2012年07月12日

on ガセネタ。

ガセでお騒がせ。。。

パンダちゃんの赤ちゃんに、心からお悔やみ申し上げます。。。2号です。
今日は全国的に涙雨だったようです。

昨日、わたくし2号、口を開けたアホ面で「いや、もしかしたら、ウソかもしれません!!」「私がだまされただけかもしれません!」とフガフガ叫んでいた。歯医者で倒された診察椅子の上に仰向けに寝たままで。

それは、治療の合間の雑談をしていた時のこと。
ちょうど、東京の話題になったので、一日中診察室にいる歯科医の先生も衛生士のお姉さんたちもニュースを知らないかもしれないと思って、「パンダの赤ちゃんが亡くなった」ことを言ってみた(私はこのニュースを友だちからメールで知らされた)。すると、ほかの衛生士のお姉さんも巻き込んで大騒ぎに。そりゃあ、みんな残念に思うよね。

先生も女医なので、みんなで口々にかしましく、「見に行こうと思っていたのに〜」とか「だったら和歌山に行こうかな」とか…パンダ、大人気。。。

死因は何かと尋ねられ、あくまでソースは友だちのメール、とことわりながら、「肺炎らしいです」とか言ってる時、わたくしはハタと、苦い経験を思い出した。

そういえば、いつだったか、北海道日本ハムファイターズの選手の間にインフルエンザが蔓延した時、試合が中止になったことがあった。その時、今回のパンダのソースである友だちの一味である友だちが、「インフルエンザのために試合が中止」みたいな、球団からのお知らせメールを転送して来た。そんな中止ってありなんだ!?と驚いた私は、すぐに別の友だちにこのことをメール。すると、その友だちも驚いて、勤務先で触れ回ったので、職場が大騒ぎ(?)になったらしい。ちなみに、その職場というのも病院だった。

しかし!
それは、一味の友だちが、「雨で中止」というお知らせをいたずらでインフルエンザと書き変えて送って来たものであったことがのちに判明。まんまとだまされた私たち…っていうか、私はいいけど、伝えてしまった友だちの職場での立場は。。。

ほかにも、この一味の友だちたちには、ちょいちょいだまされている。

というわけで、ふと不安になった私は、突然、否定にかかり、「いや、ウソかもしれない」「私がだまされてるだけかもしれない」と叫び始めたのであった。最初、みんながあまりに「ウソでしょ!?」「そんなのイヤ!あり得ない!!」っていう反応だったので、確かに、昨日の今日死ぬなんて、ウソかもしれないって思ったのもあったし。

もちろん、みなさん、なぜ私が突然否定し始めたのか不思議がるので、一応、事情を説明。すごく笑われたのが腑に落ちない。しかも、「ガセだったらごめんなさい」と言いながら、なぜ私が謝らねばならないのかも、腑に落ちなかった。。。

そして、夜、家に帰って、ニュースを確認して安堵、いや、とても残念に思いました。

ご冥福をお祈りします。(2号)



posted by 2号 at 19:10| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

on 占い。

当たらなくても2度美味しい。

一時期あまりテレビを見てなかったのだけど、この1〜2年、ドラマを見るというのが復活しました、2号です。
一番見ないのは、バラエティか?とにかく、見るものはだいたい決まってます。

ワイドショーもそうで、ほとんどが決まったのをチラチラとしか見てないので、ほかのワイドショーがどうだったのかわからないけど、このところウンザリしていたのが、オセロの中島知子と占い師のアレ。私の見てる朝の番組では、毎日やってた。
どうでもいいとは言わないけど、あれほどコト細かに連日やるようなことなんだろうか??
(そして、後半出て来るようになった内田裕也のコメントが、ミョーに軽くアタマに来たことを、付記しておく。。。)

だいたい、占いなんていうものは、私もけっこうキライじゃなくて、たまにいろいろな方法で利用したりもするけど、それは、あくまでも「利用」で、こっちが支配されるべきものじゃないのだ。

占い。
それが、統計学などであったり、霊感であったり、一応何らかの根拠に基づいてるものだとすると、こんなに興味深いものはない。
特に、霊感、あるいは「人一倍鋭い勘」と言ってもいいのかもしれないけど、これが私にとってはカッコウの好奇心の対象となる。
まず、私は、生き物の(不思議な?)能力を信じている。ある種の生物たちが遠くのものを感知したり、遠くの仲間と交信したりする能力は科学的に解明されてるようだけど、古来、虫の知らせとか以心伝心とか、人間同士もなんらかの伝わり合う能力っていうのがある気がするし、犬は人が死ぬとわかるとか実際あるようだし。こういうのを、科学的に解明してくれてもいいけど、科学で解明できない場合に、「ない」と短絡的に否定する姿勢にはやっぱり違和感がある。
パワースポットとか大昔に神社仏閣が建てられてるような霊験あらたかな場所とかいうのも、やはり昔、土地のよい性質を判別できる人がいたってことだと思ってるのだけど、同じ場所で同じ現象を見たり感じたりした時に、そういう判断につなげられる人とそうじゃない人がいる限り、それはある種の「能力」と言ってもいいのじゃないかと考える。まったく何も感じない人もいることを思うと、なおさらだ。

詐欺や確信犯的な悪徳(自称)霊能力者はアカンが、やっぱり、「何かを感じる」ことができる人たちというのが、この世にいるのだと思う。それを役立てたいとか、何かを伝えたいって言うのならやればいいし、私みたいなスタンスでそれを利用する人がいるのも、別にいいと思う。娯楽的文化として楽しむもよし、何か大事な決断の時の判断材料の一つとするのだって、納得して自己責任の上で利用するなら、その人の自由だろう。
ただし、絶対に当たるとか思っちゃいけないし、ハズレたからって殴り込みに行っちゃいけない。

私について言えば、まず、そういう人自体に興味がある。
占いというものが人間が行うものである限り、相性というものもあり、そういう人間くささが絡んでくるところもオモシロい。鑑定(?)にも、互いの人間関係が微妙に反映されて来たりするところも。
で、私と相性が悪い場合、続けても互いにいいことないので、1回限りとする。
いい場合は、同じ人と何度か会ったりする。毎週通う人もいるみたいだけど、私はせいぜい年1回とか、よっぽど何か確認したい具体的なことがあった場合に2回とか。コトによって、人を使い分けることもある。

ハズレたらハズレたで、これがまた興味深い。
私は、どうしてハズレたのか、というか、結局は当たらなかった見立てをした時の、相手のことを考える。霊感なりなんなり、相手は何らかの自分なりのよりどころはあるわけなので(ということを前提にすると)、それがどう働いたのだろう?とか、私が言った内容を思い出して、それとどう響き合ったのだろう?とか、相手の精神状態はどうだったか、どういう気持ちでいたか、はたまた、私がその「予言」を狂わせるような突拍子もない何かをあとからしたのか、とか、どっかから予期せぬ邪魔が入ったのか、とか。
まあ、小説かなんかを楽しむみたいにあれこれ思い巡らせるわけで、これがまた一興なのでした。

一人、とても「よい人」がいて、この人は、私のことをいろいろ言い当てるので、何かは感じたり見えたりしてるらしいと思って、何度か会ったことがあるのだけど、ある時、「あぁ、この人には、私が望んでることが言わなくても伝わっているんだな」と気づいた。だから、話していて気持ちがよくて(まるで以心伝心そのものみたいだから)、その人も私の夢が叶うことを心から応援してくれるスタンスだから、こういう気持ちのよい鑑定結果になるのだな、と、思った。
もちろん、夢のすべてが叶うほど世の中甘くなく、ハズレたこともある。でも、私が自分の心の中で夢が叶った時の映像をイメージすると、おそらく、それがその人にも見えるのだと思われ、それをその人は未来の予言みたいに言っていたのかもしれないなぁ、なんて想像する。

いーのである。それで。
当たってもハズレても私は楽しいし、いいことを言ってもらってる瞬間は、友だちと話してる時とはまたちょっと違った感覚で前向きな気持ちになり、がんばろう!と元気をみなぎらせることができる。これこそが、効用なのだと思っております。

もう慣れたもので、ちょっと辛口の人も用意してある。凹んでも何でもいいから現実を見る必要がある!みたいな時は、気持ちのいい人じゃなくて、わざと辛口の人のところへ行ったり、みたいに。


というわけで、占いは支配されるものではなく、利用するもの。と思っているわたくしにとって、今回の連日の報道は、多少気を引き締めようとは思わされはしたものの、信じられない話でした。
万一本当に当たってること言われて、それが耳に痛いことだったりした場合、私だったら切る。自分と相性が合う人からは、同じイヤなことを言われても、そこに愛情みたいなものが感じられるのだ。ただ痛いだけのことを言われたら、たとえ当たっていても、自分に合わないと思ってそれっきりにする。

それに、ナニ!?神が肉を食べろと言ってる??
んな、バナな。。。その時点でアウトですな。
神は、どっちか言うとベジタリアンやろ。そういう神じゃないと、私と相性合わんと思うし。(私はお肉も大好きだが、そういう問題ではない)。
ってなスタンスじゃないと、占いなんて利用できまへん。

心底弱ってる時も、そこにツケ入ろうとする人なのか、本当に親身に助けようとしてくれる人なのか、その違いを見分けるだけの理性とか余裕は持ち合わせていたい。
とかいう私は、まだ本当の地獄を見たことがないだけなのだろうか。いや、そこまでの地獄は見ない方がいいけど。。。(2号)

posted by 2号 at 15:13| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

on 原発13。

牛肉よ、おまえもか。。。

アンニュイな気分、2号です。
なんだか、毎日「曇り&雨」の予報なのに、意外に天気よかったりして、夜にでもコッソリ雨降ってるの??って感じなんだけど、まるで、梅雨の晴れ間か空梅雨かって感じの湿気り気味な暑さ。こんなの北海道らしくない気がする。

それにしても。。。
やってしまったんですね。牛の肉。
前にも書いたけど、これは本当に、生産者と消費者の信頼の問題に直結してるので、やってはいけないとわかっていた牧草をやっていたということであれば、アウトですよね。ますます、”風評被害に苦しむ生産者の悲痛な叫び”に耳を傾けづらくなってしまう。そうしてしまったのが生産者自身だという、なんとも無念な結果です。みんなで、食の安全を守るっていう同じ側に立って行動しなければならなかったのに。
もちろん、全部検査してなかったの?大丈夫だから流通してたんじゃないの?とかいう、検査体制に対する不満もあるんだろうけど、私は、それ以前の問題の方が大きい気がする。
正しい対処をした結果がきちんと成果として現れてるかを確認するっていう意味でも検査が必要だってのは当然だけど、今回は、そもそもが正しい対処をしてない生産のされ方をしてたってことだよね?こうなると、今後、検査して大丈夫でしたとか言われても、本当だろうか??みたいな気持ちになってしまう。だって、網の目かいくぐってでも、なのか、単に無知・無自覚や軽卒なのかわからないけど、とにかく生産して稼ぎたいと思ってる人がいるってわかっちゃったし、次は、検査だってどこまで信用していいの?って感じになってくる。原発そのものの問題と同じで、もう誰の言うこともやることも信用できなくなって来てるから。
とにかく、しつこいようだけど、これは、本当に「信用」の問題でもあり、その信頼関係、生産者を信じたい気持ちは、私の中では根底から崩れてしまいました。

ていうか、南相馬とか、今回の事故ですごくよく聞いた名前だけど、その程度の検査で、そういうところからこういう生産物が今現在出荷されたりしてるんだ?っていうのも、実はちょっとびっくりしないでもなかったのだが。。。

もともと、私は、近所のスーパーで特売の日にたくさん出てるのがオーストラリア産ってこともあって、BSEの時からずっとそればっかり買ってるんだけど、このニュースを見てから、外食とかで牛肉食べてなかったっけ?と、ぐるぐる悶々と記憶をたどっておる。なんか、食べたような気もする。。。orz
明らかに安全と「思われる」牛肉に殺到して、品薄になって、スーパーで産地偽装みたいな売られ方をしないかとかも、心配になってくる。ここ何年かの販売や製造、生産の側の悪事のせいで、ますます消費者は疑心暗鬼になるよね。

山奥に隠遁して、完全自給自足生活するか、生きるということは、好むと好まざるとにかかわらず、すべてリスクの中でどう生き延びるかってことなんだと割り切るか、しかないのか。
でも、好まざるの方に、こういう形でのリスク(人災?)が混じってくるのは、やはりナットクできないなぁ。(2号)

posted by 2号 at 12:32| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

on 原発12など。

松本大臣発言の流れついでに。。。

今週は天気が悪いって覚悟してたけど、今日とか晴れ&暑いのはなぜ?な2号です。

この人の発言が物議をかもしてます。
たぶん、態度や言動に、人柄が出ちゃったんだろう。ただ、言い方一つ、だった気がする部分もある。言ってる内容のいくつかは、あながち間違ってないとも思われ。
とかいうと、こっちまで批判されるのかな。
でもやっぱ、政治家は、人柄が出ちゃった。では、済まないし、間違ってなくても言わない方がいいこととかあるし。空気読めない人はダメだよね。。。

さておき。
今回の震災、被災地でも自分たちで何とかしようという積極的な動きが見られたのはよいと思った。
受け身のままの被害者でずっといるわけにはいかないだろうから、動ける人ができることをやるのがいいと思う。
あまり何でもかんでも、国、国、国って詰め寄るのもアレだし。もちろん、国にしかできないことや、国がやるべきだろうってことはあるけど。

そんな中。
一般人、地方行政、国。
この関係で、素人なりに今回感じたのは、いくつかの違和感。無知な素人なのでよくモノゴトや大人の事情がわかってないからなのかもしれないけど。

けっこう早い段階で、沿岸部に人が住めないように規制するみたいな話が出てたよね?当然だって、私は思った。でも、地元で反対してる人がいる、と。海のそばに住みたいからって。
たぶん、漁師さんとか水産加工関係とか、いろいろ事情があるんだろう。それは、わかる。でも、もし今までどおりに沿岸に住んで、いつかまた同じような災害があった時、人々は、その時も国とかに補償してくれって言うの?それとも、オレたちは沿岸に住みたいから、同じようなことが起こっても大丈夫なように、防災対策をものすごいお金をかけてやってくれってことなんだろうか。(どこにそんなお金が?)
知恵だけで何とかなることならいいんだけど、じゃあ、何百年もそういう知恵や教訓はちゃんと受け継がれていくんだろうか?過去の同地域の災害後、先人は教訓を残したらしいけれど。。。
一つは、そういう違和感。
莫大なお金をかけなくても災害に強い町がつくれるっていう、ハードな面での知恵があると一番いいのか。

全国各地で、避難したい人の受け入れ体制を整えてる。そして、避難する人としない人がいる。よい情報も悪い情報もとにかく数だけはたくさん出てるので、このあとは、それらをもとに各人がどうするか判断するしかないのかもしれない。
私だったら、可能な限り避難する方向で画策するだろうと思うからかもしれないけど、残るという選択をした人の話を聞くと、まあ、各人の考え方だからいいのだけど、そうなのかなぁと思う面もある。
避難先で仕事があるか、子供が差別やいじめを受けないか、母子だけの避難だと家族バラバラになって問題、生まれ育った所を離れるつらさ、etc.
どれも、もっともだ。と思うと同時に、ふだんの暮らしでもそういうのはあるところ、ある人には普通にあるよね、とも思う。そして、みんな、そういうのに頑張って立ち向かってたりもする。ふだんの生活で。
私は特に、小学校時代に転々としてるので、上記のつらさが少しはわかるつもり。コロコロ住むところが変わって不安定になる気持ち、さびしさもわかるし、家族が離れて暮らすってのとは違うにしても、片親の生活という意味ではそうだったし、いじめも見たし、子供同士の大変な人間関係にも悩んで来た(みんな、多かれ少なかれそうだろう)。でも、耐えられる可能性も高いよ?って思う。それに、仕事のあるなしは、今どき平時でも普通に問題として抱えてる人が多い。
災害や事故さえなければ今まで幸せだった人が、今それによってすでに大変な思いをしていて、避難することでさらに精神的ダメージが大きくなるんだから、他地域の普通の人の抱えてる同様な問題と比べてもダメだよと言われたら、それまでなんだけど。。。
あとは、そういう問題と、将来の健康への不安のどっちをとるかなんだろう。すごい究極の選択ではある。ただ、私は、子供時代に転々としたせいなのか何なのか、土地や地域への愛着が希薄な人間なので、ここで生まれ育ったから…という理由で残りはしないだろう。むしろ、いろんなところに住んでみたいし(子供のころは一つところに住みたかったのに、こんなふうに思うようになるなんて不思議なものだ)。
以上のようなことが、2つめの違和感。というか、いろんな考え方感じ方があるんだなぁという驚きと言った方がいいかもしれない。(健康オタクの私からすると)。
もうこれは、大丈夫と信じられる人は残る。少しでも不安があるのはイヤという人は離れる。という個々人の判断(上や専門家の言ってることを、どう解釈するか)になるんだろうな。
で、一番つらいのは、不安なまま残る(または残らざるを得ない状況にある)ことだろう。こういう人たちをどうするのかは、本当に難しい。将来への不安を100%取り除ければいいけど、キリがなくてムリそうだし、援助付きで避難してもらうにしても、避難によって本人たちに別の不安が生じると言うのなら…。どうしたらいいんだろう?

最後は、原発に関する、地方の長(?)みたいな人たちのスタンスに対する違和感。
どこの誰か覚えてないけど、原発事故を受けて、ものすごい被害者的な立場から発言してる人たちがいたように思う。この人、反対派として当選した人なのかな?って思った。その時、調べてみてもよかったんだけど、もし、こういうこと言ってる首長なりが、推進派として当選してたとしたら、被害者的なこと言うのはおかしいよね?少なくとも、自分の地域の人たちに自分が謝る立場なんじゃないのかな?って思った。そういう違和感。
それとも、地域の人には謝りつつ、地域民に安全をうたっていたオレの立場はどうしてくれるっていう、東電への怒りだったのかな?そのへん、ハッキリしてほしい。

以上。久しぶりの原発&震災雑感でした。(2号)

posted by 2号 at 17:17| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

on 原発11。

限りなく0に。。。

えぇお天気です、2号です。春からこっち、寒くてどうなるかと思ったけど、本当に夏は来るとみていいのか?

その後、仙台の友だちとも濃密な連絡が取れ、少し事情がわかってきました。避難所のお手伝いなどもしていて、忙しかったらしい。子供は情緒不安定になってるとのこと。そうだよね。私が子供のころも関東に大きな地震が来るって盛んに言われていた時期で、いろいろ想像しては浮き足立って過ごしていたのだから、実際にその目に遭ってしまったら…察するにあまりある。

さて、なぜこのタイミングなのかよくわからないけど、今、たくさん報道し始められてる、各地で放射線量を気にする親たち、という話。こうして報道されるようになる前までは、放射線量を気にしてなかったのかどうか知らないけど、実は不安に思う人が多いってことに、むしろ安心しました。
そして、今朝、「安全基準とか言ってますが、限りなくゼロに近い方がいいわけで…」という発言を、私としては初めてテレビで聞いた気がする。

ドイツでは、脱原発という方針を決めた。そのせいなのか、最近やっと、自然エネルギーなどの可能性が堂々と取り上げられるようになってる。こういう流れが目に見える(?)ようになっていくには、これくらい時間がかかるってことなのか、それとも、日本民族の日和見的体質なのか。。。

いずれにしても、よい流れと思われます。
ゆうべ、何かでチラッと見たけど、日本は世界で稼働中の地熱発電施設において7割のシェアを持つって。やろうと思えばやれるんだってわかって、ちょっと希望が湧いてきます。
あとは、福島原発が無事に収束することと、その他の原発の停止&廃炉&他エネルギーへの移行を進めていく道筋をつけていくこと。私が生きているうちに、日本が完全に脱原発するところが見たい。(2号)

posted by 2号 at 12:03| 北海道 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

on 原発10。

こんな私でいいですか?

福島原発の処理スケジュールが順調に遅れております、2号です。みんなは知っていたけど、東電ほか関係者だけが知らなかったらしい炉心溶融という事態も、やっとテーブルの上に上り、それでもなお、すでに遅れてるスケジュールが延びることなく、いったいどんなスーパーマンを連れてくるっていうのか、楽しみです。

いや、スーパーマンがいればいいのだが、このところずっとずっと頭の中に浮かんでるイメージは、「学徒動員」。
もちろん、Gacktじゃないです〜。先の戦争で、学校通いの子供まで兵士や工員として動員されたというアレです。つまり、本来、かかわることが想定されてない人員までも駆り出さないとならない事態。
だって、これから長い長〜い時間をかけてやっていかねばならないわけでしょ?そして、当面はますます放射性物質の影響等において現場が過酷になっていくであろう局面が続くわけでしょ?現状すでに、リタイアした経験者まで駆り出してやってる。今、確保できてる人員だって、近い将来、それ以上被曝できないところまで作業したら現場から退いていくでしょ?そのあと、誰がやるんだろう?まさか、よそ(の国)から連れてくるっていうわけにも。。。
そしたら、失業してずっと職がなくてやけっぱちになってる人とかに、普通よりはいい額の報酬を提示してやってもらうとかするんでしょうか??まさに、恐怖の報酬だ。。。

いや、冗談じゃなくて、こういう点での見通しがどうなってるのか素人には全然わからないのだけど、本当に人手は足りるのだろうか。

学徒が動員される前に、成人、特に、家族も子供もいないようなわたくしなんかが、「わかりました、このわたくしが。。。」と手を挙げざるを得ないような状況になっていくのでは?と妄想してる今日このごろ。。。言っときますが、体力はないです。それでも、使い物になりますか?(2号)

posted by 2号 at 15:54| 北海道 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

on 原発9。

”未来”のこと。
〜昨日のつけたし〜

思いのほか、昨日一昨日とよい天気だったのだけど、今日は風と雨。また、放射性物質飛んでくる?と思わないでもない2号です。

今日、原発の点検をあまりやり過ぎて、止めたり動かしたりをその分頻繁にすることで劣化が早まるという部分(←ハードとしての部分)もあるというのを読みました。さらに、燃料棒の寿命(?)より前に点検すると、その際にまだ元気な燃料棒を取り出さねばならず、それも危険だということもあるとか。
でも、地元の人は、点検の間隔を伸ばすことは嫌がる。それも、心情的には、わかる。
いや、ホントに難しいのね。

もし将来、脱原発の方向にならなかった場合に、自分の気持ちをどう整理するのか。ということもあって、自分を少しでも安心にナットクさせる材料はあるのかと、中立的な気持ちも忘れずにあたってみようとしたりもしたけど(つまり、よくも悪くもいろいろなことを知るということだけど)、やっぱりどうやっても原発にはムリがあり過ぎる気がする。
昨日、まだよくわかっていなかったのでサラリとメモるにとどめた核廃棄物の問題も、今日読んだのによると、やはり依然として大問題のまま立ちはだかってる模様。今でさえ大変なのに、増え続けたら、この狭い国土のどこに保管するのだろう??しかも、原発全廃しても、廃棄物は本体よりさらに長い時間をかけて対処していかなければならない厄介者なわけだよね?そして、新しい原発を増やさなくても、今あるのを動かしてる限り廃棄物は出続けるんだよね?

国土の広い国でも、この問題は大変らしい。

いや、ホントにどうするのか、私にはまったくわからない。なので、安全=事故にならないなら原発を使い続けてよいと言ってる人たちに、妙案があるのか教えてほしいってマジで思います。

温暖化などの環境問題が騒がれ出したころ、それについての意見を聞く時に、一つのポイントが気になるようになった。
この人は、どの程度のスパン(?)で考えてるのかな、ってことだ。
つまり、自分が生きてる間、自分が満足するように世の中がなってればいい、というのから、地球の寿命を人類のやりようで縮めてしまうことがあるのであれば、そういうことをするのは避けたい、未来の人類に少しでも良い環境を残すために今できることを惜しみなくやりたいというのまで、思いにもいろいろなレベルがあるだろう、と。
「未来のために」と言ってる人の中にも、せいぜい自分の目の前にいる孫の代くらいまでしか考えてない人もいる。どれくらい先まで考えてるかによって、見事に意見は変わる。

今回、原発についても同じだなぁと思ったし、そうなると、政治も全部そうだなぁ、と。どのくらい先のことまで真剣に考えて政策を練るかっていう…。短期、中期、長期とかカッコよく分けていうこともあるけど、長期なんて、自分の責任じゃないわぃって、どこかで思ってないか?政治家にはおじいちゃん多いし。

そして、こういう時間的距離による本気度の違いって、今現在の政治家自身と政策の対象者の距離っていうものとも通じるなって思う。
たとえば、就職がない若者のことを本気で心からなんとかしたいと考えてる政治家なんて、本当にいるんだろうか?一つの案件として、ある意味事務的に、なるようにする程度にしか考えてないんだろうな。自分の息子が100人とかいて、全員職がないとなったら心から本気で動くのかもしれないけど、赤の他人や未来の若者なんてどうでもいいんだよね、きっと。もちろん、そうは口に出さないし、もしかして本人そうと気づいてないかもしれないけど。
そうだ。未来の人のこと真剣に考えてたら、国がこんなに借金増やしていったり、年金制度の赤字が膨らむのを放置(してるに等しく見える)してたり、原発の負の遺産を未来に大量に押し付けようとしたりできないんじゃないか??未来は未来で、その時誰かがなんとかしてくれるとでも思ってるのか。それならまだノーテンキなだけかもしれないけど、今、自分とその身内さえ肥えてやりたいようにやれれば、死んだあとのことは知ったこっちゃないっていう確信犯も多いのかも。

そういう「距離」感ということで言えば、原発だって、当事者は離れたところに住んでいる。だから、東電幹部なんかは役割としては真剣に対処してるように見せてるけど、一個人としての心の奥底では人ごとなのだ。安全安全言いながら、原発の近くに住んでる親戚縁者は早々に避難させたという、あながちウソと思えないウワサもあったけど。
結局、どういう距離感で考えるか、なんだと思う。遠い場所、遠い人、遠い未来を真剣に考えられることが理想ではあっても、なかなか人間はそうできないのだろうな。
前も書いたけど、電力会社の社屋や自分たちとその親戚の家や、関連会社、ひいては政府の担当者など、関係する人全部、建て屋の周りに原発タウンでも作って、そこに住み働くようにしたらどうだろう。人的距離も、物理的距離も近いという状況の中に置かれたら、本気でモノを考え、真剣にコトを運ぶようになるのでは?

考えてみたら、政治って、解決できずにずっと引きずってる問題多いけど、それはずっと失敗し続けてるんだって言えなくもない気がして来た。知恵がないのか、実行力がないのか、解決を邪魔してるものを排除する力がないのか知らないけど。それとも、政治には、一般的にいう「成功」はあり得ないっていうか、どこで妥協するかっていうのが政治なのでしょうか??利害関係が多様過ぎて、そうならざるを得ないのか。。。

とにもかくにも、問題をどんどん山積みにしていって、私たちは古い方から順々に死んでいく。
せめて、未来の人たちが、今より数段賢い人たちであることを祈る。。。(2号)

posted by 2号 at 17:25| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

on 原発8。

原発、その後。

よく知らないタレントさんが自殺しました…2号です。
びっくりしたのは、昨日、ふと「自殺」ということについて考えていたところ、夜、家でたまたま手に取った小説にも「自殺」が出て来て、そして、今朝のニュースでこれが来たので、こんなにもシンクロするものか、と。。。

自殺じゃないけど、この大震災のあと、家族を亡くした人たちの悲痛な叫びを聞きながら、ちょっと、ごめんなさい的な気持ちになっていました。だって、私にはともに生きる人も守るべき家族とかもいなくて、人生に大した使命もなさそうで、最近あんまり将来への希望もなくなってるし…となると、私なんかよりあの人たちが生きてる方がずっと価値があるのかもなぁって、マジで思わないでもなかったです。
戦争で生き延びた兵士が「死ねなかった」とか生きてることが申し訳ないとか言っていたので、何をおっしゃる〜!?生きててよかったんですよ〜!!なんて思っていたけど、生きててすみませんって気持ちって、本当にあるのね。。。

そんなこんなで、震災から2カ月。
原発について、さらにいろいろ思ったり、訊いたり、読んだり、見たり、と、してきたので、その経過を少し。

■国民投票
この問題について国民投票をしたらいいって話があるけど、反対か賛成かの二者択一で投票するということだろうか??
たとえば、ゼッタイ反対っぽく書いてる私ですら、できることなら今すぐ全部止めてほしいけどそれはムリだろうから、そっちの方向へ向かえるように加速度的に準備を進めつつ、新しいのも建設せずに、徐々にかつなるべく早く脱原発へと目鼻を付けていってほしいという考え。いわゆる過激な(ヒステリックな?)反原発派ともちょっと違うつもりでいるのだけど、そういうのは一律に「反対」でいいのか?
っていうか、「賛成」の人の中にも、今は必要、だけど取って代わりうる発電方法があれば将来的には脱原発した方がいいっていう人から、原発大好き、何があってもなくさないでくれ!くらいな勢いの人もいるかもしれなくて、賛成の人たちの方が考えに幅がありそうだけど、それがいっしょになるのか?っていう疑問が。。。
この国民投票って、本当に人々の思いが反映されたものと言えるのかなぁ。
このところアンケートらしきものを取ってるのを見ると、思ったより「賛成」が多い。でも、その中身はもっとさまざまな気がしてしょうがない。特に、「ゼッタイ安全ならね」っていう、実はゼッタイなんてことはとても難しいかもしれない条件を付けて賛成と言ってるのは、どうなんだ?誰が安全のゼッタイを保証する??(後述)

■閾値(いきち)
放射線を浴びることに関して、ここまではまったく影響がない(と考えてる学者がいる)レベルというのがあって、そこを超えると従量的に影響が見られるようになっていくという、「ここまで」という閾値があるらしいことを読んだ。
これは、安心材料になるかもしれない。
ただ、私はこういうところに疑り深いというか、生物個々体にベーシックな条件が違うのだから、影響の出方も違うのではないかと考えてしまうので、ゼッタイとかまったくなんて誰にも言えないしわからない(証明できない)と思ってしまう。その限りにおいては、私はまだ完全ナットクはできずにいます。
それと、あの、放射能がいっぱい出たチェルノブイリですらこの程度だったのだから、それより少ない福島は…的なことを、もう結論が決まった絶対的事実みたいによく言ってるけど、逆に、私は、チェルノブイリは全然終わってなくて、思った以上に大変な目に遭ってる人が今もたくさんいるっていう情報をたくさん見かけた。確かに、放射性物質の出た量、広がった範囲は違うのだろうけど、閾値の問題も含めて、チェルノブイリのその後はこれからもちゃんと自分で情報を見ていきたいと思ってる。

■確率
放射線によってガンになる確率について触れたものをいくつか読んだり、テレビで見たりしてての印象は、それがなくてもどっちみちガンは増えてるし、今後も○人に一人の割合でどうせガンになるのだから、その中で放射線との因果関係なんて誰にも証明できない&してもしょうがない、だから気にする必要ない、あるいは、危険性や影響に言及してヤブヘビになる必要はないので、大丈夫、安全と言っておいても問題ないと考えてる人がけっこういるのかなぁということ。
そして、とうとう、ハッキリとそう書いてるのまであった。全部を確率論で並べて、たとえば自動車事故で亡くなる確率とかと同列にして、それで低放射線を浴びた影響で亡くなる確率はそれよりは低いとか。
しかし、自分がその確率の中のどっちに当てはまるかなんて、誰にもわからないのになぁ。
こういうのは一つの判断材料にはなるかもしれないけど、だから大丈夫という結論を導き出すことにはなりえないと思うのだけど。。。

もうここまできたら、つまりは、今、人の判断、評価を待たずして(たとえば数値的に?)明らかになってる事実をそのまま並べて、それに対しての個々専門家のいろんな見解を並べて、自分で判断するしかないって感じか。

■原発の「安全」
賛成派の人の中の多くは、「ゼッタイ安全なら」と言う。
この事故を受けて、今後ますます安全になるのでは?と期待する人もいる。
でも、いくらハードを頑丈万全にして、リスクの対応策も何重にもしたとしても、想定外のことが起きないとは限らないし、ちょっとした人的ミスであっけなく起こることだってある。
そして、一番怖いのは、ハードは必ず劣化するということ。その時に、必要なメンテをきちんとやるかどうかは管理者にかかっているのだけど、必要なお金を惜しまずに投入して、しかるべきタイミングでちゃんとやるのかどうか。古くなったらヘタに延命させずにちゃんと廃炉にするのか、など。
私は、運営上のミスが起きないかどうかや管理が厳正に行われるかという点で、人間というものを信頼し切れない。特に、そういう立場にいる人たちは、なおさら。
このあとしばらくはちゃんとやるかもしれないけど、何年か後、怠慢やごまかしが必ずまた出てくる気がしてならないのだ。補修したくてもお金がないかもしれないし。さらに年数が経ったら、代替わりして、ますます危機感がなくなってるかもしれない。
ハードの面では、やろうと思えばいくらでも万全を期せるでしょう。結局、賛成反対の一つの大きなポイントは、運営&管理する人たちを信頼するのかどうかなんだと思う。

■コントロール
原子力は、あらゆる意味での人間の現段階の能力では、手に余る。以上。

■つきあいきれない
一度作ったら、廃炉にしてからも途方もない時間とお金をかけて処理していかなくてはならない。運転し続ければ、今でも処理し切れてない廃棄物が増えていくんだよね?(リサイクルのことはまだよく把握してないけど)
いつまでこういうストレスが続くのかな?ちゃんと適切に続けていけるのかな?それを、未来の世代にやらせて?
どう考えてもムリがあるように思う。。。

■責任
今まであまりに無知、無関心で、日本中にこんなに原発あることすら知らなかった。狭い国土にこんなに。
ここまでになった、させていたのは、自分も悪いと思う。関心を持って、そういうことも知っていたらどうにかできていたというものでもないけど、何となくそう思う。だから、だまされたとか言いながら100%被害者のつもりで文句ばっかり言っててもダメだよな、とも。
でも、これからは違う。
自分の考えを持って、ちゃんと見ていこうと思う。少なくとも、将来何かあった時には、堂々と責任を問いたいと思う。
私は「ゼッタイ安全」を人に預けたくないのだけど、賛成多数となった時には脱原発の方向に向かわないのかもしれない。そして、遠い将来(遠いと思いたい、否、永遠にない方がもちろんいいけど)万一何かあった時に、賛成してた人は「安全って言ったじゃないか!」「だまされた」「お前(管理者)が悪い」とか言うのだろうか。また?
それとも、今度は何も言わないの?(そのころ、今の人は誰も生きてないかもしれないけど。。。)

■代替エネルギー
地熱に期待!早く、再生可能エネルギーが安定供給されるように研究開発を進めてほしい。
そして、電気が電力会社に一元されないスタイルを望みます。

浜岡を止めて、そのあとほかがどうなるのか。当面は、火力発電による環境負荷の問題もある。今のいろんな環境変化(厳しい方への)は温暖化の影響が出てるからなのか、だとすればどのくらい出てるのか。すでにかなり不気味な状態ではあるわけだし。
だから、最後は、これ↓

■生活スタイル
後退させるということではなく、原発がなくても幸せに暮らせるための知恵がたくさん出てくることを願う。自分もない知恵絞っていきます。。。

中間メモ、以上です。(2号)

posted by 2号 at 17:30| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

on 増税。

現金に体を張れ!

朝っぱらから、NHKで鳥越さんとか香山リカさんとかが出て震災について討論してるのを見ました、2号です。

そして、復興にかかる莫大なお金と現在の国の借金の多さについての話で、当然、増税の是非の議論に。。。

票がほしいから政治家は増税を言えない。
でも、危機的状況をきちんと説明したら、国民だって納得して従うはず。
っていうお決まりの流れ。

こういう話の時にいつもイライラするんだけど、(今も健全に維持されてるのかはわからないけど)たとえばスウェーデンなどの、成功例の一つとして一時期盛んに紹介されていた高負担高福祉のしくみみたいに、自分の懐を痛めて税金を払っても目に見えて見返りがあると信じられれば、喜んで出すと思う。

増税を言うと国民が自分に投票してくれないっていうのは、単に、増税を言う議員に投票したくないということではない。
増税を言う前に、国民がこれなら増税されてもいいなと納得できる仕組みを提示し、それを必ず実現させますと言って信じさせることができない政治家にダメを出しているのです。

今のままムダ遣いを続けるならこれ以上税金払いたくない、今、国民がムダと感じてるものを徹底的になくして、そのうえで、ここにこれだけの額が必要だけど、これくらい足りないのでこれくらい増税しますと言え、と思ってるのです。

「ここに」というのは、もちろん、国民自体が幸せになれる政策です。誰かの私腹を肥やす仕組みではありません。
その政策のために新しい組織を作って、新しい天下りポストを作るということではないので、そこを間違わないでもらいたい。

振り返ってみれば、日本の場合は、諸外国の例を出してきて、(課税と回収の方法があまり詰められないまま)消費税が導入され、その後アップされたわけだけど、その時に税負担の根拠として言われた目的が達成された実感が国民として直接的に感じられない。
そして、今日の討論で言ってたけど、この豊かな生活(基盤)は、借金して作ったんだと。
つまり、以前より税金払ってもあまり幸せになった感じがしないうえに、こんなに借金もしてたの!?っていう状況なわけだ。
曰く、私たちが受けてる見返りは、高速道路や不必要な空港や、あまり役立ってないけど経費だけは食って赤字を生むハコモノetc.なのだと。あと、原発とか原発とか原発とか…ね。
できれば、「日々」幸せを感じられる豊かさや安心を、見返りとしてほしいのだけど。
たとえば、震災に際してもあらためて思ったけど、家に数十年のローンとか、これからの世の中ムリでしょう。すでに、こんな仕組みは無謀なものとなっていたわけで、いい時代に組んだローンに、今どれだけの人が苦しんでるのか。これからの「住」の政策はどうしていくんだろう。

こんな時に、国は財源がまだ足りないまだ足りないと言い、一方で、天下り(←ムダの象徴として使わせてもらうけど)などで私腹を肥やす例が後を絶たない。言われるままに税金払っていっても、誰か一部の人だけがその分どんどん得をしていくだけで、いつまでたっても国民みんなが安心して幸せになれる政策に十分に反映されないと、私たちはもう思い込んでしまってる。
払えば払うほど、自分たちの得になるのではなく、それ以上儲けてどうする!?という人の懐に入るなら、増税に納得しないのは当たり前です。

今回折しも、原発利権にも相当お金が「無駄に」流れていたことがバレたので、国民は、ますますその感を強めているところでしょう。
そこに流れたお金は、誰かの私服は肥やしただろうけど、安全対策や危機管理には十分生かされていなかったのだから。



今回は、被災地の復興ということで言えば、たとえば建設業界は儲かるだろう。インフラ、ハードの整備にお金がかかるので、ある程度しかたない。
そして、増税して増収となった分は、目に見えてそこに生かされるかもしれない。(じゃなきゃ困る)。
だから、今回は納得できないわけではない。
それでもなお、できればムダを見直してからにしてもらいたいと思いたくなる、この気持ち。
もうそんな暇はないってわかってるけど。
でも、あいつらが今まで自分のポケットに入れたお金を全部出したら、何人の被災者が救えるだろうと考えてしまう。
こんなことを国民に思わせて、恥ずかしくないのだろうか。

ちょっと話はそれるけど、大企業(の社長)が(宣伝になるというのもあるけど)、寄付金とか支援物資をたくさん出した話がいくつもあった。
税金から私腹を肥やした人で、個人として多額の寄付をした例はあるのだろうか?したとしてもコッソリだろうから、わからないだけ?

さておき、増税するなら、インフラ整備と並んで、生活そのものや生活手段を失った一般の人がたくさんいるので、その人たちの自立のための施策にかかるお金をケチらないでもらいたい。とともに、ただお金をかけるのではなく、地元の人も参加して知恵を働かせてもらいたい。
ただそのまま元に戻すのは、愚策だと思うから。
本当に、お金がよく生きたなぁと思えるような形にしてほしい。
そこに住む人みんなが幸せに暮らせて、傍から見てもビックリするくらい素敵な町を作ってほしいなと、期待してます。(2号)

※しかし、今回増税して、復興が一段落した時どうするんだろう。復興とかに使わなくなった分、また誰かのポケットに入って、税制を「見直せ」って国民に言われたら、「福祉(←キラー語)の財源が足りない」とか言って、引き続き今の税収を確保しながらそっちの方をホニャララウャムャ…っていう、いつもの繰り返しパターンになる図が想像される…orz
そして、税金を下げることにはならなかったのに、いつまでたっても国民が満足する福祉の体制は築かれないまま、超高齢化社会で→→→この先は想像を超えてるので、どう憂いたらいいのかもわかりません。。。

※※今日のタイトルはキューブリック映画のタイトルだけど、血税には体を張るくらいシビアに真摯に向き合ってほしいという気持ちにピッタリ来る言い方だったので使っただけで、映画の内容とは関係ありまへん。。。

posted by 2号 at 15:12| 北海道 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

on 原発7。

差別の正体。

今日は、札ドに行きます、2号です。ダルビッシュくんの日ハム最終年になるかもしれない今年は、可能な限りナマ応援します。

さておき。
コトがコト、時期が時期だけに、ナーバスになってる人の目に触れるのは避けたいと思い、こんな日陰ブログでも一応気づかってコメント欄に自己コメで書いたりしてたのだけど、今日、こんなツイートがRTされてるのを見て…どうも、やはり問題の本質がズレてる気がしてならないので、こちらに。

そのツイートはこれ↓(この引用がマズいならどこかに言いつける前にこちらに言ってくれたら削除します)

毎日新聞の「服や車に微量の放射性物質が付着したとしても洗い流せばいいし、人から人へ放射能が感染することは科学的に起こり得ない。」をよく理解しましょう。広島長崎を経験した日本人が意外に放射性物質に関する知識がないことを奇異に思っている人が多いです。


だから、この人も無意識に(?)言ってるように、放射性物質が付着してたとしたら洗い流せばいいので、万全を期して、ついてるかどうかを調べて、必要なら対処をしたらいいのでは?って、私は思うのです。
人から人へ放射能がうつるとか、私は思ってません。過去に被曝した人を差別するつもりもまったくありません。でも、今、目の前に(見えないけど)放射性物質があったら、そこから放射線が出てるのでは?とは思う。

広島長崎を経験してるのに知らないなんて奇異だって言うけど、(自分で勉強してないのかって言われたらそれまでだけど)教育の場ではそんな細かいことまで習ってないし、今まではこういう実質的な部分の知識を持つ必要性を感じてもいなかった人が大多数だと思うので、そういう言い方もないと思う。(まあ、この部分の記述はより扇情的な決め台詞を放ったようにも見えるのでどうでもいいけど)

こういう話はもういいので、はっきりと、ガイガーカウンターが盛んに反応してるような所にいた人(福島と言っても、具体的にどこから来たのかわからないことがあるのが難点だけど)には、実際に放射性物質がついてるのかどうか、ついてても洗い流したり着替えたりとかをしなかった場合は、その放射性物質がどうなるのか、どうすべきなのか、それを教えてほしい。本人だって知りたいよね?

あまりにも、みんな一様に差別はダメとしか言わないし、言われた方もツッ込んで訊くこともなく引き下がって終わりになるので、よくわからないままです。

と書くからには、毎日新聞の記事というのも見てみなくてはと思って期待して読んだけど、むしろ、ますますわからなくなりました。


福島第1原発の近隣地域に住んでいたからといって現在健康に影響が出るほど放射線にさらされたわけではない。

と安心させるのかと思いきや、やはりそのあとで、

屋外に長い時間いて服や車に微量の放射性物質が付着したとしても洗い流せば問題はない。

やはり、屋外に長くいると付着するものなんですよね?でも、洗い流せば問題ないんだから、積極的にそうするようにしたらいいのでは?もし、そういう指導がすでになされ、実践されてるなら、そういう報道なりをすればいい。全員、避難の折りにはしかるべきタイミングで必ず入浴し、着ていた物も処分してきています、って、言えば済むと思うのだけど。
でも、この差別問題に触れるのに、そこを報道しないなんておかしいので、そういう指導や対処は徹底されていないのかなって気がするけど。
あるいは、そういう対処をしなくても、放射性物質というものは、そういう地域を出て○時間くらい経てば、ついていたとしてもまったく危険ゼロなものになります(←とは思えないけど)とかいうことなら、ハッキリそう言えばいい。そうは言えないっていうのなら、やはり不安です。もし、あちこちに落ちちゃうので、その人自体にはついてませんってことなら、それはそれで問題な気もするし。


復旧が進まないことへいらだちが募り神経過敏になるのはわかるが、「未知のリスク」から身を守るためには何よりもまず正しい知識を持つことだ。

だから、そこをずっと知りたいと思ってるのですが。。。

自治体や学校などは率先して正確な知識の普及に努めるべき立場であることを改めて指摘しておきたい。

という論調はあちこちで見るけど、そういう結論付けがあるだけで、本当に知りたいことや不安を100%払拭してくれる、実例に即したわかりやすい説明は見つからない。

そして、なんと。。。

危険か安全かはっきり示せるのであればそれに越したことはない。ただ、低レベルの放射線を浴びた場合の長期的なリスクについてはさまざまな意見がある。「未知のリスク」という点では、長い年月がたってから深刻な被害が顕在化した公害や薬害も数多い。それぞれの時点で可能な限り正確かつ詳細なデータを示し、「ただちには影響がない」としか言えない根拠をわかりやすく説明していくしかない。

これで完全に、さらに不安が増しましたが。。。人やその持ち物の表面についてる場合は、その人とその人の周りにいる人はどうなんですか?
っていうか、結局、今は誰も大丈夫とは太鼓判押せないので、ついてるならなるべく早く洗い流すに越したことはないっていうふうに思える内容なんですけど。

グレーなことは避けたいと思う気持ちを持つ人はいるわけで、それを他人がどうこう言うのもおかしい。発端は「不安」なのだから、それを取り除くことが一番建設的な解決方法だと思います。むしろ、こっちだってグレーを白にしてほしいとずっと思ってるのです。なのに、どうして道徳論にすり替わってそこで終わってしまうのだろう。

よく考えたら、それが本当に無意味ないじめや差別なのだとしたら、いじめたり差別すること自体がその人の目的だとも言える場合もあり、まったく問題は別な気がして来た。今回のことは、100%大丈夫と思えたり、その差別はここがこう間違ってるので無意味ですとわかりやすく説明されれば、なくなるはずのものだよね。差別したくてしてる人はいないだろうから。
だから、早く「科学的に」不安を取り除いてほしいです。(2号)

※避難して来てから何日もたっていて、それゆえに入浴や着替え、洗濯、あるいは衣服の処分はとっくに済んでいるという人に対して不安を感じる必要がないことは、わかっています。問題は、当該地域から来たばかりとか、避難の途上にあると思われる場合。しかも、パッと見では傍から判断できない場合。
※書いてると、思いを明確にしようとするあまり不安心配が過剰な感じになって来てしまうのだけど、自分がまさに直面してるというよりは、日々これを身近に感じてるエリアの人の気持ちになって想像してる面もたぶんにあり、こういうことが起こる背景を理解したいと思って書いています。そして、放射性物質が人と接した場合、モノとしてどういうふうについたり離れたりするのかの真実が知りたいのです。また、避難者の方が、差別で悲しい思いをするなど、二重の被害者(原発と差別の)になるのはよくないという思いで書いています。

posted by 2号 at 16:53| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

on 原発6。

風評??

「健康オタク」という言葉が社会に出て来る前から、自らその言葉を編み出し名乗っていた2号です。
それは、今流行りのデトックスに励んだり、サプリを献立メニューみたいに組み合わせて摂取したりということではなくて、不摂生と思うことをあまり無茶に続けたりせずに、運動をよくする、食事を大事にする、ムリをしないというような程度のことだったのだけど。

そんな中、お値段の問題があるので、なかなか無農薬野菜や有機野菜だけを買ったり、無添加食品だけを買ったりすることはできないのだけど(工業製品はなるべく無添加製品を買うけど)、野菜はしっかり洗う、過度に人工的なものは過度に食べないくらいの心がけはしている。

そこで、今回の放射能野菜について考えると…

やっぱり買わないです。ごめんなさい。

数値が下がってると言われても、ちょっとは通常以上ついてるの?と思ったら、パスです。
そんなこと気にしないで、農家の方のことを考えて買ってあげられる自分だったらどんなにいいだろうって思う。そしてついでに、ものすごく丈夫で、ちょっとやそっとのことじゃ寿命も縮まらないような豪傑(?)だったらどんなにいいだろう。しかし、自信がありません。。。(実際そうかもしれなくても)

ある報道番組で、ぜひ買ってあげてほしい。個人もそうだけど、社員食堂や飲食チェーンなど大口のところが買って使えばいいって言っていたけど、できればそんなこと言わないでほしい。
今だって、外食やお惣菜、加工品に、自分の望まない原料が入ってる可能性が常にある。そこに、さらにそれはやめてほしいです。
(そうじゃなくても、食品関係では、売る側が賞味期限や産地を偽装するなど、消費者をだました事件は枚挙にいとまがないのだし)。

農家の方、漁業の方は、本当に気の毒だと思います。でも、それとこれとは問題が別だと思う。政府なり東電なりが、ちゃんと補償してあげてほしい。野菜は食べなくても、私もそういう寄付ならしたいし。

風評被害。よく出て来る言葉だ。でも、必ずしも今回のこの言葉の使い方は納得しない部分がある。
たとえば、ノロウイルスの時、カキから検出された例は1件もないのに売れなくなった。これは、まさしく風評被害だと私も思った。その年はすごく安く売っていたので、毎週カキを買って食べていた。おかげで、今もシーズン中は毎週買う習慣になっている。好きだし。
菅さんが食べて今でも語り草となっているカイワレ大根の時も、風評被害だと思った。
でも、今回は、風評被害だと思う部分と、そうじゃないと思う部分がある。
直ちに健康に影響がなくても、もし、通常より多く検出されてるなら、風評じゃないと思います。私みたいな気持ち(主義(?))の人は、ムードに惑わされるわけじゃなく、当然の選択として買わない。それは、無農薬野菜を買うという選択や、形の悪い野菜を買わない(←これは私は気にしないけど)、新鮮じゃないものを買いたくないといった、みんながふだんから自然としてる選択と何ら変わらない、消費者としての自由(や権利?)でもある。

風評被害と言われる事件が起きてニュースになると、必ず、画面から生産者の悲痛な叫びが流れてくる。それが、時々、買わない消費者を責めるような言い方の時があるけど、必ずしも消費者が悪いばかりじゃないことも多い。
どんな仕事にもリスクがある。でも、第1次産業で食料生産にかかわる職業を担ってくれてる人に対しては、私も常日ごろ感謝の念を抱いているし、尊敬もしている(ゼッタイ自分にはできないから)ので、なんで彼らだけ?という意見があったとしても、私は彼らにしかるべき機関が補償してあげることに反対しない。むしろ、してあげてほしいと思う。
でも、買うべきだという強制的な言い方をされることには違和感がある。
必ずしも消費者が悪いわけじゃない、ある程度致し方ないという事情の時に、消費者を責めるようにして、自分たちは買わない人たちから被害を被っているというような言い方をするケースにも違和感がある。それ以前に、消費者が買わなくなる原因があり、生産者の方もその原因に関しての被害者なわけで、ある意味、生産者と消費者は同じ側にいるとも言えるのに。その原因を招いたのが人災なら、その大もとの加害者が責めを負うべきだし、自然災害ならリスクのうちとして、公的補償を受けてほしい。あまり消費者を責めないで、と思います。
私たちも、生産者の方が提供してくれるものを感謝して食べています。生産者の方も、消費者に安全なものを安心して食べてもらうことを旨としていただけたら、お互いよりよい信頼関係でやっていけるのではないかと思います。
生産者の方が、ちょっとでも不安のあるものは自ら出荷しないくらいの主義でやっても成り立つようなシステムが理想だけど、そんなの、資本主義下の自由競争ではムリなんですかね?

これに関連して、続きは自己コメで。

posted by 2号 at 00:12| 北海道 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

on 原発5。

主義なのです。
〜放射性物質、原発などなどに関する素朴な疑問〜

忙しさの峠も下り半分まで来たところにおる、2号です。
原発関連も、依然、抜き差しならない状況でありながら、前ほど報道で取り上げられる時間が少なくなり、まるでニュースの一コーナー的になってます。「今日の原発」みたいな。

さて、わたくし2号、はるかかなたの山々を見晴るかしつつ、悠然と足元の階段を踏み外すタイプである。だから、ケガが多い。ゆえに、レントゲンを撮ることも多い。呼吸器系があまり強くなく、時々ひどい風邪も引く。そういう時も、胸部X線を撮る。毎年、マンモグラフィーを撮る。それも…

そして、自然界には、普通に放射線が降り注いでると言う。
飛行機に乗れば、上空には地上より多くの放射線があり、より多く被曝すると聞く。

だったら、そのうえにさらに、原発から出る放射性物質にまで接したくはないのだが。。。

という認識でおります。というか、これは主義です。

(※これは1カ月くらい前に書き始めて、時々加筆しつつもアップできずにいたものを、状況が変わった部分を修正しつつ書き直しているものです。)

素人考えの間違った認識だと言われようと、どんな小さなリスクでもマイナスなことは極力避けたい。この素人の、素朴な細かい疑念のあれこれを、100%正確に否定できる確実なデータ(しかも、何年も追跡調査を重ねたような)を耳を揃えてきっちり提示し、ていねいに一つずつ説明してくれるのでなければ、この主義は変わらない。グレーな点が一つでもあったら、万一のちに弊害が出た時に、たとえそれとは関係なく起こってるかもしれなくても、グレーな部分に妥協したことを後悔するだろう。因果関係なんて、神様以外、誰にもわからないのだから。後悔はしたくない。

今、テレビに出てる専門家の話も、ネットで調べる資料などでも、私の疑念を100%払拭してくれるものは一つも見つかっていない。難しくて理解できてない部分もあるのだろうけど、理解できないことは自分にとっては知識として役に立たない。公正な立場の専門家とヒザを突き合わせて、一問一答でじっくりとわかるように説明してもらわないとクリアにならないかもしれない。通り一遍な回答には念を押して確認したいし。
だから、もし問題の物質が検出されるようなエリアに住んでいたら、私は避難すると思う。少なくとも、平静とそこにとどまるのではなく、可能な限り避難しようと画策するだろう。これは、過敏に反応してパニックするのとは違う。主義だからです。(※4月16日現在は、避難区域が拡大されている)

関東圏から退避する人を過剰反応とか言ったりしてるけど、必ずしもムードに踊らされてパニクる無知な人たちということではなく、私と同じように思ってる人も大勢いるのではないかと思う。つまり、パニックして逃げてるのではなく、不安に思ってることが100%クリアにならない限りは避ける、という考えのもとに冷静に行動してるということなのではないかと。

この主義についてさらに言えば、たとえば、今検出されている放射線、放射能などが、タバコ一箱吸うよりも健康被害のリスクが少ないと言われても、はいそうですか、ということにはならない。
世の中には、確かに、危険なことがいっぱいある。でも、そのほとんどはある程度納得してリスクを受け入れているものなのであって、リスクと引き換えに個々人が自分にとってのメリットを認めている結果だと思う。タバコもそうだし(受動喫煙の問題はあるけど)、排気ガスもそう。
でも、放射線被曝のリスクと引き換えに受け取れるメリットは、まったくない。楽しくもなければ、美味しくも便利でもなんでもない。原発が生み出す電気は便利だけど、そこに、だから放射能被曝のリスクも受け入れろという契約は本来あり得ないはずなのだし。
で、個々が納得してここまでのリスクはメリットと引き換えに受け入れるとしているリスクの枠は、たぶんすでにいっぱいか、空きがわずかしかない。マイナスをなるべく避ける主義の私なんて、受け入れてるリスクの総量が、すでに枠からはみ出してる感じなのだ。だから、メリットが一つもない(医療行為や旅行とは違う、原発から漏れる)放射性物質のリスクが入る余地はありません。

というわけで、日本が想定外の事態に陥ってる今、将来のためにも、素人の素朴な疑問をまとめて書き記しておこうと思います。

■半減期
放射性物質の半減期という言い方が、ずっととても気になっている。なぜ半分?なぜ、ゼロになる時期を言えないのか?と思って調べてみたら、どうやらそれは言えないらしい。ということは、何を意味するのか?
一方、人体の健康に問題ないとはいえ、微量に残って蓄積する。という記述も見かけた。微量+微量+微量…となっていったら、どうなるのか??

■直ちに健康を害するものではない
「直ちに」ということは、急性の症状は出ないということ?それと、すぐにガンになったりしないってこと?
じゃあ、長期的にはどうなの?将来にわたって影響ないと100%保証できるのか?
どこかのテレビで学者が、「長期的な影響=データなし」というフリップを持っていて、今のところはわかっていないと言っていたけど。。。(晩発性とかいう言い方だったかなぁ?)
単に、将来的に影響が出たものは、逆に誰にも因果関係を証明できないからあえて言及しなくてもいいと思われてるんじゃないかとも疑う。
(※その後、放射能によるガンというのは、そうだと特定できるというような話も聞きかじったのだが、まだ(私は)詳しく知ることができていない。また、医学の世界でどの程度確実な診断がなされているのかも(私にとっては)不明)

■安全
世の中に100%安全なものなんて、逆に少ない。自然の食品だって、少しの毒を持っている。そういうものから体を守る免疫力などの力を生体は持っていて、健康が保たれてる。
と考える時、放射性物質だけは、レベルが低ければ100%安全なのか?影響ゼロなのか?だいたい、そんなこと、本当にわかるのか?
放射性ヨウ素のついたほうれん草を1年間これくらい食べ続けてこうなるとか言われると、そんなに大量に食べ続ける人なんていないよね、というところで思考が終わってしまう(それが狙い?)。少量でも影響受けるという確率は、本当にゼロなのか??
むしろ、たとえば一定量のアルコールの肝臓病に対するリスクを100とした場合、○○ベクレルの放射性物質は0.0XX…とかいうふうに言ってくれた方が信憑性がある。あるいは、発がん性の危険因子としては、○ベクレルで1日何本の喫煙と同じくらいというふうに。
むやみに安全と言われると、かえって信用できない。

■体質・体調・体力
そして、上記と関連して、人体に備わった防御装置は、ただでさえ、食べ物から環境まで増え続けるいろいろな危険物と闘い続け、ヘトヘトになってる気がする。若い人でも生活習慣病やガンになってる人が多いし、医学は発達したけど、人は弱くなってる印象を受ける。
そこへ、さらに放射性物質という負荷がかかったら、それ単体では「直ちに健康を害するレベルではない」という程度であったとしても、個々の個体がその影響を防ぎきれるのか?
さらには、もともとの体質(ガンになりやすいとか)、その時の体調、体力や体格の違いなどによって、受ける影響は同じとは言えないのではないか?
というと、一番弱いところに合わせて、さらにそれより厳しく安全基準を出してるのだと言うだろう。だけど、あと一歩でガンになるという人がいたとして、微量の放射性物質が最後の引き金を引くことはないのだろうか?そういう人は、それがなくても、ほかの引き金でなるだろうから、気にしなくていい、とか?でも、私だったら、そんなもので引き金を引いてほしくない。危険がわかっていて、メリットと引き換えじゃない、リスクだけしかないものは、避けたい。

■感受性の違い
さらに上記と関連して、何ごとも、ほかの人が大丈夫でも、ちょっとのことで影響受けてしまう人はいる。たとえば、水の汚染の件で、乳児は避けるようにとなっていたけど、大人だってそういう体質の人はいるかもしれない。それが自分ではわからないので、なるべく避けたいと考える。
ヘビースモーカーでも長生きな人もいれば、健康的な生活や食事をしてても病気になる人がいる。あるいは、ほとんどの人がかからないような、とても珍しい病気にかかる人が、いる。そういうことと同じで、ちょっとの量で影響を受けてしまうケース(体質)があるのではないかと、素人の私は思っている。

■組み合わせ
薬の飲み合わせや、食べ物の食べ合わせと同様、放射性物質が何かと結びついて有害な作用が増幅されるということはないのか?そういう研究をしてるかどうかわからないけど、あらゆる観点からのリスクの評価なんてそもそもムリだと思うので、人類史上付き合いの浅いものは受け入れたくない。あとから、こうでしたと判明しても、もう遅い。
遺伝子組み換え作物への拒否反応と同じ。

■代謝
放射性物質は体外に排出されると言うけど、代謝の悪い体質の人や代謝機能に問題がある病気のような人を同じに考えていいのか?私なんて、トイレにあまり行かない方だし、汗をかきにくいとかいうこともあるので、心配になる。

(※と、ここまで書いてあった)

冷静になれ、パニックになるな。と言ってる人がいる。それに対して、過剰反応してるように見える人でも、必ずしもパニックになってる人ばかりではないのでは?という思いから、自分の疑問を書き始めたのでした。「〜なのか?」みたいに書いてる部分は、「そうじゃないだろう!」というような問いつめるニュアンスでは決してなく、素朴な疑問形で使ってます。本当に純粋にそこのところが知りたいのです。逆に、わからないことはわからないと言ってほしいし。
あとは、個々で判断する。という、その一歩手前までのわかってるところを、判断材料として全部詳しく知りたい。

今は、住んでるエリア的にほとんど影響を気にせずにいられるけれど、近くに原発がないわけじゃないし、福島もさらに長期にわたった時に影響の範囲がどうなっていくのかわからないし、自分が近くのエリアに移動することもあるだろう。
今の抜き差しならない状況を見たら、将来自分の身にも降りかかるかもしれないリスクについて、むしろ、「本当に大丈夫なんだ」と心からナットクしたい気持ちなのだ。いくら避難したいと思っても、できるとは限らないかもしれないのだから。ナットクするために、100%公正と信用できる第三者から細かく説明してもらって、聞きたいこと知りたいことが100%満たされて、できればその人に、ほうれん草を自分の孫に食べさせてもOKくらい言ってほしいのだ。

というわけで、今でも、日々、新たな疑問が湧いてるけど、さらに書き足すとさらに長くなるしいつまでもアップできないのでこのへんにして、今後、追々メモしていこうと思う。

最後に、ついでに言えば、原発については、エコで継続可能である程度安定したほかの発電方法があるなら脱原発したいけど、そういうメドが立ったとしても今すぐ全部やめるわけにいかないのもわかってる。ましてや、すぐ使える完全な代替策はまだないのだし。逆に言えば、それがあればほとんどの人は脱原発に賛成だろうと思う。
そっちの方向を目指すとしても(ぜひ、そうしてほしい)、そのつなぎの間は原発を動かし続けるのだろうから、今まで内部告発的に言われてきた問題のすべてについて真偽を明らかにし、正しい評価、対策、方向を公正に示して、それに100%の責任を持って太鼓判を押す人もいっしょになって、なんなら私が自ら原発の近くに暮らし、さらには子供や孫も一緒に住まわせて見せましょう、あるいは、自分の子供も原発で働かせましょうくらいのことを言って、本当に実行してくれないかな。100%安全なら、原発の周りに電力会社の本社社屋や関連施設を全部集めて、社員寮や社員の居住地も同じエリアにしたりもできるはずだよね?そのくらいハラくくったら、今まで以上にリスク管理徹底するようになるのでは?なんなら、原発の利権に預かる人ももれなくそこの土地に住んでもらうようにしたらいいよね。原発大好きだろうから、毎日窓から原発の姿を拝んだらいいよ。
そして、私たち庶民は、太陽光発電をはじめとして自分の分くらい自前で発電できる方法を手にできるようにがんばる。町の賃貸に住む自分がどうやってがんばるのかはわからないけど、地方で広い土地がある人は、北の国からの黒板五郎家のように風車とかできるだろうし、水車もありかも(現代風な)。今はまだ私はあまり詳しくないけど、熱とか運動エネルギーとか潮力とかいろんな発電の仕組みが開発されてるだろうし(ひところ聞いたことのある燃料電池は関係ないのか?)、今回のことを受けて、そういう新しい発電システムを開発してる人たちはガゼンやる気が倍増しただろうから、スピードアップしてやってくれるだろうと期待してる。これからならスポンサーもつきやすい気もするし、前にも書いたように、私たちも寄付してもいいくらい思ってますんで、よろしくお願いします。(2号)

posted by 2号 at 13:52| 北海道 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

on 原発4。

おフランス登場も。。。

のどかな春を粛々と享受させていただいております、2号です。
雪ってなんだっけ?

さておき、先日。
原発のエキスパートみたいな、鳴り物入りな感じで、フランスのアレバ社が乗り込んできました。

ニュースの裏が正しく読めないわたくし2号、想像だけで裏を思い描いて不安になっているのだが、来た時にあんなに注目されたのに、どうしてその後、アレバのアの字も出て来ないの?
私の予定では、彼らがこんなアイデアを出して成功しました。こんな機器を使ってこういう成果が出ました。という報道がバンバン出されて、その映像なんかも紹介される気満々でいたのだけど。。。

私はすべてのニュースをチェックしてるわけじゃない。でも、可能な限りハシゴしてニュース番組をつけてる。そして、どの番組も同じことやってる(当たり前と言えばそうなのだが)とか思っていたので、どこかでそれが報じられたら、いくら何でも気づきそうな気もするのだが。。。

当初、頼れるマダム風な女社長が、「私たちをスタッフとして使ってほしい」みたいな趣旨の発言をしたのと、東電ほか日本の関係者がプライドにこだわってる(?)せいで、あえて「アレバ社のおかげ」な部分をそうであると発表しないだけなのか?

だったらまだしもいいのだけど、私の不安は、彼らを持ってしても、これまで日本だけでおこなって来た数々の対応策以上のことはできない、考えつかないってこと=事態は彼らの想像以上にひどいってことなのかなということ。最低でも、たぶん、何かオリジナルの機械を提供するくらいはしてるんだろうと思うけど、飛躍的に事態が収束するのではないか(←素人の私はそう思った)という期待に添う活躍はできてないとしたら、それゆえにあえて名前が表に出ないように静かにしてるってことだったりする?って勘ぐっちゃうのである。
しかも、世界有数のエキスパートって感じで紹介されたのに、この事故に手際よく道筋をつけられなかったら、その名が廃るだけでなく、本国の原子力政策にも悪影響が出ると判断して、何も言わないのが無難とか思ってるんじゃないかと。
それはつまり、エキスパートをもってしても解決できない事故が原発では起こるということ。そして、それを彼らも隠したいということだ。
これら勘ぐりが本当だったら、それすなわち、福島の事故はマジでヤバいってことだよね?
まさか、その旨こっそり本国へ報告して、今後のフランスの原発についての対策、対応を見直す(強化)ようにとか進言してたりしないよね?

という、素人の妄想の暴走を止めるべく、あの女性社長に中間報告の会見してほしい。その人が大丈夫、というか、策も見えてるし見通しも立ってると言ってくれたら、けっこう安心するんですけど。
むしろ、自国の政府や組織より、よそから支援で来た方をより信頼したくなるっていうのは、日本国民としてはマズいのだが。。。(2号)

※夜に追記
アメリカから入ってる専門家チームでは、当初の数年間とそのあとの策についてある程度統一的な見解(処理のしかた)が出てるようで、窒素ガスの注入も彼らのアイデアらしいことを、今日、特番でやっていた。アレバ社は、今のところ、それ以上のことやったり言ったりする必要もないのか?。。。

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2011年04月08日

on 原発3。

原発の水、素朴な疑問。

昨日の夜の地震。緊急報道で、現地と電話をつなぐと、何人もがもう寝ようと布団に入っていたと言ったので、健康的な生活してるな〜と感心しました、2号です。
でも…そんなのんきな話じゃない、わかってます。わたくし、すっかり、もう日本沈没のシナリオが発動してるんじゃないかっていう気分になっており、運良く海外へ逃れられた日本人が、その行った先々でどういうことになるのか(普通に移民?国によっては、受け入れの特別措置法とかできたり?)ということを妄想し始めています。

さておき、依然進行中の福島第一原発の事故。今日は素朴な疑問をメモっときます。

今、毎日あらたに水を注入してるらしいけど、一方で汚染水が漏れて来てるという事実がある。
つまり、それは主に注入してる水が漏れて来てるってことで、漏れて来てるから、新たに水を入れられる(入れるスペースができる)ってことなのだろうか??

ここ数日、発見されていた海への流出経路を塞ぐことができたということがあったけど、あれだけの量流れていたのを止めたのに、別のところの水位が、私が想像してたよりちょっとしか上がっていない。
漏れる水量が減ったのか、それとも、別の方からひそかに海に漏れてるのかと思ってしまうのだが、そんなことはないのだろうか??

そもそも、これから数年にわたって莫大な量の水を入れていくという時に、その水がどうなるのかってことがイマイチわからない。
漏れさせずあふれさせず、注入し続けることってできるの?蒸発するってことなのか??だったら、その気体はどういうもので、どういうことになるのでしょう?

っていうか、注入した水を回収しながら、またそれを注入するみたいな、水のリサイクルはできないものなのだろうか、この場合?(でも、事故前はそうなってたんだよね??)
できないとして、メガフロート(?)だかタンカーだか知らないけど、そういうのに汚染水を詰め込んだら、そのあとそれはどうなる?結局、どこかに水を捨てるのか、それともそれはそのままにしてどこかに置いとくの??いったいどこに!?

あれ以来、可能な限りチャンネルはニュースに合わせるようにしてるのだけど、何かしながら聞いてることが多いので、細かい部分の疑問が解けない。。。
しかし、素人の想像の範囲では、今後再臨界とかがないとしても、難題山積でいろんなことの負担や犠牲が大き過ぎることになっているように思えて…っていうか、この処理作業を何十年も維持管理し続けていくことなんてできるんだろうか?どれだけの人とお金を投入していかなければならないんだろう?

便利な生活が、こんなにも命とか健康を賭することと引き換えだったなんて。
便利な暮らしを続けたいなら、このリスクを背負っていくしかないってことなのだろうか。便利さの度合いをどこまで下げれば、どれくらいリスクが小さくなるのか。それも、原発1基でも広範な被害をもたらすことを思えば、単純に計算はできないんだろうけど。
そして、そのリスクの度合いは、未来へ進むほど大きくなっていくような気がする。つまり、私たちは、自分たちの命や健康だけでなく、未来の人たちのそれも、今、勝手にこんにちの便利さとの計りにかけてることになる。

原発だけでなく、昨日の大きな余震(と言っていいのか…?というレベルだったけど)。
なんだか、これから家を建てるとかしても、どうせ壊れるんじゃないか?みたいな気分になってくる。土地や家やモノに執着してもしょうがないのかなぁなんて思ったり。
そんな時、いつも心に浮かぶのは、モンゴルの草原でのパオ(ゲル)の暮らし。
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/125215247.html
あぁいうのがいいのかもなぁ。。。(2号)

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2011年04月07日

on 原発2。

原発と放射性物質。

そんなに見てなかったニュース番組を、連日見ている2号です。
楽観と悲観が自分の中で交錯します。

原発や放射性物質について書き留めておきたいことがあったので、2週間以上前からそれを書き始めていたのだけど、次々と事態は変わり、新しい事項が出て来るので、なかなかまとめ終わらず、アップもできずにいます。

こうなったら、まとまらなくてもいいから、順々にアップしていこうかと。メモっておくなら今しかないので。

と、ここに書いて、自分にプレッシャーをかけてみました。(2号)

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2011年03月23日

on 2011東日本大震災

妙な罪悪感。

今、北海高校、1点リードです、2号です。がんばれ!1−0だけど。

さて、わたくし2号、今回の東北関東大地震の報道を見ていて、昨日初めて泣きました。っていうか、泣くことができました。

それまで、生々しい映像を見るだに、あまりのことによく飲み込めなかったというか、かえって現実感に乏しい感じがし、被災した方々の大変さも頭ではわかるものの、おそらく、どんなに心配したって応援したって、まったく同じ気持ちにはなれない、わかり切れないだろうという無力感のようなものを感じ…。
想像・妄想がいくら得意な私でも、これは実際に遭った人じゃなくちゃ、しょせん想像の域を越えられない。そんなことを思っていたら、心配してますなんて口で言うのもおこがましい気さえしてきて、こんなエリア外の人にそんなこと言われて、当の被災した人たちはどう思うんだろう、あなたにはわからないでしょう!?って心の中で叫んでないかなとか思っちゃって、その自分の無力感とか、ある種の罪悪感を、もうどうすることもできなくなってつらかった。バカみたいだけど。
それで、テレビを消したりもした。

そんな中、仙台在住の友だちと連絡が取れなかった一件も拍車をかけた。

地震後すぐに、パソコンからパソコンと携帯にCCメールした。いつも、宮城で地震があるたび、大丈夫だった?って訊くと、彼女の比較的新しい一軒家は頑丈らしく、また、住んでるところも揺れの直撃から外れたところだったりして、「全然大丈夫」って感じだったから、今回も大丈夫かなって最初は思ってメールしたのだけど、すぐに返事が来なかった(あとから明らかになった事実を見れば、それは当たり前なのだけど)ということもあって、日ごとに心配になっていったのだった。場所も、名取川から比較的近いとわかった。もちろん、津波が大丈夫でも、揺れも大きかったからおうちは大丈夫だったかな、とか。連絡取れないと、悪い方に考えてしまう。もちろん、電気や通信設備の問題で連絡できないだけかもしれないし、できたとしても、乏しい電気、バッテリーを私宛てなんかに使わないでくれた方がむしろいいのだけど、やっぱり心配は拭えない。

数日して再度メール。
すると、その日のうちに返事が来た。

「大丈夫。ありがとう。あとで連絡する」

ホッとすると同時に、あまりの短さに、あれこれ想像してしまう。バッテリーか、余裕か、物資か、家か、ライフラインか。このメールの短さに現れてるのは、何が足りないってことなのだろうか?

こちらも短く返信して、返事は要らない、何かこちらにできることがあったら遠慮なく言ってと書き添えた。
もちろん、返事は来ない。それでいいのだけど。

周りの人と地震の話をする時は、被災した関係者がいるか?っていう話題が必ず出る。だから、私も何人かには友だちのことは言った。すると、「その後どうなった?」と訊かれることがある。

大丈夫だったということと、でも、もらった返信では状況の詳細はわからないから、まだ心配はしてると答えた。
そこで、ある人が「そりゃそうだよね。あんな大変な状況の中で、興味本位で訊かれることにいちいち説明してられないもんね」と言ったのだ。

興味本位!?

ビックリしたとともに、ものすごくショックを受けた。
それじゃなくても、私の心配な気持ちや応援なんて、被災した人に本当に伝わるのだろうか?(募金したお金は届くだろうけど)。大震災のような大変な困難を経験したこともない者に心配されるって、どんな気持ちなんだろう?むしろ、何か言うたびにウソくさくなって、かえって相手の気持ちを逆なでしてしまうのではないだろうか?みたいに、とてもナーバスになっていたところだったので、「興味本位」という言葉はズブリとハラワタえぐられるようにこたえた。
友だちに、心配してるなんてこっちの気持ちを言って、それを安心させてもらいたいかのように(←もちろんこちらとしては本当に心配だったからなのだけど)メールを送信した、そのこと自体が、もしかしたらすべきことじゃなかったのかもしれないとまで思ってしまった。そっとしておいてほしい人だっているかもしれないのに、と。
特に、私は、親族などの身内じゃないし、友だちと言っても大親友というほどでもないし(少なくとも向こうにとっては、私は近所のママ友以上ではない存在だろうと思う)、その前にもらっていた手紙の返事を1カ月くらいしないでいた人間だ。

折しも、TVの報道も少しずつ、ワイドショー的な趣きが出つつあったころだった。それを見て涙したり、救出話やちょっとしたエピソードに感動したりするなんて、なんだかとってもイヤだった。ネタ(?)を求めて、現地で走り回るレポーターたち。ますますテレビを見なくなった。非被災エリアで、被災地のそういうお話を視聴することで時間を埋めるなんて、罪深いことのような気がした。エンタテインメントじゃないんだ、これは現実なんだよ?って。自分の中に湧き起こるいろんな感情のどれもが、場違いのような的外れのような自分勝手のような不謹慎なような…何一つ肯定できず苦しくなって、テレビを見ていられなかった。

もちろん、頭ではわかってる。一人でも多く救出されてほしいし、その救出劇を見れば、その人のために「よかった」と思える。被災した人に経験を語ってもらうのも役に立つし、語ることで気持ちが整理できたりする人もいるだろう。語りたい人もいるだろう。情報も、被災したかどうかにかかわらず、お互いのために必要だろう。そしてなにより、こうして一部始終(じゃないだろうけど)をテレビを通してでも見ることで、これからずっといっしょに気持ちの上で寄り添って、非被災者も一丸となって日本を立て直そうって思える。
だから、全部否定するつもりはまったくないのだけど、なぜか今回は、ずっと妙な罪悪感に苛まれていたのだった。

今、今日になって、というか、昨日はじめてそういう報道を見て自然と涙が出て、自分の中でそれを否定しないで泣くがままでいられたので、私のヘンな気持ちもおさまって来たのかもしれなく、やっとこうして書くこともできるようになった。

罪悪感にモヤモヤしてた一方で、それとちょっと距離を置くことができたのは、原発の事故によっていろんなことを考え、ちょっとは勉強してみたり、震災後のいろんな対応が「これ、本当に阪神淡路の大震災の教訓は生かされてるのかな?」って疑問に思って怒ってみたりしてたからだ。
特に、地震発生から初期の段階で、避難所や被災地で自宅にいる人たちに、足りないモノはなんですか?みたいに今さらながらに訊いたりしてたのには驚いた。そんなもん、決まってるでしょ!?もちろん、個々の人が個々に必要なものに若干の違いはあるだろうけど、特に災害の発生直後は訊くまでもないだろうに。こういう時に、避難所があるとわかってて、行ける所から順にサササッと送って初期段階の急場だけでもしのげるような災害セットのようなモノって、ないの!?それに、阪神の教訓を生かして、もっとシステマティックにことが動くのかなぁなんて思っていたのだが…。

さておき、被災地の人たちの強いメンタリティに、逆に勇気や元気をもらったりもしました。今は、人のやさしさや強さに全開で感動できるし、モノも言えるようになってきました。あんなふうに感情の面で混乱(?)した自分は、まだまだ全然弱い。修業の足りなさに自分でもビックリです。。。(2号)


※途中まで書いて放置してる間に、北海高校が勝ったもよう。
それにしても、この大会、東北高校とあたる学校は大変だなぁ。。。
どこの学校も頑張ってほしい!


posted by 2号 at 19:11| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

on 原発。

電気のこと。

このたびの震災では二次的な問題も多くて、本当にいろいろ考えさせられてる人が多いと思います。その一人、2号です。

ある人がTwitterに流してくれた興味深い記事があったのだけど、それは、以前、原発に深く関わっていて、その後、原発の反対派になった人が書いたもので、とても説得力があった。これを読んで、今まで自分がいかに無知・無関心(地元に建てるとなったら勉強してたぶん反対していただろうけど、情けないことにどこか人ごとだったのだわ)だったか思い知らされたとともに、こんなものをなすがままにさせていたのかって思った。

ここで、難しいことは書けない。
でも、一言で言って、原発の原動力として使われてるプルトニウムをはじめとする物質は、今の人知の範囲では扱い切れないということははっきりと言える。ほとんど未来永劫、そのあと処理に苦労し続けるだろう。そして、それをやり続けるのは、むしろ、今生きてる人間じゃない。

こうして、すっかり原発反対派になった私なのだけど、去年おととしとダムの反対派にもなったし(水没予定地区の美しい自然を見たりして)、火力は温暖化に悪影響を及ぼすし、燃やす資源も有限。

そこで、ハタと困った。
これからどうやって電気を作り出せばいいんだろう。節電すれば済むのなら、やる。たぶん今だって、私はあまり電気を使ってない方だと思うし、さらなる節電となったら、まだできる部分がいくつか思いつける。
関東方面の電力不足の状況で人々の意識も変わり始め(少なくとも今だけは)、電力需要を今より減らそうと今言えば、減らせるだろう。だけど、それでもやっぱりそれだけじゃあ足りない、というか、完全な脱原発かつ環境にやさしい発電の仕組みは築けないのだろう。今は、まだ。

少なくとも電気に頼る部分をこれ以上増やさず、徐々にさらなる省エネ社会への移行を模索しつつ、新たな発電の方法の研究を進めてほしい。その研究にあてる費用を、なんなら寄付・募金してもいいとすら思う(関係組織の天下りの人の報酬としてムダに消えないのならば)。

これまた無知なのだけど、太陽光発電のシステムを個人宅に設置することを義務化とかできないのかちら。全戸につくとなったら、設置費用も安くできるようにならないの?個人宅は全部自分たちでまかなうとなれば、電気に対する意識も相当変わるだろうな。
それとも、費用の問題だけじゃなく、ソーラーパネルの機能が、まだそこまでになってないのでしょうか。

とにかく、電力とか発電の問題は、悠長に現状にあぐらをかいていられることじゃないんだと、今回初めて思い知った。これから、電気自動車も普及するんでしょ?いったい、どうするんだ!?(2号)

posted by 2号 at 20:02| 北海道 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

on 政権交代に。

サルでもわかりたい。

基本的に、選挙権は正しく行使することを旨とする、2号です。
ただし、ここだけの話、これまでの人生で1回だけ、投票日であることをすーっかり忘れていて、行けなかったことがあったけど…。あの失念ぶりには、自分でもビックリでした。。。

私が有権者になって初めての選挙は、とある地方選挙でした。
選挙の結果はかなりすごいことになって、しかも、自分の1票がそのスゴいことを引き起こした中の1票になったことで、けっこうコーフンしました。朝まで開票速報を追って、起きてたのを覚えてます。それくらい、ギリギリまで当確が出なかったので。
朝、配達された新聞ではすでに、その時の当選者を「当確」と大見出しで伝えていたのだけど、あとから、あれはその新聞社の責任者が首を賭けての大英断に踏み切った結果だったと言ってました。当たってよかったすね。。。

そんなわけで、自分が選んだその人がどんな働きぶりを示すのか、議会に見に行きました。すると、グー然にも、エレベーターで一緒になって大感激。
議会終了後には、傍聴席(?)に入っていたテレビの取材に呼び止められ、どう感じたかを訊かれるということもありました。

最初がそうだったので、選挙(=政治?)にはそれなりに関心を払うようになっていて、その後も、投票日前夜に全候補がまみえる最後のお願い大会(すすきのフィーバー)なぞに出かけたこともあった。
ちなみに、自分でチェックしていた限りは、私が投票した候補は必ず全員当選するという快挙(?)が続きました。確か、今でもそれほどハズしてないはず(って、クイズじゃないんですけど…)。

長い前置きがさらに長くなる前に、本題。
今回の選挙、久々にすごいことになり…一番うれしいのは、まず、予算の使い方を洗いざらいチェックして、ムダをただそうとしていること。
これまで、いかにも無駄遣いしてるのに、支出の内訳をあいまいにしたまま消費税を上げるだの上げないだの言われることが、ものすごく納得できなかったので、これは徹底してやっていただきたい。
奇しくも、なのか、ワザとなのか、今、フジ系列の昼間のドラマ再放送枠で、キムタクが総理大臣になるという「チェンジ」をやっているわけなのだけど、あれを本放送で見ていた時も、いや、もっと前からだ、理想主義のアマちゃんであるわたくし2号、政治は理念ありきと思っているので、本当に大多数がよいと思う理念や政策を打ち出した人がいたら、じゃあ、その実現に向けてお手並み拝見みたいに、イジワルっぽく手腕を問うのでなく、他の議員も官僚もみんなで実現すべく後押ししたらどうなの?って思う。足の引っ張り合いしたりしないでさ〜。その方が話が早いし、みんなにメリットあるじゃん!
まったくの素人なので、トンチンカンなことを言ってるのはわかってるのだけど…

(中略、っていうか、素人のつぶやきは自己コメで)

たぶん、国民の半分は私みたいにトンチンカンじゃないかと思うわけで、キムタク演じる朝倉啓太の「小学5年生にわかるようにお願いします」というのは、きっと的を射てる。
それと、前から、私にも予算の優先順位をつけさせろ!と思っていたのだけど、何を見れば、現在、検討すべき案件のすべてがわかるのだろう?と、ネット見たりしてみました。わかりづらい。。。
あと、全議員がそれぞれ今何に取り組んでるのかとか、一覧でわかるものはないのでしょうか?
まずは、衆参両院の公式サイトを小学校5年生でもわかるように作り直す、あるいは、「サルでもわかる版」を新設・併設するっていうのはどうでしょう。ぜひとも、協力させていただきたいです。。。(2号)

posted by 2号 at 22:20| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

07.10.25 on 赤福の事件

腐っても赤福、おそるべし。

日本シリーズまであと2日、2号です。

それとはまったく関係ないのだけど、「赤福」の事件、ありました。
TVでは、赤福の店に来て、「えー、赤福を買うために来たのに、買えないんですか?」と言ってガッカリしてる人たちの様子を映し出してました。
そうそう。今は、ゼッタイに買えないのよ、キミたち。この私だって、「白い恋人」があんなことになってわりとすぐのタイミングで、「白い恋人を入手してくれ」と頼まれた時に、石屋製菓に電話しました。よもや、在庫(?)からコッソリ売ってくれるとはさすがに期待してなかったけど、実はもう少しで再発売されたりする的な情報の一つくらい聞けるかと思って。あるいは、あそこの店でコッソリ売ってる的な情報でも可。しかし、少し粘ってみたが、「申し訳ございません。ないものはないんです」的な答えしか引き出せませんでした。(そりゃあ、そうだ)

それにしても。。。
消費者をダマすだけでなく、衛生上まずいことをするなんて、絶対あってはいけないということは言うまでもないし、罰せられるべきではあるけど、もし今回のことにケガの功名があるとしたら、赤福というものの存在をまったく知らなかった私に、その超人気らしい赤福というものを絶対に食べてみたい!!と思わせたことだ。っていうか、そう思ってるのは私だけじゃないはず。早く売り出し再開してもらいたい。(2号)

追記)自己コメ
posted by 2号 at 19:16| Comment(4) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月16日

07.08.16 on 石屋製菓不祥事&ダルビッシュくん誕生日

どうなる!?コンサドーレ札幌

札幌在住 2号です。
石屋製菓がやっちゃいました。シンジラレナイ。

地元民として(?)、白い恋人はほとんど食べないんだけど(お菓子としてはロイズの方が好き)、それより何より気になるのは、コンサドーレ。選手は、「白い恋人」をユニに付けたまま、これからもプレーするんだろうか?今年は昇格しそうだっていう大事な年なのに。

あー。その前に、今日、福岡で、ダルビッシュくんがソフトバンク戦にバースデー登板します。あの、お立ち台結婚宣言からは、初の登場。誕生日ともあいまって、またまた注目度大で、大変だろうけど、頑張れ、ダルビッシュくん。
(こんなめでたい日に、石屋製菓不祥事と抱き合わせで、ごめんねー)。

それにしても、石屋製菓。このタイミングで、なぜ? っていうか、表示と違うもの使うとかいうゴマカシならこれからもあるかもしれないけど、衛生上の問題が発覚しながら適切に対処しないなどの不祥事は、なくなるだろうと勝手に思ってたけど。人間って、思った以上にずぅずぅしいんですね。。。(2号)

※ちなみに、今、札幌大通では、ペコちゃんが赤いギンガムチェックのワンピースを着て、愛らしい笑顔をふりまいています。がんばれ、ペコちゃん。
posted by 2号 at 15:51| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース・時事・芸能界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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