2015年04月21日

on やさしい

『夫ネタ』

思えば遠くへ来たもんだ、2号です。ダーリンと同居を始めて、はや丸2年。それまで住んでいたところとも、距離的に離れた。
いろんなものを得て、代わりに手放したものもあり、いろんなことが変わった。

しようしようと思いながらブログの更新が滞っていたこともそうなんだけど、今またなぜかこのタイミングで書いてみたりすると、今のところ内容も前とは違っている(or偏っている?)。
江國さんの本を読んでいて、旦那さまが「自分のことを書いてくれてかまわない」というようなことを言っている、ということで、時々旦那さまのことが書いてあるのを見て、私もそういうの書きたいっていうか、結婚したら書くだろうなと思っていたことは、ずっと前にここに書いた(気がする)。

この話をダーリンにしたら、ダーリンも「別にいいよ」って言っていた。
だけど、彼はこのブログは知らない(はず)。
うん、一生知らないでいてもらおう。。。

というわけで、許可のもとに書いてるのだけど、実際、書こうとしてみると、何やら以前とは違う衝動がそこには厳然としてある。以前は「夫」のことは私の中で「ネタ」という感覚で、だからこそ書きたいとか言っていた気がするのだけど、今は、結婚で得たこの世で一番「大切な人」についてメモって残しておきたいという感覚なのだ。

まず、最初に特筆したいのは、うちのダーリンがとにかくやさしい、ってことだ。
会話は多少アレなことがごくたまにある、ということをさんざん書いておいて言うのもなんだけど。。。

たとえば、ちょっと疲れた顔すると、「夕はん作ろうか?」ってこともなげに言ってきたりするので、「いやいや、働いて帰って来た人にそれはさせられないっす」などと言って、押しとどめている。休みの日には作ってもらうこともあるけど。

こっちが何をどうする的な質問をすると、「どうしたい?」って、まず私の意向を訊いてくる。いつも、合わせてくれようとする。あとからわかったことだけど、合わせてくれた結果、多少不満が残ったりすることもあるらしく、それをまったく言わないこともないのだけど、それでも、次も私に合わせてくれようとしてる(諦めている?)ようなのです。
それでいて、もちろん、ダーリンの方からすごくいい提案をしてくれることもある。だから、いつも楽しく過ごしている。

具合が悪そうだと「病院行く?」って、すごく心配してくれる。これはもちろん、連れて行ってくれるっていう意味で、行かないって言うと怒る。

私が甘えたい時は、よしよししてくれる。
逆に、私がダーリンを甘やかしたい時は、甘やかさせてくれる。
私はいつも、トトロの胸の上で遊んでいるメイ状態なのだ。。。
(実際、ダーリンはいくつかの方面で「トトロ」というあだ名を付けられているようだが、大のオッサンがトトロもないだろうということで、オッサン仲間からは「トロ○」と言われてるらしい)。

ダーリンといる時、結婚当初はよく、村上春樹の「ノルウェイの森(下)」の春の熊のくだりを連想していたもんだ。

「君が大好きだよ、ミドリ」
「どれくらい好き?」
「春の熊くらい好きだよ」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。「それ何よ、春の熊って?」
「春の野原を君が一人で歩いているとね、向うからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」
「すごく素敵」
「そのくらい君のこと好きだ」」

どうでしょう、このほっこりと和む感じ。とろけちゃいそうだよねー。
この二人は結婚してないけど、あまりにもこのくだりが思い出されるので、誰はばかることなく、はずかしげもなく惜しみなく、こんな会話するような世界に飛んでっちゃうのが結婚なのか!?と驚いたよねー。しかも、この小説はクマのことは「たとえ」で言ってるんだけど、うちは実際にクマと転がりっこしてる感触を味わえるからね。その幸せと言ったら、もう、頭の中がお花畑だよね。

一度、「どうしてそんなにやさしいの?」と私は訊いてみた。昔の私は、まさか将来自分が、この質問を誰かにする場面が訪れるとは夢にも思ってなかっただろうけど。

ダーリンのこたえは「う〜ん、体質かな」だった。

つまり、自分はそのへんを意識もしてなくて、ごくふつうでいるので、もしそれがやさしいと言うのであれば、それはもう生来のものだ、という意味かと思います。
確かに、ダーリンのおうちはお父さんもそういう人で、ダーリンは三兄弟なんだけど、それも揃いも揃ってテキパキ動き、周りを時にはやさしく、時にはさりげなく気遣い、女性陣の出る幕がないくらいな感じなのだ。そんなんで、初めて実家にお邪魔した時はどう振る舞えばいいのかかえってオロオロしたくらいなんだけど、先にお嫁に来ていた義妹にあたる方が、「ここは男性が動くおうちで、うろうろするとかえって邪魔になるので、任せちゃった方が効率よく進むのよ」なんか言っちゃっていたので、結局は私もそうした。

今も若いが、もっと若かったころのわたくしの、男性のタイプを表すボキャブラリーには「やさしい」という形容詞は入ってなかったもんだけど、必要だね、「やさしさ」って。っていうか、もっと若かったころのわたくしは、「やさしさ」がどんなに人を心地よくさせるか知らなかったんだろう。違うものに、価値を置いていたってことだ。

「やさしさ」を求めたわけじゃなかったのに、フタを開けてみたら、ダーリンにはこんな大きなおまけがついていたってわけだ。これは、何のご褒美だろうか!?

結婚以来、私がダーリンを表現すると、「心が広く、器が大きく、懐が深い」ということになっている。
細かいことを言い出したら、そりゃお互いにいろいろあるのだろうけど、ダーリンの圧倒的なやさしさの前には、いつもそんなもんは吹っ飛ばされてしまっている。

本当に体質なのだろうか?
今は、ダーリン自身が確信的にそう言ってるけど、もしかしたらそれが無尽蔵じゃないかもしれなくて、尽きてしまったらどうなる!? って、そんな心配をしてしまうくらいの大きすぎるやさしさに、日々感謝しておる。(オチはない!)(2号)



posted by 2号 at 13:02| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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