかり…。

他国の2人目、3人目の選手がポトリと落ちるたびに、大喝采の観衆。ハッキリ言って、ヤな客になってたけど、彼らにとってはアウェーなわけだし、たぶん日本語のわからない他国選手には、喝采に聞こえたんじゃないかと。

2位になったノルウェーの大応援団もすごかったです。
ラッパ、太鼓など、あらゆる鳴りモノを持ち込んで、しまいに手回しのサイレンみたいなのまでうならせて…もう、その騒ぎっぷりは、2002年のサッカーワールドカップ時の、イングランドの方々を彷彿とさせてました。とっても楽しかったです。
そして、一応、フィンランドも応援するんですねー。北欧のよしみで?

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実は、札幌ドーム内の屋内コース←を見たくて、23日も、札幌ドームに友だちと乗り込み、無冠のマンニネンくん(フィンランド)が勝つのを見たのだけど、この時も、ノルウェーの方たちがたくさん来ていて、一生懸命応援。地元の盛り上がりのイマイチぶりに、みんな、もっと見に行こうよ〜と思っていたので、札幌市民として、頭が下がりました。
っていうか、ノルディックは彼らのもの。という感じがしました。この競技と選手を愛してるんだなぁ、と。
そんな、ノルウェーがちょっと好きになったノルディック観戦だったのでした。(2号)

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※選手はアッという間に通り過ぎ
posted by 2号 at 16:15| Comment(2) | TrackBack(1) | スポーツ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

07.02.23 on Peko shall return

帰って来た、ペコちゃん。

普通にトシを取ったペコちゃん、2号です。
前回の記事を書いた日、帰りに、元「ペコ前」を通ってしっかりチェック。
なんとなんと、レストラン部門だけ、営業再開してました。
だから、ペコちゃんもウエイトレスのお洋服を着て、入り口入ってすぐのところにいました。
こうして、帰って来たペコちゃんをしみじみ見ると、また、じぃ〜んと胸が熱くなるのでした。よかったよかった。

おかえりなさい、ペコちゃん。。。(嬉泣)(2号)
posted by 2号 at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

07.02.20 on ひちょり弁当

森本ひちょりん印。

2号です。大変です。
昨日、ペコちゃんのことを書いて、帰り、元「ペコ前」を通ったら、なんと!
ペコちゃんが、店の入り口に近いところまでズズィッと移動してました。私が最後に見た時は、店の奥にいて、チラッと見える程度だったのに。
これは、以心伝心? それとも、待ち合わせのシンボルを失った市民からクレームが殺到したための措置?
あるいは、不二家が何かを企んでるのか…。
真相は不明。

さて。話はガラリと変わります。
先ごろ、ちまたで、『華麗なる一族』タイアップの「華麗ぱん」だの、『東京タワー』タイアップの「オカンのおにぎり」だのが騒がれてました。
が、私が食べていたのは、もちろん、森本ひちょりんのお弁当。北海道民が食べないでどうする。

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ひちょり厨房「パワフル焼肉弁当」は、ごはんにちょっと甘い焼き肉と温泉卵が乗っかってます。実家が焼き肉屋のひちょりんが、試食を重ねて太鼓判を押した味。なかなかおいしかったです。
1回じゃあ買えないくらい売れてて、朝早くに行ってやっと買えました。大人気。
焼き肉ロールっていう調理パンもあって、そっちもおいしかったです。焼き肉の下に、マヨネーズ和えのスパゲティが。これがなかなかマッチ。
ちなみに、「塩カルビパン」は、買えずじまい。お味はどうだったんでしょーか。

期間限定ということで、今は見かけないので、売り切れてるのか、もう終わったのかよくわかりませんが、第2弾の企画もあるとかないとか。

ロー○ンさんもいいけど、SHINJO弁当みたいに、札幌ドーム内で定番として置かれるようになってほしい。その日が来るまで…
がんばれ、ひちょりん!!(2号)

2007年02月19日

07.02.19 on 不二家

ペコちゃんは、悪くない。

子供のころ、豊満な赤いほっぺたゆえに、ペコちゃんと呼ばれていた2号です。

本物のペコちゃんとお別れして、はや1カ月以上…。

札幌の中心部にも不二家はあります。
季節や行事にあわせてお着替えさせてもらって、店のウインドウの前で愛嬌をふりまいていたペコちゃんは、今は閑散とした店の奧に隠居させられてます。あの、同じ笑顔がチラッと見える。

札幌で、店先にいて広告塔として頑張っている有名キャラクター(彫刻類を除く)は、ペコちゃんのほかに、カーネルサンダースおじさん、宝石の玉屋の人形(名前は知らない)、ミシン屋さんの「千鳥踏子さん」(足踏みミシンの前に座っているマネキン)などなど、いくつかあるのだけど、私が知る限り、そこで待ち合わせができるのはペコちゃんだけ。そう、「ペコ前」は、有数の待ち合わせスポットだったのです。

通勤途中に、元「ペコ前」を通るたびに、私の胸はものすごく痛みます。
この前も、元「ペコ前」を横目でチラチラと見ながら粛々と歩いていたら…
私の後ろで、「あー!ここ、不二家だー。ペコちゃんもかわいそうですよねぇ」という若い女性の声。
すると、連れらしい中年男性の声で「うん。でもね、ペコちゃんに罪はないから。悪いのは、ポコちゃんだから」。
へっ!?
その瞬間、私は思わず、エクソシストみたいにグルリと振り向いてしまいました。

    悪いのは、ポコちゃん

おじさん、それって流行りのギャグですか?私のツボにずっぽりハマって、今だに、おかしくておかしくてたまらないんですけど。

そっか、悪いのは、ポコちゃんだったのか。。。
っていうか、じゃあ、ペコちゃんはどうなるの? いつ、戻ってくるの?(再泣)(2号)
posted by 2号 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(3) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

07.02.15 on オバケ

会社のオバケ。

極度の怖がり、2号です。
子供のころは、そのせいで虫歯になりました。それまで虫歯ゼロで、毎年6月4日の虫歯予防デーには朝礼で表彰されていたのに、引っ越しして洗面所が居間から遠く離れた玄関のそばという間取りになった途端に、コワくて寝る前に歯を磨くことができなくなったのでした。磨いたフリして、親をごまかしてました。
どうせ、フリをする時間があるならば、少しでも磨けばいいものを、歯ブラシを口の中に突っ込んでると、オバケの急襲に対応できないと思っていたんでした。

眠れなくなるので、コワい話にはゼッタイに接しないように気をつけてました。
それでも防ぎきれず、小学校の国語の教科書に出て来た野口英世先生の伝記の、火傷の後遺症でいじめられて泣いている幼い英世くんの挿絵がコワかったり、学校の先生から強制的に読み聞かされた「耳なし芳一」の話に何十年もうなされ続けたり、日本人ならイヤでも知ってしまうことになる四○怪○や番町○屋敷(書くのもコワい)の話を布団の中で思い出しては(イヤだと思うほどによけい鮮明に想像が浮かぶ)布団に潜り、なぜか、ごめんなさいごめんなさいと謝り続けたり…。
祖父母の家にお盆と正月に遊びに行くと、客間にある、目つきの鋭いおじいさんの真鍮製の置き物が襲ってくる気がしてコワいので、滞在中は隠してもらっていました。

夜寝る時は、布団の中にコワいものが忍び込んで来ないように、掛け布団の三方の端を内側に折り込んで体の下に挟んで寝てました。それでもコワい日は、アタマまで布団に潜りつつ、しかしこれでは布団の外で何が起きているかわからないので、オバケに急襲されるかもしれないと不安に思い、目のところだけ出してみたり。

とにかく、夜が来るのが憂うつで憂うつで…。眠ってしまって、おもしろい夢を見るのは大好きだったので、小学校4年の時に趣味の欄に「寝ること」と書いていたくせに。

部屋を暗くして寝ることができるようになったのは、20代に入ってだいぶ経ってから。寝る時は豆電球が常識だと思ってたのだけど、ある時、映画かなんかで、主人公が寝る前に電気を消したのを見て、普通の人はこうやって寝るということに気づき、練習しました。

こんなに怖がりなのに、なのに。
小学生のころ、近所の高校の学園祭に行って、無謀にも、友だちに誘われるままにお化け屋敷に入りました。入った途端に腰がヌケました。高校生のお兄さんが「入り口に戻りな」と促してくれたのに、なぜかイヤだイヤだと泣きながら這うように転がるように突き進んでしまったので、親切なお兄さんが「この子たちを脅かさないで!」と言いながら出口までついてきてくれました。あとで、この高校のお化け屋敷はコワいことで有名だと知る。

寒がりの薄着と言うか(?)懲りないというか。社会人1年生の時、今度は遊園地のお化け屋敷に同僚男子と入ってしまいました。私も大人になったことだし、こういうトコのは、いわゆる「子供ダマし」だろうと。
しかし、黒いカーテンの向こうに入った途端に、横にいた同僚男子ではなく、前にいた数人グループの男の人の腰にガバとしがみついてしまい。。。何かを期待していたらしい同僚男子が、自分につかまれと必死に引っ張るのだけど、見知らぬ人の腰にガッシリはまった私の手を誰もほどくことはできず…。
最初は、「これ、どーすんの?」と言っていた見知らぬ人も、すぐに諦めて「もう、いいっすよ、このままで」と、最後まで腰巾着状態で行ってくれまして。今思えば、その人と同僚男子に前後からはさんでもらいたかったのでしょう。見知らぬその人の腰のあたりは私の涙と鼻水でベトベトになったと思いますが、その節は本当にありがとうございました。
こうして、ボロボロになりながら出口に生還した私は、固く誓いました。二度と入るまい。(遅過ぎたか)


現在のところ、私に霊感はゼロ。断言。
でも、人に話すと「そ、それは…」と疑われるのだけど、寝ボケてる時には、そこにないものをハッキリ見ます。
特に覚えてるのは、2回。
海外旅行からの帰りで極度に疲れて眠っていた電車の中で、一瞬目が覚めた時に、目の前に着物を着て風呂敷包みを持ったおばあさんが立っていました。「あー、席譲らなくちゃなぁ…」と思って意識がはっきりしてきたら、消えてました。
もう一つは、自分の部屋で。夜中に夢から覚めかけた時、暗がりの椅子に妹が座っていたので、話しかけると返事がない。何度も何度も声かけても無言なので、「ちょっと失礼じゃない?」と言いながらよく見ると、それは実は妹じゃなくて、少女マンガに出てくるようなカッコいい人の後ろ姿。すみません、誰ですか?と訊くと、消えました。
夢と現実の境目には、必ず誰かがいるもんだ…。これらは、私の中では、脳が生み出す極度の寝ボケ現象として片づけてます。

以上、長い前置き終わり。
よく、会社なんかに「出る」というウワサがあります。
昔、別の会社にいたころ、ちょくちょく徹夜で一人で仕事してたのだけど、やはり、夜は髪の長い何チャラとか、何チャラの足音とか、いろいろウワサがありました。
ところが、この私が、そういうものに耐えて仕事するなんて、さぞツラかったでしょう。…ということはまったくなくて、こんな怖がりなのにどうして平気なんだろうと、ずっとずっと不思議に思って、理由を考えてました。
結論は、おそらく私にとって、

     「会社にはロマンがない」から。

つまり、いわゆるオバケとか幽○(書くのもコワい)などのコワい系のものは、背景にストーリーがあって、ふさわしい場の雰囲気とか時の空気とかが総合的に絡み合って成り立つ、ある意味「有機的」なものなのであって、会社という場は、まったくそれらを満たしてない。のではないか?
そう思いついてみると、確かに私にとって、会社という器は無機的で硬質で乾いた感じで、少しもロマンチックじゃないもんなぁと得心したのでした。

今の会社でも、夜遅く、フロアに一人。ということが時々あるけど、全然コワくない。
「実は、生きてる人間が一番コワいんだよ」とか言う人がいるけど、確かに、夜の会社のビルの暗い廊下で、残業中の私に出くわした人は、飛び上がるほどビックリすると思いますゎ。目はショボショボ、化粧のハゲたお肌はボロボロ、髪はグチャグチャ、服はヨレヨレだもんね。皆さま、美容のために、残業はホドホドにいたしましょう。(2号)
posted by 2号 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(1) | ヘンな(?)習性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

07.02.14 on バレンタインデー

聖なるバレンタインデー。

チョコレート大好き、2号です。
今日は、バレンタインデー。
今年も、去年に引き続き、店長へのお世話チョコのみ。自分用には、目下、売れ残りチョコの叩き売りを待っているところです。

さて。
取引先にして店長のお友だちのオジさん、予想どおり、午前中来社。毎年、バレンタインデーには必ずやって来る、皆勤賞です。
さすが。逃しません。

「みんな用」(←自分も含む)のチョコをふるまい、皆勤賞のことをご本人に伝えると、「いや、仕事があるから来たんだよー」と。
だから、毎年必ずこの日にうちとの仕事が入ってるってことが、すごいんですってば。

店長の娘さんは、ゆうべ手作りチョコを作ったそうです。誰でも、学校時代に最低一度はやります。
こう見えて、わたくし2号(にも、学校時代はありました)、手作りチョコのハシリではないかとひそかに自負しています。
運命のその日、本命の男子に渡してもらおうと、友だちである男子Aに「手作りだから」と念を押して託しました。
男子A「手作り!?」
2号「そう、手作り」
A「だって、チョコなんて、作れんの?」
2「作れるんだよ。ウソじゃないよ」
A「へぇ、すごいじゃん」
男子A、かなり感心した様子。とくれば、本命くんにもインパクト大のはず(だったのだが…)。

たぶん、男子Aは、カカオの粉から作ったというような手順を想像したと思われます。というか、私が、そう思わせようとし向けたわけで。
でも、もちろん、そんな大それたことはしてなくて、既製のチョコを溶かしてクッキー用のハートの型に入れて固めただけだったのだけど、これを自分で考えついたというところがすごかったと、今でも思っています。
その後、ほどなくして、このようなカンタン手作りチョコもどきなやり方があちこちで紹介されるようになり、私は「バラすなょ〜」と心の中で叫びました。カカオ豆から作ったと、思わせとけばいいものを。
そうよそうよ、こういう浅知恵を、自分で思いついた女子だけが一歩リードできる(はずだった)のに。

まあ、でも、思い返せば、手作りもどきチョコっていうのは、製作中にそれなりの気づかいがないと、指紋がいっぱいつきます。あ、もしかしたら、成就のおまじないとしてクチビルのあともついてるかも。要注意。(2号)
posted by 2号 at 18:08| Comment(0) | TrackBack(5) | 回想・思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

07.02.09 on いじめ問題

いじめについて。

SMAPファンの2号です。
ちょっと前、いやだいぶ前、SMAPツヨポンと慎吾が立て続けに、番組でいじめを取り上げました。
いつも見てる番組だったので、見ました。
っていうか、こういうテーマをSMAPが取り上げる時は心配なので、見守るという親心にも似た心境。ハラハラです。

どっちもヤンキー先生こと義家さんが出てて、先に放送されたツヨポンバージョンについて、慎吾の番組で「SMAPのような影響力の大きい人にメッセージしてもらえてよかった」的なことを語りました。
そうだろか?半分お世辞?
でも、学校(つまり、子供)のいじめ問題メインだったので、その年頃の人たちにはそれなりには伝わるのかも。
私は不満だったけど。

まず、ツヨポンも慎吾も、シタリ顔で「この問題は、本当に難しい」というセリフを連発するのはやめましょう。ものすごく薄っぺらく感じられるし、難しいからみんな困ってるわけで、締めのようにそう言われても…何も解決しないという印象を与えるばかりだよ。
(しつこいようですが、私はSMAPファンです)

それとツヨポン。
聞き飽きちゃったけど、「いじめられる側にも問題がある」というカン違いな理屈を今だに言う子供を義家さんがたしなめた時に、子供の肩持つ必要なかった。せめて黙ってたらよかったのに。それとも、ツヨポン、本当にそう思ってるのかな。(そりゃあ、人選ミスだ)。思ってても、言っちゃダメ。

慎吾はわかりません。慎吾にとって本当に難しくてよくわかってないのか、言いたいことをうまく表現できないだけなのか…とにかく、本当にハラハラしました。本人が番組で取り上げたかったみたいだけど、ビミョーでした。

いずれの場合も、それなりの意見が言えるゲストの話を聞けたことで良しとするって感じ。一応、SMAPのネームバリューを借りつつ、で。

それにしても、いじめ問題は「本当に難しい」。
と、私が思うのは、第一に、なくすことが難しいという部分。
だって、大人の世界にも形は違うかもしれないけど、いじめがある。ってことは、「いじめる」という行為が、人間というものの本質の中にある拭いがたい負の部分から発してるってことじゃないか?
大人だってやるんだから、子供にただただ「いじめはいけない」と言ってるだけじゃあ、全然ダメだと思う。
それに、いじめは悪いと少しも思わずにいじめてる例は、あんまりないのでは?
いじめる側は、「いじめられる側にも問題あり」という理屈で、ある程度正当化してるつもり(「この人は、いじめられてもしょうがない」とか)かもしれないけど、いじめ行為自体が「してもよいこと」とは思ってないはず。

いじめはいけない。するな。と言い続けるのと同時に、たぶん、すぐにでもやらなくてはならないのは、人をいじめたくなる、いじめてしまうという時の自分の感情にどう対処するか(どう自分で処理するか)ということを教えることだと思う。

いじめの心理的背景って、大別すれば「嫉妬・ねたみ」「何となく合わない、好かない、気に入らない」「仕返し」「ストレス発散のために、たまたま弱そうな相手をいたぶる」のどれかでしょ。(厳密には、力の誇示、優越感がほしい(or虚栄心)、S性を満たす、などもあるのかも)

合わない相手とは距離を置く。つき合いたくない人とはムリしてつき合わなくてよいし、クラスでどうしても何かを一緒にやらなくてはならない時は、淡々とやる。何も、周りの人を巻き込んで、みんなして相手を痛めつける必要なし。そういう大人な態度、行動を教えるしかない。
たいていの人は、大人になるに従って自然とそうできるようになってるので、早めに言葉で教えれば、早くそうできるようになる子も出てくるはず。
あるいは、どうして相手を気に入らないかがわかれば、自分自身を知ることにつながることもある。ということを、教えるのもいいかも。

仕返しは、もう、そういう根性がいけないことを教えるしかない。相手に何か悪いことをされたなら、きちんと抗議するなりして、その問題を解決すればいいわけで、いつまでも嫌がらせをし続ける必要なし。

発散すべきストレスがたまってるなら、その元を知り、取り除くなり適切に対処することを教えなくちゃ。人の助けを借りるのもあり、とも。だいたい、こういうのは一生あるわけで、ストレスがたまった状態というものを知り、それに対処する術を子供のころから教えたらいい。生き方の訓練として。
まだ自分で対処するのがムリな年ごろなら、親や周りの大人がちゃんと見ててあげて、その子のストレス状態に対処すべき。

一番難しいのは「嫉妬・ねたみ」感情かな、と思う。
「何となく気に入らない」という背景に嫉妬がある場合も多いし、たまったストレスの元が「自分が満たされていないということ」で、ゆえに、満たされてそうな人をいじめることで自分の不満、ストレスを満たしてるというのも、嫉妬が介在する。
嫉妬って、根深くて、複雑で、どこにでも絡んでたり(あるいは、すべての基盤になってたり)して、大人でも、対処するのは難しい。(恋愛がらみだと、さらに難しかったりする)。自分が負の感情を抱いている時、それが嫉妬心から来てることに気づいていればまだしも、気づいてないことも多い。
これは、人と自分を比べないとか、逆に「人と違う自分」を認めるとか、そういう地道な心の訓練が要ります。自分の好きな物やことを見つけ、幸せを感じる練習、自分を好きになる練習。言葉にすると照れくさいような、そういうことじゃないかと思う。
嫉妬と無縁だと、人生はもっと楽しく満たされたものになる気がするなー。
逆に、イヤなことしたり言ったりする相手の根底に嫉妬があることに気づくと、対処のしかたがわかることもあったり。
「嫉妬・ねたみ」は、けっこうキーワードかも。

とにかく、子供は大人に愛されてないとダメだー。ちゃんとした大人がそばにいる子供は、やっぱり、幸せです。だから、誰かをいじめる必要が少ない。

話ソレましたけど、解決のためには、いじめは愚かで、幼稚で、最低で、自分をおとしめる行為でもあるなどなど、訴え続けてわからせていくと同時に、いじめてる人の心を見つめることと、自分の負の感情とどう向き合うかという日ごろの教育も大事かと。(じゃないと、大人になってもいじめっ子のままかも)。

言うのはカンタンなんですよとか言われそうだけど、意識してやってるのかどうかわかんないから、言って(書いて)みました。

もう一つの問題は、自分がいじめられたくないから、いじめ行為に同調するとか見て見ぬフリという現象をどうするか。(もちろん、いじめ自体がなくなるか少なくなれば同時に解決するからいいのだけど)。
これは、自分の身を守るため、自分の安全な居場所を確保するためだから、一概には責められない気もします。いじめと同罪であるというのを否定はしないけど、みんな、「自分がいじめられないために」必死になってる面もあるのでしょう。
想像するだけで、こわい。いつから学校はそんなところに?
せめて、いじめに加担しない人を増やすために…と考えると、イメージ的には、学校の風通しを良くするとか、広い世界を知ることとか、学校に限らない人間関係を広げさせるとか? 生きる場所は、一つのクラス、一つの学校だけではないという「実感」がみんなにあれば、多少助けになるんじゃないかとは思ったり。

ここのところが「本当に難しい」。…って、SMAPと同じ締めになるけど…。(2号)
posted by 2号 at 17:19| Comment(2) | TrackBack(7) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

07.02.07 on 食中毒?

実録 プチ食中毒。

この冬は、ノロウイルスの恩恵にあずかった2号です。
なんたって、カキが安い。例年なら、スーパーで安くても300円、通常400円くらいで売ってる養殖モノが100円とか50円で買えました。50円って…。安過ぎる。
もともと、このようなスーパー買いの物をナマで食べようとは思ってなくて、たいてい鍋に入れるので、今年もいつも通り鍋で軽く煮て食べました。あ、そういえば、いつも1〜2個はナマで食べてました。もちろん、今年も。

さておき。
ノロウイルスにはまだやられてないけど、時々、サバにあたります。あたると言っても、いつもは軽くじんましんが出るくらいで、すぐ治るので、あまり気にしてません。一度だけ、すごくあたったこともあったけれど…。

で、この前のこと。
冷蔵庫のチルド室に、忘れ去られていた、とあるお魚さん(サバじゃない)がいました。
消費期限を過ぎること8日。ふつうは、泣く泣くポイでしょ。

ところが、何の魔がさしたのか(たぶん、もったいないオバケ)、パックから取り出してしまい、あやしいお汁も軽く出ているのを見たにもかかわらず、「焼いてみよう」。(よい子はマネしないでね)。
そして、焼くと、何やらおいしげな香りが…。
見た目も、普通の焼き魚になり、味見すると、むしろ熟成された旨味が感じられ、いつもよりおいしい。
ものすご〜く、トクした気分♪

その日の晩ご飯は、牛肉をポン酢おろしで食べた上に、お魚も…という豪華版に。

そして、数時間後。
胃が痛くなってきて(胃はけっこうひ弱)、薬を飲んだのに、今度はムカムカムカムカしてきて、吐いたらラクになりそう…な気分に。
でも、ちょっとだけしか吐けない。しかも、吐いたのはたぶん薬だけ。
「もしかしたら、あのお魚さんのせい?? それとも、食べ過ぎ??」

0時を過ぎても、まったくおさまらない吐き気。
やっぱり、魚のせい? 冬場だからってちょっと油断し過ぎだったか?
何度かトイレに行ったけど、結果むなしく、そのままエチケット袋代用のビニールを枕元に置いて、寝ました。

んが、ムカムカムカムカして、全然眠れない!!
頭もちょっと痛いし。

何時ころ眠ったのか、次に気づいたら朝で、今度は、お腹がちょっと壊れていました。
あ、体も少しかゆい感じ。
ヌカった。やっぱり、魚かも。

でも、朝ゴハンは食べられそうだったので、トーストと紅茶だけ食してみる。
すると、またムカムカムカムカ…。動き回ると、よけいダメだー。

横になって、落ち着くのを待つ。
寝る時間が足りなかったのか、やたらと眠くなって少し寝る。
(会社には、遅れます。と)

昼ころ、吐き気もおさまったので、このまま会社に行くにはカロリーが足りないと思って、白いごはんとお茶だけ食してみる。胃が、活動停止中のような感じで重いけど、それ以外は大丈夫そうなので、出社。

ところが、歩いたり階段上り下りしたりしてるうちに、またしても、ムカムカムカムカ…。まったく油断ならない。
会社に着くと、何度も吐きそうになっててたまらない。涙目。
ガマンしながら、ボチボチ仕事。

夕方、ようやっと元気になり、夜遅くに晩ゴハンを食べても大丈夫でした。

ダテに日付が書いてあるわけではないようだー(当たり前)。ヘタに侮ると危険。
なので、消費期限は、できるだけ守りましょう。(2号)

2007年02月06日

07.02.06 on 2007目標

今年の決意。

雪まつりが始まりました、札幌から2号です。相変わらず、気温はお高めです。

「負けた女。」関連で、今度は心やさしき先輩から慰めのお言葉をいただきました。メールで。(先輩も、コメント欄を利用しないかたです。が、いつもありがとうございます)

先輩のありがたいお言葉。
「結婚した人が勝者で、ある段階でしていない人は敗者、とは一概には言えませんよ」。
できれば、私も、結婚してから余裕でこういうセリフを言ってみたいものです。
あ、でも、先輩がこのように言ってくれる気持ちは、とてもうれしいので、素直にいただきます。

よく、世間のオバさまやオジさまが「結婚なんて、しなくてもいいよ、あんなもん」みたいに言ったりするけれど、私の場合、失敗しても別れてもいいから、一度はしたいものの一つが結婚。それは、物心ついた時から、将来はするもんだと自然と思いながら生きてきたからで、巧妙とも思えるアヤでここまでしないでいることは、もはやシンジラレナイ非常事態なのです。
そして、経験してから、「まあ、しなくてもいいわね」的なセリフを吐くなら、それもまた一興かと。

しないでする後悔よりは、してする後悔。こっちの方が、意義がある。と思う。

今年、日本ハムファイターズが連覇するかどうかにかかわらず、田中将大くんの楽天ゴールデンイーグルスが躍進するかどうかにかかわらず、読売巨人くんから工藤オジと仁志くんが来た大矢ベイスターズがAクラスに入るかどうかにかかわらず、監督が変わったコンサドーレ札幌がJ1に上がるかどうかにかかわらず、私は私でお宝をつかむ所存です。

と、日記には書いておこう。節分も終わったし。(2号)

2007年02月05日

07.02.05 on I’m sorry-2

sorryな心理状態。

I’m sorryについて考える日本人、2号です。
前回の続き。

英語で謝るというと、apologizeもあるじゃないか?と、突然、思い至りました。
確か、本当に謝りたい時は、I’m sorryより、こっちを使うんじゃなかったっけ?

次に思いついたのは、sorryってのは、残念な時、自分が悪いことをした時、どちらにも通じる、「sorry」な心理状態を表してるんじゃないか?

なかなかいいセンいってるかもと気をよくした私は、さらに日本語の「遺憾」を思いつく。
ちょっとムリヤリだけど、相手が陥ってるかわいそうな状態に対しても、自分が悪いことをしてしまったという状態に対しても、客観的には「遺憾」の意を抱いていると言えなくもない。
「遺憾」が、沈んで重苦しいような悲しいような気持ちだとすればだけど(辞書によってビミョー)。

ここで、日本語の「遺憾」の意の客観性に触れた記述も発見。
まさに、sorryの使われ方?
ただし、日本語では、自分のした悪いことに「遺憾」を使うのはおかしいとのことだけど。確かに…。
(やはり、文化の違い?)

あ、「sorry」な心理状態を知るには、sorryの語源がわかれば、解決かも。

そして、ついに、こんなすばらしいページにたどりつきました。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~horumons/sorry.html

長年の疑問が、全部一気に解決。
ありがとうございます。(ってか、わかってみると、拍子ヌケなくらい簡単な話だった)

すごく長い旅だったー。
っていうか、ほかの日本の皆さんは、こんなこと、英語を習った時点でとっくにわかってるんだろうか??(2号)

2007年02月02日

07.02.02 on I’m sorry

すみません?残念?

英語では、I am 2号。それとも、This is 2号 writing. とかなるんでしょーか。よくわかりません、2号です。

英語っていうのは、学校の勉強の中では比較的好きで、得意な方でした。
そのかわり、社会と数学が致命的でした(そのくせ、教員免許は「社会科」)。

というわけで、「理解できないシリーズ」、今日は、英語の話。(いつの間に、シリーズに??)

学校時代のテスト。
英語が苦手な友だちが、ほんのほんのちょっとばかり英語の点がよかった私に、どうしてこんなものが得意なの?と訊きました。
そこで私は「うーん。なんかよくわかんないけど、穴埋めとか、選択式だと、知らない問題が出て来ても、アメリカ人ならこう喋るっていうのがわかっちゃうんだよねー」と言い放ちました。
えー!?どゆこと?
当然、友だちはいぶかるわけで。
「アメリカ人の気持ちになって問題を読むと、これだ!ってわかって、それが当たるの」
どのツラ下げてか、よくぞ言ったもんでした。でも、ホントにそれで当たっていた。(あんたの前世はアメリカ人か?)

しかし。
そのように大カン違い野郎な当時の私にも、どうしても理解できない、アメリカ人(英語ネイティブという意味で)になったつもりになってみてもアタマが混乱する、とってもポピュラーな言い回しがありました。それは、

I’m sorry.

謝るときも、I’m sorry.
慰め、同情の「残念だね」も、I’m sorry.

これって、アメリカ人になったつもり程度の私には、すごい困る。
たとえば、会社なんかで問題が起こって深刻になってる場合、誰の責任かってこともはっきりしてなかったりする時に、同僚にこれを言われると、一瞬困る。
同情(or責任転嫁?)の「残念なことになっちゃったね」なのか、「ごめん(わたしのせいで)」なのか。はたまた「先に帰るけど、ごめん」なのか。
映画とか見てると、前後の文脈で判断っていうよりも、この言葉がポンと単体で投げかけられてる場合も多く、動作や表情、行動全体、ストーリー全体で判断しないとわからなかったりする。

っていうか、細かいことは抜きにしても、日本人の気持ちで考えると、単純に、「すみません」と「残念だったね」が同じフレーズっていうのが、まずまったく理解できません。その感覚。

「すみません」と「残念」という日本語にとらわれるからダメなのか?と思いつつ、今でも時々、一生懸命アメリカ人な気分になって I’m sorry. に浸ってみようと突然やってみるのだけど、やっぱりわかんない。の繰り返し。

それとも、日本人にはわからないイントネーションの違いとか、秘密の区別があるんだろうか?? あるいは、文化の問題ですか? 
あ、もしかして、映画の字幕には「すみません」「ごめんなさい」とか出てるけど、実は日本的な意味では謝ってなかったりする??
わかる人がいたら、教えてください。

・・・とまあ、こんなブログを以前から書こうと思っていたんだけど、絶対に、教えてくれる人は現れないだろうとも思いつつ…。
で、この前、センター試験の英語の問題が新聞に載ってるのを見て、またこのことを思い出した時、ハタとひらめいたことがありました。
つづく(2号)
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