2015年07月29日

on 在庫

ストック病?

明日の朝食べる用のヨーグルトがうっかり切れてしまったのだが、買いには行かない…2号です。
だって、不用意に買い物に行くと予定外のものも買ってしまったりして、ムダな出費がかさむじゃないですか。だから、買い物行くって決めてる時にしか行かないようにしてます。だから、明日はヨーグルトはなしだ。

っていうのはまだいい方なんだけど、うちのダーリンから「そのチャレンジの意味がわからない」と理解されないのが、「なきゃないで間に合わせる」ことの快感。
たとえば、トイレットペーパーのストックが残り5ロールくらいになると、すごくソワソワするのがうちのダーリン。私は、もちろん買い物のタイミングと合えば、残り2、3ロールあっても買い足すけど、基本的には残り1ロールとなっても「まだあるから大丈夫」と思えるタイプ。しかも、万一、買いに行けないうちに切らしてしまっても、いざとなったらコンビニで当座の分は買える、とか、水に流せるポケットティッシュがあるからいいやなどと思える。
さすがに、今は二人暮らしなので、これまでのところそこまでの緊急事態に陥らせてはいないけど、一人暮らしの時なぞは、会社からの帰りが遅くて疲れててスーパーに寄るのが面倒で、なんとか急場をしのいだということが何度かあって、その実績を引っさげての、このサバイバル体質となっておる。そして、間に合わせでしのげたことに、ちょっとした快感も感じてしまったりしたもんだから、在庫が逼迫してもほとんど動じないのである。

というわけで、同居してしばらく経った時に、「ストックがなくなって来たら、さあ〜どこまで買わずに耐えられるかな!?っていうのがあって、それでもし、なくなっちゃっても、あ、こうすればしのげるとか思いついた時って、けっこう快感だよね」ってふつうに言ったことがあったのだけど、ダーリンはギョッとして「なに、それ。耐える必要があるの?なんでそんなチャレンジするのか、意味がわからない」って言ったよね。

「え、何かがない時にほかのもので工夫して代用したり、あ、こういう時こそこれが使えるとか、とんでもないものを思いついたりするの、楽しくない?」
って言ったら、コトによる、って言ってた。

でもたぶん、違う。
過去、何番目かに勤めた会社の同僚に同じような人がいて、その人が自分はストック病だ、どんなに何個もダブろうとも、棚にぎっしりとストックがつまっていないと不安で不安でしょうがないって言っていた。そこまで神経症的ではないにしても、うちのダーリンは思いついたらとりあえず買っておく、という人。もっと言うと、何かが「ない!」っていう事態がイヤなんだろう。だからきっと、「コトによっては『間に合わせることの快感』」なんて、全然求めていない。

なにせ、同居のためにダーリンの荷物が持ち込まれた時に一番驚いたのが、ストックの多さだった。特に、食品関係で乾物など保存のきくものや調味料の類いは、同じものが何個も。あれから2年半くらい経つけど、辛いものが好きなダーリンをもってしても、あの時持ち込まれたチューブのわさびのストックが、まだ一つ残ってる。ねりからしは、やっと最近新しいものを初めて購入した。
当然、賞味期限は切れまくっているけど、ダーリン曰くは、こういうものは悪くなったりしないから、とのことだ。まあ、それは私も異存はないので捨てずにせっせと使って来たけど、悪くはならなくても辛みが薄れたりはしていないのだろうか??
その他、塩もあと2年くらい買わなくていいだろう。砂糖は、数カ月前にやっと使い切った。乾麺とかパスタとかも、ずいぶんがんばって消費し切った。

あまり出番がなくて(つまり、私がそもそも使い慣れてない)、いつまでもありそうなのが、「車麩」。自分では一度も買ったことなく、放っておくと使うことを思いつかないので、賞味期限がどんどん過ぎて行くばかり。見るたびに今度使おうって思うけど、すぐに存在を忘れて、まだある。

ドレッシングは、まあ、それぞれ味が違うから、在庫っていうのとはちょっと違うんだろうけど、当初、冷蔵庫の扉の裏の収納スペースを埋め尽くしていて、ほかのものが入らなくて困った。私は気に入った味のドレッシングを数種類、つど手作りしていたので、そういうのが冷蔵庫にたくさん入っている光景っていうのがすごく違和感があったんだけど、ほかの家はどうなのだろう??

私が、ストックすることをあまり好まないのは、結局スペースが2倍必要になるからだと思う。切れそうになってるものを切れそうな時に買い足すっていうふうだと、その時々で必要なストックだけを置いておけるちょっとしたスペースがあれば済むけど、すべての予備を常時備えておくとなると、野球の1軍と2軍みたい(?)になっちゃって、一時的な話じゃなくなるもんね。特に、一人暮らしの時はそんなスペースはなかったし、そもそもそういう考えはない。

一方、ダーリンは私のことを「要らないものをいつまでも持っている」って思ってるんだろうな。
ダーリンは、写真のアルバムでさえも捨てられる人で、思い出的なものは、捨てるか、のちの人生で一度も見ないか(存在を認識してないので、整理したり捨てたりすることも思いつかない)のどちらかになるようだ。

こんな私たちなので、足して2で割ったらちょうどいいのかも。あ、だからちょうどよく暮らしてるのかちら??(最後にノロケか、と)。

というわけで、トイレットペーパーが残り少なくなって来ると、私はダーリンがいつしびれを切らして「まだ買わないの?」って言って来るかなぁって面白がって待ってたりしてたんだけど、最近なかなか言って来ないので、ダーリンもサバイバル体質になって来たのかと思いきや、実は「言わないでおいたら、いったいいつくらいのタイミングで買うんだろう」ってひそかに観察してたらしいことが判明。それはそれで、楽しみが一つ減った。。。(2号)



posted by 2号 at 18:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

on やさしい

『夫ネタ』

思えば遠くへ来たもんだ、2号です。ダーリンと同居を始めて、はや丸2年。それまで住んでいたところとも、距離的に離れた。
いろんなものを得て、代わりに手放したものもあり、いろんなことが変わった。

しようしようと思いながらブログの更新が滞っていたこともそうなんだけど、今またなぜかこのタイミングで書いてみたりすると、今のところ内容も前とは違っている(or偏っている?)。
江國さんの本を読んでいて、旦那さまが「自分のことを書いてくれてかまわない」というようなことを言っている、ということで、時々旦那さまのことが書いてあるのを見て、私もそういうの書きたいっていうか、結婚したら書くだろうなと思っていたことは、ずっと前にここに書いた(気がする)。

この話をダーリンにしたら、ダーリンも「別にいいよ」って言っていた。
だけど、彼はこのブログは知らない(はず)。
うん、一生知らないでいてもらおう。。。

というわけで、許可のもとに書いてるのだけど、実際、書こうとしてみると、何やら以前とは違う衝動がそこには厳然としてある。以前は「夫」のことは私の中で「ネタ」という感覚で、だからこそ書きたいとか言っていた気がするのだけど、今は、結婚で得たこの世で一番「大切な人」についてメモって残しておきたいという感覚なのだ。

まず、最初に特筆したいのは、うちのダーリンがとにかくやさしい、ってことだ。
会話は多少アレなことがごくたまにある、ということをさんざん書いておいて言うのもなんだけど。。。

たとえば、ちょっと疲れた顔すると、「夕はん作ろうか?」ってこともなげに言ってきたりするので、「いやいや、働いて帰って来た人にそれはさせられないっす」などと言って、押しとどめている。休みの日には作ってもらうこともあるけど。

こっちが何をどうする的な質問をすると、「どうしたい?」って、まず私の意向を訊いてくる。いつも、合わせてくれようとする。あとからわかったことだけど、合わせてくれた結果、多少不満が残ったりすることもあるらしく、それをまったく言わないこともないのだけど、それでも、次も私に合わせてくれようとしてる(諦めている?)ようなのです。
それでいて、もちろん、ダーリンの方からすごくいい提案をしてくれることもある。だから、いつも楽しく過ごしている。

具合が悪そうだと「病院行く?」って、すごく心配してくれる。これはもちろん、連れて行ってくれるっていう意味で、行かないって言うと怒る。

私が甘えたい時は、よしよししてくれる。
逆に、私がダーリンを甘やかしたい時は、甘やかさせてくれる。
私はいつも、トトロの胸の上で遊んでいるメイ状態なのだ。。。
(実際、ダーリンはいくつかの方面で「トトロ」というあだ名を付けられているようだが、大のオッサンがトトロもないだろうということで、オッサン仲間からは「トロ○」と言われてるらしい)。

ダーリンといる時、結婚当初はよく、村上春樹の「ノルウェイの森(下)」の春の熊のくだりを連想していたもんだ。

「君が大好きだよ、ミドリ」
「どれくらい好き?」
「春の熊くらい好きだよ」
「春の熊?」と緑がまた顔を上げた。「それ何よ、春の熊って?」
「春の野原を君が一人で歩いているとね、向うからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」
「すごく素敵」
「そのくらい君のこと好きだ」」

どうでしょう、このほっこりと和む感じ。とろけちゃいそうだよねー。
この二人は結婚してないけど、あまりにもこのくだりが思い出されるので、誰はばかることなく、はずかしげもなく惜しみなく、こんな会話するような世界に飛んでっちゃうのが結婚なのか!?と驚いたよねー。しかも、この小説はクマのことは「たとえ」で言ってるんだけど、うちは実際にクマと転がりっこしてる感触を味わえるからね。その幸せと言ったら、もう、頭の中がお花畑だよね。

一度、「どうしてそんなにやさしいの?」と私は訊いてみた。昔の私は、まさか将来自分が、この質問を誰かにする場面が訪れるとは夢にも思ってなかっただろうけど。

ダーリンのこたえは「う〜ん、体質かな」だった。

つまり、自分はそのへんを意識もしてなくて、ごくふつうでいるので、もしそれがやさしいと言うのであれば、それはもう生来のものだ、という意味かと思います。
確かに、ダーリンのおうちはお父さんもそういう人で、ダーリンは三兄弟なんだけど、それも揃いも揃ってテキパキ動き、周りを時にはやさしく、時にはさりげなく気遣い、女性陣の出る幕がないくらいな感じなのだ。そんなんで、初めて実家にお邪魔した時はどう振る舞えばいいのかかえってオロオロしたくらいなんだけど、先にお嫁に来ていた義妹にあたる方が、「ここは男性が動くおうちで、うろうろするとかえって邪魔になるので、任せちゃった方が効率よく進むのよ」なんか言っちゃっていたので、結局は私もそうした。

今も若いが、もっと若かったころのわたくしの、男性のタイプを表すボキャブラリーには「やさしい」という形容詞は入ってなかったもんだけど、必要だね、「やさしさ」って。っていうか、もっと若かったころのわたくしは、「やさしさ」がどんなに人を心地よくさせるか知らなかったんだろう。違うものに、価値を置いていたってことだ。

「やさしさ」を求めたわけじゃなかったのに、フタを開けてみたら、ダーリンにはこんな大きなおまけがついていたってわけだ。これは、何のご褒美だろうか!?

結婚以来、私がダーリンを表現すると、「心が広く、器が大きく、懐が深い」ということになっている。
細かいことを言い出したら、そりゃお互いにいろいろあるのだろうけど、ダーリンの圧倒的なやさしさの前には、いつもそんなもんは吹っ飛ばされてしまっている。

本当に体質なのだろうか?
今は、ダーリン自身が確信的にそう言ってるけど、もしかしたらそれが無尽蔵じゃないかもしれなくて、尽きてしまったらどうなる!? って、そんな心配をしてしまうくらいの大きすぎるやさしさに、日々感謝しておる。(オチはない!)(2号)

posted by 2号 at 13:02| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

on 男と女 2

女のおしゃべり、男の(建設的)会話。その2

長いので、前置きを省いて前回の続き行きます、2号です。


前回、男女の会話の相違に、双方主に困惑してるというニュアンスで書いていたけど、それはまだいい。私の中で問題となったのは、「ちょっと悲しい」と思うような場合なのだ。もちろん、夫は相手を悲しませようとはまったく思っていないのだけど。。。

繰り返しになるけど、女がグチを言う時はたいていの場合、内容の正否を断じてほしいとは露ほども思っておらず(思ってる時は、そう言う)、「そういう状況に陥った(陥っている)『私』がどう思っているか、どう感じたか」に共感してほしくて言っている。
乱暴に言うと、グチに対しては正論はいらない。もっと乱暴に言うと、「私が間違っていても、私の味方をしてほしい」くらいの精神状態の時だってあるくらい。
百歩譲って、アドバイスしよう、間違いを正してあげようと思ってくれるなら、それを聞くべきであるとは思うけど、言うタイミングは全然別の時にしてほしい、あるいは、いったん「わかるわかる」と否定せずに受け止めてから、決して「でもね」などの逆接の接続詞を使わずに「こうできたらよかったんだよね」などと付け加える程度にしてほしいのだ。。。

なのに、そういう話の向こうにある女の気持ちは関係なく、話の内容だけを聞いて、正論で、誰々が(も)悪いとか、相手は悪くないとか、こうすべきだったとか、「冷静に」「公正に」言ってきたりする。
そして、グチの対象となっている全然知らない人について、「こう思ってそうしたのかもしれない」とか「何か事情があってそう言ったんだ、きっと」とか想像力を持って酌量しようとするのに、目の前で言ってる私の気持ちをわかろうとしない(ように見える)。
もしかすると、その腑に落ちない相手の行動や言動を解明してあげることで、私の負の感情を和らげようとしてくれてるのかもしれないけど、こっちの気持ちがこじれてる時は「どうして、私じゃなくて相手をかばうの?」ってなる。だから、ちょっと悲しくなる。。。

私が負の感情を抱くこと自体がおかしいとか、怒る必要がないとか、グチそのものを否定することもある。
そういう時は、「そんなの別にいいじゃない」「何でもないことなのに怒る方がおかしい」などと否定してみせることでこちらの気持ちをおさめさせようとしてるのか??と慮らないと納得いかないくらい、衝撃的な受け答えに感じる。
グチらないではいられない時は、あくまでも「味方」「共感」「慰め」がほしい状態なので、否定はその負の感情に「追い討ち」をかけることにほかならないのだが。

私たちはなるべくハラに溜めないで、言えることは言い合おうって思ってるので、これについても話したことがある。
すると、言われてみると確かに自分はそういう受け答えになりがちだ、ということを、夫も認めた。そのうえで、自分は「教える立場」「偏らず、偏見を持たず、決めつけず、公平公正でいることが求められる立場」だという縛りがどこかにあって、プライベートでもそこから抜け出せないのかもしれないとか言っていた。
まさしく、夫は「男はこう、女はこう」という決めつけた考え方や、何かを一般論化することや十把一絡げにするのが大嫌いで、個々を見ることをよしとする。なので、自分は「男だから」グチを聞くのが苦手なのかもとか言うはずもないのだけど、私から見ると、典型的に理系くんなんだなぁってことになる(←これを言っちゃうと、不機嫌になる)。

まあ、こうして見ると、男は理性的で杓子定規、女は感情的でワガママみたいな、単純な構図にも見えるのだけど、一つのグチ的な話を前に、こんなにも双方のスタンスが違うのかっていう実感が、最初は新鮮な驚きでもあり、深いミゾにも思えた。今までのたまたま話した男性とは、こういう違和感を感じることがあっても、その場限りで受け流せたけど、夫は一番身近な存在となっているので、何とかなるならしたいと思うのである。
理系くんに加えて、立場的な制約があるとなると、人間関係が絡むようなデリケートな話の場合はますます、それを丸くおさめようとか、双方の言い分を十分に吟味するまではどっちの味方もしないみたいなことになるのかなぁ。

こんなこと書いてると、あそこのうちはうまく行ってないのではないかと思われるかもしれないけど、大きなグチは数カ月に1回くらいの程度だし、今は違いがあることも既成のこととして承知のうえ、お互いに慣れて来ているので、特にこのことが大問題になってるというわけではない。
強いて言うなら、私が気軽に口にしたちょっとしたことが、実は向こうにとってはグチっぽく聞こえて、え、このくらいのことも気軽に言ったらダメ?ってなるケースがあることか。今となっては、大きなグチの方が市民権を得ているかもしれない。夫もそういう時はそれなりの気構えで聞くし、こっちもあらゆる反応を想定の範囲に入れて話すから。

夫の仕事柄、うちでは子育てとか子供の教育、保育などに関心が高く、そういう観点でものを見ることがよくあって、これについても、もしかすると男女の持つ(生来的or社会的はさておき)父性と母性の違いみたいなことなのだろうか、と思うこともある。
つまり、家庭内で子供が何かを訴える時に、「そう、大変だわね」「わかるよ、つらいよね」などと、何はさておき受け止めて、寄り添い共感して「よしよし」してあげるのと、「それは○○が悪い」「そういう場合はこうしたらいい」など善悪の判断やらアドバイスやらを公正に社会的規範に照らして言うのと、両方の要素が必要に応じて与えられるのが理想だとすると、前者が母親的な役割、後者が父親的な役割ってよく言われるじゃないですか。それがそれぞれ生来的に(社会的でもいいけど)男女の違いとしてそなわっていると仮定すると、会話における受け答えの違いもそこから来るのか?などと思うわけです。
だとしたら、ある程度、しょうがないのかも。

さて、なんだか思ったより「グチ」の話に終始しちゃってるのだけど、それ以外に違いを感じる点、それは、夫が想像でものを言わない、言ってはいけないと思ってるフシがあって、会話が成立しない場合があること。「あれって、こういうことかな」「きっと○○だね」とか、好き勝手な妄想を話しても差し障りがないようなことでも、「わからない」「知らない」「訊かれても困る」と、逃げる(?)。せめて、「さあ、どうだろうね、よくわからないね」くらい言ってもよさそうなものだけど。。。
それは、さっきも書いた「教える立場」「公正さ」を重んじて、不用意に間違ったことを言ったり、無責任に想像による曖昧なことを言ったりしないように気をつけることが身に付いちゃってるのか? さらには、正しく知らないことについては「こたえられない」というスタンスを明確に表明する必要があると思ってるのか??
必要のあること、興味のあることは、面倒がらずにすごくよく調べるし、多くのことを詳しく知ってる一方、そうじゃないことは人の話を聞くのも面倒なのだろうか。
特に、テレビを見ないので(本当に好きなものだけピンポイントで見ることはある)、私から見ても下らないことは本当に知らない。で、私は下らないこともキライじゃないので、時々、夫にとってどうでもいいことを話しては、そこでも困惑させている。
知らないことは「『知らない』で済ませる」というアンバランスなところは、夫の面白い部分でもあるので、それはそれでいいけど。

要するに、夫にとっての会話とは、何か必要なことを決める、話し合う、問題を解決する、有益なことを知らせる教える、教えてもらう、面白いことを言い合って楽しむ、そして、時には他愛のない日常的な話をして和む(←決して、芸能ネタではない)、というものなのだろう。どれも前向きで、気持ちがいい。ムダなおしゃべりは、自分からはしない。

こんな私たちの間で、調子良く楽しく会話が盛り上がるのは、音楽、野球、二十歳前後の女子のトレンド、動物、天気、宇宙、自然、物理化学数学、地学、地理、外国、文学、映画、ちょっとした豆知識など。
危険なのは、ご多分に漏れず、政治と宗教と、特定の外国の話。たぶん、これらは密接に関連し合ってる場合も多く、偏見に陥りやすい分野だからだと思う。二人とも冠婚葬祭以外は無宗教に近いけど、一般論でするにしても話し方には気をつける。
政治の話は、女子の場合は、無責任に「もっとこうできないのか」とか「こうなればいいのに」とか願望を軽く話したりできるし、知らないことやわからないことも、仮定の話や想像を広げたりして話せる。さらには、独断と偏見も「私は」こう思うのよって言える。
夫は、これがまったくできない。というか、しない。想像でものを言わないという意味でもそうだし、私見は裏を取ってから、という感じ。

ある時など、「人が何かについて熱く語ってるのを見ると、『自分には意見というものがないのかもしれない』と思うことがある」と言っていた。自分の言葉について厳しく律してるうちに、そうなってしまったのか??
だから、私が何かについて熱く意見を語っていると、どうしてそんなに熱くなれるのか?っていう顔をして、自分の意見を言わないだけでなく、反応しあぐねている。
なのに、時々、こちらの意見の否定だけはしたりするもんから、じゃあ、夫はどう思うのかって訊くと、それにはこたえない、ってことになるんだな、これが。
政治なんて、互いの支持政党が対立してるわけじゃなし(そんなものは私にはない)、好きなことを言っていいと思うのだけど、意見があったとしても立場的に言いたくないのか?

周りには、男を相手に「おしゃべり」はしないとか、グチは言わない、言ってもよけい腹が立つだけだからって言ってる人がいたりする。ダンナさんからはっきりと、どうでもいい話は聞きたくないとか、俺にそういう話をしてくれるなと言われているって話も聞く。
女友だちや家族と夫とで、話す内容を使い分けるなんて話も聞いたことある。確かに、そういうのは賢いのかもしれない。
でも、私は夫とはそういうふうにはしたくない。
生返事を返されたり、思いがけない反応をされたりすることがあっても、こちらからは何でも話せるようでいたいと思っている。
それに、近くに友だちがいないので、話す相手を使い分けるなんてことも、実際にはできないし。

男と女、違いがあるから面白いのだし、違いがあるから歩み寄るしかない。時にはこっちのおしゃべりにつきあってもらうかわりに、私ができることは。。。
グチを言わないのが一番いいのだろうけど、まったく言わないようにすることはムリっぽいので、言う前にいろいろ断りを入れるとか?
「これから言うことは、あなたに怒ってるんじゃないからね」「これから、ただ聞いてほしいだけのことを言うね」「かなり頭に来てるから、不適切な表現も出て来るかもしれないけど、大目に見て聞いてね」「落ち込んでるから、厳しい意見は今は言わないでね」など。そして、話し終わったら、「聞いてくれてありがとう」「イヤな話を聞かせてごめんね」など。
これで、どうだっっ。

今、気づいたけど、グチにこういう断りを入れると、その時点でグチりたい不満とか怒りとか不快感とか疑問も少しトーンダウンするかも。。。
そして何より、そこまでしてグチをやめる自信がない自分にひきかえ、グチを言わないダーリンを、それはそれでとても尊敬してる。(2号)

posted by 2号 at 17:00| 北海道 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月18日

on 男と女

女のおしゃべり、男の(建設的)会話。

お久しぶりの2号@ダーリン出張中、です。
皆様、お元気でしょうか。皆様と言っても、そもそもの数が少なかったであろうところに、長らく更新もままなってない状態で、そこにはもう誰もいないと思いますが。。。
いや、毎度、言い訳になりますが、決してブログが忘却の彼方に行っているわけじゃないです。いつもいつも頭の中には、アレも書きたいコレも書きたいって思いが渦巻いてるのであって、それも、時たま読んでくださる数少ない稀有な関心の持ち主の方々を差し置いて、ひたすら自分のメモとして、あるいは行き場のないアレコレの収めどころとして書き散らしたいという利己的な動機で。

とか言ってる間に、結婚による同居生活も丸2年が過ぎました。
その間にわかって来たこと、いや、わりと早い時期にわかったことですが、つくづく男と女は今日のタイトルにあるような違いがあるもんで、うちは特に、ダーリンがこれまで女性というものと個人的に積極的に関わろうとして来なかった&表向き文系っぽい稼業でありながら、頭の構造は今流行の(それとも、もう流行は終わってるのだろうか?)ガチ理系くんであるがために、違いが顕著に現れるのであった。
もちろん、これだけ生きて来ると、世の中の男性と話してて、時々、予期せぬ反応を唐突にされて「へっ!?」ってなる場面を何度も何度も経験してるし、一方で、いわゆる「おしゃべり」のできる、または、おしゃべりに上手につきあえる男性がまれにいることもわかってる。
で、フタを開けてみたら、うちのダーリンは意外に…ってことはなくて、わたくし2号がこのブログにキーボードから垂れ流してるように、気を抜いて、思ったことを口からダダ漏れさせてると、思わぬ反応が返って来て、びーーっくりするってことは、うちでもよくある。

そう、よくある、ので、さっそくわたくし、分析してみました。

するとまあ、面白いというか、逆にあまりに「理系くん」「男は火星、女は金星」的な話にはまり過ぎてて今さら面白くもないというか。。。

まず、うちの夫は(これより先、うちの夫=特に理系の「男」と読み替えていただいてもいいかと)、そもそも人がグチを言う、それも自分に関係のない内容であっても自分に向かってそれが話される、という場面にあまりに慣れていなくて、そのシチュエーション自体がすごく苦手なようだ。見てると、時には、もしかして自分が怒られてるような気分になってるの?(←お互いのグチを聞きあうことに慣れた女にはわからない混乱ぶりである)と思うこともある。
もちろん、どんな勢いで言っていようと、それがグチである限り、夫に対して怒っているわけではない。そんなに見極めが難しいのだろうか。。。
とにかく、当初は、ただ(肯定的に)聞いてくれてるだけでいいのに、その困惑ぶりにこっちが困惑するくらい、グチに対してひたすら困惑していた。

生理的に、グチを言ってる人を見るのがキライっていうのもあるのかもしれない。内容をきっちり聞く前から、雰囲気を伺って身構えたような顔をしてることもある。これも、単なる慣れの問題なのか、それとも、男のいかんともしがたい生体反応(?)なのか??
ちなみに断っておくと、私が格別に常軌を逸した感じでギャーギャーとグチをまくしたててるわけじゃない、ふだん、女友だちや親兄弟にグチって、ふつうに会話が成り立っていた時と同じトーンだと思う。

と、ここまで、広義で「グチ」と言ってるけど、まあ、あったことを何でも話したい女の習性と言うか、いわゆる(下らない)おしゃべりと思ってください。

次に、夫にとってはさらに高度な対応能力が必要とされるらしい事例、いってみよう。
注)夫が「ハードルが高すぎる」と言ったので「高度」と表現したけど、女から見ると、むしろ最も無意識にできるレベルのことである。

ある日、私がタクシーに乗った時、運転手が私にとっては首を傾げるような対応をしたという案件があり、それを夫に話した時、確かに私は「なんでだろう??」とは言った。でも、話の根底には「大変な目にあった私の心中をわかってほしい」という目的があることは、はっきり言葉では示されていない。
という場合、女性と話してると、「なんでだろう??」に対しては、なんでかがわからなくても「えー、何それ!なんでだろうね!?」と言ってくれる。人によっては、あーでもないこーでもないと、その疑問についていっしょに想像して考えてくれるかもしれない。だけど、そうしてる間にも、最後には「イヤだよね、そういうの」「頭に来るよね!」が来るだろうという安心感がある。
ところが、夫にこれを話した時、一足飛びに「共感」ワードが来なかったのは想定内だったとして、しばらく無言、という思いがけない反応だったのである。
何か気を悪くしたのかしら。あ、これもダーリンにとっては「出来事の報告」ではなくてグチの部類?、だったら、これを話したこと自体がアウトだったか。。。あー、油断してたよ〜〜
なとど、しばし思いめぐらしていると、私にはもう別の話題に移ったか?と思われるくらい悠久の時間が経ったころに、「うん、今、いろいろ考えてみたけど、やっぱり今の話だけでは道路状況とか周りの様子とか具体的な背景がはっきりと把握できてこないから、(運転手の対応の理由が)どうしてなのか自分にはこたえられないな」と言ったのである。。。
え、今まで「考えて」いたの!?
っていうか、ポイントは『そこ』じゃないし!
と、私がブッ飛んだことは、言うまでもない。

確かに、理由が明らかになれば、私のモヤモヤも「具体的に」スッキリと晴れるかもしれない。
しかし、求めてるのは、大変なことがあった私の気持ちに対する慰め、共感であり、一番のポイントは「そこ」じゃないのである。

わたくし2号、こういうことが数回あったのち、ざっくばらんにそのへんの話をしました。
夫のこたえは、そもそも人が自分にそういう話をしてくる時、どうにかしてほしい、あるいは、こたえを知りたい、意見を言ってほしいと思って言って来る、と、思ってるから、とのことだ。(もちろん、こっちだって、そういう場合もあるが)
で、そういう時に、話の内容が「言われてもどうしようもない(何もしてあげられない)」「(その話を聞いても)何を言ってあげればいいのかわからない」「そもそも、話すことで自分に何を求めてるのかわからない」ことだったりすると、とたんに「どう反応していいのかわからない」となり、それをそのまま口に出したり、困惑して何も言わなかったりと、相手(女)の気分を害してしまうことになる、ということらしい。
で、タクシーの話の例では、話の根底の目的を察知するなど「ハードルが高すぎる!」と叫んだのである。
ちなみに、タクシーの話の場合は、ちゃんと考えて適切に反応を返したつもり、自分としてはうまく受け答えした例だ、と考えていたようだ。

そこで、ここは夫婦二人、話す相手も限られるのだし、話す前に話題をあれこれ吟味して選ぶなぞ、逆に女にとっては高度すぎるというか面倒なので、女のおしゃべりにつきあう(フリをする)のに便利な言葉を教えてあげよう、と、わたくし「へぇ、大変だったね」という言葉を伝授しました。
すると、本心でそう思ってない場合は言えない、と言うので、その場合は「へぇ、そうなの(そうだったの)」、それも言えない場合は「ふ〜ん」でいいから、と。でも、「ふ〜ん」はちゃんと聞いてないナマ返事の典型だろうと言うので、たとえ聞き流しての返事だとしても、今までの「無言」とかトンチンカンな反応よりはずっとマシだから、と、わたくし言いました。
とにかく、最低でも、女は何らかの相づちを入れてもらって、最後まで「違和感なく」話し終えられれば、それであらかた満足なのだと。

ちなみに、私が「ざっくばらんに」話したこの会話の最中、夫が、ものすごい大切な世紀の新説を「宇宙語」で解説されてるのを聞いてるかのような顔をしていたことを申し添えておきます。

ずいぶん長くなりました。なのに、まだまだこのテーマは尽きない模様なので、いったんアップして、書いた続きは後日アップされるようにしておこうと思います。(2号)

posted by 2号 at 14:42| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

on 夫婦道。

世にはばかる。。。

お久しぶりの2号です。
今朝、大滝秀治さんのお別れの会を朝のワイドショーで見ていたら、奥様という方が出てきて話されてました。それを見て、あぁ、私もこれ、と思いました。

愛する人にそばにいてもらう死はむしろ幸せで、そういう状況に憧れたりもするけれど、だからこそ、この先誰か伴侶を得たとして、そこから現実的に妄想してみると、そういう幸せな状況は相手にあげたい。つまり、自分が先に死ぬのではなく、相手を見送りたい(もちろん、愛し愛されているということが(妄想的な?)大前提)。

まず第一に、私は欲張りなので、好きな相手の生きてる期間のすべて、最後のビチビチのどん詰まりのところまでほしい。だって、相手が生きてるんだから!こっちが先に行って、相手の人生の最後のところをいっしょに味わえないなんて、もったいないじゃないですか。そのあと、どんなおもしろいことあるか、どんないいことあるか、わからないじゃないですか。それを、お先に失礼してみすみす逃すなんて、あり得ない。

それに、愛し愛されてるという前提なので、別れはかなりつらいはずだ。そんな悲しい思い、相手にさせられない。かわいそうだもの。一人であとに置いて行かれて、もしかしたらずっと泣き暮らすかもしれない。そんなのダメだ。そういうのは、私が引き受けたい。
最後に、幸せだったよって言ってもらえたらいい。それを支えにして、あとは私が相手の残務やら関係者へのごあいさつやらのもろもろをちゃんとして相手の人生を完璧に仕上げてあげて、それからまだ時間があるなら、その一人の暮らしを消化して、それからお待たせ〜ってあっちに行くのがいい。

愛し愛されてるとはいえ、いや、だからこそ、相手はこちらが先に行ったりしたら、あまりのさびしさの反動で、別の伴侶を得ようとするかもしれない。ふつうは、愛していればこそ、こっちも「後に残されるあなたが心配。だから、誰かいい人がいたらいっしょになってね」な〜んか言ったりする。ドラマでもそういうの何度も見た。でも、私は、愛してるからこそ、ゼッタイに先には行かない。ボクは死にまっしぇーん、あなたが好きだから〜のオンナ版で行く。よその人に相手を託すなんてトンでもない。最後まで、このわたくしがともに行かせていただきます。

それに、興味あるよね、愛していればこそ。相手の人生がどういうふうに全うされるのか。最後まで見たいよね。できることはしてあげたいし。

と、いろいろ考えるに、やっぱりお先に失礼してくるのは、もったいない。
できれば、最後に最愛の夫の回顧録でも書いて置いてきたい。

妄想、以上。

っていうか、オレの人生、最後くらいは一人でゆっくりのんびりのびのびと、とか言われないような妻になりたいものだ。。。と、心に誓って幾年月。。。(2号)

posted by 2号 at 18:11| 北海道 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月05日

on 総ざらいセール?

過去からの使者??

いやいや、この時期、わたくしの住むこのエリアで真夏日になるって、いったい何のご祝儀なのだろうか??夏、それも文句言いながらも暑っついのが好き、というわたくし2号としては、ありがたくこのご祝儀をちょうだいしておりますが。。。
(しかし、地球的には見過ごせない何か重大な異変の一現象なのだろうか、という危惧も、もちろんある)。

さてさて、今、私はボー然としている。
ボー然どころか、けっこうなショックで、もうどうしていいかわからないくらいな、何かにつかまらないと立っていられないくらいな状態になった。

別ブログには書いたのだけど、今年は、何のフタが開いたんだか、昔の知り合いが大挙して私に会いに来る。何で今ごろこの人が?というのとか、次から次へと。
っていうか、私も相手をたまに思い出すか出さないか程度、あるいは、ほとんど忘却の彼方?くらいな「この先の私の人生に再び登場することはない」とキッパリ言い切れていたくらいの人たちだ。
どうして、みんな、今年は私を思い出すの??

(いろんな人に急に連絡を取りたくなった、その中に私「も」含まれていただけの場合もあるやろ、と、解釈される方もおられると思いますが、会ってみると、そういうことではない方がほとんどです)。

そして、さっきメールを開いたら、FBで元カレから友だち申請。なんでやねん。。。
ちゅうか、アンタもかぃっっ!!(←と、乱暴な関西弁になってしまうほどの衝撃)

去年か一昨年もFBで同じようなことがあって、その人とは別れたばかりで、しかもこじれた幕切れだったのにさらにしつこくしてきたというパターンだったので完全スルーしたのだけど、今回の彼は超意外。半年くらいの短い間柄だったし、あれから数年経っている。なぜこのタイミングで?
この人も、以前はよくFBで「知り合いでは?」と表示されるところに登場してて、「あわゎ…」と思ってはいた。私のことが相手に見つからないようにと祈ることしかできなかったのだけど、そのうち表示されなくなったので、登録はずしたのか?と安堵し、すっかり忘れていた。
前から私に気づいていてこのタイミングなのか(なぜ?)、たまたま今気づいたのか(ちなみに、私はFBでも素性をできるだけ隠している)。っていうか、気づいてもスルーしてほしいところだったのだが。

で、さっきから、これを書いて気分をなだめつつ、すごく悩んでいる。
前だったらムシしてたと思うのだけど、この、今年というタイミングでやって来たので、申請を承諾したらこの人も「会いたい」と言って来るのかどうかということに、なにげに興味がわいたので、試しに承諾してみるか?
しかし、それで面倒なことになっても困るなぁ、というのもあり。

いやいや、それだったら、わざわざFB経由しなくても、ほかの人みたいにメールで連絡してくればいいのだから、あまり深い意味はないのかも?

少し考えてから決めよう。。。

そんなこんなで、先日も、2年ぶりの過去からの使者(2年というと最近と思われるかもしれないけど、切れ方としては、今後二度と会うことがない人と思っていたので)と会ったわけなのだけど、ハッキリ言って、私と多少縁のあった人物歴の中では1、2を争うチャラ男(特に外見)だ。音信不通になった言い訳と、急に連絡してきた理由を述べるので、ふぅ〜んと聞いていたらば、今度ツーリングにつきあえ、と。バイク持ってない。。。と言うと、もちろん2ケツだと。
んーむ。わたくし、大学生時代は男子たちがけっこうバイク乗っていた(キャンバスがバカ広かったため)ので、何度も2ケツしたことがあったのだが、距離に比例してコワい瞬間に遭遇する確率が高くなるということを鮮明に記憶しているし、ヘルメットでごっちんこするたんびに怒られたというトラウマもあって、イマイチ気が進まない。なので、「バイク持ってない」などと当たり前のトンチンカンなことを言ったりしてしまったのだが。。。
というか、そもそも、コヤツの異常なまでのアウトドアぶりが発端になって、ダメになったんではなかったか!?
全然、変わってない。。。
いや、今度はこっちを引き込もうというふうに作戦変更したのか。。。

仲間と行けば(≒行ってれば)いいやん。と言うと、オレのモテキは終わったみたいだ。。。と、しんみり言う。
ホント、失礼なヤッちゃな〜。と、思いつつ、考えておく、とは言っておいた。
しかし、このトシだとえらく疲れそうなのだよな。あるいは、乗馬効果のようなものがあって痩せられたりするのか??今年は困ったことに、冬のあと食欲の春、食欲の初夏が来て、盛夏となっても夏痩せもしないという異常事態が起きたために、余分3兄弟が3シーズン分たまってる身としては、天高く馬肥ゆる秋の前に何とかせねばと思ってはいるのだが。。。

そして、また別の過去使者の話だけど、驚いたことに、ブログ見たよ、と言った人がいた。(このブログじゃなくて、あっちの。こっちのは最後の砦なので、こっちがバレたらもう諦める)
何度も言うように、私は広めたくない方で(特に、リアルで濃い付き合いのある人には)、まったく宣伝しないどころか、むしろ隠そうとしてるので、知ってしまった人しか見てないはず、というか、バレてないはず、というのがあって、えらくビビった。どうしてわかったの?と訊いても、いや、ちょっとたまたまね、みたいにごまかされた。今現在、拝ブログの存在を知ってる人たちとこの人は、まったくつながりがない(はず)。
けっこうショックだった私は、この事件を密かに検証し、いかに彼が見つけたかの仮説を打ち立て、今後同じことが起きないとも限らないと、このところせっせと過去のブログをチェックして、まずいところ(特に他ブログとのリンクや、コーフンのあまり表現が不適切に(?)なっているところなど)を修正したり削除したりした。(どういう労力やねん。。。)。まあ、もう遅いという話もあるけど、今後のために、だ。。。(どんな今後や。。。)
ブログの前にTwitterやってるとかなんとかの話もしてたので、これも危ないと思い、さかのぼれる限りチェックして、ツイートも一つ削除しておいた。やれやれ。。。

いったい、何の騒ぎやねん。。。

それにしても、この過去使者現象、本当に不思議です。思うに、今年、私から何かの憑き物が落ちたってことなのかもしれないなぁ。。。(2号)

※この記事、今後、支障が出そうになったら、削除すると思います。。。

posted by 2号 at 13:24| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

on ご紹介作戦。

なんと。。。

暑っづい…2号です。でも、これがいいのだ、夏は。

今日は、軽くメモっておこうと思います。

朝一で、税理士のオジィちゃんが来たのだが…

このこと↓は、以前書いたけど、
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/267293220.html
30%くらいしか期待してなかった。

ところが、なんと!
オジィちゃんにはちゃんと、具体的な手持ちの「駒」があったらしく、その人に私のことを話してみたそうなのだ。そして、高級マンションに一人で住んでお気楽にやっているその方は、「結婚なんてする気はない。今の気ままな暮らしがとても気に入ってるから、面倒」と言ったらしい。
オジィちゃんは、アイツは、生涯子供のまま終わる、やはり、人はこういうことを経験して大人になるものなんだから…と、自説をトクトクと説き(それで、また、話が長くなった)、またほかに探してみるから、と、おっさるじゃあ、ありませんか!!

ある程度のトシまで一人で気楽にやって来た、特に男性諸氏は、そういうもんだろうっていうのはわからないでもないから驚かないが、あの時の感じからして、オジィちゃんが本気で紹介してくれる気があったなんて、あまり思ってなかったので、そっちが驚いた。それに、うれしくもあった。
しかも、また探してくれるって。。。

オジィちゃん、疑ってごめんなさい。
わたくし、来月も、ちゃんと月次を出すので、こんなまじめなわたくしのことを、よろしくお願いいたします。。。( ´ ▽ ` )ノ  (2号)

posted by 2号 at 15:40| 北海道 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

on 祈念。

わたくしに、投資。

北海道らしいと言えば北海道らしい、からりと風さわやかで、ほどほどに暑い気温の札幌から2号です。
夏はもっともっと暑い方が好きだけど、これはこれで気持ちがよい。よ過ぎる。。。

さて、この週末、近隣の地方都市に遊びに行きました。

で、ぶらぶら歩きしてる時に、おやつを買い食いして、その包装のゴミをずっと持っていたのだけど、友だちが途中で、いい加減どこか捨てる所はないかと言い出した。
ふと、道の反対側を見るとゴミ箱があったので、あ、あそこ!と言って、道を渡ってゴミを捨てた。

そこで、ふと、友だちが、これ誰だっけ?と言うので、そっちの方を見やろうとすると、どこからともなくお姉さんが現れ、店頭に飾ってある写真に写っている有名人たちの説明を始めた。

思えば、その時すでに、私たちはオートマチックなカーペットに乗せられていたのだった。

つまり、この、沖縄とここにしかないアクセサリーを持つと、競馬が当たったり、出世したり、結婚したり、子供が生まれたり…etc.
ということだ。
芸能人も口コミでよく来店する、わざわざリピートで来る、その写真が飾ってあるというわけだった。○ジョージなどは、それで宝くじが当たったから、そのCMに出たのだとか。燦然と写真があった。あのCMって、当たった芸能人しか出られないことになってるらしい。
その他、このアクセのおかげでレギュラーの仕事が決まった芸能人やら、なんやらかんやら。
AKBのなんちゃらチャンも、競馬で立て続けに2回も万馬券を当てたとかなんとか。某会社の社長は、アルバイトから社長にのし上がったと。運が巡って来るのは、早い人で持ってから1週間、最長が、その社長の7年半だそう(それってもはや、これのご利益かどうかわからないのでは??)。

表を見せ、私の星座と血液型の欄を、お姉さんは指差してラッキーカラーを説明する。その2色、つまり、二つ購入してセットで持つと相乗効果で最強だと。何から何まで、よくできた話だ。
しかし、それはどちらも私の好きな色ではなかったので、それを口実に断ろうと考えた。
何しろ、商品がお高過ぎる。
そして、このわたくし2号、そういうモノを信じてやってみても、これまで恩恵にあずかった記憶がほとんどない。。。

色もだし、手持ちのお金もない。
そう言ったら、お姉さんは「みなさん、カードです」と来た。
え、でも、5月の旅行以来、超慢性金欠状態だし。。。

それからお姉さんは、私のラッキーカラーの「混ざった」別の色と、私の大好きな色、かつ私が今最も必要としている、最も強めたいカテゴリの運を呼ぶ色のものを組み合わせて、私の前に置いた。
「どうだ」と言わんばかりに。
むむ。この組み合わせ、すごくかわいい。。。

ダメだ、お姉さんに、すっかり押されている。

しかも、お姉さんは終始、わたくしに向かって、わたくしの最も弱い言葉の一つ「おネエさん」を連発して畳み掛ける(ほかにも、「奥さん」「お嬢さん」と呼ばれると、とても弱い)。

そして、来た!決めゼリフ!!
「『ご自分への投資』として、いかがですか」

そうですよね、よくそう言いますよね。もう、こう来ることはわかっていたので、力なくそう答えるわたくし。押し切られそうだ。

そこで、最後、こんな冗談でかわしたらどうだ!?
とっさに思いつき、私は友だちを見てこう言った「そうだ、○○(←友だちの名前)が私に投資しない?」
すると、「は?なんで!?」となり、「だよね〜。そんなアホなっ、だよね〜」と笑い合いながら、ど〜も〜、とその場を去る。という予定で。

ところが、意に反して、ミョーに考え込む友だち。
あれっ、どうした!?と思いつつ、「半額でいいから、どう?」と冗談で先を促してみたら、友だちはお姉さんに「半分だといくらですか?」と言ってる。
今度はこっちが驚いた。「どしたの?マジ!?」

「だって、おもしろそうじゃん。効果、見てみたいし」

しかも、そういうのにゼッタイになびかないタイプと思っていた友だちが、自分もラッキーカラーのを1個買うと言い出し、カードを取り出して、締めていくらですかと来た。

早くも、幸運が訪れた!?

まさに、奇跡だった。。。
ボー然とするわたくしの横で、コトはさっさか進んで行った。

じゃ、じゃあ私、さっそく競馬に行って来る。。。
た、宝くじも買うね。。。

ボー然のままクチにする私に、友だちは、
「これの代金の半額のほかに、その当たった額の半分(ちょうだい)ね」。

これは、いったいどうしたわけなのか。
っていうか、責任重大な話になって来た。。。

しかし、私はどうやったって、そういうのは当たらない体質なので、
「うん。私の結婚式には会費タダで招待するね」と答えるので、精一杯だった。

まったくワケのわからない展開に、宙に浮いた気分の私も、最後の最後に我に返り、何の悪あがきか、ちょっと意地悪っぽくお姉さんに訊いてみた。
「で、お姉さんは、これを持って、どんないいことがあったんですか?」
よもや、自分が訊かれると思ってなかったやろ〜。不意打ちや!!
言いよどむか、困った顔をするかな〜と思いきや、お姉さんは「カレシがいなかったのに、1カ月で結婚相手と巡り会い(←ここまでは、ホンマかいなっっ!?と突っ込みたかったが)、今ではこんなかわいい子供も生まれて、とても幸せです」と、スマホの待ち受けの子供の写真まで見せられてしまった。。。

ん〜む。方便だったとしても、信じて、あやかりたいネタだった。
完全敗北。。。(´・ω・`)

「いいコトがあったら、ぜひ、具体的な内容を報告しに来てくださいね〜(^o^)/」

と、お姉さんに見送られ、そろって首にアクセを下げて店を出る私たち。

そのあとの観光は、何か見て、気に入ったものがあっても、そのたびに呪文のように
2号「いやいや、さっきあんなに散財したから、今日はもう何も買わない」
友だち「それ、自分では(まだ)お金出してないけどね」
の繰り返しだった。。。
一応、夕飯は私がおごっておいた。

というわけで。
あとから、あの子供の写真は甥か姪の可能性もあるな、とよぎったものの、今となっては、わたくしは信じなくてはいけない。じゃないと、投資が泣く。

私たちは、あそこでゴミ(過去)を捨てて、新しく生まれ変わったのだ!

2012、後半戦へ折り返し。わたくしは、今こそ勝負をかける!!(2号)

※あとから友だちに訊いたら、私が自分のラッキーカラーを突っぱねてまで(←単に、好きな色じゃなかったから断る口実にしようと思っただけだったのだが)、自分のほしい運の色を指差してお姉さんに食い下がっていた(ように見えたらしい)のが、可笑しいと同時にすごくけなげに見えたのだそうだ〜ヽ( ̄▽ ̄;)ノ
この友だちは、今年なんだか、例年にないヘンなところがある。説明しづらいのだけど、何か心境の変化があったような、というか。
なので、その波に洗われてということになるのか、これで私にも何かが起こりそうな気がしてしかたがないのであるのである。。。

posted by 2号 at 14:01| 北海道 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

on 縁談。

青天の霹靂の棚からぼたもち?

なんという晴天でしょう*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。..。.:*・゜゚・*2号です。
奇跡的に、今年のゴールデンウィークの北海道は、晴れの日が続くらしいですね。
注)今のところの予報では。

というわけで、昨日は月に一度の税理士打ち合わせでした。

なにせ、このオジィちゃん、話がやたらと長い。全部終わるのに、下手すると2時間半くらいかかる。そして、最近はちょっと直った(?)のだが、以前は、約束の時間よりかなり早く来ちゃったりするのが、本当に難点だった。いくら年寄りは早起きだって言ったって。。。
ひどい時は、11時半の約束を10時半に変更したいと言われて、それはムリと言ったら11時になったのだが、結局10時40分ころ来ちゃったり、9時半が8時半に来ちゃって、こっちはまだパジャマ着てたとか、枚挙にいとまがないほどだった。時間が空いたら自分で時間をつぶしてください。こっちに前倒して来ないでください!!

って感じのオジィちゃんなわけです。

お、そういえば、オジィちゃんだと思っていたら、私の見立てより10歳くらい若いことが判明していたのだった。しかし、見た目はどうやってもオジィちゃん。

そのオジィちゃん税理士、昨日、コーヒーを出して私が腰を落ち着けたとたん、第一声がこうだった。
「○○さん(←わたくしのこと)は、おいくつになられたんでしたか?」

はイ?¿(・∀・)?

トシを訊いてるようにも思うけど、何か、経理上の数字のことかもしれぬ。

目をパチクリして、真意をただそうとしてるわたくしに、「いや、おいくつくらいなのかなと思って…」と、オジィちゃん。
いや、ビックリしたわ。まさか、このオジィちゃんにトシを訊かれるとは、わたくしにいったい何のご興味を持たれたのでしょうか。しかも、知り合って、かれこれ2年以上が経つという、このタイミングで。。。

そこで、めまぐるしく頭を働かせたわたくしは、オジィちゃんが私をいくつと見てるのか、そして、それを訊く目的は何か、という順番でいくことにしました。

「あらっ、そんなことお訊きになるなんて!では、いくつに見えますか〜?(*^o^*)」

オジィちゃんは、ン〜む、と考えて、なんとなんと!わたくしの実年齢より10歳、いや、正確には、11〜2歳も若く答えたんざんすのよ〜(ノ*゚▽゚)ノ(いいですか、つまり、わたくしのことを、10代と間違えているってことですのよ!)

「んまぁ〜センセ、お上手ですのね。わたくし、それより軽く10歳は上ですのよ、オホホ」って感じでしたわよ、まったく。

しかも、「いやぁ、それはそれは。お若く見えますな〜」ですと!
んもぅ、センセったら、そんなに言われましても、コーヒーをもう1杯お出しするくらいしかできませんわよ〜!ひゃっほ〜ぃo(≧▽≦)oみたいになるね、必然的に。

まあ、この時、私の辞書には一瞬「お世辞」という文字はなかったのだが、オジィちゃんの辞書にはあるかもしれない。そして、世間的には、女性にそう質問されたら、思ってるよりも5歳くらい引いて言うのがワザとらしくならないコツとされてるようだ、ということも思い出した。(それにしても、オジィちゃんはわたくしを20代になったばかりくらいと思ってるってことだわ)

そこで、ちょっと冷静になって、オジィちゃんの次の出方を待っていると、オジィちゃんったら、それっきり元帳に目を落として、何も言わないじゃあ、ありませんか。
朝っぱらから、意味もなくムダにわたくしをコーフンさせたというの?オジィちゃん!?( ̄。 ̄ノ)ノ

しかたないので、「センセ、(こんなわたくしに)いい人いたら紹介してくださいませょ〜」と、テツを熱いうちに打ってみたところ、オジィちゃんは驚いて元帳から目を上げて、「ほぅ、そんなふうに思ってらっしゃるんですか〜!?」と言うじゃあ、ありませんか。
それって、いったいどういう意味ですの?

よもや、このわたくしが、オトコなんて超越して孤高の人生を歩む決意でもしてるように見えてたんざましょか!?

しかし、わたくしのこの申し出で、オジィちゃんはガゼン、キゲンよく饒舌になり、結婚生活を長続きさせるコツまで延々としゃべってましたわ。。。(いつもこうやって、話が長くなって行く。。。)

ちょっと待ってちょっと待って。ってことは、さっき話を打ち切ろうとしたのは、やっぱり、私の実年齢を聞いて「この人はもうあっちは捨てた人」と判断したっていうことなのかちらっ!?
とかとか思いながらも、ありがたく結婚生活の訓示を拝聴したお行儀のよいわたくしに、「じゃあ、わかりましたよ、(紹介の件は)しっかり心に留めておきますから」と、オジィちゃんは言いました。

なヌっ!?ここまで引っ張って、心に留めるだけ〜!?ヽ( ̄д ̄;)ノ

もう、具体的な誰それと、いついつくらいにお引き合わせ、ってな展開を期待していただけに、拍子抜けしたのは否めませんわ。

私の30分を返してほしい。。。

いやいや、でも、どこに縁が転がっているかわかったもんじゃありませんもの。わたくし2号、種まきは惜しみませんわ!(2号)

posted by 2号 at 13:42| 北海道 ☔| Comment(4) | TrackBack(1) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

on SNSの罠。

リアルの恋となんちゃらブック。

ヒマなわけじゃありません、2号です。
ただ、このところ、一時期の超多忙が抜けて、来週締め切りの仕事がミョーに余裕があるように感じられてしまって…つまり、やっぱり逃避してます。なので、来週また多忙になるでしょう。。。

さて。
友だちにカレシができてはや1年。(あれっ??2年かなぁ…どっちでもいいけど)。

この友だち、パソコンとかネットとかまったく興味なくて(私の女友だちは圧倒的にみんなそうだけど)、ケータイメールしかしない(このブログも、私が広めたくないから公言してないせいもあるけど、もちろん知らない)。なので、mixiの時もまったくムシで、今もFBとかTwitterとか、どこ吹く風って感じだった(私のFBのお友だちが男ばっかなのはそのせいなので、誤解なきようお願いします)。

それが、一昨日。
FBについて教えてほしい、ということになった。これは大事件である。家パソなんか、化石化してるはずの彼女なんだから。
教えるって言っても、FBと検索して、登録するようなページに行けばよいと言っただけでは済まないような、「検索」ってことすらおぼつかないような人です。

いや、こんな話は前置きなので、どうでもよかった。
なんとか登録できたけど、私たちはお友だちにならない。というのも、リアルで十分お友だちで、必要な連絡はリアルタイムで(とはいえ、互いに若干遅れ気味ではあるが)ピンポイントでメールで取り合ってる。仕事など忙しくて頻繁に会えないにしても、積もる話は、直接会ってしている。
これのどこに、FBとか必要なんだろうか!?

まあ、そういうのに登録しても、あまりお互いマメに更新しないだろうし、常に人のところを開いてチェックするようなタイプじゃないから、お友だちになったところで、今までの付き合いにプラスα何かがつくわけでもないってのも大きな理由かもしれないけど、何よりも、これから書く話にいたく共感する者同士なので。。。

「これから書く話」の前に、最初に戻るけど、友だちは現在カレシ持ちです。
それも、バリバリ遠距離です。県内レベルの話じゃなくて、気候区分レベルでも遠く離れている。

彼女がいつも私にグチってくるのは「○○(←カレシのあだ名)からメールの返事来ない」「もう●週間音沙汰ない」「もしかしたら、死んでるのかも(一人暮らしで身寄りもないから)」などなど。つまり、連絡の間隔が異常に長いということ。せっかく、今はメールという便利なツールがあるのに、いや、あるゆえに気になるのだろうけど、メールしても返事が2週間とか来ないことがザラみたいだ。

最初にこういう話をされた時、私には思い当たることがあった。昔つきあっていた中に、そのころメールはなかったけど、まさにこういうタイプの男子がいたので、置かれてる状況が手に取るように(?)わかったのだ。
だから、「きっとXXなんだよ」「それは△△だからじゃない?」とか、そのころの経験から想像して、励まし慰めして、「大丈夫」と自信を持たせて、僭越ながら二人が交際をうまく続けられるように協力(?)してきたつもりだ。

で、その現状解釈において、私が最大に強調して来たのが、「男の人って、トシ取ってる人ほど、メールとかめんどくさいってタイプが多いから、彼もそういう人で、しかも、照れ屋っていうか、好きだからこそマメにするのが照れくさいんじゃない?(←若干意味不明だが、男というのはそういう不可解な生き物でしょ?)。慣れてないんだよ、そういうつきあい方に」ってのと、それにたたみかけて「仕事が忙しい人だから、なかなかメールとかそういうことができないだけだよ」ってのだ。

ところが、なんとやっかいなことに!!
いつものように彼女が「もっと連絡して。生きてるのかどうかも心配になる」「やきもきしてこっちが病気になりそう」って感じの催促というか脅迫というか、そういうメールをしたら(今までもし続けていたのだが)、なぜか一昨日というタイミングでいきなり(思い出したように?)「なかなかメールできないけど、FBではよく近況を書いてるから」というだけの返信が2日遅れくらいで来たんだそうだ。
FBがどういうモノか「なんとなく聞いたことはある」程度の彼女は、最初、その思いがけない返信に、どういう意味だろうと思って、いつものようにとりあえず私にそのまま相談して来た。
「見てくれってことでしょう?お友だちになってそっちでやり取りしたいんじゃないの?」と、私も最初は深く考えずに、そう言った。で、「じゃあ、教えて」となったわけだ。突然、彼女が友だち申請とかして来たら、彼もうれしいビックリなんじゃないか!?と無邪気に考えもした。

そして、彼女は登録後、お友だち申請する前に彼のページを見た。私も私で見せてもらった。
なんとまぁ、1年も前から書いてる書いてる。。。若干は手間も要る写真アップもバンバンしてる。。。お友だちは100人に迫っている。
案の定、「なにこれ。。。」火山噴火、地雷爆発の彼女。
私も、思った。
メールがメンドーな男って誰だっけ?マメじゃない?仕事が忙しくてメール打つヒマもない??
そんな男はどこにも存在してなかったのだ。。。

私も、彼女がつきあい出す前に彼とは帰省の折りとかに何度も会ったことがあるのだが(っていうか、最初、彼女が彼と私をくっつけようとしていた!)、FBの彼はまるで別人、別キャラで大活躍で、驚くばかり。
あの年代にありがちな、不器用そうな、人付き合いに疎そうな(人見知り?)雰囲気とは大違い。2チャン由来の記述(これについては、私ももともとモノ申したいのだが)も手慣れたもので。それを読む限り、同じ人物とは思えない。

私からしてそうなのだから、彼女のショックは相当だった。そもそもネット自体しないので、2チャン的な言い回しでやり取りする人々にも慣れてない。誰これ!?状態みたいだ。

それから1日経って少し冷静になった彼女は、怒りというよりも、深刻に悩み落ち込んでしまっているのだけど、彼女の感じ方はよくわかるし、その言い分にもなかなか反論しにくくて困ってます。

曰く:
毎日のようにFBを更新してるようだけど、もし私に2、3行のメールをくれるヒマがないって言うんだとしたら、私との付き合いは、FBすることやそのネットワークの人たちとやり取りすることよりも優先順位が低いってことだよね?
ひいては、その人たちよりも、私の方が大事じゃないってことだよね?
つきあってすぐにFBのことを言ってくれなかったのは、なぜ?
(注:彼女は、常々、彼が友だちや同僚に自分を紹介してくれないどころか、つきあってる人がいることすら今だに内緒にされてることに不満を持っていた)
それが、今になって言うのは、メール催促されるのがメンドーになって、こっちでいっしょに済ませちゃえってことなの?その他大勢のお友だちの中の一人にされたの?
でも彼は、私がここにほかの人みたいにコメント書いたりしない人間だってわかってるはずだから、ただ、メールの代わりに読めってことだよね?結局、私に対する手抜きじゃないの?
不特定多数に向けて発信してるものを読めで済まされるようになったら、もう、つきあってる意味ないよね?

って感じだ、まとめると。

まあ、後半の言い分については、そんな深い意味はなくて、FBで「生きてるよ」ってことの確認(!?)をしてもらえれば…って程度の話なんじゃないの?とか言ってみたりするものの、過去の恋愛では私も、たとえば、私との付き合いより友だちとの付き合いばかりを優先されたとかいう時にいろいろ感じたので、彼女の気持ちは全体としてよくわかる。
いつも、連絡がなくてさびしい思いをしているので、FBの中でほかの人たちと毎日楽しそうにやり取りしてる彼を見てしまって、疎外感を感じてるのだと思う。

彼女は昨日現在で、FBを読んだとか登録したとかまだ言ってないどころか、くだんのメールへの返信もしてないらしい。
「私が必要じゃないんじゃないか」「たまに会って、えっちして終わりなだけの関係なんじゃないか」と、彼女は言う。
私は彼じゃないので、わからない。でも、現状を見ると、確かに、そうと言えなくもない。
いや、本当に私も返答に困っておるところ。そして、私が過去その同タイプとつきあっていたころのあれこれが思い出されて、こっちまでなんだかイヤな気分になっている。
ソヤツは、一度別れて、そのあと2回復縁を迫って来たヤツだ。そのたびプロポーズされて、最後は挙式時期まで決めたけど、この話のような経緯とは別の問題で、実際の結婚には至らなかった。それさえなければ、していただろう。
彼女は、私に自分のカレシのことを言う時、当時私がソヤツにつけていたあだ名●●に2号とつけて「●●2号」と呼んでいるのだけど、これは、私がソヤツとカレシは同じタイプだねって言ったからだ。
なので、もし、それにあやかって同じ経過を辿るとすれば、いつかカレシは彼女の大切さ、特別さに気づいて、ちゃんと結婚とか言って来る可能性があるよって、私は言ってる。だから、今は、もし本当に「私が必要じゃないんじゃないか」「たまに会って、えっちして終わりなだけの関係なんじゃないか」ということなんだとしても、それをわざわざ口にして、彼にそうと気づかせちゃいけない。たぶん、彼はそうは思ってないけど、言われたら、「あれ、そうかも?」って気づいてしまって、下手すると、じゃあさようなら、ってなっちゃうかもしれない。遠距離なだけに。(そもそも、私がソヤツと1回目に別れた時がそうだった。私も多少若かったので早まってしまったのであった)

ここは、なんとか上手に耐え忍んで、乗り越えていただきたい。いつか、本当に大切さに気づいて、一生そばにいてほしいってなるかもしれないから。

とか、言いつつ。カレシ殿のFB見てると、若い女の子と思われる(同僚か??)相手とデレデレコメントし合ってたりするんだな、これが。耐え忍んでと言っても、遠距離だし、つらいかもなぁ。見れば、生きてることはわかるけど、別の意味でやきもきして、心がザワザワしっ放しかもしれない。

こういう時、やっぱり、FBってナニ!?って思うわたくしなのでありました。。。(2号)

※結婚してしまえば、妻と夫という公認の立場でお互いのFBに登場して、何の違和感(?)も問題もないってのをよく見かけるけど、つきあってるだけの段階って、こういうビミョーなことがあるよね。。。(だから、最初からいっしょに始めれば、まだしもいいのだろうか!?)

posted by 2号 at 14:36| 北海道 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

on 日記の整理4。

昭和の純真。。。

相変わらず事件テンコ盛りの、2号です。いろんなことに片を付けたり、新たに踏み出したり、淡々と継続したりしてる毎日です。

そんな中、相変わらず、ふと古い日記を手に取ることがあるのだが、最近読んだのは高2の時のものだった。

自分では、同時に3人のクラスメートが気になってたことは覚えているのだけど、高2と言えば、修学旅行などもあり、この手の話題にクラス中で盛り上がる時期だ。

よく読むと、3人どころじゃなくて、いいと思う男子はほかにもチラホラいて、それが時々加わったりはずれたりと入れ替わりながら、常時、複数人を気にしていたようだ。で、修学旅行での恋バナなどもあり、私がちょっと興味があると言ったばっかりに周りからおもしろ半分にけしかけられることとなったある男子(仮にNくんとする)のことが今でもすごく印象に残っていたにもかかわらず、実際は、ソヤツへの盛り上がりは一時的なもので、結局はその前からずっと好きだった別の男子(仮にPくんとする)への気持ちの比重が最後にはまさったことが刻々と記録されている。

その、自分の本当の気持ちに気づき始めていたある時、家庭科実習があった。メニューの中にクッキーを焼くというのがあって、今でもはっきり顔を思い出せるクラスメートの女子Cちゃんが、これを気になる男子に渡そうと言った。私はためらったのだけど、Cちゃんは自分の分と私の分をサッサと教室に持って行って、私の分は誰からとは言わなかったそうだが、勝手にNくんに渡るようにしてしまった。それが、よりによって、Pくんの手を介する形で。
舞い上がったNくんは、放課後の部活でも「オレはクッキーをもらった」と触れ回り、たいしたご満悦だったと、あとから別の女子が教えてくれた。その日、つるんで歩いていたPくん&Nくんと廊下ですれ違った時の様子から、私は、贈り主が私であると二人が気づいてるのではないかと日記の中で危惧している。

そして、それから数日に渡って、このことへの後悔が日記に綴られる。自分は、みんなにそそのかされてNくんを意識するようになってただけで、本当はやっぱりPくんの方が好きな気がするのに、Nくんにぬか喜びをさせてしまったと。そして、PとNの間で、ものすごく心が揺れている。

状況説明はこれくらいにして、何が純真かって言うと。。。
今は知らないけど、昔は、修学旅行で業者が撮った写真を生徒たちが購入するってのがあって、記録によると、クラスの女子がなぜか多数協力を申し出て来て、私のためにNくんの写真を分担して全部買って、私にくれた(もちろんお金は払った)みたいなんだけど(要するに、Nくんがまったくモテキャラじゃないために、おもしろ半分でみなが盛り上がっていたと思われる)、その中に「恥ずかしくて見られない写真」(その分担購入者の名前も書いてある)があるということを日記に書いていて、これは、のちに大人になって写真を整理していて大量にNくんの写真が出て来た時に見た「アレだな」って思い当たるのがあるのだけど、単にトランクス一丁で写ってるだけの、今おネエさんとなったわたくしが見ると屁でもない写真なのだ。
これを、高2のわたくしは、顔を真っ赤にして、一目見たきり机の引き出しにしまい込んで、数日後の日記でも、今日も引き出しの同じところに入ったままだとか、引き出し自体をあれから開けられないとか、恥ずかしくて見られないなどなど、ったく、あんなモン、ナンボのもんじゃい!って程度の写真に心底困っているのだ。そして、○○ちゃんが「これ買ってあげるね」と言った時に、よく確かめもしないで返事をしたことを後悔している。アタシったら、かわい過ぎる。。。

この純真さは、昭和特有のものではなかったか。。。

かと思えば、修学旅行の前は、高2のわたくしは恋心とイタズラ心が高じて、トンでもないことをしておる。

Pくんの、教室に置いてある体育着を、時々コッソリきれいにたたんで戻しておくってことをしていたのだ!!そうだ、思い出した〜。
時には、「吐きそうなくらい臭かった」とか書いてある。前にたたんであげた時から、一度も洗っていないに違いない、と。
そして、なんと大胆なことに、ある時、破れているところを発見して、たたむ前に(臭いのをガマンしながら)それを縫っている!!
記述によると、誰の仕業かバレない自信があったようで、「ビックリしたかな」とか「誰だと思ってるかな」とか「そもそも、たたんであることに気づいてるかな」とか、「誰かにこのミステリーを言ったかな」とか、イタズラを楽しんでる様子なのだけど、今思えば、あれは一種のストーカーまがいの行為ではないか!?
もちろん、こんなことを一人でする勇気はなくて、友だちと遅くまでダラダラと学校に居残っていて、ほかに誰もいないってな状況になった時にふと思いついたことで、必ず友だち立ち合いのもとではあったのだが。。。

あと、テストの時には、彼の座る机に、前日に「がんばれ」って書いたりしてる。気づかれたい気持ちと、気づかれたくない気持ちが交錯していたのか。
少なくとも、何かし(てあげ)たい、応援したい、触れるだけで幸せ、見るだけで幸せ、目が合うだけで、話すだけで、彼について何か知るだけで幸せ、みたいな、そのレベルにとどまっていたようだ。

この恋の顛末がどうなったかは、まだ日記が終わってないのでわからないけど、読んだところまででは、友だちがPくんに、Pくんのことを好きな女子がいるよってことを勝手に伝えたということがあったらしい。で、友だちによると、それが誰なのか彼はすごく気にしていたとのこと。でも、元来自分に自信がなかった私は、その後告白した覚えもないし、たぶん、心の中でずっと気にしつつもクラス替えとともに、この恋をどうにかしようっていう踏み込んだレベルに達することなく終わったのだと思う。

すごく短足だったことを覚えている。
小太り一歩手前のがっしり体型だったけど、背はそれほど高くなく、ほっぺたが赤くて、親戚のオバちゃんみたいな愛嬌のある笑い顔が好きだったような気がする。のんびりしたような朴訥としたような大らかな感じのキャラのわりに、学祭の余興では、いつも一番人気のバンドでキーボードを弾いていた。これは、好きになってからわかったこと。でも、そのせいで、ほかのクラスにいた私の友だちなども彼のファンになり、私は一時期Nくんにウツツを抜かした手前、彼女のために永遠にPくんから撤退するべきかと悩んでいる記述も見られた。まったく、純真過ぎる。。。

そんなわたくしは、今。。。(ToT)(2号)

posted by 2号 at 14:37| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

on 日記をひもとく。

カムバック サーモン。。。

鮭が上って来ているらしい、そんな季節、2号です。紅葉もチラホラ。

思えば、わたくし2号、人生初のプロポーズを受けたのは、大学1年の時だった。。。
その事件、というか、その時の苦難はずっと鮮明に覚えていた(つもりだった)。もちろん断ったのだけど、とにかく、結婚の「ケ」の字も考えたことなかったころだったし、ましてや、恋愛だってまだまともにしたことがなかったころだったので、ただただ戸惑った、とか、その後ずっとトラウマになった、とか、あまりいい印象がなかった。

ところが、このたび、古い日記を読んでいたら…(また、それかぃ!)

私は、彼のことを本当に得がたい友だちと思っていて、死ぬほど悩んだという意味では記憶どおりなのだけど、意外にも(←つまり、忘れていたとも言えるのだが)単なる友だち以上には「好き」だったらしく、「ただただ問題なのは、彼の「性急さ」その一点だけなのだ」的なことが、日記に何度も書いてある。「そこまで言わないでいてくれたらよかったのに」とか。
彼は、(小太りな)関西人だった。で、私は、ときめくという意味での恋は、別の(標準体型+α=小・小太りの)関西人にしていた。一目ボレだった。
彼と二人で遊んだりすることがある一方で、別の人に片思いしていた、ということだ。この片思いの記述は、まあまあ恥ずかしくない程度にかわいいもんで、本当にドキドキするタイプの恋だったみたいだ。途中、まったく自分のタイプじゃない人(いわゆる今で言うイケメン)にも一瞬ひそかに惹かれて、そのタイプ違いの思いを断ち切ろう断ち切ろうと苦労してる様も書かれている。ったく、なんて気が多かったんだ!!ビックリしたゾ。当時も、「私の非面食い体質に反する!」と、かなり自分で自分にダメ出ししている。おもしろい。。。

高校時代、すでに、非面食いは自覚していて、実際、中学からは見た目はアレな人ばかり好きになっていたという実績は十分に積まれていた。だから、大学で、たまたま惹かれたイケメンをこんなに否定していたんだろう。確か、仮装行列の衣装のデザインと作成を一手に任されて、その衣装を着る役の一人としての彼と親しく接したのがきっかけだった気がするけど、その時の雰囲気が良かったんだろうと思われる。
彼が「彼女」と歩いてるところを目撃して、アッサリこの気の迷いは吹っ切れて、メデタシメデタシだったようだ。

そういえば、社会に出てからの一時期、何人かで飲みに行くようになった同級生男子たちがいたのだけど、ある時からこのイケメンくんが加わるようになっていたことがあったり、私が入った会社で同期だった女子が、まさにこのイケメンくんと当時いっしょに歩いていた「彼女」だったと判明したり、その後も何かとヘンなご縁はあった。
社会に出てからいっしょに飲みに行ってたころのイケメンくんは、何やらワケのわからない恋愛論を展開していて、私も含めた全員からそれはおかしいだろ〜と言われていた。もしかして、学生時代からそういう浮世離れした雰囲気があって、それがよかったのかもしれない。残念ながら、私がこの再会で再度惹かれるということもなく、彼は、浮世離れした恋愛論のお相手(私の知らない人)と、ずいぶん長くつきあったあとに結婚した。

だいぶ横道にそれたので、話を戻します。
プロポーズして来た性急な彼は、その時こう言った。「好きなんじゃない、愛してるんだ。卒業と同時に結婚しよう。今、YESと言ってくれたら、オレはこの4年間、気持ちが変わらない自信がある」と。
んな、バナな。。。
っちゅうか、その時の私は、「結婚?ってナニ??」くらいな状態だったと思う。
とにかく、私にはそんな約束はできない。4年間の保証もできない。その時現在だって、好きは好きにしても、そこまでの「好き」かと言われたら、たぶん違う、となったのだろう。秋ころのことだった。

彼からもらった手紙もたくさん残っていてビックリしたんだけど、いったいぜんたい、半年ほどの間に何度かいっしょに遊んだくらいでそこまで言い切るってことが私には疑問だったし、そこまで情熱的になれるということがこわかった。
ハタから見ると私のどっちつかずな状態(本人的にはひたすら困って戸惑い悩みしていただけなのだが)が、一部の男子陣の非難を買うことにもなり、クラスの雑記帳に嫌みなことを書かれたこともあった。日記には、女子同級生に彼のことを相談して、いっしょに泣いたりしたことが書かれている。ホントにホントに悩んでいた。
小太りだった彼が、しばらく大学に来ない&久しぶりに来るを繰り返すたびに、青白くゲッソリと痩せていってる、というのも、ものすごく私に罪の意識を抱かせた。ずっと来ない時の日記では、そのことをとても心配していて、自分を責めたりしている。

と、そのあとのことを全部読んだわけじゃないので、詳細はまだ不明なのだけど、その顛末として私が記憶してるのは、2年生の秋ころ、つまり、それから1年後に、学食でバッタリ彼に会った時、思わず「○○くん!」と声をかけた私の横を、彼は何も目に入ってないかのようにすぅっと素通りして行った。ということだ。
「あ、終わったんだな」と思ったことを、よっく覚えてます。
彼の中では、なかったこと、もういない人、に、なったんだ、と。

今もって、彼が私の何にそんなにのめり込んだのか、まったく理解できない。ものすごく深いつきあいをしていたわけじゃなし、私の何を知っていた?否、誤解していた?あるいは、逆に、そこまでよく知らなかったからなのか?
例によって、そのころの写真を見ても、私よりこっちの子の方が百倍かわいいよね!?って感じなのだが。。。

そして、さらに思うのは、彼もきっと子供、いや、そこまで言わなくても、おシリの青いヴァカ者だったんだろう。それ以上に、私は子供だったんだろう。
あの時の私に言ってあげたい。
結婚するまでは、いや、結婚してからだって、そんな男女関係の契約(保証)なんてその気になればホゴにできるのだ。いっしょにいて楽しいなら、上手にキープしておいて、万一、卒業まで奇跡的にその関係がもったとしたら、その時にまた考えればいいのだ。とにかく、せっかく寄って来てくれたものは、カンタンに逃してはいけない。その結果が、これだ。。。と。

純真で、正直過ぎだった。「約束」、ましてや、一生を左右するような約束を、軽々にはできないとマジメに思った。(あるいは、ほかに、チョロチョロ好きな人がいたってのも問題だったのだろうか!?)。卒業までの数年、ほかにも何度かカンタンにリリースしていた。まったく、先見の明がなかったことこの上ない!孝行したい時に親はなし。にも、似ている。

もっと、したたかに生きねば。
と、古い日記から人生を学ぶ今日このごろ。。。(2号)

※古い日記に混じって、小学校卒業時にクラスの人に書いてもらう「サイン帳」なるものが出て来て、例の「君のためなら死ねる」というラブレターをくれた男子の書いたページがあった。
「ちゃんとお嫁に行けよ」って書いてあった。
そうだ、当時は、これを見て、ある種清々しい気分になったことを、おぼろに思い出した。
しかし。。。
この大学時の事件のせいで、その後、不遇な恋愛をするたびに「呪いか!?」「天罰か!?」みたいに恐れたものだったけど、こうして小学校からの歴史(?)を見ると、呪いも二重にかかってたのかも…と、ふと思ってしまった。
などという、いいトシした私は、別の意味での反省が必要なようです。。。

posted by 2号 at 16:39| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

on 手紙。

過去の栄光(?)。

予想最高気温と、体感温度が一致しない今日このごろ、それなりに生きております2号です。

さて、このようなわたくしでも、何度かラブレターをもらったことがあります。
まあ、子供のころは、みんな、そういう経験があるでしょう。

一番よく覚えているのは、「君のためなら死ねる」って書いてあるものだった。
これは、文字通り強烈で、小学生が買うにしては高価なぬいぐるみとともに、放課後の教室で渡された。
ほかに数人の見物者がいたので、恥ずかしくて死にそうだった私は、どうしていいかわからずに、火照った顔を隠すのに机に突っ伏して、そのまま動けなくなってしまった。

そうして、どう収束させたのか記憶があいまいだけど、返事を待っていたその男子も結論を翌日以降に持ち越したらしく、私が友だちに促されて下校する気になった時には、教室からいなくなっていた。
もう暗くなっていた。

ぬいぐるみは、持って帰った。
大人になっても、しばらく部屋にあったから。

そういう行為も好意も、うれしくなかったかと言えばもちろんそんなことはなかったろうし、その後もお互い意識していたことは確かなんだけど、小学生だったし、特段つきあったりという具体的な展開はなかった気がする。

とまあ、このラブレター事件はクラスも注目していたところで、自分でもショーゲキの瞬間とか鮮明に覚えているし、その時の手紙がのちのち、古い荷物の中から出て来て大いに懐かしんだという経緯もあった。

その他、私の下校途中に家があって、私が通るのを待っていて、王子よろしくウヤウヤしくひざまずいて手の甲にキスしたがった男子(小学生)というのもいた。
中学では、卒業間近の時に、ある女子の写真をもらって来てほしいと私に頼んできて、その人の名前は明日メモに書いて渡すからよろしくなんて言って、翌日「あなたの写真をください」って書いたメモをよこしたヤツがいたり、男女4、5人くらいで、お互いに直接気持ちを言えないのを伝え回し合ったりとか、まどろこしいこともしていた。
別な男子に私の好意を伝えてくれた男子から、ずいぶんあとになって、告白を受けたりなんていう後日談もあった。
その人とは、その後、大人になっても文通していた。
一度、プロポーズめいたことを書かれたけど、ほかに好きな人がいたので、ウヤムヤになってしまった。(当時から、実は一番大事にすべきだったかもしれない人から告白される時に限って、別の人に不毛な片思い中で、大きな魚を逃すという、間の悪い女だったみたいだ)。

卒業後、1年以上経って、「誰これ?」な人から手紙が来て、デートに誘われたこともあった。あぁ、あの小デブちゃんだ!と思い出し、興味を持って出かけてみたら、やせて、あまりにカッコよく変わっていてドキマギし、むしろ引いてしまった。何度か会ったり、手紙をやり取りしたりしたけど、突然現れられてもピンと来ないし、別人になってて違和感もあったしで、ついていけなかった。

今、こんなことを書いているのは、たまたま古い手紙を整理していたら、これら思い出せる記憶のほかに、まったく忘れていたものがあって、その手紙がひょっこり出て来て驚いたからなのだ。
それはなぜか、ある女の子からの普通の手紙の封筒の中にいっしょに入っていた。

勉強のノートを細長くちぎった紙に書いて、同じノートでホチキス留めして作ったポチ袋くらいの大きさの封筒に入っている。
「ぼくは、◎◎さんのことが好きです。あなたはどうですか。もし好きなら手紙をください(100字以上)。●●(←私の仲良しだった女子)にはぜったいわたさないこと。自分でもってくること。へんな顔をしないこと。(←意味不明)
もし約束をやぶるとぼくはだれかさんを好きになります。明日の放課後まで。一人でくること。もし守れたらかわいいかわいいしてあげる。
△△より」
裏には、相合い傘に自分と私の名前。その下に、「とってもあいしてる」と書いてある。

なんと、それは、私もひそかに好きだった男の子だった。
これが入っていた封筒の中の、女の子(転校して行った子)からの手紙には、書き出しの私の名前の上に、その男の子の名字がついてる。(お互い、好きな人の名字をつけて手紙のやり取りするような、他愛ない年ごろだった…)。
それで、なんとなく記憶がよみがえってきたのだけど、私はこの子が好きだったので、ほかの子が注目する中、「死ねる」の子に対してどうしていいかわからないというのと、そういうことされて注目されるのがあまりに恥ずかしい年ごろだったせいで、ずいぶん長く机に突っ伏していたのだった(のであろう)と。
で、この二つのラブレターは、おそらく、同じころ、競うようにしてもらったんだったと、おぼろに思い出した。
そして、やはり小学生ゆえ、相思相愛を確認して満足して終わったのか、こっちの子ともつきあったりなんてことはなかった。(あぁ、昭和の純情。。。)

ここで、今の私が驚くのは、(長じるにつれ、こういうモテ期がなだらかに下降したことを悔やむ、というのはさておき)、好きな人以外からのものであっても「君のためなら死ねる」という文句は、子供ながらに(子供ゆえに?)あんなにもショーゲキ的に心を打ったということなのか、好きな人からも告白の手紙をもらってうれしかったはずなのに、それは忘れていて、あっちのショーゲキと恥ずかしさの方が強烈に刻まれて、いつまでも覚えていたということだ。
女の子との文通では、長期にわたり毎回△△の名字が私の名前につけてあるので、「死ねる」発言で心変わりしたということもなかったようなのに。

そして、もう一つ驚くのは。
この△△の手紙。
ナニ?この上から目線。命令口調。わずか11、12歳くらいで!
当時はそんなふうに思わなかっただろうけど…私って、男を見る目が、このころからなかったのか。確かに、見た目は不良ぽくてカッコいい感じではあったが。
おそらく、「死ねる」クンの方が、思春期のこの思い詰めた重たさを克服したあかつきには、△△よりずっといい男になっていたに違いない。と思える。まあ、見た目はアレだったけど、私も高校くらいからは決して面食いではなくなっていたゆえ。

っていうか、あのころにもどりたい。。。あの栄光の日々を、もう一度!今度こそ、わたくしは、対応を間違えません!!(2号)

※しかし、不思議なのは、当時の写真を見ても、自分がどうしてそれなりにモテたのかが、あまりピンと来ないことなのである。。。クラス写真を見ても、こっちの子の方がかわいいのにって子がいるのだが。。。

posted by 2号 at 19:11| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

on 招かれざるモノ

いともカンタンにひねられるの巻。

季節が足踏みの日本列島、皆様いかがお過ごしでしょうか、2号です。

わたくし、ある店と定期契約していたのだけど、このたび、それをやめました。

すると、この前、店の主人らしき人が突然あいさつにやって来た。
「ずいぶん長い間おつきあいいただいていて…これはそのお礼です」。
不織布みたいな材質の布巾を5束さし出す。
「はぁ…わざわざ、ありがとうございます」と、丁重にお礼を言って受け取った。あまり使わないものだけど。。。

それから、ワケのわからない話が始まった。
「また契約したいなと思うのはいつごろですか?」
「は?」
「いや、この契約書の枚数いかんで、上からのウンタラカンカラなもんですから…」
「はぁ…」
「なので、結果、断っていただいていいので、今、再契約していただいていいですか?」
「なヌっ!?」
「ここにこうやって、1年先の日付を書いておきますから」と、契約書類を見せるようにしながら、平成24年とか書き始める。
「えっっ、ちょっ…」
「いや、あの、その時が来たら断っていただいてもいいんです。ただ、今、契約書の枚数がほしいんです」
え〜!?と、いぶかしく思いつつも、断っていいなら…と、ナスがママになる私。
「もちろん、この日付より早く再契約したいと思ったら、電話1本で飛んできますから、遠慮なく連絡してください」
「はぁ…」

そして、見えるようにしながらひととおり書いた書類をさし出して、名前だけ自著してくれと言う。
しかたないので書くと、今度は、「ここに印鑑も必要なんで…」とテヘッな顔で書類を手渡してくる。

なヌ〜っ!?
ここまで来てやっぱりやめたとも言いづらく、印鑑押したけど、本当に断ってもいいんだろうねっ!?

それから、おもむろに後ろを向いたと思ったら、大きな重そうな箱を持ち上げて、
「この書類の枚数で、こういったものも下りて来るもんですから」(?)みたいなまたまたワケのわからないことを言いながら、私に手渡そうとする。
よく見ると、ビールの24缶入った箱じゃあ、ありませんか。

いや、ちょっと、その、わたくしは家で一人ではお酒飲まないし、お酒の中でも、ワインや日本酒は料理に使えるけど、ビールは一番飲みつけない種類だし…なので、こんなのもらっても困ります。
ということを言おうと思った時、わたくしが一番弱い言葉が発せられたのであった。
「いや〜『奥さん』、助かりました」。

お、奥さん。。。

うんうん。
そうだ、これはダンナ様が飲むものだ。。。

と、ポ〜と妄想の世界に入ってしまったわたくしの手には、ホイサッとビール24缶入りの重たい箱が手渡され、そして、こちらにとっては最後まで意味不明な用事を済ませたオッさんは意気揚々と帰っていった。

奥さん、か。。。

ふふふ〜と玄関にビールの箱を置き、しばしのポ〜を楽しんだまではよかったのだが。


それから現実に返って、玄関にドンと置かれたビールをどうしたらいいのか、見るたびに途方に暮れておるところ。

ビールで晩酌してくれるダンナ様、鋭意募集中。。。(2号)

※なお、ビールの箱には今年の10月が賞味期限と書いてあります。。。

posted by 2号 at 22:01| 北海道 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

on メール。

メールがアウトな男。〜2〜

もう今日は、交通機関は年末ダイヤらしい…2号です。ってことは、お役所始め今日から休みのところが多いってことですね〜。

年内、まだブログを書くのかどうかあやしいので、一応、年末のごあいさつを先に。
皆様、1年間ありがとうございました。また、来年もよろしくお願い申し上げます。

そして、知らない間に、ここに書かれていたわたくしの親愛なる友だちたちへ、勝手に登場させて、本当にごめんなさい。
来年も、どうかそのまま知らずにいてください。よろしくお願い申し上げます。

さて、締めとして(締めないかもしれないが)、意外な反響に驚いた先日のテーマ「メールがアウトな男」について、途中経過をご報告しておきます。

先日はクリスマスという行事があったので、友だちにその様子を聞き出そうと声をかけておいたのだけど、クリスマスには男女は会うものだという世間一般の予想を裏切り、結局、彼女さんの方が忙しくて二人は会わなかったとのこと。年明けには会うらしいので、そこでまたどうなるか、ですね。

で、相変わらず男性の方が積極的で、彼女さんは様子見モードらしいのだけど、今日こうして書いている理由がほかにもあって…。クリスマスの報告といっしょに友だちから聞いた話が、人ごとながら、いや、人ごとだからこそおかしくておかしくて爆笑してしまったので、メモっときます。

最近の(相変わらず長い)メールで、彼女さんが珍しく「ムッとした」ことがあった。
それは、男性が以前小説を書きかけたことがあって(←やっぱりだ!!)、それが完成させられなかったのは、彼が評価してない超人気作家と自分の文章が似ていることに気づいてがっかりし、「自分には才能がない」と思ったから、だったらしい。それが、彼女さんの大好きな作家だったから、さあ大変。
あのメールを読んだ人ならわかるのだけど、確かに、テイストは似てる。でも、それ以前に、彼は文章が成り立ってないのですが。。。
そのような方の口から、超人気作家をつかまえて、自分の文章が、自分が認めていないその作家と似ていて、それはすなわち自分には才能がないということだ(その作家にも才能がないってことも言いたいらしい)と聞かされた日にゃ。。。
私と友だちは部外者なので「おもしろ過ぎる。。。」とか言ってればいいのだが、お世辞にもうまいと言えない文章を書く人に、自分の好きな作家をおとしめられた彼女さんは、さすがにムッとした、と。

で、現在、ポイント大幅下がり中らしい。。。

しかし、男性は大マジメなんだろうな〜。もし、狙ってやってるとしたらかなり上級者だと思うけど、ワザとずっとメチャクチャな文章書き続けるのもしんどいだろうし、やはりそれが素なんだろうな。。。
たぶん、それでも彼女さんがすぐに断らないのは、そこを差し引いても何かいいところがあるからなんだろうなー。ある意味、すごいと思います。

そして、なんだかんだ言って、ご本人だけでなく、例のメールともつきあい続けている彼女さんも、すごい方だと思います。

以上です。。。(たぶん、続く)(2号)
posted by 2号 at 23:03| 北海道 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

on 江國香織。

私の夫。
〜江國香織『いくつもの週末』

本を読むスピードは遅い方…2号です。
しかし、最近、読んでる時間が長い(電車の移動距離が長いから)せいもあってか、いつになく本をどんどん読んでいます。

私の記憶が確かなら、江國香織さんは、「落下する夕方」という映画が気に入って、その後、たまたま本屋で原作を見つけて、買って読んだのがきっかけだった気がする。
本屋でズラッと並んだ作品たちを眺めながら、そういえば、「きらきらひかる」という映画が話題になった時、見はしなかったけど、その原作者として江國さんの名前を知ったんだったなぁ、なんて感じだった。

何作か読むことにする場合、できるだけ書かれた年代順に読みたいというこだわりがあることは前に書いたけど、江國さんも、そうやって読み進むにつれ、どんどんよいと思うようになった、というか、(私の中で?)熟成していった。

でも、それとは別に、最初から「あ!」と思った点がある。
これは、誤解を招くので滅多には言えないし、実際まだ一人か二人にしか言ってないけど、もし、私がプロの作家になれてたとしたら、きっとこんな作家になっていただろう。って感じた。(本当にごめんなさい)。
エッセイの方に、よりそう感じるかもしれない。
ちなみに、よしもとばななが出て来た時は、「これ、ありなんだ」と思ったのと同時に、「先にやられた。。。」だった。なんとも、恐れ多いことに。。。

江國さんの場合は、書いてる内容とか気分みたいなものについての近親感もそうだけど、ものすごくうれしかったのは、日本語の表記(?)のしかた。私には、ひそかに、ずっと自分が考えたり悩んだりしてこだわってきて、結果、こういう書き方が一番シックリ来るけど、ほかの人がそう書いてるのを見たことないなぁ…と思いつつ、おそるおそる書いてる書き方がある。
それを、江國さんもやっていたのだ!
初めてそれを発見した時、うれしくて、電車の中で飛び上がりそうになったのを覚えている。
その他、表記だけでなく、文体的にも共通点を見つけた。なので、今後、ゼッタイにあり得ないとは思うけど、私が作家になってしまったら、「江國香織の影響を受けてる」と言われてしまうのかもしれない。(こんなおこがましい戯言を書いて、本当にごめんなさい)。

またまたちなみに、よしもとばななは、表記についてはまったく逆で、「こんなふうに書いてほしくない」書き方のオンパレードだった。そして、世の出版物を広く読んでいないので、彼女のせいなのかどうかよくわからないけれど、よしもとばななのような書き方は、その後、明らかにあちこちで見かけるようになってしまった。
でも、よしもとばななも、ある時期までは年代順に全部読みました。作風は好きなので。この方こそ、こういう読み方の醍醐味にぴったりはまって、どんどん文がうまくなっていくのが手に取るようにわかった作家の一人です。(まるで上から目線みたいで、本当にごめんなさい)。

というわけで、記憶力の良い方なら、今日のタイトルの「私の夫」はどうした?って思ってると思うけど、先日読み終わった表題の江國さんの本。これが、夫(との生活)について書かれたものだったのです。
そこには、こんなコト書いていいの?っていうくらい赤裸々なことが綴ってあって、きっと一部はフィクションなのかもしれないなって思ったけど、あとがきを読むとそうでもないらしく、なにより、「なにを書いてくれてもいい」と言ったという旦那様がアッパレだな、と。
とにかく、いろんな意味でこの本がえらく気に入って、私の中に、フィクションとして(未婚の今から書くなら、フィクションにならざるを得ないのだし)「私の夫」を書きたいという欲望が沸々とわき上がってしまったのでした。
というのも、私は今↓こういう状況なので、
http://miha27kininaruki.seesaa.net/article/150774706.html
そういうのを書くのも、婚活の一環として非常に有益なのではないかと思ったりして。心構えをしたり、くじけそうになる気分を盛り上げておくという意味でも、よいシミュレーションとなるに違いない。。。
そして、たぶん、実際結婚した日にゃ、私はその夫について書くだろうと、今は確信している。非公開の日記になるのかブログにするのかわからないけど。その行為は、悪くない結婚生活だった場合には、その生活の精神面での水準を維持するのに役立つような気もしている。夫婦でも手紙を書くと、愛情が充電できるみたいなことはよく聞くので、少なくとも自分の側に同じ効果があると思うし、一見淡々と退屈に感じる瞬間があったとしても、書くことで夫に新鮮なネタを発見したりできて、よいことだと思われる。

未婚の今は、周りにいる男子陣をネタにさせてもらいます。リアルなエピソードから、私の想像、妄想、理想といったフィクションまで、やりたい放題盛り込んで、ここぞとばかり私の好きな架空の夫を作り上げようと企んでいる。これが、なんだかすごく楽しみなのである。ここまで書いてナンですが、これは公開しません。
そして、近いうち結婚したら、そこからはリアルな「夫」を書く。それは、前述のように公開する可能性もあり。おそらく、あまりにひどい結婚生活でない限り、公開するような気がする。

霧のない摩周湖を見ると婚期が遅れると言う。
ひな人形を片付けるのが遅れると婚期が遅れると言う。
これは、どっちもやっている。

女優は、仕事で花嫁姿になると婚期が遅れると言う。
私は、昔、結婚式場のポスターの聞き取り調査で好感度ナンバーワンに輝いたコピーを書いてしまったことがある。
そのうえ、趣味とはいえ、未婚の状態で夫について書くなんてことをしたら、ますます婚期は遅れるのだろうか。

そこがちょっと気になると言えば気になるのだが…一種の婚活ということで、よしとしよう。。。(2号)

posted by 2号 at 11:00| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

on 結婚。

目標(妄想?)。

苦節ン十ン年…2号です。
お久しぶりです。。。

結婚。
突然ですが、以前は、結婚するための結婚はしないと思ってました。
ずっと大切にしたいつながりの、行き着いた結果の一つとして結婚があったら一番いいなと。

でも、する時は一番好きな人と、という理想論ばかりでいたら、本当にこのままでずっとトシだけが行ってしまうかもしれない。という危機感から、結婚するために結婚する。ということでもいいので、結婚する。と、決めました。

それにしても…
徹底的に「する」を優先すると、相手が、そのタイミングで一番好きな人かどうかという基準よりは、その時結婚可能な相手かどうか(自分や相手の意志や希望など)が一番大事になるのか?
すると、実はほかにもっと好きな人がいるけど…っていうこともあり得るわけで、その場合の結婚は、同時に、失恋(とか、ある種の決別)ということになったりもするのかもしれない。
そんな状況下の哀しいような気分でも、結婚ってできるのだろうか。。。

いや、そんな状態でもエイヤッと結婚できたら(実際、心の中に忘れがたい一番の本命がいながらも、ほかの人と結婚してる人は少なくないし)、それはそれでアッパレで、そんなふうにして結婚してくれる相手も潔いし、ある意味、そこからがおもしろいのかもしれないのだが。。。

これまで、好き〜〜っ!!という気持ちよりも、相手の条件とか性格とかを冷静に理性的に判断して、この人ならまあいいか…みたいに結婚したという周囲の人たちを、ただただ尊敬と畏敬の念で見つめるばかりのわたくしとしては…本当に、皆様のその感覚がわからない〜。

でも、そろそろそんな皆様を見習わないとならない。。。いつまでも、甘っちろいキレイ事な理想論に縛られていてはいけないのだ。いいトシして。。。

糸井重里氏は、「巨人ファンは男子一生の仕事」と言ってたけれど(ちと例えが違う気もするが、いつもこのちょっとしたズレがミソですから!)、「結婚は女子一生の仕事」というくらいキビしい姿勢で取り組みまする。

もう、おシリも決めて、着々と準備だ。昔、結婚しそうになった時に作った、結婚をお知らせする人たちリストも引っ張り出して再検証したし、バージンロードを歩く必要がある形式の挙式を行う場合に備えて、父に代わって歩いてくれる人も頼んだ。多過ぎると思われる部分の持ち物も、処分して行く。
あとは相手だけなのだが、これは世界中の人を対象とする。今から私の決めたおシリまでに出会う人、すでに出会ってる人(友だちから突如発展するケースも多いらしいので)。つまり、すべての人。
今、結婚してる人も、彼女がいる人も含む。だって、どんなタイミングで離婚や別離があるやもわからないから。
これはもちろん、すべての人に言い寄るという意味ではなく、意識として、それくらい可能性の間口を広げておくと、ちょっと気がラクかなってことで。

そんなことを、今年になってから思っていたら、なぜか女の人とばかり知り合ったりしてたのだけど、それが、「紹介したい人がいる」っていう話に発展したりするので、おもしろいなぁと。そして、一回で決めないで、同時進行でもいいから何度も何度も会ってみなさいと、お姉様たちは言う。(そんなことしていいのか??)
さらには、私の最後の同類であった独身女友だちが、結婚するかもしれないと言って来た〜!彼女、私より年上なのに、自他ともに認める情熱のなさゆえに、一生ダメかもって諦めてるようなところがあって、こりゃあ、私が年功序列をムシして先鞭をつけるしかないか…と思い直していた矢先のことで、ビックリしました。でも、とってもうれしい。がんばれ〜!私もがんばるよ!っていう気持ちです。

以上。目標。。。(2号)
posted by 2号 at 13:56| ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

on 結婚の形

会えない時間が。。。

クレヨンしんちゃん大好き、2号です。
特に、みさえのこめかみグリグリが。。。

臼井さんが亡くなったのは、ショックです。
ご冥福をお祈りします。

出版社のコメントに、ご家族の気持ちを思いやる一文があって、売れっ子有名漫画家とその家族、というものへ、思いが巡りました。
状況は違うけど、同じようなことをかつてツラツラと考えたことがあって。

わたくし2号、(今でも若いが、さらに)若いころは、結婚とは、旦那様と二人、同じスタンスで「家庭を作る」こと、という意識しかありませんでした。
そんなある日、手塚治虫さんについてのテレビ番組を見たのです。

その中で、奥様は、私の思う結婚生活とはほど遠い暮らしをしていて、旦那様である手塚さんよりも、その仕事を手伝ってる多くの人たちの方の世話をし、手塚さんとは会わないような日もある、みたいな感じでした。
それが、ある日、すれ違った時に、手塚さんが「いつもご苦労様」と声をかけたと。
そこで奥様は、ああ、この人は、漫画だけに打ち込んで私のことなんて眼中にないと思っていたけど、ちゃんと気にかけてくれているんだと、それまでのさびしさや不安が全部吹っ飛んだ、というようなことを言ってました。

最初、旦那様が一緒に家庭を作る、ということをしてくれない、こんな結婚生活イヤだな〜と思いながら見ていた私は、この時、もう一つの「結婚」という形があるのだと、雷に打たれたように会得したのでした。

言ってみれば、奥様は、手塚治虫という「社会の宝」を預かっているのだ。

こんな光栄な役割が、ほかにあるだろうか。

そして、公私にわたり夫の創作活動を支えているということは、妻も一緒に夢を追いかけ、実現のためのサポートをしているということじゃないか?

そういう結婚も、それまで理想としていた結婚とは違った意味で意義があるのかも…と、若かった私の中に刻まれました。

で、ここからもう一つの本題なのだけど、この前、離婚した知人の話を聞いてました。
彼女は、自分はマメなせいか(?)、なるべくいっしょにいたいタイプなので、仕事だけじゃなくて公私にわたって忙しいカレは、そんな自分に縛られてるように感じていたようだと言っていたのだけど、タイミング的に手塚夫妻の話を先に思い出していたら、彼女に、もっと説得力のある話をしてあげられたかもしれない。。。

しかし、少しでもたくさん、いっしょにいたい気持ちはわかるけど、相手が自分とばっかり一緒にいると、二人の世界は、その分、狭いものになる気もする。
それぞれが、外の世界、外の人と多く接すれば、そして、それを共有すればなおさら、二人の世界も広がる(もちろん、外に出っ放しじゃなくて、必ず、お互いのもとに帰って来るならば)。大いに泳がせて、獲物(情報、アイデア、人脈、ネタなど)をいっぱい持って来てもらうみたいな、そういうのもむしろ楽しいじゃん、と、私は思ってるので、そう言ったのだけど。
彼女は、じゃあ、なんで芸能人の離婚が多いの!?と言う。
まあ、確かに。。。

うまく言えなかったかもしれないけど、私が彼女に言いたかったのは、相手の領域というものについて、自分も前向きに積極的にとらえてみたらどうだろうってことだ。一緒じゃない時間が長いなら、その間の相手のことを興味を持っていろいろ訊いてみるとか、相手があげてきた成果をともに喜び共有するとか、相手のしていることの重要性を理解しようとするとか。
でも、相手がこちらのそういう興味や思いに応えてくれないようだったら、確かにうまく行かないかもしれない。一緒にいる時間が少ない=共有するものが少ない、となってしまうなら、一緒にいる意味が見い出しにくくなるから。

必ずしも、手塚治虫さんが夫じゃなくても、すごく楽しい仕事をしてるとか、すごく大事な仕事をしてるとか、そういう旦那様(またはカレシ)はいっぱいいるはず。
手塚さんの仕事は目に見えるけど、一般人には見えにくい仕事をしてる人もいる。
仕事のことを家で語りたがらない男もいるし、外部でしゃべっちゃいけない事柄もあるだろうけど、できる範囲で話して、それを共有できれば、別れなくて済むカップルは多いんじゃないかと思います。

っていうか、私は、仕事が原因で別れるっていうのが、どうもナットクいかないっていうか、もったいない気がするのです。カップルの少なくとも片方が仕事をしてるっていうのは、ほとんどの場合、当たり前のことで、それが誰かと暮らすということと両立しないなんて、悲しい。
(相手と一緒にいない時間に浮気するとか、そういうのはまた別問題で)。
今は、乳幼児期に保育園に子供を預けてる場合だって、親子が一緒にいる時間の密度を濃くすれば、成長に必ずしも悪影響はないと言われてるくらいなんだから、大人同士だって、一緒にいる時の過ごし方や、一緒じゃない時の意識を変えるだけで、仲良くいられないものか?
それとも、大人だから、難しいのか?

結婚したことないから、アタマで考えてるだけの私にはわからない。。。
そういうことにどう対処するのかも、結局は性格次第というふうに考えれば、仕事が原因となってしまうのも、つまりは性格が合わないということと同じになってしまうのか?
でも、少なくとも、カップルの絆の強さは、一緒にいる時間の長さだけじゃないと信じておこう。(2号)
posted by 2号 at 23:28| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

on 大原麗子さん訃報

大原麗子さん、訃報。

清水由貴子さんの自殺事件の衝撃から立ち直りつつあると思っていたら…2号です。大原麗子さんが亡くなったとのこと。。。

「孤独」の中の「死」。
この言葉が、あまりに痛い今日このごろ。
ついつい、自分の将来を憂いてしまう。このままだとなりかねない、と。

前もここに書いたのだけど、以前から、自分の最期の理想は、愛する人の腕の中で、と、思ってました。そうじゃなきゃ、せめて畳の上で、と。
そしてさらに、もし、そうじゃなきゃ…せめて、目を閉じる前に、道ばたの一輪の小さな花を見たい、と。

幸せな最期は、それまでの生き方の集大成なのだろうかと、身を引き締めてみたりしながら、でも、大原麗子さんは、女優としてすばらしかった。お母さんの介護も懸命にしていた。それなのに、何日も誰にも気づかれないという亡くなり方は、あまりに悲しい。
朝からすごく泣いてしまいました。。。

心からご冥福をお祈りします。(2号)

※きっと、こちらの心が弱ってると、こういうのに引きずられてしまうのだな。
自分は自分。と、気持ちを強く持たなくては。。。
posted by 2号 at 17:05| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月30日

on 夫婦のかたち

フレックス夫婦。

やっと雨は一段落らしいけど、目に見えて日が短くなって来ました…2号です。もうすぐお盆か。。。

以前のお仕事仲間と話しました。
なんか、いいお話でした。

私は、その人のプライベートをあまり知らなかったのだけど、ウワサではバツイチとのことでした。
そして、本人によると、実は現在、元の奥様と同居。もう少し稼いだら、また籍を入れるそうです。
前から、この人ちゃんと寝てるんだろうかと思うくらい働きづめの彼。それなのに、奥様のお仕事もバックアップして手伝っている。頭が下がります。。。

元サヤかぁ…やっぱり慣れ親しんだ関係は心地よいというか、ほかでは得難い貴重なものなのだろうか?と内心思って聞いていたのだけど、思わず私がウルウルしたのは…奥様には、とある体の事情があるらしく、彼曰く、彼女はなかなかほかの人に対しては積極的になれないとのこと。オレしかいないだろって思ったら、愛おしく感じたんだって!
ヨコからちょっとホレたわ。。。(あくまで一ファンとして)

それにしても。
いっしょによく仕事をしていた時も、夜遅くお願いした原稿をヨナベで仕上げて早朝にメールで入れておいてくれて、本当にいつも申し訳なかったのだが、まあ、午前中は連絡が取れない日も(よく)ある、という感じだった。
同居人とは言え、実質的には奥様なわけで、そもそもの離婚の理由の一つが時間的すれ違いだったそうなので、コミュニケーションはどうしてるの?と訊くと、両方が起きてる時間を中心に据えて、そこで業務連絡、共通の楽しみ(DVD観るとか、外デートとか)の時間を持つようにし、食事も、なるべく一食でもちゃんとしたものをいっしょに取るようにしてると。もちろん、起きてる時はずっとベッタリということではなく、それぞれがやりたいことをやる時間も取る。
これが思ったほど大変なことではなく、「な〜んだ、やればできるじゃん」だったそうだ。
まるで、どっかの会社のフレックスタイム制度みたいだ、と、思いました。コアタイムだけ決まってる、みたいな。。。
お互いのペースも尊重できるし、意識的にそうしようという感じがむしろラブラブの原動力になってる印象。

離婚しなかったら、もっとどうしようもない生活して、もっとどうしようもない人間として今日まで来ていたと思うと本人はおっしゃるが、やっぱり、そうはならない人はそうならないようにモトができてるのでは?と、私は思います。
人間、学ぶもんだね〜と笑う運転席の横顔が、大人な感じでカッコ良いぞ。

プー太郎で独り身って、最低じゃん…って、底辺にいるような気分にもなりがちな今日このごろ。いろんな人がいろんな事情を抱えながら、前向きに良い方向へ向かうようにがんばってるのだなー。積極的になれない彼女と、オレしかいないと思った彼。カギとカギ穴の縁?
少なくとも、そう思ってもらえる彼女には、何か、人徳というものがあるのでしょう。

なんか、人の言葉が沁みるなー。これを糧に、なんとか明日も生き延びよう。。。(2号)
posted by 2号 at 23:52| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛・結婚・男と女・人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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