2010年04月26日

on 残念なインタビュー。

ツッコミ、禁止?

天気はいいのに風は寒い…2号です。
知り合いのカメラマンが、明日、今や超メジャーとなった女優の撮影をやるらしいので、ちゃっかり覗きに行こうと思っています。ファンでもないのに、ファンですとか言って、サインももらおう。。。

さておき。
先日、彫刻の大先生の、まことに幸せだったインタビューの話をさせていただいたのだけど、逆のケースとも言えるインタビュー取材もあったりするので、ついでにそのことを書いておこうと思います。
つまり、あまり愉快でなかったインタビューということなのだけど、昨年秋の大掃除の時に、その時のテープが出て来て、愉快じゃなかったのに聞き入ってしまいました。というのも、当時の不愉快な思いが、いかにそこに聞き取れるかということを確かめたかったので。

題して、最も残念なインタビュー第1位。

お話を伺ったのは、北海道で有名な画家の先生でした。それこそ、大御所という…。
インタビューの時は、当然、事前にその方のプロフィールから作品から、過去に世に出たインタビュー記事まで、可能な限りの資料に目を通して、自分が書きたいテーマや、クライアントに求められてるテーマを整え、仮にではあるけど原稿の流れをある程度想定して、それに即した質問内容をまとめ…という準備をします。
で、その先生のインタビュー前、過去の出版物などに目を通してる段階で、私は、どれも同じことしか書いてない&上っ面しかなぞってなくて掘り下げが足りない!ということに気づき、全然面白くない…と思ったのでした。
そこで、自分なりに、先生の作品を見て感じたことを話してみようとか、いろんなところに判で押したように載ってる、その同じテーマについて、もっと掘り下げて訊いてみようとか、意欲満々でインタビューに出かけました。

そして、途中でわかってきたことは、先生のお話は切れ目がなくて、なかなかこちらから切り込むスキがないこと、また、その淀みのなさは、まさにいつも同じことを落語のようにお話しになってるからであり、こちらがその話に流されてる限り、みんな同じインタビュー記事にならざるを得ないのだということ。
しかし、それじゃあ、あらたな記事を書く意味がない。
先生が気の済むまで話すのを待ち、先生がこれでよしと思ってるらしいそのあとから、質問をし始めました。
すでにそこまででいいだけ話してきた先生は、最初少し驚いて、「いや、だからね、…」と、さっき十分話しただろうという感じでめんどくさそうに同じことを繰り返そうとしました。こっちの飲み込みが悪いと思ったのかも。
しょうがないので、先生の話したことを少し引用して、「○○○○とおっしゃってましたが、それは■■■■?」と突っ込んでいこうとして話を向けると、明らかに、先生はご立腹モードに入られたようでした。
こっちの言ったことを黙って書いてりゃいいんだよ。というふうには言わないまでも、そういうお考えであることが、はっきりわかりました。
なるほど、それで、みんなああいう記事にしかならないのね…と。
言葉を変えたりして、こちらも多少抵抗して、少しは質問をさせていただいたのだけど、最後はまた、先生が別の話を持ち出して淀みなく延々と話し始め、締めをつけたところで、コーヒーでも飲んでるのか、談笑っぽい感じになって、ほどなくインタビューのテープは終わってました(あきらめたと見える)。

その一部始終を聞きながら、当時の歯がゆい思いや、この先生のことがあまり好きではなくなったことなどなどを思い出しました。ちょっと不本意な記事にしかならなかったことも。

実は、絵のテーマの裏に、あちこちで語っていた以上の深いモノなんてなかったのか、それとも、口下手であれ以上のことが言葉では表現できなかったのか、あるいは、画家自らが言葉にするのでなく、絵からそれぞれが感じ取ってくれればそれでいいという考えだったのか、結局はわからないまま。

その先生は、今はもう亡くなられました。。。

思えば、当時、いろんな人をインタビューしたのでした。
新進気鋭の造形作家とか、デザインの大先生とか、作曲家とか建築家etc.芸術愛好家ということで、某国の領事の方もいた。
今考えると、こちらが縮み上がってしまうような世界的大指揮者(故人)の方のインタビューも、もうちょっとでするとこでした。仕事だったので、当時はひるんではいなかったけど、スタンバイ状態でずーっと待たされていたのを思い出す。秘書とか付き人の方々がせわしなく行き来していた。大指揮者の先生は、体調が悪かったのだ。結局、インタビューは取りやめになって、それきりになった。残念。
急きょ、周辺取材でお茶を濁すことになったのだが、出来上がったものには、先生の事務所からていねいなお褒めの言葉を綴った英語の文書をいただきました。本当は、印刷のミスで写真が裏焼き(オーケストラが全員左利き!)になっていたのだけど、気づかなかったのか、気づかないフリをしてくれたのか。。。

後に私自身が大ファンになったあるダンサーも、若手の時にインタビューの申し入れをしたのだけど、これは、間に立つ人がNGを出してきました。その人が勝手に彼の人格を気に入らなかったようで、インタビューしても手に負えないからやめましょう、みたいなことで。ずいぶんあとになって、何となく言ってた意味がわかったけど、でも、手に負えなくてもいいから、これは本当にやっておきたかったと悔やまれてならない。今では、どうやっても近づけそうもない存在になってしまったから。

しかし、こうして振り返ってみると、お話を伺った方々は、大方はいい方ばかりだったのでした。すばらしい作品を生み出す方は人格もすばらしいのだと素直に思い込めるような。
素敵な経験をさせていただいたこと、そして、貴重なお話を聞かせていただいたことや芸術をもっともっと好きにならせていただいたことに、本当に感謝したいです。
何人かの方は、故人となってしまいました。心からご冥福をお祈りします。


そんな中に、さっきの話が、ワーストと言うより、ただ一つの残念な一件としてあるわけなのだけど。。。

インタビューテープを、ン年ぶりに聞き返して、そのバックに、ずっと有線らしい映画音楽が流れていることに気づきました。名曲ばかり。
そういえば、音楽が流れてた記憶は何となくあるものの、その時は、いつ先生の話に切り込もうか、なんて切り込もうか、そんなことばかり考えていて、あ、好きな曲だ…みたいに聞いてる余裕なぞはなかったかもしれない(先生の話も切れ目がなくて息が抜けなかったし!)。
音楽が聞けるくらい、もうちょっとこちらもゆったり構えられたら、もっとうまくお話を引き出すことができたのか。それとも、こちらの若い風貌だけで、百戦錬磨の先生にはやはりいいように丸められて終わりだったか、それはわからない。

とにかく、あの場には、聞く方、話す方、双方が融け合うような幸せな瞬間は訪れなかった。それがすごく残念です。(2号)


2010年04月22日

on 彫刻。

不毛地帯で桶屋が儲かる。

このところ、天気が悪い日が多過ぎる!2号です。
本当に、桜は咲くのだろうか?

とはいえ、一方で、最近いろんな興味深いことが起こって楽しい、というお話を。

かの、ドラマ「不毛地帯」は終わってしまったわけなのだけど、あの中で、ちさとさんが壱岐くんに言ったことの一つが、とても印象に残りました。
陶芸家のちさとさんの窯の調子が悪くなり、急きょ、東京から京都に帰らなくてはならないという状況で、壱岐くんが、そんなもんは明日帰ればいいだろうみたいに言ったのに対して、言葉は忘れたけど、「私の仕事を認めてくれてない」的なことをちさとさんが言う場面。
この時から、私の中で「女性の仕事」とか「女性の芸術家」とかいうことがいろいろ連想され始め、それは、高村光太郎夫人だった智恵子さんのことだったり、片岡珠子さんだったり、メキシコのフリーダ・カーロだったり、ロダンの弟子にして恋人(ミューズ?)であったカミーユ・クローデルだったりして…、最後に行き着いたのが、ある日本の女性彫刻家でした。

私は、その人に、北海道出身の大彫刻家の先生の、東京のお宅にインタビュー取材に伺った時に、お会いした、と思う。
こんな言い方をするのは、年月とともに記憶が違っちゃってるかもしれないからで、しかも、お会いしたというより、お見かけさせていただいた、程度の感じだったのだけど。
もっと言うと、そこに現れたのは別の人だった、という可能性もいささかなきにしも。。。
でも、そのインタビューの時、その女性彫刻家の名前が出たという記憶は間違いないと思われ、それは、まだ取材テープが残っているので聞けば確かめられるのだが、なにせ、2時間に及ぶテープなので、なかなか気軽には手を出せないでいます。

というわけで、その女性彫刻家の方のことを、このところずっと折々に思い出してました。あのインタビューのさなかに一瞬現れた女性は、果たして本当にそうだったのか?というのが一番気になっていることなのだけど、それだけでなく、あのインタビューは本当に楽しかったし、その時の東京珍道中も今はいい思い出だし、帰って来てからまとめた原稿の出来も満足いくもので評判も良かった、というわけで。

お話を伺った大先生の作品が、私は大好きで、その女性彫刻家の作風も大先生と似てる(という言い方は失礼なのかもしれないけれど、通じるものを感じる)と私は思うのです。だから、何となく、好きな彫刻家として意識していた時期があった。
でも、なにより忘れられないのは、私の中の勝手な(と、一応言っておく)記憶の中で、その方がインタビューのさなかにさっそうと現れ、そこらじゅうに放っていた「気配」なのです。それはあまりに鮮烈で、今でもミョーにくっきりと思い出せる。「気配」というのは、つまり、私は顔も見なければ、姿さえまともには見ていないということなのだ。でも、「先生〜」とさわやかな声で呼びかけながら風のように入って来て、何かを話しながら作品群の間に入り、チェックし、しばしの間作業をしていた、そのテキパキスルリと動く身の軽さと、しっかり者らしくかつさわやかな声と敬愛に満ちた話し方は、場の空気をその時だけまったく別のものにしていた。
それ以来、私の中で「女性芸術家」のイメージと言えば、最も親しみを持って思い浮かぶのは、視界の隅っこにかろうじて感じ取っただけの、あの時のその方のイメージということになったのでした。

あの時、大先生は、その女性のことをお弟子さんであると言ったか、預かっているというようなことを言った、と私は記憶している。
そして、くだんの女性彫刻家の名前がインタビューで出たということ。はたして、その二つが、私の記憶の中でいつの間にか勝手に合体していたという可能性もあるかもしれず、それでは事実と違うことを書いてしまうことになるので、ここでは、大先生の名前も女性彫刻家の名前も伏せさせていただきました。
ネットで調べてみても、その女性彫刻家が、その大先生に師事したという記述が見当たらなかったのもあり。でも、作品を見ると、やっぱりすごく通じるものがあるのだなぁ。

なんてことを、このところつらつらと時々考えていたら、先日、ちょっとビックリすることがありました。
つまり、ここまでは、前置き(?)なわけで。。。(長っ!!!)

ある格闘家の方のプロモーションVTRを見る機会があったのだけど、そこに、ずーっと彫刻が映っていたのです。そして、アップになる場面を見ると、どうもその作品は私の好きな大先生の作風に通じるものがあるように思えて、気になってしかたなく、何という作品なのか出演のご当人に訊いてもらいました。
すると、なんと!大先生の方ではなく、その女性彫刻家の作品じゃあ、ありませんか。。。

このところずっと思っていた人の作品が、突然目の前に現れた〜っ!

ビックリしたなんてもんじゃなく、フシギな気分に包まれてしまいました。
最近、こういうちょっとした面白いことがチラホラ起こっているわけだ。風が吹けば桶屋が儲かる的な?思いもよらない楽しい展開。

いろいろ具体的な名前を出せなかった代わりに、その作品のヒントだけ書かせていただきます。「川口駅」です。

最後になりますが、私の連想ゲームに、こんな楽しくもすばらしいオチを与えてくださった格闘家の方に感謝したいと思います。押忍。(2号)

2007年05月16日

07.05.16 on 熊川哲也 海賊 in 札幌

熊川哲也くん、コケた?

昨日、熊川哲也のKバレエカンパニー「海賊」札幌公演を見に行きました、2号です。
いや〜ん。こんなことがあっていいのでしょうか。。。

※5月17日追記:今日、15日の「海賊」札幌公演で怪我のため途中降板したバレエダンサー熊川哲也さんの詳細が発表されました。「右膝十字靭帯損傷」。今後の海賊公演はすべて降板、代役は橋本直樹、アレクサンドル・ブーベルの両ダンサーだそうです。。。

私は初めて「海賊」というバレエの全幕を見たので、1幕の最後の方、あんなことが起こっても、演出の一つだと思い込もうとしてました。つまり、熊川哲ちゃんのアリとランケデムの競演で、アリが着地とともに倒れたのは、冒頭の船の難破後に脚を痛めているという設定の続きかと…。それに、昨日のランケデムの、とっさのアドリブ(?)が絶妙だったために。
ランケデムは、倒れたアリに「ふん、口ほどにもないヤツめ」って感じのゼスチャをして、体を支えられながらアリが退場していくのを悠然と見送ったのです。
確かに、その時、アリを抱えるようにして一緒に舞台袖に退場したのが、なんで敵対するオッちゃん(奴隷を買う大金持ち?)なの?っていうのが、人間関係的にヘンだとは思ったけど、倒れたアリがジャマだからとっととどけたのか??とかコジつけて見てました。

そして、友だちが休憩中に行ったトイレで、「続きはいったいどうするんだろう?」と話してる人たちがいたというのを聞いても、「え〜、まさか〜。演出だったんじゃないのぉ?」なんて、ノンキに答えていたんでした。でも、友だちも、あのオッちゃんが抱えて連れて行ったのはヘンだよね?と思っていたらしく、二人して、だんだんと心配になってきました。

すると。
アラなんてこった…出て来てしまいました。2幕の前に、主催者がステージに。
「熊川負傷のため、2幕からは代役の橋本がアリをやります」だって。どよめく場内。そりゃ、そーだ。みんな北海道の星『熊川哲也』を見に来ているんだから。(吉田都ちゃん札幌初出演というお楽しみも、もちろんあったけど)。しかも、2幕の方が出番多いはず。

しかししかし、それにしても。
哲ちゃん、なんであんなことに?
私の中でプロ中のプロと呼べると思っていたのは、イチロー、引退する前のヒデ、そしてこの、熊川哲也くんだったんです。
だから、なんでそんなことが起こったのか、理由がすごく知りたい。見せ場の一つで、その公演の看板ダンサーが立ち直れないような形でコケるなんて…。
確かに、倒れてから退場までに、ヘンな間もあったんですよ。。。だけど、まさかそんな…あるワケないと思いますもん。

もちろん、ケガの具合も心配。会場自体がうちの会社に近いので、私がいつもお世話になってる整形外科に運ばれたのだろうか?とか。

哲ちゃんは、英国ロイヤルにいた時も大ケガして、療養中に帰国してほかのことで稼いでました。別にそれはいいんです。あの時、日本のバレエ界も活性化されたと思うし。それに、そのケガというのも、たぶん大ワザに挑戦してたのだろうと思うので、いいです。若かったし。
でも、今はさらに熟練を重ねて来たはずで、今回のそれほどウルトラとも思えなかった部分でのケガというのは、私の中の哲ちゃんのイメージと合わないです。何か、気を取られるようなことがあったのか、調整不足とか体調管理の失敗とか、そういうのがあったんだろうか?それは、いけませんねー、プロなんだから。それとも、トシ?

本人が一番このことにショックを受けて、歴々の横綱のようなセリフとともに「引退する」とかいうことに、ならないことを祈るばかり。まだまだやれると信じています。
っていうか、もう一度「海賊」で札幌に来てほしい。(2号)


※ちなみに、今回の衣装は、大多数のダンサーが「ヘソ出し」だったために、それが気になってしかたなかったです。おヘソの形の悪い人は、ちょっと気の毒でした。。。
それに、いくら鍛えられた肉体でも、極度に曲げればお腹の皮にシワも寄るので、それがナマナマしくて…。女性のダンサーは、バレエではしなやかなイメージであるはずなんだけど、わかっちゃいても、割れた腹筋が見えてしまうというのも複雑な気がするし。一部の出演者だけがヘソ出し衣装っていうのは、ほかの演目でもあるけど、みんながみんなだと、あまり美しくない感じがしてしまいました。
そうそう、ハッキリ言って、セパレートタイプ(?)のチュチュはやめた方がいいと思う。全然ステキじゃない…。

しかし、私個人としては、またムショーに体を鍛えたくなりました〜♪ よかったよかった。


※バレエ団のレベルが一番わかるのはコールドバレエだと、私は勝手に思っています。
乱暴な話、主役は、すごい客演を連れてくれば、舞台的にはある程度満足できるものを見せられると思うので。
各国の有名バレエ団をナマで見比べる機会は、札幌ではあまりないけれど、やはり、ロシア系(レニングラードなど)のバレエ団を見ると、この群舞には勝てないなと思うことしばしば。まず、フォーメーションを取った時点で違う。正確な整列はもちろん、身長、体つきまで揃えていたり。層が厚いのだと思い知らされる(日本だと、せいぜい背の順に並べるのが精一杯?)。
そして、踊り始めて、さらに感服。腕を上げるだけだって、腕を上げ始めるタイミング、決めのポーズに行くまでの動かすスピード、そして決めの時の腕の角度など、一糸乱れぬって感じです。
昨日のKバレエを見てて、当初よりはずいぶんそろうようになったなぁと思ったけど、一糸乱れぬレベルではなかったような…。まあ、海賊は、たとえば白鳥の湖みたいなのに比べると、群舞の見せ場は少なかったけど。
でも、日本人ダンサーの顔はびっくりするほど昔と変わりました。もちろん、化粧効果もあるけど、土台として舞台映えする濃い顔が増えたなぁ…と。言うまでもなく、体躯も向上。Kバレエも、ドッシリ型はほとんどいません。時代の流れをシミジミ感じる。


※吉田都ちゃんは、TVでしか見たことなかったけど、やっぱりよかったなぁ…。たぶん、もっといい時があるんだろうなと思うところもなくはなかったけど、格が違うという感じは十分しました。確信に満ちて(←ここが大事だと思う)安定していた、というか…、やっぱり違うオーラが見えました。


※代役に立った橋本くん。動き、しぐさが哲ちゃんにソックリ!ビックリ!
堂々とこなしてたあたり、大物のウツワなんだろうか? 突然だったのに、よく頑張ったなー。哲ちゃんの見せ場が見られなかった代わりに、それはそれで拍手喝采。

2006年01月06日

06.01.06 on 巫女さん

新年早々、巫女さん直撃

妹に乞い願われ、正月もまだ三が日だっていう、まさに3日の日、北海道神宮について行かされた2号です。このような日本人らしい正しい行いは、いったい何年ぶりだろう。
そして、やっぱりやってしまいました。

ちゃんと名入りのお札がもらえる祈祷を申し込んで、いざ本殿(?)に参る時、当然、そのあたりには巫女さんという方々がおられるのです。
確か、前に来た時もそうだった。私はこの巫女さんという方々に異常に興味を持ってしまうのでした。
すっかり気を取られた私は、ご祈祷を受けながら、訊かずにはおられないのです。ねぇねぇ、バイトなの? こんなお正月から? こたつにみかんでのんびりしたくないの? すごく、バイト料もらえるって聞いたけど、どれくらいなの?
それとも、家系が神道関係なの?
バイトの場合、面接はやっぱり顔も重視なの?(そろいもそろって巫女さんらしい顔つき)
もしや、その髪はエクステンションとかつけてる?(そろいもそろって髪が長い)
その踊りは、どれくらい練習させられたの? ちょっと恥ずかしくな〜い?
やっぱり最初は間違えたり、裾踏んでコケたりした?
リハーサルとかどれくらいするの? 毎朝、拝んだりするの?
もしバイトだった場合、あなたの鈴払いでもちゃんとご利益あるの?

次から次へと浮かぶ疑問質問。昔だったら絶対条件だろうと思われる、ここには書けない質問も。
結局、ご祈祷の間ずっと、心の中で巫女さんたちに直撃インタビュー。
直接訊けないのが残念です。

そして、妹は妹で、確か、前来た時も言っていたセリフ。「あのバイトしてみたかったんだよね〜」。
絶対、やめなさい。ものすごい注目の的なんだから。

というわけで、今年はいいことたくさんありそうな予感。(2号)

2005年11月22日

05.11.21 on 日本のお祭り

笑う、あほぅ

最近、大笑いしてますか? あるいは、大泣きしてますか?
どっちも、ストレス解消にとてもいいのだっていう説が、大流行してます。確かに、わたくし2号も、その効果を実感する一人。
どってことない夢を見て、大泣きして目が覚めて、ワケもわからずひとしきり泣いて、また眠るということが、時々あります。そういう時は、「ああ、ストレス溜まってるんだなぁ」って思い当たることが多い。そして、翌朝は、けっこうスッキリしてたりします。

でも、仕事ばっかりしてると(←ミョーにウソくさい)、大笑いするっていうことが、なかなかなかったりします。
そんなこんなの、この前の日曜日。
某新聞の某別刷り部分を見ていたら、突然、私を大笑いが襲ったのでした。
それは、イラストレーターのみうらじゅんさんの本に関する記事だったのだけど、この方、昔、お仕事で間接的に原稿をいただいたことがあったので、何かと勝手に親しみを感じる方で、今回も興味を持って記事を拝読しました。
本の名前は「とんまつりJAPAN」。
ヨソ者が見たら、「これって、ちょっとどぉなの?」といぶかるような日本全国のヘンな(おもしろ?)お祭りを集めたんだそうだ。
で、そんなことをしようと思ったきっかけというのが、私のツボにズボ。声を出しての大笑いが、ずぅーっと止まりませんでした。しかも、一人で。
そもそも、みうらさんは、「カスはが」(カスのような絵はがき)集めをしていて、ある日、股間にバット状の物を挟んだ仮面男の写真を発見。
「こんなモノ、誰に出せばいいんだ!」
確かに確かに。衝撃的です。
で、それが佐渡島のお祭りのワンシーンと知り、そのようなヘンなお祭りに興味を持つようになり、あちこち見て歩いて本にしたんだそうな。
この記事を読んだ時、私のアタマの中に浮かんだ絵はがきの図が、ものすごくヘンだったので、大笑いとなったわけなのでした。
その絵はがき、見たいなぁ。それとも、実際に見ちゃったら、想像した衝撃より大したことなくて、ガッカリするかなぁ。
ともあれ、みうらさんは、このお祭り巡りを通して、日本が大好きになったんだって。でも、もしかすると、「イヤっ!恥ずかしいっ」とか言って、日本がキライになっちゃう人もいたりして。読むかどうかは、各人の好みに照らしてお決めになってください。(2号)
408747724X

2005年11月07日

05.11.07 on 本田美奈子さん訃報

本田美奈子さんのご冥福を

ミュージカルと言えば、「ミス・サイゴン」と「キャッツ」が好きな2号です。この訃報はかなりショックでした。

「ミス・サイゴン」は、日本で最初に演られてる期間に、東京へ観に行きました。確か、演出上、物理的に帝劇でしか上演できない、地方に来ることはまずないと聞いて、飛んで行きました。(ちなみに、その前日は東京ドームで巨人vsヤクルトを観戦)。
札幌でチケットを取って、ほとんど最後列だったけど、酸欠になるくらい号泣。一人だったからよかったものの、本当に困るくらい泣けました。
やっぱり本田美奈子さんが一番よかったので、私の中のキムは、永遠に本田美奈子さんです。ほかの人のは観ないと決めたのでした。
でも、もう、彼女のキムは観られない。残念です。
心からご冥福をお祈りします。(2号)

2005年02月01日

on バレエ熊川哲也

やっぱり、熊だったんだ!



昨日、なんで慌てて泣きながら会社を飛び出したかっていうと、熊川哲也のバレエ公演があったからでした。

かなりの氷点下の気温と思われる中を、死ぬほど走って、1分遅刻したけど入れてもらえました。



そして、舞台の哲ちゃんをギンギンに見つめながら、「あ、熊」と気づいたのです。彼はフカフカはしてないけど、そういえば、わたくし2号、筋肉も大好き。昔、スタローン大好きだったし、引っ越し屋のお兄さんたちには、必ず、惚れます。

要は、デカいとか強いとか、そういうイメージが好きだってことかも。で、自分も筋肉をつけたいがために、時々、無駄な努力をするわけです。



昨日の哲ちゃん、片手で女子を持ち上げてました。私も、いつか哲ちゃんに持ち上げてもらう日のために(果たして、そんな日が来るのか?)、彼が語っていた持ち上げ可能体重をいつも意識だけはしている次第。その上限は、47キロ。微妙に高いハードルです。(2号)



※哲ちゃん こと 熊川哲也くんに関して、近いうちに語りたいと思います。

これは、佐々木孝介くんが、もう東京に行ってしまうから、代わりの検索キングを確保しようとか、そういう不純な動機では決してありません。念のため。

2004年09月29日

吉田ひでおさん作 カエル

040928_2212.jpg
友だちの主催で小さな講演会が開かれたので行ってきました。
吉田ひでおさんは、特殊メイクアーティスト。主に札幌で活躍し、特殊美術も手がけます。「アンモナイトのささやきを聞いた」などの映画や、劇団イナダ組などの舞台の仕事のほか、北海道発で全国的にも人気が広がっているらしい北海道テレビ放送(HTB)制作の「水曜どうでしょう」なども担当してます。
時には、ご自分も出演したりする、とても楽しい方です。
昨日、会場には、かぶり物やこわい仮面なども展示されました。作品がおさめられたDVDを見ながらのお話は、30分押しても全然終わらず、続きがまた開かれることになったみたいです。
「水どう」は、実はオンエアはほとんど見たことなかったけど、かなりおもしろかった。
が、CMでの仕事の紹介では、昔の同僚や先輩のつくったCMがたくさん出てきて、思わぬところでタイムワープ。ゆうべは夢でうなされた2号です。(2号)
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。