2012年08月21日

on 日記メモ。

大人って、なに?

いやいや、冬にどっぷり冬眠して、啓蟄を迎えるのも春も遅くなってからというサイクルのせいか、夏の忙しさは半端ない…2号です。人生のすべてが夏場に凝縮してる気がする今日このごろ。

そんな中、数日前から久々に古い日記を読んでます。
ちょうど、高校受験の合格発表があって、中学で仲の良かった女子や男子(例の、好きな相手が交差していたという私たち4人…)同士で、高校行ったらクラス離れるだろうけどどーしたこーした、制服の第二ボタンをもらえた、好きな男子に高校で会えるだけでいいとかやっぱりよくないとか、今日近所のショッピングセンターで見かけてあーだこーだといった話から始まって、高校に通い始めの夏前までの時期のもの。

せっかくなので、また、残りを読み進みながら、総括メモっておこうと思います。読み終わったら処分、なので。

まず、最初にやれやれ〜( - - ;と思ったのは、また、高校最初の試験の前に、全然勉強してないこと。今日もやろうと思ってできなかった。進まなかった。●●をしたので時間がなくなった。的な言い訳のオンパレード。そして、試験の前々日には「明日一夜漬けをするのに備えて、今日は早く寝よう」と来た。おぃおぃ〜今日もやれよ〜と、その時の自分にツッコミたい。
おそらく、こんな調子で大学受験の高3まで行ってしまったんだと思われる。そして、落っこちる。当たり前や。。。

中学の1年だったかで、わたくし2号の人生史上最低点というものを「地理」で取ったのだが(9点。100点満点だと18点か)、その時も特にこの地理という科目を見事にまったく勉強しなかった。答案用紙返してくれる時の先生のギロッとした目を鮮明に思い出す。「やればもっとできるんじゃないか」と苦々しく言った。いや、そうでしょう。いくらなんでも、少しでも勉強すれば、もう何点かは取れるでしょうよ。でも、やりたくないんだもん。。。特に地理とかは。。。しょうがないやん。
ちゅうか、こういう点数も、取ろうと思って取れるもんじゃないぜぇ〜という、自分史上ではとてもワイルドなことの一つと思う。

というわけで、この高1時の試験前の日記にも、「地理の『ち』は、致命的の『ち』」と記しておる。その予測は、間違いなかった。。。

試験は、欄外に一部の科目の点数がメモってある。それによると非常にチグハグな結果となり、「まさか数学が本当に私の敵に回ろうとは」と書いてある通り、数学は半分くらいしか取れてない。。。現国が80くらい、得意のはずの英語でリーダーは97点なのだが、「グラマーを甘く見ていた」と書いてる通り、グラマーは70点台にとどまっている。生物は、担当の先生が好きだったらしく88点。で、地理はまた確かにあまりよくない。
そして、中学で間違って英語で満点を取った時に、それがその後何回かの試験でプレッシャーになって「満点なんて取らなきゃよかった」と悶絶してたことがあったのだけど、高校一発目のこの中間考査で、わたくしは何をどうしたのか、古文で満点を取ったのだった。言語系(?)は、やはり多少素質があったのか。。。
というか、こうなると、よくも悪くも先生に目を付けられるので、ひっそりと日陰で目立たずに生きて行きたい、縁の下の力持ち、2番手以降タイプの自分としては、やりにくくなったとボヤいておる。

このころの私は、自分の性格を「奇妙」と形容している。おそらく大したことはなくて、思春期界隈で、いろんな感受性が暴走して自分を持て余していただけだと思われる。わたくしは、今、振り返っても、ごくふつうの少女だったと思うので。
それよりも、そこにカッコ書きで、(中学の同級生男子の)洋一は私のことを「風変わり」と言ったが、と書き添えてある、これが解せない。そもそも、洋一某に、そんなことを言われる筋合いはないのである。よっぽど、洋一某の方が変わっていた。最近も、同級生と話した時に洋一某の話が出て、ソヤツは洋一某が苦手だったと言っていた。私は、そこまでは思わなかったけど、やたら頭が良くて、それゆえか世俗とは一線を画し、ちょっとヒョウヒョウとして他を超越したようなところがあった。

事件的なこととしては、それまでの、乗り物の座席で隣のオッサンに妙に太ももを密着された的なモヤモヤした痴漢と比べると、明らかに狙い撃ちされた痴漢行為というものを初めて、小さな町の本屋さんでされたことが記してある。これは、記憶としても鮮明だ。もっと前だと思っていたけど、高1だったんだ。。。
それからン十代半ば(←けっこう長いゾ)まで続くわたくしの痴漢遭遇体質を、自助によって見事に撃退した歴史は、以前ここにも書いた。
この初めての「明らかな痴漢行為」の時は、大ショックで声も出ず(その後、何年も遭うたびにそうだったが)、みじめで、買ったものの荷物にしばらく顔を埋めていたようだ(ウブ過ぎる。。。)。相手は、近所のいわゆる「不良高校」と言われていたところの生徒だと思う。いかにも不良ないでたちで(今で言うと、ヤンキー?チャラ男?)。

それから、親戚が集まって動物園に行く時に、車が定員オーバーで、母の妹(私の叔母)が車のトランクに入って行ったこと。

「保健の授業が、ちょっと恥ずかしいところに入って来た。今度、あたって教科書読まされたらどうしよう」と書いた数日後、「今日、月経のところを読まされてしまった。うちのクラスの男子たち、ヘンに恥ずかしがるからこっちも意識してしまった」と書いてるのには、閉口した。このころから、すでにこういう体質だったんだ、私。イヤだなぁ〜と思ってることに、見事にあたってしまう。

それと、自分の見た美しいもの、感動したもの、想像したもの、夢で見たものを的確に表現できる絵の才能か文才をほしがっている。「ない」と思っていたようだ。確かに、今もないゾ。

一方で、音楽家とは好きな音楽で、作家とは好きな文学でつながってるんだ、とか、いきなり感動してる。自分に悩みがあっても、そう思うと心の支えになるそうだ。勇気が湧く、と。しかし、それを友だちに話したら(←そんな青いこと、話したらアカンやろ〜)、それは、悩みが大したものじゃないからだと一蹴されたようだ。撃沈。。。(けっこう、人に言えない大変な悩みもあるねんけどね…(-_-;)
それでも、長嶋選手を心の支えにしている白血病の少年と同じじゃないか!?とか書いてる。まあね、そういう話ならわかりやすいよ。友だちにも、そう言えばよかったんだよ、私。

笑ったのは、見た夢の話で、真っ白なドレスで妖精のような格好をさせられて、誰かほかの女の子と二人で知らないオッサンに写真を撮られて、それがコンクールに出品された。タイトルは「8月の乙女」。いっしょに写真を撮られた子は、もう一枚別に、ビキニを着て一人で写ってる写真も出品されて、それは(モデルとして)人々に絶賛されるんだけど、私と写ってるのは「もう一人の方(←私)がダメだ」的に言われてけなされてるという夢。こんなわかりやすい夢を見るなんて、よっぽどコンプレックスがあったと思われる。
しかも、それを夢の中で親に言ったらなぐさめてくれたみたいに書いてあるのだが、それが爆笑ものっていうか意味がわからない。
「(夢の中で親は)いつも現実で言ってるのとそっくりそのままのことを言った。私のことを『そのまま男にしてもいいくらいの立派な顔』と。夢の中でまで苦し紛れなお世辞を言われて、私はほろりと泣いた」。
まったく、こりゃ泣くわ。15歳の少女に向かって、いったい、これのどこが慰めなのか。。。

また別の夢の中では、大草原の小さな家のインガルス一家の一員になって、西部の荒くれ者たちの撃って来るピストルの弾をかわしながら、父さんの留守の家を守って、帰って来た父さんからその活躍ぶりを褒められている。。。

それと、草原に山があって、それを越えようとしてはいつも越えられない(悪天候とかいろいろあって)という、何かを象徴してるような夢を繰り返し見てるようだ。

その他、細い男性は好みじゃない件。映画のロッキーを見て、生卵を5個飲む、とメモしてある。

中学のころ一番仲がよかった女の子とは同じ高校に行ったのだけど、その子のカレシが地方の高校に行って遠恋になっていた。あまりうまく行ってなかった。そんな時、私にそのカレシから電話が数回来て、彼女の様子を訊かれたり、彼の悩みを聞かされたことも書いてある。私は、彼女の変わりようを見てるので、思い切って言った方がいいのかとか悩み、結局、言わないでおいたようだ。そして、いろんな誤解が解けて、彼女からまた「彼から電話が来て仲直りできた〜ラブラブ〜」みたいな報告が来ることを信じてる、などと書いている。しかし、そうはならなかった。
何年か前、そのカレシとネット上で再会して、当時の話などもした。やっぱり誤解もあったようだけど、それとは別に「彼女の方が変わった」というのもまた事実で、それは必然的にそうなる(別れる)ようになっていただけだったんだ、なんて思ったっけ。っていうか、彼女が変わったのが彼のせい(というか、離れてしまったこと)だったのかもしれないが。

今、ロンドンオリンピックが終わったばかりで、いろんな番組に選手が出たりしてるけど…。このころの私が、あるスポーツ選手に会いたいと何度も何度も書いているのに驚く。なにがって、「せめて声を聞いてみたい」って!
今は、テレビではスポーツ選手がふつうにバラエティなどに出て、何かのネタみたいに裏話なんかもバンバンしゃべってる。私ももはや慣れて当たり前に感じてるけど、最初はそういうのが(語弊はあるけど)スポーツの神聖さ、崇高さみたいなものをおとしめてるような気もしたものだった。でも、もう時代は後戻りしない。スポーツが身近になることのメリットもあるだろうし。選手も、ふつうの場では自分もほかの人と同じ生身の人間だと思われてる方がラクでもあるだろう。
ただ、「声を聞いてみたい」というような、雲の上みたいに感じる対象が減ってしまったんだなぁ、みたいな感慨があった。

最後の方、ページの下半分のスペースに、漢字が羅列してある。
『箋、縁起、蓋、噴慨、綴る、泉が涸れる、朦朧、虜、潔癖、喋る、嗜虐的、恰好、怪訝、馴染む、時折、鬱憤晴らし、傍若無人振り、呟き、脳裡、洗濯、博打、炬燵、覗く、衝立、暴露、驕り、凋落振り、余裕、嘘、溜飲、鬱々、鍛錬、自暴自棄、夕餉、亀裂、贖罪、御褒美、寂莫感、凱旋、達観』
たぶん、何かから読めない漢字、知らない言葉を拾ってメモったんだろうな。独特の漢字使いもあるから、文学作品かも。たっかん、ねぇ。

というわけで、今だに、自分が大人になった気がしない。(まだ、なってないのかも!?)(2号)



posted by 2号 at 12:47| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 回想・思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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