2011年10月11日

on 日記をひもとく。

カムバック サーモン。。。

鮭が上って来ているらしい、そんな季節、2号です。紅葉もチラホラ。

思えば、わたくし2号、人生初のプロポーズを受けたのは、大学1年の時だった。。。
その事件、というか、その時の苦難はずっと鮮明に覚えていた(つもりだった)。もちろん断ったのだけど、とにかく、結婚の「ケ」の字も考えたことなかったころだったし、ましてや、恋愛だってまだまともにしたことがなかったころだったので、ただただ戸惑った、とか、その後ずっとトラウマになった、とか、あまりいい印象がなかった。

ところが、このたび、古い日記を読んでいたら…(また、それかぃ!)

私は、彼のことを本当に得がたい友だちと思っていて、死ぬほど悩んだという意味では記憶どおりなのだけど、意外にも(←つまり、忘れていたとも言えるのだが)単なる友だち以上には「好き」だったらしく、「ただただ問題なのは、彼の「性急さ」その一点だけなのだ」的なことが、日記に何度も書いてある。「そこまで言わないでいてくれたらよかったのに」とか。
彼は、(小太りな)関西人だった。で、私は、ときめくという意味での恋は、別の(標準体型+α=小・小太りの)関西人にしていた。一目ボレだった。
彼と二人で遊んだりすることがある一方で、別の人に片思いしていた、ということだ。この片思いの記述は、まあまあ恥ずかしくない程度にかわいいもんで、本当にドキドキするタイプの恋だったみたいだ。途中、まったく自分のタイプじゃない人(いわゆる今で言うイケメン)にも一瞬ひそかに惹かれて、そのタイプ違いの思いを断ち切ろう断ち切ろうと苦労してる様も書かれている。ったく、なんて気が多かったんだ!!ビックリしたゾ。当時も、「私の非面食い体質に反する!」と、かなり自分で自分にダメ出ししている。おもしろい。。。

高校時代、すでに、非面食いは自覚していて、実際、中学からは見た目はアレな人ばかり好きになっていたという実績は十分に積まれていた。だから、大学で、たまたま惹かれたイケメンをこんなに否定していたんだろう。確か、仮装行列の衣装のデザインと作成を一手に任されて、その衣装を着る役の一人としての彼と親しく接したのがきっかけだった気がするけど、その時の雰囲気が良かったんだろうと思われる。
彼が「彼女」と歩いてるところを目撃して、アッサリこの気の迷いは吹っ切れて、メデタシメデタシだったようだ。

そういえば、社会に出てからの一時期、何人かで飲みに行くようになった同級生男子たちがいたのだけど、ある時からこのイケメンくんが加わるようになっていたことがあったり、私が入った会社で同期だった女子が、まさにこのイケメンくんと当時いっしょに歩いていた「彼女」だったと判明したり、その後も何かとヘンなご縁はあった。
社会に出てからいっしょに飲みに行ってたころのイケメンくんは、何やらワケのわからない恋愛論を展開していて、私も含めた全員からそれはおかしいだろ〜と言われていた。もしかして、学生時代からそういう浮世離れした雰囲気があって、それがよかったのかもしれない。残念ながら、私がこの再会で再度惹かれるということもなく、彼は、浮世離れした恋愛論のお相手(私の知らない人)と、ずいぶん長くつきあったあとに結婚した。

だいぶ横道にそれたので、話を戻します。
プロポーズして来た性急な彼は、その時こう言った。「好きなんじゃない、愛してるんだ。卒業と同時に結婚しよう。今、YESと言ってくれたら、オレはこの4年間、気持ちが変わらない自信がある」と。
んな、バナな。。。
っちゅうか、その時の私は、「結婚?ってナニ??」くらいな状態だったと思う。
とにかく、私にはそんな約束はできない。4年間の保証もできない。その時現在だって、好きは好きにしても、そこまでの「好き」かと言われたら、たぶん違う、となったのだろう。秋ころのことだった。

彼からもらった手紙もたくさん残っていてビックリしたんだけど、いったいぜんたい、半年ほどの間に何度かいっしょに遊んだくらいでそこまで言い切るってことが私には疑問だったし、そこまで情熱的になれるということがこわかった。
ハタから見ると私のどっちつかずな状態(本人的にはひたすら困って戸惑い悩みしていただけなのだが)が、一部の男子陣の非難を買うことにもなり、クラスの雑記帳に嫌みなことを書かれたこともあった。日記には、女子同級生に彼のことを相談して、いっしょに泣いたりしたことが書かれている。ホントにホントに悩んでいた。
小太りだった彼が、しばらく大学に来ない&久しぶりに来るを繰り返すたびに、青白くゲッソリと痩せていってる、というのも、ものすごく私に罪の意識を抱かせた。ずっと来ない時の日記では、そのことをとても心配していて、自分を責めたりしている。

と、そのあとのことを全部読んだわけじゃないので、詳細はまだ不明なのだけど、その顛末として私が記憶してるのは、2年生の秋ころ、つまり、それから1年後に、学食でバッタリ彼に会った時、思わず「○○くん!」と声をかけた私の横を、彼は何も目に入ってないかのようにすぅっと素通りして行った。ということだ。
「あ、終わったんだな」と思ったことを、よっく覚えてます。
彼の中では、なかったこと、もういない人、に、なったんだ、と。

今もって、彼が私の何にそんなにのめり込んだのか、まったく理解できない。ものすごく深いつきあいをしていたわけじゃなし、私の何を知っていた?否、誤解していた?あるいは、逆に、そこまでよく知らなかったからなのか?
例によって、そのころの写真を見ても、私よりこっちの子の方が百倍かわいいよね!?って感じなのだが。。。

そして、さらに思うのは、彼もきっと子供、いや、そこまで言わなくても、おシリの青いヴァカ者だったんだろう。それ以上に、私は子供だったんだろう。
あの時の私に言ってあげたい。
結婚するまでは、いや、結婚してからだって、そんな男女関係の契約(保証)なんてその気になればホゴにできるのだ。いっしょにいて楽しいなら、上手にキープしておいて、万一、卒業まで奇跡的にその関係がもったとしたら、その時にまた考えればいいのだ。とにかく、せっかく寄って来てくれたものは、カンタンに逃してはいけない。その結果が、これだ。。。と。

純真で、正直過ぎだった。「約束」、ましてや、一生を左右するような約束を、軽々にはできないとマジメに思った。(あるいは、ほかに、チョロチョロ好きな人がいたってのも問題だったのだろうか!?)。卒業までの数年、ほかにも何度かカンタンにリリースしていた。まったく、先見の明がなかったことこの上ない!孝行したい時に親はなし。にも、似ている。

もっと、したたかに生きねば。
と、古い日記から人生を学ぶ今日このごろ。。。(2号)

※古い日記に混じって、小学校卒業時にクラスの人に書いてもらう「サイン帳」なるものが出て来て、例の「君のためなら死ねる」というラブレターをくれた男子の書いたページがあった。
「ちゃんとお嫁に行けよ」って書いてあった。
そうだ、当時は、これを見て、ある種清々しい気分になったことを、おぼろに思い出した。
しかし。。。
この大学時の事件のせいで、その後、不遇な恋愛をするたびに「呪いか!?」「天罰か!?」みたいに恐れたものだったけど、こうして小学校からの歴史(?)を見ると、呪いも二重にかかってたのかも…と、ふと思ってしまった。
などという、いいトシした私は、別の意味での反省が必要なようです。。。



posted by 2号 at 16:39| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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