2015年04月18日

on 男と女

女のおしゃべり、男の(建設的)会話。

お久しぶりの2号@ダーリン出張中、です。
皆様、お元気でしょうか。皆様と言っても、そもそもの数が少なかったであろうところに、長らく更新もままなってない状態で、そこにはもう誰もいないと思いますが。。。
いや、毎度、言い訳になりますが、決してブログが忘却の彼方に行っているわけじゃないです。いつもいつも頭の中には、アレも書きたいコレも書きたいって思いが渦巻いてるのであって、それも、時たま読んでくださる数少ない稀有な関心の持ち主の方々を差し置いて、ひたすら自分のメモとして、あるいは行き場のないアレコレの収めどころとして書き散らしたいという利己的な動機で。

とか言ってる間に、結婚による同居生活も丸2年が過ぎました。
その間にわかって来たこと、いや、わりと早い時期にわかったことですが、つくづく男と女は今日のタイトルにあるような違いがあるもんで、うちは特に、ダーリンがこれまで女性というものと個人的に積極的に関わろうとして来なかった&表向き文系っぽい稼業でありながら、頭の構造は今流行の(それとも、もう流行は終わってるのだろうか?)ガチ理系くんであるがために、違いが顕著に現れるのであった。
もちろん、これだけ生きて来ると、世の中の男性と話してて、時々、予期せぬ反応を唐突にされて「へっ!?」ってなる場面を何度も何度も経験してるし、一方で、いわゆる「おしゃべり」のできる、または、おしゃべりに上手につきあえる男性がまれにいることもわかってる。
で、フタを開けてみたら、うちのダーリンは意外に…ってことはなくて、わたくし2号がこのブログにキーボードから垂れ流してるように、気を抜いて、思ったことを口からダダ漏れさせてると、思わぬ反応が返って来て、びーーっくりするってことは、うちでもよくある。

そう、よくある、ので、さっそくわたくし、分析してみました。

するとまあ、面白いというか、逆にあまりに「理系くん」「男は火星、女は金星」的な話にはまり過ぎてて今さら面白くもないというか。。。

まず、うちの夫は(これより先、うちの夫=特に理系の「男」と読み替えていただいてもいいかと)、そもそも人がグチを言う、それも自分に関係のない内容であっても自分に向かってそれが話される、という場面にあまりに慣れていなくて、そのシチュエーション自体がすごく苦手なようだ。見てると、時には、もしかして自分が怒られてるような気分になってるの?(←お互いのグチを聞きあうことに慣れた女にはわからない混乱ぶりである)と思うこともある。
もちろん、どんな勢いで言っていようと、それがグチである限り、夫に対して怒っているわけではない。そんなに見極めが難しいのだろうか。。。
とにかく、当初は、ただ(肯定的に)聞いてくれてるだけでいいのに、その困惑ぶりにこっちが困惑するくらい、グチに対してひたすら困惑していた。

生理的に、グチを言ってる人を見るのがキライっていうのもあるのかもしれない。内容をきっちり聞く前から、雰囲気を伺って身構えたような顔をしてることもある。これも、単なる慣れの問題なのか、それとも、男のいかんともしがたい生体反応(?)なのか??
ちなみに断っておくと、私が格別に常軌を逸した感じでギャーギャーとグチをまくしたててるわけじゃない、ふだん、女友だちや親兄弟にグチって、ふつうに会話が成り立っていた時と同じトーンだと思う。

と、ここまで、広義で「グチ」と言ってるけど、まあ、あったことを何でも話したい女の習性と言うか、いわゆる(下らない)おしゃべりと思ってください。

次に、夫にとってはさらに高度な対応能力が必要とされるらしい事例、いってみよう。
注)夫が「ハードルが高すぎる」と言ったので「高度」と表現したけど、女から見ると、むしろ最も無意識にできるレベルのことである。

ある日、私がタクシーに乗った時、運転手が私にとっては首を傾げるような対応をしたという案件があり、それを夫に話した時、確かに私は「なんでだろう??」とは言った。でも、話の根底には「大変な目にあった私の心中をわかってほしい」という目的があることは、はっきり言葉では示されていない。
という場合、女性と話してると、「なんでだろう??」に対しては、なんでかがわからなくても「えー、何それ!なんでだろうね!?」と言ってくれる。人によっては、あーでもないこーでもないと、その疑問についていっしょに想像して考えてくれるかもしれない。だけど、そうしてる間にも、最後には「イヤだよね、そういうの」「頭に来るよね!」が来るだろうという安心感がある。
ところが、夫にこれを話した時、一足飛びに「共感」ワードが来なかったのは想定内だったとして、しばらく無言、という思いがけない反応だったのである。
何か気を悪くしたのかしら。あ、これもダーリンにとっては「出来事の報告」ではなくてグチの部類?、だったら、これを話したこと自体がアウトだったか。。。あー、油断してたよ〜〜
なとど、しばし思いめぐらしていると、私にはもう別の話題に移ったか?と思われるくらい悠久の時間が経ったころに、「うん、今、いろいろ考えてみたけど、やっぱり今の話だけでは道路状況とか周りの様子とか具体的な背景がはっきりと把握できてこないから、(運転手の対応の理由が)どうしてなのか自分にはこたえられないな」と言ったのである。。。
え、今まで「考えて」いたの!?
っていうか、ポイントは『そこ』じゃないし!
と、私がブッ飛んだことは、言うまでもない。

確かに、理由が明らかになれば、私のモヤモヤも「具体的に」スッキリと晴れるかもしれない。
しかし、求めてるのは、大変なことがあった私の気持ちに対する慰め、共感であり、一番のポイントは「そこ」じゃないのである。

わたくし2号、こういうことが数回あったのち、ざっくばらんにそのへんの話をしました。
夫のこたえは、そもそも人が自分にそういう話をしてくる時、どうにかしてほしい、あるいは、こたえを知りたい、意見を言ってほしいと思って言って来る、と、思ってるから、とのことだ。(もちろん、こっちだって、そういう場合もあるが)
で、そういう時に、話の内容が「言われてもどうしようもない(何もしてあげられない)」「(その話を聞いても)何を言ってあげればいいのかわからない」「そもそも、話すことで自分に何を求めてるのかわからない」ことだったりすると、とたんに「どう反応していいのかわからない」となり、それをそのまま口に出したり、困惑して何も言わなかったりと、相手(女)の気分を害してしまうことになる、ということらしい。
で、タクシーの話の例では、話の根底の目的を察知するなど「ハードルが高すぎる!」と叫んだのである。
ちなみに、タクシーの話の場合は、ちゃんと考えて適切に反応を返したつもり、自分としてはうまく受け答えした例だ、と考えていたようだ。

そこで、ここは夫婦二人、話す相手も限られるのだし、話す前に話題をあれこれ吟味して選ぶなぞ、逆に女にとっては高度すぎるというか面倒なので、女のおしゃべりにつきあう(フリをする)のに便利な言葉を教えてあげよう、と、わたくし「へぇ、大変だったね」という言葉を伝授しました。
すると、本心でそう思ってない場合は言えない、と言うので、その場合は「へぇ、そうなの(そうだったの)」、それも言えない場合は「ふ〜ん」でいいから、と。でも、「ふ〜ん」はちゃんと聞いてないナマ返事の典型だろうと言うので、たとえ聞き流しての返事だとしても、今までの「無言」とかトンチンカンな反応よりはずっとマシだから、と、わたくし言いました。
とにかく、最低でも、女は何らかの相づちを入れてもらって、最後まで「違和感なく」話し終えられれば、それであらかた満足なのだと。

ちなみに、私が「ざっくばらんに」話したこの会話の最中、夫が、ものすごい大切な世紀の新説を「宇宙語」で解説されてるのを聞いてるかのような顔をしていたことを申し添えておきます。

ずいぶん長くなりました。なのに、まだまだこのテーマは尽きない模様なので、いったんアップして、書いた続きは後日アップされるようにしておこうと思います。(2号)



posted by 2号 at 14:42| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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