2010年08月23日

on 偏食。

愛と哀しみのネギ類。

久々のまとまった雨に打たれる、2号です。
この雨が秋を連れてくるのでしょうか。もうちょっと待ってほしい。。。

以前、子供のころ、痩せていたという話を書きました。父も、生きてた時点(38歳くらい?)までは痩せていたし、母も、若いころ&トシ取ってからは痩せ。なので、家系的なものがあるかもしれない。だけど、あるいは今日記録しておこうと思うこともちょっとは関係してるのかもしれない。

私は、あることに気づくまで、食事というものに楽しみを見出せなかった。

そのあることとは、
私はタマネギが大キライ!!
という事実。

気づいたのは、ずいぶん大きくなってからだった。

キライなもの、食べられないものって、ふつうは物心ついたころにすでに自覚もあって、親との攻防戦が展開されているものだろうけど、物心ついた時に私が自覚していたのは、にんじんが「あまり」好きじゃない(けど、ガマンすれば食べられる)ということと、肉の脂身を口にしただけでオエッとなるということだけ。

10歳前後まではアレルギーで牛乳など乳製品が禁止されてたので、家では一度もシチューなどを食べたことがなく、給食のシチューに慣れるまでかなりの時間がかかったのだけど、それがダメだった原因の大部分も脂身7:赤身3という感じの肉にあったと思う。そういうことは、何となく子供ながらにわかっていた。

あとは、ケーキを食べると頭が痛くなる(クリームがついてるから)というのもあって、これは前にも書いた。

そして、振り返ってみれば、もっと大きな問題とも言えるのだけど、食事をおいしいと思って楽しんだことがあまりなかった。食事というものに興味もなく、かなり小食な子供だった。母の名誉のために言えば、決して料理が下手なわけではなかった。むしろ上手かったと思う。

給食が地獄の時間だったので、食事というものとの確執にはますます拍車がかかっていた。給食は、上記シチュー以外にも、食材の好き嫌いというより味付けが受け付けられないメニューが多かったのだとも思う。

唯一大好きだったのは、スパゲティのミートソース。子供はケチャップ味が好きという一般論を超えるほど、深く好きだった。なにせ、甘口カレーもオエッとなる子供だったので、単純にケチャップ味好きという嗜好ではなかったはず。これは大人になってもかなり尾を引いていて、最初に料理を覚える時にトマトソースから入ったほど。そういえば、トマト自体が好きで、子供のころもよく食べていた。

もちろん、日常的にはほかにも普通においしいと思って食べていたメニューもあったのだと思う。でも、おいしいと感じない瞬間の方が圧倒的に多く、それによる影響を負の形であまりにいろいろと大きく受けたので、すべてがおいしくなかったような印象になってしまっているのでしょう。

で、タマネギである。

食事ギライについてこんなに語れるほど子供のころにいろいろ感じていたにもかかわらず、かくも長い間そのことに気づかなかったのはなぜか。

それは、タマネギは常に脇役、目立たないからなのだった。

たとえば、にんじんだったら色も鮮やかだし、煮崩れないし、時として大きく使われる(煮物など)。でも、タマネギは、時にはその跡形すら溶けて消えているのだ。そのくせ、何にでも入っている、と言っても過言ではない。
「何にでも入っている」。ここが問題だった。
何にでも入っているから、実はタマネギ嫌いだった私は、いきおい「食事全般がおいしく感じられない」ということになってしまっていたのだった。

今でもよく覚えているのだけど、ある日の食事の時に、いつにもまして「おいしくない」と感じ、「あー、もぅっ!」と思った。まるで、それまでの人生で食事から受け続けたすべてのストレスが一気に噴出したかのようなイライラ感だった。
そして、皿の上の、忘れもしない野菜炒めを見る。ふと、その端っこにニョロッとはみ出しているタマネギを箸でつかんでよけてみた。なぜか、無性にそうしてみたくなったから。
タマネギがなくなった部分を食べてみると、先ほどまでのイライラ感がずいぶんと緩和された。
なにか、ものすごいひらめきを感じた。
いかんせん野菜炒めなので、調理段階でタマネギの味はすでに全体に回ってしまってはいるのだけど、「これ、ずっとキライだった」(現在完了進行形?)とはっきり自覚できたのがこの時。もう、高校生くらいになっていた気がする。

次に野菜炒めを作る時、母に頼んで、タマネギを入れないで作ってもらった。ダンゼン美味しい!
母に言わせるとひと味足りない、ということらしかった。確かにそうなんだろう。でも、タマネギ嫌いの私にすれば、料理として、食事として、相対的という以上に、絶対的に美味しかった。

それから、すべての料理で、タマネギ、ついでにキライと判明した長ネギ(タマネギ以上に脇役)などを入れないでもらった。
こうして、かくも長きにわたる私の食事冷戦は、終結したのだった。
私は、やっと人並みに食事を楽しむことができるようになった。

大学の学食では、私の「ネギの土手上げ」というワザが有名になった。これは、貧乏学生だったので、よく120円のかけうどんを食べていたのだけど、私がその中に入っている長ネギを器の縁にせっせと引き上げていたのを見て、同級生たちが命名したもの。みんな、その器用さに感心しつつも、執拗なまでの細かさに、そのメニュー自体を食べない方がマシでは?とか、味がなくなるとか言ったもんだ。とんでもない、私にとっては100倍おいしく食べるためのワザなので、その手間は何の苦にもならなかった。
それも、その後、「ネギヌキで」とオーダーするワザに取って代わられ、名人芸が消えたと残念がられたのだが。

大人になってからも10年くらいはそのままだったろうか。なじみの喫茶店やおそば屋でも、私の「ネギヌキスペシャル」が通ったりしていた。

しかし、さらに大人になったある日、ふと気づくと、自分でも食べられるタマネギ長ネギ料理もなくはない、という状態になっていた。
それでもケースバイケースだったし、何かあってはメンドーなので、かたくなに「キライ」と言い続けてはいたのだけど、自ら料理をするようになってから、どうすれば自分が苦にせず美味しく食べられるかを研究した(基本、これでもかというくらい火を通す)。
そして、タマネギ長ネギの、優秀ゆえの名脇役ぶりも理解できるようになり、今に至っておる。
あの、入れないとひと味足りないと皆さんが言っていた感覚を、わたくしも体得したわけだ。

ところが。
話はここで終わらない。
比較的近年のある日、ラジオで読まれていた投書に、私はハタと色めき立った。
それは、「私はタマネギが大好きなんですけど、どうやら、食べると下痢をするようなんです」というもの。

実は、トマトソースのスパゲティを食べると、何となくお腹が緩くなる感じがしていた。下痢というほどのものじゃないので、麺をアルデンテにし過ぎたのかなぁくらいに思って、あまり気にしていなかったけど。
私の作るトマトソースは、クタクタに炒め込んだタマネギを比較的たくさん入れる。なので、ラジオで読まれていた人みたいにタマネギでそうなる例があるのなら、もしかすると、私のプチ下痢も、アルデンテのせいでなく、タマネギがあまり体質に合っていないということなのかも。
だとすると、子供のころからタマネギを受け付けなかったというのは、私の本能がそうさせていたのかも。

つまり、これは、本能おそるべしという、思いがけない結論となる話なのでした。。。

今は、ナマのタマネギ、軽く焼いただけのタマネギ(焼き鳥の間に挟まってるようなヤツ)を避ければ、だいたい大丈夫(でも、人が調理したタマネギはどれくらい火が通ってるかとかわからないせいか、警戒心が働いてしまい、あまり積極的には摂取しない)。ナマでも、酢でいいだけシメられていればおいしくいただける場合も。
この傾向は、ネギ類の後味がとても苦手(後味が消えるまではずっと不快な気分でいなくてはならない)なせいかも。
長ネギも、おそばなどにナマで入れるのはあまりよしとしない。自分で作る時は、汁を作る時に煮込んでしまう。
そして、タマネギでも長ネギでも、大量過ぎると、その見た目だけで食べられない。

まことにメンドくさい食生活を送ってるようにみえるが、これでも自分では、ずいぶんと大人になったものだなぁと感慨深く思うところなのです。(2号)


posted by 2号 at 13:16| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食・グルメ・料理・レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

on あの人は今。

倉○まり子をおすすめします。。。

晴れわたる青い空、日中は30度を超えるも、室内は風も通って快適…2号です。

ちょっと前の話だけど、今まで有名人で誰に似てると言われたことがあるかという話を知人としてたのだけど、(それを全部ここに書くとシバかれそうなので書かないけど)一つだけ、もう時効だから書いてもいいか…と思われるのが、倉田まり子です。

学校時代にものすごく言われて、確かに、当時は自分でも似てると思った。

そしてやっぱり、今は全然似てない(当時の倉田まり子に)。
というのも、当時似てると自分や周りが思ったのも、ある特定のショットに限定されていたように思うから。あか抜けない少女みたいな素朴な感じで写っているヤツ。
ばっちりメイクして照明バリバリでポーズもキメキメみたいなショットには、当然ながら、あどけない少女の面影を残していたあのころのわたくしが似ようはずもない。

でも、そんなこと、その時はわからなかった。
今にしてこんな詳しい(?)話ができるのも、たまたまこの話をした知人は倉田まり子を知っていたけど、もしかして多くの人は倉田まり子なんて知らないんじゃないだろうかと後からふと思って、ググってみたからで、驚くなかれ(っていうか、驚いたのは私だけか…)、この情報化社会においては、当時でさえまったく目に触れたことのなかったような幾多の倉田まり子の写真がアップされているじゃあ、ありませんか!!それを次々と見て、この写真とは似てたけど、この写真とは全然似てない…と、限定的な似方であったことが、今さらながらわかったというわけだ。

思えば、当時の私にとって、倉田まり子に似てるということは、美人とかきれいとか美形的にかわいいとかいうことであると思えなかったので、あまりうれしくなかった。つまり、自他ともに似てると思ったショットは、そういうショットではなかったから。
後々も、誰に似てるかという話になって、ほかにネタがなくて、気が向かないながらも人に言う時も、倉田まり子って知ってる?と、まずそこからおそるおそる入って、学校でよく言われたんだけど…と言うのだけど、倉田まり子を知ってる人も「あぁ〜」くらいの反応で、絶賛の言葉を返されたことはない、何ともビミョーな位置づけなのだ。

さておき、久しぶりにそんな話をして、ン年ぶりに倉田まり子の名前を地層の奥深くから発掘してからさらにしばらくして、あれから倉田まり子はどうなって、現在は何をやってるのか、そして、どんな風貌になってるのかが、突然気になった。

そこでまたググっとしてみると、なんと!
ーー当時はスキャンダルでアッという間に消えて(確かに、いつの間にかいなかった)、
その後は、またまたなんと!
ーー本名で、マナー等のカウンセラーみたいなことをなさっておる。ご健在だった。

しかも、ますます似ていない。。。(もちろん、向こうの方がおきれいで。。。)

前置きは以上(長っ!)。
で、何が言いたいかと言うと、このように数回ググってしまったせいなのかどうか、昨日になって突然アマゾンからメールが来て、「次のような商品はいかがでしょうか」とあって、見るとズラーーーッと見事に倉田まり子のなんやらかんやらがラインナップされているじゃあ、ありませんか。

おそるべし。。。

これが情報化社会なのね。。。

ン年ぶりに発掘した倉田まり子の亡霊と(いや、生きてご健在なのだが)、ネットのマーケティング(行動ターゲティングってヤツ?)の粘っこい感じ。
思いがけず、いろいろ考えさせられました。

日常どうでもいいことは、あえて極力ネットで調べるとかしないようにしてるので、今までこういうことがなかっただけなのか??このアマゾンのメールにちょっとゾッとする私って、時代に乗り遅れてるのかちら。
今日、こんなサイトを紹介してもらって興味深く見たのだけど、
http://wslash.com/?p=2758
いいことも悪いことも何もかもが加速してる世の中、いったいどこへ行き着くんだろう?人々(もちろん自分を含む!)が幸せになるんだったらいいけど。。。(2号)

2010年08月15日

on ダルビッシュくん。

エースの心の中。

今日は北海道日本ハムファイターズ、何とか勝ちました、2号です。
浮上できそうでできない状態が続く。。。

そんな中、絶対的エースのダルビッシュくんも、今季は打たれるし普通に負けるしで、去年までとどこか違う。

今季限りで日本球界からメジャーへ去るっていうウワサを誰も否定しないので、それが本当なら、今季の状態は、いくつかの理由とともに語られる「メジャー移籍の前年は投手は成績が落ちる」っていうヤツなのか?って思ったりもするのだが…

この前、ローカルの日ハム番組で、ダルビッシュくんの新しい魔球について、投げる意味があまりないって言っていた。もっと有効な変化球をいっぱい持ってるから。それに、新球は肘が下がった状態で投げてるので、これがストレートのフォームにも影響している。それじゃなくても、今季は変化球を意識するあまりかストレートのキレが落ちている。ストレートの良さがあっての変化球なので、ダルくんの今季の勝てない状態はそこから来ている、と。

直近の試合でも、ダルビッシュくんは6敗目を喫した。
梨田監督は「ストレートに頼り過ぎた」って言ったみたいだけど、ストレート主体でダメってことは、やはり今季はストレートに翳りが見えるってことなのだろうか??

チームもCSにさえ出られないかもしれないような成績で、ダルビッシュくん自身もナットクできない投球で勝てないことが多く、そんなんでメジャーに行っちゃっていいのだろうか?
自分的に心残りはないのか?
ダルくんが大好きだと言ってるチームメイトたちといっしょに、もう一度日本一にならなくていいのだろうか?
もしかして、今季、昨季のリーグ優勝チームと思えない成績で終わったら、新たなモチベーションが湧いて、移籍なんてしない!ってことにならないかなー。
それ以前に、日ハムがこれ以上ダルくんを保有できないほど価値=年俸が上がり過ぎてるってことがあるけど、今季の勝ち星が伸びなければ、年俸もそんなにアップしなくていいとかいうことになるかもしれないし。。。

とかなんとか、日々おネエさんはダルビッシュくんについて心を砕いているのだが、一方のダルビッシュくんは、この前の負けた試合のあとのTwitterで「今日やっと道がひらけた。 本当にこの先はあるのか?もうこの先、道はないんじゃないかと思ってた。 前が見える、目的地が見える。 また1からのスタートです。」と書いてる。
心が活気づいたとも書いてる。

これは、何を意味しているのだろう??

かつて誰かがメジャーに行く前に、日本でやることはもうすべてやってしまった。これ以上、日本にはモチベーションをキープできるような何ものもない。と言っていたけど、ダルくんもそうなっていたのだろうか?
もしかして、そういう意味もあって、試合に身が入らない自分を感じて、新球を開発したりすることで向上心をキープしていたような状況だったのだろうか。
そこへもってきて、あまりサクサクと勝てない状態が続いて、逆にそのおかげで新たな目標なりを見つけたってことなのだろうか?そのことは、メジャー移籍に何らかの影響を及ぼす部分があるのだろうか?

いずれにしても、有能すぎる人は、登山家みたいに、もっと高い山、もっと難しい山っていうふうに挑戦し続けていかないと、モチベーションが続かないのかもしれない。

そう思うと、ある程度で満ち足りて、むしろ穏やかにそのラインが続いていくことをよしとする凡人でよかったって、ちょっと思う。必ずしももっと高くない、同じくらいの高さの山でよくて、違う景色が見られるくらいの刺激があれば十分幸せって思えるもんなー。(2号)

2010年08月14日

on リモコン。

深夜の大騒動。

今日もステキな夏の日だ、2号です。
こういう夏は何年ぶりだろう??
ライジングサンロックフェスティバルも盛り上がってることでしょう。

と、油断していたら。。。

未知の世界へ連れ去られた4400人が現代の地球に戻された。
いったいこの今さらな話はナンだ!?と思いつつも、地球の行く末を見守らねばならないので、「4400未知からの生還者」をずっと見ているのだが。。。

ゆうべ、大仕事を終えて腹ペコのヘロヘロ状態で0時半に帰宅したわたくしは、この1時から放映の4400の予約録画がはじまらないうちに、夜中にもう一つ録画したいものの予約を入れなくてはならなかった。ところが、リモコンがウンともスンともならないじゃあ、ありませんか。
昼間はまったく異状がなかったので電池切れとも考えにくいので、リモコン自体がイカレたに違いない。
とりあえず、本体で電源を入れたり何だりはしたけど、録画の画面などはリモコンでしか出せない(その方法しか知らない)。
迫り来る時間にパニックになりながら、トリ説を見ようとしたのだけど、以前に何かの時に取り出して使った記憶があって、我が家のトリ説コーナーにはDVDデッキのトリ説だけがなかった。出して見たあとそのままにしてどっかに行ってしまったのだろうと思って、さらにパニックになりながら探したのだけど、どこにも見つからない。
トリ説コーナーをもう一度見ると、「サワリ」だけを書いた薄っぺらいトリ説はあったので、祈るような気持ちでページをめくる。
そして、リモコンモードうんたらの記述があった!と、喜んだのもつかの間、詳しくは「取扱説明書のP116を見ろ」と。
時間はどんどん迫っている。
そこで、ハタとひらめいた!ネットだ!!
はたせるかな、トリ説の閲覧、またはダウンロードまでできるようになっていた。文明万歳!

リモコンは、もともと本体だけでなく、他メーカーのテレビも操作できるようにモード設定していたのだけど、どっちも反応しなくなっていたので、当然、本体に対する設定からだろうと思って、トリ説の指示に従ってボタンを押すのだけど、しかしこれが、何度やっても設定完了を知らせるランプがつかないし、相変わらずリモコンも無反応。

あぁ、1時になってしまう。。。

とりあえず、4400の予約は一時解除だ(これが入ってしまうと、ほかの予約を入れる操作ができなくなる機種なので)。

ついに、オープニングがスタート。
連れ去られ、還ってきた人々。物体を動かす特殊能力。…これまでの経緯がフラッシュカットで移り変わり、ますます焦りまくるわたくし。モタモタしてると、今日の本編の録画までもが欠けてしまう。。。

「世界は我々と向き合う」。
ついに、コリアの決め台詞。

こうなったら、他メーカーのテレビに対するモード設定を先にやってみよう。

「前回までの4400は…」。
前回までのあらすじコーナーになってしまった〜。

やり方を見て、「クリアボタンを押しながら02と…」と。。。
完了のランプがついた!すると、なんと、他メーカーのテレビだけでなく、本体に対するリモコンも効くようになった。そのカラクリはよくわからないが、感動に浸っている場合ではないので、急いで別の録画の予約を入れる。そして、4400の予約を再度有効にすると…
本編が始まって数秒のところで、録画がスタート。

間に合った〜。

まったくよくわからん。
それからご飯を食べるのも考えものだったので、バナナを食べて寝ようと台所のバナナコーナー(S字フックで吊っている)に行くと、何本もあったはずのバナナが、1本を残してなくなってるじゃあ、ありませんか。。。
よく見ると、細い皮の残骸が3枚ぶら下がっている。
「!?」と思って下を見ると、あわれ、3本のバナナたちは、皮の一部がズル剥けた状態で折り重なるように落下していたのでした。夏の温度で、思った以上のスピードで熟成が進んだようで。。。

なんだかひどくクタビレた気分で眠りについて、今朝もなんだかパッとしない。もっとも、これは空腹で寝たせいかも、だけど。。。(2号)

posted by 2号 at 13:29| 北海道 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 実録・事件簿または頭に来た! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

on 広告看板。

バーチャル広告vsリアル広告。

今日、猛暑日の予想の中、札幌ドームへ北海道日本ハムファイターズ対楽天戦に参上する予定、2号です。
ドームは涼しいかな〜。

昨日は北海道日本ハムファイターズの試合がない日。
なので、夜のスポーツ番組もなんとなく眺めていただけだったのだけど…
すぽ○とで、東京ドームの伝統の一戦、巨人阪神戦をやってる時のこと、バッターボックスの後ろに「十勝」という文字が見えて、「え?なんで北海道の一地方名が??」って思って目が釘付けになりました。
で、よく見ると、それは、me○jiの某乳製品の広告ということで、一件落着。

ところが、試合中盤の場面になると、それはme○jiのアイス「スーパー○ップ」に変わっていた。
さらに、終盤の場面では、「me○jiブルガ○アヨーグルト」になっていた。

これは、最近流行りの(?)バーチャル広告ってヤツなのかちら??

現実にはドームのその位置には何もついてない、という情報もあるのだけど、日本のプロ野球の規模で考えた場合、そこに本物の広告看板をつけて会場の何万の人に見せるのと、バーチャルにしてテレビ視聴者に見せるのと、どっちが効果高いのだろう?

きっと、後者と言われているので、そうなっているのだろうな。
(あとは、試合ごとに広告の出稿権利を買えるなら、かえってお安く上がったりするのかも)

でも、私たちは、試合に行って、友だちが別の席にいる時などは、どこにいるの?とメールや携帯で確認するのだけど、その時に必ず「○○の看板の上」とか「○○の垂れ幕の下」とか、思いっきり企業名や商品名を大声で連呼しています。
なので、電話の場合だと、その瞬間、本人たちだけでなく、周りの何人かにも確実にその名前が刷り込まれていると思うのだけど。。。

この、リアルな臨場感あふれる宣伝効果はどうだ!?

私たちにも広告費いただけないでしょうかね。。。(2号)


2010年08月01日

on 銀行。。。

支払い限度。Part2

昨日からSMAPがいる北海道、わたくしは今日夕方ライブに行きます2号です。これは、長年の習慣です。ストレス発散してきます。

今日も、前置きと本題はまったく関係ありません。

で、以前、こんなこと↓があったのだけど…
http://miha27towitter.seesaa.net/article/152686075.html

先週、またまたお金を動かす使命を帯び、銀行行脚。

その日は朝から靴の調子が悪く、思えばそれは予兆だったのか。
このところの雨続きの中、酷使した靴。留め金部分の皮が伸びてしまったかなにかで、何歩か歩くたびに留め金が外れてしまう。はめ直してもその繰り返しなのでキリがなく、最後は脱げないように足指に力を入れて歩くしかなくなっていた。

銀行行脚の時も同様で、その時は歩く距離も長かったので、足指に力入れるのも限界で、靴の皮が伸びた分、留め金を調節するとか何とかしてみよう、と、予定変更して一番近くのA銀行へ先に駆け込むことに。
まず靴を直そうと待ち合いのソファに座ったのだけど、待てよ、入金すべきところがしてないとあとでアタフタするので、先にATMやってからゆっくり靴を直して、満を持して次のB銀行へ行こう。
ということで、このA銀行の提携銀行であるC銀行の残高照会をする。入金確認できたので、引き出し操作。
65万円、と。。。
機械が反応しない。
よく見ると、大きな赤字で「一度に引き出せるのは50万円までです」みたいに出てる。
確かによくあることだけど、まったく大きなお世話ぜよ。面倒でしょうがない!
内心ブータレながら、50万円と15万円を提携C銀行から引き出して、A銀行の口座に預け入れて、いざ相手の当座預金へ振り込まんとしたところ…

「お取り扱いできまへん。支払い限度額を超えております」

と、またどっかで見たことのある文句が出て来た。。。

なヌっ!?
しかし、振込額はたったの65万何がしなのだが。。。

近くにお付きのモンが控えおったのでちょいちょいと手招きすると、そのATMにお付きのお姉さんがやって来た。
事情を言うと「一日にキャッシュカードでお取り扱いできる金額は100万円までとなっております」と、どっかで聞いたことのあるセリフ。
「いや、でも振込額65万くらいなんですけど…?」と言うと、
「あ、比較的最近お口座をお作りになった場合ですと、50万円ということもあります」。

あのさぁ、前も(別の銀行で)言ったけど、そんなんじゃあ、企業活動ができませんて。奥様のヘソクリ口座じゃないんだから。。。
しかも、よく見ると、通帳の名義には代表の個人名すらない。きれいにスッパリと法人名のみで切り上げられている。
「こうして法人名で口座開設してるのに、どうしてその時に言ってくれないんですか?50万じゃ、企業活動できないんですけど」
このセリフを、またしても言うことになるとは。。。

「一応、確認して参ります」とお姉さん。
気づくとすでに15時が迫っている。
「時間がないので、急いでください!」。こっちもかなり焦って来る。
通帳を持ってバタバタと去ったお姉さん(っていうか、何を確認するのか?)、バタバタと駆け戻って、「やはりお客様の口座は50万でした」と。
時間がないのでこちらも冷や汗出てきたところに、「ご印鑑と免許証などお持ちでしたら、すぐに変更手続きできますが」と言われたのだけど、「時間もないし、私は本人じゃないし、(銀行さんが推奨するように)すべて機械でやろうとして来てるので、印鑑なんて持ってません!」

ということで、お姉さん、どうすることもできず。。。

とにかく時間がないので、「もういいです!」と突き放して、このA銀行の口座に移した先ほどの65万を提携C銀行の口座に戻して、そっちから振り込む作業に取りかかろうと。
その時、後ろにはけっこうな列ができていたけど、そんなもんはムシだ。
で、こっちも焦ってるので、引き出す時にまたしても「50万円までです」をやらかしてしまって、キーッと発狂しながら、50万円+15万円を引き出しにかかる。

すると今度は、15万円の時にまた、「支払い限度額を超えております」。。。

ここでブチ切れたわたくしは、もう一度さっきのお姉さんをちょいちょいと呼びつける。
時間がないのに。
イヤな予感をありありと表情に浮かべて近づいて来たお姉さんに、
「あのですね、先ほどこちらに移した65万を引き出してC銀行に戻そうとしたら、また限度超えてるって出て下ろせないんですよ。まあ、何が起こってるかわかってますし、どうすることもできないのもわかってるんですけど…こういう目に遭ってるということで、一応苦情だけ言わせていただきます。今度から、スーツ着た人が法人名で口座開設しに来た時は、支払い限度額のことをちゃんと言って、こういうことにならないようにしてあげてください」と、後ろに並んでる方々の視線を一斉に浴びながら、時間がないので一気にしゃべって、最後にニッコリとキラースマイルをつけておいた。このA銀行は、今後も使う可能性高いので。

本当は提携C銀行にもいくらか残しておかなくてはならないのだけど、50万を戻した時点で残金と併せてギリギリ65万何がしかの振り込みはできる。というわけで、それを完了して、次のB銀行へ。
結局、靴はそのままなので、足指に力入れたまま、走る走る。
幸い、次の銀行は空いていたので、何とか15時までにすべて振り込みを終了し、へたり込みながら靴を直して、やっと帰れた。道すがら、さっきの銀行を覗いたら、まだ人が並んでいた。回る順が逆だったら振り込みが間に合わなかったかもしれないので、靴が不調で先にA銀行に行ったのはよかったということか。
いずれにしても、30分あれば余裕で済んで時間が余るくらいのモンが、実に濃密な、一刻の猶予もならない30分となったわけだ。

実は、この「支払い限度額事件」の前に、もう一つ事件が起きていた。
A銀行から振り込む先の会社が、いつもの普通口座じゃなくて当座の方に入れてくれと言ってるということで、口座番号を書いた紙を渡されたはずが、いざ振り込む時に見ると、そこには普通口座しか書いてなかった。
そこで、振り込み先の会社に携帯で電話すると、何やらアナウンスが流れて来たので、なヌっ!?と電話を切って、振り込み元の人に確認しようと電話。ところが、電話に出ない。しかも、見ると、私の携帯のバッテリーは3つある四角が一つしか点灯してない(そろそろ切れるということ)。
このバッテリーは緊急の時のために残しておかねばと思い、A銀行を飛び出して、近くの公衆電話に駆け込む。そして、もう一度振り込み先の電話にかけて落ち着いて聞くと、移転のため番号が変わったというアナウンス。番号をメモろうと、あるはずのペンを探すも、なぜかない!何もかもグダグダでめげそうになりながら、携帯電話に電話番号をメモして、公衆電話でよかった〜と。
その番号に、また公衆電話からかけて、一度会ったことのある先方がふってくる世間話を何とか短く切り上げて、当座の番号を訊く。
一応真夏なので、電話ボックスの中はサウナ状態。不快指数150%で汗だくになりながら銀行に取って返したら、さっきの「支払い限度額事件」が起こったというわけだった。

まったく、災難は、いつ何どきやって来るかわかったもんじゃない。。。

短期間に2回もこんなことが起きるなんて…とりあえず、依頼主にすべての銀行口座の支払い限度額を調べておいた方がいいと進言しておきました。。。(2号)
posted by 2号 at 11:00| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 実録・事件簿または頭に来た! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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