2012年03月21日

on 落書き。

そんな時代もあった。。。

北海道もやっと氷点下を昨日で卒業、と、ニュースで言ってました、2号です。私も卒業だ!!

昔のノートを見ていたら、こんな落書きがあったのだが、いったいナンだ!?
自分で考えたとも思えず、何かの歌だろうかちら。。。

PB180726.JPG

と思ってググってみたら、「愛國戰隊 大日本 主題歌」って出て来た。なんでそんなものを突然書きなぐったのか、まったく意味不明。

っていうか、ロシアも変わったよね。ぷーちんだもの。。。(2号)



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2012年03月16日

on 昔の絵。

いいかげんな記憶。。。

穏やかな日和、ほっこりしてる2号です。やっと、税理士打ち合わせが終わった。。。

3年くらい前だったか、いろいろ処分した時に、学校で描いた絵も捨てたのだけど、写真に撮ったような気がしていたので、ちょっと見てみたら、ありました。

koma.jpg

例の、雪祭りの狛犬の絵。
なんだかミョーにほめられた記憶が鮮明で、自分でも子供のころは部屋にずっと貼っていたので、もうちょっとうまいのかと思ったら、こんなんでした。普通にヘタクソやん。。。(まあ、これは輪郭がすばらしいということでしかなかったのだが)


と、思ったので、ついでに「贋作」の方も探してみたら、すぐ見つかって、これもこの程度でした。3や4の美術が5になるほどか!?

bara.jpg

しょせん、こんなもんだ。。。(2号)

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2012年03月08日

on 手筋。

デカい女。

1月は行き、2月は逃げ、3月も1週間が去りました、2号です。。。
相変わらず超忙しいのだが、今、待ち時間がてら逃避します。

わたくし2号、ライターです。デザイナーではありません。
と、何度も何度も皆さんに言ってるのですが、よく、「デザイナーに頼むほどのことじゃないから、○○さん(←私の名前)でいいからさ。ちょちょいとやって」と、カンタンなデザインを頼まれます。
このわたくし『で』いいから、とは。。。(失敬な。。。)
つまり、たいしたレベルを求めてないから、誰でもいい、○○さん程度でも。ということだ。
なるほど、そういうレベルなんだったら、まあ、わたくしなぞがやってもいいのかと、できる範囲で謙虚にやる。
しかし、そんなわたくしに『ちょちょい』っていうのもおかしな話で、ちょちょいとできるのは、手慣れたベテランの人だよね??私がやると、プロの人よりは時間もかかるし、持てるワザも見よう見まねの範囲で多くないし、ちょちょいというわけにはいかない。ちょっとは苦労する。でも、もらえる報酬は少ない。
考えてみると、皆さんはカンタンに頼んでくるけど、逆にこっちは汗水たらして少ないお小遣いを稼ぐって感じだ。なんか腑に落ちない気もするけど、お小遣い程度でもあった方がいいし、そうやって要望にこたえていると、次に大きな仕事につながる可能性もかすかにあると信じて、わたくしもがんばっておるのだ。

以上が長い前置きだったのだが、そんな、もぐりのニセデザイナーのわたくしのデザインに対して、「おぉ、豪快だね」的な反応が多いことに、最近気づいた。女性的なデザインというのは、上品に、かわいく、こぢんまり、みたいなことらしいのだけど(そりゃまあわかるし、私だってそういうのは好きだし、できないことはないのだが)、デザインの対象自体が(=頼まれる案件のジャンルが)必ずしも女性的なものではないのが多いせいか、「豪快」なものになってしまってるのかも。とか、思いながら、改めて自分のやったデザインを眺めていたら、ふと、子供のころの記憶がよみがえって来た。それが、今日のタイトルなわけで。。。

私は、美術系の科目は特にいいというわけではなく、唯一、5段階評価で「5」を取った時もあったのだが、それがズバリ「模写」という単元があった時であり、なんだよ…要はパクリだけは得意ってことじゃんか。。。と、自分で嘲笑したものだったのだが、それよりずっと前の小学生の図工の時間、クラス中で私のもう一つの才能がもてはやされた瞬間があった。
それは、絵を描く時に、最初にアウトラインというか、輪郭を描く。ということだった。
その時は、「雪祭りの絵を描きましょう」というテーマで、見に行った人は記憶で描いてもいいし、そうじゃない人は絵はがきなどを見て描くということになっていた。
そこで、私は巨大な狛犬の雪像の絵はがきを見て、画用紙からはみ出すくらいの豪胆な大きさで、画面いっぱい狛犬の輪郭を取った。そして、先生が通りかかり、その「のびのびさ」を褒めちぎったのだった。
たったそれだけのことだったのだが、輪郭を取るだけのことにえらく苦心していた近くの席のクラスメートが、「お願いだから、輪郭だけ描いてくれない?」とこっそり頼んで来た。こんなことでよければ、と、私は快く引き受けて、サラサラとデッかく、その子の雪像の輪郭を描いてあげた。すると、周りの数人が、我も我もと言い出したのだ。たぶん、4、5人のを描いてあげたと思う。
まさか、輪郭を描く、というだけの「才能」が、この世に存在しようとは。。。

きっと、絵を全部完成させろとなったら、誰も私に頼まないと思う。(しかし、その狛犬は、のちのちまで自室の壁に貼っていたくらいの、なかなかのできばえだった)。頼んでいいのは、輪郭描きとパクリだけです。

そんなわけで、元気のいい自分のデザインを眺めてる時、ふと、狛犬の記憶がよみがえったのでした。

すると、また、別の記憶もよみがえってきたので、ここにまとめて記しておこうとなったのだが…
それは、忘れもしない、母校の高校での教育実習の時のこと。
実習の監督(?)としてついてくれた担当の先生の計らいで、授業を受け持ったいくつかのクラスで、実習生の授業を受けての感想などを入れた手紙を最後に書いてくれることになっていた。
これがすごくおもしろくて、ずっととってあったので、古い日記の整理とともに読み返したりもしてたのだが、それによると、私は初日に教壇から落っこちたことになっている。そうだ、思い出した。。。それで親近感が湧いたと書いてくれた男子生徒がいた。もちろんワザとではないけど、結果、つかみはOKだったようだ。
いや、それは余談で、圧倒的多数が書いていた共通の感想、第1位は「字がデカい」ということだった。
初めて黒板に字を書いた時、「あっっっデカい!!」というヒソヒソ声やクスクス笑う声があちこちから聞こえてはいたけど、こんなに多くの子が最後の手紙に書くほどインパクトがあることだったの??。。。と驚いた。なにしろ、「字の『バカ』デカい教生」というウワサが学年中に轟いていたようなのだ。先生は、それで有名でした。と書いてる子がいた。確かに、監督の先生は達筆で細かい字でびっしり板書するタイプだったので、デカデカと最小限の箇条書きしかしない私は、かなりのギャップを生んでいたとは思われるが。。。
字がデカいのは、目の悪い一部の生徒には好評だったようだけど、字はもっと練習した方がいい。とか、大丈夫、だんだんうまくなりますよ、最後の方はよくなってました。とか、暖かくも厳しい言葉も、多くの生徒が書いてくれた。なんて、いい子たちなのぉ〜!!

ちなみに、ここでも、視覚に訴えるのが一番いいのよ!とばかりに、美術が3とか4ばかりだったありもしない才能を駆使して、アルパカやリャマという動物の絵を黒板に描いて披露していた(南米の古代文明の単元だったため)。アルパカとリャマは一生忘れないと書いてくれた生徒もいた。余談だけど。

で、つまり、私って「デカい」女なのかちら?というまとめになるのだが、それが、何か人生の役に立ってるかと言われると、むしろ、住所氏名を書く時に枠に収まりきらないではみ出す、とか、デメリットの方が多い気がして、すこぶる残念です。。。(2号)

posted by 2号 at 13:33| 北海道 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

on 恩師。

いなくなっていた先生。

寒さにもすっかり慣れた今日このごろ、風邪など引いてません、2号です!!

しかし、私の胸の中はすぅ〜すぅ〜すすぃ〜っと冷たいすきま風。今でも思うと時々泣けてしまう。
ダルビッシュくんの旅立ちを見送ったことは、本当はここに書かなければならない最重要案件なのだが、まだ気持ちの整理ができないのでダメだ。

そんなこんなで、最高に涙腺がユルい毎日となっているのだけど、ちょうど今朝、ある人と「大学の先生」について話していて、私が一番お世話になった先生は厳しい人だったと、私は語った。
そのあと、ふと気になって、すっかり白髪になってもしかしたら腰も少し曲がったりして足元もおぼつかなくなってるかもしれない先生の姿を想像しながら、検索してみたのでした。

すると、なんと。。。

先生は何年も前に、けっこう若くして亡くなっていました。。。

それから、また胸のすぅすぅが一段と激しくなって、何かあったらきっとすぐ泣いちゃいます。だから、今日は私にはやさしくしてくだされ。。。

先生を追悼した文章を見つけて読んでみたら、功績のところに書いてあったあることに、もしかしたら自分がかかわってるのではないかと思ってドキリとした。
私が学生だった時、大学に、ある資格を取りたいということで食い下がって掛け合って、結局認められないと言われたことに憤慨して、その足で文学部の建物の階段を4階まで一気に駆け上がり(その時の階段の風景を今でもはっきりと思い出せる)、息をはぁはぁさせながら先生の部屋のドアをノックした。そして、先生にことの一部始終を話すと、先生は「あなたは学士として卒業証書という形あるものをもらえるだけでは満足しないのですか?」というような質問をした。もっと自分なりのものがほしいとこたえると、先生、一言「よござんす」と言った。
先生は、私の専攻科の先生ではなかった。私は、若気の至りで専攻を間違ったので、自分の好きな勉強に該当する方の専攻科のその先生などの講義に、ちょろちょろと顔を出していたのだった。
それから、話が早かった。おそらく先生は大学に掛け合って認めさせ、私のわがままのために新たな講座をいくつか開設して自ら担当し、私が資格を取れるようにしてくれた。その講座は正規に認められたので、そっちの専攻の学生も何人か履修して来た。

その時開設された講座の名前の一つが、功績のところに書いてあったのだ。そういう教育に尽力したという感じで。

講座は実践的なのが多かったので、ただ聞くという感じではなく、だから、先生の厳しさの洗礼も受けることになったのだが、やさしさとかあたたかさとか、ほんの小娘の一世一代の熱意(わがまま?)を認めてくれた人間としての大きさ、懐の深さみたいなイメージがより強く残っている。あの行動力とその速さ、そして、大学にウンと言わせた先生の力(?)などを思うと感謝でいっぱいで、私は卒業するまで先生にホレボレしていた。もちろんオッさんだったけど、カッコいいと思った(実際、今思うと、いつも黒っぽいタートルを着ていた姿はなかなかよかったかも)。

というわけで、がんばらざるを得なくて、卒業する時には売るほどたくさんの単位をもって(自分の専攻科とそっちの分とあと一つで取れるはずだった学芸員資格のせいで)、晴れて念願の資格も手にしたのだった。
確かに有名無実の資格だったかもしれない。
それは、私も先生もわかっていた。だからこそ、大学は最初認めなかったのだし。
でも、私だけでなく、おそらく先生もある種の達成感を感じてくれたのではないかと、確信してます。のちに就職した会社の社長がたまたまその先生と古い知り合いで、先生と社長が私のことを話題にした時の会話をあとから社長が教えてくれて、先生が満足してくれてることがわかったから。

そんなにお世話になって、大好きだったのに、亡くなったことを知らなかったなんて。っていうか、90過ぎても生きていそうなイメージがあったから、相変わらずな感じで活躍されてるんだろうなって信じて疑ってませんでした。

先生、天国はどんなですか?あまりにたくさんのことに精力的に取り組んだので、神様に早く呼ばれちゃったんじゃないですか?
先生に限っては、ご冥福を祈って、のんびりお休みになっていただくというのもなんだか似合わない感じがしますね。近々、先生のお墓を調べてお参りに行きたいと思います。相変わらずなので、特に新しくご報告することも今はないのですが、思い出話だけはたっぷりできますから。(2号)

posted by 2号 at 17:41| 北海道 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

on それは先生。

さよなら、私の恋。

9歳時より日記を書き続けております、2号です。しばらく書けないとか、毎日じゃないとか、いろいろあったけど、今でも「生活メモ」「ちょっとした記録」程度のことは書き続けてます。(一部クラウド化)

もちろん、今までの日記もずっととってあったのだけど、このたび、手紙を整理したりしてた延長でなんとなく日記の束にも手が伸び、いつか読み返すだろうと当然のように思ってン十年来たわりには、開いてみたことがこれまで2度以上もあっただろうか、という状態だったことに気づいたのと、人の手紙でも、子供時代や思春期時代のものはけっこう恥ずかしい内容だったりするものもないこともないのだから、いわんや自分の日記をや…と思ったのとで、また少しずつ適当に拾い読みして楽しんだあとで思い切って整理しよう、ということにしたんでした。
読むと、案の定、穴があったら入りたい心境には、なる。。。

そして、昨日読んだところには。。。
(以下、本日の日記)

***

古い日記を見ていたら、
高校で政経の先生に恋してた時のことが書いてあった。。。

確か、小太りのオッサンだった。

あのころから、そういう好みだったのか。。。

せめて、先生の息子と結婚して義理の娘になりたい、と、思っていたようだ。
当然、この、小太りなオッサンへの恋心は周りの同級生女子から理解されず、
非難(?)ゴウゴウだった様子も書いてある。

受験のために添削も受けていたので、
ちょっとした補講とかノートの受け渡しの時にいちいちドキドキときめいて、
そのせいで、先生に「どうしてそんなに恥ずかしがり屋なの?」と言われ、
戸惑ったことも書いてある。
その先生の前でだけ、そうだったんだろう。

そして、なんとなく、その恋心を貫いて卒業した気になっていたのだけど、
なんと、途中で冷めていたことが判明。

それは、球技大会の時だった。
先生は、男女混合バレーに出場して、レシーブで派手に倒れてアキレス腱を断裂。
体育の先生たちの介抱を受けた。
私は遠くから、倒れ込んだ先生の勇姿を見ていたのだけど、
その時先生が倒れた現場の近くにいたという女子からあとで
「○○先生は、体育の先生たちからものすごくバカにされていた」と聞かされ、
さらに、それは、ヘタなのに張り切り過ぎる先生が、
ほかの先生の間では以前から困った存在であったというようなストーリーだった。

あぁ、私の先生。。。そうだったのですか?。。。

そして、先生はしばらく入院した。

「今、先生は遠い存在になってしまいました。
私が先生のことを考えない限り、もう先生はいないのと同じです」
という記述を最後に、日記にも登場しなくなっている。

さようならぁ〜〜 私の淡い恋〜。。。


※途中、同級生が飛び降り自殺をしたことが書いてある日があり、
その中で、「彼には、幸せを感じるちょっとした瞬間もなかったのでしょうか。
もしあれば、そんなことはしなかったでしょうに」などと書き、
その幸せの一例として、自分の先生への思いを記すなどしている。。。


***

ということでございました。。。(2号)

posted by 2号 at 12:29| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

on 名前。

名前負け。

ここ数日、寒い、2号です。
近年のこのエリアの傾向として、5、6月の早い時期に、その時期にしては暑いという気候になり、肝心の夏本番が近づいてくるとトーンダウンするって気がする。

そんなことはさておき。
わたくしの人生を振り返ってみるに、間違いなく「名前負けしてる」と言わざるを得ない。
このことは、(今も若いがもっと)若かったころから、言われてることでもある。

で、今回の女子ワールドカップでなでしこジャパンをキャプテンとして率い、MVPと得点王にも輝いた沢穂希選手ですよ。
「ほまれ」という音(おん)は「誉れ」を連想させるというか、この音ありきで漢字を当てたのではないかと思われるのだけど、普通の親は、「名前負け」を恐れて、こういう名前をつけるのを躊躇するものだと思う。(沢選手のご両親の意図など、真相はわかりません。あくまで、私の想像)

しかし、沢穂希選手は、名前負けどころか、「名は体を表す」をやってのけたわけで。。。

まったく、すばらしいことです(←すご過ぎて、これしか言えない)

ちなみに、蛇足。
名前のことを考える時、いつも思い出してしまうことがある。

小学校4年の時、(自分の)名前の漢字が、名前としてはどういう意味を持つか(=込められてる願い等)を調べてくるように、という宿題が出たことがあった。

先生は、口を酸っぱくして、言った。両親がどう考えたかではなく、あくまでも、「漢字そのものが持つ意味」を(自分で)調べるように、と。

あぁ、それなのに、それなのに。
翌日の発表時、
「なんとなく好きな名前だったからつけた」って言ってました。とか、
「おじいちゃんが決めたから」「お寺の人が…」
などと、イケしゃあしゃあと答えていた「充」くんをはじめとする、何人かの児童。
まったく、同年齢のクラスメートながら、呆れたもんだった。先生は、そのたびに「はぁ」とため息をついて、やり直しを命じていた。

それにしても、両親も両親。
宿題の意味を考えたら、訊かれてそう答えて終わり、っていうのも、親としていかがなものか。っていうのが、このトシにして、新たに加わってきた感想。

そして、この思い出を愛でた(?)あと、必ず、連想されるのが、「しもべ」ちゃんという名前の女の子のこと。ちょうど、4年生の時の友だちの一人だったせいもあって。
そして、その子は、今のところ、私の人生で唯一出会った「男言葉でしゃべる女の子」だったのです。
髪はもちろんショートカットで、スカートをはかず、しぐさとかも男っぽくてかっこよかった。
でも、私にとっては不思議(な存在)だった。まず、名前からしてが。
しもべ=僕。
だから、男の子みたいになっちゃってるのか??と。

名前、おそるべし。(2号)

posted by 2号 at 16:10| 北海道 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

on 社会科。

歴史と私。

ナニを隠そう、「龍馬伝」にハマっているわたくし2号です。
こういうものの常として、終わりが近づくと、録画を見進むのがもったいなくて、ついつい未鑑賞の回が溜まりがちになります。なので、私の中では、おりょうが長崎に初めて行ったところで止まっておるところ。

ナニを隠そう、このようなわたくしが、学校時代にテストで史上最低点を取ったのは、「地理」だった。
今思えば、とてもうなずける。

そして、さらに思うに、学校では「社会」全般があまり芳しくなかったと言える。ここからが、今日の本題。
一番できたのは「倫理社会」、次が「政治経済」だったと思うけど、「地理」「世界史」はダメダメで、世界史は地理に次ぐ悪い点を取った科目である。受験に関係なかった「日本史」に至っては、まともに授業を聴いた覚えがない。机の下で、ずっと違うことをやっていた気がする。そんなんで単位を落としてなかったのが不思議なくらい、スルーしていた。
龍馬が九州出身だとつい数年前まで思い込んでいたくらいの、ダメっぷりです。

かと言って、何の授業が好きですか?って訊かれたら、なぜか、社会、特に歴史が候補に入ってきたりもするのが、これまた七不思議。
たぶん、そういうことを暗記するのは大キライなのだけど、「昔々〜あったとさ」的にお話を聞くのは大好きなんだと思う。
そういえば、現代国語よりも古典の授業の方が好きだったし、現国でも「詩」が好きだった。教科書に載っていたもので今でも心に残ってるのは、悲しいお話か「詩」だ。

つまり、メランコリックだったりロマンチックだったりするものが、好きなのか?
まあ、学校時代の、それも勉強がらみで心に残るものと言ったら、誰でも多かれ少なかれそういうもんなのかも、とは思うけれど。

歴史の授業でいつも感じていたのは、単元単元で習うと、横のつながりが見えないよ〜というジレンマだった。それがわかったら、もっとおもしろいのに、と(負け惜しみ?)。
地球上の全地域の年表を1枚の大きな紙に全部書いて眺めてみたいと何度も思ったのだけど、そんな大きな紙もなければ、気力もなかった。
ほかの人は、そんなことしなくても頭の中で横のつながりがわかっていたんだろう。だけど、私は空間的時間的感覚がどこかおかしいと見えて、だから、地理もダメだったのかもしれない。

でも、思うのだ。
いろんな物語的史実が、過去にあった。
で、その一つ一つは、その時その時を生きていた人にとっては、その一瞬一瞬の「今」のことだったわけで、あとから見た人が、前後の関係がどうとか言おうが、彼らには関係ない。
だったら、一つ一つのエピソードを物語的に楽しく聞いて、前後がどうとか横のつながりがどうとか、そんなのは、「へぇ〜」と感じ入るような興味深いところだけ自然と覚えてもいいけど、別にムリに覚えなくてもいいのじゃないか?
ましてや、「何年」なんて、暗記するほどのことなのだろうか?
ほぅ、ソレってアレと同じころのことなの?なるほどね〜。これくらいの認識でも、いいのじゃないか?

と、卒業してしまえばこっちのもんなので、これからもわたくしはわたくし的興味で、ロマン的歴史に自由勝手に思いを馳せていきたいと思います。(2号)

※このようなわたくしが、教育実習でよりによって「世界史」を担当し、なかなかの成績を修めたことが、これまた七不思議なのである。

posted by 2号 at 11:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

on 検定試験

合格〜!

検定試験に合格しました2号です。
この3週間、気が気じゃなかったです。というのも、落ちたら恥ずかしいヤツだったので。。。

この検定の勉強って、やってみてつくづく思ったのだけど、私は職場での経験があったから入って行きやすく、比較的サクサク進めたのだけど、まったく一からやる人たちが、この教科書を見ただけでわかるんだろうか!?
わかるとしたら、そして、合格したとしたら、尊敬に値する。
私だったら、おそらく、最初の数ページで投げ出していたと思う(過去、公務員試験の教科書を見た時がそうだった)。

商業高校や大学では、実地の経験なしに習うことになるわけだけど、先生に毎週教えてもらって、試験だの単位だの言われれば、やれないこともないと思う。脳も若いし。でも、独学で本屋から教科書買って来てやるっていうのは、私にはムリ。

というわけで、馴染みのある世界だったことが幸いして、最初はサクサクと物足りないと思うくらいの勢いで教科書を斜め読みし、問題にチャレンジしながら進んで行ったわけだけど、月次の試算表とか決算整理など、税理士任せだったところは、まったく心もとなく、そこをじっくりやらねば…と思っていたところ、持ち物処分に同時に突入してしまっていたために、長らく部屋の環境が落ち着いて勉強できる状態になく、やむを得ず中断してるうちに、早まって申し込んだ試験日が刻々と近づいて来ました。
友だち曰く、遅くても10日前からやれば楽勝とのこと。
しかし、その10日前もとっくに過ぎて、かなり焦るも時間は止められず、ついに4日くらい前から、残りの最も心もとない部分の勉強を夜寝る前にチョコチョコと。
そして、試験2日前の昼ご飯のあと、付録についてた模擬試験を時間を計って試す。
結果、なんと!!44点!!!
これでは確実に落ちてしまう(合格ラインは70点)。。。うぅっ…(ToT)

会社では何の問題もなくやってたことが、試験問題となると誰にも訊けないし、数日考えることもできないし、引っかけとかもあるし、会社によっては関係ない項目も試験にはあり…ということで、まったく侮れないことに今さら気づく。

それから、ねじり鉢巻だ。。。

その日は、寝るまでほかの問題集をやり、翌日には、朝からみっちり前日の続きと新しい問題集をやり、模擬試験も3つくらいはやったかというくらいやって、それでも、しょーもない間違いしてたり、計算が合わなくて時間が足りなくなりそうになったり…。試験体質というようなものがあって、自分は今や、この体質から遠くかけ離れてしまっているという気がした。昔ならあり得なかったようなオッチョコをやらかしたり。

この1日半は、早く日が暮れてしまう季節のために、暗くなる夕方には奥の台所だけ照明をつけてその床の上で詰め込めるだけ詰め込み勉強を行い…それでも、完全に満足できる結果は出せずに、一抹の不安。

試験当日。
また事件が起こって、余裕で行けるはずがタクシーに乗るハメに。
でも、車の中で不安だったところだけ教科書丸暗記(結局ソレは出題されなかったけど)。火事場のバカ力じゃないけど、切羽詰まると暗記できるもんだ。。。(しかし、今はまた忘れた。。。)

フタを開けてみれば、模擬試験よりは本試験の方が親切で、精算表などは、縦計があらかじめ書いてあったりしたので、それに合わなければ途中どこかが間違ってると気づくことができるということになってました。
しかし、文章題は、模擬試験より引っかけがキツかった気がする。もしかして、引っかけとわかっていても、引っかかってペケになってるかも。

模擬試験では2時間の制限時間ギリギリで、あれだけ苦労したのに、本試験は1時間で終わり、それでもオッチョコしてるかもしれないので、時間いっぱい見直せるだけ見直し、やっぱり見直してよかった〜と思いつつ間違いを書き直し、計算部分も全箇所最低3回は検算(電卓持ち込み)。

全然関係ないけど、電卓かそろばんの持ち込みが認められていて、そろばんの人がいてほしい!でも、ジャーッとタマを全部払う時の音がうるさくて集中できないかも…、でも、いてほしい!と願っていたのだけど、いませんでした、残念。

後半、余裕が出たので、周りの人の様子に神経を向けてみると、学生とか若そうな人もけっこう多かった。新入社員で、会社に受けさせられてそうな人も。そして、そんな若い脳をお持ちの方々が、けっこう時間がかかっているもよう。
そこで、わたくし2号、ははん…と気づく。彼らは、計算が遅いのだ。電卓さばきが。
何十行にもわたる7桁前後の数字を足すのに、計算が遅かったり、打ち間違ったりしてたら、確かに時間がかかって焦るでしょう。
ここだけは、おネエさんの勝ちだわ。。。
自慢じゃないが、私は電卓は速い。どのくらい速いかっていうと、ショパンエチュードの「革命」をインテンポで弾いてる時(年に数日しかないが)の左手くらい速い。右手で言うならば、自分は弾けないが、同じくショパエチュの「黒鍵」をプロの人が弾いてるくらい速い。いや、もっとかも。
なので、ここで時間が稼げるのでした。。。

試験後、隣の兄ちゃんに「今回は難しかったのか、やさしかったのかどうなんでしょうね?」とか訊いてみる。
すると、自分は初めて受けるのでわからない、と。そりゃそうだ。2回め3回めだったら恥ずかしいような試験ではある。
兄ちゃんが「できました?」と訊いて来たので、「たぶん。。。」と豪語。「合計が先に出てたので、助かりました〜」。
「あー、そうですよね。でも、引っかけとかありましたね」と、兄ちゃんも引っかけに気づいてたもよう。
それから、合格発表まで正答はわからないのか?とか、ヒソヒソといろいろ話し合ってるうちに、試験官から退室してよいと。
「お疲れ様でした」と言うと、「受かるといいですね!」と返してくれて兄ちゃんがさわやかな笑顔で一足先に去って行くがまま見送る。
その時の私の髪型。ギターを持ったら反戦ソングを歌い出しそうなヘアだったために、深追いせず。。。

というわけで、古本屋から仕入れていた問題集のうち、手が付けられなかったモノをまた古本屋に売り戻そう…と仕分けしながら、しかし、ひょっとしたら、また使うハメになるかも、と、一応まだ手元に残しつつ発表の日を待つこと3週間。何とか合格することができました。

gokaku.jpg

年明けには、合格証書もいただけます。
そして、わたくし2号の履歴書には、使いもしないホコリまみれの「社会科」と「ロシア語科」の教員免許のほかに、晴れてこの検定の級数を書き加えることができる!!あまり威張れるレベルでもないが、求人の要資格欄に書かれてることもある、レッキとしたモノだ!万歳!!(2号)

※ちなみに、私より30番大きい受験番号だった兄ちゃんも合格らしい。よかったね〜
posted by 2号 at 11:00| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

on 応援団

大学の剛と柔。

寒い季節にプー太郎だと、自宅の暖房費が莫大にかかる! 2号です。。。
なので、今日はガマン大会でいまだストーブつけず。もっと冷え込むまでがんばる。

っていうか、今朝のワイドショーで、北海道のどこだかの日の入りが15時4○分、本州のどこだかは16時2○分とか言っていて、その差40〜50分!?
これに、朝からえらくアタマに来てました!!
というのも、私の持ち物仕分けが進まなかった原因の一つが、これだから。
いいとこ15時くらいまでしか作業ができないのです、暗くなるから。かと言って、カーテン閉めて照明つけるには、やっぱりまだ早いのです。。。
なので、十分に暗くなるまで待ってから、カーテン閉めて照明ON。
しかしすでに、やる気のモードが若干落ちてるわけで。
この夕方のロス時間と、しょぼいモードのおかげで、夏場に比べて3時間分くらい活動に差が出てしまう。
まあ、もう終わったからいいけど。

そして、ご褒美は…年末の大掃除はしなくていい!!(一部を除く)

というわけで、今日も発掘したモノを回顧し、記録しておこう。

ごたぶんにもれず、我が母校(大学)にも応援団というものがあり、それはちょっとだけ有名な団体でした。
まず、これまたちょっとだけ有名な「寮」があり、おそらくそこを拠点として活動が行われていたもよう。ちなみに、その寮は学生自治の実現を大学側に要求して、日々闘っていた組織の拠点でもあり(寮自体の自治組織もあったみたいだ)、同時に、閉寮の危機に直面していたため(老朽化のため新寮建設ということで)、寮の存亡をかけての闘いも行われてました。これがけっこう激しくて、ある朝、大学へ行くと、キャンパス内でその関係者が自殺してるのが発見されたという事件があり、凍りついた記憶がある。(暗くなってから一人で構内をウロウロするのがコワくなった)。
なんだか、60年代の学生運動が、規模を小さくしてそこだけで熱く燃えていたみたいな感じ。
そんな流れと分ちがたく、応援団も古き佳き時代の名残をかたくなに守り通そうとがんばっていて、そのスタイルが学内だけでなく地元でも愛されていて、ちょっとした名物なんでした。

そして、まったく記憶から飛んでいたのだけど、応援団発行の小冊子というのがいくつかあり、新入生歓迎の「新歓特別号」というのが、このたび私の部屋から発掘されました。
表紙からしてさぞかし硬派な内容だろうと開いてみると、そうそう、思い出した…軟派な内容も満載なのだった。

「入門合コン講座」では、周辺の女子大8校をタイプ別に分けて、チャートをYES、NOでたどって行くと、どの女子大と相性がいいかがわかるようになっている。。。
そして、最後に成功の秘訣5か条も。
1.自分のセールスポイントを前面に押し出せ。
2.夏までが勝負。数を多くこなせば何とかなる。
3.七転び八起きの精神でチャレンジせよ。しかし、あきらめも肝心。
4.最初から大物狙いはダメ。段階を踏んで様子を見よう。
5.カラオケでは歌わない。週刊現代は読まない。をモットーとすべし。

何が何とかなるというのだ!?
っていうか、5が意味不明。
っていうか、4が失礼!!


さておき。
次のが「この地方の人間とはこうつきあえ!」という「日本全国人間特性」。これを読んだ記憶は、確かにある。

北海道:本州のことを今だに内地と呼び、ソ連に近いせいか、時々ロシア訛りが出る。やはり同じ日本人であるということを強調する必要がある。また、札幌は東京に次ぐ日本第二の都市だと思っている人が最近増加して来たので、その夢を壊さないように、いたわりを持ってつきあえ!

東北:暗い人が多い。この地方の人と二人でいると自分まで暗くなってしまうので、天気のよい日の昼間グループでつきあえ。話題の中心は民謡。それが尽きたら毎朝6時30分からNHKの「明るい農村」を見て討論をやれ。もし車の話になったら、クボタ、ヤンマー、ヰセキで迫れ!

関東(除東京):県の位置が把握しにくいので一様に東京に近いということを念頭に置き地図帳でしっかり確認してからつきあえ。特に埼玉と千葉はライバル意識が強く、しばしば「埼玉と千葉どちらが田舎?」という質問をされるが、相手の出身地を聞いてから慎重に答えよ。茨城は納豆臭いのでキムコを上手く利用せよ。山梨、群馬、栃木があることも忘れるな!

東京:日本の中心だというプライドがあり、ファッションに敏感なので、いわゆる○○大ファッション(青、緑、オレンジのウインドブレーカー、短めのラッパのGパン、クラリーノの運動靴、モスグリーンのショルダーバッグ)はゼッタイにきらわれる。メンズクラブ等を見て十分研究せよ。また、埼玉や千葉との比較を好むのでそれを活用せよ!

名古屋:みゃーみゃー、がやがや、うるさいのでつきあわないのが望ましい。やむを得ずつきあう時はオリンピックの話は禁物。ブス生産では量質とも日本一のブス名産地なので、ほんのちょっとかわいい娘の写真を見せてやると、すぐに親しくなれる。また、関東、関西のどちらかに加えてやると涙を流して喜ぶので、個人の判断で、どちらかに入れてやれ!

北陸・中部(除名古屋)・山陰:話題のない所なので会話を必要としないスポーツ等を通じて接しろ。もし話す機会があっても5階建て以上のビルの話はダメ。また、陽、明、光等の字は極力使用するな!でも、鳥取、富山、岐阜はよい所だとの情報あり。

関西:本当にいい人ばかりである。なんの相談にでも応じてくれるし、せこさがなく、よくおごってくれる。また気取りのない関西弁の冗談はレベルが高い。成績も大変優秀で試験の時は、神様仏様的存在である。悪口を言うことを嫌い「千葉が日本列島の盲腸だ」なんて口が裂けても言わない。とにかく安心してつきあえ!

山陽・四国:○○大の中では勢力が弱いので、何も気にせずにつきあえば、相手がこちらに合わせてくれる。注意事項なし!

九州:暖かい所からわざわざ寒い北海道に来るには何か深い理由があるのかわからないが、なぜか九州大学の悪口を好む。酒と言えば焼酎のことだと思っているので日本酒は避けよ。のんびりしているので、ホドホドにつきあわないと自分まで留年してしまうので深入りはするな!

以上のことを完全にマスターすればキミは全○大生と友だちになれる。これからのキミの学生生活は必ずや明るくすばらしくなる!

そうなのか?。。。


ついでに、ギャンブル講座。。。
「ギャンブルには、男のロマンがある。一夜にして巨額の富を得ることもあれば、その逆もある。自分の人生のすべてをかけて日夜修練に励むべし」

○麻雀をするための条件
一、ハングリーであること
一、手品が使えること
一、漢字が読めること(最低で東西南北)

○相手を選べ
一、強いやつとは打つべからず
一、相手のテスト前を狙え

○必勝を期せ
一、常にポーカーフェイスで臨め
一、危険パイをツモったら胃に隠せ
一、迷いが生じたら占いに頼れ

○局面は、こうとらえろ
一、負け始めたら、「まだこれからよ」とクールに一言
一、負け続けたら、「なめんなよ」とクールに一言
一、結局負けたら、有り金はたいて、クールに一言「電車賃貸して」

こんなん…ありなのか?。。。


あとは、大学近辺のコンパ向きの店や合コン向きの店などのマップもあり。もちろん、まじめな記事もあり。

しかし…これらのモノたちも、これだけ回顧してあげたら、ここまで捨てずに持ちこたえて来た意味もあるっちゅうもんじゃないか!?まるで、劣化しかけのカセットテープをCDなりに保存し直した感がある。世田谷小学校の先生も大学の応援団も、鬼・仏表を作ってくれた先輩方も、本望じゃないかと思うところ。
これで、安心してまた深い眠りについてもらいたい。。。(2号)
posted by 2号 at 18:41| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月06日

on 鬼or仏

あなたの知らぬ間に。。。

日曜なのに、打ち合わせだ、2号です。
いつも交通費を浮かせるために、のっぴきならない用事の日に、溜まったほかの用事を詰め込むので、今日もあちこち歩き回ってクタクタです。

さて、何ともメデタイことに!!
昨日くらいに気がつけば、なんとなくお部屋の大処分市(別名、持ち物仕分け)が閉幕したようで。。。
政府の事業仕分けの時間的キビしさと切れ味の鋭さ(?)には遠く及ばず、いったい何カ月ダラダラと続いていたことか。9月下旬から??
実に、3カ月近くになっていた。。。

時々書いてるように、この過程でずいぶんいろんな昔のものを発掘しました。
今日、書くのは、大学の時の「鬼・仏表」。つまり、履修科目それぞれの教官の「優・良・可・不可」のつけ方を中心とする評価基準が厳しい(鬼)かやさしい(仏)かを一覧表にしたものです。(当の先生たちは知らぬが仏!?)
このようなものがどこの大学でも、先輩から後輩へ愛を込めて手渡されているのだろうとは思うのだが…、ほとんど個人的な懐かしさから、ちなみにここに発掘記念として記録しておこう。

うちの大学の場合の鬼・仏表

タイトル:「すこし愛して、長〜く愛して」(From 2年1組 with Love)
中身は、学科名、教官名、「超仏、仏、普通、鬼、超鬼」の5段階評価にそれぞれ何人が投票してるかの数字、そして詳細説明が一覧表になっている。

※学科名と詳細説明だけを抜粋。

哲学:ギリシャ哲学をなぞるだけ。つまらない。寮歌を書いても優など来ない。
心理学:しっかりした講義とおもしろい実験。厳しい評価で試験勉強は必要。※心理学は相対評価でどの教官も不可を何%かつけます。
日本史:講義中退出禁止だが、5講目はPM5時に終わる!
西洋史:ヨーロッパ中世史をホントに愛してることが伝わって来る。やさしく、情熱的。一方でまったくつまらないと言う人も多い。ただし、仏中の仏である。
日本文学:たるい話し方だが、よく聞くとおもしろい。やさしい人。「ノートは取らなくていい、講義は時々出てくれればいい、耳に入ったことがいつか役立つ…」とおっしゃる。
日本文学2:大したことは講義しない。レポートは個性的に。字をキレイに書くといい。
中国文学:近代文学。講義出なくてもレポートで優。
日本文学購読:わりと専門的なことをやる。のんびりした授業。教科書買うべきと言う人もある。評価はやさしい。男と女の関係についてレポートに書くと優とのウワサ。
中国古典購読:超仏。レポートの字は大きく!
論理学:実態不明←「超ウルトラ3段ボケ」「授業はすべて英語で行われる(!?)」「勉強してもなかなか上手くいかない」
外国語特講(仏語):すごい仏、びっくり。(ホントかいな)
英語演習:ゼッタイ取らない方がよい。宿題だらけです。
リーダー1:超おに。(しかし、隠れ仏)授業は全部予習してから出ましょう。でも、面倒見のよい先生です。がんばってね(ハート)
法学:法学とはどんな意味を持つかわかる。声がうるさい。それほど鬼ではないらしいが、きらう人多し。
政治学:講義に自分で作った原稿を読む。テストは彼の書いた教科書通り書けばいい成績がつく。ほかの本で勉強しても不可。きわめてイヤなヤツ。右寄り。私語厳禁。
経済学:マルクス経済学。若くて、情熱的に経済原論の講義をやる。昨年は講義に慣れてなく、初めまとまりがなかった。しかし、話のわかる人。不可出さず。
経済学2:近代経済学。高度。マジにやるべし。
人文地理:わかりやすいテスト。不意打ち出席。評価は甘いと言われるが、2期めで不可の者も。研修あり。出なくてもよい。授業は悪くない。
人文地理2:とにかくレポートを出せば何とかなる。
人類学:毎回同じ授業。レポート5枚で終わり。しかし、昨年は特別。
社会思想史:個性的かつ創造的な講義。好きに書けるテスト。一部で絶大な支持。意識的なあなたへ。
一般数学:論理学に強くなれるが、授業はシビア。イヤなヤツ。出席うるさい。
自然科学概論:論理と理論。科学モデル。マジメにやる気のない人は取らぬ方がよい。
東西文明:○○の方はレポート出せば満点。△△の方はイスラム史をなでるだけ。
東洋思想(インド):試験はノート持ち込みできわめて安易。あまりおもしろくない。しかし、大コードーの講義はきわめてひどい。答案はこらずにノートを見て軽く書いた方がよい。最もラクな授業。
総合講義(アメリカ):先生が変わるごとにレポート提出。ちゃんと出せば優。レポート→経済、テスト→文学、がベスト。
総合講義(フランス):アメリカよりさらにレポート多し。
総合講義(平和研究):オリジナルなレポートを書かば優。
総合講義(北海道):それなり。ノートを読んで、あとは各人の常識で書く。

最後に愛のある一言が…
鬼、仏なんかよりも、自分のやりたいモノを取りましょう。。。


またある年は…

経済学1:マル経。かわいい声で話す。しっかりやればソンはしない。
経済学2:マル経。熱血。講義はチンプンカンプン。でも、何とかなる。黒板が見えない。
経済学3:近経。マジメにやる気がないなら、ずぇったいに取るな。評価は優か不可のどちらか。顔を見ている分には飽きない。笑える。字体もおもしろい。読めない。
社会学:上半身だけの男。休講が多い。来ても19分経ってから。その分時間を超過して講義をする。試験勉強30分やって良。
人文地理:極端でおもしろい。レポートとテスト。レポートにリキがないと良どまり。オリジナリティを出すと優。テストは講義内容のみ。
人類学:安直。講義ヒマ。問題事前。毎回おんなじ講義。何をやったのかわからない。「全員優にしましょう」と言って、良をつけられた人もいる。
統計学:空気に向かって講義する。「すぐできます」「難しくありません」などと言いつつ、Σや行列や微分をやりました。1問半できれば優。
社会思想史:テスト+レポート+課題。抜き打ちでテスト。レポートで挽回十分可能。それなりの人にはそれなりの評価。良多し。板書は不可解。見てる分には楽しい(顔、ヘアスタイル等々)
日本経済:まさしく大学の講義!という感じ。経済学部が安直だということがよくわかる。おすすめ品。
社会学演習:次の時間の講義は取らないように。必ず5分以上食い込みます。
一般科学:講義理解できなくてもよい。科学を習ったことがなくても優がつく。出席を大事にしよう。テストはテキストから。
一般生物学:笑って可をつける。オール出席でも可。鬼コンビ(教官が二人いる)。もう一人の教官を加えると鬼トリオ。○○ちゃんは話はおもしろいが、出席カードの裏に生年月日を書かせ、事務で調べますとのたまった。
一般地学:出席重視。出席足りない時はTELせよ。テストに「とてもタメになった」と感想を書けば優。
一般数学:出席超重視。1年間耐えればそれだけの見返りはある。本当は超鬼。内容は哲学+論理学。3000円の教科書を3冊買えば通してくれるというウワサ。
情報処理概論:要領さえよければ、コンピュータのことがまったくわからなくても良。
情報科学:テストはマークシートで容易。1期は文系でも大丈夫。文系に甘いとのウワサ。
自然科学概論:出欠が厳しい。温和な外面とサディスティックな内面。どんな興味があっても取らない方がよい。講義内容おもしろくても、教官がつまらん。
科学方法論:テスト、ノート持ち込み可。文系でもついて行ける。おすすめ品。
保健体育理論:いやらしい流し目。遅く始まり、早く終わる。イヤミ。でもおもしろい。
英語:全出席でも良あり。テストの時の印象が大切(個人面談)。歌を歌ったり楽しい時間。予習要らない。やさしい人。
英語2:テストは時間無制限。英語で用紙が埋まるまで。温和な人。
東西文明交流:箱の中に優のハンコしか入ってないらしい。しかし、見せしめとして良のつく人がままいる。
哲学:寮歌の権威。しかし、寮歌をテスト用紙に書いても単位はくれない。鉄腕アトムカット。催眠術を得意とする。自然休講がうれしい。自分だけでウケている。レポートに新興宗教の悪口を書いたら可。
哲学2:田舎のオジさん。まじめな人。おもしろくない。せこいところをテストに出す。テストとテキストの関連性は皆無。しみったれた態度。哲学キライな人は取らない方がよい。何言ってるのかさっぱりわからん。
心理学:心理学はどの教官も相対評価だが、○○の方が人気があったのは、△△部の連中も取っていたため(前期は□□部のみの開講)。したがって、講義中もうるさい。
日本史:レポート出さなくても可。理系の仏は文系の鬼ということがあるので要注意。
西洋史:レポートはテキストを要領よく丸写しすれば優。出席不要。良多し。超仏と言われるが、実は冷たい。自分は可をつけられました。
日本文学:週刊誌的な内容。ノート取らなくてよい。授業は1回出て、それについてレポートすればよい。
日本文学2:源氏物語の構成について、一般とは異なった解釈をしている。講義は雑談がサイコーに笑える。レポートを出すという口約束だけで単位を得た者もいる(いまだ未提出)。
日本文学購読:レポートのみ。文学見る目がある。しかし、ひたすら眠い。後期はほとんどゼミ化。学部では鬼にヒョーヘンするらしい。
日本文学購読2:高校の古典と同じ。男女関係について書けば評価良いとのウワサに、試しに書いてみたら、やっぱりよかった。雑談は皮肉まじりでおもしろい。人数の減る2期にはたまに出席を取る。
日本文学購読3:適当で優。たいくつ。つまんない。変人。
中国文学:○○大学に在籍するなら、この人の講義を取らなければ意味がない。発想の飛躍、民族学、言語学、文学、縦横無尽。講義おもしろいがテストはけっこう骨のあるもの。問題事前。個性的な答案を書けばビシ。井上靖にライバル意識を持っているゆえ、注意せよ。
中国古典購読:興味のある人には宝の山、金の谷。ぜひ取ることを勧める。しかし、退屈という人もあり。テスト持ち込み可。楽勝だが、講義にはしっかり出ないと泣く。
西洋古典語:取るな!予習は死ぬほど苦しい。が、出席がしっかりしていればテストができなくても通る。
人文科学特講:慈善事業的存在。毎日変わる東南アジアのシャツが印象的。集中講義で疲れるが、海千山千の講義でおもしろかった。中学生程度の常識でよい。
人文科学演習:実質的には講義。テスト、問題事前。評価はそれなり。いやらしい話が多い。versionをvirg…と書いて、一瞬どよめく。普通にやれば良は来る。
政治学:陰湿。いやみ。遅刻にうるさい。うるさくて疲れる。クライ。冷酷。人間じゃねぇ。クソマジメ。ブリッコ。何も言えん。→取るべからず
法学:マジメに講義に出るとバカを見る。数多く発表したからと言ってどうにかなるというものでもない。勉強をしたい人にはおすすめ。

などなど。。。

あと、ご苦労なことに、「誰どこ表」というのも出て来た。
何曜日の何講めの何の科目に誰が出席しているかを全部書いてある一覧表。
まあ、携帯のない時代、大学では同期同士が連絡取るのも大変だったから。。。

大学…。
なつかしいけど、教職2つと学芸員資格を取ろうとしていた上に、バイト、就活、卒論etc. と、バカみたいに大変だったので、もう一度あのころに戻りたいとは思えない、残念なことに。(2号)
posted by 2号 at 23:57| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

on 資格と教授

愛と哀しみの、学芸員資格。

野球のセ・パ交流戦大好き、2号です。
北海道日本ハムファイターズも、ジャイアンツに連勝して、幸先のいいスタート(いつまで続くか…)。

しかし、交流戦の唯一の難点は、予告先発しないこと(最初からそうだっけ??)。ダルビッシュくん登板に駆けつける使命を帯びている私としては、これが非常に困ります。
今日も朝から、各方面(野球に詳しい人など)に問い合わせてみたら、意見まっぷたつでした。つまり、今日か明日で。

で、出かける準備してる途中、今日は藤井くんとの報が入り、取りやめました。


さておき。
中央大学の教授の事件、犯人が教え子だったということで、逮捕されました。
動機はまだわからないけど、何かの恨みとか?

こんな事件につながってしまうのは、もちろんマレだけど、先生というのは、確かに、なにかにつけて一方的に記憶される存在ではあるなぁ、と、思わないでもない。
実は、わたくし2号にも、ひどい目に遭わされたと、ずっと記憶してる教授がいます。

大学4年のころ、私は学芸員資格を取ろうとしてました(そのほかに、教員免許も取ろうとしていたので大変だった)。
それで、博物館実習もやって、美術館でも研修して、大変だったにもかかわらず、それはそれは楽しかったのに。。。問題は、考古学。
私は誓って毎回マジメに出ていたのだが、それはかなり出席率の悪い講義で、ある日、それにキレた教授センセイが、「今日出てる人は、ここに名前を書きなさい。キミたちだけに単位をあげます」となったそうなのだ。なった「そう」と書いてるのは、なんと、その日に限り、私はとある事情から欠席していたのだった。。。

教授センセイの宣言通り、その後、試験などは一切ナシ。
もちろん、その日「だけ」、たまたま出ていなかった私が悪いには違いないけど、風邪とかのっぴきならない事情の人もいたと思う。
次の講義に出た時、掛け合ってみたけど、センセイは、出席率の低さに溜まりに溜まった怒り、うっぷんをやっと晴らしてやったといわんばかり、前回欠席の人はどんな事情でも単位はやらない、ダメと言ったらダメ!!の一点張りだった。もしかしたら、そのせいで留年した人もいたかも。

というわけで、この考古学センセイの気まぐれなお仕置きのおかげで、ほか全部はがんばって修了していたのに、学芸員資格は取れなかったのでした。

今、履歴書書いたりする時などに、このことを必ず悔やみます。学芸員資格のためのその他の単位も、まったくムダになったようなもんだ。就活、卒論、教員資格、バイトなどなど、あの大変な時期に、そのために費やした時間も。
けどまあ、仕事でクライアントの業種が芸術関係というのもあったりしたので、役に立たなかったわけでもない。と思うようにはしてるけど。

あのセンセイの、ヒステリックなまでの強引なお仕置きっぷりは、「幻の学芸員資格」とともに一生忘れないことでしょう。(2号)
posted by 2号 at 20:30| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

07.02.09 on いじめ問題

いじめについて。

SMAPファンの2号です。
ちょっと前、いやだいぶ前、SMAPツヨポンと慎吾が立て続けに、番組でいじめを取り上げました。
いつも見てる番組だったので、見ました。
っていうか、こういうテーマをSMAPが取り上げる時は心配なので、見守るという親心にも似た心境。ハラハラです。

どっちもヤンキー先生こと義家さんが出てて、先に放送されたツヨポンバージョンについて、慎吾の番組で「SMAPのような影響力の大きい人にメッセージしてもらえてよかった」的なことを語りました。
そうだろか?半分お世辞?
でも、学校(つまり、子供)のいじめ問題メインだったので、その年頃の人たちにはそれなりには伝わるのかも。
私は不満だったけど。

まず、ツヨポンも慎吾も、シタリ顔で「この問題は、本当に難しい」というセリフを連発するのはやめましょう。ものすごく薄っぺらく感じられるし、難しいからみんな困ってるわけで、締めのようにそう言われても…何も解決しないという印象を与えるばかりだよ。
(しつこいようですが、私はSMAPファンです)

それとツヨポン。
聞き飽きちゃったけど、「いじめられる側にも問題がある」というカン違いな理屈を今だに言う子供を義家さんがたしなめた時に、子供の肩持つ必要なかった。せめて黙ってたらよかったのに。それとも、ツヨポン、本当にそう思ってるのかな。(そりゃあ、人選ミスだ)。思ってても、言っちゃダメ。

慎吾はわかりません。慎吾にとって本当に難しくてよくわかってないのか、言いたいことをうまく表現できないだけなのか…とにかく、本当にハラハラしました。本人が番組で取り上げたかったみたいだけど、ビミョーでした。

いずれの場合も、それなりの意見が言えるゲストの話を聞けたことで良しとするって感じ。一応、SMAPのネームバリューを借りつつ、で。

それにしても、いじめ問題は「本当に難しい」。
と、私が思うのは、第一に、なくすことが難しいという部分。
だって、大人の世界にも形は違うかもしれないけど、いじめがある。ってことは、「いじめる」という行為が、人間というものの本質の中にある拭いがたい負の部分から発してるってことじゃないか?
大人だってやるんだから、子供にただただ「いじめはいけない」と言ってるだけじゃあ、全然ダメだと思う。
それに、いじめは悪いと少しも思わずにいじめてる例は、あんまりないのでは?
いじめる側は、「いじめられる側にも問題あり」という理屈で、ある程度正当化してるつもり(「この人は、いじめられてもしょうがない」とか)かもしれないけど、いじめ行為自体が「してもよいこと」とは思ってないはず。

いじめはいけない。するな。と言い続けるのと同時に、たぶん、すぐにでもやらなくてはならないのは、人をいじめたくなる、いじめてしまうという時の自分の感情にどう対処するか(どう自分で処理するか)ということを教えることだと思う。

いじめの心理的背景って、大別すれば「嫉妬・ねたみ」「何となく合わない、好かない、気に入らない」「仕返し」「ストレス発散のために、たまたま弱そうな相手をいたぶる」のどれかでしょ。(厳密には、力の誇示、優越感がほしい(or虚栄心)、S性を満たす、などもあるのかも)

合わない相手とは距離を置く。つき合いたくない人とはムリしてつき合わなくてよいし、クラスでどうしても何かを一緒にやらなくてはならない時は、淡々とやる。何も、周りの人を巻き込んで、みんなして相手を痛めつける必要なし。そういう大人な態度、行動を教えるしかない。
たいていの人は、大人になるに従って自然とそうできるようになってるので、早めに言葉で教えれば、早くそうできるようになる子も出てくるはず。
あるいは、どうして相手を気に入らないかがわかれば、自分自身を知ることにつながることもある。ということを、教えるのもいいかも。

仕返しは、もう、そういう根性がいけないことを教えるしかない。相手に何か悪いことをされたなら、きちんと抗議するなりして、その問題を解決すればいいわけで、いつまでも嫌がらせをし続ける必要なし。

発散すべきストレスがたまってるなら、その元を知り、取り除くなり適切に対処することを教えなくちゃ。人の助けを借りるのもあり、とも。だいたい、こういうのは一生あるわけで、ストレスがたまった状態というものを知り、それに対処する術を子供のころから教えたらいい。生き方の訓練として。
まだ自分で対処するのがムリな年ごろなら、親や周りの大人がちゃんと見ててあげて、その子のストレス状態に対処すべき。

一番難しいのは「嫉妬・ねたみ」感情かな、と思う。
「何となく気に入らない」という背景に嫉妬がある場合も多いし、たまったストレスの元が「自分が満たされていないということ」で、ゆえに、満たされてそうな人をいじめることで自分の不満、ストレスを満たしてるというのも、嫉妬が介在する。
嫉妬って、根深くて、複雑で、どこにでも絡んでたり(あるいは、すべての基盤になってたり)して、大人でも、対処するのは難しい。(恋愛がらみだと、さらに難しかったりする)。自分が負の感情を抱いている時、それが嫉妬心から来てることに気づいていればまだしも、気づいてないことも多い。
これは、人と自分を比べないとか、逆に「人と違う自分」を認めるとか、そういう地道な心の訓練が要ります。自分の好きな物やことを見つけ、幸せを感じる練習、自分を好きになる練習。言葉にすると照れくさいような、そういうことじゃないかと思う。
嫉妬と無縁だと、人生はもっと楽しく満たされたものになる気がするなー。
逆に、イヤなことしたり言ったりする相手の根底に嫉妬があることに気づくと、対処のしかたがわかることもあったり。
「嫉妬・ねたみ」は、けっこうキーワードかも。

とにかく、子供は大人に愛されてないとダメだー。ちゃんとした大人がそばにいる子供は、やっぱり、幸せです。だから、誰かをいじめる必要が少ない。

話ソレましたけど、解決のためには、いじめは愚かで、幼稚で、最低で、自分をおとしめる行為でもあるなどなど、訴え続けてわからせていくと同時に、いじめてる人の心を見つめることと、自分の負の感情とどう向き合うかという日ごろの教育も大事かと。(じゃないと、大人になってもいじめっ子のままかも)。

言うのはカンタンなんですよとか言われそうだけど、意識してやってるのかどうかわかんないから、言って(書いて)みました。

もう一つの問題は、自分がいじめられたくないから、いじめ行為に同調するとか見て見ぬフリという現象をどうするか。(もちろん、いじめ自体がなくなるか少なくなれば同時に解決するからいいのだけど)。
これは、自分の身を守るため、自分の安全な居場所を確保するためだから、一概には責められない気もします。いじめと同罪であるというのを否定はしないけど、みんな、「自分がいじめられないために」必死になってる面もあるのでしょう。
想像するだけで、こわい。いつから学校はそんなところに?
せめて、いじめに加担しない人を増やすために…と考えると、イメージ的には、学校の風通しを良くするとか、広い世界を知ることとか、学校に限らない人間関係を広げさせるとか? 生きる場所は、一つのクラス、一つの学校だけではないという「実感」がみんなにあれば、多少助けになるんじゃないかとは思ったり。

ここのところが「本当に難しい」。…って、SMAPと同じ締めになるけど…。(2号)
posted by 2号 at 17:19| Comment(2) | TrackBack(7) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

05.06.24 on 試験

開運金箔便り 〜 応用編

闘い終わって日が暮れて

10年ぶりくらいに試験というものを受けた2号です。
会場の冷房が寒くて、お腹が冷えるのではないかとヒヤヒヤでした。

朝方から、いろんな理由で試験に遅刻する夢を何パターンか見て、ぐったり疲れて目覚めました。
落ちる方が珍しいって言われてる試験だったので、あまり気合いも入らず、それゆえ勉強も面倒でちゃんとしてなかったので、直前になって「こんなんで落ちたらどうしよう」っていう不安があったのやも。いずれにしても、試験ってだけでメンドくさ〜いって感じなのでした。

「めざ○し」の「今日の占いカウン○ダウン○イパー」によると、本日、水がめ座の運勢は一番よろしくありませんでした。
ヤ〜な感じなので、試験も、一度解答したあと、もう一度念入りに検証しようと思って臨みました(えらい)。
しかーし。
それよりなにより、すでに、忘れ物をしてました。(そう来たか)
電卓。(持って来いとはどこにも書いてなかったような)(でも、なぜか周りは全員持って来ていた)(そういえば、「持って来ていい」とは言ってたような)。
こうなったら、小学生のように手で計算するしかないわ。

一通りやり終わって、アタマに戻って、もう一度確かめながらマークシートを塗り塗り。
数題の問題は、何度見ようが知らない事柄だったので、ヤマ勘で答えを選び、さっきの計算問題をもう一度「筆算」。…計算違ってるやんか。もう、今日は、自分を信用できない日なのだわ。問題用紙の余白が、計算の数字でびっしり埋まる。

終わって帰って来て、店長が一言。「100点取ったら、その後は出世しないっていうジンクスあるらしいよ」。
ヤ〜な感じ。
今日は、ほんと、「三振かホームラン」的なリスキーな日みたいなので、ヤマ勘が全部当たってたらどうする?(落ちるよりはいいけど)(2号)

※店長が「全部合格」シールを持たせてくれました。きっと受かります。たぶん。

VFSH0060yoko
posted by 2号 at 19:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

05.05.12 on 教育実習2

A子先生のひそやかな思い出

結局、教職とは縁がなかった2号です。
2週間、教育実習で母校に通い、家と学校の往復で実感したその世界の狭さを、自分は克服できずに偏った人間になるだろうなどと、本気で感じたから。それゆえ、教員採用試験も一応受けたものの、形だけで、受かろうともしてない冷やかしでした。
実際、グループ討論などの試験では、すごく張り切ってる論客が一人でも混じってるだけで気持ちが引いちゃうし、萎えました。
いーんです。私が教師になってたら、たぶん、健全な青少年の育成とはほど遠いことになってただろうし。世界の平和のためには、それでよかったのだわ。

でも、実習終了のご祝儀で、生徒たちが書いてくれた励ましのお手紙たちは、お世辞半分とわかっていても、やっぱりうれしいもので、「応援してるから、この学校に戻って来てください」などと書かれた日にゃ、あなた。

さておき、教育実習って、誰でも実習される側になることはあるけど、実習する側になることはない人も多いので、面白かったことを書きます。すごく大変だけど、そこには不思議な楽しさがありました。

まず、初回の授業のしょっぱな。「教科書の○ページを開いてください」って言うと、一斉にガサガサと開く四十数人の生徒たち。そこで、いっぺんに魔法にかかります。「チョー気持ちいい〜」。(もしも将来教師になったら、おそらく天狗になるであろう自分も想像できたりして…)。
魔法使いの杖の一振りで何かを動かす、みたいな不思議な感動でした。それまで、動かされっぱなしだった身には、ちょっとクセになります。
さらには、ここだけの話、あまり重要でない南米の古代文明の単元は、はしょりつつもゆるゆるやれるところだったので、現地で重宝がられた家畜の話をする時、前夜、図鑑で調べたその動物たちを黒板に描いて見せたら、それまであちゃこちゃに散りまくってた生徒たちの意識が、ふっと一つの黒板に集中するのを肌で感じました。それが証拠に、この、絵を描くという単純なことがすごく印象に残るようで、感想文にも多くの生徒が「覚えた」と書いてました(ごめん、受験に役立たないことで)。
さらには、その文明の生けにえの習慣の話で、私が見たことのある生けにえのミイラの記憶を話しながら、これまたイラストを描いた時。一瞬にして静かになり、ぐぐっと生徒たちの意識がこちらに凝縮して迫って来た感じがしました。こわいくらいに。
と同時に、あの、自分の感覚の敏感さ。こちらの意識も、極度に研ぎ研ぎされてたのかも。
束になってこっちに向かって来たのがエネルギーなのか何なのかわからないけど、ああいうのを肌で感じるっていうのは、面白い体験でした。(先生は後ろに目がついてるっていうのは、たぶん、本当です)。

それと、びっくりしたのは、実習に出る前に大学でオリエンテーションみたいなのがあって、しつこいくらいに「キミたちは、受け入れ校に迷惑をかけに行くのだ」という意識を叩き込まれたことです。しっかり心してやれ、っていう意図なのはわかるけど、そのプレッシャーのかけ方っていうか、そんなに悪いことしに行くのぉ?って気分になって、ちょっとヤな感じになりました。
そういえば、自分が生徒側だったころ、同級生が教生を嫌ってイヤがらせをしたり、泣かしたり、意地悪したりってこともあったなぁ…と、心細くなる一方。
そこにもってきて、初日の職員室での教生一同の紹介のあと、代表して挨拶した女子が(この子とは実習で仲良くなって、その後しばらく親交があった)2浪で年上だったせいか、父親が教師だったせいか、同年代とは思えない、あまりに立派な挨拶ぶりで、ぶったまげ。
曰く「…素人のわたくしたちが、神聖な教壇に立たせていただくなど、おこがましゅうございますが 云々かんぬん」。
「へっ? おこがま臭? おこがま衆?」。
今でこそ、岸朝子さんのおかげで普及した「(美味)しゅう(ございます)」だけど、当時の私には、そりゃあ、意味は何とかわかるけど使ったことないし、使われてるのもほとんど聞いたことないし…。 なんだかすごいことになっちゃったなぁ、と、ますます身の縮まる思い。
とにかく実習ってのは肩身狭く、超々謙虚に、不肖わたくし、申し訳なくも、汗をかきかき一生懸命やらせていただきます、って感じなのでした。

そして、次々とかいま見させられた、学校というところの実態。
っていうか、教師も人の子。数人寄れば、けっこう生徒のうわさ話をしてるものなのでした。母校の名誉のために詳細は伏せますが、キワどい会話もありました。「あん、あたしたちもこうやって言われてたのね」と、ちょっとショック。
でもでも、やはり、いろんな意味で気に留まる生徒はいるもので、私の場合は、担任にも付いたクラスで一番前に座ってて、いつも世界史の時は寝ているジャニーズ系の男子でした。とっても、かわいいのでした(あちゃー)。
もちろん、寝てるのを発見した時は、起こします。こういう行為は、生徒にウケます。なので(って、そういう理由かぃ!?)、積極的に起こしました。で、その時はちゃんと起きます。またすぐ、寝るんだけど。
ほどなくして知ったのだけど、その子はうちの近所に一人でアパートを借りて住んでいて、おそらくバイトなどしてるのだと思われました。だから、眠いんだな、と。近所ゆえに、実習終了後もばったり会うことがあり、必ず声をかけてくれたし、びっくりしたのは、まったく別の道に就職して、仕事で街のど真ん中でイベントの立ち会いをしてる時に、「あ”っ、先生ぇ!?」って声がして、「へっ? あたしのこと?」と振り向くと、その男子もびっくりしていた、ということもありました。本当に、かわいいヤツでした。

自分が小学生のころ、教育大学から来た女の教生になついて、実習終了後に同級生たちとその教育大学に遊びに行き、大学というものをあちこち案内してもらい、自宅にもお邪魔して、本までもらったということがありました。
そこで私も、ちなみに、「大学に遊びに来てね」と言ってみたところ、来ました、何人かの女子生徒が。それも、楽しいおまけの思い出です。
実習の年の母校の学校祭には、教生仲間何人かと出掛け、生徒たちから次々と「あ、先生〜!!」と声がかかるのも楽しく、教師ってほんっとぉにいいモンですね、って思いそうにもなったのだけど、そんな枝葉の部分を楽しむよりは、やはり、現実的選択をしてよかった、というのが今の結論です。

そうそう、これまた、母校の名誉のために詳細は言えないのだけど、ちょっとした事件も起こり、急きょプリントされ校内に配られた注意文書には、「社会科教育実習生 A子さん」の名で、私が登場したことを申し添えます。とにかく、集団生活には、いろいろあるものなのでした。

というわけで、全国の教師の皆様、おつとめ本当にご苦労様です。
受験の時に先生たちがやってくれた添削のノートをこの前見つけて(そんなことしてもらってたのも、すっかり忘れてました)、忙しい中、生徒たち以上に大変な思いをして添削してくれていたのだわ、と、今さらながら気づき、あらためて感謝の念が湧きました。なのに、あっさり浪人してごめんなさい。添削だけでは、追いつきませんでした。すべて、私の不徳の致すところ。(2号)
posted by 2号 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

05.05.11 on 教育実習

連休報告 〜感動篇

「先生」などと呼ばれたりして

大学卒業時に、売るほど単位を持っていた2号です。
別に、勉強熱心だったわけでも、単位コレクターだったわけでもなく、強いて言えば、「人生の履歴書に書く資格ほしさ」かな、と。 つまり、教職課程なんぞ取っちゃったがための結果です。
ぎりぎりに履修してて、一つ落として留年した友だちがいたけど、本当に、できるなら単位を売ってあげたかった。

そんな私も、肝心カナメの専攻のゼミとか卒論は、先輩たちが「なんで?」といぶかるほどのしょぼい成績。
先輩「いったい、どうやったら、あのゼミで「優」以外が付くんだ? 出てるだけで優なのに。まさか、3回も休むわけもないだろうし」。
私「あ、たぶん、それです。3回休みました。バイトで」。
先輩「はぁ〜っ、惜しい…。2回だったらよかったのにねぇ〜」
って感じで。

なぜって、そもそもの専攻を間違えたからで、そこにやる気を発揮できず。そんなものの学位(←死語)を取ってもうれしくないわけで、教職員免許でも取って、それを誇りに生きよう、と。(実際、その誇りに生きたのは、数カ月)。
というわけで、好きな分野の教職課程を取って、それゆえ、専攻とはズレたゼミをいっぱい取ることになって、一方では、生活のためのバイトなどに精出して、それなりの卒業となりました。

この話がどこにつながるかって、連休中、地味に部屋の片付けしてて、ちょっとだけ、感動したことにつながるわけなのです。
開かずの段ボール箱の中にあった、正体不明の紙の束。
それは、教育実習した時に、最後に生徒たちが書いてくれた「感想文」(アドバイス?)。何クラス分かありました。

見事に、ほぼ100%の人が書いていたのが、「先生のよいところは字が大きいということです」。
それは、「学年中で「超デカい」と有名でした」んだそうです。
まあ、私がついた先生が達筆の細かい字だった反動から、私のデカ文字が好評を博したってことのようです。
でも、「クセ字は直した方がいいと思う」のだそうです。「その方が、プロっぽい」そうです。

難しいなぁと思ったのは、「進むペースが速かったです」っていう生徒と「ペースがゆっくりでよかったです」っていう生徒が半々だとか、「板書の内容がわかりやすい」と「わかりにくい」が半々だとかっていうこと。中間を取るのは、難しいのだわ。

私の実習は、便宜上、苦手な世界史でやったのだけど、女子生徒たち曰く「はじめは、社会科で女の教生って、ナニ?」だったそうです。が、「先生のことで、一番印象的だったのは、教壇から落ちてしまったことです。それで、一気に親しみが湧きました」とのことです。そうでした、落ちたんでした。もちろん、全然狙ってなかったけど、思わぬ効果を生んでくれて、よかったよかった。

また、女子生徒の多くが、「私は、先生の着てる服が好きでした」とか「白いジャケットはどこの服ですか?」とか(どこのでもありません)。似顔絵や服の絵を書いてくれてたり。
貧乏学生だったので、実習用に服を新調するなど到底ムリで、持てる物を取っ替え引っ替えフル回転ローテで組み合わせ、四苦八苦だったのだけど、あの程度の自分のセンスが通じる時代で本当ぉっによかったと、今さらながら胸をなでなで。今の時代だったら、あり得ません。

そして、すごいナゾが。
「先生が、年号などの覚え方の秘策を教えてくれて、とてもよかったです。覚えやすくて、一生忘れないと思います」などなどの記述が散見されたんだけど、それって、いったい、ナニ?
まったく記憶にない、っていうか、そんな秘策があったら私が知りたい、って感じ。 何を教えたんだろう??? タイムマシンに乗って、実習授業を見に行きたい。

で、何が感動って、2週間の実習は、絵に描いたように「長いようで短く、短いようで長い」っていうヤツだったのだけど、板書事項をまとめたノートや実習日誌を見ると、「よくやったぞ、自分」って、褒め褒めしたくなったのでした。えらいえらい。
だって、今やれって言われたら、絶対ムリ。毎年、全国で数えきれないほどの学生がこれをこなしてるんだとわかっちゃいるけど、この「ぽよ〜ん」とした私がやったってことは、人サマ以上に貴重なことなんです、絶対。ついでに、若いってすばらしいわぁ。パワーの量が違うのだわ。

みんなぁ、応援してくれたのに、教師にならなくてごめんねぇ。
この話、明日へ続く。(2号)
posted by 2号 at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月21日

05.01.21 on センター試験&誕生日

神様、仏様、道真様〜!

2号 @ もう雪はいらな〜い 札幌です。
へたれた人間なので、へたれたことばっかり書いてますが、今日は、自慢します。
先日のセンター試験。
過去、自分が得意だった科目に、一応、毎年、挑戦するんですけど(新聞に載るので)、今年の英語! なんとっ! 170点取りましたっ!!
以上でーす。

っていうか…。
170点って、自慢できる点数なんだろうか??
ぅぐぅぐぐぐ…(←すぐ、しぼむ)。

過去の自分よりは、確かに低い点数です。
でも、あの時、不肖わたくし2号、畏れ多くも神を降ろしたからなぁ…。

そうなんですよ。受験生の皆さん。合格の秘策伝授。
自分に、神を降ろすことです!(んな、バカなっ)(2号)


で、今日は、誕生日なわけです。
なんだか知らないけど、ゆうべっから、腹が立ってしょーがないんですけど…。

いったい人は、いくつくらいから、誕生日に腹が立つようになるんでしょうか?

実家帰って祝ってもらうか…。(←このしょぼさが原因か?)(2号)
posted by 2号 at 18:50| Comment(5) | TrackBack(0) | 学校・教育・勉強・先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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