2009年06月29日

on マンモグラフィー

男子禁制。マンモな話。

今日、生命保険のオバちゃんツインズの6回めの突撃を受けました、2号です。カンベンしてください。。。
そのくせ、第一声が「ウチワをお届けに参りました」って…閉口しました。。。

さて、土日と今日、とても気持ちのよ〜い気候で、一生分に匹敵するかと思うくらい気持ちよ〜くゴキゲンに過ごしました。
外に出て、真剣に歩いたりしてると暑っついんだけど、1階で涼しい(寒いとも言う)私の部屋にいる分には、今時分は天国みたいです。外の暑さがウソのようにさわやか。

そんな今日。
十ン年もの間、会社に出勤してた時間よりも早くから出かけ、マンモグラフィー検査等々を受けてきました。
女性の方々のために、その感想(?)を。

マンモは、かなり昔にも1度受けたことがあって、今後も継続的に検査を受けなさいと言われたのに、イジワルな女の検査技師のせいで悲しい思いをしたことがトラウマになってて、何となく気が進まないでそれきりになってました。

今日は、中年オッちゃんのレントゲン技師で、女だてらにこのトシまで来ると、男性だからどうこうっていうウブなハジライはもうカケラもないので、世間話などしながらなごやかに。

マンモグラフィーは、ご存じのとおり、「あ〜ん、あたしのオッパイが。。。(ToT)」みたいな、もう二度と復活しないのではないかと危惧するほど、むぎゅぅぅぅぅぅ〜〜〜っとつぶして撮影します。。。
ただでさえ張って痛い時期にあたると、はっきり言って死ぬほど痛いです。なので、張ってない時期に行く方がいいです。大きさとかの問題じゃないと、私は思ってるのだが…特別に立派なモノをお持ちの方が実際どうなのかは、残念ながらわかりません。。。

んで、今日の私は大丈夫だったのだけど、最初にオッちゃんが「けっこう痛いけどガマンしてください」とか「やむを得ず触りますけど、ガマンしてください」とか申し訳なさそうに言うので、とっても可笑しかった。。。
おょっと思ったのは、そのものがどうこうよりも、つぶす時にいっしょに引っ張られる肩から胸にかけての皮が、ちぎれるのではないかと思うくらいビロ〜ンとされたこと。それじゃなくても地球の引力が気になるお年頃なので、それに拍車がかかるのではないかと…そればかり心配でした。
しかしまあ、人間の肉体の形状記憶機能(?)は、その日その場ですぐ影響が出るほどヤワというものでもなく、とりあえず、アッという間に終了。事後は念のため、いつもより心持ち強力に寄せて上げておいたが。。。

ちなみに、写真は左右2枚ずつ撮ります。上下につぶすのはドナルドの口、左右からつぶすのはムンクの叫びの超激しい版をイメージしていただくとよいかと(別に、このイメージが検査を受ける時に何かの役に立つわけではないが)。

っていうか、現像を待ってると、オッちゃんが顔を出して、ちょいちょいと呼ぶ。何かと思って行ってみると、「乳腺が人より上の方まであるみたいで…」とのことで、撮り直させてほしいと。
おぃお〜ぃ。よけいに被爆するやーん。
しかし、ここで拒否するわけにもいかず、わかりました〜とムンクバージョンだけもう一度。
ちなみに、オッちゃんに「まさか、本当は何か悪いものが写っていたとか、そういうことじゃあ、ないですよね??」と確認すると、「いやいや、撮り方がヘタだったと思っといてください」と、奥歯に物が挟まったみたいな…。

果たして、先生といっしょにX線写真を見ると、なんと、白くきれいに光るものが写ってるじゃあ、ありませんか。一瞬ビビるも、昔からある良性腫瘍が、ともに生きて来るうち、「石灰化」によってこのようになったらしく、よくあることだとか。まるでダイヤを散りばめたかのようでしたわ。
そのあと先生の触診があり、良性腫瘍については、念のためエコーでもチェック。

その病院での検診は初めてだったので、3カ月後にもう一度、以後は半年ごとに来るようにとのことだった。通常、年一でよいらしいけど、良性でも腫瘍があるから、念のためマメに見たいそうです。

そんなこんなで、ほかの用事も足して、午後早めに帰って来て、ご苦労であったと自分をねぎらいながら、気持ちのよい午後を過ごしたというわけです。

微細なガンは、実はエコーやマンモでも見つからないらしい。でも、ガンが、そうと診断がつく1センチくらいになるのに、よほど悪性でない限り、通常は1年くらいかかるそうで、それでも早期発見の部類に入るのだとか。
いずれにしても、案ずるより産むが…なので、女性の皆さんは年に一度だけ、むぎゅ〜っとしましょう。(2号)


※しかし、マンモグラフィーって言葉はどこから来てるのでしょうか。マンモスのような、ルパン三世に出て来るマモーのような、ミョーなイメージしか湧かないのだが。。。


2009年06月27日

on 雑草

ねじまき鳥と雑草の園。

さわやかな土曜の昼下がり、2号です。今日の日記。

朝から天気がよかったので、寝具を干しました。一時期の蝦夷梅雨っぽい天候で、湿湿っぽい感じになっていたであろう寝具たちが、今、気持ちよさそうにベランダでヌクヌクしてます。
ついでに、シーツやカバーもお洗濯。部屋に差し込む日差しに程よく陰を作ってくれながら、もうすぐ乾くところ。

気持ちがよいので、2カ所の窓を朝から開け放っていると、時々、カーテンがソヨとそよぐので気づくくらいのやわらかい風が。少し雲があって、時折、太陽をちょっと隠す。ゆっくりとまた雲が退(の)くと、サアッと陽が入り込んで来て、部屋の色合いが変わるのが心地よいです。

うちのお隣は、今、空き家なのだけど、隣接する敷地をオッちゃんがセッセと手入れしていたころは、私の部屋の窓から見る限りは、究極につまらない空間になっていたのが、空き家になって、放ったらかしになると、そこには実にさまざまな雑草が生い茂り、隣の芝生的に無責任に眺めてる分には、とても魅力的な空間と化しました。

今は、小さなピンクの花がそこここに咲きにぎわい、さらに小さな小さな薄紫の花がその間を縫って、低くひっそりと咲いている。ペンペン草らしき姿も見える。ヒメジオンと思われるつぼみはふくらみ、まだ何かわからないモノがぐんぐんと背を伸ばしている。もちろん、オオバコやシロツメクサもある。
不思議なことに、この3年見て来て、年々、ちょっとずつ植生が変わっているようなのです。最初の年に、ずいぶんと楽しませてくれた、背が高めで紅花をピンクにしたような大きな花は、次の年には影も形も見られませんでした。今年も。「キング」の称号を与えたいくらいの勢いで君臨していたのに。綿毛がすごかったので、うちの建物の管理会社が抜いてしまったのかもしれない。
去年あったはずの黄色い花も、今年はまだ見られません。
こんな狭い空間でも、植物たちの激しいサバイバル競争があるのかも。

私は、この、日当たりの悪いささやかな空間を「雑草の園」と名付け、朝と夕方、カーテンや窓を開け閉めする時に必ずワクワクしながら眺めています。
一度、ここに足を踏み入れて、一つ一つの草花をじっくりと観察し、名前を調べたりもしたいと思っていたのが、いざ行こうとしてみると、窓から見ている時にはわからなかったくらい、実は深い深いプチジャングルだったのでした。カンタンには人を寄せ付けない、完璧に雑草だけの世界。

ここを眺めてワクワクする理由は、ほかにもあって、この小さいながらも雑草たちが自由を謳歌している空間は、村上春樹の「ねじまき鳥と火曜日の女たち」という短編のイメージを連れて来るのです。足りないのは、鳥の石像だけ。
空き家と草ボウボウの庭。主人公は失業中。奥さんは事務仕事をしながら、特技を生かした副業も楽しんでいる(なんて、理想的なんだ!)。あと3カ月で失業保険が切れる「僕」は、心穏やかとはいかない日々。だけど、うらはらに時間はまったりとしていて、僕がちょっとヘンな女たちとかかわろうとも、ビクともしない。そして、ネコ。
あの話の中には、私が心惹かれる(または共通/共感する)要素が詰まっている。

今日は、窓辺のお掃除をしたので、午前中に2回もわが雑草の園を観賞。
なので、土曜日ではあるものの、ねじまき鳥な日にすることを思い立ち、お昼はスパゲッティにしました。
BGMは、ロッシーニ「泥棒かささぎ」を探すのは面倒だったので、かわりにMジャクソンを追悼。
そして、昼食も終わり、ねじまき鳥はおろか、カラスすら鳴かない静かな午後となっています。
残念なことに、誰からも電話もかかって来ない。10分と言わず、心ゆくまでお相手するのに。

ネコを探す必要もないし…、あとちょっとしたら寝具を取り込んで、豆乳でも買いに行くか。。。(2号)

2009年06月26日

on 縫い物

愛と哀しみの、ヒマつぶし。

今日、なんと、平日にもかかわらず、午前中から夕方まで、1軒の店でずっとお茶してました、2号です。
積もる話をたっぷりと。


それにしても。
ヒマということは、恐るべきことなのでした。。。
わたくし2号の場合、日々、気になることは多々あれど、のらくらした性格からほとんどが放置というのが常。
たとえば、今のこの住処も、当初は敷金が返る2年を待たずに寿退去の予定だったので、家具や食器などは実家の不要なものから調達して間に合わせ、家具も、うまく配置できない状態だったのだが(デカいピアノの置き場所が限定されるため)、仮住まい感覚で取りあえずはよしとし、その後、予定が狂って住み続けることになって、何とか配置し直したいとすごく思ったのだが、結局、何年も放置のまま。ピアノの調律だって、そのための貯金をしていたのに、ほかのことに使ったりしながら放置。取捨選択して処分したいと思う数々のモノたちも、ずっと放置。当然、退社して会社から引き上げて来た私物の山も、収める場所がなくて今日まで放置。FAX機も壊れたまま放置。売ろうと思ってるCDや本の束も、買い取り店に持って行くのがメンドーで放置。DVDも、中身を確認して二度と見ないと思ったら処分しようと思いつつ、確認しないまま放置。すべてが、そのように放ったらかしです。

それが、何を思ったか…
ごちゃごちゃした作業場所って、使わない時は目障りなので、目隠しを付けようと前々から思っていて、当然、放置状態だったのだが、先日、たまたまハギレ生地のたくさん入った箱を開けた時のこと。この細々したハギレも、いい加減、処分したいが、ただ処分するのもなんかもったいないと思い、思ってもいつもならそのまま放置のはずが、なぜか、これで目隠しカバーを作ればいいのではないかと突然ひらめき、数年ぶりで突然ミシンを引っ張り出し、1日かかって縫い物してしまいました。時々、「あたしったら、何やってんだろう??」と非常に疑問に思いながら、カタカタと。

か、完成。。。(なんじゃこりゃ??)

P6210230_2.jpg

ハギレ処分が主な目的だったため、とにかく細かい布でもパズルのように接ぎ合わせ、意味不明の模様が出現し、一方、新たなハギレを出しては元も子もないので、大きめのハギレはなるべくそのまま使おうとしたら、想定していたよりも上へ上へとサイズが伸びてしまい、メインの模様になるはずだった部分がミョーに下方に取り残されて、全体としてアンバランスになり、これじゃあ、目障りなものを隠すための布自体が目障りなのでは??と思わざるを得ないシロモノができ上がってしまいました。ただただ、ヒマだったばっかりに。
これでも、周りに縁取りを付けたので、なんとか多少収まった感じがしているのであり、それがなかったら、もっといただけない作品(?)になっていたところ。

しかし、人間、ヒマだと何をやり出すかわからない。ということが、よくわかった。。。(2号)
posted by 2号 at 00:32| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ヘンな(?)習性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

on 光

清水の舞台と文明の光。

ゆうべ、古い病院の一室で、仲村トオルに殺されそうになる夢を見ました、2号です。(なんで、仲村トオル??)
ゼイゼイと命からがら目覚めて、夢でよかった〜と再び眠りに落ちると、今度は青白く妖しげな髪の長い若い女の子が、点滴を打ってくれと迫って来て、その様がミョーにコワくて、逃げるんだけど、執拗に点滴刺して〜と追いかけて来る。んもぅ…メチャクチャコワい。。。やっとこさ、たくさんの看護学生がいる教室(さっきと同じ古い病院の中にある)に駆け込むと、学生が、あの人は点滴中毒だから、ゼッタイにやってあげたらダメだと言われました。
っていうか、私、素人なんで、人に針刺すなんてできませんけど〜

このコワい夢が関係あるのかないのか、今日また、家に生命保険のオバちゃん二人が突撃で押し掛けて来ました。
1、2分で済むって言うので、ゼッタイ1、2分なんてあり得ないとわかりつつ、この前、失礼したこともあって、「スッピンでむさ苦しくしてますが、いいですか?」とお断りしてからドアを開けました。スッピンのみならず、足元はもちろん、およそセレブでハイソな奥様とはほど遠い、五本指ソックスだ。。。
しかし、どうしてこうも熱心にしつこくリクルートするの?向こうに厳しいノルマがあって、しかも就職難の時代に珍しく人材難な業界なのだとしか思えない。
今日も、初対面のオバちゃんの方は、んまぁ、素敵な方!ぜひ、いっしょにお仕事したいわ(決して自慢ではない)みたいな、歯の浮くようなお世辞を延々と並べ立て、会社説明会に絶対に来いと。
スッピンだったし、長居していただきたくないので、玄関の電気も点けずに、早く切り上げてもらおうと素っ気なく素っ気なくしていたのだけど、お世辞のオンパレードが可笑しいくらいすごくて、だんだん、もしや薄暗くしてるから、本当にオバちゃんには実物以上に見えてるのか?と思いそうになったくらいです。
結局、そんな調子で10分以上。。。
でも、何度も言うけど、生涯設計デザイナーにはなりません!!今のところは。

そんなわたくし2号、ここ数カ月、請求書が来るたびに、清水の舞台から突き落とされていました。某NTTに。
試しに、一部を携帯に成り代わってもらおうとやってみると、今度は、某SBから叩き落とされました。17000円〜〜!!!こっちの方が手強かった。1カ月の食費以上。。。
元来、自分で調整できないものはどうしてもキライで、なので、今月は節約しよう〜とか思って使わなかったとしてもゼッタイに定額料を払わされるようなシステムの類いは特にかたくなに拒否して生きて来たのだけど、数カ月悩みに悩んだすえ、ついに、これ以上清水の舞台から突き落とされる前に自ら飛び降りることにしました。

というわけで、うちの通信回線が今日から変わりました。

ジュラ紀か氷河期かとバカにされて来たうちのアナログダイヤルアップに、一条の光。。。

それで、朝から大騒ぎさ。
んで、やっとこさつながってみると、まあ、会社勤務の時に十分見慣れたこととはいえ、メール受信、速〜い。今まで最低でも10分くらいかかっていたのが、一瞬で読み込んじゃうから、これからはすぐに回線切っていいのね!…って、もう、焦って回線切る必要もないのか〜。なんか、さびしいぞ。

しかし、今後は使わなくても定額払うのか…。しかも、アナログダイヤルアップで安く済んでいたころの平均額の2倍以上!
その点で、非常に覚悟が必要なわけで、速さと高額さのはざまで、私の心は今も揺れている。本当に、これでよかったのだろうか。

今までは、次に回線つなぐ時までに、これとこれとこれを済ませておいて、つないだら一気に処理しなければと、いちいち計画的に考えて、時間を区切って作業したりしていたのだけど、これからは、やりたいことをやりたい時にダラダラといつでもやっていいわけだ。ふん。
夜23時から1時くらいの間に、時々まったくネットにつながらないという現象も、もう起こらないのだ。思えば、それがおもしろかったりもしたのに。

っていうか、もうちょっと安くしてもらいたいものだ。(2号)

2009年06月22日

on 村上春樹1Q84と読書

1Q84。
〜村上春樹と私の読書〜

夏至には思い入れのある2号です。
今年の夏至だった昨日、例年だと落日を見届ける儀式を行うところ、そんな適当な場所に出かけるモードでもなかったので、日没とともに鍵盤が見えなくなるまでおピアノ弾いてみよう…という、なんだかよくわからないことを行いました。近隣の方々には迷惑千万だったかも。。。

さて、人並みに(?)村上春樹が好きなわたくし2号、昨日までに3人の人から「1Q84」を読んだか?的な質問を受けました。おそらく、今週会う予定の人からも訊かれると踏んでるところ。

結論から言うと、読んでません。

前にも、言った人には言ったと思うのだけど、ここでもう一度、私の、本好きでありながら決して読書好きとは公言できない読書方針というか、読書スタイルについて記しておこうと思います。

まず、長年、普通の勤労者だった私としては、いつしか、本を読むのはもっぱら通勤の行き帰りの交通機関の中になっていました。
よく、寝る前に本を読むという人がいて、本好きとしては、生活サイクル的に考えてもそれが最も適当な読書習慣だろうと思えるのだけど、人並み以上に目が疲れやすいためか、寝る前に本を読むと翌日の体調にすごく悪影響があることに気づいて以来、寝る前に本を読むのはやめました。
したがって、通勤のない今は、思いつかないとなかなか本を読みません。家で本を手に取るということが、上記理由から、ないに等しくなってるので、よっぽど意識しないと。
しかし、よっぽど意識しつつ、チラホラとは読んでるものもなくはないけど。

ちなみに、昔、借りた本を、誓って言うけど、本当に本当にホンの(シャレではない)ちょっぴりだけシナれた状態で返したら、えらく怒られたことがあって、それはすなわち、借りても読まずに返せってことか!?(つまり、手に持ってはいけないという意味で)と思って以来、借りた本を返すのは遅いです。借りた本は極力きれいな状態で返さねばという強い強迫観念が働くので、通勤時間に読むためにバッグに入れて持ち歩くなんてトンでもないということになり、すると、家で読むことになる=読書時間の確保がなかなかされないからです。

そして、私はタダでさえ、読むのが異常に遅い。
これは中学生の時にわかったのだけど、友だちといっしょに漫画を読んでる時、友だちがページをめくろうとすると、私が必ず「待った」をかける。その時、「まさか、この『シャーッ』とか『ボコッ』とかいうのまで、全部読んでないよね?」と冗談で言われて、「え?みんなは読んでないの!?」と答えた時点で判明した。
なんというか、私にとっては表現されてる文字のすべてが、とてつもなくありがたくてもったいない神聖なもので、一字一句を味わい尽くしたいという意識があるようで、加えて、漫画じゃない文字だけの小説などでは、著者がどのように表現なり描写なりをしてるかをじっくり吟味しつつ読みたくて、すると、読み方としてはゆっくり心の中で音読という形になり、味わい方としては一節一節立ち止まりつつ表現内容のすべてを頭の中で細かく映像化してみないと気が済まないということになっているのでした。
この世に、自分が生涯読まずに終わる本がいったい何冊あるだろうと絶望していた時期があり、しかし、このような私は、どんなにたくさんの本を読みたいと思っても速読術の習得は難しいだろうと、今ではあきらめました。
さすがに、社会に出てからは、仕事で必要な資料を必要な時間内に読まなければならなかったりする時に、ある程度斜めに読むということは覚えたものの、これも、自分が自ら望んで選んだ本じゃないからできること。

さておき、読書スタイルの第二。
まさに村上春樹氏に、世の中的には遅ればせで手を出した時にはじめて、なぜかそうしたいと思ってしたことなのだけど、そして、してみて自分的には大正解だったのだけど、執筆順(あるいは出版順)に読むということ。
別に誰から言われたわけでもなんでもなく、ただ直感的に、どうせ遅ればせで読むのなら、この人自身の変遷をたどりながら読んでいきたいと思ったのでした。
忘れもしない、世の中に、「ノルウェイの森」が出ていたころだったか。
プロの作家とて、文章がだんだんうまくなって行ったり、表現がこなれて行ったり、発想がだんだんすごくなって行ったり、ある作品から微妙に変わったり、新しいものが加わったり…絶対そういう変化はあるだろう、だったら、ちょうどいい機会だし、遅ればせながらこの人とともに時代を進み、この人とともに成長し、この人の変化をつぶさに感じてみたい。結果、春樹さんと同時代に、”春樹さん自身”と”春樹さんの描くもの”を体験しながら生きられることは、私の数少ない幸運の一つと思うに至る。
それ以来、その他の作家についても、この人はきっと私の気に入るだろうと思った人については、春樹さんの時ほど厳密ではないにしても、極力、順番に読むようにしてきました。たとえば、よしもとばなな、江國香織などは、その部類。
ちなみに、文章がうまくなって行く様が、一番如実に体感できたのは、よしもとばなな。
書く内容の変化して行く様がおもしろかったのは、やはり、春樹さん。特に、初めてセックス描写が出て来た時は「おぉっ、ついに!」と思った(下世話かもしれないけど、一番印象的だったので)。もちろん、社会的な関心の変遷や人生の変化(外国生活など)も著作に顕れてます。

その三。
本は文庫に限る。
部屋にハードカバーを保有する場所がありません。それに、本好きとしては、作家の方々を儲けさせたい気持ちはヤマヤマなれど、やはり、文庫の安さ、それと、通勤時に読むべく、バッグに入れて持ち歩いてもかさばらないコンパクトさ。
その三の2。
本は文庫、のみならず、仕入れは古本屋。
どんなにオモシロかった本でも、スペースがなくなれば古本屋に売ることになる。なので、しつこいようだけど、作家の方々を儲けさせたい気持ちはヤマヤマにもかかわらず、出費は小さい方がいいかと(でも、結局、春樹さんは売っ払ってません)。
ちなみに、この結果、読むのは文庫化後に古本屋に出てからということになり、私がやっと手にするその時は、もう次の次くらいの新作が世に出てるころということになる。。。

以上、本好きながら、読書好きとは公言できないわけなのでした。

で、話戻って、私がまだ1Q84を読めない理由。
もちろん、新作なのでまだ文庫になってない。当然、古本屋に文庫が出てるはずもない。
そして、実はなんと、この同じ理由が何冊分か滞って溜まっていて、私がつい先日やっと入手したのが「神の子どもたちはみな踊る」。その前に、「海辺のカフカ」を友だちから誕生日プレゼントでもらっていたにもかかわらず、「神の子どもたち〜」がどうしても入手できずに、そこで止まっていたために、カフカを含めた以降の作品も持っていても着手できずにいたのであり、したがって、今、1Q84を読むわけには、ゼッタイにいかない。
春樹さんの最大の難点は、古本屋でも常に品薄または在庫ゼロのことさえあるということなのだ。

ちなみに、私の春樹さん体験にも、ちゃんと現実時間に追いついて、ほぼリアルタイムに読んだ唯一の時期というのがあって、それが「ねじまき鳥クロニクル」の時でした。なぜ、それが実現できたかと言うと、友だちが出たばかりのハードカバーを貸してくれたからで、あの時ばかりは、やっと追いついたこともあり、重たいのをモノともせずにバッグに入れて通勤で読み、面白くて家でも読んでた気がする。
さらにちなみに、通勤時だけでなく家でも読まずにいられなかった本としては、春樹さんではクロニクルのほか「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「羊をめぐる冒険」、ブロンテの「ジェーン・エア」、アーウィン・ショーの「はじまりはセントラルパークから」、ジョン・ダニングの「死の蔵書」などを覚えてます。

しかし、負け惜しみでは決してなく、どうせ遅ればせでスタートした春樹さん体験なので、今さら、厳密にリアルタイムで読まなくても(多少の同時代性は損なわれるのだが)。。。
それに、以前、何かに書いてあった、他作家(藤沢周平?)の熱心なファンの話はあながち冗談ではないと思ったりする。
すなわち、「これを読み終わってしまったら、次の新作が出るまでその作家の作品を読めないというのがイヤなので、次の新作が出るまで、今の新作を読まない。つまり、読む時は、これを読み終わっても次のがすぐに読めるんだという余裕を常に持っていないと」。結局、どこかで禁欲的な「待ち」があることにはなるっていうことなのだけど、この気持ちはわかる。私の場合は、ちょっと溜まり過ぎてる気がしないでもないけど。

いずれにしても、今しばらく通勤もないだろうし、がんばって長生きして、少しずつ読んでいくしかない。(2号)

2009年06月21日

on 展示施設の閉館

役目を終える。

日々、諸行無常を噛み締める、プー太郎2号です。

先日、新聞の片隅に、とある施設が閉館するという記事が載っていました。

思えば、その施設が鳴り物入りで開館する時、わたくし2号、縁あって、そこのパンフレットを制作するスタッフに入っていました。
そして…。
泣きました。
なんでも、その施設は、歴史的価値のある建物をそのまま生かして改修し、由緒ある趣きの空間にこれまた由緒あるものを展示するという、まことににぎにぎしい趣向の事業で、原稿書くために私に渡された資料は、むしろ史料と言っていいような、和紙に筆で何やら書いてある分厚い書物。これをドサッと机に積んで、時間がそれほどない中、徹夜のようにして読んで(っていうか、まともに読めていたかどうかあやしい)、必要な部分をピックアップし、何日かかかってまとめたのでした。
あの史料との格闘ではまさに泣いたのだが、でき上がったパンフレットは、展示物が由緒あるものだったせいか、写真が豪華で、なかなかよろしいものになってました。

史料との格闘がよほどつらかったので、この仕事はよく覚えていて、時々、あのパンフレットまだ使ってるのかな〜、もう作り直してるだろうな〜、しかし、展示品の写真は入れ替わっても、建物や展示物の歴史を紹介したページはそのまま原稿を使い回してるかもな〜と、ふと考えることがあって、そっち方面へ行った折りには、ぜひ立ち寄って確かめようと思っていたのに、それができないうちに閉館してしまうとは。。。

役目を終えたから。
と、閉館の理由が書いてありました。

役目を終える。
いつも思うのだけど、この言葉、それまでの存在意義に対する自負と、役割を果たした充実感が漂うはずなのだけど、一方で、妙にさびしかったりするのは、なぜだろう。時代の移ろいとともに、いろいろなものが必要とされたり、飽きられたり、存在価値を失ったりして、出ては消える。
せめて、人間としては、たとえ一つの役割を終えても、存在意義のすべてを失わないように、常に精進しつつ謙虚に生きなければと思うのであった。
今のところ、思ってみただけだが。。。(2号)
posted by 2号 at 19:38| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

on カラス

かわいくない!…再び

過去、カラスとは何かと因縁のある2号です。(http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/109820966.html
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/102531215.html※肝心の写真はリンク切れ、
http://miha27.seesaa.net/article/25766409.htmlの10月9日部分)

先日、近所の公園の近くを通りかかった時、小学校低学年くらいの女の子がマッハのスピードで走って来たので、ぜひ将来はオリンピックに出ていただきたいとホレボレして見ていたのだけど、近づいて来た時によく見ると、なんと、その子は恐怖で顔を引きつらせ、ぎゃ〜ぎゃ〜泣き叫びながら走ってるのであって、木々の間から見え隠れしながら一羽のカラスが女児の頭を襲撃していたのでした。
私なぞに目もくれずにマッハでカラスとともに駆け抜けて行くのをア然と見送りながら、自分が過去襲われた時のことを思い出し、子供なら泣くわな〜と気の毒に思いつつもどうすることもできない…っていうか、もう、アッと言う間に走り去ってるし。。。

そして、先日、同じ場所にこんな札が。

Image1524.jpg

なるほど。いろんな撃退法があるもんだ。
っていうか、こういうのって、場所がら、土木事務所で管轄してんのね。

それにしても…かわいい七つの子?ゼッタイあり得ない。。。
この親あってこの子ありで、ヒナのころからすでに腹黒いに違いない…と再び認識を新たにしたのであった。(2号)

※しかし、いくらヒナがいるからとて、近くを通るだけで襲って来るカラスっちゅうヤツの頭の良さっちゃあ、いったいナンボのモンじゃぃ!と思わざるを得ない。
posted by 2号 at 21:47| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | まち・見かけたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

on 寝言

コワい夢。

プー太郎なので、生命保険料を減らそうと、いいないいな(117−117)の
○リコに電話しました、2号です。
コマーシャルみたいに、きれいなお姉さんが出て、ドキドキしちゃうようなさわやかな応対をしてくれるのかな〜って期待していたのに、電話に出たのは、やり手って感じのオッサンでした。
なんか、すごくダマされた気分。。。
出たばかりの先進医療特約、さっそくススメられました。。。
っていうか、電話のあいだ中、オッサンは私を「オクサマ」と呼んでいた。なので、許す。

さておき、このしつこい咳。
もはや風邪ではなく、アレルギー的な気管支炎になっているようで、それでも、だいぶよくなって来たのに、やっぱり横になると出やすい。
なので、就寝時は最も危険で、寝入りバナに咳に襲われると、寝入り損ねることがよくあって、ゆうべも1〜2時間寝付けず。
そのせいか、今日、朝ゴハンを食べ終わって、一服も二服もしてると、突然激しい眠気に誘われ、気づくとバッタリと寝てました。
そう。朝から寝てるな〜って自分で気づいてるのだけど、全然目を覚ますことができなくて、ヘンな夢を次々と見まくってました。

2時間45分後、どうやって目覚めたかと言うと、「やっぱりだっ!!」という自分の声にビックリして覚めたのでした。。。しかも、その時、私は口をアングリと開け、心臓バクバクでした。

その、まさに最後に見ていた夢。
列車に乗っていたはずの私は、次の瞬間にはいつの間にか降りて見知らぬ町にいて、さらに次の瞬間には図書館らしきところ、というふうに、次々とワープしていて、最後の最後には、知らないオバさんといっしょに、自分の家の洗面所にいて、水道の蛇口が妙な位置になっているのに気づくのです。
何かが、おかしい。。。
これは、留守の間に誰かが忍び込んで、水道を勝手に使ったに違いない。そして、その犯人はまだ家の中にいるはずだ!!
そこで、直感的に、お風呂場の天井に潜んでいると思った私が、天井のダクトのフタのところを見た瞬間、目にもとまらぬ速さで見知らぬ男性が降って来て、目の前に立ちはだかったのです。
私の後ろでひるむオバさん(←っていうか、誰??)。私は、恐ろしさに凍り付きながら、「やっぱりだっ!!」と叫んだ、その声が自らをやっと眠りから呼び戻したのでした。。。

やだ。。。口開いてるし。。。

しかし、朝から2時間45分も寝るとは。明らかに寝過ぎ。今夜、また眠れないかもしれない。。。(2号)
posted by 2号 at 14:00| ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | (寝て見る)夢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

on 犬

おりこうさん。

これは蝦夷梅雨なの?? 2号です。本来さわやかな季節のはずなのに。。。

つい先日。
とある店先に、犬がつながれてました。
たぶん、飼い主を待っているそのコを、通りがかりの犬好きの人がアタマをナデたりしてました。おとなしくナデられていたからいいものの、もし、何か気に触っていきなり吠え出したり襲って来たりしないのかな〜って思いつつ、私は店内へ。

そして、用事が済んで出て来たら、ちょうどそのコも飼い主のオッちゃんにまとわりつきながら歩いて行くところでした。
動物好きのわたくし2号としては、その様子が大変好ましく思え、無性に写真が撮りたくなりました。かなり大きくてきれいな犬だし、今なら飼い主もついてるし…。
そこで、思い切って、すみませ〜ん、写真撮っていいですか〜?と訊くと、あ〜いいよ〜と、オッちゃん。

そこで、いったい何の魔法が発動されたのか?

一瞬のことでわからなかったのだけど、そのコはまるでスキップするようにしながらこちらを振り向き、その動作につれて長く垂れた耳が女学生のお下げ髪のようにヒョイヒョイと上下に揺れて、体中から喜びとか幸せ感が花びらの形をしたオーラになっていっぱいに溢れ出して辺りに振りまかれ、カメラを持った私を見たかと思うと、「ワタシを撮ってくれるの!?」と確かにその表情は言ったのでした。
そして、誰も何もそのコに言ってないと思うのだけど、ハイ、お願いします!とばかりに「いっせぃのせ」で勢いよくオスワリをして、舌を引っ込め、ニッコリと笑ってカメラ目線のまま、シャッターが切られるのを待ってるのです。

パチリ。

P6140191_2.jpg


撮り終わると、また、誰も何も言ってないと思うのだけど、わ〜ぃアリガト〜♪という表情で立ち上がり、うれしそうにオッちゃんにまとわりつきながら、歩いて行きました。

あまりのことにボー然と、しかし、私もとっても幸せな気分になっていたのでした。
今でもそのコを思い出すと胸がトキメキます。

犬にしておくのは、もったいない。
あのコが人間だったら、その存在だけで人々を幸せにできる大スターだったかもしれないな〜。(2号)
posted by 2号 at 16:06| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ネコ・動物・ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

on じんましん

満身創痍と生命保険業界。

お久しぶりになっていました。2号、今日の日記です。

まず、この春の個人的異変により、体にいろんなことが起こっては通り過ぎていたのだけど、その中に、まだ引きずっているものがあって、それが「じんましん」です。
じんましんと言えば、今までも時々は出て、くちびるの端っこや下まぶたが若干腫れたり程度で、ほとんどが原因不明。そういえばサバかなんか食べたっけ?どうだっけ?くらいにしか思わず、放っておくと1日くらいで治る。
しかし、これが、ある程度の長い期間続いたことが、人生で2回ありました。そして、いずれも原因がはっきりしていた。
1回めは、寝不足やお酒。こういうことで身体的にストレスがかかると出るみたいでした。そのころは、仕事が異常にキツくてもともと体力が消耗してたところに、ある時からそれが閾値を超えたのだと思われ、じんましんも広範なデッカいミミズ腫れが太ももなどに出ることが多かった。メチャクチャかゆくて。
それが、いつの間にか治って、2回めは、別に仕事がキツかったとかそういう時期でもなかったのに、なぜか、チーズを好きに任せて食べ過ぎると出た。私は、好きなものがアレルギーだったりして困る。ネコとか。
0歳から卵と乳製品アレルギーで、卵をいつくらいから食べるようになったか覚えてないけど、乳製品の方は11〜12歳くらいまではダメで、給食も牛乳免除だったし、大丈夫になってからも、体が慣れてなくて、お腹を壊したり味が受け付けなかったりしてました。なのに、大人になって気がついたら、チーズが異常に好きになってたわけで、それが、この2回めのじんましん期間を引き起こしたのでした。チーズは、その前から好きな時に好きなだけ食べていたのに、なぜ、あの期間だけ必ずじんましんが出たのか、まったくわからない。もしかしたら、別の原因と重なってのことだったのかも。とにかく、2回めのじんましん期間も、そんなこと気にせず食べたいだけ食べて、出ちゃった。。。とガマンして、治れば忘れて、という感じにしていて、いつの間にか出なくなってました。
その後も、チーズは好きなので食べてきたけど、別にそのせいでどうこういうことはなかった。

だいたい、これまでは、じんましんが出ようが気にしなかったのは、じんましんの出方が取り立てて問題になる感じじゃなかったからなのでした。

しかーし。今年4月の中旬くらいだったか、顔がヘンなのです。ミョーにピリピリ痛かったり、ミョーにかゆかったり。よく見ると、なんか赤いぞ!?みたいな。
よくよく観察すると、どうも、頬とかまぶたとか、やわらかいところが全部腫れてる!?みたいな。
皮膚科勤務の友だちと話し合い(?)、やれ日光湿疹だの、寒風アレルギーだの、薬疹だの、いろんなものを疑ってみては、食べ物も、わざとあやしいものを食べてみたり、わざと食べないでみたりといろいろ試し、化粧品もいくつかのものをつけたりつけなかったり組み合わせを変えてみたり。
結局、今だに原因はわからず。
治る時は皮一枚分くらいしぼんで、目立たないけどちょっとカサカサとしてから治るんだなってことがわかってきたのだけど、何が困るって、出る時は必ずまぶた全体が赤く腫れること。しかも、だんだんと出てる期間の方が長くなって、時々1〜2日だけ出ないって感じなのだ。
今はプー太郎だし、あまり気にしてないと言えばそうなのだけど、朝が一番ひどくて夕方軽快するので、軽快時間帯より前に人に会う時は、晴れてなくてもサングラスなんかしてごまかしたりしてはいます。

これ、どうしてくれるの?

とか、思っていたら、札幌ドームで風邪をうつされ、その後、咳だけがずっと治りません!!まったく、泣きっ面に蜂です(←久々に使った)
横になるとひどくなるので、夜もろくろく眠れず。なので、午前中や昼下がりは、ボォッと眠い。
しかも、咳って、長引くと、だんだん腹筋が痛くなってくる。もちろん、今回も腹筋はとっくに痛いんだけど、なんと、咳のしかたがマズかったのか、腹筋が筋違い!?
まさかこんなことが起こるとは。タダでさえ痛かったのに、この筋違いのせいで、死ぬ思いです。体を動かすだけで痛い。っていうか、痛すぎて、まともに咳もできない!!しても意味のないような、中途半端なヤワな咳になってしまう。

このような満身創痍の私が、今日午前中、こんなんじゃイカンな〜〜と、いつものように我が身をなじりつつも、朝のワイドショーを見て、それから、録画しておいたファイターズ番組を見ていたら、いわゆる一つのピンポンが。
ゲホゲホ言いながら、んもぅ〜、だぁれ〜??こんな朝っぱらから〜っと、インタホンのモニターを見ると、そこには、満面の笑みの保険のおばちゃんがダブルで。。。
え〜〜〜まだパジャマだしーー。
っていうか、なんでアポなしでこんな時間に突撃するわけ〜!?
しかし、窓を開けていて、おそらく日ハム番組のナレーションが外に漏れてるはずで、在宅なのはバレバレ。
しかたないので、また、ポストに入れてってください攻撃にしようと、インタホンに出ると、これまたリクルートなわけだ。
このおばちゃん、これまでも、1回は保険の説明のついでに、さらにその後は電話で2回、不在時にポストに資料を入れてったこと1回の、つごう4回、このプー太郎のわたくし2号を熱心に引き入れようとするのです、保険の仕事に。
こんな私を口説こうとするなんて、生命保険業界もよっぽど人材難なのか。(ご失業中の皆様、狙いめです)
お世辞たっぷりで(私が保険にワガママな要望を出したせいで、保険に詳しいと思ったらしい)しつこく勧誘するので、そのたびに、いよいよになったら選択肢に入れるかもわかりませんが、今は、別のジャンルの職種を探してるので、最低でも数カ月はこれ以上のお話を聞く気も、会社に伺う気もありません。秋くらいになって、まだそちらが覚えていたら、また声をかけていただいてもけっこうですが…。と、10日くらい前にもお断りしたばかり。それなのに、こんな具合(キゲン)悪い時に、朝から、いきなり、二人で、笑顔で来るなんて!!
「今、時間がないので、セミナーの案内でしたら、また入れておいてください」と、これでも丁重にお願いする。心苦しいけど、ここから着替えて長々とお話を聞いて何とかして断るという労力を割く気力が起きないし、いつもいつも普通に接していたら、今後も際限なく迫られそうなので、今日は心を鬼にしたのであった。
ヤレヤレ、と思って、ファイターズ番組を巻き戻して、引き続き見る。
しばらくして、中年の女性が、うちの1階のベランダの前を横切った。ような気がしたけど、まさかね。。。
そして、さらにしばら〜くすると、また、ピンポンが。
よく客が来る日だなーと、モニターを見ると、申し訳なさそうなおばちゃんが、もう一度立ってるじゃあ、ありませんか!!
なヌっ!?
おそるおそる「はいぃ???」と応じると、「あのぉ、お時間がないようでしたら、今日はポストに投函していきますが」と来た。
っていうか、さっきのピンポンからすでに、ファイターズ番組のコーナー3つ分くらいの時間が経ってると思うんですけど。。。
どうやら、おばちゃんは私が応対するかのように聞き間違って、のんきにファイターズを見ていた私をずっと外で待っていたらしい。いつ、オートロックはずしてくれるのかな〜って?
ですから、さっき投函をお願いしたんですけど…と言うと、「聞き間違えました」と帰って行ったみたいだけど、「時間がないから」とウソを言っていた私の立場は?? ダルビッシュくんのインタビューなどが、時々巻き戻されながら、かなりの音量で外に漏れていたと思うのだが。。。

そうやって、保険のおばちゃんは聞き間違ったりして、律儀に外で10分とか15分とか一生懸命に私を待って、そして、「間違えました」なんてお辞儀をしておとなしく帰って行ったりして、この気弱なわたくし2号を罪深い気持ちにさせる。
だって、ちゃんと、時間ないって(ウソだけど)お断りしたじゃん!!
しかも、アポなしで朝から来るしー。(って、11時近かったけど、断じて昼ではない!!)

今日、これを思い出すたびに、私は悪くない、私は悪くない、おばちゃんが聞き間違ったんだからしょーがないんだ。と、んもう、後味悪いったら…。
しかし、時々うっかり、「ごめんなさーい」と思っていたりする。あぶないあぶない。

っていうか、ぜったいに、私は、生涯設計デザイナーには、ならないぞ!!(2号)
posted by 2号 at 23:43| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・からだ・ケガ・人間生態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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