2012年09月13日

on あっちの。

呪縛!?

若いころから服の好みがあまり変わっていない、2号です。したがって、今も、若い感じの服が好きだってだけで、決して「若作り」したいわけではないので、お間違いなきようお願いします。
とか言ってるのも、今日履いてるキュロット、この前、某夜の大歓楽街にも履いて行ったのだけど、私が待ち合わせ場所に現れたとたんに、「大学生!?(←服装だけ)」って驚かれたことに驚いた。そうかなぁ??だって、これを売ってたお店の店員も、いいトシして同じの履いてたんですけど?

さておき、このところの騒ぎ(?)で、わたくしの2号じゃない方のブログを見たという過去使者が現れたショックはここにも書いたけど、ソヤツ、別件のメールの最後にいきなり「そういえば…」と、私があっちのブログをあまり更新してないことを指摘してきた。これには、またまたビックリ。
発見しただけじゃなくて、コンスタントにチェックしてるってこともビックリっていうかビビるんだけど、なにより、その言い方がちょっと責めてるというか、文句?みたいなふうにも受け取れる言い方だったので、何の筋合いがあってそのような!?と驚いたわけだ(口が滑って、もっと更新しますとか何とか言ったんだっけか??あまり覚えてないけど…)。
なんだかとっても腑に落ちない気分になった。
それなのに、確かに更新頻度が激しく落ちていて、自分でもそれを気にしてないわけじゃなかったのと、あれに限らずどれもこれも、ネタがあっても書かずじまいでどんどん通り過ぎていっちゃってることが最近多いなぁ(最近だけじゃないけど…)という自覚も大ありだったのとで、突然、思い出したように(あっちを)更新したりしてる自分。(そんな自分もまた、腑に落ちないのだが)。

何の呪縛やねん。。。

でもまあ、こういう関心はそうそう続かないものなので、せめて、興味を持ってくれてる人がいる間はそれに感謝しつつ、謙虚に更新しようと思うに至り、こうなっておる。

というわけで、最近、あっちに意識が向きがちになってて、こっちがさらにお留守になることもあるかもしれないと思い、あっちを更新しました、などと、こっちにリンクしてみます、久々に。

http://miha27.seesaa.net/

ここに記事単独のURLやブログタイトルを載せて、またヘタにこっちのブログが検索に上がるようになっても困るので(そんなことがあるのか、ネットの仕組みを知らない私にはよくわかりまへんが)、トップページのリンクにしておこう。

あっちのブログは音楽関係ネタと決めてるので、出来事をダラダラ書くのよりは、ほんのひとひねりくらいはアタマを使う。ボケ防止にもよいかもと思うところ。(2号)

※ちなみに、こっちに書いたことがあるかどうか忘れたけど、あっちのブログは、どういうわけか一番アクセスが多い(あくまで当社比のショボいレベルでの話だけど)。テーマを絞ってるのと、固有名詞(作曲家とか曲名?)が多いから検索にかかりやすいのだろうか??これまた仕組みはわからない。。。

※この記事も、のちに削除の可能性あり!?(笑えるわ、まったく。。。)



posted by 2号 at 11:39| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

on のだめカンタービレ

記憶の片隅に。

趣味はピアノ、2号です。
おとつい、中学のころの同級生に「『のだめ』を見ると『○○も、やってるかなー』と思う」(注:○○は私の名前)と言われました。

厳密に言うと、現在のわたくし2号、「(がんばってピアノを)やってる」と言える体調にないのだが、「かなりしょっちゅう『のだめ』モードに入ってる」ことは確かです。

映画の公開に向けて、いろんな再放送などを見るともなく全部見てしまったので。

なんか、のだめがキレてる時の九州弁のノリが乗り移ってる感じがずっと抜けない。
で、のだめ見てると、もちろんピアノも弾きたくなるんだけど、やり始めると根詰めてしまうので、今の体調的によくないかと思って自重してるところに、突き指までしてしまったので、さらに弾けない状態に。

突き指が治ったころ、肺炎の疑いも晴れて、風邪の(ような)症状もなくなっていれば、おピアノ練習いたしたいと思います。

っていうか、のだめの九州弁だけじゃなくて、ピアノのうまさも乗り移ってくれてたらいいのに、たぶんそれはないでしょう。残念。
同級生に言いたい。
私のピアノのレベルは、のだめの足元にも及びません。
でも、何かで自分を思い出してもらえるっていうのは、光栄なことです。

ちなみに、前にも書いた「フォロー・ミー」という大好きな映画があるのだけど、このある意味マイナーな古い映画を、やはり好きだという人が大学の同級生にいて、そんな奇特な人が自分のほかにもいたということでお互いにビックリしたのだが、その人はこの映画がBSなんかで再放送されるたびに「○○(←私の名前)のことを思い出す」そうな。
それ以来、私も、この映画には、彼女がそう言ってくれたことや、彼女と初めてこの映画の話をした時のことが、もれなくついて来るようになりました。

皆様、そんなふうにでも、このようなワタクシを思い出してくれてありがとう〜(2号)
posted by 2号 at 23:02| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

on サイモン&ガーファンクル

サイモン&ガーファンクル&私。

I'd rather be a sparrow than a snail〜そりゃそうだ、2号です。
サイモン&ガーファンクルが日本に!!

ほんの子供のころからの夢が、ついに叶う時が来ました。
18日、札幌ドーム公演に駆けつけます。

貧乏だったわたくし2号、全部アルバムがほしいと思ったのがこのS&Gで、それも、生活が立ち行かなくなったので志半ばの4枚までだったけど、一番たくさん集めたと言えます。

どうして好きになったのか、もちろん、年代的には全然リアルタイムじゃなく後追いなのだけど、おそらく、クラスの男子の影響か、あるいは、映画「卒業」のリバイバルを見たせいか…どっちが先だったか覚えていません。

そもそもが、子供のころのある時から洋楽しか聞かなくなっていたというか、日本のポップス(?)を拒否していて、その理由は、歌詞が聞くにたえなかったからなのでした。
洋楽だとほとんど意味がわからないので、歌詞も楽器の一部みたいな感じで、(たわけてるかもしれない歌詞の)意味に煩わされることなくメロディだけ楽しむというスタンスでした。
昔は、音楽の主な供給源はラジオで、その意味のわからない歌たちをただただそうやって聞き流せていたのだけど、ある時、歌詞カードというものを見せられ、対訳というものを見せられ、日本の歌に負けず劣らず、いや、ヘタするともっと下らない内容が歌われてることを知り、ガク然。。。
ハヤリ歌なんちゅうもんは、大人が言うように、確かに下らないものなのかもと、純真な私は、まさに拠り所を失ったような状態に…。
そして、それを救ってくれたのが、Pサイモンの詩と歌だったわけだ。
これだったら聞くにたえるどころか、覚えて歌いたいくらいだと思い、初めて一生懸命英語の歌詞というものを覚えたもんでした。

The Sound of Silence、Bridge Over Troubled Water、El Condor Pasa、Mrs.Robinson、The Boxer、I am a rock、Scarborough Fairなどなど、超有名どころは、もちろん良くて…、しかし、私が一番好きなのはAmericaだな〜と思う。あと、あえて超有名どころをはずして、Wednesday Morning, 3 a.m.、April Come She Will、Kathy's Songが好き。

Americaは、曲の一部始終の情景を、今でも克明に頭の中に描くことができる。もちろん、自分の想像の範囲のことであって、本物のグレイハウンドバスの外観や内装、ミシガン(saginawなんて地名はほかでは聞いたこともない)やピッツバーグの実際の風景、ニュージャージーの高速道路も知らない。私の中のそれらは、いつかどこかで見たアメリカ映画のイメージが適当に反映されているだけの情景なのだけど、それ以上に、バスの中で二人の交わした会話のテンポや、日本で見るのとは違う、決してウサギが餅つきをしてはいない月が、開けた野っぱらの上にポッカリと出ている様子や、雑誌を読む、あるいは、眠っているキャシーの横顔、高速道路の車の数を数えているポール(?)の決して目の前を見ていない眼差しなんかを、ちょっと痛々しい感傷を伴って、鮮明に思い浮かべることができる。
この二人はこれからどうするのだろう?

歌詞のせいか、どの曲もあまり難しくない英語で、いつしか意味も勝手にねつ造(?)してインプットされていたのだけど、先日、コンサートに備えて復習しようと、ご苦労なことにレコードをせっせとMDに録音したついでに、あらためて歌詞と対訳を見てみたらば、どうも自分が解釈していたのとは違う訳になっていたりしました。
たとえば、Americaでは、
I've got some real estate here in my bag
が、「カバンに少しならお金を持ってる」となっているのだけど、私はてっきり、不動産をカバンに持ってるっていうジョークかと思い、つまり、暗にあんまりお金はないけどっていうことかと思ってました。リアルエステートって、カバンで持ち歩ける動産という意味もあるのか…?

ついでに、歌詞チェック。
 Laughing on the bus Playing games with the faces
 She said the man in the gabardine suit was a spy
 I said "Be careful, his bowtie is really a camera"

ここらあたりは、二人は、まだ子供じゃん。って感じで、痛々しさが増すところ。

そういえば、昔、gabardine suitってなんだろう?ってずっと思っていて、ある日偶然、生地屋さんで「ギャバジン」という生地を発見して、ものすごく感激した記憶もある。生地の名前だったんだ!!と。生地とは言え、それは確かにちょっと高級そうに光沢を帯び、見たら「○○のスーツ」とわかる感じではあった。

 So I looked at the scenery, she read her magazine
 And the moon rose over an open field

最後のタバコを1時間前に吸ってしまって、手持ち無沙汰。
そのあとの、ここ↑がすごく好きなところ。

そして、一番好きなところは最後↓。

 "Kathy, I'm lost," I said, though I knew she was sleeping
 "I'm empty and aching and I don't know why"

「わかんなくなっちゃったよ…」って、キャシーが眠っているのに言う。逆に、眠っているから、言ったんだと思う。
アメリカを探すってことは、ある意味、自分の生き方探しなのかな、と思ったりもし、大人になるということの痛みなども想像しながら、子供の私はこの曲を聞いていたんでした。

Kathy's Songキャシーの歌。
キャシーは、いろんな歌に出て来る名前で、ポールの実際の恋人だったとか何とかいう話もあるけど、本当かどうかは別にして、歌を聞いた人はみんなそれぞれのキャシー像を持ってると思う。私のキャシーは、子供と大人が同居していて、時に大胆で時に衝動的、甘えん坊の寂しがり屋、時々クールになるけどロマンチストで楽しいことが大好きで身軽というような、決して美人ではない女性を想像(それは、ずぅずぅしくも未来の自分と重ねられていたりした)。一応、外人ということで言えば、金髪ではなく、そばかすがあるような感じで痩せている。
複数の歌に出て来る「韻を踏むために引き裂き、こねくり回した言葉たち」というのが、この歌にも出て来る。
私たちが好きだな〜と思う歌詞を紡ぎ出すのに、苦労してるんだ…と想像。
ちょっとメランコリックでさびしいけど、懐かしく、どこか暖かくて、結局は幸せな(?)歌です。

セントラルパークで復活コンサートがあると聞いた時、行きたくてたまらなかったけど行けるはずもなく、心だけセントラルパークに飛んでました。
セントラルパークという公園の全容も知らず、それもまた全部妄想。席は後ろの方で、ポールもアートも見えるか見えないかの場所だけど、混み合ってはいない。私は恋人と地べたなのか芝なのか、とにかく寄り添ってヒザを抱えて座っていて、好きな曲のたびに互いにグッと体を押し付け合う。あ、この曲!っていう合図みたいに。
天気は曇りで、途中、小雨が降って来る。すると恋人はジャケットを脱いで頭からかぶり、私もその下に入れてくれる。
なんとなく、彼らの野外コンサートには、小雨が似合うイメージがあって、キャシーの歌が流れてる。そして、自分がキャシーになり切っている。
この若気の至りの妄想が、今も頭から離れなかったりする。

April Come She Willは、ポツンと残される歌。
1年もない。4月から9月の短い恋。
若さゆえの、鮮烈な一瞬のきらめきと喪失。
韻を踏むってこういうことか〜って、感動しながら勉強もした。

Wednesday Morning, 3 a.m.。
これは、まず、タイトルが好き。それがすべてと言ってもいいくらいかも。
April Come She Willにも通じるような感じで、淡々としたメロディに、苦い歌詞が載っている。

最後に番外、Cecilia。
新版と言われたグレイティストヒッツの最後にこれが入っていて、当時飼っていたセキセイインコの「キーコ」は、この曲が大好きだった。これがかかると大コーフン状態で、ピーキャー鳴きながら鳥かご中を飛び回る。あれはおそらく、彼女なりに歌って踊っていたんだと思う。それをこっちも楽しく眺めながら、一緒に口ずさんでました。
ある日、親の留守に気兼ねなく曲をかけまくっている最中、親が帰って来てしまって、純真な子供だった私は、セシリアの対訳の中にある言葉を拝借して「キーコと午後の情事を楽しんでいたのに、もう帰って来たの?」と言って、親にメチャメチャ怒られました。誰かと二人で楽しく過ごすってことかと漠然と思っていたのだが、もっと深い意味があるとは知らず。。。

412TvdBsauL._SL160_AA115_.jpg

というわけで、7月18日、ン十年越しの夢がとうとう実現する。
感激して泣くに違いない。ビリージョエルの時以上かも。それとも、すごいこと過ぎて、ピンと来ない可能性もあるかも。今までの妄想と想いの蓄積がスゴすぎるだけに。
そして、20代前半までが許容範囲と思っていた”キャシー”は、もう自分の中で失われかけているかもしれないと実感して、ちょっとさびしく思うかもしれない。。。
また、Bジョエルの時みたいに、明日に架ける橋のピアノ楽譜を引っ張り出して練習する予感がする。CDもしばらく聞き続ける。コンサートの常として。

そして、59番街橋の歌、みたいに、Life, I love you!な気分に浸ることでしょう。。。(2号)
posted by 2号 at 18:32| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

07.03.27 on 戦場のメリークリスマス

墓場が戦場に。。。

最近、ピアノで戦場のメリークリスマスを弾くことにハマっている2号です。
何で今ごろ?
そんなことは、どうでもいいです。人には、いろんなキッカケがあるものです。

楽譜はもちろん、ピアノソロの楽譜なのだけど、参考にと思ってレンタルした坂本先生のCDに収録されてるのは、バイオリンとか入ってて、映画のサントラがどんなだったか知らない私は、楽譜がオリジナルなのかどうか判断できずにいました。

そんなこんなの、この前。
たまたま1号と飲みに行き、これが大の坂本龍一ファンであることを思い出し、iPodに入れていたくだんのメリークリスマス・Mr.ローレンを聞かせたら、これはオリジナルじゃないとの返事。戦メリのテーマは、その後、いろんなバージョンが出たらしい。さすがの詳しさ。

さておき、それからひとしきり坂本龍一先生の話に花を咲かせてる最中、ふと、重大な事実が私の頭をよぎったのでした。
坂本龍一を熱く熱く語る1号。そういえば、コヤツの結婚披露宴(会費制)の新郎新婦入場曲は、この「戦メリ」だった。。。

  あ。だから、1号の結婚生活は戦場と化してるの!?

っていうか、その選曲、なんで、誰もやめさせなかったのか。。(涙)。そういうのは、周りがとめてやらないと〜(2号)
posted by 2号 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(1) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

06.01.10 on オーケストラ

踊るワレリーおじさま

昔、どうせならピアノでなくバイオリンを習わせてほしかったと親に詰め寄っていた2号です。
ピンで立つより、その他大勢に混じっておいしい思いができれば…というズルい願望ゆえ、音楽で食べるならオーケストラに入るのが一番だなどと(歌手になるなら米米クラブのバックの女性メンバーとか)。で、管楽器はソロがあって目立つ確率が高いから、弦楽器の3、4列目くらいに混じれれば、そこそこいいかな、と。
しかし。幼少時から、バイオリンにはまったく縁がなかったのでした。周りを見ても、習い事と言えばピアノかバレエか習字かそろばんという時代のこと。

そのような歪んだ願望はさておき、純粋に聴衆としてオーケストラを楽しませていただくのもまた、うれしいことではあります。
札幌にも、音楽専用ホール「札幌コンサートホールKitara」という施設ができてから、けっこうよい海外オケがたくさん来るようになりました。道産材を使ったワインヤード型のホールは、世界でも屈指の響きのよさ。外国の著名な音楽家の方々の評判も呼び、仲間うちで「一度、あそこでやってみそ」って感じで、いい演奏家が来てくれる動機にもなってるとか。他地域の新しい施設建設の際に、関係者が視察に来るという例も多いみたいです。かのサー・サイモン・ラトルさんなども、キタラのファンらしい。

さて、そのキタラに、この週末、ロシアのVゲルギエフ氏が、自分の(?)オケ「マリンスキー歌劇場管弦楽団」を連れてやって来ました。ほとんど空席なしでした。
この指揮者のことは大好きで、ひそかにワレリーおじさまと呼んでたりするのだけど、今回も、その愛すべきカッパスタイルの髪型(?)とクマ系の風ぼうとともに、心をわしづかみにされました。

熊川哲也Kバレエカンパニーの公演からフィギュアの浅田真央ちゃんに至るまで、年末の「くるみ割り人形」フィーバーもまだ記憶に新しいというタイミングで、前半はバレエ音楽「くるみ割り人形」の抜粋。
この選曲がまた、ツボにハマりました。たとえば、花のワルツなんか、やらない。それだけで、「おぉ」と思ってしまう。私は一番好きなんだけど、意外に取り上げられないイントラーダをしっかり入れて盛り上げつつ、グランドフィナーレに持っていく、一つの正統派交響曲みたいな組み立てに大満足。
ゲルギエフさんは、以前ほかのオケと来た時も、アンコールにイントラーダをやったことがあるので、きっとイントラーダが好きなんだわ。と思うと、ますますうれしいのでした。
演奏は、この人たち、くるみ割りなんて、目つぶっててもやれるんだろうなぁ。って感じ。

後半はマーラー5番で、一般受け大サービスのプログラム。
ちなみに、オーケストラは聴くだけじゃなくて、観る楽しみもあるわけで、マーラー5番の場合は、アダージェットのところで、ヒマな管楽器・打楽器奏者の方々の時間のつぶし方を観察するのがおすすめです。今回、寝てる人はいなかったけど、ずっと放心状態な顔してたトランペットの人が気になりました。
こういうこと言うと、熱心で真面目なファンに怒られたりするのだけど、演奏はちゃんと聴いてますってば。耳と目、両方フル稼働だから、忙しいの。

さらにちなみに、私が毎回必ずしっかり観るのは、オーボエとシンバルの人です。
オーボエは管楽器の中で音色が一番好きっていうのと、私の中では、コンマスの次にカナメだと、何となく思い込んでるから。チューニングの音を出すということ以上に。(オーボエが上手いと、全体がしまる気がする)。
そして、シンバル。あれほどタイミングの妙を要求される楽器がほかにあるでしょーか? まさに、一発芸的、職人芸的なその技に、尊敬の念を禁じえません。
あの、グワシャ〜ンという派手な音。二つのお皿(?)を打ちつけて開いた時、その間から音のオーラがぼゎ〜んと膨らんで出て来て、広がっていくのが見えるみたいです。
加えて、動きも一番派手です。演奏することによって、ヒジ近くまで袖がまくれて、白いシャツがあらわになる楽器がほかにあるでしょーか?
シンバルの人が出番準備すると、注目せずにはいられません。そして、打ち鳴らす時は、心の中で「腹筋!背筋!上腕二頭筋!」と掛け声かけずにはいられない。喝采の意味で。
ビジュアル的にもとっても楽しく、しかもスポーツ的。それが、シンバルなのでした。
マリンスキーの今回のシンバル担当の人は、世の中のすべてに怒ってるようなシリアスな表情を、演奏中も待機中もいっときも崩さず、眉間のシワもずっと同じまま。哲学者のようなたたずまいなのに、淡々と一番派手な音を出す。これぞ職人魂(←?)だわ…と、すっかり気に入ってしまいました。

オケとかバレエとか、そういう芸術分野でのロシアの力量を見せつけられると、トルストイなどが描いていた欧州コンプレックスを乗り越えて、ここまでの自信とプライドを持つほどになったロシア人のすごさに、感服します。
特徴としては、なんだろう? フランスなどのヨーロッパが繊細、洗練だとすると、ベタなくらいの豪華さと剛健さ? しかも、好感が持てる範囲の。キライじゃない。大好きです。

指揮台なし、棒なしで、奔放に指揮するワレリーおじさま。まるで、踊ってるみたいで引き込まれます。特に、第一バイオリン陣の方向に大きく踏み込むことが多く、おじさまのおシリを一番見たのは、観客の次にビオラの方々だったのではないか?
どこをとっても、すてきでおもしろい演奏会でした。(2号)
posted by 2号 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(1) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

05.12.13on 大人のピアノ

アルゲリッチ気分

すっかり雪が積もった札幌から2号です。
週末、元ピアノ教師の友だちが、一足早いクリスマスパーティをしにやってきました。

相変わらず、目覚ましくは上達しない私。待ち構えていたように、ピアノのお稽古について質問攻めにしました。
彼女は、一つ一つていねいに答えながら、最後にぽつり。「教えるのって、楽しいなぁ」。
先ごろ結婚してピアノ教師を辞めて、ダンナ様も転勤が多いから、もう再開しないつもりらしいのだけど、本当にもったいないことです。
私は、いつも彼女に弾いてほしいのに、ゼッタイ弾いてくれない。素人の私など、サワリをちょこっと弾いてくれるだけで、えっらく感動するのに、プロだった人にはプライドがあるらしく、練習も積んでないのにヒト様に聴かせるなど、とんでもございませんってことらしいのです。
でも、コツを教えてもらいながら私がわざとぎこちなく弾くと、スッと彼女の手が出て、そのほんの一部分をお手本してくれるのでした。作戦成功。
それにしても、私と彼女とでは、その、ほんの一部分でさえ、何と違うこと!

目覚ましく上達しないことについて、大人のピアノは本人が満足してればいいと励ましてくれるのだけど、確かに、楽しいから満足なんだけど、それだけでいいのか?っていう思いもあり…。
すると、彼女、先日、とある発表会に行って、まるで「君はアルゲリッチか?」っていうような弾き方をする人がいたそうな。しかも、弾き方はそうなんだけど、全然弾けてないそうで、プロとして聴くとまったくいただけないと。
でも、弾き終わって聴衆に挨拶した時、その人は満面の笑みで、それを見て、あんなに満足してるんだからいいんだ、って思ったと。
つまり。いいの、趣味だから。ってことで。

っていうか、発表会でやるのはどうなの? とは思うけど、その、誰々気分で弾くっていう気持ちは、すごくわかるのです。たぶん、誰でも一人でこっそりやってると思う。そして、もちろん、その時は「全然弾けてない」のです。でも、そうやってノるってことで、いつも弾けてない部分を奇跡的に魅力的に鳴らすことができたりする場合もあるのでした。

マムシ指に続き、またまた今回、私の粗末な手の中で、「骨を出した方がいい部分」として指摘されたところが一カ所増えて、ヒマさえあれば左の小指をぐぃぐぃとやってるのだけど、こんなトシから人体改造できるのか? 前途多難。(2号)
posted by 2号 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

05.9.30 on 英国軍楽隊

女王陛下のお宝


女王様になりたい、2号です。
女王様は自分の(?)軍楽隊(吹奏楽団)を持つことができたりするっていう、それだけの理由なんだけど。

というわけで、ザ・レジメンタル・バンド・コールドストリーム・ガーズのコンサートに行ってきました。名付けて「英国女王陛下の近衛軍楽隊」コンサート。
じょおうへいかのぐんがくたい。なんて素敵な響き。
行ったのは2回目なんだけど、こういうのを見ると、伝統とか格式とか、そこから来る風格とか、やっぱりアメリカじゃなくて、英国ですわよ奥様、って感じ。
行けばなるほど、そこらの外国オケの公演より人が入ってるという人気の高さなのです。

このバンドの一番おいしいところは、絵になるところ。あのニョッキリとそびえ立つ帽子(熊の毛製?)も、普通なら、どぉしたものかと思うけど、赤い制服に端正な顔立ちでかぶられると納得させられるから不思議。
屈強そうな体を赤い制服でピチピチに包み、なのに、なさることが楽器演奏だなんて、このギャップがたまりません(ちなみに、お腹は出てる方がステキ)。
特に胸キュンなのは、チューバ奏者。普段、普通にオーケストラを見る時なんかは、チューバなどという巨大にしてマイナーな楽器に注目することはほとんどないけど、屈強な体+制服+チューバとくると、話は別。私がチューバになりた〜い♪って感じ。
その他、引退した元ヘビー級ボクサーっぽいのや、道端でヤンキー座りして意味もなく通行人にガン飛ばしてそうな、見るからに悪そうな若いのもいて(鋭い上目遣いで指揮を見たりしている)、そのようにイメージから遠いキャラであればあるほど、「英国女王陛下の…」なんて言われると、グッときてしまうのでした。
たいていのメンバーは、胸に勲章を付けてます。演奏技術が進歩したりしたら、女王様からご褒美としていただいたりしてるんでしょーか?わかりません。4つも付けてるのを見たりすると、なぜか、なんとなくかわいい感じがします。
また、ちゃんと階級もついていて、たとえば、歌を披露した美声自慢のスコットさんは伍長だそうです。
指揮のグレアム・ジョーンズ少佐は、ユーモアたっぷりの話し上手。腰にはサーベルを挿していて、一人だけ黒いコスチューム。物腰はうやうやしく、ものすごく良い人そう。ちなみに、女性隊員もフルートに一人。

演奏内容は、英国らしく、007メドレーなどのポピュラー曲も。最近、ビートルズが聴きたいと思ってたところに、ビートルズのメドレーもあったもんだから、ますます聴きたくなりました。
残念だったのは、曲目にダニーボーイがなかったのと、バグパイプの演奏がなかったこと。でも、何はなくともエルガーの威風堂々は外せないらしく、最後はこれで締めくくり。この超有名曲、何度聴いても、ちょっと支離滅裂じゃないか?と感じてしまう曲なのに、サビ(?)部分の主旋律の万人ウケ度が異常に高いためか、やっぱり魅力的なのだわ。
素人の私は、エルガー先生といえば、チェロの協奏曲とこの威風堂々くらいしか思い浮かばないのだけど、AメロBメロCメロと強引につないでる感じが、実は天才的だったりするのだろうか?

ともあれ、女王様っていうのは、本当に結構なものをお持ちでいらっしゃる。持たざる私は、久しぶりに「ブラス!」でも観ようかなぁと思いました。(2号)

※英国女王陛下の近衛軍楽隊コールドストリーム・ガーズ・バンド:
エリザベス女王お住まいのバッキンガム宮殿を警護する「英国陸軍近衛連隊」に所属。5つあるバンドの中で最も古く、衛兵交代セレモニーのほか、王室、国家の行事の祝典演奏を行うのが任務。
軍隊というのは、前線で身を張って果敢に戦う兵士の皆さんがあってこそ成り立つものではあるけれど、衛生兵とか通信兵とか通訳とか、そういう特殊分野を担うスペシャリストに、非常に興味深いものを感じます。
でも、戦争はいけませんゎ。

写真を載せてる方がいます
トラックバックをしてくれた方の記事に行くと、雰囲気を見ることができます。ぜひどうぞ。
posted by 2号 at 16:26| Comment(2) | TrackBack(1) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

05.05.19 on またピアノ

神、ここにいませり

されど早や去りたまいぬ


こんばんは、2号です。(←ニュースキャスター風でお願いします)。
昨日、ピアノだのBジョエルだのと書いてたら、偶然にも、さまよえる「ピアノマン」のニュースが。 (なので、今日もピアノの話です)。
それにしても、弾いたのは白鳥の湖だっていうのに、それを使う局が一つもないのは、ほかの人が弾いてるCDもないってこと? …かもね。 それと、プロ並みの腕前って、誰の判断? 別の意味でナゾは深まるばかり。

このピアノマンが、名前を書くように渡された紙にピアノの絵を描いたって話。まさに、「私はピアノ」。彼にとっては、アイデンティティのモトなのかも。
口をきかない(きけない)人が、自分を表現するのにピアノを弾くっていうのは、映画「ピアノレッスン」を彷彿させました。
意識が飛んじゃってる人などが、いきなりピアノに向かって一心不乱に弾きまくるってエピソードがよくあるのは、いろんなところにオープンに置かれてる楽器だからでしょか。

ともあれ、このニュースを聞いて、楽器って(つまり、音楽?)、心の奥深くに根ざすものなんだなぁと、しみじみ思いました。
またまた登場させるけど、私の友だちも、ピアノ教師をやってたころは自分自身ではあまり弾きたくなかったけど、辞めて、しかもよその土地に行ったらさびしくて、何か熱中できることをしようと考えてみたら、やっぱりピアノだったそう。

さておき、そのようにして、昔から気になってたのにやってなかった曲をやりたいと彼女が口にしたのは、私も憧れてる難曲。それをカンタンに「やる」なんて…。
「いいなぁ。ゼッタイ弾けるよね」
「譜読みが面倒そうだけどね〜」
「でも、初見である程度行けちゃうんでしょ? あ、そうだ。あたしが苦労してるような曲も、○○ちゃんだったら、初見の段階ですでに、あたしが何カ月も練習したのよりもうまく弾けちゃうんだろうなぁ。いいな、いいなーぁっっ」
「うーん…。逆に、○○ちゃん(←私のこと)と同じだったら、困るよぉ」。確かに確かに。
「そ、そうだよね。ある意味、プロだもんね。かけたお金も時間もケタ違いだし」。

演奏家にならないまでも、早くから才能を発揮するということは、親の労力財力がトクトクとつぎ込まれるということ。(家にグランドピアノが2台!!)。もちろん本人も、遠くの町に住む大先生のところに週ごとに通うなど、大変だったそう。大学も、さらに上の課程まで修めたというから、すごいと思う。
でも、それがちゃんと職業になり、自分も一生楽しめるとなれば…。子供の習い事も、ここまで才能にハマれば、苦労のしがいがあるというもの。

ちょっとしかハマらなかった私は、今、たとえ毎日のように練習しても、神様が降りて来るのは、月に1〜2回。なぜか、次の日には、すっかり、もとのダメな人間に戻ってしまってます。なんでだ?(それは、おそらく、まぐれと呼ばれるものです)
でも、いいの(よくありません。もっと頑張りましょう)。プロの演奏家だって、CDの中ではスカがあったり(抜け)、ハズしてたり(ミスタッチ)するから(レベルはまったく違うが)。
技術より、ハートでカバーすればよいのだわ(レベルはまったく違うが)。

せっかくピアノのことを書いたので、最後に宣伝(?)です。
最近、CMで立て続けにショパンが使われたりしてました。
好まれる曲には、後世の人がタイトル(標題)を付けてくれたりするのだけど、ショパンの、標題のつけられてないエチュードの中でおすすめがあります。おもしろいうえにカッコいいので、私もそのうち挑戦したいと思ってる曲です(鳴らすだけ)。
「別れの曲」の次の曲(op.10-4)。
右手と左手の応酬が、まるで夫婦喧嘩。(ドラクエを思い出すという人も)。聞いてると、ミョーにコーフンします。
最後は、取っ組み合いの勢い余って、二人もろともベッドに倒れ込んだと思われるのだけど、そのまま仲直りとなったのかどうかは不明(そこで曲は終わっている)。
機会があったら、CDなどで聞いてみてね〜。(2号)

※ことえりくんは、今日のタイトルの「去りたまいぬ」のところで、「玉犬」と出してきました。わからないではないけどさ。
posted by 2号 at 19:29| Comment(3) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

05.05.18 on ピアノの特訓

ツラいけど涙見せない


雨の降る夜に限らず、Bジョエルを聴いていた2号です。
「私はピアノ」って曲では、雨の降る夜=Bジョエルってなってたけど… 人は、いったいどんな時に、ある曲にこだわりを持ったりするんでしょうか。今日も、ピアノの話いかせていただきます。

私が勝手にライバル視してる、というか、励みにしてる話があります。
昨日も書いた、元ピアノ教師の友だちは、ある時、知り合いの知り合いから、短期の単発で指導してほしがってる人がいると言われたそうです。で、行ってみると、中年の男性(のちに、私たちは「ショパンオヤジ」と命名)。
経験ゼロ。楽譜読めず。弾きたい曲は、「ボクは死にまっしぇーん」で有名になったややカンタンではない曲で、このために電子ピアノを買い、パソコンとつないで譜面の音符の順番で鍵盤が赤く光るようにして、その光を追っかけて弾くやり方。友だちはブッ飛んだ。
確かに、気の遠くなるような話です。
文字通り、手取り足取り数カ月。お互いに、かなりかなりツラかったはず。
「すんごい完璧主義の人でさぁ…ちょっとくらいごまかして弾いてもいいところも、妥協しないの」
「んで? ど、どぉなったの??」
その曲は、中間にやや難しいところがあり、私だってそこはまだ一度もきれいには弾けたことがなかったので、生ツバもので訊きました。(ごっくん)
友だちは、ナゾの微笑みを浮かべて「そりゃあ、もう…」。
大変過ぎて、挫折か?(ごっくん) と思いきや、
「びっくりするくらい、弾けるようになったの」。
どしぇ〜。
「人間って、努力次第ですごくなるのねぇ」と、しみじみ語る友だち。
夜な夜な睡眠を削っては、血と汗と涙の自主練。なぜに、そこまで?

聞けば、ショパンオヤジは、次もショパンの有名曲を持ってきて、挑戦。
その曲は、さらに難しく、私だって満足に弾けるのは中間部のスローパートくらいのもんっていう曲だったので、それをオヤジが制覇したとなれば、私はナニ? って話です。
「でも、それはやっぱり途中で諦めたの」。
よかったよかった。(ごめん、オジさん)

そして、ショパンオヤジは、ショパンをいろいろやったあと、最後にこれを弾きたいと、あるポピュラー曲のCDを差し出したそうです。
そのものズバリの楽譜が売ってなかったため、友だちはCDを何度も聞きながら&止めながら譜面に起こし(←この才能がうらやましい)、その曲は簡単だったので、ちゃんと弾けるようになったのを見届けて、終了。本人も、そこで満足したらしいです。

この人の話はけっこうショックで、私も頑張るぞ! という肥やしになってます。たぶん、このショパンオヤジは、そんなこと知る由もなく、ついでに、ショパンオヤジと呼ばれてることも知りません。
ちなみに、その人は男性だから手はすごく大きいのだけど、私以上に指が開かず、最初は本当に苦労したそうです。手のせいにしがちな私に「大きさの問題じゃない」という、いい教訓(ダシ)にもされています。
人は、どこで誰に影響を与えてるか、わかったもんじゃあ、ありません。

それにしても、この人は、ただこれが好きで弾きたかっただけだったのか、そのきっかけはナンだったのか、あるいは、ほかに隠された目的があったのか。(「50年後のキミを、今と変わらず愛している」などと言いながら弾いて聞かせ、誰かを口説いてたりする?)。
結局、友だちも、真相はわからずじまいとのこと。

さておき。
冬ソナなどの影響もあって、趣味でピアノを始める人も多いらしい昨今。
私自身は、好き勝手にやっていいと言われて、やっと、心底、楽しめるようになった人間だけど、大人になって始める人に言いたいこと。最初は、慣れるためにも、カンタンに弾けるように書き直した楽譜を使った方がいいと思うけど、慣れたら、ある程度ちゃんとした楽譜でやってほしいと思います。努力次第で、進歩できるみたいなんで。
たとえば、弾きやすくするためになんでもかんでもハ調に置き換えられてるヤツは、はっきり言って、ちょっと気持ち悪いです。じっくり見たことはないけど、途中で転調するような曲も、転調しないで終わるんでしょうか。
特にポピュラー曲の場合、オリジナルは、サビのリフレインなんかが途中で転調したりして、それゆえに、さらに盛り上がるっていう仕組みなので、ずっとハ調じゃ、せっかく弾いててももったいないと思うのです。
黒鍵も使うようになると、ピアノ気分も深まります。
ぜひぜひ、黒いところも使ってね。(2号)
posted by 2号 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

05.05.17 on ピアノ

「大人のピアノ」

手のひらを太陽に透かしてみれば、「五重苦」の文字が浮き出す2号です。
ゴツい、皮膚が厚くてシワが多い(子供のころから)、色黒、指毛、爪の形が悪い。ザッと、こんな感じ。

そして、さらに。
ピアノを弾こうと思ったら、これまた別の「五重苦」が登場。
手が小さい、指が長くない、指が開かない(水かき)、関節が硬い、マムシ指。
だから(と、手のせいにする)、私のピアノは、「ヘタの横好き」から「好きこそモノの上手なれ」へと、なかなか移行しないのでした。

元ピアノ教師の友だちは、二人で手を合わせて比べると、全体の大きさが私より数ミリ大きいだけなのに、ものすご〜く指が開きます。私が、オクターブを1−5(親指と小指)でヒィヒィしながらやってるのに、彼女は1−4(親指と薬指)で悠々と撫でてます。学生のころは、「手が大きいからって楽に弾いちゃダメ」って叱られてたそうです。なんちゅうことだ。
私がうらやむと、「手は小さくても、要は、指が開けば問題ない」そうで、力士の股割りみたいに、常に指の間を逆の手の拳で広げるようにせよ、とのお達しです。ひぇ〜

リストっていう有名な作曲家(フジコ・ヘミング女史の得意な)は、自らすごい弾き手でもあり、超絶技巧の曲も多く作ったんだけど、それは何と言っても、彼自身の手が大きかったことと無縁ではないと思うのです。中指が13センチだよ。それって、私の手全体のサイズの85%くらいだってば。ずるい。

こうしてみると、ピアノは楽器の中でも特殊な方かも。手の大きさなどが、モロに影響する。ギターなんかもそうなのかなぁとは思うけど、ピアノほどじゃない気がする。体格も関係あるし。
大きい人は鍵盤に体重載せやすく、有利。ピアニストに腕が太い人が多いのは、腕の重さも「使える」からだって聞いたことがあります。
なにより、ピアノは持ち歩けないのも、難点だわ。だから、自分仕様の特注品作るっていう話にもなりにくいのだし。


ともあれ、昔、先生に習っていたころは、延々続くツェルニーさんシリーズとか、「ソナタ」などの事務的な(?)タイトルの本ばっかで、あまりおもしろくなく(ツェルニーの呪い)、身が入っていたとは言えないのだけど、この友だちに出会ってから、ピアノが大好きになりました。
なぜって、「子供は厳しく」だけど、大人の趣味のピアノは「どうでも好きにしていい」そうで、彼女により、いろんなものが解禁されたからなのでした。

私はブランクがけっこう長かったので、再開するとしたら、ハノンとか呪いのツェルニーとか、一から全部やり直しかと思いきや、彼女が「まず、こういうのやれば?」と言ったのが、それまで口にするのもおこがましかった曲だったので、「へ? やってもいいのぉ!?」とびっくり。まるで、骨を見せられた犬状態。
子供のころは、ズルして自分のレベルより上級の有名曲やポピュラー曲を弾くのは、「変なクセがつく」とかいう理由で、ゼッタイにダメって言われてたりして(それでもコソコソやってみたりはする)、発表会のために何カ月も練習する時にやっとそういう曲が与えられる程度だったのだけど、今は、誰に叱られることもなく、ただただ自分の楽しみのためだけにやっていいということなのです。そうだったのか…(←考えてみれば当たり前)。
極端にいえば、一曲一曲完成させなくてもよくて、いつまでも「練習」してたってよくて、自分で満足するデキになったらそこでやめてもいいし、飽きたら違う曲に乗り換えてまた戻ってきてもいいし、何曲も平行してやってもいいし、何もかも自由。もちろん、ちゃんと進歩したければ先生につけばいいのであって、その場合も、大人は自分のやりたい曲を申告できるのです。スンバラしい。

思えば、子供のころは、レコードを聞くたびに「レコードの人が弾いてるのは、聞くだけ。自分が弾くものじゃない」という認識が厳然としてあり、その曲がどういうことになってるのか知る機会さえないと信じてました。
でも、今は、CDやテレビや映画から聞こえる曲を、楽譜見るのはタダだもんねとか思って見てみたりして、確かに、開いた口がふさがらないくらいスゴいことになってる曲もあるんだけど、「ん? もしかして、弾けるかも?」程度になってるのもあって、一時期は、むさぼるようにあれこれ手を出してました。譜面を知るだけでも楽しかったりするもんで。

積年の恨み、水に流します。ツェルニーさん、さようなら。(2号)
posted by 2号 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

05.01.31 on レコード

レコードなんぞ、かけてみた

久しぶりに、週末は一歩も外に出なかった2号です。なんとか、生き延びました。

ヘタのヨコ好きとは、まさにこのことなんだけど、家ではピアノを鳴らします。
今は、遠く四国に嫁いでしまった友だちが元ピアノの先生をやってたので、彼女に通信教育(?)受けてます。
すなわち、「ここはどう弾いたらいいの?」とか、「この部分は、どう練習したらいいの?」とか、「この曲のテンポは、どのくらい遅くまで許される?」とか、そんなことをメールや手紙で訊くって感じで。
もちろん、習うより真似ろ(というかどうか知らないけど)で、プロの方のCDを参考にもします。飽きるほどリピート再生して、体に染み込ませるとか。
コンクールは愚か、発表会があるわけでもなし、なんで、一生懸命そんなことするのか? つまりそれが、「趣味」っていうものなのね、理屈じゃなく。そういうことするのが楽しければ、それでいーんです。

で、今「取り組んでる」曲を、かのブーニン氏の演奏を参考にしてたんだけど、ブーニンくんは速弾きタイプなので、全然追いつけない!ことに嫌気がさしてきて、違うテンポで弾いてる人のCDを手持ちの中から探したんだけど、ありませんでした。
しかたがない、と、引っ張り出したのは、むか〜し、父が持ってたレコード。やっとの思いでプレイヤーをつないでかけてみたら、これがまた、ブーニンくんに負けず劣らず速弾きで、全然意味なかった。
で、チロッと眺めると、父のレコードコレクション(?)の隣に、昔、自分が買ったレコードがちょろっとありまして、ふと手が伸びて、昔懐かしポップス大かけまくり大会を、夜中、一人で開催しました。寝不足になりながら。
いやぁ〜、久しぶりに浸った(&歌った)。
と同時に、気がつけば、なんだかすごく遠くへ来てしまった気分。(2号)
posted by 2号 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノ・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。