2008年07月03日

08.07.03 on モンスターペアレント

モンスターペアレント。

天気が下り坂の札幌から、2号です。
7月になって、「夏っ!」って感じになってしまいました。ひと月くらい、早いような…。

さて、この前、新しく始まった、表題のドラマを見ました。
私も、言った方が企業と消費者のためになると思った場合は、企業に電話したりします。
一方で、常々、苦情を言う人を「モンスター○○」と名前を付けて満足してる(?)風潮に、違和感を持ってました。
まず、これって、病院なら「ペイシェント」、学校なら「ペアレント」みたいに、場面場面で肩書き(?)部分が変わってるのが、気に入らない。場面ごとに分類した名前をつけて喜んでないで、この種の人は病院でも学校でもどこでもクレームを言ってるというふうにとらえておいた方が、何かと役に立つような気がします。
理不尽なクレームを延々と主張し続ける人が増えてるとしたら、たぶん、時代なのでしょう。みんながイライラしてる。みんながそのイライラの原因を帰結できる相手を求めてる。つまり、人が悪い=自分は悪くない=自分じゃなくて相手が何とかするべき、ってことで主張をゴリ押しするのでしょう。
加えて、関係ない不満も含めて溜まったストレスをここぞとばかり一気に吐き出してスッキリしたいという人もいるだろうし、(消費者の)権利をはき違えて、言えば何でも通ると思ったりしてる人もいるでしょう。
逆に、「モンスター○○」という言葉のせいで、電話口では頭を下げて平謝りしながら陰で舌を出すというように、企業側がクレームを見下してまともに取り合わない例も増えたらしく、相手をモンスターと決めつけず、正当な指摘や主張はきちんと受け止めようという動きも出てるとかいう話を、何かで読みました。
ヘンな呼び名をつけると、ロクなことがないな〜って感じです。

それで、ドラマの話。
保護者の理不尽な要求の例として、「先生の関西弁が娘に伝染るので、やめさせてほしい」というのがありました。これが、私としては、笑っていいものやら、ビミョーでした。
このお母さんは、言葉のイントネーションの問題のほかに、娘が妹を叩くようになったとも言ってたんだけど、これが「ツッコミ」という関西の文化であり、決して悪い意味で「叩く」のではないと、学校側は答えてました。
もちろん、このお母さんが担任を変えろとか主張するのは行き過ぎだと思うけど、よくよく想像を働かせると、気持ちはわからないでもないと思っちゃいました。
私自身は、学生時代にいろんな地域の人と接して関西弁に憧れたりもしたし、東北に転校して友だちの東北弁をすぐに吸収したら、母が嫌がったのでちょっと悲しかったという記憶もあるので、このお母さんと同じように思うことはないと思うのだけど…
たとえば、もし、子供を、標準語のイントネーションが必要とされる職業に就かせたいと考えてるとしたら、標準語圏に生まれてれば、それはそれでおトクなので、ほんの数年のことであっても、ほかでもない学校の先生から別のイントネーションを伝染される(子供なんて、すぐ、どっちにも適応するので直るのも早いとは思うけど)ことを快く思わない親がいるかもしれないとは思う。(しつこいようだけど、だからって、担任を変えろと怒鳴り込むことは行き過ぎだけど)
あと、ツッコミに限らず、ヘンな他意はない行為であっても、親がしてほしくないと思ってるようなことを、学校の先生の影響で子供がするようになったら、ちょっと困るな〜と感じる気持ちも、理解できる。
確かに、私も、お笑い番組を見てる時は、自分に子供がいてこれをマネしたらちょっとイヤだなと思うことあるし。子供なんて、ちょっとした悪ふざけしてる時でも、テレビみたいな予定調和とは違う世界に一瞬で入って行っちゃうから。
このお母さんも、担任を変えろとか飛躍した主張を高飛車にするのでなく、理性を持って話し合ってみるのであれば、お互い、建設的に得るものがあるだろうに、と思います。
たとえば、これを機会に、方言についてとか、地方によって異なる習慣とか、そういうことを子供と積極的に話題にするようにしたら、より豊かな教育につながると思います〜。今、先生につられたね!などと明るく笑いあって、方言って伝染りやすいよね〜とか、ざっくばらんに子供に言えばいいじゃん。そしたら、勘のいい子なら無防備に伝染るがままにならず、違いを認識して使い分けるかもしれない。ツッコミだって、本気で叩いたらダメだよって関西の先生が教えればいいのです。家では、妹が泣いたらお母さんがフォローして、お姉ちゃんにも注意すればいいだけの話。
ちなみに、先生のイントネーションがすぐ伝染った子供って、きっと先生のこと好きなんだろうな〜。

今後、ドラマがどう展開するのか。どうやって解決していくのか。ちょっと楽しみ。
くれぐれも、理不尽な要求のカゲに隠れた正当な意見を、いたずらに排除しないよう、切望します。(2号)


posted by 2号 at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

05.12.08on 赤ちゃん

ベッドから大海原へ

風邪を引きそうで、引いたようでいて、ギリギリ引いてはいない。瀬戸際でせめぎあっている2号です。オノレの免疫力にムチ打って、年末まで突っ走りたいと思います。

友だちが赤ちゃんを産みました。
ママが美人で、パパも世間でいい男と言われている(ここだけの話、私のタイプではないが)。産まれる前から女の子とわかっていたので、どんなベッピンさんかなぁとワクワクしながら、さっそく見に行きました。
病院に着くと、ちょうど「おっぱい練習」の最中ということで不在。おっぱい練習は新生児室の奥で行われるので、新生児室の前で、ほかのおうちのお子たちがスヤスヤと平和に眠っているのを見ながら待っていようと思って…思って、ガラスをのぞき込むと。
私の目にどわぁ〜っと、涙があふれるじゃあ、ありませんか。
しかも、奥から聞こえる泣き声は、友だちの赤ちゃんの声に違いない。その、生命力に満ち満ちたたくましい声に、ますます感動のボルテージが上がり、いくら目をしばしばさせてもダメ。
新生児室の前で泣くなんて、まるで新米パパか新米ジジやんか。
自分で呆れながら、すやすやベィビーたちの、鼻の穴とか手の爪の小ささとか髪の生え具合とか、身長体重のラベルなどなどをじっくり観察しているうちに、なんとか平静に戻り、ぐずる赤ちゃんを抱いた友人が登場するころには、笑顔で迎えることができました。

大きかった(3400g以上)とはいえ、やっぱり生まれたては小さい。幻覚じゃなくて、本当に宝物みたいにピカピカ光って見えるのでした。抱かせてもらうと、小さいんだけど、ずっしりくる手応え。命の重みってヤツでしょーか。
ママも赤ちゃんも、よくやった。えらい。
「誕生」っていうのは、それだけでえらいのだわ。

帰り際も名残り惜しく新生児室を眺めていると、希望とか未来とかいう、とても大きなものが、ほんの小さな体から溢れ出してるようで、心が洗われていくのでした。そうか、希望ってこういうものだったっけ! と、思い出す感じ。
新生児室に眠る赤ちゃんたちは、まだ、自分の住むところにさえ行ってない。この世に出てきたばかりで、すべてが真新しく、すべてがこれから、という”まっさら”状態なんだなぁと思うと、ここから人生へ行ってらっしゃ〜いって感じ。
どうぞ、皆さん、幸せに。

友だちにも、「子育て頑張って!」と言うよりも、「二人とも、これからパパと三人で仲良く歩いていってね」と思いました。
っていうか、早く名前つけてね。(2号)
posted by 2号 at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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