2010年04月26日

on 残念なインタビュー。

ツッコミ、禁止?

天気はいいのに風は寒い…2号です。
知り合いのカメラマンが、明日、今や超メジャーとなった女優の撮影をやるらしいので、ちゃっかり覗きに行こうと思っています。ファンでもないのに、ファンですとか言って、サインももらおう。。。

さておき。
先日、彫刻の大先生の、まことに幸せだったインタビューの話をさせていただいたのだけど、逆のケースとも言えるインタビュー取材もあったりするので、ついでにそのことを書いておこうと思います。
つまり、あまり愉快でなかったインタビューということなのだけど、昨年秋の大掃除の時に、その時のテープが出て来て、愉快じゃなかったのに聞き入ってしまいました。というのも、当時の不愉快な思いが、いかにそこに聞き取れるかということを確かめたかったので。

題して、最も残念なインタビュー第1位。

お話を伺ったのは、北海道で有名な画家の先生でした。それこそ、大御所という…。
インタビューの時は、当然、事前にその方のプロフィールから作品から、過去に世に出たインタビュー記事まで、可能な限りの資料に目を通して、自分が書きたいテーマや、クライアントに求められてるテーマを整え、仮にではあるけど原稿の流れをある程度想定して、それに即した質問内容をまとめ…という準備をします。
で、その先生のインタビュー前、過去の出版物などに目を通してる段階で、私は、どれも同じことしか書いてない&上っ面しかなぞってなくて掘り下げが足りない!ということに気づき、全然面白くない…と思ったのでした。
そこで、自分なりに、先生の作品を見て感じたことを話してみようとか、いろんなところに判で押したように載ってる、その同じテーマについて、もっと掘り下げて訊いてみようとか、意欲満々でインタビューに出かけました。

そして、途中でわかってきたことは、先生のお話は切れ目がなくて、なかなかこちらから切り込むスキがないこと、また、その淀みのなさは、まさにいつも同じことを落語のようにお話しになってるからであり、こちらがその話に流されてる限り、みんな同じインタビュー記事にならざるを得ないのだということ。
しかし、それじゃあ、あらたな記事を書く意味がない。
先生が気の済むまで話すのを待ち、先生がこれでよしと思ってるらしいそのあとから、質問をし始めました。
すでにそこまででいいだけ話してきた先生は、最初少し驚いて、「いや、だからね、…」と、さっき十分話しただろうという感じでめんどくさそうに同じことを繰り返そうとしました。こっちの飲み込みが悪いと思ったのかも。
しょうがないので、先生の話したことを少し引用して、「○○○○とおっしゃってましたが、それは■■■■?」と突っ込んでいこうとして話を向けると、明らかに、先生はご立腹モードに入られたようでした。
こっちの言ったことを黙って書いてりゃいいんだよ。というふうには言わないまでも、そういうお考えであることが、はっきりわかりました。
なるほど、それで、みんなああいう記事にしかならないのね…と。
言葉を変えたりして、こちらも多少抵抗して、少しは質問をさせていただいたのだけど、最後はまた、先生が別の話を持ち出して淀みなく延々と話し始め、締めをつけたところで、コーヒーでも飲んでるのか、談笑っぽい感じになって、ほどなくインタビューのテープは終わってました(あきらめたと見える)。

その一部始終を聞きながら、当時の歯がゆい思いや、この先生のことがあまり好きではなくなったことなどなどを思い出しました。ちょっと不本意な記事にしかならなかったことも。

実は、絵のテーマの裏に、あちこちで語っていた以上の深いモノなんてなかったのか、それとも、口下手であれ以上のことが言葉では表現できなかったのか、あるいは、画家自らが言葉にするのでなく、絵からそれぞれが感じ取ってくれればそれでいいという考えだったのか、結局はわからないまま。

その先生は、今はもう亡くなられました。。。

思えば、当時、いろんな人をインタビューしたのでした。
新進気鋭の造形作家とか、デザインの大先生とか、作曲家とか建築家etc.芸術愛好家ということで、某国の領事の方もいた。
今考えると、こちらが縮み上がってしまうような世界的大指揮者(故人)の方のインタビューも、もうちょっとでするとこでした。仕事だったので、当時はひるんではいなかったけど、スタンバイ状態でずーっと待たされていたのを思い出す。秘書とか付き人の方々がせわしなく行き来していた。大指揮者の先生は、体調が悪かったのだ。結局、インタビューは取りやめになって、それきりになった。残念。
急きょ、周辺取材でお茶を濁すことになったのだが、出来上がったものには、先生の事務所からていねいなお褒めの言葉を綴った英語の文書をいただきました。本当は、印刷のミスで写真が裏焼き(オーケストラが全員左利き!)になっていたのだけど、気づかなかったのか、気づかないフリをしてくれたのか。。。

後に私自身が大ファンになったあるダンサーも、若手の時にインタビューの申し入れをしたのだけど、これは、間に立つ人がNGを出してきました。その人が勝手に彼の人格を気に入らなかったようで、インタビューしても手に負えないからやめましょう、みたいなことで。ずいぶんあとになって、何となく言ってた意味がわかったけど、でも、手に負えなくてもいいから、これは本当にやっておきたかったと悔やまれてならない。今では、どうやっても近づけそうもない存在になってしまったから。

しかし、こうして振り返ってみると、お話を伺った方々は、大方はいい方ばかりだったのでした。すばらしい作品を生み出す方は人格もすばらしいのだと素直に思い込めるような。
素敵な経験をさせていただいたこと、そして、貴重なお話を聞かせていただいたことや芸術をもっともっと好きにならせていただいたことに、本当に感謝したいです。
何人かの方は、故人となってしまいました。心からご冥福をお祈りします。


そんな中に、さっきの話が、ワーストと言うより、ただ一つの残念な一件としてあるわけなのだけど。。。

インタビューテープを、ン年ぶりに聞き返して、そのバックに、ずっと有線らしい映画音楽が流れていることに気づきました。名曲ばかり。
そういえば、音楽が流れてた記憶は何となくあるものの、その時は、いつ先生の話に切り込もうか、なんて切り込もうか、そんなことばかり考えていて、あ、好きな曲だ…みたいに聞いてる余裕なぞはなかったかもしれない(先生の話も切れ目がなくて息が抜けなかったし!)。
音楽が聞けるくらい、もうちょっとこちらもゆったり構えられたら、もっとうまくお話を引き出すことができたのか。それとも、こちらの若い風貌だけで、百戦錬磨の先生にはやはりいいように丸められて終わりだったか、それはわからない。

とにかく、あの場には、聞く方、話す方、双方が融け合うような幸せな瞬間は訪れなかった。それがすごく残念です。(2号)


2010年04月24日

on 植村花菜「トイレの神様」

トイレの神様。

天気はいいけど、寒い…2号です。
もうこの話題はやめようと思っても、やはり天気の話は不滅だ。。。

今、「トイレの神様」という歌が好評のよう。
何度かラジオで聞きました。
そして、驚いたのは、これを作って歌ってる人も、これを聞いてラジオ番組に反応して来たリスナーもそうだったのだけど、「トイレに神様がいる」というような伝承(?)は、自分の家だけで言われていたことだと思っていたという人が多いってことです。
私は、夜に爪を切ると親の死に目に会えないとか、夜口笛を吹くとお化けが来るとか、その手の「注意事項」的なものと同じくらい、「トイレの神様」は普及してる話だと思ってました。もちろん、うちでも言われていたし。

ただし、このトイレの神様については、上記の言い伝え(?)のように、決まった言い方ではなく、個々の家や状況によってアレンジがされているようです。
たとえば、この歌に出て来るおばあちゃん(歌を作った人の実話)は、「トイレにはべっぴんの神様がいて、トイレをきれいにすると、べっぴんにしてくれる」みたいな言い方をしてたようだけど、よくあるのは、妊婦向けに言う「トイレ掃除を一生懸命すると美人(美男)の赤ちゃんが生まれる」ってヤツだろうと思います。

”夜爪”とか”夜口笛”とか、この手のは、そうするとダメな理由が別にあって、それをさせないための脅かしとして、子供だましなわかりやすい警告になってると思う。つまり、昔は明かりが十分でなかったので、夜に爪を切ると切り過ぎたりしてケガしやすいとか、爪の形が悪くなるとか、パチンパチンの音が夜には気味悪いとか、そういうことだろう。
口笛も、夜は気持ち悪いから、ってことだろう。本当に呼んじゃうかもしれないし。

トイレ掃除は、中腰とかしゃがんだりした状態で手を動かしてやるので、それが妊婦にちょうど良い運動になり、安産につながるということや、(美人な)赤ちゃん(を生む)のためと思って心を込めてやると、穏やかな気持ちになって胎児によい影響を与える(一種の胎教?)みたいなことがあるのだろう。あとは、下世話な話、胎児のいる位置とトイレは近いので、トイレが汚いと赤ちゃん的にもイヤだろうってこともあるかも。

妊婦に言う場合じゃない時は、トイレをいつもきれいにしてると幸せになるみたいな言い方が多いと思う。人間の生理的なことを処理する場所として、地域や時代によってはトイレは神聖な場所とされたこともあるみたいだし(汚いところを汚いと思わせないための知恵?)、排泄は人間の営みの基本の一つなので、そういう暮らしの根っこの部分はきれいにしておくべきということを、誰かに喜んでやらせるために、そんな言い方をするのでしょう。半分だましてるようなもんかも。

自分の家だけで言われてることかと思っていたと言う人が多いのは、もしかして、その家でトイレ掃除を担当させられる役回りの人が限られていて、その人にしか語られないことだから、かも。少なくとも、その家の夫や息子は、そんな話を聞かされることなんてないのが、今まではふつうだったと思われる。

でも、人の嫌がることを進んでするということは、やはり尊いことで、それは、トイレのじゃなくても、どこかの神様が見ていてくれるかも。そして、ご褒美として幸せをくれることはあるかもしれない。いずれにしても、それがどこであれ、きれいにしておくのは悪いことじゃないし、楽しい気分でできるなら、それに越したことはない。

かく言うわたくし2号。
これまで、さまざまなクジ運の悪さを何度もここで嘆いているのだけど、高校の時、2期もトイレ掃除が当たりました!
我が母校の放課後の掃除当番は、自分たちの教室のほかに、共有部分のどこか1カ所がクラスごとに割り当てられることになっていて、1年を2つか3つに分けた期間ごとに担当部分が改編されてたのでした。
私の(いた)クラスは、1年の時にトイレが1回当たり、そして、2年だったかクラスも変わってたのだけど、私はまたトイレが当たりました。たとえば、音楽室、なんてのが当たるクラスと、何という雲泥の差なのでしょう!!
私はこんなころから見事なクジ運を発揮していたってことなのか。クラスのみんなは、まさか私のクジ運のせいでトイレが当たったのだとは露知らずだったと思うけど。

当時は和式が主流で、かなりつらいものがあり、ある時なんぞは、穴ではなく、穴の脇、つまり床部分に立派なソレがのっそりと鎮座していたことがあり、その時はさすがに絶句しました。
先生に泣きついたら、先生は、掃除ブラシでソレを穴(つまり○器)に落としてくれたのだけど、みんな終始無言でした。。。(若干、涙目で)

一方で、手洗いの洗面台の、排水口の中に引っかかってる髪の毛まで取り除いてきれいにしていたということで、褒められたりもしてました。

結局、この2期にわたるトイレ掃除担当で、神様がご褒美をくれたかどうかは、よくわからない。現役で大学入試に落ちたことだけは覚えているが。。。一番の汚れ仕事を先生にやってもらったので、自分にはウンがつかなかったということかちら。。。(2号)
posted by 2号 at 20:46| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 流行・社会現象・ブームなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

on 追悼。

井上ひさしさんのこと。

晴れてるような曇ってるような空の下、2号です。
とうとう、今年は冷夏だっていうお告げ(?)を、テレビで聞いてしまいました。
だったら、キャミソールなんて着る機会ないのかも。。。そんな夏は、1993年以来だ。

さておき。
大変遅ればせながら、先日、井上ひさしさんが亡くなりました。

私は、人柄が好きでした。(遅筆なところも。。。)
何か少なくとも一つくらい読んだ気がしなくもないけれど、ナンだったか思い出せません。
逆に、読もう読もうと思って結局読んでない「吉里吉里人」が、読んでないのに印象的です。
一人の読者が、吉里吉里人を読破して、ふと時計を見ると作中の時間と同じで、そういえば、読み始めた時間帯も、たまたま作中、物語が始まる時間帯と同じだったのだけど、まさか、それはそう図って書いたんじゃないですよね!?ってお手紙を書いた。
それに答えて、井上さんは、日本人の標準的な読書スピードに合わせて、実際の読み進むペースと同じように作中の時間が経過するように書いたんだってことを明かした。っていうエピソードがあった。
それにビックリしたこと。そして、これは、実際に試してみるために、まとまった時間を取って読まないといけないと思った。自分は読書スピードが遅いってことにまだあまり気づいてなくて、そんな無謀なことを思ってしまったために、結局、読む機会(まとまった時間が取れる機会)がなかなかないまま、今まで来てしまったこと。
そんな、あれこれが思い出されます。

井上さん、あれは本当なんですか?
って、訊きたくても、もういません。
もしかして、読者にそう言われて、ついそう答えたってことはないんですか?
もしそうでも、井上さんなら許せるけど。

ドラマ「24」が始まって、「事件はリアルタイムで起こっている」(だっけ?)ことを知った時、私が真っ先に思い出したのが「吉里吉里人」だったことは言うまでもありません。

司馬遼太郎さんが亡くなった時、井上さんが語ったこと。
あれも、肌が泡立つくらい感じ入ったのを覚えています。
それは「この国のかたち」についての話で、私の記憶が確かなら、英語で憲法を表す単語(constitution?)は、日常的にほかの意味でも使われる普通の言葉と同じだけど、日本語の「憲法」は「憲法」しか指さない言葉で、そういう意味でも、日常と切り離されたよそ行きのシャッチョコばった言葉だ。それが、日本人が、自分たちの国をどうするのか、どうしたいのかという意識も含めてアイデンティティのよりどころが希薄であることとも一脈通じているかもしれない。
自分たちの国をどうするのか(「憲法」)という決めごとは、自分たちの立ち位置や立ち方をはっきりさせるための基本として、みんながしっかり日常的に意識の中で共有すべきもので、もっとわかりやすく親しみやすいものにすべきではないかという意味を込めて、司馬さんはその呼び名も「かたち」という易しい言葉にして、しかも平がなにしたんだ。そして、真に日本人のための憲法(この国のかたち)を作りたいというようなことを考えて、あの本を書いた。
そんなふうに、井上さんは話してたように思います。
それが、井上さんの解釈なのか、司馬さんご本人から聞いた話なのか、はたまた、「この国のかたち」を読めば書いてあることなのかは、全然わからないのだけど…とても素敵な話だなぁと思って、友だちにも話したりしてました。
そして、井上さんのそのお話を通して、司馬遼太郎さんのお名前は重々承知しながらもご本なぞ全然読んだこともない私が、「日本は惜しい人を亡くした!」と心から悼むに至ったのだった。。。

井上さんがいることは、日本の私にとって、とても安心なことでした。
なので、心細いです。あとを担う人が十分に出て来ないうちに、こういう方々が亡くなってしまうのは、ご本人の死を悲しむだけでは終わらない、心にとてつもない大きな空白ができたような気分になります。(読んでもいないのに司馬さん亡き後そうだったように…)

娘さんの会見によると、井上さんは、「作品を読んでいただくこと、劇場に足を運んでいただくことが幸せですと言って旅立った」そうです。これまた、井上さんらしい、飾らない素敵な言葉を残されたものです。

いつか、「吉里吉里人」を読みたいと思います。心からご冥福をお祈りいたします。(2号)

2010年04月22日

on 彫刻。

不毛地帯で桶屋が儲かる。

このところ、天気が悪い日が多過ぎる!2号です。
本当に、桜は咲くのだろうか?

とはいえ、一方で、最近いろんな興味深いことが起こって楽しい、というお話を。

かの、ドラマ「不毛地帯」は終わってしまったわけなのだけど、あの中で、ちさとさんが壱岐くんに言ったことの一つが、とても印象に残りました。
陶芸家のちさとさんの窯の調子が悪くなり、急きょ、東京から京都に帰らなくてはならないという状況で、壱岐くんが、そんなもんは明日帰ればいいだろうみたいに言ったのに対して、言葉は忘れたけど、「私の仕事を認めてくれてない」的なことをちさとさんが言う場面。
この時から、私の中で「女性の仕事」とか「女性の芸術家」とかいうことがいろいろ連想され始め、それは、高村光太郎夫人だった智恵子さんのことだったり、片岡珠子さんだったり、メキシコのフリーダ・カーロだったり、ロダンの弟子にして恋人(ミューズ?)であったカミーユ・クローデルだったりして…、最後に行き着いたのが、ある日本の女性彫刻家でした。

私は、その人に、北海道出身の大彫刻家の先生の、東京のお宅にインタビュー取材に伺った時に、お会いした、と思う。
こんな言い方をするのは、年月とともに記憶が違っちゃってるかもしれないからで、しかも、お会いしたというより、お見かけさせていただいた、程度の感じだったのだけど。
もっと言うと、そこに現れたのは別の人だった、という可能性もいささかなきにしも。。。
でも、そのインタビューの時、その女性彫刻家の名前が出たという記憶は間違いないと思われ、それは、まだ取材テープが残っているので聞けば確かめられるのだが、なにせ、2時間に及ぶテープなので、なかなか気軽には手を出せないでいます。

というわけで、その女性彫刻家の方のことを、このところずっと折々に思い出してました。あのインタビューのさなかに一瞬現れた女性は、果たして本当にそうだったのか?というのが一番気になっていることなのだけど、それだけでなく、あのインタビューは本当に楽しかったし、その時の東京珍道中も今はいい思い出だし、帰って来てからまとめた原稿の出来も満足いくもので評判も良かった、というわけで。

お話を伺った大先生の作品が、私は大好きで、その女性彫刻家の作風も大先生と似てる(という言い方は失礼なのかもしれないけれど、通じるものを感じる)と私は思うのです。だから、何となく、好きな彫刻家として意識していた時期があった。
でも、なにより忘れられないのは、私の中の勝手な(と、一応言っておく)記憶の中で、その方がインタビューのさなかにさっそうと現れ、そこらじゅうに放っていた「気配」なのです。それはあまりに鮮烈で、今でもミョーにくっきりと思い出せる。「気配」というのは、つまり、私は顔も見なければ、姿さえまともには見ていないということなのだ。でも、「先生〜」とさわやかな声で呼びかけながら風のように入って来て、何かを話しながら作品群の間に入り、チェックし、しばしの間作業をしていた、そのテキパキスルリと動く身の軽さと、しっかり者らしくかつさわやかな声と敬愛に満ちた話し方は、場の空気をその時だけまったく別のものにしていた。
それ以来、私の中で「女性芸術家」のイメージと言えば、最も親しみを持って思い浮かぶのは、視界の隅っこにかろうじて感じ取っただけの、あの時のその方のイメージということになったのでした。

あの時、大先生は、その女性のことをお弟子さんであると言ったか、預かっているというようなことを言った、と私は記憶している。
そして、くだんの女性彫刻家の名前がインタビューで出たということ。はたして、その二つが、私の記憶の中でいつの間にか勝手に合体していたという可能性もあるかもしれず、それでは事実と違うことを書いてしまうことになるので、ここでは、大先生の名前も女性彫刻家の名前も伏せさせていただきました。
ネットで調べてみても、その女性彫刻家が、その大先生に師事したという記述が見当たらなかったのもあり。でも、作品を見ると、やっぱりすごく通じるものがあるのだなぁ。

なんてことを、このところつらつらと時々考えていたら、先日、ちょっとビックリすることがありました。
つまり、ここまでは、前置き(?)なわけで。。。(長っ!!!)

ある格闘家の方のプロモーションVTRを見る機会があったのだけど、そこに、ずーっと彫刻が映っていたのです。そして、アップになる場面を見ると、どうもその作品は私の好きな大先生の作風に通じるものがあるように思えて、気になってしかたなく、何という作品なのか出演のご当人に訊いてもらいました。
すると、なんと!大先生の方ではなく、その女性彫刻家の作品じゃあ、ありませんか。。。

このところずっと思っていた人の作品が、突然目の前に現れた〜っ!

ビックリしたなんてもんじゃなく、フシギな気分に包まれてしまいました。
最近、こういうちょっとした面白いことがチラホラ起こっているわけだ。風が吹けば桶屋が儲かる的な?思いもよらない楽しい展開。

いろいろ具体的な名前を出せなかった代わりに、その作品のヒントだけ書かせていただきます。「川口駅」です。

最後になりますが、私の連想ゲームに、こんな楽しくもすばらしいオチを与えてくださった格闘家の方に感謝したいと思います。押忍。(2号)

2010年04月18日

on 宅配便のナゾ。

豆腐をめぐる、ミステリー。ー後編ー

北海道日本ハムファイターズもやっと勝ってよかった、2号です。昨日負けたら、本当にヤバかった、気持ち的にダメージ大き過ぎる。。。
ダルビッシュくん、1イニングに5失点なんて…半屋外球場で寒かったのかな〜。しかし、連打され、押し出し四球も与え…というダルビッシュくんを、おネエさんは静かに受け止めていました。WBCの時みたいに、顔面蒼白で腰がヌケたりしませんでした。おネエさんも、ダルビッシュくんとともに大人になっていってるのだよ。。。

さておき。
後編。

お豆腐は、はるばる関西から届けられました。
箱には「とうふ」という印刷された赤いラベルが貼ってありました。普通の人には用意できないような公式っぽいもの。

当地に行った時、美味しいお豆腐屋さんでも発見して、試しに購入して送ってくれたのか?
しかし、送り状の字は送り主のものではない。
通販などで買って、ギフト便のようにして送ったのか?
しかし、だったら、お店の名前や住所も書いてあるのでは?

お店で買って、その場で送り先と送り主の住所を伝えて送り状をお店の人に書いてもらって、梱包・発送もおまかせとしたのか…?
すると、送り状の字も、「とうふ」という公式っぽいラベルも説明がつく。

ただ、気になったのは、発送元住所には、今まで本人が住所を書く時には必ず省略されていたマンション名までがていねいに記してあったこと。
お店の人に住所告げる時に限って、わざわざマンション名を明かすだろうか??
お店に誰かと同行していて、メンドーだからと、同行者に住所を書いてもらったら、それが勝手知ったる同行者でマンション名まで入れたのか…?

とにかく、不思議な送り状だ。。。

そんなことを何秒かの間にグルグルと思いめぐらせながら、梱包を解いたらば、なんとビックリ!
関西から来てるはずが、中に入ってるのは静岡県産のお豆腐じゃあ、ありませんか!!
関西の店で、全国の旨い豆腐大会!!でもやってたのかちら。。。
それとも、やっぱり通販?
それとも、静岡に行って、そこから送った?いや、でも、宅配業者からの再配達の電話は、関西弁の人だった。
どうして静岡名産(?)が関西から??。。。

それに、もう一つの不思議発見。。。
お豆腐と豆乳のほかに、小さな箱入りのお茶が入っていたのでした。
これも、関連商品だろうか??
しかし、よく見ると、それは中国茶で、しかも中国語しか書かれていない。どう見ても関連商品ではなさそう。
いや、その前にさらに不思議なのは、そのお茶が、関西ではない、送り主の自宅近くの本屋さんのブックカバーで包んであるということ。まるで、さっきまで本にかかってたのを、引っぱがして使いました!みたいな、文庫本サイズの折り目がついたまま。

通販説、消える。
お店で発送してもらった説、要再検証。
関西の宿泊先から自分で発送説、最有力に?

お店でその場で発送頼んだとして、まさか、梱包の一部始終に立ち合って、お茶を、これもいっしょに入れてもらえまっか〜と依頼?? あ、この本のカバー、よかったら使いまっか〜とかなんとか言って?
そんなん、お店と親し過ぎる。。。

やはり、購入して宿泊先に持ち帰り、梱包から発送まで自分で、となる。。。
送り状を誰が書いたかの問題は残るけど。
それと「とうふ」ラベルの問題もあるけど、当地ではその店関連の発送数が多くて、そういうものが宅配業者に用意してあるってことなのかちら。
それにしても、箱もジャストサイズ過ぎるし、梱包材や間仕切りもサイズがピッタリで、専用っぽい。こんなの宿泊先で自分で用意できるだろうか。発送用の梱包セットまで、お店からもらって来たのだろうか。えらくサービスの行き届いた店だなぁ。。。

宿泊先でたまたま中国茶を持ち合わせていた??っていうのも、ちょっとナゾめいている。本からはずしたブックカバーで包むっていうのは、泊まり先で即席っていう感じがしてうなずけるのだが。

というわけで、
1.そもそも、なぜお豆腐が私に送られることになったのか?
2.なぜ、静岡産のものを関西から?
3.なぜ、自宅近くの本屋さんのカバーで包んだお茶が入ってたのか(どうやって入れたのか)
4.そのお茶はどこから?
5.送り状のナゾ

以上のようにまとめると、一番ポイントとなるナゾは、送り状を書いたのは誰か。その状況が明らかになれば、すべてのナゾが解けるはず。とみた。

というわけで、届いた中身を美味しくいただきながら、最初からすべてを解明すべく欲張ってはいけないと思い、順を追って一つずつ本人に問い合わせ、判明したのは。。。

まず、お豆腐は、仕事で知り合った関係で、ぜひ実際に食してみてくださいとのことで静岡の工場から送られることになったものであり、一人で食べきれないかもしれないので、自宅ではなく関西の実家に送ってもらうことにしたらしい。
そこで梱包し直して、以前買ってあったお茶も入れて、送り状はお身内の方が書いてくれた。

…話はカンタンだった。
私の妄想の中に、最初から「現地のお店」というのがあったせいで、話がややこしくなっていただけだった。。。
まあ、実家に送ってもらったというところは、どう逆立ちしても思いつかないけれど。

しかし、まったくワケがわからなかった時は、超ミステリアスでとっても面白かった〜。美味しい楽しいで、大変けっこうなお届けものでした。。。(2号)

2010年04月17日

on お豆腐。

豆腐をめぐる、ミステリー。ー前編ー

ストーブの連続点火時間に差はあるものの、真冬と同じものを着てます、2号です。
今朝のテレビで、今年は2005年と似ているので、初夏に集中豪雨があったり、冬がキビしかったりする(←ここ、注意)可能性があるって言ってました。
っていうか、今まだ、この冬がキビしかったと思ってる最中で、キビしさがまだ続いてる気分なんですけど、このあと、11月くらいから始まる冬がまたキビしいっちゅう話ですか??
まったく、夢も希望もないこと言いますな。。。

さておき。
先日、とっても美味しいお豆腐をいただきました!

その名も、『まるごと富士山 十割豆腐(とわりとうふ)』。

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静岡県は富士山のふもと生まれ。
なんでも、国産の安心安全な大豆を丸ごと使った「十割豆腐」というものらしく、つまり、製造工程でオカラが出ない=豆の栄養が全部入ってる!!というすぐれものです。
っていうか、今まで、お豆の製品はイソフラボンが摂れるから女性におすすめとか言われてその気になっていたのだが…
↓こちらの製品のサイトによると
http://fujisan-tofu.jp/knowhow/index.html
なヌっ!?
イソフラボンなんて、一般的なお豆腐には入ってないやん!!

うちのには入ってますよ!!と反論なさるお豆腐屋さんもいるかもしれないけど、オカラを出してる限り、その量は推して測るべし。
とにかく「まるごと富士山」は、オカラの方の栄養も全部豆腐に入ってるっていうことで、ぶっちぎりの栄養価であることは間違いないでしょう。

いや、理屈はいいんです。
そのせいかどうか、とにかく美味しい。これが大事。
わたくし2号、節約生活してるので、お豆腐も、スーパーが安い日に一番安くなってるお豆腐を週に1個だけ買います。絹ごしが多いのだけど、あれって…説明難しいが、いわゆる豆腐っぽいですよね〜。
一方、「まるごと富士山」は、舌触りがムースと絹ごし豆腐の中間な感じなのです。トロッとまではいかないけど、そんな感じがするくらい、とにかくなめらか!柔らかい!!
いや、お豆腐ってのはどれも柔らかいもんなのだが、柔らかさの質が違うっていうのかな〜。普通のお豆腐はもろいって感じの柔らかさだけど、これはふんわりな感じなのですよ…。
味も、濃厚。しつこくないけど、濃い。
湯豆腐も試そうと思っていたのに、まずはナマでお味拝見…と一口食べた時の舌触りと味にあまりに感動したために、そのままサラダにして食べ、それが毎日続けて食べたいと思うデキだったので(ドレッシングがよく馴染む!)、とうとう4パック全部サラダで食べてしまいました。芸がないけど、間違いない。

いっしょに、『まるごと富士山 十割豆乳(とわりとうにゅう)』っていうのもいただき、これまた、イソフラボンを信じて豆乳を飲み続けてるわたくし2号としては、ありがたく飲ませていただいたわけなのだが、正真正銘イソフラボンが入ってるわけですよ。。。
まるごと大豆入っていても、いや、入っているからなのか、全然クセがなくて、これこそトロトロ感が心地よくて、やっぱり美味しかったです。

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いつもの豆乳は、パックに入ってるので中がどうなってるかわからないけど、これはペットボトルに入っていたので、動かさないでおくと成分が固まってくっついているのが見えるのです。これが、栄養たっぷりな固まりなのかちら。。。って感じで、もしかして、この固まりってお豆腐ができてるの??と思いつつも、栄養栄養…とボトルを振ってその固まりを全部とかして、余さずいただきました。
いつもは、豆乳はそのまま飲まず、紅茶、コーヒー、ココアのベースにすることが多いのだけど、「まるごと富士山 十割豆乳」はココアとの相性がバツグンでした。

しかし。。。
ふだん節約してお安いお豆腐を食しているわたくしとしては、お値段が2倍以上、ヘタすると3倍くらいのお豆腐は日常的にはムリ。だけど、お客さんが来るとか、今日は奮発しようとか、そういう時にはまたぜひサラダで食べたい!!
あの味が忘れられないです。。。

どうも、そのへんのスーパーには売ってないとのことらしいのだが、それもかなり残念。通販は今お休み中みたいだけど、もし通販で買うとしたら、逆に値段が張らない商品なので、本体よりクールの送料の方が高い!となってしまうかも。重いし。それはキビしいかな〜と思うところ。見合うだけ大量に買っても、賞味期限もあることだし、共同購入か?
あとは、工場の近くに引っ越して、こっそり裏口から売ってもらうか。。。

っていうか、ぜひとも、スーパーに置いてください!!
(製法的に、大量生産できないのかな?)

最後に、このお豆腐を送ってくれた人。あなたは神。。。
おかげさまで、食費が浮いただけでなく、幸せなお豆腐生活を1週間送れました。今度、お賽銭を奮発させていただきます。。。(2号)

※ミステリー篇は後編へ。
posted by 2号 at 16:39| ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 食・グルメ・料理・レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

on 日清vsマルちゃん。

カップ麺の、極意。

ただいまお留守番を頼まれて、遊んでます、2号です。
この数日は本当に寒くて、今日は昨日の2倍の気温ながら、このところのお仕事パニックでやつれた体がついていけてません。。。

さて、このわたくしの(たったの)ン十年の人生の中で、カップ麺の話題で「いやー実はボクも〜」「オレもなんっすよ〜」と、ミョーに盛り上がるのを目撃したのは3回ほどだけど、それがいずれも「ど○兵衛」と来てる。
この、かなり高い確率から、「男子陣は「ど○兵衛」がお好き」と、私の中で相場は決まっている。。。

最初は、中学の社会だったかの授業中に、男の先生がいきなり、「「ど○兵衛」、アレはウマイ…」と言った。
その時、普段は先生の言うことなんて、なんだかんだ理由を付けてはバカにしたりするようなクラスの男子陣が、素直に顔をほころばせて内心激しく同意しているのを、私は見逃さなかった。

それから、大人になってからの飲み会で、1回。毎日全食「ど○兵衛」でいいと言って盛り上がっていた。実際そうなったら、ゼッタイ飽きると思うのだが、飽きないと豪語していた。

んで、ついこの前、30代半ばと30くらいの男子が意気投合。
これまでに、ひそかにいろんな味があったらしく、一人は、全部試したけどどーのこーのとかなりマニアックに語っていて、もう片方が、真剣に食いついていた。

たぶん、ほかのカップ麺もみんな好んで食べてると思うのだけど、「とっておきの話題」として持ち出されるような場合や、まるでカミングアウトするかのような感覚でどんなに好きかを熱弁するような場合、それは「ど○兵衛」であることが多い。っていうか、ほかの銘柄のがそういうふうに語られる場面を見たことがないのです。
で、ついでに言うと、この話題を振るのが必ず男子で、激しく同意してるのも男子なのです。

さておき。
ここで、女子代表としてわたくし2号がカップ麺について語るとしたら、好きなのはいろいろあるけど、マ○ちゃんの「や○そば弁当」とならざるを得ない。カップの焼きそばと言えば、わたくしはほとんどこれしか食べません。ほかのを食べたこともなくはないけど、それらは結局は試食に終わり、「や○そば弁当」にかなわないことが確認されたに過ぎません。
ウワサによると、これは北海道限定商品か何からしく、それを知った時、これを食べられない地域の方がいるなんて…と、マジで哀れんだものです(最近は、タカトシがCM出演)。

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ジャンク極まりない焼かない焼きそば麺に、小さなキャベツ片とよくわからないモヤモヤした具。それに、オーソドックスな味わいのソースと、紅ショウガらしき味のするピンクの断片の混ざった青のり。ソースは混ぜ方を気遣わなくていいほどたっぷりで、おざなりに混ぜてもマンベンなく行き渡る量となっている。
そして、万事、ここまでで十分なのだが、さらにわたくしの心をわしづかみにする、まさに決め手と言ってもいいのは、オマケについてる「中華スープ」。これがただのスープではない。なんと、それは焼きそば麺を湯切りする時の、そのお湯を注がなくてはいけないのです。なんて、エコなんでしょう!!

ある時、と言っても、たったの1回だけだけど、私は大失敗して、間違って湯切りの湯を流しに捨ててしまったことがありました。かなり落ち込みながら、しかたなく普通のお湯を注いだら!そのスープは、あまりに淡白で物足りない、まったく別の味になってしまいました。
っちゅうことは、あの焼きそば麺をふやかしてる間に、麺からスープを美味しくする何か魔法のエキスが溶け出すということにほかなりません!
なんて、よくできた商品でしょう。。。

ガツンと来るソースの塩気、そして、必ず全部飲み干さずにいられない絶品スープ。どんなに塩分取り過ぎな組み合わせであろうとも、この二つはセットでなくてはならないのです!!

しかし、どんなにエコであろうとも、どんなによくできていようとも、やはり塩分取り過ぎで、しかもジャンクであることは見過ごせないので、上記の「ど○兵衛」男子のように、しょっちゅうは食べません。すると、忘れたころに、ムショーに、押さえきれないほどの衝動で、必ず食べたくなる瞬間がやってくる。これは、ほかのカップ麺(焼きそば以外)には見られない現象です。これを食べたい時は、これしか食べたくないのです。ほかのカップ麺(焼きそば以外)を食べる時は、なんかインスタントな味がほしいなぁ…みたいな感覚で、銘柄限定とはならないのが普通です、わたくしの場合。

最後に、そんな「や○そば弁当」の思い出。
社会人になりたてのころ、ある日の残業のお供に、わたくしは「や○そば弁当」を選びました。
そして、麺の上にカヤクをあけ、ポットのお湯を注ごうとしたその瞬間、男子の先輩から「ちょっと待ったぁ〜っ!」がかかりました。
ビックリして振り向くと、それではアマチュアだ!と先輩のお怒りが。麺の上にカヤクをあけるなんざ、オレが許さん!と、先輩は、私から容器を取り上げ、麺を手で取り出し、上のカヤクをバラバラと容器の中に落とし、再び、麺を戻した。
「ね、こうすると、湯切りする時にカヤクがフタの裏にくっつかないから、それを箸で取るひと手間が省けるし、カヤクがまんべんなくふやけていいんだよ〜。これが、「や○そば弁当」のプロのテクニックだから、覚えとくように」
とのことだった。。。
私がえらく感動し、その先輩を尊敬するようになったのは言うまでもない。

あれからンン年。
時とともに容器が進化し、湯切りし終わるまではフタが全開にならないシステムになってしまいました。
先輩のプロのテクニックが。。。
すっかり会わなくなってしまった先輩が、プロとして今はどんなふうに「や○そば弁当」を調理しているのか。
先輩、ぜひともお伺いしとうございます。。。(2号)
posted by 2号 at 14:17| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 食・グルメ・料理・レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

on 愛と哀しみの宅”急”便。

生ものは、強し。。。

窓からの日差しでとろけそうな…2号です。
春もうららです。。。

さて。火曜のこと。
大雨の中、北海道日本ハムファイターズの負け試合から22時半に帰宅すると、某動物をキャラクターにした、というか、社名にした宅配会社の不在通知が入ってました。
いつ受け取れるか思案しつつ、すぐに連絡せずにいたら、翌朝、携帯に知らない不思議な番号から不在着信。
数時間後にまた来て、結局それは宅配会社からの電話だったのだけど、バリバリの関西弁のお姉さんだったので、新種の携帯番号じゃなくて、不思議な番号は関西の市外局番だったのか…と。

そして、お姉さんは、こちらの都合はそっちのけで「生ものなので、今日配達したい」と、半ば強引におっしゃった。メチャメチャ急ぎたいようだ。。。

だったら、夜の一番遅い時間帯で、と頼むと、それは20〜21時とのこと。
21時までに家に戻れるかなぁ…と躊躇してつぶやいてると、「またいなかったら、不在入れておきますから」と。
そんなんで、いいのか!?って思ったけど、ま、いいかと話を終える。

で、この話の流れから、当然21時ぎりぎりくらいに来てくれるものと勝手に思い、用事やら仕事やら所用を大急ぎで片付けながら、でも待てよ、万一手違いから20時に来てしまったら結局受け取れなくて、明日また関西の宅配会社から電話が来るかもしれない…ということに思いあたり、ちょっと焦り始める。しかも、あと一仕事で帰途につけるという段階で、送るよう頼まれたデータの容量がデカ過ぎてもうひと手間ふた手間かかる…ということになってしまい、それじゃあ21時ぎりぎりも危うい…と判断し、データのやり取りは明日に回してもらって、ダッシュで帰途につく。
電車降りたら5分前だったので、そこからもダッシュだ。。。

そして、20時。家の近くまで来たので歩を緩め、あと角を一つ曲がったら拝宅が見える…というところで、向こうからトラックがやって来た。(気のせいか、運転手と目が合ったような…)
あれだけ21時まで帰れるかわからないと言ったのに、まさかピッタリ20時に来るか!?といぶかって見てると、ウインカーを出して拝宅方向へ左折。
あれほどの熱意で今日渡したいと思ってくれるなら、21時ころ来るもんじゃないのか!?と思いつつ目で追うと、果たして拝宅前でぴたりと動かなくなった。しかも、誰も降りて来ない。
おそるおそる玄関に近づくと、トラックからダッと人が降りて来て、背後から「すみません。○○号室ですか?」と声がかかる。(私は○○号室なのではなく、そこの住人なのだが…)
やはりそうだった。。。

「今、お荷物渡していいですか?」
「いかにも」(そらそうよ。。。)

ということで、引き返して荷物を持って来た運ちゃんは、私のサインと引き換えに荷物を手渡し、ものすごい大役を果たしたかのような晴れやかな顔して去って行った。。。
っていうか、21時に来てくれたらよかったのに。。。

っていうか、私が現れるまでけっこう間があったと思うのだが、どうして誰も車から降りなかったのか。トラックと相見えた時に、目が合ったと思ったのは気のせいでなく、それが私だと確信して待っていたのか?それとも、窓が暗かったから、帰ってくるまで待とうと思っていたのか。

しかし、最大のナゾは…
なぜ、再配達の確認の電話が、発送元の地域から来てるのか!?ってこと。
単に、コールセンターが偶然関西にあるってだけのことなのかちら。

このほかにも、いろんなナゾに包まれた宅急便騒動ではあるのだけれど、いただいたものは大変美味しゅうございました。ごちそうさまでした。。。(2号)


※今日のつぶやきは…

http://miha27towitter.seesaa.net/archives/20100408-1.html
posted by 2号 at 14:56| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ふとした出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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