2009年12月31日

on only me…

実録・おひとり様の年越し
暮れゆく2009年つれづれ。

鋭意養生中、2号です。
3時間あまりで2009年が終わります。

12月の中ころに、軽い風邪を引いたつもりが、どんどん重症化。肺炎の疑いというところまで来てしまいました。
イベント、飲み会ほか、年末のすべてのお約束も、お仕事もキャンセル。
薬飲み飲み、悪化する状態に戦々恐々。
とうとう、大晦日になっても全快とはならず。咳は出るわ、折れてるかもしれない肋骨に激痛は走るわ。。。

かくして、伝染してもいけないということで、例年身内と過ごしている大晦日を、生まれて初めて一人ぽっちで過ごすことに。。。

ハッキリ言って、涙がチョチョ切れそうなくらい、さびしいです。
いや、実際、チョチョ切れました。。。

ン十年独り身で来て、これが罰なのか…って感じです。

今日は、やっぱり気になるので、水回りだけはすべて掃除。
年越しソバだけは食べた方がいいかと思い、夕方、おソバを買いに。
スーパーはそれなりに混んでいて、年末の空気に触れられたことはよかった。でも、帰って来るとまた咳込む。

スーパーで、人が集まってるところをのぞいたら、にぎり寿司のコーナーだった。せめて、一人でお寿司くらいはいいか?と思って、予定外の出費。
レジで、「割り箸つけますか?」と訊かれる。
死んでも要らない。
こんな時に、こういうお寿司を割り箸で食べる人にだけはなりたくない!!わびし過ぎる。。。
割り箸、固辞。

帰って来ると、我が共同住宅のすべての窓に明かりがない。
そう。午前中に、最後の残存者夫婦が車にたくさん荷物を積んで、おそらくどちらかの実家へ年越ししに行くのを見送ったのだ。
駐車場はスッカラカンになった。そして、この建物も。
いるのは、このわたくし2号だけ。

どうですか。このわびしさ。。。

心なしか、寒い。たぶん、全員が出払ってるから、うちだけで一生懸命暖房しても、いつもより力及ばずなのだわ。

一応、正月用の煮物を作る。
これは、意地だ。わびしさをごまかすための。

母の味にはちょっと及ばないかもしれないけど、それなりの物ができた。
思えば、母に敬意を表して、正月料理だけは完全におまかせにしてきたので、自分で作ったのは初めて。
具材は、どんなのが入っていたっけ。ダシは、何が主体だっけ??
習ったわけじゃないので、おぼろな記憶をたどって、材料もあるものだけを使い(グー然にもけっこうそろっていた気がする)、完成した煮物と、買って来たお寿司(一番安い詰め合わせ)を、紅白を見ながら黙々と食べる。

紅白を見るのも、意地だ。
これでもかというくらい、典型的な年越しをしなくては、やってられない。。。

何年ぶりかでちゃんと見る紅白。えぇ歌あるやん。。。

まずい。思わず、涙がこぼれる。
んーむ。天童よしみ。おそるべし。。。

煮物はあり物で作ったので、肉が「ささみ」なところが…ボソボソして哀感漂う。あぁ、ノドが詰まりそうだ。。。

ちなみに、何がどうなのかイマイチ不明なのだが、うちの実家の煮物は、お正月用と普段のとでは、何かが違っていた。今度、検証してみなくては。

それにしても、年末に、どうしてこうなるかな。1年でも、年末年始は一番オオゴトな時なのに。
思い起こせば、年末ギリギリにひどい風邪を引いて、症状のピークがまさに年越しの時で、今回よりももっとマジで寝込んでいた正月もありました。
でも、あの時より今回の方が、精神的には100倍つらい。

骨を折ってギプスをしていた年越しもあった。
会社では、同時期に骨折した人が私のほかに2人いたので、「年末3バカトリオ」と呼ばれていた。
その呼び名のせいではないが、あの後、私は会社を辞めたんだった。

しかし。
あの時、私にはつきあってる人がいたので、精神的支えがあった。出歩けないとカン違いされて、家で退屈だろうからとお見舞いをもらったり、動けるとわかってからはギプスのままデートに連れ出してくれたり。
そうだった。そんなこと、ちょっと忘れそうになってた。でも、今の状態を思うと、あの時幸せだったな〜としみじみ。

風邪がこじれるだけでもアホくさいのに、咳が出る時に肋骨を傷めるなんて、アホの100乗!!
骨は痛いけど動けますよ〜!と言っても、誰もデートに誘ってくれない。見舞いも来ない。
それどころか、今は真逆の状態に陥っている。

2009年年末は、間違いなく、人生のドン底の一つとして刻まれるでしょう。たたみかける苦難の最後の締めが、一人ぽっちの年越しだもんなー。

今年は、いいこともあった。でも、ベーシックには、ずっと失業していた。自業自得と言えばそれまでだけど、やむを得ないと言わざるを得ない状況だったので、それは悔やむまい。
最後に落ち込んだのは、少なからずあった「いいこと」が次につながっていかなかったこと。結果が出なかった。

秋からの大掃除でたまたま出て来た本。確か、もらった本だ。
それが、あまり自分では好んで買わないタイプの、「前向き」教みたいなヤツだ。
ヒマだったのもあって、ふとページを繰ってみた。
そして、いつも思うことを思った。「結果はいつだって、先送り」。
がんばってることの結果なんて、いったいいつ出るのだ?

いやいや、人生はいつも、これから。いくつになっても、何かをするのに遅過ぎることはない。

あぁ、いつも同じ繰り返し。堂々巡りだ。。。

1月21日生まれ。
「木星の影響により、人生に明るく取り組みます」。
「水瓶座を支配する天王星の力と生命力は、実務的な能力と、大きな計画を軌道にのせるために必要な展望を与えます」。
誕生日の解説本の、この部分が好きだ。
がんばれ!!

短所。優柔不断。。。
んーむ。
(注:誕生日の本は、同じ星座でも日によって全部違うことが書いてある)

年が明けたら、すぐ誕生日だ。
またトシ取るのか。考えたくない。
しかし、年齢の数字だけ見ると、好きな数字になる。

同じ誕生日は、上杉謙信、ジャック・ニクラウス、クリスチャン・ディオール、プラシド・ドミンゴがいる。
なるほど。
どうして、こうも違う。。。

総括には、これは今の自分とは違うと思うことも一部書いてある。でも、きっと、自分の中に片鱗が眠ってるのかもしれない、とも思う。それが発現するためには、何かが欠落してるのだ。環境なのか、生い立ちに決定的な抑止力を植え付けられる出来事があったのか、あるいは、たまたま性格がそなわらなかったのか。
でも、なんとなく、ここがちょっとこうだったら…というアヤは、わかる。どうして、ここがちょっとこうなってないのかは、わからない。気づいた時には、もうこうなってなかったから。

しかし、紅白。。。
ジャニーズ出てるな〜。
司会からして、だもんなー。
そして、Mジャクソンですか。。。紅白で、ね〜。
久々に見たけど、紅白って、こういう趣向になってるのかー。

おっと、一人ぽっちなのを忘れていた。
紅白も役に立つ。

ゆく年くる年が終わって、除夜の鐘で年が明けて…
誰とも「おめでとう」を交わせない時、また、さびしくて死にそうになるだろう。

さびしくて死ぬ。
ウサギを思い出す。確か、ウサギはさびしいと死んでしまうのではなかったかちら。

私の誕生日のページには「ウサギ」が描いてある。365日、すべての誕生日に違った絵が描いてある。
どうしてウサギなんだろう。。。

あぁ、ノドの左側が相変わらず痛い。耳の方まで。鼻も出るゾ。
この風邪、どうしてこんなにしつこいのかちら。
でも、やっぱり咳が一番つらい。
私は呼吸器が弱いみたいだ。風邪で咳が出てしまうと、長引く。
ある時期から、お腹に来る風邪ばっかり引いていたのに、最近、また、普通に鼻やノドに来る風邪を引くようになって来た。
今回なんて、まったくお腹は大丈夫だ。。。

今この瞬間、この日本で、一人ぽっちの人がどれくらいいるのか。
屋根の下にいて、暖房がついてる。これだけでありがたく思わないといけない。でも、そう思わなくちゃと思うことが、わびしい。。。

今日は、紅白までテレビをつけなかった。
そういえば、このところ、リアルタイムでテレビをあまり見てない。今年も、派遣村(?)みたいなのはあったのだろうかちら。
なんて世の中だ。

幸せに序列なんて、ないのかもしれない。
でも、自分の望む幸せの形、というのはある。
今の私が思うのは、「今、自分の好きな人と過ごせてる人は、その幸せを貴重なものとしてかみしめてもらいたい」っていうこと。
そんな、ベーシックなことが手にできない人もいるのだ!!

でも、誰かは思ってるだろう。
暖かいところで、紅白見てる人は、それだけで幸せだ。って。

そうだ。
とっても幸せな時は、紅白見なくてもいいのだ。
でも、危うい時は、意地でも紅白見るのだ。庶民的な小さな幸せの端っこにしがみつくために。
紅白は、そういう象徴なのかもしれない。
視聴率が下がっていようとも、日本レコード大賞が30日になってしまっても、紅白だけは日本の大晦日の象徴として、守らなくてはならない。それが、NHKの一番の使命。

おぉ、小林幸子だ。。。

っていうか、来年の大河は坂本龍馬かー。
福山雅治は、別に特に好きってワケじゃないけど、「新撰組!」以来、久々に大河見るか。。。

そういえば、最近、唯一リアルタイムでテレビ見たのは、「容疑者Xの献身」だった。
泣いた。。。
無償の愛。見返りを求めないということ。

相手のために一生懸命になってる時は、それ自体が喜びなので、見返りを求めてない。そこまでは自分でもわかるのだが、本当に見返りなく相手との関係が終わった時、何を思うのか…。そこがこわい。
結局は、利己的な自分を見てしまうのか。
または、その時までに相手のためにできたことに満足し、相手のその先の幸せを心から願えるのか。

あの石神さんは、最後、花岡靖子に会って泣いた。
あそこにああいう形で靖子が現れた。そこだけが、完璧なはずのストーリーが完璧に行かなかった部分だった。

もしすべて完璧にいっていたら、本当に満足だったのだろうか。
しかし、あそこまでの状況になれば、心底、相手の幸せを願って身を引けるのかもしれないな。
ただ、日常の多くの場合、もっとずっと中途半端なレベルでしか、献身は行われてない。ある意味、その程度が平和でいいのだけど。

あそこに現れた靖子さん。現れずにいられなかった。そういう人だから、好きなんだ。とも言える。
でも、もし言われたとおりに新しい家庭を築いて幸せになったとしたら、靖子さんが一生石神さんを忘れないでいたとしても、石神さんの方は、疑心にかられることはなかっただろうか。ないとしたら、本当にすごい。無償の献身。
そんなこと、自分にできるかな。子供や夫のためなら、できるか。
でも、そういう関係性のない間柄だったら?ただ、こっちが勝手に好きな相手とか…。
わからない。

しかし、そこまでの献身をしたとしても、相手が愛してくれるとは限らない。そこが、凡人にはつら過ぎる。つまり、凡人だったら、一方的な献身で自分が完全に満足することは、ムリ。修業が足りない。。。

23時。
年越しソバ食べる。まだ、お腹いっぱいなのに。。。
形だけは、いつも以上に年越しらしく典型的にやる。それが、今日の意地。

ドン底が年末に来てよかった。
年明けからドン底が始まったんだったら、幸先悪い感じがしてイヤだけど、今年のうちに落ちるところまで落ちたら、来年から上がろうっていう気になる。
何かを脱ぎ捨てなければならないかもしれないけど、また新しい何かを得るだろう。

「木星の影響により、人生に明るく取り組みます」。
何が起きても、最後の最後は楽観的になれる。そのことに感謝せねば。
でも、今日、布団に入ったら、また泣くかも。それくらいは、しょーがない。

え、トリがドリカムって。。。
この人、北海道出身です。

さておき、私のこの落ち込みが、「肺炎の疑い&肋骨骨折の疑い」にしては、大げさ過ぎると思われるかもしれない。
でも、ウラにもっといろいろあるとですよ。書くとサシサワリがあるから書かないけど、いろいろ重なったとですよ。。。

人生的に特筆すべき2009年幕切れ。
本当にただの日記になってしまった。けど、記録しておけてよかった。
なんとか、わびしいおひとり様年越しの、一番佳境の時間帯を乗り越えられそうだ。。。

白はサブちゃんかー
この人も、北海道。。。。
やっぱ、白の勝ち??
うぅ、誰も返事してくれない。。。

っていうか、森光子の様子が心配だ。。。

茶碗洗ってるうちに紅白が終わった。どっちが勝ったかわからない。
たぶん、白だろうけど。

では、新年にそなえて。
本年も、大変お世話になり、ありがとうございました。
心から感謝しています。(2号)


2009年12月30日

on のだめカンタービレ

記憶の片隅に。

趣味はピアノ、2号です。
おとつい、中学のころの同級生に「『のだめ』を見ると『○○も、やってるかなー』と思う」(注:○○は私の名前)と言われました。

厳密に言うと、現在のわたくし2号、「(がんばってピアノを)やってる」と言える体調にないのだが、「かなりしょっちゅう『のだめ』モードに入ってる」ことは確かです。

映画の公開に向けて、いろんな再放送などを見るともなく全部見てしまったので。

なんか、のだめがキレてる時の九州弁のノリが乗り移ってる感じがずっと抜けない。
で、のだめ見てると、もちろんピアノも弾きたくなるんだけど、やり始めると根詰めてしまうので、今の体調的によくないかと思って自重してるところに、突き指までしてしまったので、さらに弾けない状態に。

突き指が治ったころ、肺炎の疑いも晴れて、風邪の(ような)症状もなくなっていれば、おピアノ練習いたしたいと思います。

っていうか、のだめの九州弁だけじゃなくて、ピアノのうまさも乗り移ってくれてたらいいのに、たぶんそれはないでしょう。残念。
同級生に言いたい。
私のピアノのレベルは、のだめの足元にも及びません。
でも、何かで自分を思い出してもらえるっていうのは、光栄なことです。

ちなみに、前にも書いた「フォロー・ミー」という大好きな映画があるのだけど、このある意味マイナーな古い映画を、やはり好きだという人が大学の同級生にいて、そんな奇特な人が自分のほかにもいたということでお互いにビックリしたのだが、その人はこの映画がBSなんかで再放送されるたびに「○○(←私の名前)のことを思い出す」そうな。
それ以来、私も、この映画には、彼女がそう言ってくれたことや、彼女と初めてこの映画の話をした時のことが、もれなくついて来るようになりました。

皆様、そんなふうにでも、このようなワタクシを思い出してくれてありがとう〜(2号)
posted by 2号 at 23:02| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

on たたみかける。

Oh〜My GOD!!

神は、いるのか!?…2号です。
いや、いるから、こうなってるのか??。。。

さんざんグチってるとおり、わたくし2号、肺炎か重症の風邪かという狭間で、くじけそうになりながら生き延びています。
くじけては、自分で自分を鼓舞。いや、くじけてる気持ちに自分で気づいてないフリ。と言った方がいいかも。そのうち、ふと気づくと、なにげにそれなりに生きてる、といった具合です。

それが、今日の昼ひなか。
このように気分的に息も絶え絶えのわたくし2号を、さらにムチ打つ出来事が。。。

立ち上がろうとした時、なぜかフラッとして後ろに倒れそうになったので、とっさに近くの物につかまったら、それが全然安定して固定されてる物ではなかったので、さらによろめき、結局、ドシンと崩れ落ちました。。。
三段跳びみたいに、3段階に崩れていく時に、右手の親指を突き指し、右の脇腹をいやというほど打ち付けました。

あまりのことに、しばしボー然。

ジワジワと痛めつけるくらいなら、いっそ殺してくれ〜!!

と、ハードボイルドなことを心の中で叫ぶ。。。
最近、「のだめカンタービレ」だけでなく、「24シーズン7」と「プリズンブレイクファイナル」と「BONESシーズン2」と「未知からの生還4400シーズン2」と「LOSTシーズン4」を同時並行して見ているせいかもしれない。。。

しばらくして、何とか立ち上がろうと近くの家具につかまってみるものの、痛くて手に力が入らない。。。
立ちたいのに立てないなんて…赤ん坊の時以来ではないか??いや、胸から上が麻痺した時以来か…。
ムリに力を入れて手の平をちょっと開いたら、何がどうなったのかわからないけど、もう一度突き指したみたいな激痛が走る。。。

何とか立とうという過程で、脇腹にも激痛が走りまくる。。。

これはひょっとして、ひょっとしなくても…咳したらすごく痛いだろうってことがすぐにアタマに浮かび、暗澹たる気持ちになりました。

咳が出る時に胴体部を傷めるなんて。。。
あまりのでき過ぎたストーリーに、もしかして、ここは笑うところなのか!?
と思う。

そういえば、ついこの前、ダラダラついていたテレビから「幸せだから笑うなんて、ナンセンスです!」と、オバさんが叫んでいた。
「幸せだから笑うんじゃなくて、幸せになるために、今つらい時にムリしてでも笑うんです!」みたいなことを、力説していた。
幸せだったら自然とニコニコしてしまうだろうから、それがナンセンスっていうのも、ナンセンスやろ〜と突っ込みながら聞いていたのだけど、あれは、今日、この時のための教訓だったのだろうか?

そこで、ムリに笑ってみると。。。

あれ。
笑おうとすればするほど、どんどん涙が出てくるじゃあ、ありませんか。
結局、笑ってるのか泣いてるのかわからない状態になり、メンドーなので、自然にまかせてみたら、結局泣きたかったみたいだ。

利き手に力が入らなくて、料理もできなくなったとですよ。。。
今日は、スーパーの安い日なので、買い物に行かないといけないのに…雪で転んだらどうしよう。。。っていうか、重い荷物、持てるだろうか。。。

結果、痛いのをガマンして、買い物は完遂。
不本意ながら、今日の分だけは自分で調理しなくても食べられるおかずを買ってしまいました。よけいな出費ばかりだ。。。

なんか、首もムチ打ちっぽく痛いとですよ。。。

いったい、これは何の試練?いつまで続く??どこまで落ちる???
それとも、何かの警告なのかちら。。。
いや、陰謀か!?
(と、また明らかにドラマの見過ぎな疑念も)

っていうか、脇のあばらが折れてるかもしれない気がするのだが…
これまた、この前テレビで、肋骨はギブスができないから安静にして自然治癒を待つしかないと言っていたけど、咳で、かなり激しい衝撃を与えてると思うんですけど、その振動で骨がどんどんズレるんじゃないか!?

っていうか、昨日、飲む薬が変わってから、また左のノドと耳の奥が痛くなり出し、鼻水もひどくなって来たのだけど…今のところ、まったく咳はおさまっていない。
「鼻」に興味のない呼吸器の先生。。。

こんなドン底から、復活する日は来るのだろうか。。。(2号)

※しかし…マジメに生きてればいつかいいことがあるって、時々、人に言われるのだが、これ以上どうマジメに生きればいいのかわからない。っていうか、私は不マジメなのだろうか。。。
posted by 2号 at 21:04| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | お悩み・人生相談など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月28日

on 肺炎の実態。

肺炎をめぐる冒険。

今日、きれいな夕焼けが出てました、2号です。

昨日チラッと書いて、あらためて、これは人生の大きな出来事として記録しておいた方がいいかと思いました。
題して、私が肺炎になった件。

そのころ、そもそもが忙しい会社だったのだけど、夜遅くまで郊外の屋外で、連夜の撮影取材というのがあって、夜の冷え込みに震えながら仕事してました。
そして、普通に風邪を引いた。
と思っていたら、咳がひどくなる一方で、熱も微熱よりは高めの状態がずっと続いて、何か悪い病気かもと思い、個人病院よりはちょっとだけ大きめの病院に行きました。
即、レントゲンとなり、先生サラリと「これは肺炎ですね」。
なヌっ!?
緊急入院ということで、思いもよらない事態にグァク然。
「仕事休めないんですけど…」と言うと、「んー。じゃあ、まだ軽いので、これから出す薬を飲んで、安静にして様子を見てください。3日後に来てもらって、回復の兆しがあったらそれでいいですけど、ダメだったら、その時は入院してもらいます」ということになりました。

果たして、3日後。
「やっぱりダメなようですね」となり、即日入院。
会社に電話して、そのまま収容されました。。。

病名は「マイコプラズマ肺炎」。
最先端の電子機器みたいな名前で、なんかカッコいいな〜と気には入ったのだが。
これは、別名「オリンピック肺炎」とも呼ばれ、4年に一度、特に若い人の間でひそかに流行るらしい。
カラオケのマイクなどがカッコウの感染源となったりするとのことだったが、ワタクシの場合はあくまでも仕事の積もり積もったムリがたたって…ということなので、念のため。

入院期間は2週間。
収容されたら最後、あとは、おとなしく従ってるしかないのだが、困ったのが、最初の週末に予定されていた、サザンオールスターズのライブだった。
困ってしまって、ひねり出した策。
「土曜の午後に大事な大事な会議があって、絶対に出席しなくてはならないんです。外泊許可をください」。
まあ、1週間も強力な抗生物質を点滴していれば、1日くらいは外泊していいでしょう。ということで、意外にスンナリ許可してくれました。

先生は、「○○(←病院名)の玉三郎」と呼ばれ、年配マダムたちに絶大な人気を誇っていた先生だったけど、私のタイプではなかった。確かに、剥きたてのゆで卵みたいではあったが。。。

それにしても、今だったらゼッタイに言えない。
ペーペー社員が肺炎をおしてまで出なくてはならない会議!?
そんなもん、ない。
と、今はわかってるから。こわいモノ知らず、恥知らずの若さ、おそるべし。。。

しかして、土曜の晴天の午後、私も晴れて屋外のライブ会場へ。
病院のすぐ隣と言ってもいいくらい近かったので、関係者に見つかってバレやしないかとビクビクしながら、肺炎のわたくし2号は現れた。
会社の人たちが「あれー?大丈夫なのかぃ?」みたいに心配してくれたり、なぜか笑われたりしながら、私はその場に受け入れられ、みんなゴキゲンで、通路にはみ出して思い思いに踊ったり歌ったり、ある意味コウコツ状態で、天国みたいに幸せな幸せなひとときでした。
病院を抜け出してよかった。なぜなら、私のライブ史上5本の指に入る、いや、1、2を争うくらい、ホントによいライブだったので。

帰りは、夕暮れて行く空気にライブの余熱がにじんで、いつまでも夢の中みたいな気分。屋外会場だと、会場を出た途端にガラリと現実。ということがなくて、少しずつ少しずつ現実の世界に帰って行くような余韻が楽しめて好き。あれはまさに、夏祭りみたいだった。

確か、混雑で交通機関がうまく使えなくて、しばらく歩いて帰ったような気がする。無謀過ぎ。。。

日曜日はおとなしく病院に戻って、すぐ近くのライブ会場から聞こえてくる音をもう一度楽しんだ。

そういえば、あの入院の時、一番見舞いに来てほしかった人が来てくれなかった。ということがあった。あとから聞いたところでは、「行っちゃいけないと思った」そうで。
それも、今となっては一つの思い出だ。

総括すると、入院自体は、1日2時間の点滴の間動けないという苦痛を除けば、咳が苦しいだけで痛いところもないし、極度にグッタリして何もできないということもなく、パラダイスに近かったかもしれない。これが、手術などを伴う場合だと、こうはいかないのだが。。。

退院後、何日か医師の指示で自宅療養。
けっこうピンピンしてたので、お見舞いのお返しを買いに行ったりしてたんだけど、街で同僚にバッタリということも。
ひょっとして、あの自宅療養の指示は、感染を防ぐとかいう意味もあったのだろうか??だとしたら、咳き込むたびにマイコプラズマを公共の場に撒いていたかも。

そして、なぜかすっかりやせて、私は職場復帰を果たしました。咳だけはしばらくの間続いて、ビミョーに避けられたりしてた気もするが。

こんな調子だったので、その後、病院などで過去の病歴とか言われても、忘れそうになります。でも、肺炎は「大きな病気」なので、必ず書くようにとのことだ。

で、今回。
前回の進行表にてらすと、今は、第3段階めくらいか。
困ったことに、レントゲンに極めてあやしい影が2カ所も写っていたのだが、「以前肺炎をやってるとなると…その時に治った痕跡ということもありますからねー」ということで、先生も私も「んーむ」な状態。。。
写真では、よう区別つかんらしい。
そこで、「胸の中に石灰化したものがある(※)みたいなんですけど。。。」と言ってみる。
すると、先生は「なるほど。でも、それだともうちょっと下に写ってるはずだけどなー」と言うので、「人より乳腺が上の方まであるって言われました」(←必死)。
結局、先生は「極めて疑わしい」との見解で、でもなぜか「即入院」は告げられず(ベッドが空いてないのか??)、「ボクの想定してる感じだと、風邪が長引いてるだけにしてもマイコプラズマだとしても(って、前かかったからって今回もそれなのか??)、この抗生剤が効くと思うので、1週間飲んでもらって、1月4日にまたレントゲンを撮りに来てください」ってことに。

(※)http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/122497256.html

っていうか、この絶えず鼻の中に満ち満ちて来る水分はどうにかならないのかちら。と思って、「先生、その薬は鼻にも効きますか?」と訊いてみる。
すると、「んー。ちょっと効きます」ってことだ。
先生は、呼吸器が専門の人らしいので、鼻にはあまり興味がないらしい。。。

年末の診療は今日が最終日ということで激烈に混んでるし、確かに、鼻よりも肺炎の疑いの方が重要と言えば重要なので、それ以上は突っ込まずに帰って来ました。

いつもの自分のパターンからすると、普通の風邪にしては微熱が長引き過ぎだけど(具合の悪さを感じ始めたのは厳密に言えば18日)、肺炎と言われるとホント?と思う。
ただ、友だちの中にも、熱も大したことないし咳もそんなに出なかったけど、微熱とダルさがずっと続いてて、実は肺炎でしたと入院してた人もいるので、ちょっと不安になります。。。
ちなみに、その人がかかった肺炎は「家畜がかかるタイプ」ということだったので、悪いけど笑った。。。

ちなみに最後に、記録しておこう。
今回の症状。
鼻の奥(特に左上方)と、鼻とノドの境目の激烈な痛み → ちょっと鼻水が出て来る&38度の熱 → 風邪薬のせいか、一瞬おさまる → すぐに鼻の奥の激烈な痛みが今度は右上方に出現&鼻とノドの境目の激烈な痛み復活(息ができない!)&38度は超えない程度の熱 → ノドの痛みが下に降りて来る&ひどい鼻水(飲む薬が変わって量が増える) → 耳の奥まで激烈に痛くなって来る → 右目だけ赤くなって涙目(こんなの初めて!!)(でも、ステロイド目薬をたまたま持っていたので、つけたら症状は緩和) → 声が出ない!!(3日間くらいはしゃべっても無声状態)&耳が腫れてるらしく、うっかり触るとズキズキ痛くなる → 鼻水が少しは少なくなったかと思ったら、咳が出て来る → 咳の出処がだんだん下に下がって来て深い咳になり、腹筋は痛いわ眠れないわ → 熱は37.5度を超えなくなって来るが、微熱は続く(朝が一番高くて、寝汗をかいている)(ふだんは手が冷たいのに、体温の数字のわりに手足や顔がいつもボーと熱い)。

今残っているのは、微熱と咳と鼻水です。

何の菌なのか知らないが、顔の内部をこれでもかといたぶりながら、ゆっくりゆっくり隅々まで巡回してるようだ。


というわけで、クリスマスもなく、年越しもなく、2009年さびしく暮れ行く。。。(2号)
posted by 2号 at 19:23| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・からだ・ケガ・人間生態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

on 気落ち

彼岸と此岸。

何となく身辺整理してます、2号です。
今日中にできることは今日中に。

微熱が続いていて、昼間もふとした瞬間にガクッとくずおれそうになるので…昨日あたりから、これはタダ事ではないかも?と。。。
昔、肺炎で入院してるんで、またそれか? 明日、病院で検査をして、入院も覚悟なので、部屋も片付けておかねばならないというわけで。

とはいえ、メンドーな気がしないでもない。
もうすぐお正月だし、のんびりテレビでも見ながら、それで朽ち果てるならそれもいっかー。みたいな感じで。
あの、秋ころに遺書でも書こうかなどと思った時と同じモードかも。

だって、生きてたって、この先何があるって言うんです?
もう貯金だって、ホントにないんですよ。。。(このへんから、のだめ風)
先輩はあっちのことでアタマいっぱいだし。
私がいなくなっても、誰も困らないし。
咳をするのが、もういい加減つら過ぎる。
今日は、食べるものもなくなってしまったとですよ。
咳ゴホゴホ状態で、買い物行ったとですよ。
こういう時、私だって気落ちするんですよ。。。
…と、キレてしまったのだめのように、どんどん負のスパイラル状態に。
なんだかんだ言っても、結局のだめは千秋先輩がかまってくれるのだけど、そんな人もいない。。。

年間自殺者3万人超。と今朝もやっていた。
生きて行く人と自ら命を絶つ人と、その違いの一線なんて、ふとしたことでカンタンに飛び越えられてしまうものなのかもしれない。
ものすごくつらい状況の人はもちろん、ただ、将来に希望がないというような人も、ある日ある時、ふぃっとそっちに行ってしまう。
魔の領域はいつもソッと隣にある。

そんなことを思いながら、できるだけ淡々と身辺整理。。。(2号)


※私の妄想の中の彼岸は、現在、のだめの「変態の森」のように、ミョーに楽しそうに見えていたりする。。。

2009年12月26日

on 夢の知らせ

クリスマスの事件。

声は出ないが、咳は出る、2号です。

こんな状態なので、人に言われるまで、昨日とおとついがクリスマス関係の日だということにほとんど意識が回らないうちに、この年に一度の難関を突破、というか、勝手に終了してました。メデタシメデタシ。
思えば、当日にホントに楽しかったクリスマスというのは、子供のころを除けば数えるほどしかない。こんなに生きてるのに。
しかも、たいていは仕事だったり、こんな風邪だったり。

話戻って…咳が出るので、ろくに眠れません。
断片的な眠りの中で見た夢。
昔の会社の同僚の結婚式に参列するらしく、なぜか自分が花嫁っぽい純白ドレスの格好をしてるのだが、気づくと、会場ではないどこかの部屋の隅っこで石を積んではセメントで固めてるのです。
何やってんねん。。。
と、思ったら、次は、誰かわからないけど、昔の知り合いっぽい男に呼ばたらしく、マンションの部屋みたいなところにいる。
ソファの背に軽く腰掛けて「誰だっけ?」と思って待ってる。次の場面では、その男が「いや〜あんな部屋しか用意できなかったから、申し訳なくて行けなかった」と説明している(っていうか、私は待っててんけど)。
別に普通の部屋だったと思ったので、「あんな部屋って、どういうこと?」と訊くと、なんと、その答えが「マンションって、実は、一軒家より固定資産税が高いんだよね」と言う。
へ?ホントなのか??
っていうか、それって、どーゆー理由やねん。。。

それからガラリと変わり、私はバスに乗ってました。
停留所で、大学の同級生の女子二人組が降りて、それを見て、私もここで降りて、何か忘れたけど何かを片付けてしまうとあとがラクだと思って、急いで降りる。すると、降り際に二人が「それどうしたの!?」と大きな声で言って、ふと見ると、私の脇腹に刺し傷があり、激しく血がにじみ出てる。どよめく人々。
全然痛くない。でも、血が出続けるのはマズいでしょうと思って、病院かお医者さんはいないかと訊くんだけど、ウヤムヤのまま、次の場面では広い畳の部屋にいる。流血してる私は、人々から離れたところにいて、でも、どっかに行かねばならず、丸く血が広がってるブラウス(なぜか、中学の家庭科で最初に作ったプリント柄のブラウス)を何とかしたいと思って、さっきの同級生に助けを求めようとするのだが、二人が「かかわりたくないね」と言ってるのを聞いてしまって、なすすべなく困り果てている。
ホントにホントに困ってるところで目が覚めました。

そして、なんとビックラしたことに、気づいてみれば、自分が本当に現実に、血だまりの中で寝ていたことが判明。恐るべし、予知夢(?)。。。(2号)
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2009年12月25日

on 喪中のお知らせ

年賀状。

ゆうべ年賀状出しました、2号です。
JPにちゃんと協力してあげました。

年賀状って11月の初めころに売り出されますよね?
で、早い人だと11月中に裏面のデザインとか作ったりして、早い人なら、遅くても12月に入ったらオモテ面を印刷するなり手書きするなりし始めるのではないか?
かく言うわたくし2号、去年、今年と若干出遅れたものの、12月のアタマには知人にオモテと裏のプリントをしてもらうように頼んで(うちにプリンタがないため)、先週のアタマに、でき上がりを受け取りました。

それにしても、今年の異変。
まず、喪中の人がやたらと多い。中には、若くして亡くなった方もいて、本当にお悔やみ申し上げます。
そんなこんなで住所録ソフトを整理して、裏面のデザインといっしょに知人に渡したわけなのだけど、12月に入ってすぐに、また1枚喪中ハガキが。。。
その時、上記のようなことを思い、お悔やみ申し上げながらも、遅くとも11月中に届くように出していただけたなら間に合ったのに…と。この方の分のハガキは手数料を払って普通のハガキや切手に交換してもらうしかない。

と思っていたら、それからしばらく経った先日、また1枚。
んーむ。もう、年賀状の受付が始まっていると思うのだが。。。
これも交換だわ。

と思っていたら、また今日1枚。
この方の分は、今日が一応の年賀状差し出し推奨期間の締め切りの日なので、もう出しちゃいました。失礼なことになってしまいましたが、ごめんなさい。

喪中の多さも今年はダントツだったけど、このようにギリギリ(?)なころになってから3枚も届いたのも初めてでした。(2号)


※ちなみに、私んちが一番最近喪中だったのは、もう何年も前になるけど、母方の祖母が亡くなった時。
このおばあちゃんは、祖父母の中で一番長生きしてくれたおばあちゃんで、一時期一緒に住んでいたり、長い休みに必ず遊びに行っていた時期があったりして、大好きなおばあちゃんでした。
私が赤ん坊の時におばあちゃんからもらったらしい赤いクマのぬいぐるみは、もうボロボロなのに、今だに捨てられず。

で、亡くなった時、私は自分に年賀状が来ないのはさびしいとかトンでもないことを思って、喪中ハガキを出さなかった代わりに、本来年賀状を出すつもりでいた方々に寒中見舞いハガキを出し、年頭ご挨拶を欠礼したお詫びと祖母が亡くなったこと、それと、祖母の人となりの紹介と思い出を書きました。
おばあちゃんは、緊急手術の麻酔から覚めることなく、あっけなく他界してしまったので、あまりに悲しくて、おばあちゃんがどんなにステキな女性で、いいおばあちゃんだったかを、一人でも多くの人に知ってもらいたいと思って。
これが、わざわざ返事をくれた人が何人かいたくらい、なかなかの好評(?)でした。

そのせいというわけでもないけど、喪中ハガキをもらって、それが差出人の明らかに近しい身内の方だったりすると、どんな感じの人だったんだろうと、ちょっと思います。

2009年12月23日

on 電話で…

とっても風邪な一日。

今日は、気づけば意識を失っているという一日…2号です。アッという間に夕方だ。。。
ゆうべ、早寝したはいいものの、結局よく眠れませんでした。なので、極度に眠いためと思われる。

とにかく、息ができない!!

鼻の中が腫れてるのか、かんでも何も出てこないけど何か詰まってるのか…。あまりの苦しさに寝られなくて、人工呼吸器につないでくれ〜!!と何度も頼んでみたけど、誰も助けてくれない。
睡眠と覚醒の狭間で、酸素テントに入ってる自分とか、酸素マスクを当ててもらってる自分とか、しまいには気管切開されてる自分とかを、ウットリと妄想。

3時間くらいも経ったか。
このままでは全然眠れそうにないと思い、ふとひらめいたのが、耳鼻科のシューシューする機械。
鼻が詰まってるのは鼻の炎症がひどいせいに違いなく(とにかくメチャメチャ痛い)、耳鼻科で、ノドや鼻が荒れてると思われる子供が、蒸気のようなものを吸わされてるのを見たのを思い出した。
そういえば、アロマテラピーの精油をお湯にたらして、ミスト状にして吸い込むと気持ちいい。

そこで起き出して、ふだん湯たんぽ代わりに使っている小さいペットボトル二つに、電子レンジで作った熱湯を入れて、両方の鼻の穴に当てて吸引開始。
途中、鼻に2本の縦笛を当てて演奏する人の映像が浮かんで吹き出しそうになるのをグッとこらえて、ふさがって十分に吸えない鼻をゴリラのようにふくらませて、蒸気を一生懸命吸い続けました。

すると、なんということでしょう。。。

鼻がスカッと通ったでは、ありませんか!!

んーむ。もっと早くやればよかった。
せっかくなので、これをもっと利用しよう。子供のころに風邪で呼吸が苦しい時に、熱いタオルを胸に当ててくれたような気がしたので、まだ十分に熱いペットボトルを胸や背中や脇など、思いつく限りのところに当ててみた。すると、これまた、なんて気持ちいいんでしょう〜。

そうやって、やっと眠りに落ちたのでした。

が、何度も何度も目が覚めてしまう。その原因は、自分の声。
鼻は通ったものの、鼻やノドが痛いことには変わりなく、その不快感なのかナンなのか、「う〜」とか「が〜」とかうめき声を発してるようで、その声で目が覚めてしまうのだ。(脳に来てるのかもしれない)。

そして、モヤモヤと不調な朝を迎え、薬を飲んでウトウトしていると電話のベルが。
ったく、こんな時に朝から誰かちら。
受話器をあげると、声が出ない!!
化粧品のセールスは不愉快だけど、これが来なかったら、声が出ないことに気づかなかったかもしれない。
「風邪で寝てるので、切らせてもらいます」。
しわがれた声で言うこのセリフはえらく効果的で、相手は大変恐縮して、おとなしく引き下がってくれた。

1時間もせずにまた電話。声にならない声で「はい?」と出ると、相手はケゲンな様子。
「もしもし?」「はい?」を2回繰り返したあと、「魚屋さんですか?」と来た。
は?
間違い電話だった。
声にならない声で一生懸命「違います」と伝える。
間違いだったとはいえ、およそ魚屋さんらしくない威勢の悪い電話応対に、相手のオバちゃんも最初はかなり戸惑ったことでしょう。

っていうか、これ、いつ治るんだろう。
昨日は冬至だったので、カボチャのお汁粉作って食べたのだけど、すでに風邪引いてる人が食べても効かないのだろうか。早く普通に眠りたい!!(2号)
posted by 2号 at 18:42| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・からだ・ケガ・人間生態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

on ゴミの日。

ゴミ分別と大人の分別。

鼻からの水漏れが止まらない…2号です。
世間で言うところの、風邪というものかもしれない。

なので、いくつか書きたいことが溜まってはいるものの、今日も更新せずに早寝する予定だったのに。。。

さかのぼれば今朝、いや、夜中から鼻が詰まり始めたらしく、痛いわ息は苦しいわで何度も目が覚めて、今朝の目覚めはヘロヘロでした。
絶不調。

なのに、今日は月に一度しかない燃えないゴミの日なのでした。
今日出さなければ、お正月のあいだ中、切れてゴミとなった蛍光管だのといっしょに過ごさねばならない。それはイヤなので、ヘロヘロの体にムチ打って、パジャマの上にダウン着たりGパンはいたりして、なんとかゴミを出しに行ったのです。
そして、そんな時に限って、お隣のとてもいい人なオジちゃんに会ってしまうのでした。
いくら相手がオジちゃんとは言え、ひどいボロクソな格好は見られたくないのが乙女心というモノです。ゆうべ何度も目が覚めて、何度も寝返りしたせいか、いつもより髪もボサボサだったかも。。。でも、会ってしまったらしょーがないので、目をそらしながら、おはようございます♪すごい雪ですね〜と声だけは明るく。

それから部屋に駆け込み、ダウンだのGパンだのを脱ぎ捨て、なだれ込むようにもう一度お布団へ。

あぁ、できれば息をしたくないくらい、鼻の奥とか、鼻とノドの境目とかが痛い。痛過ぎて涙目になる。。。

んで、時計の短い針がグルグルと1周以上した、ついさっきですよ。。。

明日は、週に2回の燃えるゴミの日なわけだ。
ここで、ズルズルする鼻をかみかみ、わたくし2号は考えた。
この分だと、明日、鼻の状態が全快してるとは考えにくい。
ということは、夜中じゅう、また、よく眠れないかもしれない。とにかく息がしづらいのだから。
幸い、今回出す予定の燃えるゴミにはほとんど生ゴミがない。トマト鍋とか、いっぱい作って何日か食べられるメニューや、チョコチョコしたおかずを何品か作って、このところ食いつないでいて、その調理時のゴミは前回の燃えるゴミの日に捨てたんで。
一方、今日一日で、大量の鼻紙(?)が産出されてしまった。
これはなんとかしたい。
というわけで、ここだけの話、これまでもたまには、前日の夜に出しても問題ないだろう範囲のモノは前日に出したりしてるので(良い子はマネしないでね!?)、今日に限って、ゴミ出しを断念することもない。

うちのところのゴミステーションは、カラスが荒らせない構造になってるということと、今は屋外が冷蔵庫よりも冷える冬という季節であり、たとえ有機物を一晩放置しても発酵して悪臭を放つということにならないということと、有料のビニール袋に入れて、しかるべき場所に置けば、一晩のうちに濡れてドロドロになることもない、と、検討に検討を重ねた結果、大丈夫と判断してのプチ掟破りなのであって、誓って言うが、ゴミステーションおよび近隣の方々に迷惑をかけるような形でのオキテ破りは、これまでもしていないつもり(記憶が確かなら)。
それが証拠に、つい先日出した「雑がみ」区分のゴミなんて、マジメにオキテを守っていたら、月2回しか回収日がないから6週間ぶりになってしまったのだ(寝坊とか余裕かまし過ぎとかで)。重くて泣いた。

それで、冷たい空気を吸うと鼻が痛いだろうからマスクをして、部屋着にダウンともう一枚パンツを重ねてはいて、厳重に防寒して、5リットルの最小の有料ゴミ袋(それだって、大き過ぎる場合がある!!)に鼻紙とか普通のゴミを入れて、出しに行きました。

途中、道が十字になってるところに、小さい車がアタマをちょっと突き出す形で駐まってました。横の道から別の車が来たらジャマでしょーが!!と思いつつ通り過ぎ、ゴミステーションにゴミを置く。

少し歩くと向こうから車が来て、私はよけなくてはならないハメになり、雪が積もってるし、どうしようと、ふと後ろを振り向くと、さっきの車も後ろから迫って来てる。
なヌっ!?
ったく、メーワクなヤッちゃ。
何とか3者がそれぞれ通過できたと思ったら、さっきの車からオヤジが「すみません」と声をかけて来た。
ナンパではなかった。あか抜けないスキー帽をかぶったオヤジの二人組。
なんだ…道がわからなくて中途半端に駐まってたのね?

ところが、このオヤジ二人組は、まるで刑事みたいに両方のドアをバッと開けて同時に降りて来たのです。
へ??そんな意気込んで、いったいナンの道が訊きたいの!?
と、ア然としてるわたくし2号、アッという間に二人に挟まれる。
た、逮捕!?こんなにいきなり??
っていうか、何も罪は犯してないはず。。。
っていうか、ゴミ捨てのあと、ちょっとその先のポストに郵便物を出そうとしていたので、今朝よりはマシではあったが、これからどこかに行くには比較的ボロクソと言わざるを得ない格好なんですけど、着替えはさせてくれるのかちら。。。

仏顔の方のオヤジが言った。
「今、何か捨てました?」
やっと、事情が飲み込めた。。。
日常生活を円滑に営むのにちょっとだけ許される「融通」の範囲だろうと大人的に判断してはいるものの、厳密に「当日の朝8時半までに出しましょう」というオキテにてらせば、確かに反論はできない。
しかし、「はい」と言うと、「ゴミステーションは、ゴミ捨て場ではありません!」と来た。
は?
また、意味がわからなくなるわたくし2号。
キョトンとしてると、
「今、通りすがりにポイとゴミ捨てたでしょう?」
って、確かに、一瞬しか立ち止まりませんでしたし、ソッとは置いてない。
が、それが何か??

あぁ、しょーもない若者(?)がそのへんにテキトーにゴミをポイ捨てしたと思ったのか。。。
やっとまた、少し事情を飲み込んだ。
「あの〜、私ここに住んでんですけど…」
今が当日朝ではないことを多少後ろめたく思いつつも、相手の言ってることもトンチンカンに思えてならない。するとさらに、
「ここって、どこですか?」と、オヤジの方が小学生のヘリクツっぽくなって来た。
「だから、すぐそこですよ」と自宅の方を指差して、違う意味でタジタジする私。
「何を捨てました?小さい袋でしたよね」
あ〜、今が当日朝でないことの後ろめたさを差し引いても、だんだんアタマに来た。
中身はほとんど、鼻紙だ。
で、その瞬間もマスクの下では、私の鼻はズルズルで、今夜も気持ちよく熟睡できそうもなく、明日の朝はまたゴミを出しに行くにはあまりにつらいという目覚めに違いなく、しかし、部屋のゴミ箱の中は鼻紙でいっぱい。そんなの悲惨。
だから、ちょっとだけズルッコして、こうしてここに。。。
という背景を背負いつつの「今この状況」なわけだ。

と、一から説明するわけにもいかないので、「中身は紙のゴミです」と答える。
すると、「透明な袋で出したんですよね?」
今度は、そう来るか。。。
札幌市では、この夏から、雑ガミは再生資源ゴミ扱いで、透明袋での無料回収となるので、オヤジは「紙」と聞いて、それ見たことか!と勝ち誇ったに違いない。明日は無料の紙の日じゃなくて、有料の燃えるゴミの日だもんね!

そこで、「5リットルの有料袋で出しましたよ」と答えると、「小さい袋でしたよね」としつこい。「はい、5リットルのですから」と私。

一息ついたオヤジは、「まあ、明日の朝の回収ということでお出しになったんでしょうけど、紙のゴミとなると、ちょっと分け方が違いますから」と話が長くなりそうな雰囲気に。
っていうか、鼻からの流水が見られる私としては、そこまでで十分過ぎるほどムダに長い時間、寒空の下に引き止められてるわけで、症状が悪化しそうだ。

っていうか、アンタたち!!このへんで「ゴミ『微』分別の鬼」と言えば、このわたくし2号のことである。
このわたくしに向かって「ゴミの分け方」を説くナンざ、100年早いわ!!
と、怒り心頭なのである。。。

だから〜、間違えてるのはゴミの分け方ではなくて、出してる時間なわけでしょ!!(逆ギレできる立場ではないのだが)

とは言わず、「生ゴミは入っていません。紙っていうのも、汚れて再生できない紙です」と、あくまで冷静に答える。相手が何も言わないので、
「分け方はよくわかってますし、今日はたまたま明日出せないと思ったから出してしまって申し訳なかったですけど、カラス被害にも配慮して、荒らされるようなものは入れてません(カラスが鼻紙が好きではない、という前提だが)」

ここまで来ると引き下がれなくなったのか、オヤジは「いずれにしても、ゴミの出し方が変わってますから、これをお持ちになって参考にしてください」と、ペラペラの二つ折りくらいのしおりを渡そうとする。
なヌ〜〜っ!?
っていうか!!
変わったのは7月でしょーが!!今、何月だと思っチョーとですか!!(なぜか、のだめ風)
いいですか、このわたくし2号、もっと詳しい分別新ルールの冊子でもコト足りなくて、市に問い合わせをしたくらい、ゴミの新分別法については研究済みなのである!!
「雑ガミ」にしていいという窓付き封筒だって、市の人が、本当はフィルム部分はプラゴミに分別してほしいのだが、そこまで言うと市民が面倒がって分別自体をしなくなって困るので、妥協してるんですっちゅうから、ならばと、窓付き封筒だってちゃんと「紙」と「プラ」に分別しちょーっとよ。錠剤のシートだって、できるだけアルミ部分をはがして、プラゴミにしちょーばい!
そのわたくしに、半年近く経ったこの12月に、今さらのようにこのペラペラのしおりを渡そうなどと…チャンチャラおかしーにもホドがあるっちゅうもんだ!!

オヤジとしては、引き下がれなくなっての暴挙だろうが、許せん。。。

しかし、そこは大人の私。
ハイハイわかりましたと言わんばかりに、フフッと笑って余裕でしおりをもらってやった。

そして、ポスト近くのコンビニの「燃えるゴミ」箱に捨ててやったゼ。
オヤジが追いかけて来て、「それは燃えるゴミじゃなくて、雑ガミです」とか言うかと思ったが、もう二人は影も形も見えなくなっていた。。。

身内の者にだって、ゴミ分別の指導してるこのわたくしに!こともあろうに!

と、帰る道々ブツブツとイカりながら、でも、また会うのはイヤなので、ちょっとだけ遠回りして別の道から行こうとしたら、鼻息が必要以上に激しかったせいでマスクによってメガネが曇ってよく見えず、すっかり道に迷ってしまい、いっぱい歩き回って、ますます鼻からの流水は悪化の一途をたどったわけだ。
まったく、ハラだたしさ100倍!!

しかし。
あのオヤジの口調。そして、何のプライドなんだか、執拗なまでに引き下がらない態度。
思うに、今回のことは、このわたくしの見た目が、ハイソでセレブな奥様ではなくて、どっちかと言うと、そのへんのアパートに住んでるヴァカ者に近かった(あやしくマスクしてるし)ということの証左ではないのか。。。と、ひそかに別の部分で引っかかってもいるわけで。
これが、明らかにどこぞの奥様であれば、オヤジもこっちの事情がわかった時点で「あぁ、そうでしたか。マナーの悪い若い人も多いもんで…。ま、今度から、なるべく当日朝に出してくださいね」とかなんとか言って、世間話っぽく和やかに笑い合って、こっちも「あらぁ、私も夜に出して悪いと思ってたんですけど…今度から気をつけますわ」とか言って、しおりも、「これ、一応お渡しすることになってるので、お分かりのこととは思いますけど、念のために」とかなんとか言って、こっちも「寒いのにご苦労様〜オホホ」などと笑って受け取るって感じか?

いずれにしても、あのオヤジたちが時間外手当てでももらうような仕事としてやってるとしたら、税金のムダな気がしてならない。。。(2号)
posted by 2号 at 23:56| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ふとした出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

on 同級生

会いたいお年ごろ。

私には、常日ごろ不思議に思うことがある…2号です。

秋からのお部屋の大お片づけ大会(別名、持ち物仕分け)で発掘したモノの中に、学校時代の文集というのがありました。
その中に、課外クラブじゃなくて、必修クラブで入っていた文芸クラブの作品集があって、自分のもののほかに、とある人の作文を見つけました。
そのページを切り離して、私は、その人の兄弟を通じて本人に渡しました。

そんなことができた理由が、上記、不思議に思うことから来ています。

人はなぜ、ある年代になると、それまで以上に昔が懐かしくなり、その気持ちが高じて、実際に会ったりまでするのでしょうか。

「ある年代」というのは、諸事情からあえてぼかしてますが、そう言われただけで「あぁ、○歳前後だな」って誰しも心当たるのではないかと思うくらい、みんなもそうだと私は確信してます。

私自身は、いろんな理由から、長い間、自分が生きてるのが仮の人生という気がどこかでしていて、本当の人生になるまではこんな自分を昔の知人たちの前に出せないと思ってるところがありました。
誰の歌だったか、「クラス会に誘われても行かない自分」というのが出て来る歌があって、「その気持ち、すごくわかるなぁ〜」と聴いていたものです。

ところが、です。
なぜか私の中学や高校では、大々的な同窓会をやっていないか、大々的じゃないために一介の普通の生徒だった私のところまでは開催のお知らせが来てなかったか、とにかく、一度も同窓会というものがないor参加したことがない状態。
それが、「ある年代」にさしかかった途端に、毎年「今年こそ会いたいねー」と結局は社交辞令のごとくに書き続けて来た年賀状のセリフが、いきなり本当になり、仲の良かった女子数人と集まることに。
その声がかかった時はビックリしたものの、「クラス会に誘われても行かない(だろう)自分」がすっかり変わっていたのか、自分自身も実際本当に会いたいという思いが不思議とものすごく強くなっていて、素直に喜んで会いに行ったのでした。その後、それは、幹事役だった子の家庭にある事情が生じるまでは毎年続いてました。

さらには、そうやって会い始めた2年めくらいだったか、今度はなんと、同学年の全クラスという規模の同窓会のお知らせが来てビックリ。発起人のところに、ちょっとワルかったアイツやアイツの名前が…。でも、そんなことはおかまいなく、当然行く!という気持ちでホイホイと出かけて行き、懐かしい面々と会って楽しんでる自分がいました。

あとから、この自分(たち)の変化はナンだ!?と思ったものです。
しかも、そんな年代になってるせいかミョーに懐かしいのはもちろん、彼らとともに過ごしていたその時代が必要以上に(?)愛おしい感じがして、グッと来てしまうのです。

私の場合は、そもそもが同窓会、クラス会と縁がなかったから、よけいにそう感じるのかとも思い、ちなみに周りに調査。
すると、友だちの学校なぞは伝統的に、○年卒組がその「ある年代」になる時に全同窓生を対象にした大々的な同窓会の幹事をやることになってることが判明。しかも、それを機に、同期生たちの交流が復活して、定期的に飲み会などやって会うようになるという現象が例外なく起こっているらしかった。(なぜか私も誘われて、全然関係ないのに友だちのその飲み会に行っていたこともあった)。だから、1個上の先輩たちから次の年の幹事役を引き継ぐ時は、幹事をやればそういう「いいこと」があるから、率先してやれと勧められるのだとか。

また、ある友だちは、これまた驚いたことに、既成の同窓会は普通にやっているのは知っていたけど、自分の仲の良かった同期生も出席しないので、一度も出席したことがなかったのが、やはり「ある年代」前後に突然、親しい間柄の人たちが有志で独自の同窓会を開いて、喜んでそれに出席し、楽しかったと。

やっぱりだ。。。

そういえば、ついでに、同級生とやり取りしてる年賀状には毎年メールアドレスが書いてあったのだけど、その「ある年代」の時に初めて実際にメールが来たってこともありました。それで、しばらくの間、懐かしネタや近況をやり取りしてた。
そうだ、それとはまた別の同級生たちの間でメーリングリストができたのも、まさに「ある年代」の時!

人間の老化(?)のプログラムに、この「ある年代」が何らかの節目としてそういう行動を起こさせるように、遺伝的にインプットされてるのかなー。
確かに、人間のライフステージを追って行くと、何らかの区切りがありそうな年代でもあるし、ある意味、それだから少し余裕が出るのか、昔をふと振り返るタイミングなのかもしれない。

というわけで、私は「ある年代」時の同窓会で同級生と会っていたために連絡先を知るところとなっており、今回出て来た作文を渡すことができたのです。その作文は、その人の1期上のお姉さんのものでした。
まあ、そんな昔のものを渡された本人は迷惑だったかもしれないけど、すばらしい内容だったので、ぜひ渡したいと思って。

以上。
時々この年代現象のことを思い出してはバク然と不思議に感じて来たのだけど、今回の作文の一件があるまでは、こんなふうに文章にして記そうとまでは思わず、葬り去られていたかもしれないくらいのちょっとした「?」だったのだが…。持ち物仕分けのおかげで、思いがけずよい機会になった。。。(2号)
posted by 2号 at 23:56| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 流行・社会現象・ブームなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

on 東宝の…

ゴジラ〜♪

気がつけば、寒くて仮死状態になってました、2号です。
今(18:34)、ストーブつけました。。。

さて、先日、世田谷区内めぐりの話をしたら(http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/134722566.html)、ひまひまさんという方から情報(?)が寄せられ、世田谷区の東宝撮影所の敷地内にはホームセンターがある、と。
そして、そのレジ袋には、怪獣の絵がついてるというじゃあ、ありませんか!

も、もしかして、それはゴジラなのかちら。。。

とても気になっていたら、このたび写真を送ってくださいました(なんて、親切な方なのでしょう)。

やっぱり、ゴジラだ!!

toho.jpg

ひまひまさん、ありがとうございます!!
(Pさんも、ありがとうございますm(_ _)m)

ついでに、そのホームセンターの名前が「東宝日曜大工センター」であり、営業譲渡することが決定しているという情報まで。。。

ゴジラのレジ袋、私がゲットする前になくなってしまうのかちら。。。(私は毎度、一歩遅い女。。。)(2号)

※関係者の皆様
もし、このレジ袋の写真掲載がまずいということであれば、訴える前にご一報ください。すぐに削除します。。。


追記)
先日の世田谷区めぐりの話(http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/134722566.html)に、またまた別便で情報が寄せられました…。(これから2さん、ありがとうございます〜)
現在「じゃくずれ川」は、こういうこと(http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00014322.html)になってるそうです。
ますます行ってみたい。。。
ちなみに、「じゃ」は蛇だったんだ〜!
posted by 2号 at 19:20| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | お買い物・お店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

on 家電のワナ

今日の大ショック。

ハメられたとしか思えない…2号です。

おとつい、わたくし2号、返さなくてもいいとは言われたけど、自分としては返そうと思っていたテープをまだずっと持っていたのを発見しました。
なので、MDにダビングして返そうと。

すると、前からそうじゃないかとウスウス疑ってはいたのだけど、案の定カセットデッキが壊れていて、ウンともスンとも言わない。
16時58分。
メーカーのお客様センターに電話だ!
しかし、「ゼロで始まる番号はウンタラカンタラ〜」というメッセージが流れて、電話がかからない。
そのうちに、17時になってしまう。
しょーがないので、販売店の修理センターの方に電話。
いろんな人が調べてくれて、何度も入れ替わり立ち替わり電話がかかって来て、全部で3時間くらい時間を取られたあげくに、見積もり代と最低修理料金とで、新しいのを買った方がいいという結論。
コンポにつながる機種や在庫まで調べてくれたりして、ありがたいにはありがたいけど、ホントにテンヤワンヤでした。

電話の合間に、自分で配線をやり直してみたり、マニュアル見て、いろいろ試してみたりして、やっぱりどうにもならないことを確認しつつ、でも、今後はだんだん使わなくなるものだし(実際、この数年使っていなかった。。。)、在庫のお取り置きは、とりあえずやめときました。
それでも、もしかしたら買い直さなくても専門の人によるカンタンな処置で直る話かもしれないので、一応メーカー直の修理担当の番号も聞きました。販売店通すと、話もややこしいし、修理のための受け渡しも時間がかかるので。

そして、昨日。
メーカーに電話したら、まず、最低修理料金が、販売店が言ってたのの半額以下。
ったくもう、買わせようと思って、ウソ言ってたのかちら。。。それから、
水に濡らしてないですよね?
落としたり、大きいもので叩いたりと、非日常的な強い衝撃を与えてないですよね?
使用中に雷落ちたりしてませんよね?
と、んな、バナナ。。。な質問をいくつかされて、通常使用で自然に壊れたということが認められ、最低料金で済んだら出張費合わせてもやっぱり買うよりはダンゼン安い。さっそく今日来てもらうことに。
問題は、返さなくていいテープをダビングして返そうと思ってしまったからとて、このプー太郎の時期にこれを修理する必要があるのか?ってことなのだが、なんだか、乗りかかった船的に、今直す!!なモードになってしまいました。。。

電話のあとも、まったく動かないことを確認。

今日。
朝、夕方に来ると電話が来て、17時過ぎにお兄さんがやって来ました。
お兄さんが、おもむろにコンポ本体の電源をONすると。。。
なヌっ!?

今、緑のランプついてますよね?お兄さんは、電源を入れただけですよね!?

目がテンになるお兄さん(と、私)。。。

「見たところ、まったく正常ですね。。。」
確かに、素人目にも、火を見るより明らかである。
それでも一応、あちこちいじって試してみてくれるお兄さん。
それを見ながら「あれ〜?あれ〜??」と半ば泣いてるわたくし2号。
だって、昨日もおとついも、何をやってもウンともスンとも言わなかったのに。。。
確かに今日はいじってないけど、ここまで来たら、今日はいじらないでしょう。。。

お兄さんは気の毒そうに、「もし、ワタクシが帰ったあとにまた不具合が出たら、今日の出張費と点検料分は差し引いて見させていただくっていうことにしたいと思いますので…(だから、元気出して?)」と言ってくれました。

でも、3千なにがしが。。。

泣くに泣けない。。。

っていうか、修理の人が来ると不具合な症状が一時的に出なくなるってことは、ありがちなこと。とはいえ、ここまで露骨とは。
ウンともスンともだったのが、いきなりシャキーッ!!となるかな、ふつう。。。

お兄さんが置いていった確認書には「動作点検、良好でした」と。
いったい、この3日間はナンだったのか。。。っていうか、アタシの大事な3千円。。。(2号)
posted by 2号 at 23:32| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モノ・グッズ・雑貨・家電 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

on 検定試験

合格〜!

検定試験に合格しました2号です。
この3週間、気が気じゃなかったです。というのも、落ちたら恥ずかしいヤツだったので。。。

この検定の勉強って、やってみてつくづく思ったのだけど、私は職場での経験があったから入って行きやすく、比較的サクサク進めたのだけど、まったく一からやる人たちが、この教科書を見ただけでわかるんだろうか!?
わかるとしたら、そして、合格したとしたら、尊敬に値する。
私だったら、おそらく、最初の数ページで投げ出していたと思う(過去、公務員試験の教科書を見た時がそうだった)。

商業高校や大学では、実地の経験なしに習うことになるわけだけど、先生に毎週教えてもらって、試験だの単位だの言われれば、やれないこともないと思う。脳も若いし。でも、独学で本屋から教科書買って来てやるっていうのは、私にはムリ。

というわけで、馴染みのある世界だったことが幸いして、最初はサクサクと物足りないと思うくらいの勢いで教科書を斜め読みし、問題にチャレンジしながら進んで行ったわけだけど、月次の試算表とか決算整理など、税理士任せだったところは、まったく心もとなく、そこをじっくりやらねば…と思っていたところ、持ち物処分に同時に突入してしまっていたために、長らく部屋の環境が落ち着いて勉強できる状態になく、やむを得ず中断してるうちに、早まって申し込んだ試験日が刻々と近づいて来ました。
友だち曰く、遅くても10日前からやれば楽勝とのこと。
しかし、その10日前もとっくに過ぎて、かなり焦るも時間は止められず、ついに4日くらい前から、残りの最も心もとない部分の勉強を夜寝る前にチョコチョコと。
そして、試験2日前の昼ご飯のあと、付録についてた模擬試験を時間を計って試す。
結果、なんと!!44点!!!
これでは確実に落ちてしまう(合格ラインは70点)。。。うぅっ…(ToT)

会社では何の問題もなくやってたことが、試験問題となると誰にも訊けないし、数日考えることもできないし、引っかけとかもあるし、会社によっては関係ない項目も試験にはあり…ということで、まったく侮れないことに今さら気づく。

それから、ねじり鉢巻だ。。。

その日は、寝るまでほかの問題集をやり、翌日には、朝からみっちり前日の続きと新しい問題集をやり、模擬試験も3つくらいはやったかというくらいやって、それでも、しょーもない間違いしてたり、計算が合わなくて時間が足りなくなりそうになったり…。試験体質というようなものがあって、自分は今や、この体質から遠くかけ離れてしまっているという気がした。昔ならあり得なかったようなオッチョコをやらかしたり。

この1日半は、早く日が暮れてしまう季節のために、暗くなる夕方には奥の台所だけ照明をつけてその床の上で詰め込めるだけ詰め込み勉強を行い…それでも、完全に満足できる結果は出せずに、一抹の不安。

試験当日。
また事件が起こって、余裕で行けるはずがタクシーに乗るハメに。
でも、車の中で不安だったところだけ教科書丸暗記(結局ソレは出題されなかったけど)。火事場のバカ力じゃないけど、切羽詰まると暗記できるもんだ。。。(しかし、今はまた忘れた。。。)

フタを開けてみれば、模擬試験よりは本試験の方が親切で、精算表などは、縦計があらかじめ書いてあったりしたので、それに合わなければ途中どこかが間違ってると気づくことができるということになってました。
しかし、文章題は、模擬試験より引っかけがキツかった気がする。もしかして、引っかけとわかっていても、引っかかってペケになってるかも。

模擬試験では2時間の制限時間ギリギリで、あれだけ苦労したのに、本試験は1時間で終わり、それでもオッチョコしてるかもしれないので、時間いっぱい見直せるだけ見直し、やっぱり見直してよかった〜と思いつつ間違いを書き直し、計算部分も全箇所最低3回は検算(電卓持ち込み)。

全然関係ないけど、電卓かそろばんの持ち込みが認められていて、そろばんの人がいてほしい!でも、ジャーッとタマを全部払う時の音がうるさくて集中できないかも…、でも、いてほしい!と願っていたのだけど、いませんでした、残念。

後半、余裕が出たので、周りの人の様子に神経を向けてみると、学生とか若そうな人もけっこう多かった。新入社員で、会社に受けさせられてそうな人も。そして、そんな若い脳をお持ちの方々が、けっこう時間がかかっているもよう。
そこで、わたくし2号、ははん…と気づく。彼らは、計算が遅いのだ。電卓さばきが。
何十行にもわたる7桁前後の数字を足すのに、計算が遅かったり、打ち間違ったりしてたら、確かに時間がかかって焦るでしょう。
ここだけは、おネエさんの勝ちだわ。。。
自慢じゃないが、私は電卓は速い。どのくらい速いかっていうと、ショパンエチュードの「革命」をインテンポで弾いてる時(年に数日しかないが)の左手くらい速い。右手で言うならば、自分は弾けないが、同じくショパエチュの「黒鍵」をプロの人が弾いてるくらい速い。いや、もっとかも。
なので、ここで時間が稼げるのでした。。。

試験後、隣の兄ちゃんに「今回は難しかったのか、やさしかったのかどうなんでしょうね?」とか訊いてみる。
すると、自分は初めて受けるのでわからない、と。そりゃそうだ。2回め3回めだったら恥ずかしいような試験ではある。
兄ちゃんが「できました?」と訊いて来たので、「たぶん。。。」と豪語。「合計が先に出てたので、助かりました〜」。
「あー、そうですよね。でも、引っかけとかありましたね」と、兄ちゃんも引っかけに気づいてたもよう。
それから、合格発表まで正答はわからないのか?とか、ヒソヒソといろいろ話し合ってるうちに、試験官から退室してよいと。
「お疲れ様でした」と言うと、「受かるといいですね!」と返してくれて兄ちゃんがさわやかな笑顔で一足先に去って行くがまま見送る。
その時の私の髪型。ギターを持ったら反戦ソングを歌い出しそうなヘアだったために、深追いせず。。。

というわけで、古本屋から仕入れていた問題集のうち、手が付けられなかったモノをまた古本屋に売り戻そう…と仕分けしながら、しかし、ひょっとしたら、また使うハメになるかも、と、一応まだ手元に残しつつ発表の日を待つこと3週間。何とか合格することができました。

gokaku.jpg

年明けには、合格証書もいただけます。
そして、わたくし2号の履歴書には、使いもしないホコリまみれの「社会科」と「ロシア語科」の教員免許のほかに、晴れてこの検定の級数を書き加えることができる!!あまり威張れるレベルでもないが、求人の要資格欄に書かれてることもある、レッキとしたモノだ!万歳!!(2号)

※ちなみに、私より30番大きい受験番号だった兄ちゃんも合格らしい。よかったね〜
posted by 2号 at 11:00| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

on 応援団

大学の剛と柔。

寒い季節にプー太郎だと、自宅の暖房費が莫大にかかる! 2号です。。。
なので、今日はガマン大会でいまだストーブつけず。もっと冷え込むまでがんばる。

っていうか、今朝のワイドショーで、北海道のどこだかの日の入りが15時4○分、本州のどこだかは16時2○分とか言っていて、その差40〜50分!?
これに、朝からえらくアタマに来てました!!
というのも、私の持ち物仕分けが進まなかった原因の一つが、これだから。
いいとこ15時くらいまでしか作業ができないのです、暗くなるから。かと言って、カーテン閉めて照明つけるには、やっぱりまだ早いのです。。。
なので、十分に暗くなるまで待ってから、カーテン閉めて照明ON。
しかしすでに、やる気のモードが若干落ちてるわけで。
この夕方のロス時間と、しょぼいモードのおかげで、夏場に比べて3時間分くらい活動に差が出てしまう。
まあ、もう終わったからいいけど。

そして、ご褒美は…年末の大掃除はしなくていい!!(一部を除く)

というわけで、今日も発掘したモノを回顧し、記録しておこう。

ごたぶんにもれず、我が母校(大学)にも応援団というものがあり、それはちょっとだけ有名な団体でした。
まず、これまたちょっとだけ有名な「寮」があり、おそらくそこを拠点として活動が行われていたもよう。ちなみに、その寮は学生自治の実現を大学側に要求して、日々闘っていた組織の拠点でもあり(寮自体の自治組織もあったみたいだ)、同時に、閉寮の危機に直面していたため(老朽化のため新寮建設ということで)、寮の存亡をかけての闘いも行われてました。これがけっこう激しくて、ある朝、大学へ行くと、キャンパス内でその関係者が自殺してるのが発見されたという事件があり、凍りついた記憶がある。(暗くなってから一人で構内をウロウロするのがコワくなった)。
なんだか、60年代の学生運動が、規模を小さくしてそこだけで熱く燃えていたみたいな感じ。
そんな流れと分ちがたく、応援団も古き佳き時代の名残をかたくなに守り通そうとがんばっていて、そのスタイルが学内だけでなく地元でも愛されていて、ちょっとした名物なんでした。

そして、まったく記憶から飛んでいたのだけど、応援団発行の小冊子というのがいくつかあり、新入生歓迎の「新歓特別号」というのが、このたび私の部屋から発掘されました。
表紙からしてさぞかし硬派な内容だろうと開いてみると、そうそう、思い出した…軟派な内容も満載なのだった。

「入門合コン講座」では、周辺の女子大8校をタイプ別に分けて、チャートをYES、NOでたどって行くと、どの女子大と相性がいいかがわかるようになっている。。。
そして、最後に成功の秘訣5か条も。
1.自分のセールスポイントを前面に押し出せ。
2.夏までが勝負。数を多くこなせば何とかなる。
3.七転び八起きの精神でチャレンジせよ。しかし、あきらめも肝心。
4.最初から大物狙いはダメ。段階を踏んで様子を見よう。
5.カラオケでは歌わない。週刊現代は読まない。をモットーとすべし。

何が何とかなるというのだ!?
っていうか、5が意味不明。
っていうか、4が失礼!!


さておき。
次のが「この地方の人間とはこうつきあえ!」という「日本全国人間特性」。これを読んだ記憶は、確かにある。

北海道:本州のことを今だに内地と呼び、ソ連に近いせいか、時々ロシア訛りが出る。やはり同じ日本人であるということを強調する必要がある。また、札幌は東京に次ぐ日本第二の都市だと思っている人が最近増加して来たので、その夢を壊さないように、いたわりを持ってつきあえ!

東北:暗い人が多い。この地方の人と二人でいると自分まで暗くなってしまうので、天気のよい日の昼間グループでつきあえ。話題の中心は民謡。それが尽きたら毎朝6時30分からNHKの「明るい農村」を見て討論をやれ。もし車の話になったら、クボタ、ヤンマー、ヰセキで迫れ!

関東(除東京):県の位置が把握しにくいので一様に東京に近いということを念頭に置き地図帳でしっかり確認してからつきあえ。特に埼玉と千葉はライバル意識が強く、しばしば「埼玉と千葉どちらが田舎?」という質問をされるが、相手の出身地を聞いてから慎重に答えよ。茨城は納豆臭いのでキムコを上手く利用せよ。山梨、群馬、栃木があることも忘れるな!

東京:日本の中心だというプライドがあり、ファッションに敏感なので、いわゆる○○大ファッション(青、緑、オレンジのウインドブレーカー、短めのラッパのGパン、クラリーノの運動靴、モスグリーンのショルダーバッグ)はゼッタイにきらわれる。メンズクラブ等を見て十分研究せよ。また、埼玉や千葉との比較を好むのでそれを活用せよ!

名古屋:みゃーみゃー、がやがや、うるさいのでつきあわないのが望ましい。やむを得ずつきあう時はオリンピックの話は禁物。ブス生産では量質とも日本一のブス名産地なので、ほんのちょっとかわいい娘の写真を見せてやると、すぐに親しくなれる。また、関東、関西のどちらかに加えてやると涙を流して喜ぶので、個人の判断で、どちらかに入れてやれ!

北陸・中部(除名古屋)・山陰:話題のない所なので会話を必要としないスポーツ等を通じて接しろ。もし話す機会があっても5階建て以上のビルの話はダメ。また、陽、明、光等の字は極力使用するな!でも、鳥取、富山、岐阜はよい所だとの情報あり。

関西:本当にいい人ばかりである。なんの相談にでも応じてくれるし、せこさがなく、よくおごってくれる。また気取りのない関西弁の冗談はレベルが高い。成績も大変優秀で試験の時は、神様仏様的存在である。悪口を言うことを嫌い「千葉が日本列島の盲腸だ」なんて口が裂けても言わない。とにかく安心してつきあえ!

山陽・四国:○○大の中では勢力が弱いので、何も気にせずにつきあえば、相手がこちらに合わせてくれる。注意事項なし!

九州:暖かい所からわざわざ寒い北海道に来るには何か深い理由があるのかわからないが、なぜか九州大学の悪口を好む。酒と言えば焼酎のことだと思っているので日本酒は避けよ。のんびりしているので、ホドホドにつきあわないと自分まで留年してしまうので深入りはするな!

以上のことを完全にマスターすればキミは全○大生と友だちになれる。これからのキミの学生生活は必ずや明るくすばらしくなる!

そうなのか?。。。


ついでに、ギャンブル講座。。。
「ギャンブルには、男のロマンがある。一夜にして巨額の富を得ることもあれば、その逆もある。自分の人生のすべてをかけて日夜修練に励むべし」

○麻雀をするための条件
一、ハングリーであること
一、手品が使えること
一、漢字が読めること(最低で東西南北)

○相手を選べ
一、強いやつとは打つべからず
一、相手のテスト前を狙え

○必勝を期せ
一、常にポーカーフェイスで臨め
一、危険パイをツモったら胃に隠せ
一、迷いが生じたら占いに頼れ

○局面は、こうとらえろ
一、負け始めたら、「まだこれからよ」とクールに一言
一、負け続けたら、「なめんなよ」とクールに一言
一、結局負けたら、有り金はたいて、クールに一言「電車賃貸して」

こんなん…ありなのか?。。。


あとは、大学近辺のコンパ向きの店や合コン向きの店などのマップもあり。もちろん、まじめな記事もあり。

しかし…これらのモノたちも、これだけ回顧してあげたら、ここまで捨てずに持ちこたえて来た意味もあるっちゅうもんじゃないか!?まるで、劣化しかけのカセットテープをCDなりに保存し直した感がある。世田谷小学校の先生も大学の応援団も、鬼・仏表を作ってくれた先輩方も、本望じゃないかと思うところ。
これで、安心してまた深い眠りについてもらいたい。。。(2号)
posted by 2号 at 18:41| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月06日

on 鬼or仏

あなたの知らぬ間に。。。

日曜なのに、打ち合わせだ、2号です。
いつも交通費を浮かせるために、のっぴきならない用事の日に、溜まったほかの用事を詰め込むので、今日もあちこち歩き回ってクタクタです。

さて、何ともメデタイことに!!
昨日くらいに気がつけば、なんとなくお部屋の大処分市(別名、持ち物仕分け)が閉幕したようで。。。
政府の事業仕分けの時間的キビしさと切れ味の鋭さ(?)には遠く及ばず、いったい何カ月ダラダラと続いていたことか。9月下旬から??
実に、3カ月近くになっていた。。。

時々書いてるように、この過程でずいぶんいろんな昔のものを発掘しました。
今日、書くのは、大学の時の「鬼・仏表」。つまり、履修科目それぞれの教官の「優・良・可・不可」のつけ方を中心とする評価基準が厳しい(鬼)かやさしい(仏)かを一覧表にしたものです。(当の先生たちは知らぬが仏!?)
このようなものがどこの大学でも、先輩から後輩へ愛を込めて手渡されているのだろうとは思うのだが…、ほとんど個人的な懐かしさから、ちなみにここに発掘記念として記録しておこう。

うちの大学の場合の鬼・仏表

タイトル:「すこし愛して、長〜く愛して」(From 2年1組 with Love)
中身は、学科名、教官名、「超仏、仏、普通、鬼、超鬼」の5段階評価にそれぞれ何人が投票してるかの数字、そして詳細説明が一覧表になっている。

※学科名と詳細説明だけを抜粋。

哲学:ギリシャ哲学をなぞるだけ。つまらない。寮歌を書いても優など来ない。
心理学:しっかりした講義とおもしろい実験。厳しい評価で試験勉強は必要。※心理学は相対評価でどの教官も不可を何%かつけます。
日本史:講義中退出禁止だが、5講目はPM5時に終わる!
西洋史:ヨーロッパ中世史をホントに愛してることが伝わって来る。やさしく、情熱的。一方でまったくつまらないと言う人も多い。ただし、仏中の仏である。
日本文学:たるい話し方だが、よく聞くとおもしろい。やさしい人。「ノートは取らなくていい、講義は時々出てくれればいい、耳に入ったことがいつか役立つ…」とおっしゃる。
日本文学2:大したことは講義しない。レポートは個性的に。字をキレイに書くといい。
中国文学:近代文学。講義出なくてもレポートで優。
日本文学購読:わりと専門的なことをやる。のんびりした授業。教科書買うべきと言う人もある。評価はやさしい。男と女の関係についてレポートに書くと優とのウワサ。
中国古典購読:超仏。レポートの字は大きく!
論理学:実態不明←「超ウルトラ3段ボケ」「授業はすべて英語で行われる(!?)」「勉強してもなかなか上手くいかない」
外国語特講(仏語):すごい仏、びっくり。(ホントかいな)
英語演習:ゼッタイ取らない方がよい。宿題だらけです。
リーダー1:超おに。(しかし、隠れ仏)授業は全部予習してから出ましょう。でも、面倒見のよい先生です。がんばってね(ハート)
法学:法学とはどんな意味を持つかわかる。声がうるさい。それほど鬼ではないらしいが、きらう人多し。
政治学:講義に自分で作った原稿を読む。テストは彼の書いた教科書通り書けばいい成績がつく。ほかの本で勉強しても不可。きわめてイヤなヤツ。右寄り。私語厳禁。
経済学:マルクス経済学。若くて、情熱的に経済原論の講義をやる。昨年は講義に慣れてなく、初めまとまりがなかった。しかし、話のわかる人。不可出さず。
経済学2:近代経済学。高度。マジにやるべし。
人文地理:わかりやすいテスト。不意打ち出席。評価は甘いと言われるが、2期めで不可の者も。研修あり。出なくてもよい。授業は悪くない。
人文地理2:とにかくレポートを出せば何とかなる。
人類学:毎回同じ授業。レポート5枚で終わり。しかし、昨年は特別。
社会思想史:個性的かつ創造的な講義。好きに書けるテスト。一部で絶大な支持。意識的なあなたへ。
一般数学:論理学に強くなれるが、授業はシビア。イヤなヤツ。出席うるさい。
自然科学概論:論理と理論。科学モデル。マジメにやる気のない人は取らぬ方がよい。
東西文明:○○の方はレポート出せば満点。△△の方はイスラム史をなでるだけ。
東洋思想(インド):試験はノート持ち込みできわめて安易。あまりおもしろくない。しかし、大コードーの講義はきわめてひどい。答案はこらずにノートを見て軽く書いた方がよい。最もラクな授業。
総合講義(アメリカ):先生が変わるごとにレポート提出。ちゃんと出せば優。レポート→経済、テスト→文学、がベスト。
総合講義(フランス):アメリカよりさらにレポート多し。
総合講義(平和研究):オリジナルなレポートを書かば優。
総合講義(北海道):それなり。ノートを読んで、あとは各人の常識で書く。

最後に愛のある一言が…
鬼、仏なんかよりも、自分のやりたいモノを取りましょう。。。


またある年は…

経済学1:マル経。かわいい声で話す。しっかりやればソンはしない。
経済学2:マル経。熱血。講義はチンプンカンプン。でも、何とかなる。黒板が見えない。
経済学3:近経。マジメにやる気がないなら、ずぇったいに取るな。評価は優か不可のどちらか。顔を見ている分には飽きない。笑える。字体もおもしろい。読めない。
社会学:上半身だけの男。休講が多い。来ても19分経ってから。その分時間を超過して講義をする。試験勉強30分やって良。
人文地理:極端でおもしろい。レポートとテスト。レポートにリキがないと良どまり。オリジナリティを出すと優。テストは講義内容のみ。
人類学:安直。講義ヒマ。問題事前。毎回おんなじ講義。何をやったのかわからない。「全員優にしましょう」と言って、良をつけられた人もいる。
統計学:空気に向かって講義する。「すぐできます」「難しくありません」などと言いつつ、Σや行列や微分をやりました。1問半できれば優。
社会思想史:テスト+レポート+課題。抜き打ちでテスト。レポートで挽回十分可能。それなりの人にはそれなりの評価。良多し。板書は不可解。見てる分には楽しい(顔、ヘアスタイル等々)
日本経済:まさしく大学の講義!という感じ。経済学部が安直だということがよくわかる。おすすめ品。
社会学演習:次の時間の講義は取らないように。必ず5分以上食い込みます。
一般科学:講義理解できなくてもよい。科学を習ったことがなくても優がつく。出席を大事にしよう。テストはテキストから。
一般生物学:笑って可をつける。オール出席でも可。鬼コンビ(教官が二人いる)。もう一人の教官を加えると鬼トリオ。○○ちゃんは話はおもしろいが、出席カードの裏に生年月日を書かせ、事務で調べますとのたまった。
一般地学:出席重視。出席足りない時はTELせよ。テストに「とてもタメになった」と感想を書けば優。
一般数学:出席超重視。1年間耐えればそれだけの見返りはある。本当は超鬼。内容は哲学+論理学。3000円の教科書を3冊買えば通してくれるというウワサ。
情報処理概論:要領さえよければ、コンピュータのことがまったくわからなくても良。
情報科学:テストはマークシートで容易。1期は文系でも大丈夫。文系に甘いとのウワサ。
自然科学概論:出欠が厳しい。温和な外面とサディスティックな内面。どんな興味があっても取らない方がよい。講義内容おもしろくても、教官がつまらん。
科学方法論:テスト、ノート持ち込み可。文系でもついて行ける。おすすめ品。
保健体育理論:いやらしい流し目。遅く始まり、早く終わる。イヤミ。でもおもしろい。
英語:全出席でも良あり。テストの時の印象が大切(個人面談)。歌を歌ったり楽しい時間。予習要らない。やさしい人。
英語2:テストは時間無制限。英語で用紙が埋まるまで。温和な人。
東西文明交流:箱の中に優のハンコしか入ってないらしい。しかし、見せしめとして良のつく人がままいる。
哲学:寮歌の権威。しかし、寮歌をテスト用紙に書いても単位はくれない。鉄腕アトムカット。催眠術を得意とする。自然休講がうれしい。自分だけでウケている。レポートに新興宗教の悪口を書いたら可。
哲学2:田舎のオジさん。まじめな人。おもしろくない。せこいところをテストに出す。テストとテキストの関連性は皆無。しみったれた態度。哲学キライな人は取らない方がよい。何言ってるのかさっぱりわからん。
心理学:心理学はどの教官も相対評価だが、○○の方が人気があったのは、△△部の連中も取っていたため(前期は□□部のみの開講)。したがって、講義中もうるさい。
日本史:レポート出さなくても可。理系の仏は文系の鬼ということがあるので要注意。
西洋史:レポートはテキストを要領よく丸写しすれば優。出席不要。良多し。超仏と言われるが、実は冷たい。自分は可をつけられました。
日本文学:週刊誌的な内容。ノート取らなくてよい。授業は1回出て、それについてレポートすればよい。
日本文学2:源氏物語の構成について、一般とは異なった解釈をしている。講義は雑談がサイコーに笑える。レポートを出すという口約束だけで単位を得た者もいる(いまだ未提出)。
日本文学購読:レポートのみ。文学見る目がある。しかし、ひたすら眠い。後期はほとんどゼミ化。学部では鬼にヒョーヘンするらしい。
日本文学購読2:高校の古典と同じ。男女関係について書けば評価良いとのウワサに、試しに書いてみたら、やっぱりよかった。雑談は皮肉まじりでおもしろい。人数の減る2期にはたまに出席を取る。
日本文学購読3:適当で優。たいくつ。つまんない。変人。
中国文学:○○大学に在籍するなら、この人の講義を取らなければ意味がない。発想の飛躍、民族学、言語学、文学、縦横無尽。講義おもしろいがテストはけっこう骨のあるもの。問題事前。個性的な答案を書けばビシ。井上靖にライバル意識を持っているゆえ、注意せよ。
中国古典購読:興味のある人には宝の山、金の谷。ぜひ取ることを勧める。しかし、退屈という人もあり。テスト持ち込み可。楽勝だが、講義にはしっかり出ないと泣く。
西洋古典語:取るな!予習は死ぬほど苦しい。が、出席がしっかりしていればテストができなくても通る。
人文科学特講:慈善事業的存在。毎日変わる東南アジアのシャツが印象的。集中講義で疲れるが、海千山千の講義でおもしろかった。中学生程度の常識でよい。
人文科学演習:実質的には講義。テスト、問題事前。評価はそれなり。いやらしい話が多い。versionをvirg…と書いて、一瞬どよめく。普通にやれば良は来る。
政治学:陰湿。いやみ。遅刻にうるさい。うるさくて疲れる。クライ。冷酷。人間じゃねぇ。クソマジメ。ブリッコ。何も言えん。→取るべからず
法学:マジメに講義に出るとバカを見る。数多く発表したからと言ってどうにかなるというものでもない。勉強をしたい人にはおすすめ。

などなど。。。

あと、ご苦労なことに、「誰どこ表」というのも出て来た。
何曜日の何講めの何の科目に誰が出席しているかを全部書いてある一覧表。
まあ、携帯のない時代、大学では同期同士が連絡取るのも大変だったから。。。

大学…。
なつかしいけど、教職2つと学芸員資格を取ろうとしていた上に、バイト、就活、卒論etc. と、バカみたいに大変だったので、もう一度あのころに戻りたいとは思えない、残念なことに。(2号)
posted by 2号 at 23:57| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

on まちめぐり

もう一度巡りたい世田谷区。

バタバタと忙しい2号です。
ここ数日、今日やろう!と朝に思ったことの半分もできずに終了してます。。。

そんな数日前、部屋の持ち物仕分けで出て来た小学校低学年時の社会見学みたいな資料を、改めてじっくり見てみました。

題名「区内めぐり」。
開くと「世田谷区内めぐり」となっていて、朝8時に学校出発から16時10分に学校に戻って解散までのスケジュール。

学校→世田谷通り→かんじょう七号→甲州かいどう→明治乳業→からす山バイパス→かんじょう八号→せいそう工場(※)→そう合グラウンド(おひる)→砧下じょう水場→玉川通り→とどろき不動→大つか古ふん→九品仏→駒沢公園→学校

小学3年で読めない漢字は平仮名になってるもよう。

その下に先生の手書きの地図があるのだが、北(地図上端)は三たか市、南は田園調布、東は上方から至新宿、至渋谷、三げん茶屋、自由が丘、おくさわなどがあり、気になる地名としては「じゃくずれ川」なんてのが書いてある。なんだろ??
西は、至八王子、調布市、きたみ、こまえ市、きぬた上水場、たま川、川崎市など。
地図の中には、こまざわ公園とか馬事公苑、ボロ市通りなど、懐かしく思い出されるスポットも。

次のページは、持ち物や「気をつけること」、「よく見るところ」が書いてあり、持ち物にはメモ書きで「うたの本」「がっき」と付け足してある。楽器??
欄外には、
「小さめの時はいきます」
とナゾのメモ。
あ、きっと「小雨」だ。。。

次のページからは恐ろしいほどたくさんのスポットが記してあり、それぞれアタマに□が書いてある。
見たり聞いたりしたところの□に「V」をつけましょう、とのこと。

世田谷八幡宮、豪徳寺(井伊氏のはか まねきねこ)、世田谷城址公園(吉良氏のやかたあと)などにチェック。
代書屋(こみいった書るいを本人にかわって書くしょうばい)なんてのもある。
世田谷通り、代官屋しき、ボロ市通り、世田谷線若林ふみきり(信号のあるふみきり)、若林陸橋(世田谷通り 環七)、円乗院(モチツキがのこっている)など。
途中、大幅に割愛しますが…
東京農業大学、国立大蔵病院、東宝さつえい所、東名高速道路、砧下じょう水場、高島屋ショッピンセンター、二子玉川遊園地、インターチェンジ、大塚古墳、善養寺のカヤ(都の天然記念物、樹齢700年)、等々力けいこく 等々力不動、九品仏のカヤの木(都の天然記念物 600年 高さ30m 木のまわり5m)、駒沢オリンピック公園などにチェック。

今でも行ってみたい、興味深いモノがたくさんあるな〜。

最後のページは、感想やメモを書くようになっていて、
「かん7はしんごうのかわりにほどうきょうがある」
「しんごうのないときとくちょろ」(←意味不明)
「ぎゅうにゅう ふじさんの50ばい(1日につくるぎゅうにゅう)(100万本)」
の3点。(あれだけいっぱい巡って、それだけかぃ!!)

こんなんでいいのか。。。

さておき、つくづく思ったのは、今住んでるところにも、もちろん小学校はあるわけなのだけど、児童たちがこの界隈を見学して回るという時に、いったいどれほど興味深いスポットがあるだろうか?ということ。

NHKの大河ドラマというものを初めて見た時(だいぶ大人になってからだが)、毎回、最後に、ドラマにゆかりのスポットや地域を紹介しているのを見て、本州にはこんなにも歴史的な匂いが今に残っているんだな〜と、ボー然としたものだった。うらやましい。。。

こういうところに住んでると、そのへんが常日ごろ物足りなく残念に感じる次第です。(2号)

※ついでにちなみに、以前、神奈川で通った小学校の校歌がサトウハチローさん作詞だったと書いたけど(http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/102531007.html)、このたび部屋で発掘したモノの中にあった大学の校歌の歌詞を書いた紙には、作詞「有島武郎君」と書いてあった。
そういえば、何年も前だけど、有名な歌手かなんかが、テレビ局の企画かなんかで、どこかの高校(?)の校歌を作るっていうのがありました。
校歌って、学校がなくならない限り延々と長く歌い継がれるものの一つなので、名誉なことなのかも。

(※)2010年1月1日追記:
後日、ひまひまさんが「せいそう工場」の煙突の写真を送ってくださいました。とてもきれいなので紹介します。

雲の煙突.jpg

ひまひまさんは、「豪徳寺」の招き猫も写真を送ってくださいました。こちらの関連エントリで紹介しました!
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