2010年01月30日

on JキャメロンのAVATAR

映画好きの、アバタもエクボ。

このところ忙しくて忙しくて、めまいがしそう…2号です。
どうも、社会復帰が全然できてない上に、体力的にもそうとう衰退していると思われる。
それに加え、肋骨(軟骨)は1カ月も経つのに相変わらず痛いし、軽く考えていた突き指もまだ全然痛い!
先週、痛み止めをもう一度もらいに行ったけど、先生曰く、「痛み止めって言ったって、動かした時に感じる痛みを止めるわけじゃないから」と。
結局、痛みを感じるような動かし方をしないようにってことで、病院に行っても夢も希望もない。

そんな先日、「『あばた』見る?」と、オジさんが言った。
あばたって、アバタもエクボのあばた??って思って、そんなもん見てどうすんねん…と思いつつキョトンとしてると、チラシを出して来た。

全米でタイタニックを抜いてどーのこーのの「アバター」のことだった。

タダじゃなければ見ないところ、タダだったので、何とか都合を付けて、昨日見ました。おかげで、今日、および、来週に仕事がこぼれた。明日は仕事しないつもりなので。

さておき、アバター。
最初はあまりのことに(?)斜めに見ながら、こういうのが興行の記録を作るアメリカって、いったい…??と、アメリカ人の国民性に何度も疑問を投げかけたりしていたのだけど、文字通り、「慣れて」来るとだんだんそれなりに面白くなって来ました。
主人公が潜入する宇宙(なのだろうか?)の星にある森の様子などが、ディズニーのアニメを実写(でもないだろうけど)したような感じで、楽しくてきれい。
途中、「っていうか、これは、『もののけ姫』をけっこうパクってないか?」っていう疑念がフツフツと湧き、それが確信に変わっていきました。が、どうなんだろう??

それと、ネイティリっていう、宇宙の星(?)の原住民のオナゴの顔が、どっかで見たことあるどっかで見たことある、と。こういう面立ちの人、ぜったい日本人にいる。。。それも、とっても気になりました。

それにしても、かつて、年間200本以上を映画館で見ていたこのわたくし2号ではあるのだが、今回の映画は「超」がつくくらい久しぶり。(「沈まぬ太陽」の試写会を除けば、だけど)。
今でも映画はやっぱり大好きだし、一つ見ればまた見たいとなるのだけど、あの時、いろんな事情でパタリと映画館に行けなくなって、しばらくしてから振り返って感じた「この数年、映画という映画を見まくって、一生分くらい満足したのかも」ってことと「見続けてると、映像としての技術そのものや表現的な新しさや、描く内容のテイストみたいなものに、だんだん新しい発見はなくなってくる」ってことは、昨日もまったく同じように思いました。
今は、もはや3Dへ行くしかないのか!?って感じ。
そんなの、ちゃんちゃら、どーでもいい。飛び出すと多少楽しいかもしれないけど、しょせん邪道だゼ!って思う。

しかし、だからこそ、映画本来の最大の魅力であるはずの「ストーリー性」や「ドラマ性」、つまり、中身で勝負!っていう作品を見たいと思う今日このごろ。。。
たぶん、世界中で、見応えのある映画は、今でも作られてるのだろう。
だけど、韓流がまき散らした間違ったブームのせいなのか、日本映画もテレビ局などが絡んで、右にならえ的なのばかりたくさん作られて、そういうのがスクリーンを占拠してるので、国内外の良質な小品がなかなか見られない事態になってる気がするのは気のせいかな。
私自身が遠のいてしまってるので、アンテナに引っかかって来ないだけかもしれないけど。。。

っていうか、映画っていうのも「習慣」なんだな〜って、改めて思います。映画館に行くことが生活の一部に組み込まれてしまうと、年間200本以上軽く見てしまうことになるのに、行かないとなると、丸1年1本も行かない…ってことにもなる。中間がない。。。(あくまで私の場合)(2号)

※今日のつぶやきは…
http://miha27towitter.seesaa.net/




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2009年08月04日

on レジスタンス映画

映画「シャーロット・グレイ」。

映画評論家に(も)なりたかった、2号です。
観た映画の感想を書いて、1年分を1冊にまとめて、友人たちに勝手に送りつけていた時期もありました。。。(迷惑行為??)

昨日に続き、心に残る映画の話。

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ストーリーを一言で言うと、シャーロット・グレイ(演じたのはケイト・ブランシェット)が大戦下で諜報部員になり、その活動を通して起こる事件や出会いを描くという感じ。

わたくし2号、これまた映画の影響と思われるのだが、もし自分が第二次大戦下のヨーロッパに生まれてたら、ゼッタイ優秀な(?)レジスタンスになっていただろうと、子供のころから思ってました。。。不謹慎なのかもしれないけど、ものすごい憧れがあって。
なので、この手の映画は好んで観ていて(「暁の7人」はどうやったらもう一度観られるのだろう…)、その関連で、ナチス関係の映画もよく観てました。

その中で、わたし的にこの映画の何が特に心に残ったか。(注:それなりにネタバレです)

その1
諜報部員になる面接(?)で、「信頼、愛、希望」のうちどれを一番重視するかと問われる場面(「愛」の部分はうろ覚えなので、違うかも。悪しからず)。
この質問が出た時、私の頭の中でめまぐるしく思ったのは、諜報部員なんだから、「信頼」と言えば、その仕事にいかにも向いてそうで、「希望」というのは、パッと聞いただけでは、一瞬、何の関係もないような、捨て選択肢みたいな感じかな、ということ。
しかし、シャーロットは「希望」と答えるのです。
この質問が、面接でどの程度重視されてるかはさておき、採用となったシャーロットは、ドミニクの偽名をもらい、活動開始となります。
そして、その活動の終盤、彼女が取った行動(それが何かは伏せときます)は、まさにこの「希望」から発したものなんだと思った時、感動が100倍になりました。。。
この映画を観た人2人にこの話をしたら、どっちも、「そんな質問あったっけ??」みたいな反応だったのだけど、これはかなりこの映画の「テーマ」だったと思うぞ。

「希望」という言葉は、いつもどこかで言われていて、そのせいか、何となく改めて噛みしめてみることもないような、ありきたりな言葉になりがちなのだけど、この映画を観て、「希望」というものが実際どういうものなのか、というのを疑似体験ながら実感して、私もこの言葉がすごく好きになりました。

その2
活動開始後は、シャーロットは本当の自分ではなく、ドミニクとして行動することになる。確か、諜報部員になった動機が、戦争に行った好きな男の消息をつかみたいというような、どっちかというと不純な(?)ものだったせいか、ドミニクの活動はどこかお嬢様芸のような、甘いようなところが感じられたりするのだけど、活動中は常に状況が状況だけに、緊迫しているので、危なっかしさがよけい観てる方としては痛々しくて、今にも本当のシャーロットが出て来てしまうのではと思う場面も。
そんな中で出会うジュリアンという男性との関係性も、映画の一つの柱になってるのだけど、ラストのラスト、ジュリアンに自分の本名を告げる。そのシーンが、何とも言えず良くて、戦争が終わったということと、彼女がドミニクを葬って本当の自分として本当にしたかったことをしたということの感動があいまって…号泣です。。。

それにしても、自分を出せないって、こんなにつらいことなのか。。。
逆に、愛する者同士、本当の自分を見せ合い、受け止め合い、理解し合えるって、なんて貴重なすばらしいことなんだ…と、思わせられます。

以上。
淀川さんなら「希望なんですねぇ〜」と連呼し、小森のオバちゃまなら「人を愛する時は、本当の自分をさらけ出さなくちゃダメよ」とかなんとか言いそうな映画。おススメです。。。(どちらも故人になってしまいました。。。)


…と、言いつつ。
今、何もないような宙ぶらりんなプー太郎の私としては…、新しい名前で新しい場所で新しい人生を生きてみたい。。。というような気分なのであって…これはいったい、どうしたもんでしょうか。。。(2号)
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2009年08月03日

on 映画の中のロンドン

映画「フォロー・ミー」。

映画大好き、2号です。
とは言っても、数年前までは年間200本とか映画館で見ていて(それゆえ、いろんな目にもあっていた(※))のが、公私ともに忙しくなって、映画館からは足が遠のいてしまいました。

(※)
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/102531063.html
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/102531064.html
http://miha27kininaruki.seesaa.net/category/5414173-1.html

映画が好きになったのは、家族の影響かと思います。昔、毎日のようにテレビで洋画を放送していて、映画好きの同居の大人たちが必ず観ていたので、自然と引き込まれて。
そうして子供の感性で受け止めた古い映画たちは、独特のインパクトを持って私の中に刻まれています。

最近、なつかしさからもう一度観たのは、「雨の訪問者」(チャールズ・ブロンソン)、「ラストコンサート」、「フォロー・ミー」(ミア・ファロー)、少し新しめのところで「読書する女」など。

今日は、その中でも特にずっと好きだった作品「フォロー・ミー」のことを。

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これは、探偵の浮気調査と絡めたラブストーリーのようなもので、メチャメチャ大人の事情な作品なのだけど、どこかオチャメで間がヌケてて、何より、尾行の場面が子供が観ててもとても楽しく、心に残ってました。
のちに大人になって、夜中に放送されてたり、BSでやったりしてる時に気づいて観てみたら、それだけではないとても深いモノを感じ、お宝映像的な要素も発見し、ますます好きになりました。

何が感じ入るかって言うと、浮気を疑われた妻は、さびしくて満たされない気持ちを抱えて、ただロンドンの街をさまよっていただけなのだけど、それを尾行する探偵と、言葉を一言も交わさないのに心が通じ合うようになっていってしまう。その様子が、ロンドンの街の風景とともにジワジワと沁み入って来て、とてもいい余韻が残るのです。
そして、切ないような、ちょっと不思議なメロディが印象的なテーマソングが全体を締めている。

ちなみに、お宝映像だと私が勝手に思っていたのは、面白い「通り」や「町」の名前がたくさん出て来るところ。

ザッと、こんな感じ。(なんて、ヒマなんだ。。。)
MILK STREET(ミルク街)
BACON ST.(ベーコン街)
HAM YARD(ハム町)
PEPPER ST.(胡椒街)
SALTER STREET(製塩街)
FISH STREET HILL(魚通りが丘?)
ARTICHOKE HILL(アーティチョークが丘)
VINEGAR YARD(酢町)
PUDDING LANE(プリン横丁)
HAUNCH OF VENISON YARD(鹿の腰肉町)
POULTRY ST.(鶏肉街)
DUCK LANE(アヒル横丁)
GOOSE YARD(ガチョウ町)

これらが、実在なのかどうか知りたいのだけど、わからない。
この前、観て気づいたのは、このおもしろ住所巡りのシーンでは、登場人物たちは少なくとも2種類の服を着ていることから、必ずしも、一日で回れるくらい近くにまとまって並んでる住所名ではないのかもしれないということ。でも、もしこれらが本当にあるなら、いつか行ってみたいと思います。さらに、名前の由来がわかったら、もっとおもしろいでしょう。

そのほか、テムズ川なのかどうかよくわからないけど遊覧船に乗ったり、ナショナルギャラリーや植物園、動物園、イルカショーのようなのが出て来たり、映画館や街の雑踏、迷路の公園、水辺の風景があったり…何となくウキウキとロンドンをひととおり旅した気分にもなれます。

というわけで、相手への新鮮な興味が湧いたり、相手の知らない部分を知ったり理解したり…一日でも外で一緒に過ごしてみるって、発見がたくさんあって楽しいだろうなと素直に思える佳作。おススメです。。。(2号)

※ついでながら、「ラストコンサート」。
これは、親に連れられて観に行った別の映画と2本立てでたまたま観たもので、子供にもわかりやすいラブストーリーだったのと、主演のパメラ嬢がかわいらしかったのと、ピアノが出て来て(恋の相手はピアニスト)、その曲が良かったのとで、心をわしづかみにされた映画です。
恋と不治の病という王道を行くベタな設定で、出会い、喪失、再生などを描く小品なのだけど、とてもチャーミングで悲しくて切なくて、やはり泣きます。今まで数回観ています。

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んで、今回、たまたま日本語吹き替え版で観てみたのだけど、ミョーなところに引っかかりました。
ステラが「花市で幸せを呼ぶ『シンビジウム』を買った」というセリフがあったのだけど、ふと見ると、その植物はどう見てもドラセナのようで。。。
確かに、ドラセナだったら、幸福の木と呼ばれてるのでOKなのだけど、シンビジウムとはこれいかに??
片や観葉植物、片や花が命の蘭という、似ても似つかない植物だと思うのだが。。。遠い祖先が共通だったりするのか?
ということで、気になってしょーがなくなったので、全部見終わって、涙を拭いて鼻をかんでから、今度は原語版でくだんのセリフを聞いてみました。
すると、なんと、「ジャパニーズ・ツリー・オブ・ハピネス」と言ってる(ような気がする)じゃあ、ありませんか。
幸福の木って、ジャパニーズ・ツリーだったのか??
吹き替えがなぜ「シンビジウム」だったのかはわからずじまいで、代わりに新たな疑問が。。。
posted by 2号 at 11:03| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

06.01.04 on 映画の迷セリフ

もっと映画が観たい

明けましておめでとうございます。2号です。
年の暮れは怒濤のうちに過ぎ去り、なだれ込むように新年に突入した格好です。

というわけで、どういうわけでもないのだけど、本日、正月休みの最終日(もうかぃっ!!って感じ)、新春特別企画をお送りします。

これまで観た映画の中から、心に留まったセリフ5題

数えきれないほど観た映画の中に、ふっと考えさせられたり、よくぞ言ってくださいましたと喝采したり、なるヘソ!とヒザを打ったり、それってヘンじゃないかと思ったりするセリフがあります。
今日はその中から5つ。

1.風と共に去りぬ〜「明日は明日の風が吹く」
2.28日後〜「もう、新しい小説は読めないのがさびしい」「新しい音楽も」
3.東京物語〜「私、ずるいんです」
4.タイタニック〜「君はベッドの上で死ぬんだ」
5.恋人達の予感〜「一日の終わりにおしゃべりしたいのは君なんだ」

1.風と共に去りぬ〜「明日は明日の風が吹く」
原語では、確か、Tomorrow is another day. (細かいところが違うかもしれません。すみません)と言ってるような…。
これに対する、この、字幕の日本語がピンと来なかったという意味で、私の中ではずいぶん揉んだセリフです。
スカーレットは、超が10個くらい付くほどの前向きで能動的なキャラクター。この字幕訳が引っ掛かったのは、平たく言えば、待てば海路の日和あり的にも聞こえる「明日の風」っていう人任せ、自然任せ的なイメージが、スカーレットのキャラ的にものすごく違和感があったから。
むしろ、直訳の方がピンと来たのでは?
明日は、また別の日。新しい、まっさらな日。つまり、今自分が泣いてる今日という日や、それ以前の過去は過去として、明日から新たなスタートを切るのよっ!!っていう、能動的な決意やエネルギーが、原語の方がズバリと言い切れてると思いませんか?
自然な日本語を意識するあまり、意訳しすぎて、的をハズしてる字幕って、時々ある。

2.28日後〜「もう新しい小説が読めないのがさびしい」「新しい音楽も」
映画タイトルがあってるかどうか、あやしい。しかも、セリフもちょっとうろ覚え。だけど、内容的にはあってると思うので、とりあえず。
これは、ものすごく「わかる!」と思ったセリフです。
確か、内容的には、何かの感染症が蔓延してほとんどの人が死んだ(と思われてる)地球の話で、わずかに生き残った主人公たちが、自分たちはこうして生き残ったけど、もうこの世に新しい小説や音楽が生まれないので、それを味わうことができないってことを嘆いて、ぽつりと言ったセリフです。
これを観た当時、私も、状況はぜんぜん違うけど、今後の残りの人生で、自分が読みたい本や映画を全部制覇することはできないだろうというさびしい事実に気づいてがく然とした気分をずっと持っていた時期だったので、こういうことに言及した主人公たちの気持ちがすごくわかるなぁと、かなり響いたのでした。

3.東京物語〜「私、ずるいんです」
有名な小津作品から。
亡くなった夫の父(義父)に、もう息子のことを忘れて、これからの自分の人生の幸せを考えてほしいと言われ、私はそんないい人じゃない、亡くなった夫のことだって、忘れてる時間がだんだん増えてきていて、そんなあたたかいことを言われる資格は自分にはないという思いから言った一言。
このセリフも、「わかる!」系。
大したことをしたり思ったりしてるわけじゃないことは自分が一番よくわかってる時に、誰かに褒められたりすると、私も心の中で「私、ずるいんです」的なこと(腹黒い?)を叫ぶことがあります。

4.タイタニック〜「君はベッドの上で死ぬんだ」
言わずもがな、Jキャメロン版タイタニックから。
このセリフも、ちょっと違うかもしれないけど。要するに、タイタニック号が沈み果てて、冷たい海に投げ出されたローズにジャックが、こんなところで死んではいけない、君はここから助かって、ずっと生き続けて、幸せな人生の後に幸せな最期を迎えるべきだというようなことを語りかけるシーン。自分は氷の海に浸かりながら(泣・泣)。
それまで私は、自分の最期の理想は愛する人の腕の中で、と、思ってました。そうじゃなきゃ、せめて畳の上で、と。
その一方、NHK大河ドラマの「利家とまつ」を見てた時、竹野内豊(役名は忘れました)の最期が戦の場で、倒れた土の上で、目の前の一輪の小さな花を見ながらという場面を見て、万一、最期が屋外だった場合は、目を閉じる前に名もない花を見られたら、せめてもの救いになるだろうと思ったこともありました。
しかしやはり。
このセリフを思い出すたび、幸せな最期が迎えられるような人生を、と、強く願い直すのでありました。

5.恋人達の予感〜「一日の終わりにおしゃべりしたいのは君なんだ」
誰かと一緒になるとか、結婚するとか、そういう気持ちを表すのに、これ以上に言い当ててるセリフは、私の中では、ほかにありません。
幼なじみとかいうフランス映画にも、似たようなのがありました。芸術家を目指す男の子が、普段は創作のことで頭が一杯で、時にはどこで何をしてるかわからないくらい没頭するだろうけど、一日の終わりには必ず君のところに帰ってくるとか何とか言ってたみたいです。
結局、一緒になるってことはそういうこと。かも。

というわけで、皆様、本年もよろしくお願い申し上げます。(2号)
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2005年09月08日

05.09.08 on 映画「宇宙戦争」

「宇宙戦争」観てたら


台風去った札幌から、2号です。去年のまったく同じ日に、もっとすごかった、あの台風が札幌に来ていた。と、今日が誕生日の人が吠えてました。確かに、うれしくはないことです。

さて、ちょっと前のことになりますが、スピルバーグ×Tクルーズの「宇宙戦争」を観ました。
何年か前からよくあるんだけど、「宇宙戦争」も、経過、結末などを未鑑賞の人に決して告げないでください系の作品で、自分が未鑑賞の側だったら、そりゃあ、やっぱり結末は聞きたくないし…、ってことは、極秘となってる以上、感想などは不用意には書けないなぁ、と、思いながら観始めたら、すぐ近くに、二十歳前後と思われる男子二人連れ客がいたのでした。
男子二人とは、珍しい取り合わせなので、何となく興味深くは思っていたところ、これがまあ、ヒソヒソとうるさいお客だったのだけど、その会話内容がおかしかったため、逆に、よい一興となりました。
で、もう、観ようと思ってる人はとっくに観たとは思うけど、「宇宙戦争」のことは一応伏せつつ、彼らの会話を記せば、この映画のことがわかるような、わからないような、ビミョーな感じになってよろしいのではないかと思った次第です。
(以上前置き)

●「こういうの、前あったな」
「ウソつけ。ないよ」
●「おぉ〜。ここは、笑うとこか?笑っていいのか?」
「オレ、もう、笑ったから」
「いいのか〜?こんなの出て来て」
●「これって、放射能?」
「うーん。タンパク質分解酵素?」
●「キーキーうるっせぇ、ムカつく」
「叩けよ。その方が黙る」
●「今やっと、人間関係わかった」
「遅せぇよ」
●「うわっ、もったいねぇ。パン、食いてぇ」
「おぅ、ハラ減ったな」
●「どぅすんだよ、これ」
「あり得ないしょ。やべぇ〜」
●「ああいうの、海にあるぞ」
「どこの海だよ」
●「ムカつくな〜。言うこと聞けよ」
「青いんだよ」
「いくつだよ、こいつ」
●(結末近く)
「うわ、早っ」
「いゃ、長かったって」
●(そして、結末)
「なんだ? それ」
「下痢した?」
「なんだ、それ」

私は観たから、これだけでストーリーを追えます。まだ観てない方、どうでしょ。興味持てましたでしょーか。(んなわけないか?)

もっと、いろいろ言ってたけど、全部は思い出せません。おかしかったっていうか、それなりに共感できた会話(つぶやき合いっていうか、ボケツッコミっていうか?)は、今でも時々思い出します。映画より、こっちの方がおもしろかったくらい。ふつうだったら、うるさい客には頭に来るんだけど、こんなの初めて。文字だけで、十分にニュアンスを伝えきれないのが残念です。

それにしても、あの二人。どこから湧いて出て、どこへ消えたんだろ? 理系の大学生? と思われるフシも。
とにかく、とっても気になる、素直で不思議な二人連れでした。(2号)
posted by 2号 at 19:02| Comment(1) | TrackBack(1) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月06日

05.09.06 on 映画の鼻血

牛乳はギャグ。血は?


開運金箔ドットコムの店員をつとめる2号です。ちなみに、鼻血体質です。
この夏は、何年ぶりかで真価を発揮し、6日間連続の流血という新記録も樹立。北海道も、久しぶりに暑さ続きの夏だったということで。

つい先日、BSで成瀬巳喜男監督の特集番組のようなものをやっていました。
生誕100年、世界でもますます評価が高まり、ついでに、開運金箔ドットコムのスタッフをつとめる大先生も推奨する監督ということで、この番組を拝見しました。
その中で紹介されていて、ぜひ見てみたいと思った作品の一つが、川端康成原作の「山の音」。
とても唐突な感じがしたんだけれど、原節子さんが鼻血を出してる場面がありました。その時の対処の仕方ったら、私に言わせれば、まったくなっちゃいないんだけど、そんなことよりも、「なんで、はなぢ?」っていう疑問が。
たぶん、原作にあるからなんだろうけど、必然性がよくわからなかったので、作品全体をじっくり見たいなと。(別に、それだけが見たい理由なわけじゃないけど)。
私の感覚だと、大人が鼻血を出すっていうのはけっこう珍しいことで、いきなり出すとかな〜りびっくりされます。
たいていの大人は鼻血なんか出さない。子供のころだって1回出したかどうか…とかいう人はけっこう多いです。だから、恥ずかしいっていえば恥ずかしいことでもあり、私も慣れてるとはいえ、出ない方がどんなにいいかと思わないではない。
誰もが日常茶飯事的に流血させてるのであれば、そんなことで「記憶に残る人」になりえないだろうに、私が、この夏の連続6日流血事件を話すと「そういえば、昔もしょっちゅう出してたよね〜。思い出した思い出した…!!」と笑われるのがオチです。
なのに、なのに、さらにビ〜ックリしたのは、先日の特番に続いてBSで始まった成瀬特集で、昨日放映の「めし」を見ていたら、またまた原節子さんじゃないけど、島崎雪子さんとかいう女優が鼻から流血。こ、これは、いったい…!?
美しい女優さんに鼻血出させて、どうしようというんでしょーか?? (原作がそうなんだろうけど)。 前後の流れを見てると、全然ギャグではないみたいだし(だったら、血より牛乳出した方が効果大)、流血現場に居合わせた相手役の男性は、いずれも、突然の鼻血にそれほど驚いてないような…。
(関係ないけど、母乳は白くなる前は「血」だそうです)。

鼻血ネタが流行っていたのか、それとも、当時、栄養の関係かなんかで、粘膜の弱い人が多かったとか??(ビタミンB群不足?)
ナゾは深まるばかり。しかも、もしかしたら、このナゾが解ける日は来ないのではないかっていう気がして、残念至極です。
ちなみに、私の計算だと、成人に占める鼻血体質の割合は1.5パーセント。社員200人の会社で、しょっちゅう流血してたのは3人だけだったんで…。(2号)

※「鼻血 対処」とかいう検索でお越しになる方が、季節がらかけっこうあります。鼻血の正しい対処のしかたはこちらへどうぞ。
posted by 2号 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月02日

05.06.02 on 続々・映画館で/日ハム交流戦

映画館の出来事ランキング

〜その3〜

最近は、日本映画も観ている2号です。一方、ブームに反比例して、韓流はむしろ避け気味になってきてしまいました。残念。


またまた昨日の続き、いきます。
【第3回 2位と1位】

第2位:「本当にヘン」な人
これは、1位を争う出来事です。
私の斜め前に、ものすごく痩せて背の高い学生風男子が着席。と思ったら、荷物置いてすぐに出て行って、ずぅっと戻って来なかった。やっと戻って来た時、どうやら外に出て、けっこう離れたところにあるコンビニにでも行ってきたらしく、カップヌードルをズルズルすすりながらのご帰還で、しかも、通路を通るんじゃなくて、あいてるシートの背をまたぎながら、文字通り、自分の席に一直線。「なんか、ちょっと変わった人」。
上映開始後も、体の動きが大きくて、目障りで気が散る。うまく説明できないけど、手を自由に動かし過ぎてる感じ? なんとなく警戒心を抱く私。
そして、後半に入ったころ、その男子は突然立ち上がって(「ぎょっ」とする私)、ガバッと後ろを向いたかと思うと(「ひぇっ」とおののく私)、細長い足をグィッとあげて(逃げる態勢の私)自分のシートをまたぎ、私が荷物を置いてる席の隣に座った(「な、なにっ!?」と動揺する私)。固まりつつ凝視してると、そのまま何ごともなかったかのようにおとなしく観てるようだったので、ドキドキする心臓をなだめながら私も映画に戻る。
しばらくすると、突然、細長い腕がこっちに延びてきて(あ!っとのけぞる私)、バサッと私の荷物である紙袋の上に着地し、ガサガサとまさぐるじゃあ、ありませんか。そうくると私もシャキッとなって、自分の紙袋を引き寄せながら「ちょっとやめてね」とやんわり注意。「あ、すみません」と普通に言う男子。どうやら、席を一列移動したことを忘れて(!?)、自分の荷物と勘違いしたらしいのだが。
しかし、それにしても、どう考えてもヘン過ぎる、その一連の行動。
あまりに不可解度、恐怖度、びっくり度が大きかったため、この時に何を観てたか思い出せません。

第1位:お返しいたします
なんと、クライマックスのひとつと思われる(ナゾの化け物が姿を現す)場面で、いきなり字幕が消えました。 あらぁ〜、ウソでしょ!?
どうやら、なぜかフィルムの位置が突如として下にズレたらしく、よく見ると、スクリーンの上方には余白部分が。
しかし、場内のみなさん、何ごともないかのように慌てず騒がず無言。それもまた、ヘン。 どうして、文句も言わず黙って観てんですか? と、最後列からテレパシーを送ってみても、誰も答えません。実に、キモがすわってらっしゃる。 だって、明らかにフランス語しゃべってるのに、字幕ないんだよ!!? どう見たって、みなさん、フランス人じゃないですよね? それともなんですか、一番後ろの出口側に座ってる私が何とかしろってことですか?
しょーがない。私に一肌脱いでほしいのね?と見て取った私は、決然と席を立って場外に出て、誰もいないので事務室を覗くと、若い係員男性が、事務机の上に上半身をでべ〜っとのさばらせて、彼女と楽しそうに私用電話中。「あのぉ」と何度呼んでも気づかない。
やっと気づいてもらって(かなりびっくりした様子だった)、事態を説明しぃしぃその係員を引き連れ、場内に入る扉を開けて、スクリーンの状態を見せながら、「ね?」と確認。慌てた彼は映写室に飛び込み、位置を調整。それを扉のところで立ったまま見ていて、出てきた彼と「これで大丈夫」と確認し、(これが言いたくて待っていた→)「私はこのように中座し、このあと戻って再び見始めるところまでは見られなかったわけだし、ほかのみなさんだって字幕がなくて意味がわからない部分があったわけだから、できれば、フィルムをちょいと巻き戻して、トラブった部分から上映し直してもらえませんか?」と交渉。だって、その日はその映画の最終日、しかも最終上映回。もう、見直すチャンスはないんだから。
するとなんと、「それはできません」との答え。「じゃ、じゃあ、みなさんから使命を帯びて(←勝手に)、このように中座した私は、観損ねた部分を永遠に観られないわけですか? 今のは、けっこう重要な場面でしたよね!?」というような思いをもっと普通の言い方で言うと、「ですが、技術的に、戻すってことができないんです」。なヌゥ!?
本当に悲しくなって、思わず口から「なんだか割に合わない、腑に落ちない。ゆえに、お金を返してほしいくらいの気持ち」という嘆きがハラハラとこぼれる。
結局、ものすごく時間をロスして、浮かばれない気分でションボリと席に戻り、最後まで観たものの、あまりのことにボォ然&ナットクできない私は、出る時にくだんの私用電話係員を力なくチラッと見やる。だって、どう考えても(私用電話にウツツを抜かして)管理不行き届きだったわけで、次回上映作品のチケットくらい、くれても良さそうなもんじゃないか? と。
すると、出口でお客たちのお見送りをしていた彼は、「待っててください」みたいなそぶりをし、誰もいなくなるまでずっと待たされる私。その間、見てると、誰一人として今日の事件に言及し合ってるらしきお客はいない。みなさん、なんでですかぁ〜? 
そして、誰もいなくなると、私用電話係員は封筒を持ってきて、深々と頭を下げ「お返しいたします」。見ると、中には入場料相当のお金が入ってました。「え”」。チケットとかでもいいんだけどなぁ…。本当にお金を返されると、人間ってひるむのでした。
「いいんです。申し訳ありませんでした」と言うので、「はぁ…、どうも」とキツネにつままれたような気分で立ち去る私。思いが通じたと考えていいのだろうか。
今にしてみれば、最後まで観たところ、トータルして大した作品ではなかったのに、それに払ったエネルギーのなんと大きかったことか。あ、そのせい? そんな作品だったから、ほかのお客のみなさんは、字幕読めなくてもどーでもよかったの? やっぱりナゾだ。
でもでも、あのまま誰も何もせず黙ってたら、ずっと字幕なしでしょ? だって、係員は私用電話中だったんだよ。ずっとズレたままだったら、ちょっとは困る、でしょ? でしょ? だから、やっぱり行動してよかったのだ。と、これを思い出すたびに、なぜか自己確認してしまう、いろんな意味で心にこびりついてる事件。
しかして、このようにも私は、映画業界に貢献していたのでした。

映画って本当に体力気力使うモンですね。(2号)

※ちなみに、第1位時の上映作品は「ジェヴォーダンの獣」。1位ってのは、もちろん、作品の質のことじゃありませんからっ。

※その1はこちら
その2はこちら
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セパ交流戦の個人的珍事

交流戦も折り返し。で、ふと気づいたのだけど、いつもの年より日テレのMAXを見る機会が格段に増えてます。珍しいことだ。いいんだろうか、こんなことで。

それにしても、おらが日ハムの対巨人戦ったら。
なんで、向こうのホームでは3タテ食らってるのに、こっちのホームでは引き分け止まりなの? しかも、2戦続けて。なんか、腑に落ちない。おかげで4位に落ちてるし。ナットクいかない。
ロッテが走ってるのも、最初はなにかの冗談かなぁと思ってたのに、ホントになってきました。その分、日ハムが予定外に順位が1個落ちてるわけで、これも全然ナットクいかない。誰か、どうにかして。(2号)
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2005年06月01日

05.06.01 on 続・映画館で

映画館の出来事ランキング

〜その2〜

映画館で初めて観た大人向け映画は、確か、「ジョーズ」だった2号です。こわくて、中ヌケしました。

昨日の続き、いきます。
【第2回 ハンパだけど8位から3位まで】


第8位:タバコ
今は、場内は禁煙が常識。
なのに、いたのです。スパスパしてるオヤジが。もちろん周りの客たちが気づいて、信じられないって顔したり、席を移ったり、睨んだりするんだけど、全然やめません。当然、灰も吸い殻も全部床に。
かなり、ふてぇオヤジだった。

第7位:落とし物つながり
ある日、映画館Aから電話が。
映画館Aの会員証を映画館Bで落としたらしく、映画館Bの人が映画館Aまで届けてくれたのだとか。スンバラしい。

第6位:危険な指定席
ある映画館に、私の指定席がありました(勝手に)。いつものように、そこに座ることができたある日のこと。
着席すると、おシリがジワジワと冷たくなってきました。やられた。何かがこぼれてました。映画館の人に苦情言ったら、その人はまぁ、大変っ!って顔して「(教えてくれて)ありがとうございます」と言って、一生懸命シートは拭いてたけど…私の濡れたおシリはどうしてくれるんだ!? むしろ「申し訳ありませんでした」って言ってほしいとこだぞ。もし不透明の液体だったら、おそらく、それがナニ色であっても、堂々とは帰れないことになってたんだし(想定内のお茶系、オレンジジュース系、トマトジュースやアセロラドリンクなど、どれも、とてもヤバい。コーヒー系に至っては…)。
また、別の日。非常に人気の作品で、満席の時のためのパイプ椅子が立てかけてありました。何とかいつもの指定席に座れて、やれやれと思ってると、あとからやって来た人がパイプ椅子を引っ掛けて、倒れた椅子が私の足を直撃。かなりかなり痛く、目から火花。「あら、すみません」で済まされたけど、そんなレベルじゃないってば。
友だちに話したら、もうそんな席に座るのやめな、って言われました。
っていうか、その映画館は、つぶれました。

第5位:タダ観
映画を愛する私としては、途中から観てアタマをあとから観るなんて、よっぽどのことがない限りしません。(今は、できない館も多いし)。
その、よっぽどのことがあった日。
上映開始後かなり時間が経っていたせいで、モギリの所は無人。その辺を探したけど誰もいなくて、待ってても来ないし、しょーがない、いま上映中の回が終わったらチケットを切ってもらおうと、とりあえず中に入りました。そして、入れ替えの時に出てみると、ものすごい行列ができてて、どうやら試写かなんかで夕方から貸し館らしく、次の回がないってことが判明。すると、見逃した部分を観ることもできないってことなので、そのまま帰りました。
だってぇ、後半半分しか観てないしぃ、別の日にまた来なくちゃならないわけだしぃ、その時にまたチケット必要だもぉん。それは「エリン・ブロコビッチ」。

第4位:やくざ
「上映開始後の途中入場は固くお断りします」。
ウソばっかでした。
忘れもしない、「バッファロー’66」鑑賞時。
混み気味ではあったけど立ってる人はいなかったので、映画が始まってから荷物を隣の席に置きました。
だいぶ経ってから、すっかり映画に夢中になってたら、人影が。ドカドカと歩いて来て、え? もしかして私の隣に座りたいって? 
ちょうどその時スクリーンでは、トイレがガマンできない主人公が、主人公が……私の意識は、途中入場の人影と自分の複数の荷物と今まさに切迫シーンが展開するスクリーンとを行ったり来たり。すると。
「ぅおぃっ!!早くどけろっ!!この野郎!」(←ドス全開)
コノヤロウ? (スミマセンとかじゃなくて?)
その人影は、やくざでした〜。
縮み上がって荷物をどけつつ、だけど、主人公のトイレがどうなったのかわからずじまいで腹は立つしで、後味悪いったら、もぉ。
やくざだからって途中入場させないで、固く固く断ってください。

第3位:誰もいない
平日の昼間は貸し切り状態で観られることもあるっていう話を聞くけど、私は普通に会社勤めなので、平日昼間に観たことはめったになく、一度でいいから貸し切り体験したいと思ってました。
と、同時に、もし、誰も入らない回があったら、それでもフィルムはかけるのか? と、日頃から気になってました。
するとある日、この二つがいっぺんにやって来たのです。
平日の夜、最終回の前の回。20分くらい遅れて行ったので、「見逃した部分、次の回で観ていいですか?」と訊くと、いいですよとの答え。
その回の客が見終わって出て行ったあと、もちろん私は残ってたんだけど、新しい客は来ませんでした。だから、最終上映は私一人の貸し切り状態。
映画が始まると、なんとなく、映写室(?)の窓から漏れる明かりが、チラチラと揺らめくのに気づいてはいたけど…。
見逃した部分を観て、おもむろに出口に向かった時には、映写室の窓に人がへばりつくようにして、思いっきり私を見下ろしてる姿が確かに見えました。
そして、私が出口を開けてなにげに振り向くと、スクリーンから映像が消えました。チャンチャン。
※このさびしい状態がかわいそうなので、その時の上映作品名はあえて伏せます。


考えてみれば、事件のほとんどは一人で行った時に起こってます。(唯一、友だち連れだったのは第10位の「島耕作」時だけ)。なんででしょ?
いずれにしても、ほかに目撃者がいないので、裏は取れません(何のために?)。悪しからず。(2号)

※その1はこちら
posted by 2号 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

05.03.25 on 「いぬのえいが」「オオカミの誘惑」

いぬとオオカミ。いぬの勝ち〜

連日観た2本の映画について


映画の割引券は必ず使い尽くす2号です。
ちなみに、涙腺、かなりゆるいです。

3月いっぱいのチケットがありました。
なので、おとつい、犬を飼ってる愛犬家のフリをして「いぬのえいが」を見、昨日は、韓流にハマってるフリをして「オオカミの誘惑」を見ました。
そのようなフリをする必要があるのか?と言われれば、特にないんだけど。

「いぬのえいが」はオムニバス。
オープニングで早くも、「失敗か…?」と危惧したけど、やはりそこは命あるもの、死んだりもするわけで、「ずるい…泣かせようとしてる…」と思いながらも、ひそかに号泣。動物モノは、しょーがない。
まあ、格安で見たという点も加味して、一応合格。

で、「オオカミ」の方。
映画を愛する私としては、上映開始直後にイマイチかな…と思ったとしても、なるべくいいところを見つけてあげようとか、お金も払ってるんだし、楽しまないとソンだとか、ある意味、前向きにスクリーンに臨んでるのだけど、この作品は、はっきし言って、日本の下手なトレンディドラマより下手でした。

今まで生きてきて、早く帰りたいなぁ、早く終わんないかなぁと思った映画は、そりゃあ、ここまで生きてきたんだから、3本くらいはありました。ハシにもボーにもかかんない、どーにも喰えないのが。
おそらく、昨日の観客の大半が韓流にハマってる方々だったと思われ、皆さん、泣かせの部分では、正しく泣きに入っておられたのだけど、この、かなり涙腺のゆるい私が、前半からすっかり引いてたためか、結果、終盤に来るほどに、ドッチラケ状態でした。珍しい…。

まず、わかりやすいとこで言うと、女子向けと思われるテーマでありながら、執拗に暴力シーンを描く意味が、まったく理解できません。
テーマの設定も、えらくムリヤリな感じが…。必然性が感じられないっていうか、全然しっくり来ない。(曰く、「高校生の三角関係」とかなんとか)。
俳優の一部は、見た目が、「フォーリーブスですか?」と思うような古くさいタイプ。
そして、私から見ると、韓国映画にありがちだと思うんだけど(これまで観たのは10本ちょっとくらいで、そうじゃない作品ももちろんあったけど)、ワザとらしいまでのステレオタイプなストーリー展開だったり、泣かせようとする意図がミエミエだったり。

暗い館内で時計を見ぃ見ぃ飽き飽きの私は、「韓流のパッケージに入ってるってだけで、何でもかんでもモテはやすのはいかがなもんでしょーか?」 と、観客の方々の背中に向かって問うてみましたが、皆さん、映画に夢中で答えてくれません。(当たり前です)

これで、欧米ばりのきれいな風景とか美しい方々の姿などを拝めるのであれば、映画の中に夢を見るっていう意味で、まだしもいいのだが… 
どうして、普段日本のテレビで見てるのと同じ匂いの画面を、わざわざお金払って見に行って(もちろん、すばらしい作品だったらOKなんだけど)、普段日本のテレビで見てるのと似た人たちの喋る言葉を、わざわざ字幕読んでまで… と、西洋カブレの私は、どんどんヘリクツの世界へ。

どう考えても、このような韓流は、私にはムリ、なのでした。(2号)

※私が韓流のツボを理解してないだけ、と、お怒りの向きは、どうぞ、そのへんをご教示くださいませ。
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2005年03月18日

05.03.17 on 映画「運命を分けたザイル」

「運命を分けたザイル」を観た


2号です。前から気になってた映画を観ました。

登山家の間では伝説となってる実話だそうで、この映画の見せ方も、本人と思われる方たちがカメラに向かって当時のことを語る部分と、再現フィルム(?)がクロスするつくりです。 と聞くと、まどろこしいのでは? と思われそうだけど、そんなことはなく、手に汗です。

ネタバレになるけど、このお話の中で一番印象的だったのは、ジョーさんが、やっと水を見つけてむさぼるように飲んで、排泄するところ。のちに、オシッコのぬくもりを味わったと本人が語ることになるシーンです。
生きている肉体の営みや反応って、こうしてみると、すごく愛おしいものなんだなぁと、体への愛情が湧いてきました。
それと、キャンプ近くまで戻った時、極限状態の中で、好きでもないバンドのお気軽な曲が頭の中でエンドレスリピートして、これが葬送曲かとげんなりしたとか、突然、臭気を感じて、それがキャンプのトイレだと気づいて、相方の名を叫んだとか、そのあたりの話。
頭の中の引き出しからトンでもない曲が出てくるような、もうろうとした状態の中で、匂いが正気を呼び覚ます。生きようとするのが、自分の意思なのか、肉体の意思なのか、こんな状況下でも五感が働いて自らを救うっていう、その生命力って壮絶だなぁと。

絶壁を登るような登山は、私にとっては「よくやるね」って感じだけど、それは、どう考えても自分にはムリだし、こわいから。でも、こういうのにハマる感じはわかります。
そして、そんなんにハマったりするのは、人間だけなんだよなぁ。
とか思って見ると、ますます奥深く感じます。

そういえば、観てから、あらためてタイトルを見ると、ちょっとピンと来ないタイトルかも。(2号)
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2005年03月01日

05.03.01 on アカデミー賞/佐々木孝介くん卒業

今年もいじめられた? ディカプリオくん

ウイルス性の胃腸炎で、4日間にわたり軽い風邪症状と激烈な腹痛(←ピーとは違う)と闘い、やっと復活しつつある2号です。

アカデミー賞授賞式がありました。
気のせいか、例年より時期的に早い?(例年、3月の給料日前後だった記憶が…)

毎年、とっても興味があってとっても注目しているのに、どういうわけか、たまたまなのか、今回は事前のノミネートのニュースや記事を一度も目にすることがなかったので、ここ数日騒いでるのは、これからノミネートの発表か?と、のんきに思っていたくらいでした。
何の事情があろうが、時期が早かろうか、もう発表されたので、今さらいいんですけど。

一言。
ディカプリオは、ヘン。
まず、Jフォックスの名が呼ばれた瞬間のディカプリオのにこやかな拍手が、人一倍、わざとらしいです。
それに、タイタニックでアイドルチックな人気を博したまでは、まだ罪がない感じだったけど、見た目がどんどん爬虫類化してるのは、どういうわけなんだ?

っていうか、まじめな話。英語のネイティブでもないくせに言うのもなんですけど、タイタニック(←この映画自体は、ミーハーなまでに大好きでハマったけど)の時から、「もしかして、この人のセリフは棒読みなんじゃないか?」っていう気がしてなりませなんだ。
もちろん、万一そうだったとしても、そんなことで賞を逃したわけはなく、Jフォックスがすご過ぎたとか、アカデミーのいじめられキャラになってるとか、そういう理由かもしれないけど。
でも、どうもディカプリオを見てると、なんの根拠があるわけでもないけど、なんとなく「こいつには、ウラがある」っていうようなうさんくさい感じが拭えないのは、私だけでしょうか(←たぶん、そう)。
だから、レオ様っていう言い方も、すごく違和感。(それだったら、韓流には興味ないけど、ヨン様の方が、百倍、罪がない感じ)。

で、2003年もふまえての、最大の疑問。
スコセッシ監督とディカプリオ、雨男はどっちなんだ? 果たして、二人は今後も組むことがあるのか??(2号)

※今、調べたら、アカデミー授賞式は、去年からすでに、こういう日程に変更されてたらしい。去年は、この時期、引っ越しで忙しかったせいか、日程のことはあまり記憶にありませんでした。

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佐々木孝介くん、高校卒業!

最近、そこはかとなく佐々木孝介くんの匂いがすると思ったら、卒業式のために北海道に帰省してたのでした。でも、送別会のようなものには出ずに、東京にもどったとか。いずれにしても、卒業式に来たってことで、私は満足です。
というのも、わたくし2号が大学を卒業する時、就職先の都合で卒業式に出席してなかった同級生が何人かいたけど、あーゆーのはどぉなんだろう?
前だけ向いて生きていくのもいいけど、けじめって言わないまでも、「これまで」に別れを告げる儀式っていうのは、けっこう大事なんじゃないかと思うんだけど。お世話になった人や物に感謝したり、ってこともあるし。
それに、思い出だって、バカにするもんじゃないぜ、と思う。(←別に、バカにはしてないと思うけど)

佐々木孝介くんは、1年生の仕切り役になったそうです。
やっぱり。そういう星。

ああ、一度でいいから、生アップ見たい。(じゅるじゅるっ…)
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2005年02月25日

05.02.25on 映画いろいろ

最近の映画 まとめてチェック!

●saw(ソウ)
I saw saw. と英語では言わないと思うけど、二番館で遅ればせの鑑賞。
ある意味、お下品なまでに悪趣味な心理的恐怖を堪能。理屈とか背景とか深く気にせずに、最後の最後の一滴まで楽しみましょう。
具合悪くなる人もいるかもしれないので、体調よい時に見てね。

●ハウルの動く城
主役二人の声に尽きます。
キムタクがやると知った時は、いかにも、で、うさんくさい感じもしたけど、いつものあのノリが、逆に、悔しいくらいにハマってました。
一方、お話の方は、どのモチーフ一つとっても、「千と千尋」の焼き直しの感が。もちろん、これには原作があるんだけど、なんでだろ?
それと、「戦争」が描かれてる意図というか、戦争の位置づけが、すんなりとは来なかった。
でも、見終わったあと、妙に勇気が湧いてくる気分っていうのは、宮崎マジックなんでしょうか。

●五線譜のラブレター
泣けるぞぉ〜。

●アレキサンダー
もっと、短くできるって。
途中、「あぁ、あたしってば、Oストーン節に飽きてるのかも」と思ったり、「あ、やっぱ、いいかも」と思ったり。
近年、こういう濃すぎる戦闘シーンのある映画が多いせいもあって、以前のようにまっさらな気持ちで見られないのでしょうか。
でも、歴史のお勉強にはなりました。

●故郷の香り
ぼくが、ずっと故郷に帰らなかった(帰れなかった)その理由は?
「山の郵便配達」のフォ・ジェンチィ監督。
香川照之、猿っぽいところが、いい。逆に、哀しい。
ありがちな題材だけど、それだけに、どの人物の気持ちも、とってもよくわかる。中国版「木綿のハンカチーフ」?

●ボーン・スプレマシー
時間つぶしのために、たまたまちょうどいいタイミングだったので見た。
前作で、ボーンくんは自分のアイデンティティがある程度わかったので、今回の話は事件に巻き込まれるパターンです。
鬼の目にも涙。
別口で、このカーチェイスについて、語りたい。

(2号)



※昨日の顛末。
帰宅したら、ドアの新聞受けに白い紙切れ。
「本日は、大変なご迷惑をかけ、申し訳ありません。
今後は、ご一報いただければ、すぐにこちらで対処させていただきます。
うんたらかんたら」
どうやら、管理会社が後から来て、さらに雪かきして行ったようです。
思わず口から出た「命に関わる」発言が、効いた?
わかっていただければ、それでよくってよ。

でもね。
「今回のことは、吹雪も要因の一つと考えられ〜 どーのこーの」
などと書いてるけど、はじめっから、その話しかしてないってば。
だいたい、それ以外に、雪に埋まる原因なんて、ないでしょーが。

で、「今後も同様のことが起こりうるので、ご理解をお願い〜 どーのこーの」って言うけどね、誰よりも私が理解してるんだってば。
いいから、黙って、迅速に行動してください。

しかし、お手紙を書いて置いていったことで、この管理会社の株価が少し持ち直したわ。(私の中で)。
posted by 2号 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月18日

05.02.18 on 「オペラ座の怪人」

うちのネコ

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このコとお店で出会った時、絶対、招き猫の変形バージョンだと思ったのに、売り場のおばさんは「ラジオ体操してるんだと思いますよ」と言い張った。本人は、何も答えてくれません。

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でも、私なら怪人を選ぶかも。

〜映画「オペラ座の怪人」を見た

2号です。
映画「オペラ座の怪人」。あんまりみんなが騒ぐので、ほどほどの期待で行ってみたけど、そのせいか、期待以上でした。

全編通して鳴り響く有名ナンバーの数々。その音楽の波動に、体は、電流が突き抜けるみたいっていうのか、弦楽器のピンと張った弦がビリビリと共鳴するみたいっていうのか、終始、気持ちよい緊張状態。でも、心はトロトロのとろけ状態。いきなりツツツーと落涙してて、ハッとしたり。見終わると、心地よく疲れてるって状態でした。
肉体にしみわたってグッと来る場合も、脳みそにしみわたって崇高な気持ちになる場合も、要は、音楽(ゲイジツって言ってもいいかも)って、官能なんだな〜って実感。

お話自体は、有名なので割愛。
Mドライバーに感服。痛快でした。こんな才能あったなんて。
あとの人は、普通程度(によかった)。

「トスカ」の映画版とかマリア・カラスの映画などを観た時もそうだったんだけど、オペラやミュージカルって、下手に音響の悪いホールでナマで観るよりも、最近の映画館のいい音に四方八方包まれて観る方が、恍惚に入れるって場合もあるのかもしれません(映像だとアップもあるし)。
もちろん、ナマのよさは、全然違うところにあるんだけれど。

というわけで、映画「オペラ座の怪人」。ちょっと、過剰なまでにやられてしまいました。(2号)

※やっぱり、シャンデリアの場面などは、劇団四季のじゃあ、小ツブ過ぎ…。(舞台ではしょーがないけど、私、映画を見ていて、舞台でのいい演出アイデアを思いつきました。劇団四季の人がアクセスしてきてくれたら、ご提案したいと思います(←あり得ません))。
posted by 2号 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月13日

04.12.13 on 映画館

映画館の幸せ

今日、友だちと映画談義をしていた2号です。
最近、お疲れ気味だったり、時間を工面できなかったりして、思うように映画を観に行けず、禁断症状が出そうなところに、話をしたのでよけいにウズウズします。

ところで、あなたは家でビデオ(or DVD)派? それとも、映画館派?
わたくし2号は、ビデオ派の人をうらやましいと思いつつ(安上がりだし)、映画館派です。

映画館には、同じ映画に向きあう人たちのエネルギーの波とか、スクリーンから出るオーラみたいなものとかが漂っていて、そのせいか、作品が心に迫ってくる感じも格別です。それに何より、映画のエキスが毛穴から入ってくる感じがして、幸せです。あの、暗い感じも独特で心地よいし。(もちろん、お日様の下にいるのも大好きなんだけど)。そんな中で、私は、予告編の部分から泣いたりしてるわけです。
一番くつろげて、それでいて「映画」っていうだけで「神聖さ」みたいなものもあって、もしかして、教会っていうのも、こんなふう? みたいな。 とにかく、幸せです。

ひきかえ、家は、テレビは14インチだし、好きな時に寝ちゃってもいいくつろぎ過ぎ方とか、いつでも停止させてトイレに行けるもん、みたいな、観ている「今」を大事にしない感じとか、どうしても、映画を観ている自分の方が作品より優位に立ってる気がして、そいういのが、私にとっての映画というものに対する想いにふさわしくない環境なのです。

そして、一方で、こんな屁理屈こねないで、安く気軽に映画を楽しみたいという気持ちもあり、観逃したっていつでも観られるビデオ派、家で眠らないで一気に映画を観通すことができる人たちを、うらやましく思ったりもするのです。
まあ、テレビを観る時間もあまりないのに、このうえ、レンタルビデオも、というふうにはできないってのもあるけど。

といわけで(どういうわけだ?)、今度、映画館の出来事ランキングをやろうと思います。
ああ、今日は、しみじみ語った。 観続けますとも、お金が続く限り。(2号)
posted by 2号 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月20日

04.10.20 on 映画「ビッグ・フィッシュ」

親の言葉は宝物
 〜 映画「ビッグ・フィッシュ」を観て


映画が好きな2号です。
ひところ、狂ったように年間150本以上を映画館で観てました。さすがに、フルタイム労働者としては、「これは間違ってる…」と気づき、今はセーブしています。なぜって、そこまですると生活が壊れるから。(ついでに、縁遠くもなるかも)。

ちょっと前、2番館で「ビッグ・フィッシュ」を観ました。
このところ完全に野球モードに入ってたので、書くのが遅れました。
(※若干ネタバレ気味のところがあるので、未鑑賞の人はご注意ください)。

「ビッグ・フィッシュ」は、ホラ吹きグセのある父と、その息子の物語です。
父の十八番の「お話」は、息子が誕生した日に伝説の大物(魚)を川で捕まえたというもの。
その話が、自分の誕生より大物捕獲武勇伝と化していることが面白くないとか、そもそものホラ吹きグセが煩わしいとかで、息子は、しだいに父と疎遠に。
そんな父が病に倒れて入院した時、親しい医師が息子に、生まれた時の本当の様子を教えてくれます。現実は、ありきたりで味気ないものでした。そして医師が一言。「自分が息子の立場だったら、あの武勇伝の方が面白くてうれしいけどね」。
そこから、父子の関係は、かくかくしかじか…となっていくわけです。
予備知識ナシで観たので(できればそうするのが好き)、最初は「いったい、この映画はナニ?」って思ったりして観てたけど、最後の方は見事に泣けます。(注:2号の涙腺はかなりゆるいので、泣きの基準としては不適切であるという説もある)。スンバラしい。

これを観て、思ったこと。
昔、北海道のローカル新聞に載った寄稿文で、「五体不満足」の乙武さんを、ちょっと悪く書いたものがありました。
いろいろ書いてあった中に「生まれた時に、お母さんが「まあ、かわいい」と言ったなんて、ウソだ。普通は、驚いたり悲しんだりするものだ」みたいなのがありました。乙武さんは、そういう母だから自分は明るく育つことができたというようなことを本に書いてたんだけど、第三者から見ると、真実がどうだったかなんて、実はどうでもいいんです。もしかすると、乙武さんのご両親は、そういう「お話」を作って、彼に信じ込ませたのかもしれない。それでも、いいんです。
大事なのは、その言葉が彼に親の愛情を確信させ、自信をもって成長する原動力になったってこと。
あの、寄稿した人は、いったい何でしょう。新聞は、いろんな意見を扱うものだけど、それにしても…この寄稿はどぉなの? と思いました。

私も9歳の時、真夜中グースカ眠ってる間に、持ち帰った会社の仕事を自室でしていた父が、突然死しました。私は起こされなかったんだけど、父の異変に気づいた母は最後の言葉を聞いたと言って、翌朝、教えてくれました。「いい子にしてなさいね」でした。
いい大人になっても、ずっと信じてました。今思えば、「ずっと大好きだよ」とか「心の中にいるからね」とかじゃなくて、単なる言いつけ? って感じもしなくもないけど、そんなことより、最期の瞬間に私への言葉があったということが心の支えになりました。
しかも、私がトウが立つくらいのトシになって、実際は、母が気づいた時、父はすでに言葉を発することはできない状態で、最期の言葉も母の作り話だったことがわかっても、それもこれもひっくるめて、愛だなぁ〜って思いました。父も、言葉にできずとも、きっと家族を想いながら亡くなったのだと思うし。
母の作り話は、とっさにしたことだったかもしれないし、それ自体はささやかなものだけど、私個人の中では、大きな言葉でした。

「ビッグ・フィッシュ」の中の父は、息子の誕生を、自分のヒーロー伝説にすり替えちゃったわけだけど、それって、息子の誕生を人生最大の物語にして語り続けることで、留守がちの自分が家族との絆を再確認するための拠り処にしてたんじゃないか、つまり、家族への愛なんだな。息子は、最後にそのことがわかったんでないかぃ(←黒板五郎風でお願いします)。 めでたし、めでたし。(2号)
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2004年09月10日

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 〜ささやかだけど、大切なこと

自慢するわけじゃないけど(と書くと、逆に自慢と思われてイヤなんだけど)、友だちに触発されて、ハリポタは原書で読んでいる2号です。
読んでる人にはわかると思うけど、本国では子供が読む本ですんで、難しい構文もなく、ただ単語が並んでるだけで、2号の場合は、自分の乏しいボキャブラリーにない単語はわからないまますっ飛ばしてざっくり全体を把握 という感じです。
それでも。それでも、ですよ。あれは泣けるんです。
なのに。なのにどうして、字幕つきの映画で泣けないんだろう??
この映画化全3作通しての、最大の疑問です。

原作がある場合、映画化時に多少アレンジされるのはしかたないとしても、今回の3作目はちょっとひどすぎませんか? みんな、よく許してるよなぁ〜っていうほど。
たぶん、そのへんの問題があって、泣けないんです。忠実に再現すると何時間もの上映時間になってしまうだろうから、適当にはしょる。それは宿命でもあるのだけど、その時に、私の心のやぁらかい部分をモミモミするエッセンスが、割愛される。筋書きに決定的な影響が出るわけではない、些細な部分と判断されるんだろうけど。
でも、それこそが、原作のハリポタでは作品に深みを与える大事な部分で、私はそこが大好きなのです。具体的には、死んだ両親へのハリーの切ない思慕とか、ダンブルドア校長の大きな愛とか(大人はこうでなくっちゃ っていうような) etc.。
映画は完全に子供向けの娯楽作品って割り切ってるのかもしれないけど。
でも、でも、今回のは、筋書き的にも説明が足りないし、ずいぶん変えられてるしで、原作読んだ人は大きなギャップを感じ、読んでない人には本当の意味がわからないってことになってるんじゃないかと心配です。

毎回、そんなに文句言うなら見なきゃいい? ごもっとも。
でも、見るの、見なくちゃならないの。 なぜって、キャストやセット、美術は、いいセンいってるので、それを見たいっていうのと、なにより、英語で理解できなかった部分とか単語を確かめなきゃなんないから。
だいたい、観ないと人の名前も、わかんないのっ!
へるみおーね → あぁ、ハーマイオニーっていう名前だったのか… みたいな。

わるい? どうせ、その程度です。(2号)
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2004年09月03日

ハットリカンゾー只今参上!      〜とてもニンニンな一日〜

2号です。
小さなお友だちといっしょに、NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE を観てきました。彼女は、店長の末のお嬢さん。小学1年生のかわいいお友だちです。
慎吾ファンの私は、映画も楽しみにしていたけど、二人だけのお出かけに、さらにワクワク。それは、思いがけない新鮮な発見満載のひとときとなりました。
某マクド○ルドの、プライスダウンとともにサイズダウンもしたハンバーガーとSサイズポテト。2号のお腹にはすっぽりと余裕で収まるのだけど、子供のお腹はそれだけで見事にポンポコリンになってしまうこと。それでも、30分もするとMサイズのポップコーンがその同じお腹に次々と収まっていくこと(子供の胃は強い!?)。子供の歩く速度がちょうど気持ちがいいくらいにゆったりなこと。映画館の冷房に若い皮膚はビクともしないこと。大人には屁でもない階段を、1年生くらいの子供は真剣に、一生懸命に上り下りすること。映画も、本当に他愛のない楽しい内容だったけど、それを夢中に観るお友だちの姿を見てる方がもっと楽しいこと。
飽きることなくハットリくんを楽しんだお友だちは、しかし、映画館の出口に迎えに来ていた店長パパを見つけると、途端に、それまでの中で一番うれしそうな笑顔。これには、ハットリくんの忍法も勝てません。

誘ってもらって、楽しませてもらったのは、こちらの方かも。店長にお駄賃のケーキまで、お土産にもらいました。何から何までごちそうさまでした。
というわけで、なんとも幸せな日でござった、ニンニン。(2号)

ついでに、お友だちにはナイショの映画の感想。
●意外に、ケムマキがかっこいいかも。
●ハットリくんの真剣勝負の時の表情は、半分近藤勇でした。
●ハットリくんの忍者コスチューム。あのストレッチっぽい素材感と生々しい縫い目の雰囲気。どうしてもユニ○ロ製の衣料品とダブっちゃってしょーがなかったです。


★☆引き続きプレゼントへの応募、受け付け中。詳細は8月30日〜9月1日の記事をご参照ください!!
posted by 2号 at 22:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画・俳優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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