2014年03月31日

on 笑っていいとも!

明日も見てくれるかな?

ゆうべ、夫を見て、「この人、私のダンナさんになってくれたんだ〜」ってあらためてしみじみと実感した2号です。
思えば、家族で同居していたころも、妹を見ては一度ならず「私には妹がいるんだ〜」って感慨深く思ったりすることがあったもんだった。

しかし。
「笑っていいとも!」に対しては、一度も、「日本のお昼にこういう番組がずっと続いてるのは○○xxだな〜」とか、「いいともって、まだやってるんだ〜」とか、あらためて感慨深く何かを思ったりしたことはなかったように思う。それくらい当たり前というか(妹の存在よりも!?)、その番組の存在について云々感じる隙も何もない、地球の自転に匹敵するようなもんだった。
それを先ほど、わたくし、粛々と見「終わった」ところでございます。

この番組を最初に視界の端にとらえたのは、大学でのこと。学食の2階、大学生協にちょっとしたロビー的なスペースがあって、そこにテレビがあったのだった。
ロビーには、昼食後に生協に買い物に立ち寄ってついでにちょっと休むとか、待ち合わせて何か打ち合わせたり、他愛のないおしゃべりをしたりするといったような学生たちがごちゃごちゃといて、テレビがついててもそれを見るっていうような感じはあまりないというか、ついてるから見てもいいけど、少なくともわざわざ「見に来る」というものではなかった気がする。
それが、「いいとも」は明らかに「見に来」て、ちゃんと「見ている」学生たちがいた。ウケながら見てる学生がいる一方、腕組みしてじっと見てる男子学生の姿が印象的だった。
チラッと見ては、へぇ〜今はこういう番組がウケてるんだ〜って、私は思った。確かに、ちょっと斬新な感じはした。テレビ全盛期(あるいは、そうなろうとしていた時)だった。

私が「ちゃんと見る」ようになったのは、バブル期(の終わりかけ)に、きちんとお昼休みが休めて優雅な打ち合わせスペースで堂々とテレビを見ながらお弁当を食べたりできる会社にいた時だった。同僚たちとお昼を楽しみながらいいともを見て、時には視聴者参加企画で会社からファックスを送ろうとしたこともあった(良い子はマネしないでね)。当然、回線混雑で送れなかったが。

それからは、つとめる会社の事情、環境によって、見られたり見られなかったりだったけど、テレビを見られる時は他番組ではなく「いいとも」だった。他局でどんな番組をやってるかすら知らなかった。
妹の会社では、まず、いいとも。12:45からNHK朝の連ドラ再放送に変えると言っていた。

明日のテレフォンゲストが好きな人だったりすると、帰ってから録画をセットした。友だちの好きな人がテレフォンに出る時には、その友だちに「明日出るよ」って連絡した。SMAPメンバーがレギュラーになってからは、その曜日は毎週録画した。スタジオ観覧に応募しようとしたこともあった(締め切りが意外に早くてダメだったが)。私が勤めてる会社が仕事でお世話になったタレントが出演する時には、会社からテレフォンのコーナーにご祝儀の品が送られたこともあった。
CM明けにスタジオが盛り上がっていると、どんな話をしていたのかがすごく気になるので、増刊号も欠かさず見るようになった。
家族と、友だちと、とにかくいいともの話を日常的にしていた。テレフォンの中で誰が何を言ったか。どんなおもしろいことが起こったか。「ねぇ、見た?」「ねぇ、知ってる?」。見てる時はもちろん、自分が見てなくても、いいともの話題がふられることは珍しいことではなく、自分が見てない部分だったりすると、すごく残念だった。

それが、いつしか、会社で見られない状況と、自分が「見ない」状況が混ざり合って、見なくなっていた。録画もやめた。追いつかないから。っていうか、いつもやってるんだから、この回を逃してもまた次いつでも見られる。なぜなら、いいともは永遠だから。
そう、見なくても、正午にそれは必ずやっているのだ。正午と言えばあのオープニングの映像と音楽のイメージが体内時計のように私の中にあった。やってる時間だなー(見てないけど)。っていう感じが漠然と。

ある時、主婦の友だちが、「最近、いいともおもしろくなくなったよね。私も、ほかの○○見てるもん」と言った時、内心「えぇ〜〜!?」って思った。身近で、正午にいいとも=テレビを見ないのではなく、ほかの番組を見てるという人の存在は、初めてだった。主婦ウケしそうなその番組のことは、まったく知らなかった。
大学生協の図を思った。いいともって、そういうものだった。若い人にウケた。その人たちが、どんどん大人に、社会人に主婦になって、なお存在し続けたいいともをそのまま見続けた。バブルもあったし、お昼(休み)はウキウキウォッチングな気分がずっとあった。

それが、景気が悪くなり、何でも利用できるものはするという効率主義も手伝ってテレビは宣伝宣伝の場となり、携帯電話の普及で若い人はリアルな人と架空につながるのに忙しくなり、主婦たちは笑ってる場合じゃなくて情報を求めるようになった。

それでもがんばっていてくれたいいとも。宣伝の場を淡々と与え、お笑いの若手の登竜門としての役割を受け入れ、コーナー企画だってネタ切れしても何とかアイデアをひねり出して、時々、これは見たいって新たに思わせる企画を出してきていた。タモリさんに関しては、言わずもがな、惰性だってここまで続かない。なぜ、いいともだけが「いいともありき」な番組になれたのか。最後は、タモリさんの持つ、惰性にまさる「自然体」的な摂理?

とにかく、私はタモリが好きなんだと思う。
タモリが坂道愛好会の会長だとかなんとか自ら言って、「坂が好き」っていう感覚は、ほかの人に公言していいものだったんだって、初めて知った。
はたまた、タモリが「うどんにコシは必要ですか?」って言った時。世の中、うどんにコシは必須と言うか、当たり前だ、なくちゃうどんじゃないみたいな風潮にいつの間にかなっていて、非常に違和感を感じていた私は、よくぞ言ってくれました!と快さいを叫んだ。それまで、コシは要らないと言わせない、言えない風潮だったので、これからは言ってもいいんだ…と拳を握ったもんだった。
そういう、私のツボにストンと落ちることを、サラッと言うのだ、タモリは。
このブログにも、これまで、いいともで見たことを書いたことがあった。それだけ、ジワッと感じ入ることをいろいろと私に投げかけてくれた番組だった。

この先、タモリに関してテレビがどうなるのか。他局も含めて新番組ができるのか、もっと違う使われ方のタモリを見ることがあるのか、わからない。
できればこれからも、私に上記どうでもいいような、でもちょっとしたモヤモヤの隙間にピタッとハマってピンポイントで私個人がわしづかみにされたような気分になるネタを与えてほしい。そうできるポジションで出られる番組があってほしい。コメンテーターとかは、ダメだ。タモリに自由に発言させてほしい。じゃないと、おもしろくないと思う。

でもね。これだけのものが終わって、じゃあすぐ新しいもので同じくらいの価値を生み出して行けるかって言ったら、タモリでも難しいかもしれない。しばらくは、継続する番組とこれまでで一定評価のある番組をさらに比重をかけてやるとか、そんな感じで様子見になるのだろうか。

とにかく、あの大学生協から時代は何巡りも変わり、そして、とうとういいともは終わった。32年。なんと長い時代だったことか。タモリさんも、私も、トシを取った。

このところ、終わる前から喪失感に苛まれていたけど、こうして振り返ると、これだけ長い時が流れたんだから、こういうこともあるよな、って、少し吹っ切れそうな気もして来た。人生で考えると、私の人生は、大部分が「いいとも」。タモリさんの人生も半分近くが「いいとも」。もう、本当に終わってもいいのかもね。。。
いつか終わるものならば、ちゃんと見届けられる時に終わってよかった。

「明日もまた見てくれるかな」「いいとも」のかけ声でいいともは終わった。私の中(体内時計)でも、いいともは永遠だろうと思う。
また言っちゃうけど、32年間、お疲れ様でした。ありがとうございました!!(2号)

※前回投稿で、31日のお昼には、もういいともはないって書いていたけど、その後、増刊号でお昼の最終回も31日って知りました。キリのいいところで終わらず、3月いっぱいにこだわったのか??フィナーレがあるから、昼もやった方がいいってことか?
いずれにしても、訂正しようしようと思ってるうちに、今日の最終回も終了してしまいました。なので、事後お詫びです。訂正して、おわびします。



posted by 2号 at 14:11| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組・ドラマ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

on テレビ

愛と哀しみのテレビ番組。

テレビとは、つかず離れず2号です。。。
うちの夫はテレビをほとんど見ないので、夫が家にいる時間帯は自然と私も見なくなっております。というか、見たいものは全部録画で、夫がいない時に見る。
見てもいいんだよって言われるんだけど、某「リーガル○○」を見ていたら、あとから「あまりのうるささに、テレビ嫌いに拍車がかかった」って言っていたので、やっぱり遠慮することにしてる。それでも夫は見てもいいんだよとは言うのだが、自粛、です。

夜は、夫とは、おしゃべりしたり(、プロレスごっこをしたり)して過ごしているか、すぐに眠くなってしまう夫が早い時間に寝てしまうかって感じなのだが、時々、二人でぼぅーっとテレビを見ながら、これが下らないだの、これがおかしいだの、これがいいだのって、他愛のない会話をするのもいいのだがなぁ…などと思ったりもしてるわけで、その代わりになるものがネットだったりして、夫は常にiPadを抱えているので、そこから何か見つけてはそれをネタに会話、あるいは、私がなにげに口にした疑問や、忘れた思い出せない!とか言ったことをネットでササッと調べてくれて、そこから話が展開、などという感じで過ごしているわけです。

いや、こんな前置きはさておき(相変わらず、長い前置きはやめられない)。。。

私にとってテレビは、「そこに時間を必要以上に取られたくないもの」ということで、一応「下らないもの」の部類になっているのだが、そういうことを言う時点で、現に時間を取られがちなものであるということで、まあ、そこそこ深くはつきあっている。中には本当におもしろいもの、役に立つものもあるし。

そんなわけで、今、NHK朝の連ドラの「ごちそうさん」に異常にハマっている。時には号泣しながら見ている。
そして、これがこの3月で終わってしまうので、とてもとてもさびしい、このあと何を楽しみに生きて行けばいいのかと思っている状況の中、アレがアレなわけだ。。。

そう、「笑っていいとも!」が、時同じくしてこの3月で終わってしまうのだ!!

朝がくれば東から太陽が昇るのと同じくらい自然な摂理で、日本ではお昼になるとテレビにタモリが登場するものだ、ということに、私の中ではなっている。
これがそうじゃなくなって、日本は大丈夫なのか!?って危惧するくらい、このことが信じられなく、3月31日の昼が来るのがオソロしいとさえ思う(夜には特番があるが、正午にはもうタモリは登場しない)。

多くの無責任な視聴者と同じく、このわたくし2号も、いいともを見なくなって5年くらいにはなる。最初に書いたように、増刊号も見なくなって1年余り。
少なくとも最近のいいともがおもしろかったのかと言われれば、わからない。そういうものだと思えばおもしろいし、もっとほかの内容が見たいと言えば言えなくもない、という感じか。
昔はゼッタイにおもしろかった。でも、最近の私がお昼の時間帯にワイドショー的なものを欲していたかと言えばまったくそうではないので、他局のものを見るというふうにもならず、だったらやっぱり内容云々よりも、あの時間にテレビの中に必ずタモリがいてくれるという圧倒的な安心感(?)を取りたい、と、思うのだ。

しかし、もう、それがかなわなくなる。32年と言えば、私の人生の大部分ではないか!?何という喪失感。見てもいないのに、無責任にそう思う。そしてそれが、逆にすごいと思うのだ。見てないならどうでもいいはずなのに、そこにずっとあってほしいって、あるのが当たり前って、思われるってことが。

いや、だけど、増刊号で時々、ゼッタイにほかの番組ではやらないようなマニアックな情報とかネタが登場することがあって、だから増刊号は結婚するまで見ていた。見なくてもつけていた。遅く起き出した日曜の遅い朝食のあと、ダラダラとしてる時のおともにちょうどよかった。見てもいいし、見なくてもいい、とにかくついている。そういうのって、すごい贅沢な感じさえするけど、そこにぴったりフィットするのが増刊号だったんだ、私の場合。

もう決定事項だから、グダグダ言ってもしょうがない。せめて最後は見届けようと、ほかの無責任な視聴者と同じく、終わるとなってから見られる限り見るようにしている。
だって、終 わ っ ち ゃ う ん だ よ !?

終わりに近づくに連れて、企画は何でもありな、ある意味これも贅沢な内容が続き、かつての単純におもしろかったころを彷彿とさせる。プレイバック的な内容も多くて未練を誘う。さらに、今週に入って、毎日が各曜日のレギュラーにとっては「今日が最終回」ってことなので、涙なくしては見られない。そして、終わるとなってからのスペシャル過ぎるテレフォンゲスト陣!!
いや、これ以上は言うまい。別れがつらくなる。

タモリさん、本当にお疲れ様でした。今まで日本のお昼番をありがとうございました。。。(2号)


※かつて、東京に行く時にスタジオ観覧に応募しようとして、すでに締め切っていたためにその時は断念したということがあったのだけど、あれ以来、応募する機会もなく、とうとうできずじまいになったことが悔やまれる。。。

2014年3月31日追記:
31日のお昼には、もういいともはないって書いたけど、その後、増刊号でお昼の最終回も31日って知りました。キリのいいところで終わらず、3月いっぱいにこだわったのか??フィナーレがあるから、昼もやった方がいいってことか?
いずれにしても、31日にお昼の放送があり、それが最終回でした。訂正して、おわびします。

posted by 2号 at 23:57| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組・ドラマ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

on 龍馬伝。

だっぷん。。。

大河ドラマは惰性で見ない、2号です。
このわたくしがそれを見る時は、異常にハマってる場合のみです。

今、「龍馬伝」を見て、土佐弁にハマっちゅうは、ご覧のとおり。
時々、ひそかにブログにも潜り込ませちゅう。
あぁ、正しい土佐弁(高知弁)が話せるようになりたいぜよ。。。

さておき。
初めてNHK大河を見たのは、利家とまつ。
毎回もらさず、号泣してました。
どうして、毎回毎回泣けたんか。。。
ストーリーもさることながら、なんと言っても、まつ様の松嶋菜々子が、回を追うごとに本当にまつ様そのものにしか見えなくなって行った、その姿を画面に確認するだけで涙が出る…ってな感じの勢いだった。。。
そして、利家との夫婦の絆がスンバラしかった。
アレを見て結婚したくなった人がいっぱいいただろうと確信しゆう。

それから、言わずもがな「新選組!」。
この時、キャスティングの妙と、初めて詳細に知る新選組の実態と時代背景をドラマとして十二分に堪能したとともに、私の中では言葉のマネもマイブームになりました。
特にお気に入りだったのは、
「承知。」
「御用あらためである!」
は、当たり前として、
オモロくてたまらなかったのが、佐藤浩市扮する芹沢鴨が
「水戸脱藩、芹沢鴨」と名乗るとこ。
『水戸脱藩』が「脱糞」を思わせ、ひそかに笑いを取うちょった。

それで、この前の龍馬伝を見てたら、確かに聞いたことのある「土佐勤王党」が出て来ました。その時ふと気になったのは、新選組のドラマの中では、龍馬は江戸にいて一人チョロチョロしてる印象だったのだが、いったいぜんたい、龍馬もだっぷん、いや、脱藩してたんだっけか?ってこと。
確か、新選組のドラマの中では脱藩はものすごい大ゴトだった気がするので、とっても気になる。早く続きが見たい!!

それにしても、以前、別の龍馬のドラマを見た時は、千葉道場のおさなさん(松たか子だった)との別れのところっていうか、おさなさんが龍馬の気持ちを確かめて、身を引いて見送るところで号泣したのだが…そこは、今回の龍馬伝の前々回に終わった場面と同じ場面なのだろうか??
ちょっとグッと来たけど、思ったよりアッサリしていたなぁ。物足りない。。。(前のは、松たか子マジックで泣けたのか?)
それと、同じく以前のドラマでは加尾をモデルとした人が田鶴(?)とかいう名前だった気がするけど(演じたのは鶴田真由だったような)、その別れのシーンは前々回の龍馬伝のそれとは逆で、わりとアッサリだったのだが、もう、まっこと、どれが史実に近いのかわからんき。
ドラマとして楽しめばいいので別にいいんだけんど…やっぱり気になる。特に、ちまたの龍馬好きのオナゴには重要事項のような気がする。。。(2号)

※以前、「ヨン様じゃなくて、冬ソナのチュンサン(?)を演じるヨン様が好きなの。。。」と言ってる女子がいたが…(韓流にはまったく疎いので名前等間違ってるかも、あしからず)
このわたくしは、今まで、福山雅治は世間で人気があるわりには別に好きじゃないと言うか、全然タイプじゃなかったのだが、くやしいことに、福山雅治の演じる龍馬は好きになってしまいました。なんか、ズルいっ。。。(福山雅治が)


※※今日のつぶやきは…

http://miha27towitter.seesaa.net/archives/20100318-1.html
posted by 2号 at 19:55| ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | テレビ番組・ドラマ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

on ありふれた奇跡

結婚(相談所)の、オキテ。

たとえば、今日は窓のこの部分から日が射してる!ということを発見することがうれしい、2号です。だいぶ日が長くなって来ました。

今日、大好きな山田太一さんの最近のドラマ「ありふれた奇跡」の、この前の録画を見てました。
ここ数回、胸が痛くて涙なしでは見られない展開になっている。
カナとショウタは愛し合っているのに、カナが子供が産めない体であるために、周囲が結婚を反対。
特に、ショウタの祖父母は戦災孤児だから、孫に子供がいないと両方の血が絶えると言う。祖父自身、カナを一人の人間として気に入っているのに、それとこれは話が別だと。「もうお会いできないんですか」とカナが訊くと、祖父は「これがオレの気持ちだ」なんて言う。つらそうに。
「『ムリして』そこで結婚することない」「ほかにいくらでもいるだろう。『普通の女』が」みたいな台詞もあった。
この、人間的には問題なく、むしろ気に入られるような人が、結婚に関する「条件」を満たさないために結婚を許されないという状況が、どうしようもなく切ないです。。。

思えば、私にも同じようなことがありました。
相手本人が好いてくれているのに、先方の親御さんが猛反対。その理由は、誰にも解消できない、どうしようもないことだった。
本人のせいではないことで、「人間性は気に入っているけど、結婚できない」と言われることは、本当につらい。嫌いって言われるのもつらいけど、それでもそっちの方がずっといい。

っていうか、わたくし2号、かつて結婚相談所に入会拒否されたことがあります。この「結婚相談所に拒否られた女」ネタで、しばらく持たせていたもんです。。。
その相談所は、友だちが結婚相手を見つけたということで、私もおすすめされたのだけど、なるほど成立する確率の高い有名なところで、その分条件が厳しいのだった。あと10年早く来てくれればとか(今から思えば十分若かったのに!!)、大卒はダメとか、片親も△とか、恵まれた家庭のご子息は相手にも恵まれたお育ちを求めるとか、こういうことを真剣に言って来るのです。決して、イジワルとかイヤミとかではない。お見合いや紹介という「縁結び」がトントンとうまく行くのは、そういうことなのだと、「現実」を親切に教えてくれたんでした。たぶん、そういう現場で私が傷つかないようにということもあったみたいで、責任もって会員としてお引き受けすることはできません、という結論。
私が友だちの紹介ということで来たせいか、ずいぶん長く親身に話してくれて、「私もあなたは好きだけど、残念だわ」とお世辞も言われて、サービス(?)で一人だけ紹介してくれたけど、その人はあまりにユニークな人だったためにうまく行きませんでした(っていうか、その人はいわゆる条件は確かによかったのだが…。男性側は性格チェックはされないのか!?)。
相談所長曰く、こういうところでは条件云々の話になるけど、世の中には、こういうところではダメでも、自力で素敵な出会いをして幸せな結婚をしてる人はいっぱいいるから、元気出してがんばってということだった。もう7年くらい前の話だ。
っていうか、そっちの方が普通だろ、と声を大にして言いたい(自分に対しても)。そんなところにチャンスの一つでもあればと行ったばっかりに、あんなこと言われて、しなくてもいい思いまでして、バカを見た。
しかし、今だにリベンジもできず、去年の秋ころには、別の友だちから、大手の某結婚情報サービスに話聞きに行こうと誘われて、心ならずも一瞬揺れてしまった自分もいたわけで。
なんでも、その子の男のいとこが、そこで相手を見つけたらしい。結婚式の写真を見せてもらったら、なんと、昔、同じ会社にいた同期の男の子だった!!というオチまでついたから、超ビックリ。確かに名字が同じだった。。。

話はソレたけど、カナとショウタがこれからどうなるのか。もちろん、愛し合う二人の気持ちを応援するけど、子供誕生を求める周囲の切実な気持ちも否定できないというか、理解できないものではないという「現実」もある。理想を求める権利は誰にでもあるし、それを責めることはできない。というわけで、これからも泣きながら「ありふれた奇跡」を見守ります。(2号)
posted by 2号 at 23:43| ☀| Comment(12) | TrackBack(0) | テレビ番組・ドラマ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

08.03.26 on カレー

うまいな〜の、カレー。

カレーも大好き、2号です。

それなのに、年々、カレー体力がなくなり、体調が万全じゃないと、カレーを食べたあと重く感じる。こんな悲しいことがあるでしょうか。
同じ現象が、ラーメンにも起きています。。。

このところ、なんだか知らないけど、ずぅ〜っとカレーが食べたいなぁ〜っ、と。
北海道日本ハムファイターズのダルビッシュくんが、3月20日の開幕戦の朝、妻の作ったカレーを食べたから、ではありません。その前から、ずっとなので。

んで、この前の日曜日、原因がわかりました。
ドラマの「あしたの、喜多善男」を見てたからでした。録画しておいたこのドラマの最終回を見たあと、カレーを作りました。

実は、今回作る前に作った2回ほどは、新しいカレールゥを使っていたのでした。
それは、油分を少なくしたというのが売りの、「ジャワカレープレミアム」というような名前(違ったらすみません)。ちなみに、お腹にやさしいだけでなく、1皿分ずつの小分けパッケージになっていて、作りたい分だけ気軽に作れるという、便利だけど、資源ゴミ的には時代に逆行してる仕様。
これを、新聞記事に見つけた時、その発売日とされていた日の直後にスーパーに買いに行ったら、なんと、売り切れ!
たぶん、私と同じようにカレー体力が衰えた人がちまたに溢れていて、この商品は、そのニーズを的確に捉えて勝利したのでしょう。メタボが気になる人にもおすすめだし。

それから時々チェックして、ついに、再び入荷してるのを発見。
さっそく購入し、さっそく作ったところ、結果は、カレーって油分が命なのね…みたいな感じ。
つまり、味がモノ足りない。
カレーに似た、あっさりした別のものと考えればマズくはないけど、カレーって、食べたいときはものすごく期待してるイメージが既に頭にあるので、ちょっと哀しいのです。

それでも2回買ったのだけど、2回目を約半分残して、しばらく台所の下に眠らせてました。

その後、同じメーカーの普通のジャワカレーが安かったので、プレミアムのが残ってるのについつい購入。しかし、これもしばらく眠らせ…。

そして、この前の日曜日に、十分に気持ちが高まったところで、満を持して普通の方のジャワカレーを取り出し、大きい鍋で作ったわけです。喜多善男さんはインドカレー食べてたけど、この際、細かいこと(←いや、けっこう重要なことだが)はどうでもいい、私がおいしく食べられれば、ジャワでも何でもいい!ということで。
すると、ここで突然、よく言われるところの、「2種類混ぜるとおいしい」法則をなぜか思い出し、私は今までスープの素でしかこの法則を適用してなかったのだけど、残ってるプレミアムも混ぜてみようと決意。リスクを冒して、未知の世界へ分け入ったのでした。

結果、ついに、喜多善男さんが「うまいな〜」としみじみ食べた時に私の中に膨らんだイメージどおりのものが、できあがりました!
久しぶりに、カレーが本当においしかった。重たくもなかった。(ちなみに、どっちのルゥも中辛)
3日間、飽きずに楽しく食べ、完食しました。

しかし、ここで冷静な私は、次回も、ルゥの配合を同じにしても、同じものができるとは限らないと思い、今回の野菜や水の分量なども厳密にメモしておくことに。
すると、材料のうち、玉ねぎが、1/3残っていたもの+新しいの半分。
ブタ肉も、カレー用のゴロゴロしたもの+残っていた小間切れ肉。
というように、2種類混ぜたものがほかに2つもありました。
このとおりに、次回も再現するのはムリ。

っていうか、これって、やっぱり、2種類使うものが多いほど、おいしいってことなのか??(2号)

※ちなみに、喜多善男さんは、最後の方で、スパイスを自分で配合してゴリゴリすってました。あのオリジナルカレースパイスは、喜多さんの「おふくろのカレー」と同じなんだろうか?
っていうか、そもそもおふくろのカレーは、何カレーだったんだろう??

2006年01月20日

06.01.20 on 北の国から

北の国からコンニチワ

北海道在住 2号です。
「北の国から」は、リアルタイムでは見てなくて、特別編がつくられ出して、さらにしばらく経ってから見始めました。その後、再放送などを利用してさかのぼり、だいたい全部見たと思います。完全に終わると聞いた時にはけっこう残念に感じたので、遅まきながらでもファンになっていたということでしょう。

あれだけ長く続いたものだから、名シーン、名セリフを挙げればキリがないと思うけど、最近、というか、冬場になると例外なく毎日毎日思い出されるシーンがあります。
それは、確か「巣立ち」(違ったらすみません)。五郎さんの遭難(?)シーンです。
前後のいきさつはそれほど詳しく覚えてないのだけど、材木か何かの下敷きになって抜け出せなくなったところに、吹雪ガンガン、日も暮れて…と、死にそうになって、亡き妻(いしだあゆみ)の幻覚まで見るという、あのシーン。
五郎さんは、凍えてほとんど感覚もなく動かせもしない手で、生き延びるためにいろんな工夫をします(実際、田中邦衛さんは凍傷になったとか)。でも、北海道で言うところの「かじかんだ」手は言うことをきかず。なかなかうまくいかない。

あの、手が冷たくて言うことをきかないっていう状態を、私も冬になると毎日毎日体験してて、そのたびに五郎さんのあのシーンが必ずよみがえり、そして、そのたびに「私だったらゼッタイに死んでる」とゾッとするのでした。

ナゼに毎日そんなことを? って、もちろん、毎日、遭難してるわけじゃありません。北海道の冬でも、札幌の普通の市民生活では、そこまで壮絶じゃないです。
うちのマンションには屋内の駐輪場がなく、自転車カバーをかけて屋外の駐輪場に愛チャリを置かざるを得ないのだけど、帰ってくると、たいていそのカバーの上に雪が積もってて、その重みでカバーがたわんだりしてるのです。で、それを見ると、ついつい雪払いをしたくなり、手袋をしたままやると、手袋に雪がついてガビガビに凍るので、素手でやってしまうのです。すると、手がすぐに凍えてしまって、そのあと正面玄関のロックをカギで開けようとする時に、手が言うこときかない状態に。五郎さんみたいに、手に「ハァ」っと息を吹きかけてもみるのだけど、そんなんじゃ回復しません。だから、父さん(五郎)だって大変だったわけで…(←純くん風でお願いします)。
そして、自宅の玄関の中に入るころは、「黒板五郎って、ホントにスゴい人だわ」と、毎日尊敬の念とともに確認してるのでした。毎日毎日そうなので、たまに雪払いが不要な日があっても、玄関開けるタイミングには条件反射的に黒板五郎が頭をよぎってしまいます。
たぶん、その条件反射がいつの間にか消えていたら、北海道も春になったっていうことなんだと思います。(2号)

・  ・  ・

明日よりは若い今日の私。
今の年齢は今日で終わり、明日は一つトシを取ります。
10年単位の変わり目を迎える時は、誕生日の数週間前から秒読み(って、百万秒以上も?)体制に入ってしまい、ムンクの叫び状態で日一日とかなりなブルーになっていったものだけど、大台を超えるんじゃなければ、今さら感動もない代わりにジタバタもしないものですね。
そんな私の誕生日でも、ちゃんと覚えていて、何か贈ってくれたりお祝いを述べたりしてくれる人たちが少なからずいることを、本当にありがたく思います。
思いがけないところから、ひょっこりメールが入ったりすると、その人の記憶の隅に自分が一個でも足跡を付けていることの奇跡を思うことも。
今後とも、皆様、よろしくお願いします、という気持ち。

2006年01月17日

06.01.17 on あいのりヒデ

がんばれ! ヒデ

「あいのり」をそれとなく見てる2号です。
ヒデが帰国する時の特番は、号泣しました。あいのり視聴史上、一番泣きました。
隼人が帰国したあともそうだったけど、ヒデが帰国してから、見るのも今ひとつ力が入りません。

そんなおり、昨日、帰国後のヒデが登場。アフリカに携わっていきたいと抱負を語っていたとおり、アフリカのアクセサリーを扱ったネットショップを準備中の様子。
若いのに、目標を持ってサクサクと行動する姿に、おネエさんは感心しました。「恋する日本代表」から、「ひとりアフリカ振興協会」みたいな人になるのね。

っていうか、すでに「あいのり ヒデ ネットショップ」みたいな検索がドッと。みんなヒデのことを応援してるんだわ。がんばれ ヒデ!
っていうか、ヒデのおばあちゃん、最高です。(2号)

2005年10月17日

05.10.17 on ドラマ24

ドラマの見すぎ注意報


「事件は、会議室で起こってるんじゃなぁいっ!」 っていうか、リアルタイムで起こっている?
週末は、架空の事件たちにすっかり巻き込まれていた2号です。
踊る大捜査線に「24」ですか。いったん巻き込まれると、見続けちゃうんだなーこれが。

と言っても、わたくし2号が週末に見た「24」は「シーズンつぅ」なのでありまして、なんで今ごろ? って、ごもっともな質問です。

今、映画「蝉しぐれ」が話題になっている藤沢周平さんのことだったと思うけど、次作が待ちきれない熱心なファンは、作品が出るたびに買っては読まずにとっておいて、次作が出てから買っておいた前作を読んでいたってな話を、どっかで聞きました。
つまり、一つ読むと、それに飽き足らず、すぐに次が読みたくなるのに、まだ次が出ていないという犬のお預け状態に耐えきれないため、読み終わってしまってもすぐに次が読めるんだという、安全な状況を作っておいてから読むってことらしいです。
なんだか、ビミョーに矛盾してるような気もするけど、その気持ち、すごくよくわかる。かつて、どんどん先へと読み進んでいきたいけど、読み終わるのがもったいない!と悶えながら、村上春樹を読んだっけ。

というわけで、24は、ある意味、藤沢周平なのでした。
ダメ。とても途中でやめられない。やむを得ず途中でやめると、夢に出てくるし。夢の中で24状態になっちゃうと、すごく疲れます。あれやこれやの24時間が一晩に凝縮されて、リアルタイム以上のスゴさで起こるんだから。

で、やっと地上波で「シーズンすりー」が始まったので、晴れて「つぅ」を見終えたんだけど、これがワナでした。だってだって、すりーに続くって感じで終わるなんて…。
おかげで、すりーも、ちょっとだけ見ちゃったぢゃないか! あ”ーー。
次の話まで1週間待たなきゃならないなんて、ツラすぎ。 っていうか、それまで毎晩、夢で24状態になったらどーしたらいいんだろう?(2号)

2005年07月08日

05.07.08 on 電車男

電車男、発車しました


やっと、少し初夏らしい気候に戻った札幌から、2号です。
ほんと、おとついは、夜にデパート(ファッションテナントビル)に立ち寄ったら、暖房が入ってたのでびっくり。確かに、この2、3日は5月並みに寒くて、北海道の上(?)の方の地方(北見とか)では、自宅でストーブ焚いたという話も聞きました。冬の壮絶な大雪といい、5月の寒さ、6月の真夏日といい、今年の北海道の気候は、ほんとにヘン。

で、「電車男」です。
本がずいぶん売れてたので気にはなってたんだけど、ま、いいかとすっ飛ばしてたら、ドラマ化ということで、じゃ、見るか、と。
なんか知らないけど、気づいたら、声出して笑ってるし、かと思えば泣いてるし、自分でもどうしたんだろうと思いました。このドラマにこんなに入れ込むのって、果たして、正解なんだろうか?と、ちょっと自信がなく。
まあ、チビノリダー敦史くんが、ダメダメぶりを大げさなまでに演るので、笑っちゃうのはともかく、泣くってのは…最近、自分自身、気持ちが弱ってるところに、さらに弱めるような出来事が続いてたからかなぁ…と、見終わってから、しみじみしてしまいました。
さておき。
全国の2ちゃんの面々の中、北海道は「愛別町」の人になってました。すごく、気になる。なんで、愛別町? このへんを、いろいろ想像してしまいました。ネットしか楽しみのない地域だと思われてるとか、「愛」「別れ」がポイントだったとか、そういう基準で設定されたのかなぁ? とか。
原作(?)を知らないので、原作どおりってことならそれまでなんだけど。
ちなみに、愛別町は、きのこで有名な町です。(自称「きのこの里」)。大雪山連峰の麓に位置し、町の木は桜です。(2号)

2005年06月14日

05.06.14 on 開運金箔/エンジン

開運金箔便り 〜 

今日の店長


開運金箔ドットコムの店員をつとめる2号です。
今朝、店長が、久々にSECOM出動を要請しました。無意識に。
何度やっても、オオカミ少年にされないところが、SECOMの偉いところです。きっちりしてます。
今日も、おつとめ、本当にご苦労様です。これからも変わらず、私たちを守ってくださいますよう、よろしくお願いします。 かしこ(2号)

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「エンジン」の意味

どうやら、マシンを動かすエンジンに、「人の心を動かすエンジン」っていう意味をかけてる? ってことかも。

2005年05月24日

05.05.24 on アタックNo.1

女の子だもんっ

エースをねらえ! が、大好きな2号です。
このアニメは再放送のたびに観て、しまいにビデオダビングして、コミック本も読破。上戸彩主演の実写版にもしっかりハマり、テレビにかじりついて、毎回、滝のように泣きながら観てました。だって、あまりに、けなげなんだもん。実写だと、さらにリアリティがありました。
逆に、実写だと興ざめすると言って、観るのを止めたっていう話も多々聞いたけど、もったいない。あの、完璧なまでに、漫画に忠実にやってくれた製作陣、えらい。それに正しくハマれる自分で、本当によかったと思います。

で、今のクール、アタックNo.1を観てるわけです。
このアニメは、もともとそれほど真剣に何度も観ていたわけでもなく、コミックも読んでなかったけど、エースをねらえ!を懐かしむ意味でも(?)観た方がいいかと思い、観てます。
っていうか、主題歌が好きです。
「だけど、涙が出ちゃう…女の子だもんっ」というセリフ部分は、必ず、声に出して唱和します。
そして、そのあと必ず、昔、ボキャブラ天国で、どっかのお笑いコンビがこのセリフをボキャブって、「だけど、何かが出ちゃう…女の子だもんっ」って言ってたのを思い出し、何が出るんだろう? と想像しながら可笑しみを覚えます。

木曜の夜の、ひそやかな楽しみ。なんか、理想の過ごし方と違う気がする。(2号)
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