2011年05月24日

on アレルギー。

「ただちに」のワナ。。。
〜教訓:美より実〜

天気がいいのに、あまりあったかくないのはなぜ?2号です。。。

そんな中、わたくし2号、2日くらい前からボー然としております。
というのも、こんなメールが、日曜の夜遅くに届いて。。。

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            ●●からのお知らせ
   旧△△△石鹸(昨年12月7日以前の商品)をお持ちのお客様へ
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日頃より弊社商品をご愛用頂きまして誠にありがとうございます。

さて、△△△石鹸のうち、昨年12月7日以前に販売しておりました加水分解コムギ末(水解小麦末)を配合した商品(以下、旧商品)につきまして、加水分解コムギ末(水解小麦末)に由来すると思われる小麦アレルギーとなり、その後に、小麦含有食品(うどん、パンなど)を摂取して運動した際に息苦しさやじんましんなどのアレルギー症状(運動誘発性アレルギー)を起こしたと考えられる例があるとの報告が医療機関よりなされました。
 運動誘発性アレルギーは、小麦食品でも発生しますし、発生頻度は非常に低いものと考えられていますが、旧商品をお持ちのお客様におかれましては、念のため、旧商品を使わないようにお願いします。加水分解コムギ末(水解小麦末)を含まない新商品と交換または返品の対応をさせて頂きます。

 また、旧商品を使用されていた方で、小麦食品摂取後に息苦しくなるなどの運動誘発性アレルギーを経験した場合には、速やかに医師にご相談ください。旧商品を使用された時に鼻水、目の周りのかゆみ、息苦しさ、じんましん、しっしんなどのアレルギー症状が現れたことのある方はご注意ください。なお、知人や同僚の方などと共同で購入されている場合は、共同購入された方にも上記の情報をお伝えください。

 なお、安心してお使い頂けるよう、現在販売しております新商品には、加水分解コムギ末(水解小麦末)は含まれておりませんので、ひき続き美肌づくりにお役立てくださいませ。

つきましては、
お客様窓口(0120-xxx-xxx)までお気軽にご連絡くださいませ。
また、現在お電話が繋がりにくく、大変ご迷惑をお掛け致しております。
さらに、メールでのお問合わせにも大変に時間を要しておりますが、なるべく早く返信できますよう、対処しておりますので、どうか今しばらくお待ちくださいませ。
何卒宜しくお願い申し上げます。
■旧商品の交換返品について ======================
・交換返品の際は、お客様窓口(0120-xxx-xxx)、もしくは弊社ホームページ
お問い合わせフォーム
http://www.xxxx.co.jp/message.action
より、交換返品の旨をお伝えくださいませ。
・交換返品する石鹸は、使用・未使用問わずお受け致します。
■弊社商品について ==========================
・石鹸以外の弊社商品には、加水分解コムギ末(水解小麦末)は入っておりません。
・加水分解コムギ末(水解小麦末)が含まれる石鹸かどうかは、以下の方法でご確認いただけます。
@箱が残っている場合、正面向かって右側面の数字が1999以下のものは加水分解コムギ末(水解小麦末)が含まれています。
A箱が残っていない場合、2010年12月7日以前にご購入いただいたものに、加水分解コムギ末(水解小麦末)が含まれています。※購入日が不明の場合は、お気軽にお問い合わせくださいませ。
==================================
安全確保に万全を期す観点から、念のため旧商品を自主的に回収交換することと致しましたので、ここにお知らせ申し上げます。
お客様窓口フリーダイヤル:0120-xxx-xxx(午前9:00〜午後8:00 )
株式会社 ●●(●●●)
〒xxx-0912 xx県xx市xx5-xx-17
●●ホームページ http://www.xxxxx.co.jp
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思い当たるフシが、いっぱいある。

一昨年から、「原因不明のじんましんが、突然、出るようになった」と、私は人に話していた。思えば、最初にそれが出たのは顔で、しかも、まさに運動していた。
それ以来、たびたびそういうことが起こるので、「トシとともに、そういう体質になってしまったんだ」と思い込んだ。そもそも、アレルギー体質ではある。ただし、10歳くらいで皮膚炎が治ってからは、多少のことは常々あったけど、煩わしいと思うほどの症状になることもなく、普通に気にせず生活できていた。

それがまた、煩わしい事態になってしまって、原因を考えました。
出るのは外にいる時が多いので、日光じんましん?
汗ばむと赤くかゆくなり、汗が引くとかゆみも消えるという時には、汗負けか?
でも、お風呂上がりも出たりしたので、温熱じんましん?
食事後に出れば、その時食べたチーズ?という具合に。(過去、チーズとお酒と睡眠不足でじんましんが出るという時期が数年あったので)。

そうこうしてるうち、化粧品を変えたら出たということがあって、とにかくじんましん体質になったのだから、今後、そういうこともどんどん誘発されていくんだろうと、新しい化粧品を諦めた。

子供のころは、乳製品と卵でアトピーだったようだ。10歳くらいで治り、20代で、上記、チーズとお酒と睡眠不足で出るじんましん時期が数年。それ以外は、季節的に目がかゆくなり、目の周辺が炎症起こすとか、季節的に鼻炎かなぁ程度のことしかなかった。まあ、ネコアレルギーとか、サバ系でたまにお腹壊したり、玉ねぎで下痢?みたいな疑惑はあるけど。

化粧品関係では、一度だけ、クレンジング剤で目の周りがかゆくなって、それをやめたらテキメンに治ったということがあった。だから、クレンジング剤自体はメーカーかかわらず使わなくなって、それゆえか化粧もどんどん薄くなったわけだけど、それ以外では、化粧品関係を気にしたこともなかった。
ただ、添加物はイヤなので、洗顔はもともと石けん系を使っていたのだ。乾燥肌に石けんはダメっていうけど、洗顔料は、液体に近くなるほど、保存や物質としての安定性を保たせるために添加物が多くなるって聞いたので、洗ってすぐ保湿することを旨とし、添加物の少なさを優先していた。

それなのに、ある時、魔が差したのだ。
固形石けんタイプならチューブ入り系よりはマシだろうと、美肌にいいとされる成分などがいろいろ入ってそうな「ちょっと高い石けん」に食指が動いた。「固形石けん」である限り肌に負担が少ないとの思い込みがベースにあるので、そこによい成分が足されている分には、プラスにこそなれ、ひどいマイナスにはならないだろうと。
そこで、地黒が昔からの悩みだったので、美白効果がほしい、そして、毛穴がつまりがちだったので、きめ細かい泡立ちがほしい、と、なって。。。

使ってみると、なかなかによかった。まず、泡立ちがスゴい。そして、その日日焼けした分が夜の洗顔で落ちちゃった、と思えた。だから、お風呂では、日焼けが気になる首やデコルテや腕なんかも、余った泡で洗った。
「ただちに」は、よいこと尽くめ。

しかし、「ただちに」悪いことにならないのは昨今よくあることで、経年してこんなことになるとは。。。

確かに、顔だけでなく、首や腕にもじんましんが出た。
ある時は、向かい合ってお茶してた友だちが目を丸くして、「今、○○ちゃん(←私の名前)の鎖骨のところが見る見る赤くなっていってるよ」と言った。なるほど、そのあと、そこが無性にかゆくなった。しばらくしたらおさまったけど。
全部、石けんで洗ってた部分だ。
それに、そのお茶してる時は、パン系の軽食も食べていた。

日焼けが気になる部分=外出時に日光にあたる部分、ということになるので、必然的にそこにその石けんの泡をあてていたわけで、当初、日光しっしん?と疑ったのも、ムリはない。
お風呂では特に念入りに泡をあてていたので、お風呂上がりに赤くなるのもうなずける。温熱じんましんなんかじゃなかったんだよね!?
運動時に症状が出る、というのも、アナフィラキシーまでいかなくても、妙に符合する。
そもそも、一番最初が運動(サイクリング)時だった。
運動はリラックス時よりは息が上がるとか、汗ばむとか、そういう状態になりやすく、それはちょっとした外出も同じこと。すると、私のじんましんが外出時によく出るってことと、関係があるような気がしてくる。

そして、家でまったりしてるような何の変哲もない時に、不意打ちで出たりしてたのは、もしかすると、小麦系を食べたあとだったりしていたのか!?
このじんましん出現以来、それまでは季節限定であった目のかゆみや鼻炎が、通年で続いていることにも気づいたし、火照ったり運動したりしてないのに顔が赤くなったりすることもあるのだが、それも小麦系を食べ続けてるからなのか?
時々、唇全体がビミョーに腫れてる感じがすることもある。これも?
食事のあとって、体温が上がるよね?その温熱効果のせいで、赤くなったりじんましんが出たりすることもあるのかと思っていたけど、それも?

ネットで調べたけど、こういう石けんを使い続けることで、それまで大丈夫だった、口から食べ物として入る小麦にも感作されるようになることがあるって、普通に書いてあった。
私は、小麦のアレルギーではなかった。でも、この石けんのせいで、大好きなパンや麺類やケーキや洋菓子が食べられなくなるとしたら、まったく許せない。訴えたいくらいだ!!

しかし、因果関係は誰にも証明できないのかもしれない。
ましてや、もともとアレルギー的な体質だったのだし。

と、暗たんたる気持ちになりながら、思ったのだ。
この石けんを使って、「ただちに」発疹が現れたりした方が、むしろよかったのだ。ただちには、安全安心なように見えた夢の美肌石けん。ずっとあとで泣く目にあっても、本当にそのせいなのか誰にも証明できない。アレルギーなんて、今や、○人に一人が持っています。今まで大丈夫な人が突然なったりもします、花粉症がいい例です。って言われるだろう。
これって、放射線被害についてのセリフと、とても似ている。

食べ物には、もともとリスクがある。でも、生命維持のためだけでなく、精神的意義においても、(好きな)食べ物を食べることは利益が大きい。だから、人は、そのリスクを背負って食べる。
でも、石けんは、使わなくても死なない。ましてや、選択肢はいっぱいある。リスクのある石けんを使う必要はない。

あの、魔が差した時の自分の選択。知らなかったとはいえ、悔やまれてならないのです。

おまけに、返品交換のためのフリーダイヤルは、どうやってもつながらない。もちろん、交換してももう使いたくないのだけど、企業の責任として、交換させたい。それに、話くらいはしたいし、聞きたい。
フリーダイヤルがつながらないのは、私みたいに、自分の症状を言いたい、詳細を知りたいなどなどの人が少なからずいて、交換手続きの話だけで済まないから回線の回転が悪いのか、あるいは、交換して使い続けたいという愛用者が多いことを現してるのか、どっちなのかはわからない。
が、少なくとも、お知らせメールのこの部分、
『運動誘発性アレルギーは、小麦食品でも発生しますし、発生頻度は非常に低いものと考えられていますが、旧商品をお持ちのお客様におかれましては、念のため、旧商品を使わないようにお願いします。』
症状が出たと疑われる者にとっては、かなり引っかかる。
食品でもあり得る、だから、みなさん、もともとリスクは織り込み済みですよね、かと言って、こちらとしても滅多にないことだから本来はリスク排除ということで製品づくりで回避することもないくらいなことだったんですよ、でも、企業の道徳として、念のため注意呼びかけることにしました、交換もします、ここまでする私たちって、何ていい人。でしょ?
みたいなニオイがプンプンするゾ。

ものすごく、何でもないことのように、深刻さのない、ある意味軽い口調でサラッと言ってる感じがする。

そしてやっぱり、原発事故当初の東電や政府のセリフと重なるイメージがある。。。

頻度が非常に低くても、そっちのグループに入っちゃった人には、そんなこと言っても何の慰めにも得にもならない。その人にとっては、頻度も何も、それは100%起こった事実なのだ。

このやり場のない気持ちをどうしたらいいのかわからないまま、速攻石けんの使用は中止し、しばらくは、私は小麦を食べても大丈夫な人、なフリをして、様子を見ていきたいと思います。あまり気にすると、ひどくなる気がするので。時間を作って、いつもの皮膚科の先生にも相談に行こうと思います。

あぁ、でも、昨日ケーキを食べてから(だと思うのだが)、唇が腫れてるのがとっても気になる!!くそ〜っっ!!(2号)



posted by 2号 at 13:45| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・からだ・ケガ・人間生態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

on アクセス解析。

永遠不滅。

天気の悪い土曜日、光合成ができません、2号です。

ふと気が向いて、数年ぶりくらいな感じでアクセス解析なるものを見てみたら、なんとビックリ!今だに、ほぼ毎日、「佐々木孝介」くんの検索で来てる人がいる!!

あと、チラホラと「玉ねぎと下痢」関係!!
玉ねぎを食べると下痢するような気がする…と思ってる人、意外と多いのか!?

笑ったのが、「斎藤佑樹 脇毛」。。。
そんなこと、何のために調べるんだろ。。。

ともあれ、みなさま、いつもありがとうございます。検索の結果、ご期待に添えない場合が(多々)ございます。あらかじめご了承くださいませ。。。(2号)

posted by 2号 at 17:37| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 高校野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

on 原発10。

こんな私でいいですか?

福島原発の処理スケジュールが順調に遅れております、2号です。みんなは知っていたけど、東電ほか関係者だけが知らなかったらしい炉心溶融という事態も、やっとテーブルの上に上り、それでもなお、すでに遅れてるスケジュールが延びることなく、いったいどんなスーパーマンを連れてくるっていうのか、楽しみです。

いや、スーパーマンがいればいいのだが、このところずっとずっと頭の中に浮かんでるイメージは、「学徒動員」。
もちろん、Gacktじゃないです〜。先の戦争で、学校通いの子供まで兵士や工員として動員されたというアレです。つまり、本来、かかわることが想定されてない人員までも駆り出さないとならない事態。
だって、これから長い長〜い時間をかけてやっていかねばならないわけでしょ?そして、当面はますます放射性物質の影響等において現場が過酷になっていくであろう局面が続くわけでしょ?現状すでに、リタイアした経験者まで駆り出してやってる。今、確保できてる人員だって、近い将来、それ以上被曝できないところまで作業したら現場から退いていくでしょ?そのあと、誰がやるんだろう?まさか、よそ(の国)から連れてくるっていうわけにも。。。
そしたら、失業してずっと職がなくてやけっぱちになってる人とかに、普通よりはいい額の報酬を提示してやってもらうとかするんでしょうか??まさに、恐怖の報酬だ。。。

いや、冗談じゃなくて、こういう点での見通しがどうなってるのか素人には全然わからないのだけど、本当に人手は足りるのだろうか。

学徒が動員される前に、成人、特に、家族も子供もいないようなわたくしなんかが、「わかりました、このわたくしが。。。」と手を挙げざるを得ないような状況になっていくのでは?と妄想してる今日このごろ。。。言っときますが、体力はないです。それでも、使い物になりますか?(2号)

posted by 2号 at 15:54| 北海道 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

on 原発9。

”未来”のこと。
〜昨日のつけたし〜

思いのほか、昨日一昨日とよい天気だったのだけど、今日は風と雨。また、放射性物質飛んでくる?と思わないでもない2号です。

今日、原発の点検をあまりやり過ぎて、止めたり動かしたりをその分頻繁にすることで劣化が早まるという部分(←ハードとしての部分)もあるというのを読みました。さらに、燃料棒の寿命(?)より前に点検すると、その際にまだ元気な燃料棒を取り出さねばならず、それも危険だということもあるとか。
でも、地元の人は、点検の間隔を伸ばすことは嫌がる。それも、心情的には、わかる。
いや、ホントに難しいのね。

もし将来、脱原発の方向にならなかった場合に、自分の気持ちをどう整理するのか。ということもあって、自分を少しでも安心にナットクさせる材料はあるのかと、中立的な気持ちも忘れずにあたってみようとしたりもしたけど(つまり、よくも悪くもいろいろなことを知るということだけど)、やっぱりどうやっても原発にはムリがあり過ぎる気がする。
昨日、まだよくわかっていなかったのでサラリとメモるにとどめた核廃棄物の問題も、今日読んだのによると、やはり依然として大問題のまま立ちはだかってる模様。今でさえ大変なのに、増え続けたら、この狭い国土のどこに保管するのだろう??しかも、原発全廃しても、廃棄物は本体よりさらに長い時間をかけて対処していかなければならない厄介者なわけだよね?そして、新しい原発を増やさなくても、今あるのを動かしてる限り廃棄物は出続けるんだよね?

国土の広い国でも、この問題は大変らしい。

いや、ホントにどうするのか、私にはまったくわからない。なので、安全=事故にならないなら原発を使い続けてよいと言ってる人たちに、妙案があるのか教えてほしいってマジで思います。

温暖化などの環境問題が騒がれ出したころ、それについての意見を聞く時に、一つのポイントが気になるようになった。
この人は、どの程度のスパン(?)で考えてるのかな、ってことだ。
つまり、自分が生きてる間、自分が満足するように世の中がなってればいい、というのから、地球の寿命を人類のやりようで縮めてしまうことがあるのであれば、そういうことをするのは避けたい、未来の人類に少しでも良い環境を残すために今できることを惜しみなくやりたいというのまで、思いにもいろいろなレベルがあるだろう、と。
「未来のために」と言ってる人の中にも、せいぜい自分の目の前にいる孫の代くらいまでしか考えてない人もいる。どれくらい先まで考えてるかによって、見事に意見は変わる。

今回、原発についても同じだなぁと思ったし、そうなると、政治も全部そうだなぁ、と。どのくらい先のことまで真剣に考えて政策を練るかっていう…。短期、中期、長期とかカッコよく分けていうこともあるけど、長期なんて、自分の責任じゃないわぃって、どこかで思ってないか?政治家にはおじいちゃん多いし。

そして、こういう時間的距離による本気度の違いって、今現在の政治家自身と政策の対象者の距離っていうものとも通じるなって思う。
たとえば、就職がない若者のことを本気で心からなんとかしたいと考えてる政治家なんて、本当にいるんだろうか?一つの案件として、ある意味事務的に、なるようにする程度にしか考えてないんだろうな。自分の息子が100人とかいて、全員職がないとなったら心から本気で動くのかもしれないけど、赤の他人や未来の若者なんてどうでもいいんだよね、きっと。もちろん、そうは口に出さないし、もしかして本人そうと気づいてないかもしれないけど。
そうだ。未来の人のこと真剣に考えてたら、国がこんなに借金増やしていったり、年金制度の赤字が膨らむのを放置(してるに等しく見える)してたり、原発の負の遺産を未来に大量に押し付けようとしたりできないんじゃないか??未来は未来で、その時誰かがなんとかしてくれるとでも思ってるのか。それならまだノーテンキなだけかもしれないけど、今、自分とその身内さえ肥えてやりたいようにやれれば、死んだあとのことは知ったこっちゃないっていう確信犯も多いのかも。

そういう「距離」感ということで言えば、原発だって、当事者は離れたところに住んでいる。だから、東電幹部なんかは役割としては真剣に対処してるように見せてるけど、一個人としての心の奥底では人ごとなのだ。安全安全言いながら、原発の近くに住んでる親戚縁者は早々に避難させたという、あながちウソと思えないウワサもあったけど。
結局、どういう距離感で考えるか、なんだと思う。遠い場所、遠い人、遠い未来を真剣に考えられることが理想ではあっても、なかなか人間はそうできないのだろうな。
前も書いたけど、電力会社の社屋や自分たちとその親戚の家や、関連会社、ひいては政府の担当者など、関係する人全部、建て屋の周りに原発タウンでも作って、そこに住み働くようにしたらどうだろう。人的距離も、物理的距離も近いという状況の中に置かれたら、本気でモノを考え、真剣にコトを運ぶようになるのでは?

考えてみたら、政治って、解決できずにずっと引きずってる問題多いけど、それはずっと失敗し続けてるんだって言えなくもない気がして来た。知恵がないのか、実行力がないのか、解決を邪魔してるものを排除する力がないのか知らないけど。それとも、政治には、一般的にいう「成功」はあり得ないっていうか、どこで妥協するかっていうのが政治なのでしょうか??利害関係が多様過ぎて、そうならざるを得ないのか。。。

とにもかくにも、問題をどんどん山積みにしていって、私たちは古い方から順々に死んでいく。
せめて、未来の人たちが、今より数段賢い人たちであることを祈る。。。(2号)

posted by 2号 at 17:25| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

on 原発8。

原発、その後。

よく知らないタレントさんが自殺しました…2号です。
びっくりしたのは、昨日、ふと「自殺」ということについて考えていたところ、夜、家でたまたま手に取った小説にも「自殺」が出て来て、そして、今朝のニュースでこれが来たので、こんなにもシンクロするものか、と。。。

自殺じゃないけど、この大震災のあと、家族を亡くした人たちの悲痛な叫びを聞きながら、ちょっと、ごめんなさい的な気持ちになっていました。だって、私にはともに生きる人も守るべき家族とかもいなくて、人生に大した使命もなさそうで、最近あんまり将来への希望もなくなってるし…となると、私なんかよりあの人たちが生きてる方がずっと価値があるのかもなぁって、マジで思わないでもなかったです。
戦争で生き延びた兵士が「死ねなかった」とか生きてることが申し訳ないとか言っていたので、何をおっしゃる〜!?生きててよかったんですよ〜!!なんて思っていたけど、生きててすみませんって気持ちって、本当にあるのね。。。

そんなこんなで、震災から2カ月。
原発について、さらにいろいろ思ったり、訊いたり、読んだり、見たり、と、してきたので、その経過を少し。

■国民投票
この問題について国民投票をしたらいいって話があるけど、反対か賛成かの二者択一で投票するということだろうか??
たとえば、ゼッタイ反対っぽく書いてる私ですら、できることなら今すぐ全部止めてほしいけどそれはムリだろうから、そっちの方向へ向かえるように加速度的に準備を進めつつ、新しいのも建設せずに、徐々にかつなるべく早く脱原発へと目鼻を付けていってほしいという考え。いわゆる過激な(ヒステリックな?)反原発派ともちょっと違うつもりでいるのだけど、そういうのは一律に「反対」でいいのか?
っていうか、「賛成」の人の中にも、今は必要、だけど取って代わりうる発電方法があれば将来的には脱原発した方がいいっていう人から、原発大好き、何があってもなくさないでくれ!くらいな勢いの人もいるかもしれなくて、賛成の人たちの方が考えに幅がありそうだけど、それがいっしょになるのか?っていう疑問が。。。
この国民投票って、本当に人々の思いが反映されたものと言えるのかなぁ。
このところアンケートらしきものを取ってるのを見ると、思ったより「賛成」が多い。でも、その中身はもっとさまざまな気がしてしょうがない。特に、「ゼッタイ安全ならね」っていう、実はゼッタイなんてことはとても難しいかもしれない条件を付けて賛成と言ってるのは、どうなんだ?誰が安全のゼッタイを保証する??(後述)

■閾値(いきち)
放射線を浴びることに関して、ここまではまったく影響がない(と考えてる学者がいる)レベルというのがあって、そこを超えると従量的に影響が見られるようになっていくという、「ここまで」という閾値があるらしいことを読んだ。
これは、安心材料になるかもしれない。
ただ、私はこういうところに疑り深いというか、生物個々体にベーシックな条件が違うのだから、影響の出方も違うのではないかと考えてしまうので、ゼッタイとかまったくなんて誰にも言えないしわからない(証明できない)と思ってしまう。その限りにおいては、私はまだ完全ナットクはできずにいます。
それと、あの、放射能がいっぱい出たチェルノブイリですらこの程度だったのだから、それより少ない福島は…的なことを、もう結論が決まった絶対的事実みたいによく言ってるけど、逆に、私は、チェルノブイリは全然終わってなくて、思った以上に大変な目に遭ってる人が今もたくさんいるっていう情報をたくさん見かけた。確かに、放射性物質の出た量、広がった範囲は違うのだろうけど、閾値の問題も含めて、チェルノブイリのその後はこれからもちゃんと自分で情報を見ていきたいと思ってる。

■確率
放射線によってガンになる確率について触れたものをいくつか読んだり、テレビで見たりしてての印象は、それがなくてもどっちみちガンは増えてるし、今後も○人に一人の割合でどうせガンになるのだから、その中で放射線との因果関係なんて誰にも証明できない&してもしょうがない、だから気にする必要ない、あるいは、危険性や影響に言及してヤブヘビになる必要はないので、大丈夫、安全と言っておいても問題ないと考えてる人がけっこういるのかなぁということ。
そして、とうとう、ハッキリとそう書いてるのまであった。全部を確率論で並べて、たとえば自動車事故で亡くなる確率とかと同列にして、それで低放射線を浴びた影響で亡くなる確率はそれよりは低いとか。
しかし、自分がその確率の中のどっちに当てはまるかなんて、誰にもわからないのになぁ。
こういうのは一つの判断材料にはなるかもしれないけど、だから大丈夫という結論を導き出すことにはなりえないと思うのだけど。。。

もうここまできたら、つまりは、今、人の判断、評価を待たずして(たとえば数値的に?)明らかになってる事実をそのまま並べて、それに対しての個々専門家のいろんな見解を並べて、自分で判断するしかないって感じか。

■原発の「安全」
賛成派の人の中の多くは、「ゼッタイ安全なら」と言う。
この事故を受けて、今後ますます安全になるのでは?と期待する人もいる。
でも、いくらハードを頑丈万全にして、リスクの対応策も何重にもしたとしても、想定外のことが起きないとは限らないし、ちょっとした人的ミスであっけなく起こることだってある。
そして、一番怖いのは、ハードは必ず劣化するということ。その時に、必要なメンテをきちんとやるかどうかは管理者にかかっているのだけど、必要なお金を惜しまずに投入して、しかるべきタイミングでちゃんとやるのかどうか。古くなったらヘタに延命させずにちゃんと廃炉にするのか、など。
私は、運営上のミスが起きないかどうかや管理が厳正に行われるかという点で、人間というものを信頼し切れない。特に、そういう立場にいる人たちは、なおさら。
このあとしばらくはちゃんとやるかもしれないけど、何年か後、怠慢やごまかしが必ずまた出てくる気がしてならないのだ。補修したくてもお金がないかもしれないし。さらに年数が経ったら、代替わりして、ますます危機感がなくなってるかもしれない。
ハードの面では、やろうと思えばいくらでも万全を期せるでしょう。結局、賛成反対の一つの大きなポイントは、運営&管理する人たちを信頼するのかどうかなんだと思う。

■コントロール
原子力は、あらゆる意味での人間の現段階の能力では、手に余る。以上。

■つきあいきれない
一度作ったら、廃炉にしてからも途方もない時間とお金をかけて処理していかなくてはならない。運転し続ければ、今でも処理し切れてない廃棄物が増えていくんだよね?(リサイクルのことはまだよく把握してないけど)
いつまでこういうストレスが続くのかな?ちゃんと適切に続けていけるのかな?それを、未来の世代にやらせて?
どう考えてもムリがあるように思う。。。

■責任
今まであまりに無知、無関心で、日本中にこんなに原発あることすら知らなかった。狭い国土にこんなに。
ここまでになった、させていたのは、自分も悪いと思う。関心を持って、そういうことも知っていたらどうにかできていたというものでもないけど、何となくそう思う。だから、だまされたとか言いながら100%被害者のつもりで文句ばっかり言っててもダメだよな、とも。
でも、これからは違う。
自分の考えを持って、ちゃんと見ていこうと思う。少なくとも、将来何かあった時には、堂々と責任を問いたいと思う。
私は「ゼッタイ安全」を人に預けたくないのだけど、賛成多数となった時には脱原発の方向に向かわないのかもしれない。そして、遠い将来(遠いと思いたい、否、永遠にない方がもちろんいいけど)万一何かあった時に、賛成してた人は「安全って言ったじゃないか!」「だまされた」「お前(管理者)が悪い」とか言うのだろうか。また?
それとも、今度は何も言わないの?(そのころ、今の人は誰も生きてないかもしれないけど。。。)

■代替エネルギー
地熱に期待!早く、再生可能エネルギーが安定供給されるように研究開発を進めてほしい。
そして、電気が電力会社に一元されないスタイルを望みます。

浜岡を止めて、そのあとほかがどうなるのか。当面は、火力発電による環境負荷の問題もある。今のいろんな環境変化(厳しい方への)は温暖化の影響が出てるからなのか、だとすればどのくらい出てるのか。すでにかなり不気味な状態ではあるわけだし。
だから、最後は、これ↓

■生活スタイル
後退させるということではなく、原発がなくても幸せに暮らせるための知恵がたくさん出てくることを願う。自分もない知恵絞っていきます。。。

中間メモ、以上です。(2号)

posted by 2号 at 17:30| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

on 増税。

現金に体を張れ!

朝っぱらから、NHKで鳥越さんとか香山リカさんとかが出て震災について討論してるのを見ました、2号です。

そして、復興にかかる莫大なお金と現在の国の借金の多さについての話で、当然、増税の是非の議論に。。。

票がほしいから政治家は増税を言えない。
でも、危機的状況をきちんと説明したら、国民だって納得して従うはず。
っていうお決まりの流れ。

こういう話の時にいつもイライラするんだけど、(今も健全に維持されてるのかはわからないけど)たとえばスウェーデンなどの、成功例の一つとして一時期盛んに紹介されていた高負担高福祉のしくみみたいに、自分の懐を痛めて税金を払っても目に見えて見返りがあると信じられれば、喜んで出すと思う。

増税を言うと国民が自分に投票してくれないっていうのは、単に、増税を言う議員に投票したくないということではない。
増税を言う前に、国民がこれなら増税されてもいいなと納得できる仕組みを提示し、それを必ず実現させますと言って信じさせることができない政治家にダメを出しているのです。

今のままムダ遣いを続けるならこれ以上税金払いたくない、今、国民がムダと感じてるものを徹底的になくして、そのうえで、ここにこれだけの額が必要だけど、これくらい足りないのでこれくらい増税しますと言え、と思ってるのです。

「ここに」というのは、もちろん、国民自体が幸せになれる政策です。誰かの私腹を肥やす仕組みではありません。
その政策のために新しい組織を作って、新しい天下りポストを作るということではないので、そこを間違わないでもらいたい。

振り返ってみれば、日本の場合は、諸外国の例を出してきて、(課税と回収の方法があまり詰められないまま)消費税が導入され、その後アップされたわけだけど、その時に税負担の根拠として言われた目的が達成された実感が国民として直接的に感じられない。
そして、今日の討論で言ってたけど、この豊かな生活(基盤)は、借金して作ったんだと。
つまり、以前より税金払ってもあまり幸せになった感じがしないうえに、こんなに借金もしてたの!?っていう状況なわけだ。
曰く、私たちが受けてる見返りは、高速道路や不必要な空港や、あまり役立ってないけど経費だけは食って赤字を生むハコモノetc.なのだと。あと、原発とか原発とか原発とか…ね。
できれば、「日々」幸せを感じられる豊かさや安心を、見返りとしてほしいのだけど。
たとえば、震災に際してもあらためて思ったけど、家に数十年のローンとか、これからの世の中ムリでしょう。すでに、こんな仕組みは無謀なものとなっていたわけで、いい時代に組んだローンに、今どれだけの人が苦しんでるのか。これからの「住」の政策はどうしていくんだろう。

こんな時に、国は財源がまだ足りないまだ足りないと言い、一方で、天下り(←ムダの象徴として使わせてもらうけど)などで私腹を肥やす例が後を絶たない。言われるままに税金払っていっても、誰か一部の人だけがその分どんどん得をしていくだけで、いつまでたっても国民みんなが安心して幸せになれる政策に十分に反映されないと、私たちはもう思い込んでしまってる。
払えば払うほど、自分たちの得になるのではなく、それ以上儲けてどうする!?という人の懐に入るなら、増税に納得しないのは当たり前です。

今回折しも、原発利権にも相当お金が「無駄に」流れていたことがバレたので、国民は、ますますその感を強めているところでしょう。
そこに流れたお金は、誰かの私服は肥やしただろうけど、安全対策や危機管理には十分生かされていなかったのだから。



今回は、被災地の復興ということで言えば、たとえば建設業界は儲かるだろう。インフラ、ハードの整備にお金がかかるので、ある程度しかたない。
そして、増税して増収となった分は、目に見えてそこに生かされるかもしれない。(じゃなきゃ困る)。
だから、今回は納得できないわけではない。
それでもなお、できればムダを見直してからにしてもらいたいと思いたくなる、この気持ち。
もうそんな暇はないってわかってるけど。
でも、あいつらが今まで自分のポケットに入れたお金を全部出したら、何人の被災者が救えるだろうと考えてしまう。
こんなことを国民に思わせて、恥ずかしくないのだろうか。

ちょっと話はそれるけど、大企業(の社長)が(宣伝になるというのもあるけど)、寄付金とか支援物資をたくさん出した話がいくつもあった。
税金から私腹を肥やした人で、個人として多額の寄付をした例はあるのだろうか?したとしてもコッソリだろうから、わからないだけ?

さておき、増税するなら、インフラ整備と並んで、生活そのものや生活手段を失った一般の人がたくさんいるので、その人たちの自立のための施策にかかるお金をケチらないでもらいたい。とともに、ただお金をかけるのではなく、地元の人も参加して知恵を働かせてもらいたい。
ただそのまま元に戻すのは、愚策だと思うから。
本当に、お金がよく生きたなぁと思えるような形にしてほしい。
そこに住む人みんなが幸せに暮らせて、傍から見てもビックリするくらい素敵な町を作ってほしいなと、期待してます。(2号)

※しかし、今回増税して、復興が一段落した時どうするんだろう。復興とかに使わなくなった分、また誰かのポケットに入って、税制を「見直せ」って国民に言われたら、「福祉(←キラー語)の財源が足りない」とか言って、引き続き今の税収を確保しながらそっちの方をホニャララウャムャ…っていう、いつもの繰り返しパターンになる図が想像される…orz
そして、税金を下げることにはならなかったのに、いつまでたっても国民が満足する福祉の体制は築かれないまま、超高齢化社会で→→→この先は想像を超えてるので、どう憂いたらいいのかもわかりません。。。

※※今日のタイトルはキューブリック映画のタイトルだけど、血税には体を張るくらいシビアに真摯に向き合ってほしいという気持ちにピッタリ来る言い方だったので使っただけで、映画の内容とは関係ありまへん。。。

posted by 2号 at 15:12| 北海道 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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